アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:怒りの荒野

 日本で映画のタイトルや何かちょっとしたフレーズなどで漢文や古文が盛んに引用されるのと同様、ヨーロッパではギリシア古典文学やラテン語からの引用が多い。特にイタリア人はさすがローマ人の直系の子孫だけあって、映画の中にもギリシア・ローマ古典から採ったモティーフをときどき見かける。
 たとえばマカロニウエスタンという映画ジャンルがあるだろう。ご存知イタリア製の(B級)西部劇のことだが、この名称は実は和製英語で、ヨーロッパでは「スパゲティウエスタン」という。何を隠そう、私の最も好きな映画ジャンルなのだが、そのマカロニウエスタンにもギリシア古典が顔を出すからあなどれない。

 まず、ジュリアーノ・ジェンマ主演の『続・荒野の一ドル銀貨』(この意味不明な邦題は何なんだ?原題はIl ritorno di Ringo「リンゴーの帰還」)という映画は、ギリシア古典のホメロス『オデュッセイア』の最後の部分をそのままストーリーにしている。
 『オデュッセイア』では戦争に出かけて長い間故郷を離れていた主人公オデュッセウスがやっと家に帰ってみると、妻ぺネロペーが他の男性たちに言い寄られて断るに断れず、窮地に陥っている。オデュッセウスは最終的に求婚者を全員殺して自分の家と領地と妻を取り戻す、という展開だ。映画では南北戦争帰還兵リンゴーがこれをやる。

長い戦いの後、やっと故郷に帰ってきたオデュッセウスならぬリンゴー。さすが10年以上も前にたった2ユーロ(300円)で買ったDVDだけあって画質が悪い。
ringo1

 またオデュッセウスはそこで、もともと自分のものなのに今では外から来たならず者に占拠されている屋敷に侵入する際、自分だとバレて敵に見つからないように最初乞食姿に身をやつすのだが、この展開も映画の中にちゃんと取り入れられている。さらに、『オデュッセイア』では女神アテネが何かとオデュッセウスの復讐を助けるが、このアテネに該当する人物が映画の中にも現われる。ストーリーにはあまり関係なさそうなのに、なぜか画面にチョロチョロ登場する、スペイン女優ニエヴェス・ナヴァロ扮するジプシー女性がそれだ。

 次に『ミスター・ノーボディ』という映画があるが、これの原題がIl mio nome é Nessuno、英語にするとMy name is Nobodyだ。これは明らかに、オデュッセウスがギリシアへの旅の途中で、巨人キュクロープスから「お前の名前は何だ!?」と聞かれ、「私の名前はNobody」と嘘をついた、というエピソードからとられたのだろう。以下がその箇所、『オデュッセイア』第9編の366行と367行目である(アクセントや帯気性を表す補助記号は省いてある)。オデュッセウスが機転を利かせてこう名乗ったためキュプロークスはそのあとオデュッセウスに目を潰されても助けを呼ぶことができなかった。

 366:Ουτις εμοι γ'ονομα.Ουτιν δε με κικλησκουσι
 367:μητηρ ηδε πατηρ ηδ'αλλοι παντες εταιροι.

 366:Nobodyが私の名だ。それで私の事をいつもNobodyと呼んでいた、
 367:母も父も、その他の私の同胞も皆。


 実際、ここに注目するとこの映画の製作者のメッセージが何なのかよくわかるのだ。

 この映画には主人公が二人いて、やや年配のガンマンと若者ガンマンなのだが、年取った方は長い間アメリカの西部を放浪した後やがてヨーロッパに帰っていく。もうひとりの若い方、つまりNobody氏はそのまま西部を放浪し続けることになる。つまり、彼は故郷ギリシアに戻れず、未開人・百鬼夜行の世界を永遠に放浪するハメになる「帰還に失敗した、もう一人のオデュッセウス」なのではないか。そういえば映画の冒頭部で、ヘンリー・フォンダ演ずる年配の方が、川で漁をしている若い方(テレンス・ヒル)と遭遇するシーンがあるが、ヒルを馬上から見下ろすフォンダの優しいと同時に距離をおいたような同情的な目つき、自分の舐めてきた苦労を振り返ってやれやれこういうことは今や全て過去のことになっていて良かった、彼はああいうことをこれから経験するのかと考えをめぐらしているような深い目つきと、自分の若さと才気が誇らしそうなヒルの表情の対象が印象的だった。

馬上からテレンス・ヒルを見下ろすヘンリーフォンダ
nobody2

老オデュッセウスは感慨に満ちた目で若いオデュッセウスを見つめるが
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若者はただ自分の「業績」を誇らしげに見せるだけ。
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 その若いオデュッセウスがさまよい続ける土地がアメリカ、というところに「アメリカ・アングロサクソンなんてヨーロッパ大陸部と比べたら所詮新興民族、文化的・歴史的には蛮族」というイタリア人のやや屈折した優越感が込められている、と私には感じられるのだが。その証拠に、というと大袈裟だが、ヨーロッパに帰って行ったほうの老ガンマンはフランス系の苗字だった。
 この映画がコミカル・パロディ路線を基調にしているにも拘らずなんとなくメランコリックな感じがするのは、故郷を忘れてしまったオデュッセウスのもの悲しい歌声が聞こえてくるからだ、と私は思っている。
  『ミスター・ノーボディ』などという邦題をつけてしまったら端折りすぎてそういう微妙なニュアンスが伝わらない。まあ所詮マカロニウエスタンだからこれで十分といえば十分なのだが。
 
 さてこの『ミスター・ノーボディ』の監督はトニーノ・ヴァレリという人だが、ヴァレリ監督というと普通の映画ファンは、ジュリアーノ・ジェンマで撮った『怒りの荒野』の方を先に思い浮かべるだろう(「普通の映画ファン」はそもそもトニーノ・ヴァレリなどという名前は知らないんじゃないか?)。この原題はI giorni dell’ira(「怒りの日々」)。これも聖書の「ヨハネの黙示録」からとった題名であるのが明白。原語はラテン語でDies irae(「怒りの日」)で、たしかこういう名前の賛美歌があったと記憶している。しかしこのDies iraeというラテン語、イタリア語に直訳すれば本当はIl giorno dell’iraとgiorno(「日」)が単数形でなければならないはずなのに、映画のタイトルのほうはgiorni、「日々」と複数形になっている。これは主人公が今まで自分を蔑んできた人たちに復讐した際、何日か日をかけてジワジワ仕返しをしていったから、つまりたった一日で全員一括して罰を加えたのではなかったからか、それとも虐げられていた長い日々のほうをさして怒りの日々と表現しているのか。いずれにしても言葉に相当神経を使っているのがわかる。
 ただしこの映画の場合は引用はタイトルだけで、ストーリー自体の方は全体的に聖書とはあまり関係がない。もっとも聞くところによればマカロニウエスタンには聖書から採ったモティーフが散見されるそうだから、ストーリーも見る人が見れば聖書のモティーフを判別できるのかもしれないが、悲しいかな無宗教の私にはいくら目を凝らして見ても、どこが聖書なんだか全くわからない。私はこの、聖書を持ち出される時ほどはっきりと自分がヨーロッパ文化圏で仲間はずれなのを実感させられる時はない。

