アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:続・荒野の1ドル銀貨

 日本で映画のタイトルや何かちょっとしたフレーズなどで漢文や古文が盛んに引用されるのと同様、ヨーロッパではギリシア古典文学やラテン語からの引用が多い。特にイタリア人はさすがローマ人の直系の子孫だけあって、映画の中にもギリシア・ローマ古典から採ったモティーフをときどき見かける。
 たとえばマカロニウエスタンという映画ジャンルがあるだろう。ご存知イタリア製の(B級)西部劇のことだが、この名称は実は和製英語で、ヨーロッパでは「スパゲティウエスタン」という。何を隠そう、私の最も好きな映画ジャンルなのだが、そのマカロニウエスタンにもギリシア古典が顔を出すからあなどれない。

 まず、ジュリアーノ・ジェンマ主演の『続・荒野の一ドル銀貨』(この意味不明な邦題は何なんだ?原題はIl ritorno di Ringo「リンゴーの帰還」)という映画は、ギリシア古典のホメロス『オデュッセイア』の最後の部分をそのままストーリーにしている。
 『オデュッセイア』では戦争に出かけて長い間故郷を離れていた主人公オデュッセウスがやっと家に帰ってみると、妻ぺネロペーが他の男性たちに言い寄られて断るに断れず、窮地に陥っている。オデュッセウスは最終的に求婚者を全員殺して自分の家と領地と妻を取り戻す、という展開だ。映画では南北戦争帰還兵リンゴーがこれをやる。

長い戦いの後、やっと故郷に帰ってきたオデュッセウスならぬリンゴー。さすが10年以上も前にたった2ユーロ(300円)で買ったDVDだけあって画質が悪い。
ringo1

 またオデュッセウスはそこで、もともと自分のものなのに今では外から来たならず者に占拠されている屋敷に侵入する際、自分だとバレて敵に見つからないように最初乞食姿に身をやつすのだが、この展開も映画の中にちゃんと取り入れられている。さらに、『オデュッセイア』では女神アテネが何かとオデュッセウスの復讐を助けるが、このアテネに該当する人物が映画の中にも現われる。ストーリーにはあまり関係なさそうなのに、なぜか画面にチョロチョロ登場する、スペイン女優ニエヴェス・ナヴァロ扮するジプシー女性がそれだ。

 次に『ミスター・ノーボディ』という映画があるが、これの原題がIl mio nome é Nessuno、英語にするとMy name is Nobodyだ。これは明らかに、オデュッセウスがギリシアへの旅の途中で、巨人キュクロープスから「お前の名前は何だ!?」と聞かれ、「私の名前はNobody」と嘘をついた、というエピソードからとられたのだろう。以下がその箇所、『オデュッセイア』第9編の366行と367行目である(アクセントや帯気性を表す補助記号は省いてある)。オデュッセウスが機転を利かせてこう名乗ったためキュプロークスはそのあとオデュッセウスに目を潰されても助けを呼ぶことができなかった。

 366:Ουτις εμοι γ'ονομα.Ουτιν δε με κικλησκουσι
 367:μητηρ ηδε πατηρ ηδ'αλλοι παντες εταιροι.

 366:Nobodyが私の名だ。それで私の事をいつもNobodyと呼んでいた、
 367:母も父も、その他の私の同胞も皆。


 実際、ここに注目するとこの映画の製作者のメッセージが何なのかよくわかるのだ。

 この映画には主人公が二人いて、やや年配のガンマンと若者ガンマンなのだが、年取った方は長い間アメリカの西部を放浪した後やがてヨーロッパに帰っていく。もうひとりの若い方、つまりNobody氏はそのまま西部を放浪し続けることになる。つまり、彼は故郷ギリシアに戻れず、未開人・百鬼夜行の世界を永遠に放浪するハメになる「帰還に失敗した、もう一人のオデュッセウス」なのではないか。そういえば映画の冒頭部で、ヘンリー・フォンダ演ずる年配の方が、川で漁をしている若い方(テレンス・ヒル)と遭遇するシーンがあるが、ヒルを馬上から見下ろすフォンダの優しいと同時に距離をおいたような同情的な目つき、自分の舐めてきた苦労を振り返ってやれやれこういうことは今や全て過去のことになっていて良かった、彼はああいうことをこれから経験するのかと考えをめぐらしているような深い目つきと、自分の若さと才気が誇らしそうなヒルの表情の対象が印象的だった。

馬上からテレンス・ヒルを見下ろすヘンリーフォンダ
nobody2

老オデュッセウスは感慨に満ちた目で若いオデュッセウスを見つめるが
Nobody4

若者はただ自分の「業績」を誇らしげに見せるだけ。
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 その若いオデュッセウスがさまよい続ける土地がアメリカ、というところに「アメリカ・アングロサクソンなんてヨーロッパ大陸部と比べたら所詮新興民族、文化的・歴史的には蛮族」というイタリア人のやや屈折した優越感が込められている、と私には感じられるのだが。その証拠に、というと大袈裟だが、ヨーロッパに帰って行ったほうの老ガンマンはフランス系の苗字だった。
 この映画がコミカル・パロディ路線を基調にしているにも拘らずなんとなくメランコリックな感じがするのは、故郷を忘れてしまったオデュッセウスのもの悲しい歌声が聞こえてくるからだ、と私は思っている。
  『ミスター・ノーボディ』などという邦題をつけてしまったら端折りすぎてそういう微妙なニュアンスが伝わらない。まあ所詮マカロニウエスタンだからこれで十分といえば十分なのだが。
 
 さてこの『ミスター・ノーボディ』の監督はトニーノ・ヴァレリという人だが、ヴァレリ監督というと普通の映画ファンは、ジュリアーノ・ジェンマで撮った『怒りの荒野』の方を先に思い浮かべるだろう(「普通の映画ファン」はそもそもトニーノ・ヴァレリなどという名前は知らないんじゃないか?)。この原題はI giorni dell’ira(「怒りの日々」)。これも聖書の「ヨハネの黙示録」からとった題名であるのが明白。原語はラテン語でDies irae(「怒りの日」)で、たしかこういう名前の賛美歌があったと記憶している。しかしこのDies iraeというラテン語、イタリア語に直訳すれば本当はIl giorno dell’iraとgiorno(「日」)が単数形でなければならないはずなのに、映画のタイトルのほうはgiorni、「日々」と複数形になっている。これは主人公が今まで自分を蔑んできた人たちに復讐した際、何日か日をかけてジワジワ仕返しをしていったから、つまりたった一日で全員一括して罰を加えたのではなかったからか、それとも虐げられていた長い日々のほうをさして怒りの日々と表現しているのか。いずれにしても言葉に相当神経を使っているのがわかる。
 ただしこの映画の場合は引用はタイトルだけで、ストーリー自体の方は全体的に聖書とはあまり関係がない。もっとも聞くところによればマカロニウエスタンには聖書から採ったモティーフが散見されるそうだから、ストーリーも見る人が見れば聖書のモティーフを判別できるのかもしれないが、悲しいかな無宗教の私にはいくら目を凝らして見ても、どこが聖書なんだか全くわからない。私はこの、聖書を持ち出される時ほどはっきりと自分がヨーロッパ文化圏で仲間はずれなのを実感させられる時はない。

 もうひとつ。Requiescantというタイトルのこれもマカロニウエスタンがある。邦題は『殺して祈れ』とB級感爆発。あの有名な『ソドムの市』を監督したP.P.パゾリーニがここでは監督ではなく俳優として出演しているのが面白い。
 このRequiescantとはラテン語で、requiēscōという動詞(能動態不定形はrequiescere)の接続法現在3人称複数形。希求用法で、「彼らが安らかに眠りますように」という意味だ。Requiem「レクイエム」という言葉はこの動詞の分詞形だ。
 ドイツ語のタイトルではこれを動詞の倒置による接続法表現を使ってきちんと直訳し、Mögen sie in Frieden ruh’nとなっている。「彼らが安らかであらんことを(安らかに眠らんことを)」だ。英語のタイトルはストレートにKill and Pray。上品なラテン語接続法は跡形もない。だから蛮族だと言われるんだ。上に挙げた日本語のB級タイトルもラテン語を調べる手間を省いて横着にも英語から垂れ流したことがバレバレ。同罪だ。


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 今はもうなくなってしまったのだが、以前、近くに地下一階地上二階のちょっと大きなドラッグ・ストアがあって、二階のフロアがまるまるCDとDVDの売り場になっていた。近くのスーパーに買い物に行こうと思ってうちを出ると、どうもつい途中でここについ寄り道をしてしまうことが多かった。

 ある時また例によって覗き見してみたらセルジオ・レオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』がなんと7.99ユーロで山積みされていたのである。もちろんその場で買ったはいいが、もともと食料品だけを買うつもりで家を出てきたものだから、小銭レベルのお金しか持っておらず、DVDを買うと有り金がほとんどなくなってしまい、食料品は買わずに手ブラで帰るハメになった。また出直すのも面倒だったので、昼は台所に落ちていた食料を適当に食べた。

 ところでこの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』には年齢制限があり、16歳以下は制限されている。ドイツは映画やゲームの年齢制限がちょっと細かくて、無制限、6歳以下は制限、12歳以下制限、16歳以下制限、そして最終的に18禁の5等級に分かれている。18禁とはつまり成人指定だが、日本とは重点が少し違っていて「成人指定」といってもいわゆるアダルト映画、つまり性描写の露骨な映画とは限らないのだ。現に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』では一箇所かなり生々しい性描写があるのに成人指定にはなっていない。性描写に劣らず厳しくチェックされるのは暴力描写で、どぎつい残酷シーンがある映画が成人指定になるのは当然だが、実際に血しぶきが飛ばなくても内容的に暴力を礼賛し暴力による問題解決を奨励しているようなストーリーのものは、女性のヌードなど全く出てこなくても成人指定となる。
 それでブルース・リーの空手アクション『燃えよドラゴン』は成人指定。暴力を礼賛していると見なされるからだ。つまり「アダルト」というのは日本人がすぐ連想するように単に下半身が機能する人のことではなくて、自分の攻撃性をきちんと自分でコントロールできるかどうかのほうが大事、そしてそれができない子供には、暴力に訴えるのが正当な手段だなどと思わせてしまうような内容のほうが性描写などより害になるというわけだ。人をモノとしか思わないような人間になってもらっては困る、というところ。言い換えると「アダルト」とは体でなく頭の成熟度だという理屈。一理あると思う。
 日本では無害扱いされているアクション映画なども人が銃で撃たれるシーンなどはTV放映時にはカットされることが多い。アーノルド・シュワルツェネッガーの『ターミネーター』もしっかり鋏が入っていた。