 もうひとつ。Requiescantというタイトルのこれもマカロニウエスタンがある。邦題は『殺して祈れ』とB級感爆発。あの有名な『ソドムの市』を監督したP.P.パゾリーニがここでは監督ではなく俳優として出演しているのが面白い。
 このRequiescantとはラテン語で、requiēscōという動詞(能動態不定形はrequiescere)の接続法現在3人称複数形。希求用法で、「彼らが安らかに眠りますように」という意味だ。Requiem「レクイエム」という言葉はこの動詞の分詞形だ。
 ドイツ語のタイトルではこれを動詞の倒置による接続法表現を使ってきちんと直訳し、Mögen sie in Frieden ruh’nとなっている。「彼らが安らかであらんことを(安らかに眠らんことを)」だ。英語のタイトルはストレートにKill and Pray。上品なラテン語接続法は跡形もない。だから蛮族だと言われるんだ。上に挙げた日本語のB級タイトルもラテン語を調べる手間を省いて横着にも英語から垂れ流したことがバレバレ。同罪だ。


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 前回で西ドイツやヨーロッパの西部劇がマカロニウエスタンのベースになったことを述べたが、もう一つ先行となったジャンルがある。
 戦後のイタリア・ネオリアリズムの流れのあと、当地では「サンダル映画」といわれるギリシア・ローマ時代の史劇をモチーフにした映画が盛んに作られ、「ベン・ハー」や「クレオパトラ」などのアメリカ資本も流入していた。 後のマカロニウェスタンの監督もこのサンダル映画のノウハウで育っているのだ。 レオーネのクレジット第一作目を考えて欲しい。Il colosso di Rodi(『ロード島の要塞』)というサンダル映画である。ただしレオーネ自身は「あれは新婚旅行の費用稼ぎに作っただけ」なので「レオーネ作」とは言って欲しくないそうだ。黒歴史ということか。『続・荒野の一ドル銀貨』を撮ったドゥッチョ・テッサリなども本来サンダル映画が専門だからオデュッセイアがベースになったりしているのだし、その他にもタイトルなどにギリシア・ローマ神話から取ったな、と素人目にもわかるモチーフが登場することは『12.ミスター・ノーボディ』の項で書いたとおりである。

 つまり、マカロニウェスタンが誕生したのにはちゃんとした背景・先行者があって、何もないところからいきなり『荒野の用心棒』がポッと出てきたわけではないのだが、これはノーム・チョムスキーの生成文法も同じ事だ。
 まず生成文法はポール・ロワイヤル文法の発想を引き継いでいるが、さらにチョムスキーの恩師のゼリグ・ハリスを通じてアメリカ構造主義の考え方もしっかり流れ込んできており、生成文法をアメリカ構造主義へのアンチテーゼとばかり見るのは間違いだ、と言われているのを当時よく聞いた。大体彼のcompetence、performanceなどという用語はド・ソシュールのラングとパロールの焼き直しではないのか。その他にも生成文法の観念にはヨーロッパの言語学の観念を別の言い方に換えただけとしか思えないものがある。その一方で伝統的な言葉の観念が英語学内でゆがめられてしまった例もある。『51.無視された大発見』でもちょっと書いたが「能格」という言葉の使い方などそのいい例ではないだろうか。

 セルジオ・レオーネとノーム・チョムスキーを比較考察するというのもムチャクチャ過ぎるかもしれないが、まあある意味ではこの両者は比較できる存在だとは思う。以下の文はJ.ライオンズによるチョムスキーの伝記の冒頭だ。

Chomsky's position is not only unique within linguistics at the present time, but is probably unprecedented in the whole history of the subject. His first book, published in 1957, short and relatively non-technical though it was, revolutionized the scientific study of language;

この文章の単語をちょっとだけ変えるとこうなる。

Leone's position is not only unique within italian westerns at the present time, but is probably unprecedented in the whole history of the subject. His first western, released in 1964, short and relatively non-technical though it was, revolutionized the style of westerns of the whole world;

こりゃレオーネそのものである。このフレーズをそのままレオーネの伝記の冒頭に使えそうだ。

 さて、もう一つマカロニウエスタンの発端になったのが黒澤明の『用心棒』であることはさすがに日本では知らない者はあるまいが、その黒澤の自伝に次のようなフレーズがある。

人間の心の奥底には、何が棲んでいるのだろう。
その後、私は、いろいろな人間を見て来た。
詐欺師、金の亡者、剽窃者…。
しかし、みんな、人間の顔をしているから困る。

実はここを読んでドキリとした。この「剽窃者」とはひょっとしたらレオーネのことではあるまいかと思えたからである。確かにああいう基本的なことをきちんとしなかったジョリィ・フィルムとレオーネは批判されても文句は言えまいが、いろいろなところから伝わってきた話によるとまあ向こうの事情もわかる感じなのである。前回も書いたようにもともと『荒野の用心棒』は残飯予算で作った映画だったのでレオーネもジョリィ・フィルムもまさかこんな映画が売れるとは思っていなかったらしい。出した予算の元が取れれば、いやそもそもA面映画Le pistole non discutonoのほうで元をとってくれればいいや的な気分で作ったので著作権などのウルサイ部分は頭になかったそうだ。後で黒澤・東宝映画から抗議の手紙が来たとき、レオーネはカン違いして「黒澤監督から手紙を貰った!」と喜んでしまったという話しさえきいたことがある。当然ではあるのだが、結局ジョリィ・フィルムは東宝映画にガッポリ収益金を持っていかれ、レオーネも『荒野の用心棒』は今までに作った映画の中でただ一つ、全く自分に収益をもたらさなかった作品、とボヤいたそうだ。そしてその際東宝映画は肝心の黒澤には渡すべき金額を渡さなかったという。
 もちろん映画制作のプロならばそういうところはきちんと把握しておくべきだろうし、私も特に自己調査して調べたわけでもなんでもなく、そこここで小耳に挟んだ話を総合して判断しただけなので無責任といえば無責任なのだが、どうもイタリア側をあまり責める気にはなれない。

 実はその他にも黒澤監督の自伝でレオーネと関連付けて読んでしまった部分がある。黒澤監督が師である山本嘉次郎監督を「最高の師だった」と回想するところである。

山さんこそ、最良の師であった。
それは、山さんの弟子(山さんは、この言葉をとてもいやがった)の作品が、山さんの作品に全く似ていないところに、一番よく出ている、と私は思う。
山さんは、その下についた助監督の個性を、決して矯めるような事はせず、それをのばす事にもっぱら意を用いたのである。