 これはあくまで私の想像だが、『必殺仕置人』のようなTVシリーズはこちらでは普通のお茶の間用の時間帯では放映できないのではないだろうか。ドイツ語でいうSelbstjustiz(ゼルプストユスティーツ)、暴力による自己裁判を奨励しているからだ。もっともこれは日本でも放映は「お茶の間」より少し遅い夜の10時からだったが。『子連れ狼』も微妙なところで、こちらは放映は9時と子供でも見られる時間帯だった。しかしどちらも後に昼間再放送されたと記憶している。現に私は『子連れ狼』をしっかり全部見ている。ドイツだったら駄目かもしれない。
 同じ理由で、話合いや法による解決を一切試みないですぐ銃に訴えるというやり方を礼賛しているマカロニウエスタンの相当数が成人指定。マカロニウエスタンのガンマンが皆討論を始めてしまったら映画にならないではないか、などという甘い理屈はドイツ人には通用しない。驚くなかれ、私の世代の女性には今日のレオナルド・ディカプリオ(すでにこの人も譬えとしては古いが)と同じくらい人気のあったあのソフトなジュリアーノ・ジェンマの『続・荒野の1ドル銀貨』もこちらでは成人映画だ。これのどこをどう解釈すれば子供の害になると判断されてしまうのか教えてほしい気がするが、この程度で成人指定を食らうのだから、耳が血まみれで切り取られる シーンのある『続・荒野の用心棒』、貧しい人々が人間扱いされず「ゴミ」として虫けらのように殺され、いわんや最後には悪が暴力によって善に勝つというトンでもないストーリーの『殺しが静かにやって来る』などが成人指定と聞いても全く驚かない。むしろセルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』が16歳指定で済んでいるのが不思議なくらいだ。
 ファンの間で「最も強烈なマカロニウェスタン」とお墨付きを貰っている『情け無用のジャンゴ』などは成人指定は言わずもがな、ドイツ製のDVDというものが見つからず、街なかの普通の店などにはとても置かれていないのはもちろん、ネットで買おうとしても(するな)イギリスからの輸入品か、セカンドハンドしかない。しかもそれが中古品のくせに50ユーロもするほど需要と供給のバランスが崩れているのは、ドイツ国内では「危険映画」として販売が自主規制でもされているのか?
 実は私は『続・荒野の用心棒』など小学生頃から平気で見ていた。日本では無制限だったからである。しかしそういえば小学校時代から大学を卒業して後も「人間性に問題がある」の「性格が歪んでいる」のと頻繁に言われたものだ。ひょっとしたらこの映画を小学生のころ見てしまったのも一因なのかもしれない。やはり子供に見せる映画は少し考えたほうがいい。『続・荒野の用心棒』だったからまだ性格が歪む程度で済んだが、『殺しが静かにやって来る』など当時見てしまっていたら完全にトラウマになっていただろう。私がこの映画を見たのはもういい大人になってから、つまりドイツに来てからであるが、ストーリーをすでに知っていたにも関わらずあの凍るようなラストを3日くらい引きずってしまったから。

 とにかく、18歳以下禁止の指定をされてしまった映画だと買うのにちょっと苦労することは事実だ。「あなたはどうやっても18歳未満には見えないから関係ないだろう」というと、それは違う。18禁モノというのは大抵ビデオ屋さんの暗い隅の方にまとめて置かれていて、危なそうなおじさんが日本で言う成人映画、つまりいわゆるピンク映画をいじっていたり、全身刺青の恐そうなお兄さんがホラー映画にじーっと見入っていたりするので、私のような小心者には恐くてとても入って行ける世界ではない。相当気合がいるのだ。
 勇気を出して刺青のお兄さんの横をすり抜け、えいっとばかり目当てのDVDを取り、やっとの思いでレジまで持って行ったら行ったで、パッケージにデカデカと「18禁」とシールが張ってあるものだから、レジの人が「やだわ、この東洋人のおばさん、成人映画なんて買うの?!」とでもいいたげな、うさんくさそうな顔をして私のことをジロジロと見る。たかがジュリアーノ・ジェンマの映画を買うのにここまで苦労しなければいけないなんて本当に暮らしにくい国だ。


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 インターネットになってつくづく便利になったと思うことの一つが、「そういえばあの人は今何をしているのだろう?」とふと思ったりしたときすぐ調べられることだ。「ググる」という言葉ができるほどになったが、私はヘソ曲がりなので、何年か前にメインの検索マシンをGoogleからDuckDuckGoというのに変えた。だからもう何年も「ググる」という行為をしていない。「ダクる」とでも言うのか?とにかくこの検索エンジンだと個人情報があっち側に残らないのが利点だが、それより私はアヒルが好きなのでロゴマークにアヒルを使ってあるというのがこちらに切り替えた理由の第一。第二が私はヘソ曲がりなので「皆が使っている」とか「シェア一位」とか聞くと使いたくなくなるという理由である。
 で、本来ならウィンドウズもワードも使いたくないのだが、ヘソだけは一人前に曲がっていても如何せんIT音痴なのでリナックスやオープンオフィスを使いこなすだけの知識や頭がなく、曲がったヘソの持って行き所がない。それで不本意ながらこの点では主流に呑まれているのである。が、いくらデジタル音痴でもさすがにメインの検索エンジンを変えることくらいは出来るからグーグルをやめた。

 その、「行け行けアヒル」であちこち「そういえばあの人は今どうしているのか」と思いついた人たちの名前を検索して遊んでいたら、何を今更ではあるが、あらためて知って感心したことがいくつかあるのでご紹介。以下は全部DuckDuckGoで行なった検索結果である。Googleだと違う結果になるのだろうか?