ここでも私はドキリとしたのである。どうしてもレオーネとトニーノ・ヴァレリの確執を思い出さないではいられなかったからだ。よく知られているようにヴァレリは最初レオーネの助監督として出発した人である。これは『怒りの荒野』(再び『12.ミスター・ノーボディ』の項参照)を見れば一目瞭然。画風がレオーネにそっくりだからだ。『怒りの荒野』の冒頭シーンを思い出して欲しい。アニメーション(と呼んでいいのか、あれ?)のタイトル画が終わり映画の画面に切り替わるところでカメラがグーッと下がっていくあたり。タイトル画が終わってもテーマ曲は終わらず曲の最後のほうが映画の最初の画面とダブっているところだ。リズ・オルトラーニの曲がまたキマリ過ぎていてたまらないが、この部分が『荒野の用心棒』にそっくりである。もちろん冒頭にアングルを徐々に下げるという手法は珍しくもなんともないし、このタイトル画から映画への移行の方法は他のマカロニウエスタンもやたらと真似しているから私の考えすぎかもしれないが、この映画を見ていると脳裏にレオーネがチラついて仕方がない。
 ヴァレリが撮ったマカロニウエスタンは全部で5作。『怒りの荒野』はその二作目である。私はまだヴァレリの最初の作品per il gusto di uccidere(『さすらいの一匹狼』)と4作目una ragione per vivere e una per morire(『ダーティ・セブン』)をみたことがないのだが、第3作目のil prezzo del potere(『怒りの用心棒』)は『怒りの荒野』と比べてみるとやや「レオーネ離れ」している、政治色・社会色の濃い静かな(もちろんマカロニウエスタンにしては静か、ということだが)作品である。ケネディ暗殺をモティーフにしたストーリーでそもそもマカロニウエスタンにするのには荷が重過ぎた内容だったためか、前作『怒りの荒野』ほどは興行的にヒットしなかったが、このジャンルの映画の作品にありがちなようにストーリーが破綻していない。音楽は『続・荒野の用心棒』のエレキギターで私たちをシビレさせ、『イル・ポスティーノ』でモリコーネより先にオスカー音楽賞を取ったルイス・エンリケス・バカロフだが、哀愁を帯びた美しい曲で私は『続・荒野の用心棒』よりこちらのメロディのほうが好きなくらいだ。
 しかしヴァレリはその後の『ミスター・ノーボディ』では逆戻りというか再びレオーネに飲み込まれてしまった。この映画は発案がレオーネだったので監督作業にもレオーネが相当介入・干渉したんだそうだ。そのためか絵でもスタイルでもやや統一を欠く。その点を批判する声もあるが、それがかえってある種の味になっているとしてこの映画をマカロニウエスタンのベスト作品の一つとする人もいる。とにかくこの映画がマカロニウエスタンの平均水準を越える作品であることは間違いない。
 弟子の作品が師とそっくりであること、そして弟子が自分のスタイルの映画をとろうとしたとき師がそれを妨害、と言って悪ければ積極的に後押ししてやらなかったことなど、レオーネのヴァレリに対する態度は黒澤明に対する山本嘉次郎と逆である。この『ミスター・ノーボディ』を最後にヴァレリはレオーネと袂を別ってしまった。
 
 しかし黒澤明のほうも山本嘉次郎に比べると自分自身は果たしていい師であったかどうかと自省している。指導者としての良し悪しとクリエーターやプレーヤーとしての良し悪しは必ずしも一致せず、指導が出来ないからと言って能力がないとは絶対にいえないことはスポーツ界でもそうだし、文人の世界でもいえることだろう。もっとも数の上で一番多いのは「そのどちらもできない」という私のような凡人大衆だろうが。


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 インターネットになってつくづく便利になったと思うことの一つが、「そういえばあの人は今何をしているのだろう?」とふと思ったりしたときすぐ調べられることだ。「ググる」という言葉ができるほどになったが、私はヘソ曲がりなので、何年か前にメインの検索マシンをGoogleからDuckDuckGoというのに変えた。だからもう何年も「ググる」という行為をしていない。「ダクる」とでも言うのか?とにかくこの検索エンジンだと個人情報があっち側に残らないのが利点だが、それより私はアヒルが好きなのでロゴマークにアヒルを使ってあるというのがこちらに切り替えた理由の第一。第二が私はヘソ曲がりなので「皆が使っている」とか「シェア一位」とか聞くと使いたくなくなるという理由である。
 で、本来ならウィンドウズもワードも使いたくないのだが、ヘソだけは一人前に曲がっていても如何せんIT音痴なのでリナックスやオープンオフィスを使いこなすだけの知識や頭がなく、曲がったヘソの持って行き所がない。それで不本意ながらこの点では主流に呑まれているのである。が、いくらデジタル音痴でもさすがにメインの検索エンジンを変えることくらいは出来るからグーグルをやめた。

 その、「行け行けアヒル」であちこち「そういえばあの人は今どうしているのか」と思いついた人たちの名前を検索して遊んでいたら、何を今更ではあるが、あらためて知って感心したことがいくつかあるのでご紹介。以下は全部DuckDuckGoで行なった検索結果である。Googleだと違う結果になるのだろうか?

 その第一はブルーノ・ニコライの方がモリコーネより年上だった、ということだ。私はてっきりこの人はモリコーネの弟子で、10歳くらい年下かと思っていた。残念ながら1991年に亡くなっている。
 ルイス・エンリケス・バカロフはまだ存命だ。さるデータ・ベースを調べてみたら、この人のヒット曲ランキングのダントツ一位は未だに『ジャンゴ』でせっかく(しかもモリコーネより先に)オスカーを取った『イル・ポスティーノ』とかが完全に無視されている。
 リズ・オルトラーニは2014年の一月に亡くなっている。この人もあの世界的なヒットを飛ばした世界残酷物語が無視されてヒット曲の一位は『怒りの荒野』となっている。実は私は今まで気にしたこともなかったのだが、オルトラーニはフルネームがRiziero、リツィエロというのかリジェーロと発音するのか、なにやら由緒ありげなカッチョいいものであった。日本語表記の「リズ」だとエリザベス・テーラーとかといっしょになってしまいかねないが。

 アレッサンドロ・アレッサンドローニは私が「ダクりはじめた」当時はまだ存命だった。2011までしっかりコンサートなどの音楽活動をしていたということだが残念ながら今年2017年の3月に94歳で亡くなった。名前で言われると「そんな人知らない」と思う人もいるかも知れないが、さすらいの口笛の口笛とギターの演奏をしたのはこの人だといえば、「ああ、あの人か」と思い出すだろう。その後の『夕陽のガンマン』のスコアでも『続夕陽のガンマン』でも口笛をきかせてくれている。アレッサンドローニ氏はいわゆるマルチ演奏家で、ギターはもちろんマンドリンからシタールからいろいろな楽器を演奏していたらしい。しかも年は違うが行っていた幼稚園がモリコーネと同じだそうだ。レオーネがモリコーネと小学校の同級生だったことは有名な話だが、つまり『荒野の用心棒』は子供たちの同窓会作品だったのか。その幼稚園・小学校レベルにさえ達してない映画・スコアしか作れないくせに「プロの映画監督でございます」とかふんぞりかえっている監督や作曲家は廃業するがいい。

小学校時代のセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネ。r の字がひとつ足りない気がするのだが…
International Movie Database(imdb.com)から
MorricineLeone

 あと、意外なことにこのアレッサンドローニはフランチェスコ・デ・マージと協力して作曲も演奏もしている。『黄金の3悪人』というジョージ・ヒルトン主演の映画があるだろう。テーマ曲をデ・マージが担当しラウールがStranger, stranger, who knows your face?とかいう歌詞を『南から来た用心棒』と全く同じような声で歌う(当たり前だ。下記参照)が、あそこでギターを弾いていたのはこの人だそうだ。世界の狭さに驚いた。
 そのフランチェスコ・デ・マージは残念ながら2005年に亡くなっている。とにかく作曲家の消息については皆結構簡単に見つかった。モリコーネのように名前が一般教養の域にまで達している人はまあ言わずもがなだが、オルトラーニもデ・マージもウィキペディアに載っているし、その他の情報サイトも検索するとドシャドシャ出てくる。だが、それを実際に演奏したり歌ったりした人の消息となるとそうそうドシャ降りという具合にはいかなかった。 すぐに見つかったアレッサンドローニはむしろ例外だ。

 さて、「マカロニウエスタンの声」と言うと普通どんな名前が思い浮かぶだろうか。私はフリークでも専門家でもないが、素人目でいいから名前を挙げろといわれれば、まず第一にロッキー・ロバーツ、その余勢を駆って(?)ベルト・フィア(『63.首相、あなたのせいですよ!』参照)、あとラウール、マウリツィオ・グラーフ、最後にクリスティ、この5人が浮かぶのだが、皆さんはいかがだろうか。エッダ・デロルソ(『86.3人目のセルジオ』参照)を抜かすなと抗議されそうだが、ここでは「歌詞を歌った」人に限ることにする。ごめんなさい。
 
彼らは今何をしているのか、そもそもまだ存命なのか?

 『続・荒野の用心棒』を歌ったロッキー・ロバーツは2005年、デ・マージと同じ年にローマで亡くなっている。この人はフロリダ生まれの本当のアメリカ人で、英語が母語だ。
 『復讐のガンマン』のクリスティ(再び『86.3人目のセルジオ』参照)も比較的楽に見つかった。すぐにイタリア語版のウィキペディアにヒットしたのである。でもこれは私がたまたまマリア・クリスティナ・ブランクッチという本名を知っていたからで、単にChristyとしか知らなかったら相当手間がかかったと思う。まだご存命だ。
 さて、『南から来た用心棒』や『黄金の3悪人』の歌手、上述のラウールだ。私はこの人の本名を知らなかったのでちょっと手間取ってしまった。Raoulだけじゃあ、他に何百人も出てきてどれが目指すラウールなのか全くわからない。片っ端からこれ全部クリックするなんてやだー、と二の足を踏んでいたらなんとフランチェスコ・デ・マージのサイトで彼の本名に言及されていた。Ettore Raul (Raoul) Lo VecchioまたはLovecchioといい、デ・マージの歌をいくつか歌った後は俳優に転向し、実際いくつかの映画に出演している。その後はショウ・ビジネスから手を引いてローマでオリエンタルファッションのブティックを開業して暮らしているそうだが、生年月日も生死も定かではない。
 ラウールは例えばあるサイトで関係のない別のラウールとごっちゃにされて、というかいっしょにくくられれた上、

Raoul is a vocalist known for his many contributions to Ennio Morricone soundtracks.

という紹介文がついているが、これは正しいのか?彼はモリコーネの曲にmany contributionsをしていたのか?私としてはラウールと聞いて思い出す作曲家はなんと言ってもフランチェスコ・デ・マージの方なのだが。モリコーネとくっ付けるべきなのはむしろマウリツィオ・グラーフだと思うのだが。
 が、そのグラーフはラウール以上に情報がない。本名はMaurizio Attanasioというのはわかったが、なぜか生年月日も生死も見つからなかった。Youtubeでは結構みつかり、よくコンサートなんかはしていたらしいことはわかったが、経歴そのものの情報はほとんど見つからなかった。
 マウリツィオ・グラーフもラウールもまた名前を出されるとわからなくなる人がいるかも知れないが、私と同年代の女性なら絶対声は知っているはずだ。それぞれ『続・荒野の一ドル銀貨』『南から来た用心棒』、つまりジュリアーノ・ジェンマが主演した映画の主題歌を歌っている。これらの映画を「二つとも全く見たことがない、ジュリアーノ・ジェンマって誰ですか?」とか言うような同年代の女性がいたら、それこそ日本ナショナリストではないが「あなた本当に日本人?」と聞いてみたいところだ。
 マカロニウェスタンを見る際、ヨーロッパと日本ではもちろん重点というか視点が違うのだが、その彼我の差が最も明確に出ることの一つが実はジュリアーノ・ジェンマの扱いなのである。日本では荻昌弘あたりが「マカロニ・ウェスタンのスターはイーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマ」とか言っていたことがあるが、これはあくまで男性側の意見で、私達にとってはイーストウッドとネロが束になってかかってきてもジェンマにはかなわなかっただろう。ネロは美男子だったし、イーストウッドも顔だけ見れば結構線が細かったのでまあ女性ファンもいたが、本来「男っぽさ」を全面に打ち出すタイプの主人公は女性は嫌いなのである。そういえばあのころ、クラスにも「ショーン・コネリーとか見てると臭いがうつりそう。ゲー気持ち悪い」とまで言っていたクラスメートがいたほどだ。なお、私は今までの人生でリー・バン・クリーフが好き~といってキャーキャーいう女性にはただの一度もお目にかかったことがない。
 ドイツに来て「マカロニウェスタンのスターを挙げて下さい」とそこら辺の人に聞いてみるといい。イーストウッドはまあ別格としてその次に挙げられるのはフランコ・ネロよりテレンス・ヒルとバッド・スペンサーが先に来るはずだ。ネロはその後だと思う。ジェンマにいたっては完全にトマス・ミリアンや下手をするとジャンニ・ガルコとかあの辺と同じレベルだ。でもさすがに彼が亡くなった時は新聞に載った。「マカロニウェスタンの俳優で一番のイケメン」と書いてあった。

 さて、そのラウール、グラーフ以上にお手上げだったのが、『続・荒野の用心棒』のイタリア語バージョンを歌った上記ベルト・フィア(またはロベルト・フィア、どちらの名も使っているそうだ)だった。上の人たちは少なくとも歌った歌とか出演した映画とか、作品の紹介がいくつもしてあったが、フィアの場合は『続・荒野の用心棒』だけで他の言及が全くない。もしかするとイタリア語のサイトを探せばみつかるのかもしれない。イタリア語の出来る方がいたらお願いしたい。実は私は当時買ったイタリア語バージョンのレコード(「レコード」である!)をまだ持っているのだが、そのジャケットに「先日ミルバと共に来日したベルト・フィアが歌っている」と書いてある。ミルバと来日するくらいだからある程度名の通った人なのではないのか?それともフィア氏はミルバの荷物持ちかなんかだったのか?

 最後にもう一つ。アレッサンドローニだが、彼は自分のバンド、というか合唱団を持っていていくつかの映画で歌っているが、そのメンバーを見て驚いた。クリスティ(マリア・クリスティナ・ブランクッチ)が消してあるのはなぜだかわからないが、ラウールやエッダ・デロルソがいる。つまりアレッサンドローニを通してモリコーネとデ・マージはしっかりつながっているのだ。

 何、ここで挙げた名前や曲、映画の題名を全く知らない?それが正常だ。

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 マカロニウエスタンのベスト監督は3人のセルジオ、レオーネ、コルブッチ、ソリーマとトニーノ・ヴァレリだと言っても猛反対はされないだろう。「猛」と注を入れたのはバルボーニを入れろという人がちょっと反対するかもしれないと思ったからである。ヴァレリの『ミスター・ノーボディ』については前にもふれたが、他の作品にはあまり言及していなかったので、この機会(どの機会よ)にちょっとまとめてみたい。