 その第一はブルーノ・ニコライの方がモリコーネより年上だった、ということだ。私はてっきりこの人はモリコーネの弟子で、10歳くらい年下かと思っていた。残念ながら1991年に亡くなっている。
 ルイス・エンリケス・バカロフはまだ存命だ。さるデータ・ベースを調べてみたら、この人のヒット曲ランキングのダントツ一位は未だに『ジャンゴ』でせっかく(しかもモリコーネより先に)オスカーを取った『イル・ポスティーノ』とかが完全に無視されている。
 リズ・オルトラーニは2014年の一月に亡くなっている。この人もあの世界的なヒットを飛ばした世界残酷物語が無視されてヒット曲の一位は『怒りの荒野』となっている。実は私は今まで気にしたこともなかったのだが、オルトラーニはフルネームがRiziero、リツィエロというのかリジェーロと発音するのか、なにやら由緒ありげなカッチョいいものであった。日本語表記の「リズ」だとエリザベス・テーラーとかといっしょになってしまいかねないが。

 アレッサンドロ・アレッサンドローニは私が「ダクりはじめた」当時はまだ存命だった。2011までしっかりコンサートなどの音楽活動をしていたということだが残念ながら今年2017年の3月に94歳で亡くなった。名前で言われると「そんな人知らない」と思う人もいるかも知れないが、さすらいの口笛の口笛とギターの演奏をしたのはこの人だといえば、「ああ、あの人か」と思い出すだろう。その後の『夕陽のガンマン』のスコアでも『続夕陽のガンマン』でも口笛をきかせてくれている。アレッサンドローニ氏はいわゆるマルチ演奏家で、ギターはもちろんマンドリンからシタールからいろいろな楽器を演奏していたらしい。しかも年は違うが行っていた幼稚園がモリコーネと同じだそうだ。レオーネがモリコーネと小学校の同級生だったことは有名な話だが、つまり『荒野の用心棒』は子供たちの同窓会作品だったのか。その幼稚園・小学校レベルにさえ達してない映画・スコアしか作れないくせに「プロの映画監督でございます」とかふんぞりかえっている監督や作曲家は廃業するがいい。

小学校時代のセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネ。r の字がひとつ足りない気がするのだが…
International Movie Database(imdb.com)から
MorricineLeone

 あと、意外なことにこのアレッサンドローニはフランチェスコ・デ・マージと協力して作曲も演奏もしている。『黄金の3悪人』というジョージ・ヒルトン主演の映画があるだろう。テーマ曲をデ・マージが担当しラウールがStranger, stranger, who knows your face?とかいう歌詞を『南から来た用心棒』と全く同じような声で歌う(当たり前だ。下記参照)が、あそこでギターを弾いていたのはこの人だそうだ。世界の狭さに驚いた。
 そのフランチェスコ・デ・マージは残念ながら2005年に亡くなっている。とにかく作曲家の消息については皆結構簡単に見つかった。モリコーネのように名前が一般教養の域にまで達している人はまあ言わずもがなだが、オルトラーニもデ・マージもウィキペディアに載っているし、その他の情報サイトも検索するとドシャドシャ出てくる。だが、それを実際に演奏したり歌ったりした人の消息となるとそうそうドシャ降りという具合にはいかなかった。 すぐに見つかったアレッサンドローニはむしろ例外だ。

 さて、「マカロニウエスタンの声」と言うと普通どんな名前が思い浮かぶだろうか。私はフリークでも専門家でもないが、素人目でいいから名前を挙げろといわれれば、まず第一にロッキー・ロバーツ、その余勢を駆って(?)ベルト・フィア(『63.首相、あなたのせいですよ!』参照)、あとラウール、マウリツィオ・グラーフ、最後にクリスティ、この5人が浮かぶのだが、皆さんはいかがだろうか。エッダ・デロルソ(『86.3人目のセルジオ』参照)を抜かすなと抗議されそうだが、ここでは「歌詞を歌った」人に限ることにする。ごめんなさい。
 
彼らは今何をしているのか、そもそもまだ存命なのか?

 『続・荒野の用心棒』を歌ったロッキー・ロバーツは2005年、デ・マージと同じ年にローマで亡くなっている。この人はフロリダ生まれの本当のアメリカ人で、英語が母語だ。
 『復讐のガンマン』のクリスティ(再び『86.3人目のセルジオ』参照)も比較的楽に見つかった。すぐにイタリア語版のウィキペディアにヒットしたのである。でもこれは私がたまたまマリア・クリスティナ・ブランクッチという本名を知っていたからで、単にChristyとしか知らなかったら相当手間がかかったと思う。まだご存命だ。
 さて、『南から来た用心棒』や『黄金の3悪人』の歌手、上述のラウールだ。私はこの人の本名を知らなかったのでちょっと手間取ってしまった。Raoulだけじゃあ、他に何百人も出てきてどれが目指すラウールなのか全くわからない。片っ端からこれ全部クリックするなんてやだー、と二の足を踏んでいたらなんとフランチェスコ・デ・マージのサイトで彼の本名に言及されていた。Ettore Raul (Raoul) Lo VecchioまたはLovecchioといい、デ・マージの歌をいくつか歌った後は俳優に転向し、実際いくつかの映画に出演している。その後はショウ・ビジネスから手を引いてローマでオリエンタルファッションのブティックを開業して暮らしているそうだが、生年月日も生死も定かではない。
 ラウールは例えばあるサイトで関係のない別のラウールとごっちゃにされて、というかいっしょにくくられれた上、

Raoul is a vocalist known for his many contributions to Ennio Morricone soundtracks.