 『ミスター・ノーボディ』はレオーネが制作を担当したし、『ウエスタン』のパロディだということもあってヴァレリの作品の中ではジャンルファン外でも有名、「これ以降は記すべきジャンル作品が出ていない」という意味で「最後のマカロニウエスタン」と名付けられているほどだ。当然「ベストマカロニウエスタン」のリストなどには入らないことがないが、もう一つ必ずと言ってベストリストに顔を出すのが『怒りの荒野』である。その生まれのために町中の人から軽蔑されていたジュリアーノ・ジェンマ演ずるスコットという若者がリー・ヴァン・クリーフの中年ガンマンに憧れて修業し、いっぱしの早撃ちに成長していく(もっとも最後にはその師匠と対決する)話だが、そこでリー・ヴァン・クリーフがジェンマに訓示する「ガンマン十か条」とやらを全部暗記している人が私の周りには何人もいた。そんなものを覚えてどうするんだ、絶対共通一次試験(今は「センター入試」とかいうそうですが)には出ないぞ。まあこの映画はそれほど人気があるということだ。人気の理由の一つは何といってもキャストがドンピシャリにキマっていたことだろう。ドスの効いたリー・ヴァン・クリーフとソフトではあるが軟弱ではない若者ジェンマのコンビが絶妙。他の俳優だったらどんなに名優でもこの味は出まい。この二人を見ていれば誰でもつい十か条を暗記したくなってくるほどのキマリぶりである。もう一つがリズ・オルトラーニのクソかっこいいスコア。一足先に『世界残酷物語』ですでに世界的な名声を得ていたオルトラーニはモリコーネとはまた違った独自のスタイルを押し出している。実に堂々としたスコアで私も大好きだ。実は私は子供のころオルトラーニは名前がエリザベスというのかと思っていたが、この「リズ」は Riz で、イタリア語の立派な男性名リジェーロ Riziero の略である。

マカロニウエスタンはやはりこの面構えでないといけない(下記クレイグ・ヒルと比較せよ)。
DayofAnger1
 この2作ですでに文句なしのベスト監督入りだが、ヴァレリは他にも3作、合計で5本西部劇を撮っている。映画監督としてのキャリアは『夕陽のガンマン』でレオーネのアシスタントを務めたことで開始した。そこら辺の事情を本人がさるインタビューで語っている。ヴァレリはもともとジョリー・フィルムで、映画製作後の管理、吹き替えなどの後処理を監督と言うか監視していた。レオーネが本来別の映画のためだった余剰の予算で(『69.ピエール・ブリース追悼』『130.サルタナがやって来た』参照)『荒野の用心棒』を撮っている時もスペインからの報告は逐一真っ先にヴァレリのところへきたそうだ。「レオーネが何か凄い映画を撮ってるぞ」とすぐ見抜いたのに周りの者には無視された。それが大ヒットして吹き替えやら宣伝やらでてんやわんやの騒ぎになったが、それでレオーネとさらに近づきにもなり、向こうが『夕陽のガンマン』のアシスタントをやってみないかと持ちかけて来たそうだ。「喜んで引き受けました」。
 その後さる制作担当者が「ちょっと西部劇を作りたいのだが、ヴァレリはどうだろう、西部劇を撮れる力があると思うか」とレオーネに打診して来た。そこでレオーネが「問題ない、彼にはできる」と答えたので廻って来た仕事が、ヴァレリの監督デビュー作『さすらいの一匹狼』Per il gusto di uccidereである。英語のタイトルは Taste of Killing または Lanky Fellow、ドイツ語のタイトルは Lanky Fellow – Der einsame Rächer(「ひとりぼっちの復讐者」)。これが成功して次の『怒りの荒野』に続く。
 私が『さすらいの一匹狼』を見たのは最近だが、テーマ曲がよくマカトラ選集に入っていて耳にすることが多い結構有名な作品である。なるほどおもしろかった。主役はアメリカ人のクレイグ・ヒルだが、本来この人ではなくロバート・ブレイクにオファーがいっていたそうだ。それでブレークはローマにやってきたはいいが、完全にラリっており、さっそくホテルからブレークが薬をやり過ぎてぶっ倒れたから引き取りに来てくれとヴァレリに連絡が来た。そしてそのまま入院とあいなった。主役がいなくなってしまい、困っていたらヴァレリの友人が Whirlybirds というTVシリーズに出ていた知り合いの俳優が今ちょうどローマにいるといって紹介してくれた。会ってみたら想定していた主人公より少し年がいっていた。でもいい俳優だし好人物でもあったのでこの人にしたそうだ。撮影が終わってしまってから今度はブレークのほうからクランクインはいつか聞いてきた。クランクインどころかもうその映画は別の主役で撮影終了していると知ってブレークは泣き出した。ヴァレリは対応に困って「私は君で撮ろうとしていた。オジャンにしたのはそっちじゃないか」と慰めた(慰めてんのかこれ?)そうだ。
 『さすらいの一匹狼』の主人公は定番の賞金稼ぎで、賞金より弟の敵討ちを狙って獲物(?)を追う。ひょっとしたら『夕陽のガンマン』のリー・ヴァン・クリーフがヴァレリの頭にあったのかもしれない。こちらも妹の敵討ちが目的で賞金は最後に皆イーストウッドに譲る。もっともこの主人公は「金はいくらあっても困るもんじゃない」というセリフとは裏腹にそもそもの始めからどうもあまり金にガッツいている感じがしない。マカロニウエスタンにしてはちょっと端正というか上品すぎる気がする。書類を示されて「賞金の額しか読めないからこんなもの出されてもわからん」というシーンもあるが、そこまで学のない人とは思えない。後にテレンス・ヒルが別の映画で同じようなことを言い出したときは本当に「銃を撃つしか能がない無学もの」の雰囲気が漂ったものだがクレイグだとあまり噛み合っていない印象。しかし一方いわゆる「マカロニ面(づら)」ばかり見ていても胸やけがしてくるので私はこのキャラ設定はむしろ好きだ。そういえばこの映画にはマカロニウエスタンによくあるというか不可欠というか、ヒーローが拷問されるシーンがない。『さすらいの一匹狼』はこの人にとって二本目のマカロニウエスタンだったが(だから当時ローマにいたのだろう)この後も何本ものマカロニウエスタンに出演している。そのうちの一本、Lo voglio morto (1968、パオロ・ビアンキ―ニ Paolo Bianchini 監督)では定式通り薄汚い格好で出て来てきちんと拷問されて血だらけになるがむしろワンパターンでおもしろくなかった。Lo voglio morto のドイツ語タイトルは Django, ich will ihn tot「ジャンゴ、こいつを死なせてやりたい」だが、これもドイツ特有のジャンゴ化現象で、主人公の名は本来クレイトンである。
 クレイグ・ヒルは前述のように出身はアメリカだが、カタロニアに根を下ろしてそこで亡くなっている。ちょっと調べてみたらなんと『イヴの全て』に端役で登場していたので驚いた。

『さすらいの一匹狼』のオープニング。まさにさすらいの一匹狼という言葉がぴったり。珍しくまともな邦題だ。
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主役クレイグ・ヒル。このキャラはマカロニウエスタンには上品すぎか。
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 『さすらいの一匹狼』の出来が良かったので上述の『怒りの荒野』を任され、それがまた大成功して一躍有名になった後再びジュリアーノ・ジェンマで撮ったのが Il prezzo del potere (『復讐のダラス』あるいは『怒りの用心棒』、ドイツ語タイトルは Blutiges Blei「血まみれの鉛」という悪趣味なもの)だ。舞台は南北戦争直後という設定だが、プロットはジョン・F・ケネディの暗殺事件をもとにしている。興行成績は『怒りの荒野』ほどはよくなかった。日本でも劇場では未公開である。ケネディ暗殺からさほど経っていない時期にこの大事件をマカロニウエスタンというジャンルの中で扱うのは荷が重過ぎたのかもしれない。反対派の声も聞いて政治統一を重視する大統領を頑強に認めず、何がなんでも消そうとする(当然人種差別も凄い)極右テロリストとジェンマを始めとするいわば中道右派・中道左派との戦いだが、黒人をリンチする南部の極右の醜さを外国人に映画化されたらアメリカ人もあまりいい気がしなかろう。それに忖度して日本では劇場公開しなかったとか…。丁寧に作られた映画の割には興行的に伸びなかったのはその辺に原因があるのかもしれない。もう一つ難を言えばジュリアーノ・ジェンマがモラルの点でも早撃ちの点でもあまりにもヒーローすぎて、陰影という点で『怒りの荒野』には劣るということか。
 でもルイス・バカロフのスコアはすごくいい、哀愁を帯びたそのメロディは私は『続・荒野の用心棒』より好きなくらいだ。『群盗荒野を裂く』Quién sabe? もバカロフのスコアだが、『続・荒野の用心棒』のをそのまま使ってしまっている。もちろんまさかあのロッキー・ロバーツの主題メロディが流れたりはしなかったが、副スコアというかメキシコ軍が走るシーンで同じメロディが流れていたのでのけぞった。こういうのってアリなんだろうかと思うが、Il prezzo del potere ではそんなことはなく、全部新品だった。そのついでに思い出したが、下で述べる『ダーティ・セブン』 Una ragione per vivere e una per morire で、オルトラーニ氏までが自作の『怒りの荒野』をリサイクルというかリユーズしている。
 またこれはヴァレリばかりでなくマカロニウエスタン全般に言えることだが、この作品にもアントニオ・カサス始めスペインの有名俳優が何人も出演している。「松葉杖銃」のニックを演じたのもマヌエル・サルソ Manuel Zarzo というスペイン人だ。『怒りの荒野』のヴァルター・リラやそもそも『荒野の用心棒』のジークハルト・ルップなども、アメリカ人が知らないだけでヨーロッパ本国では知られた顔だ(『98.この人を見よ』参照)。

Il prezzo del potere  でのスペインの名優アントニオ・カサス。マカロニウエスタンでも頻繁に見かける顔だ。
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松葉杖が実は銃。スペイン人のマヌエル・サルソManuel Zarzo。
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 Il prezzo del potere の次のUna ragione per vivere e una per morire(『ダーティ・セブン』、ドイツ語タイトルは Sie verkaufen den Tod「死を売っている」または「死の商人」。なんなんだこれは?)でも南北戦争をモティーフにしている。実は私はこれを見たことを忘れ、まだ見ていないつもりでこの記事を書くに当たって観賞しておこうと思って開けてみたらすでに知った映画だった。
 ジェームス・コバーンの演じる(元)北軍将校は戦わずして砦を南軍に明け渡して以来弱虫・裏切者扱いされているが、その砦を奪い返す使命、セカンド・チャンスを与えられ7人の死刑囚を工作要員にやとって件の砦に向かう。「もし生き残ったら恩赦、死んでもそれは名誉ある死」というエサで釣るのである。その死刑囚の一人がバッド・スペンサーで、最後にはこの人とコバーンだけが生き残る。激戦の上砦は奪い返し、コバーンは名誉挽回するのだが、それができるほど勇敢で有能ならばそもそもなぜ氏は前回あっさりと敵に砦を明け渡したのか。実は南軍側が氏の息子を誘拐して脅迫したからである。コバーンが明け渡したのにも関わらず、結局息子は殺された。この南軍の将校を演じるのがテリー・サバラスで、ラストに武器を放棄して投降するが、息子のことがあるからコバーンはサーベルで刺し殺す。今でいえばジュネーヴ条約違反である。
 『特攻大作戦』The Dirty Dozen という戦争映画と似たようなモティーフで、ヴァレリ自身も上述のインタビューでその作品が頭にあったと認めている。ヴァレリはさらにそこでコバーンはスター意識が強く非常に扱いにくかったと言っている。とにかく頻繁に悶着を起こしたそうだ。サバラスとスペンサーは全く問題がなく楽に仕事ができた。後の『ミスター・ノーボディ』で使ったヘンリー・フォンダはこの時68歳でヴァレリよりずっと年上、「普通年配の俳優は扱いにくいものだが、フォンダは違った。本当にすんなりいった」そうだ。またリー・ヴァン・クリーフについては、例えばジュリオ・ペトローニなどによれば気難しかった、ジェンマも「普段は好人物だが酒が入ると急に人が変わった」と言っているが、ヴァレリは「その前の『夕陽のガンマン』ですでに知っていたから、全く問題はなかった」そうだ。
 レオーネがコバーンとロッド・スタイガーで撮った『夕陽のギャングたち』Giù la testa はこの『ダーティ・セブン』より一年ほど早く作られているが、レオーネは後にスタイガーはやはりスター意識のため最初自分の指示に従わおうとしなかったので怒鳴りつけて大人しくさせたと語っている。コバーンとは上手くいったのかどうかは言っていなかったが、まあ黒澤明の言葉通り「監督業は猛獣使いのようなもの」なのかもしれない。
 なお、この映画もバッド・スペンサーが出てしまっているために(『79.カルロ・ペデルソーリのこと』『146.野獣暁に死すと殺しが静かにやって来る』『173.後出しコメディ』参照)ドイツではコメディに変更され、Der Dicke und das Warzenschwein「デブとイボイノシシ」という名のカットバージョンがでている。目を疑うタイトルだ。この名をつけた人の脳神経回路はどうなっているのか。

『ダーディ・セブン』のラストシーン。サバラスとコバーン。
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全く笑えるところなどない普通の役のバッド・スペンサー。
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 この映画を見てレオーネは自分がプロデュースした『ミスター・ノーボディ』の監督にヴァレリを据えた。「『ミスター・ノーボディ』は実はレオーネが撮ったのだ」という噂も時々巷に流れるが、そこら辺の事情をヴァレリが説明している:アメリカでの撮影が終わってスペインに帰ってきたとき、フォンダの衣装も入っている大事な荷物が一つ何日も遅れて届いた。その時点でフォンダは次の予定が迫っていて、間に合いそうになかったためレオーネと相談して、鉄道の線路際のフォンダの出るシーンをヴァレリ、テレンス・ヒルがダイナマイトを鞍のポケットにいれるシーンをレオーネと、分けて同時に撮ることにした。それだけだ。
 「監督が二人いて、一方が他方より有名だった場合、そっちがすべてやったように思われるのはいつものことですよ。レオーネも興行成績を上げるために意識して自分が大方監督したように話を持って行ったんだと思います。」とヴァレリは結論している。