という紹介文がついているが、これは正しいのか?彼はモリコーネの曲にmany contributionsをしていたのか?私としてはラウールと聞いて思い出す作曲家はなんと言ってもフランチェスコ・デ・マージの方なのだが。モリコーネとくっ付けるべきなのはむしろマウリツィオ・グラーフだと思うのだが。
 が、そのグラーフはラウール以上に情報がない。本名はMaurizio Attanasioというのはわかったが、なぜか生年月日も生死も見つからなかった。Youtubeでは結構みつかり、よくコンサートなんかはしていたらしいことはわかったが、経歴そのものの情報はほとんど見つからなかった。
 マウリツィオ・グラーフもラウールもまた名前を出されるとわからなくなる人がいるかも知れないが、私と同年代の女性なら絶対声は知っているはずだ。それぞれ『続・荒野の一ドル銀貨』『南から来た用心棒』、つまりジュリアーノ・ジェンマが主演した映画の主題歌を歌っている。これらの映画を「二つとも全く見たことがない、ジュリアーノ・ジェンマって誰ですか?」とか言うような同年代の女性がいたら、それこそ日本ナショナリストではないが「あなた本当に日本人?」と聞いてみたいところだ。
 マカロニウェスタンを見る際、ヨーロッパと日本ではもちろん重点というか視点が違うのだが、その彼我の差が最も明確に出ることの一つが実はジュリアーノ・ジェンマの扱いなのである。日本では荻昌弘あたりが「マカロニ・ウェスタンのスターはイーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマ」とか言っていたことがあるが、これはあくまで男性側の意見で、私達にとってはイーストウッドとネロが束になってかかってきてもジェンマにはかなわなかっただろう。ネロは美男子だったし、イーストウッドも顔だけ見れば結構線が細かったのでまあ女性ファンもいたが、本来「男っぽさ」を全面に打ち出すタイプの主人公は女性は嫌いなのである。そういえばあのころ、クラスにも「ショーン・コネリーとか見てると臭いがうつりそう。ゲー気持ち悪い」とまで言っていたクラスメートがいたほどだ。なお、私は今までの人生でリー・バン・クリーフが好き~といってキャーキャーいう女性にはただの一度もお目にかかったことがない。
 ドイツに来て「マカロニウェスタンのスターを挙げて下さい」とそこら辺の人に聞いてみるといい。イーストウッドはまあ別格としてその次に挙げられるのはフランコ・ネロよりテレンス・ヒルとバッド・スペンサーが先に来るはずだ。ネロはその後だと思う。ジェンマにいたっては完全にトマス・ミリアンや下手をするとジャンニ・ガルコとかあの辺と同じレベルだ。でもさすがに彼が亡くなった時は新聞に載った。「マカロニウェスタンの俳優で一番のイケメン」と書いてあった。

 さて、そのラウール、グラーフ以上にお手上げだったのが、『続・荒野の用心棒』のイタリア語バージョンを歌った上記ベルト・フィア(またはロベルト・フィア、どちらの名も使っているそうだ)だった。上の人たちは少なくとも歌った歌とか出演した映画とか、作品の紹介がいくつもしてあったが、フィアの場合は『続・荒野の用心棒』だけで他の言及が全くない。もしかするとイタリア語のサイトを探せばみつかるのかもしれない。イタリア語の出来る方がいたらお願いしたい。実は私は当時買ったイタリア語バージョンのレコード(「レコード」である!)をまだ持っているのだが、そのジャケットに「先日ミルバと共に来日したベルト・フィアが歌っている」と書いてある。ミルバと来日するくらいだからある程度名の通った人なのではないのか?それともフィア氏はミルバの荷物持ちかなんかだったのか?

 最後にもう一つ。アレッサンドローニだが、彼は自分のバンド、というか合唱団を持っていていくつかの映画で歌っているが、そのメンバーを見て驚いた。クリスティ(マリア・クリスティナ・ブランクッチ)が消してあるのはなぜだかわからないが、ラウールやエッダ・デロルソがいる。つまりアレッサンドローニを通してモリコーネとデ・マージはしっかりつながっているのだ。