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 前にもちょっと触れたが、マカロニウエスタンには二つの源泉がある(『69.ピエール・ブリース追悼』『155.不幸の黄色いサンダル』参照)。一つが当時の西ドイツで何作も制作された西部劇で、原作はカール・マイの(軽い)冒険小説。どの映画もヴィネトウという名のネイティブ・アメリカンが主人公でそれをフランス人のピエール・ブリースが務め、その友人の白人役をアメリカ人のレックス・バーカーがやっている。この一連のヴィネトウ映画は未だに年中ドイツのTVで流している。人気ぶりではテレンス・ヒル、スペンサー組の西部劇と肩を並べるだろう。監督もスタッフもドイツ人だが制作にはドイツ、イタリア、あとユーゴスラビアの三国が関与していて、俳優もドイツ(含オーストリア)やアメリカだけでなくイタリアやユーゴスラビアからも参加している。ロケ地もユーゴスラビアだ。例えばシリーズの第一作目1963年の Winnetou 1. Teil(「ヴィネトウ第一部」)にはウォルター・バーンズやマリオ・アドルフなど後のマカロニウエスタンでお馴染みの顔が見える。「ヴィネトウ第二部」Winnetou 2. Teil(1964)にはクラウス・キンスキー、テレンス・ヒルが登場、やはり一連の一つ Unter Geiern(「ハゲタカの下で」、1964)にはジークハルト・ルップ、ウォルター・バーンズ、テレンス・ヒルが勢ぞろいしていてすでにマカロニウエスタン臭プンプンだ。この Unter Geiern という作品は下で改めて述べるが、割とキーポイントになる作品である。しかしまだある。これも一連映画の一つ、1964年の Old Shatterhand(「シャターハンドおじさん」?)の音楽を担当したのはリズ・オルトラーニだ!どうだ参ったか。
 この一連のヴィネトウ映画に端役で出演していたゴイコ・ミティッチ Gojko Mitić というセルビア、当時のユーゴスラビアの俳優はその後東ドイツに渡ってスターになった。偶然かそれとも西ドイツに対抗してワザとやったのか、60年代後半ごろには東ドイツでも盛んにネイティブアメリカンを主人公にした映画が作られ、ミティッチがその主人公を引き受けたからだ。
 さてマカロニウエスタンのもう一つの源泉はイタリアのサンダル映画である。マカロニウエスタンの監督や俳優には元々サンダル映画を取っていた人が実に多い。そもそもレオーネだって監督第一作目はサンダル映画である。ドゥッチョ・テッサリだってそうだ。

 西ドイツのヴィネトウ映画とイタリアのサンダル映画、この二つが合流してマカロニウエスタンが生まれたわけだが製作面、つまり資金面で西ドイツがかなり関与していたためかマカロニウエスタンでもユーゴスラビアとの関係が続いた。例えばセルジオ・コルブッチが初めて監督を(一部)引き受けた Massacro al Grande Canyon(「グランド・キャニオンの大虐殺」、ドイツ語タイトル Keinen Cent für Ringos Kopf、「リンゴーの首には一セントも出せない」)という西部劇。残念ながら超つまらない作品だがロケ地はユーゴスラビアである。マカロニウエスタンには俳優でもユーゴスラビア生まれの者が流れ込んだ。最も有名なのはクロアチア出身のジャンニ・ガルコ(『130.サルタナがやって来た』参照)だろうが、ガルコは地理的にはクロアチア出身でも政治的にはイタリアの出だ。出生地のザダル市が当時イタリア領だったからだ。しかもこれも前にも言った通りそもそもユーゴスラビアのアドリア海沿岸は何百年もベネチア共和国領で宗教もカトリックだから文化的にもイタリアに近く、ガルコもまあ半分以上イタリア人のようなものだ。
 しかしガルコの他にもう一人、マカロニウエスタンで主役まで行ったユーゴスラビアの出身の俳優がいる。アンソニー・ギドラ Anthony Ghidra という芸名を使っていたドラゴミル・ボヤニッチ Dragomir Bojanić である。『拳銃のバラード』Ballata per un pistolero などの主役を務めた俳優だ。この人はガチのユーゴスラビア人、ギリシャ正教のセルビアのクラグイェヴァツの生まれだ。1933年生まれだから当時は「ユーゴスラビア王国」である。マカロニウエスタンを撮る前からすでにセルビアで俳優としての地位を築いており、主役ではないが出演した1965年の Tri(「3」)という映画は当時のアカデミー外国語映画賞にノミネートされている。最初からイタリアで全キャリアを築いたガルコやそのままドイツで活躍し続けたミティッチと違ってマカロニウエスタン出演のあともイタリアには留まったりせず、セルビアに帰って俳優業を続けた。セルビア側では「イタリアで映画に出ていたことある」とあくまで軽く冷たく紹介されている。要するに正真正銘のセルビア人俳優なのである。
 そのイタリアでの第一作『拳銃のバラード』は、アルフィオ・カルタビアーノ Alfio Caltabiano というスタントマン出身の俳優兼監督で、レオーネやコルブッチ、ヴァレリなどと違って「その他大勢の監督」のカテゴリーに入れられがちだが、複数の西部劇を作っている。『拳銃のバラード』が一番出来がいいという評価だ。この映画はストーリーもテーマもまあマカロニウエスタンの定式通りだし、特に派手でもなく物珍しさもないが非常に堅実な作りで結構面白く、好感の持てる作品だ。マルチェロ・ジョンビーニの音楽も良かった。ジョンビーニは『西部悪人伝』のあの耳にやたらとこびりつくスコアを作曲した人だ。
 悪漢兄弟が徒党を組んで輸送金を狙う。定番通りこの二人にはたんまり懸賞金がかかっていて、これも定番通り謎めいた若い賞金稼ぎ(イタリア人俳優アンジェロ・インファンティ)がこれを追う。その悪漢ボスの兄の方を監督自らが演じている。その若い賞金稼ぎと同時にもう一人の謎めいたガンマンが登場するが、これがアンソニー・ギドラことボヤニッチだ。こちらも兄弟を追っているが金のためではなく復讐が目的だ。そしてまたまたマカロニウエスタンの法式に従って追うほうの二人が微妙にコンビを組んで協力し最後には悪漢二人を倒すのだが、最後になって実はこちらの方も兄弟だったと(観客に)わかる。アシメトリーな兄弟と言う、これもマカロニウエスタンの定番だ。さらに定番としてボヤニッチの主人公は一度敵方の手に落ちて拷問を受ける。
 この『拳銃のバラード』はコルブッチの『グランド・キャニオンの大虐殺』と同じくロケ地がユーゴスラビア。またロケ地ばかりでなく、ギャング団の手下や酒場の客などの小さな役は皆ユーゴスラビア人の俳優が演じている。ロケをするついでに俳優も現地調達したのかもしれない。やはり撮影地がユーゴスラビアだった上述西ドイツのヴィネトウ映画シリーズでも独伊墺俳優に交じってユーゴスラビアの俳優が相当活躍している。そのユーゴスラビア人俳優の名前がヴィネトウ映画と『拳銃のバラード』で結構被っているのが面白い。ボヤニッチもヴィネトウ映画の一つ、上記の Unter Geiern という作品にノンクレジットで出演している。『グランド・キャニオンの大虐殺』でもユーゴスラビアの俳優が小さな役をこなしているが、やはりヴィネトウ映画に出ていた人である。西ドイツの西部劇とマカロニウエスタンの間には浅からぬ繋がりがあるのだ。そもそも『拳銃のバラード』の脚本と製作を担当したのはエルンスト・リッター・フォン・トイマー Ernst Ritter von Theumer というオーストリア人だが、『殺して祈れ』Requiescant の製作もこの人だ。
 しかしたとえ本国ですでに名があったとはいえ、そして映画人たちの間に繋がりがあったとはいえ、ドラゴミル・ボヤニッチはなんでマカロニウエスタンなんかに流れて来たのか、ユーゴスラビアの俳優をいきなり主役につけようという発想は誰が出したのか実に気になる。ジャンニ・ガルコはそもそも俳優としての修業をイタリア映画界で開始しているから何もおかしくないが、ユーゴスラビアの奥の方から来てイタリアで主役というのは相当の縁と言うか偶然が働いているはずだ。推測するしかないのだが上で見たように西ドイツの西部劇を通してやって来たとしか思えない。ひょっとしたらヴィネトウ映画を機にしてセルビア人のミティッチが東ドイツで成功していくのを見て、西ドイツ&イタリア側がじゃあ俺たちはこっちのセルビア人だとの対抗意識からボヤニッチに白羽の矢でも立てたか。とにかくマカロニウエスタンの背後にチラチラしている(マフィアの黒幕かよ)西ドイツ映画の影響を感じる。その西ドイツ西部劇とマカロニウエスタンの繋ぎと言う意味で Unter Geiern という作品は興味深い。映画自体は面白くないのが残念だ。
 さてそのボヤニッチだが、例えばジャン・マリア・ヴォロンテやジュリアーノ・ジェンマ、あるいはジョージ・ヒルトンのような派手な作りの顔ではないし、クラウス・キンスキー、リー・ヴァン・クリーフのように一度見たら忘れられないような強烈なご面相でもない、かといってまたフランコ・ネロ、テレンス・ヒルのような端正な顔でもないのだが、精悍でドスの効いた面構えで画面を引き締めている。完全にマカロニウエスタンとして絵になっていて違和感が全くない。ヴァレリの『さすらいの一匹狼』のクレイグ・ヒルはその点少しハマりきっていない雰囲気があった(『193.トニーノ・ヴァレリの西部劇』参照)。