 何、ここで挙げた名前や曲、映画の題名を全く知らない?それが正常だ。

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 私は本来時代劇と言うものをほとんど知らない。その私が例外的によく覚えているTV時代劇のことは『217.風来坊、西と東』に書いたが、書くついでにちょっと東映の時代劇公式サイトを覗いてみた。そこで何の気なしに『俺は用心棒』とかいうTVシリーズ(「とかいう」とかいう言い方に我ながらこのジャンルに対する無知さが透けて見える。『殺しが静かにやって来る』とかいう映画と言ってしまうのと同じだからだ)の第一話を見てみた。自ら「野良犬」と称する流れ者の浪人の話であるが、ちゃっかり近衛十四郎が出ているし、主役の栗塚旭という人がスゲー男前なので感心した。しかも驚いたことにノリというか雰囲気がマカロニウエスタンではないか。特に主題曲はフランチェスコ・デ・マージが作曲したと言われても私は絶対信じていただろう。トランペット、(エレキ)ギター、口笛など典型的な楽器の構成でメロディの雰囲気も『黄金の三悪人』Vado l'ammazzo e tornoみたいだったからだ。調べてみたらこれを作曲した渡辺岳夫はフランスの音楽院に留学しており、なるほどと思った。曲自体もだがその使い方がまたマカロニウエスタンで、栗塚旭が登場する度にBGMにトランペットを流すなど「そのまんま」である。
 マカロニウエスタンはついには逆襲して本家アメリカの西部劇に影響を与えてしまったが、日本の時代劇にも作用を及ぼしていたのかもしれない。いや、「かもしれない」というより事実『子連れ狼』や『木枯し紋次郎』はいわばマカロニウエスタンの時代劇版だという話を聞いたことがある。特に後者は原作者自身がそう告白している。『俺は用心棒』も影響を食らったのではないだろうか。
 その前にまず近衛十四郎の素浪人シリーズの方はマカロニウエスタンとはあまり関係がないと私は思っている。『素浪人月影兵庫』の第一シリーズが始まったのは1965年10月19日で、『荒野の用心棒』の日本公開(1965年12月25日)より先だ。翌1966年の4月12日に終了だから『続・荒野の用心棒』の日本公開1966年9月23日より半年も前にすでに終わっている。第二シリーズは開始1967年1月7日 、終了1968年12月28日で、時期的にはマカロニウエスタン旋風が吹き荒れていた頃と重なってはいるが、スタッフも俳優も第一シリーズから引き継いだメンバーである。ということは戦前からの日本時代劇をそのまま継承するガッチリ固めた構成でヨソ者要素の入り込める隙はありそうもない。これは『素浪人花山大吉』(1969年1月4日 開始1970年12月26日終了)についても言えることだ。主題曲もしっかり演歌である。コメディ路線への転換にしてもバルボーニの西部劇に影響されたということはあり得ない。素浪人の転換の方が3年も早いからだ。
 『俺は用心棒』も事実上シリーズになっていて、最初が『俺は用心棒』(26話)、次が『待っていた用心棒』(26話)、三作目が『帰って来た用心棒』(36話)、最後が『用心棒シリーズ;俺は用心棒』(26話)である。『待っていた…』だけ主役が栗塚旭ではなく、黒澤明の『椿三十郎』の最後で「乗った奴より馬が丸顔」といって自虐の笑いを取った伊藤雄之助である。一作目の『俺は用心棒』は開始1967年4月3日 、終了同9月25日なので、すでに『荒野の用心棒』も『続・荒野の用心棒』も、さらに『荒野の一ドル銀貨』Il ritorno di Ringoも公開されていた。時系列的にマカロニウエスタンから影響を受けていてもおかしくないのだが、一方マカロニウエスタンが本格的に日本に押し寄せて始めたのは1967年で、ほぼ『俺は…』の制作と同時期だ。言い換えると制作時にはマカロニウエスタンはまだ日本社会に完全に根を下ろしてはいないのである。もし影響を与えるとしたらこの時期にすでに公開されて騒がれていた『荒野の用心棒』と『続・荒野の用心棒』、つまりマカロニウエスタン初期作品、いわば古典作品だけのはずだ。それだけにジャンルのエッセンスと言うか、特徴が鮮明だった時期である。

 まずそもそもタイトルに「用心棒」という言葉を使ったのはなぜか。黒澤明の『用心棒』に直接あやかったとは考えられない。『用心棒』は1961年の公開だ。それをやっと6年も経ってから唐突にシリーズとして打ち出すなどということは特にスピードが命のTV番組ではあり得ない作戦だと思う。直接黒澤の作品から取ったなら遥かに早い時期に「用心棒シリーズ」なるものが製作されていたはずだ。だからこのタイトルの点だけはマカロニウエスタン経由としか思えない。つまりレオーネのPer un pugno di dollari がまず『荒野の用心棒』という邦題でバカあたりし、次にコルブッチのDjango に『続・荒野の用心棒』という題がつけられこれも大ヒットした。それを見て「用心棒」というタイトルを付ければ当たる、ということになったのだと思うが、これは誰のアイデアなのだろうか。監督も脚本もずっと東映で時代劇に携わってきた人たちだからライバル黒澤の映画のそのまたコピペ映画を自主的に取り入れたとも思えない。ひょっとするとプロデューサーかスポンサーあたりが指示したのかもしれない。タイトルばかりでなくテーマ曲に演歌風、邦楽風のものではなく、応酬仕込みの渡辺岳夫を起用してエレキギターやトランペットを鳴らしたのもモリコーネやバカロフのイントロ曲を意識したのではないだろうか。
 さらに主人公が「どこから来たのか、どこへ行くのかわからない流れ者」という基本設定も初期マカロニウエスタンの定番である。いわば流れ者の美学を追及しているわけだが、それはそもそもは黒澤の『用心棒』から来たわけだからマカロニウエスタンの発明とは言えまい。その美学とは「その者がどこから来てどこへ行くのは誰も知らない」というその地に住んでいる人の視点からばかりのものでなく、当事者本人も別にそこに来たくて来たわけではない、自分でそれがどこなのか知らない、また知る気もない、という美学である。その地の社会に根を下ろしたりしてはいけない、受け入れられたりしてはいけないのだ。といって住人からつまはじきにもならない。なぜなら流れ者側も別に定着人生を送っている(大多数の)人たち、毎日同じところで地味に宮仕えし、社会のルールに従って生きている人たちを否定的に見ているわけではないからだ。また、現在もそうだが何をするにもそれで出世できるか、社会でツブシが効くかを基準にする、そういうツブシ狂騒(競争)に参加しないから誰の邪魔にもならない。邪魔にならないから別に恨まれもしない。恨まれるとしたら悪事を邪魔された町のお偉いさんくらいだろう。それ以外の一般住民人に対しては社会にがんじがらめになんてなっていないで俺のように漂泊しろとも思っていないし、逆に自分に対しても根無し草は不安だからどこかに定住しようかと努力する気も起こさない。つまり彼らは彼ら自分は自分というわけで関わり合いが薄い。言い換えると別に世をスネているわけではない、社会をニュートラルに傍観しているのだ。一人でスーッと来てスーッと去る、これが流れ者の美学である。だから当地の社会で生活するためにわざわざやって来る移民や新住民は流れ者の美学の埒外。家族連れでの引っ越しなどもっての他である。さらにその地の見どころを前もって下調べし、来た記念にと写真をバチバチ取りまくったり土産物を買って再びちゃっかり自分の家に帰っていくいわゆる観光客などカッコ悪いの極致。しかもそれを団体としてやるなんぞはもう男の風上にも置けない。黒澤明の『用心棒』やTVの用心棒、マカロニウエスタンの(もちろんアメリカ製の西部劇にも『シェーン』Shaneなどこの手の流れ者のテーマがあるが)ヒーローがカッコいいのはそういうセコさと無縁だからだ。『俺は用心棒』では主人公の野良犬氏の他に2人レギュラーメンバーがいるが、全員浪人で、基本三者三様に流れているのがちょっと袖振り合ったという雰囲気なので「団体」とは言えない。
 またいわゆる自己宣伝、自己主張の必要がないから必然的に寡黙となる。ベラベラ口が達者な輩は流れ者として失格である。聞いた話によると『俺は用心棒』の主役を務めた栗塚旭はクールな顔とは正反対の、まさにそういう話好き、笑い上戸の明るい人だったそうである。それで監督にずいぶんシゴかれたらしい。
 もう一点。「社会を傍観」という点では流れ者と同じようだが流れないで定住している人たちがいる。陶淵明みたいなタイプで、悠々自適と表されることが多いが「悠々自適」というカテゴリーには金に余裕のある御隠居も含まれるのでその点が違う。流れ者は金など持っていない。さらにロシアの余計者、日本の高等遊民なども「定住した流れ者」とは言えない。前者は社会に居場所がないことに苦しみ、後者は社会の真っただ中にいる人たちを見下ろし、というより見下ろそうとしている、ズバリ言えばスネているからだ。双方ニュートラルな傍観の態度とは言えないのである。

 さてちょっとこの『俺は用心棒』を元祖黒澤の『用心棒』やレオーネの『荒野の用心棒』と比べてみよう。
 第一に気付くのは、『俺は用心棒』にはマカロニウエスタン特有のえげつない暴力描写が現れないことだ。もちろんTVという枠の制限が大きかったのだろうが、結構バタバタ人が斬られるわりにはあまり血しぶきも飛ばないし、誰も拷問されない。次に主人公がバッチくない。質素ななりではあるが小ぎれいで、見ただけで汗と埃臭さが漂ってきそうな汚さはない。第三に身分も浪人、つまり身分としては帯刀を許された社会の上層部だから、腐っても鯛、痩せても枯れても侍という「ても」があり、『荒野の用心棒』の主人公のようなうさん臭さがない。
 私は銃と刀の差は単なる武器としての違い以上のものがあると思う。銃は言っちゃなんだが、どんな無教養者にも手に入り、しかも合法に所持することができる。使い方もまあガンマン十か条にようなモッタイをつければつけられないこともないが、数週間、長くて数ヵ月あればマスターできるだろう。「修行」というのとはほど遠い。しかし刀はそうは行かない。上でも述べたようにまず「帯刀を許される身分」でないといけない上、道場で何年、時には十年以上も修業する必要がある。映画での描き方も銃の方は要するに引き金を引けばいいだけだから大根役者でもできる。殺陣はそうは行かない。刀裁きにはあくまでそれなりの動きの基本、美しい身裁きの伝統があるのであって、ヨーロッパの剣のように脳筋男が雄たけびを上げながらブン回せばいいというものではないのだ。『俺は用心棒』では刀裁きの方も東映にガッチリ指導され、殺陣のカメラワークのノウハウの伝統に支えられ、もう文句のつけようがない。腕は抜群、身分はサムライ、いろいろな意味で清潔、寡黙でしかも見るものが感心するほどのイケメンとなれば、ほとんどシュールなカッコ良さ。「こんな奴いるわけないだろ」のレベルである。日本の時代劇の伝統だ。それでも1965年当時はすでにその手のギチギチに様式化された時代劇は下火になってリアリズムが入り込んできていたそうだが、今の私から見るとそれでもまだ十分過ぎるほど非現実的である。
 そういう不自然さの伝統を破ったのが黒澤と言われていて、『用心棒』では確かに三船敏郎が相当くたびれた格好で東映の清潔時代劇と一線を画している。黒澤自身がどこかでその手のウソっぽい時代劇の服装に非常に不満だったと言っているのを読んだこともある。そのリアルさがあったからこそレオーネも西部劇に移植できたのであろう。『荒野の用心棒』の前にもジョン・スタージェスが『七人の侍』を『荒野の七人』としてリメークしていることもよく知られている。後の『トラ・トラ・トラ』降板事件で示されたように黒澤は東映とは全くそりが合わなかったようだが、少なくともサムライや「武士道」を中心に据えたことだけは『用心棒』と『俺は用心棒』は共通しているのではなかろうか。

イーストウッドやフランコ・ネロを凌ぐカッコ良さ。『俺は用心棒』の栗塚旭。
東映時代劇公式チャンネルから。
https://www.youtube.com/watch?v=r0fwqd_XE1A

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襟が擦り切れていてもカッコいい『用心棒』の三船敏郎。刀裁きが速すぎる…
インターネットアーカイブから。
https://archive.org/details/yojimbo_202012

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比較のため、お馴染み『荒野の用心棒』のクリント・イーストウッド。
https://ok.ru/video/88610376441から
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 だから流れ者をテーマにし、バックに口笛やギターを流してはいても、サムライの生き方を描いていると言う点で『俺は用心棒』は時代劇としての本来の芯は変わらず、そこにちょっとマカロニウエスタン風味が付け加わっただけだ。それに反して影響が芯まで届いたのが冒頭で出した『木枯し紋次郎』だろう。黒澤の『用心棒』、TVの『用心棒シリーズ』にはあった「腐っても侍」の「ても」が消え、無宿流れ者の渡世人を主人公にしたTVドラマである。製作は1972年、マカロニウエスタンの暴風雨が一段落した時期だ。時代もすでに下っていたので私はこのTVシリーズをよく覚えている。上条恒彦のテーマソングは未だに歌えるし、毎回ラストに出てくるナレーションのフレーズにあった紋次郎の出身地「上州新田郷三日月村」も覚えていれば「木枯し紋次郎がいかにして無宿渡世の道に入ったのかは定かではない」という〆も耳に残っている。木枯し紋次郎語録では「あっしには関わり合いのねぇこって」が最も有名だが、当時クラスでは「定かではない」も流行り、先生に何か聞かれたとき「よくわかりません」の代わりに「定かではない」と答えてドつかれたクラスメートもいた。確か主役の中村敦夫は東京外国語大学中退だが、当時東外大の学生をやっていた者が身内にいるのでそれも覚えている。別にそれで義理立てしたわけでもないのだが、中村が主役をやらない映画化版の『木枯し紋次郎』は一切見る気がしない。
 この作品はそもそも原作者がマカロニウエスタンを意識していたくらいだから、内容そのものがレオーネ・コルブッチの世界である。流れ者の美学はそのままに、主人公がサムライ性から解放されている。そこの武器はもう「刀」ではない、「ドス」だ。西部劇の銃と同じレベルになっているのである。もちろん日本人の顔で西部劇は撮れないから舞台は日本だが、海の向こうで欧米人の顔でサムライ映画は撮れないからと時代劇を西部劇にしたのと方向的には逆でも原則は同じ。レオーネの『荒野の用心棒』と同様大ブレークした点も似ている。『木枯し紋次郎』も社会現象にまでなった。昨日も明日もない流れ者像を美学として受け取る感性はひょっとしたら西も東も関係なく、人類のDNAに組み込まれているのかも知れない。
 またさすがにこれは偶然だろうが『用心棒』では三船敏郎が時々爪楊枝を口にくわえている。これが『荒野の用心棒』のイーストウッドになると口にくわえるのが葉巻に代わる。さらに進んで『木枯し紋次郎』では楊枝がバージョンアップして長くなる。つまり全員何かしら口にくわえるのだが、これは何か深い意味でもあるのだろうか。『俺は用心棒シリーズ』の栗塚旭だけはアクセサリーなしの顔だけ勝負である。
 ところで私は時々『木枯し紋次郎』は果たして時代劇なのか考えることがある。『ウエスタン』C’era una volta il Westや『夕陽のギャングたち』Giù la testaはもうマカロニウエスタンではない、と主張する人が時々いるが、それと同様で、そもそも監督からして市川崑なんだし、ジャンルの枠を突き抜けて普遍的な「ドラマ」にまで昇格してしまっている気がする。いっそ「マカロニウエスタン」や「時代劇」というカテゴリーの代わりに「流れ者モノ」とでもいうジャンルでも作ったらどうだろう。

 さてマカロニウエスタンには「流れ者」の他にもう一つ、「復讐」というキーワードで代表される主要モチーフがある。ジャンルの売りである残酷シーンはこちらのモチーフで登場することが多い。特に目立つのが「いわれのない罪を自分におっかぶせた奴に対する復讐」というパターンで、ペトローニの『新・夕陽のガンマン』Da uomo a uomo(日本公開1968年、『222.ジュリオ・ペトローニの復讐劇』参照)などもこれである。もし『子連れ狼』(1973年放送開始、1976年終了)が本当にマカロニウエスタンの影響を受けていたとしたらこちらの路線の影響ということになろう。「としたら」と書いたのは私個人はあんまりそんな感じがしなかったからだが、『子連れ狼』の直前にやはり萬屋錦之介で『さすらいの狼』(1972年開始終了)というTVシリーズが放映されており、こちらの方は明確に「芯まで届いたマカロニウエスタンの影響」を感じた。萬屋はシリーズ開始当時はまだ 中村錦之助だったが、まさに「自分に罪をかぶせた者への復讐(と事実解明)」の物語だ。『木枯し紋次郎』や『俺は用心棒シリーズ』のように一話一話が独立しておらず、続きになっている点が『子連れ狼』と同じである。面白いことに主人公は元は武士だったのが復讐の旅に出るにあたって渡世人に身を落とすという、いわばサムライと渡世人の中間、刀とドスの橋渡し的設定になっている。この音楽もデ・マージ風だなと思ったら作曲が『用心棒シリーズ』の渡辺岳夫だった。
 そもそも『さすらいの狼』というタイトル、特に「さすらい」というキーワードが完全にマカロニウエスタンだ。タイトルの元になったと思われるトニーノ・ヴァレリの『さすらいの一匹狼』Per il gusto di uccidere(主役クレイグ・ヒル、『193.トニーノ・ヴァレリの西部劇』参照)、ジョルジョ・ステガーニの『続・さすらいの一匹狼』Adiós gringo(主役ジュリアーノ・ジェンマ)は共に1967年に日本公開されている。
 
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