完全にマカロニウエスタンに溶け込んでいるセルビア人ドラゴミル・ボヤニッチ。『拳銃のバラード』から
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『拳銃のバラード』。ドラゴミル・ボヤニッチ(左)とアンジェロ・インファンティ
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 『拳銃のバラード』のすぐ後に別の監督で L’ultimo killer(「最後の殺し屋」、ドイツ語タイトル Rocco – Ich leg’ dich um「ロッコ、貴様を殺してやる」)という作品が続いたが、ここではボヤニッチが映画そのものを救っている感があった。『拳銃のバラード』と違ってこれは俳優も(ボヤニッチ以外は)全部イタリア人で、ロケ地もイタリアである。主役はジョージ・イーストマン(本名ルイジ・モンテフィオーリ Luigi Montefiori)だが、いくらなんでもこれはミスキャストだったと思う。どうしてこの人を引っ張り出したりしたのだろう。監督のジュゼッペ・ヴァリ Giuseppe Vari はその直前の Un poker di pistole(ドイツ語タイトル Poker mit Pistolen、「ピストルでポーカー」)という映画でイーストマンを使っているから、その引き続きかもしれない。しかしこの映画でのイーストマンの役は貧乏なメキシコ農民の息子である。身長206cmもある上にあの特異な容貌の者に虐げられたメキシコ人の若者をやらせるのは無理があり過ぎだ。この若者は映画のしょっぱなに悪漢に滅茶苦茶に殴られるが、殴るほうはせいぜい身長180cm、イーストマンの顔をぶん殴るには背伸びするかジャンプしないと届かない。そこを何とか撮影でそれらしく切り抜けているが、イーストマンの方が殴らせてやっている感がぬぐい切れていない。また倒れている息子を父親が見つけて助け起こすが、二人並んで馬車に乗っている後ろ姿を見ると息子の背中の頑丈そうな面積が父親の倍くらいあり、助けたのはどっちだよと思う。イーストマンにはやはりちょっとサイコな役をやってもらった方がいい。バルボーニの Ciakmull (『208.バルボーニのカンフル剤』参照)でのこの人はすごく良かった。とにかくこのキャラがあまりにも浮いているので最初いま一つ映画にのめりこめない上に音楽もサンダル映画調で時々急に画面に不釣り合いなファンファーレがかかる。「なんだこれは」と嫌気がさしかけていたのだが、ボヤニッチが登場したら雰囲気が変わった。引き締まったのである。そのハマりぶりによってイーストマンの浮いている感が緩和された感じだ。
 ストーリーはこれもマカロニウエスタンの定番で、メキシコ人の弱小農民の土地をアメリカ人の大牧場主が奪い取ろうと画策する。借金をカタに土地をよこせという日本の時代劇にもよくあるパターンである。メキシコ農民の他にも大企業牧場から嫌がらせを受けている中小規模のアメリカ人たちもいて、その大ボスを始末しようとする。アメリカ人たちはそのメキシコ人親子も誘うが、父親は暴に暴をもって制することを否定して仲間に加わらない。襲撃を受けた大ボスは当然カンカンに怒って生意気な中小企業のやつらに復讐するが、真っ先にその矛先になったのは暴動には加わらなかったメキシコ人の父親で、家を焼かれ父親を殺されたイーストマンが復讐のために立つ。
 その大ボスと言うのがまた大タヌキで、自分に従わない共同経営者や部下を消そうとして殺し屋を雇う。この殺し屋がボヤニッチである。イーストマンがひょんなことからこの殺し屋が後ろから撃たれるのを阻止した代わりに自分は大怪我をしたのを殺し屋が拾って(?)傷の手当てをし、銃の撃ち方を伝授する。
 言われた目的をすべて殺した殺し屋が引退しようとした矢先に、イーストマンが大ボスの一味を射殺したため、大ボスは殺し屋を引き留めて「もう一回だけ」と仕事を頼む。目的はガンマンに成長したイーストマンである。二人は対決して、ボヤニッチを撃ち殺し自分も傷を受けたたイーストマンが大ボスも殺す。『怒りの荒野』かよ。
 さて上でついこき下ろしてしまったキャスティングだが、逆に農民の息子役をイーストマンでなく普通の俳優がやっていたらどうなっていただろう。チクハグ感はなくなるかもしれないが客寄せ要素も消える。監督もそこを考えて多少違和感があってもいいからとにかく目立つ人を前面に持ってこようとしたのかもしれない。

身長206mのイーストマンと189cmのボヤニッチ
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 他にもボヤニッチは何人かの監督の下で何作かマカロニウエスタンを撮った。その一つがやはりジュゼッペ・ヴァリの Un buco in fronte(ドイツ語タイトル Ein Loch in der Stirn「額の穴」、1968)だが、これも全く平均的なマカロニウエスタンである。
 大金の在処が3枚のトランプにバラバラに記してある。全部そろわないと判読できないのだがカードをそれぞれ別の人が持っていてそれらが奪い合い、殺し合いをするという実にありがちなストーリーだ。ボヤニッチの役はそのうちの一人の委託を受けたガンマンで、敵側につかまって(定式通り)拷問を受けるがなんとか逃げ出して金の居所をつきとめるというスタンダートと言えばあまりにもスタンダードな展開。もちろんカードの持ち主は全員撃ち殺される。とにかくやたらと人が死ぬ。隠し場所はさる僧院だったが、あおりを食って罪もない僧侶たちもやはり虐殺される。ボヤニッチはその大金を生き残った僧侶たちに与えて去る。
 途中でボヤニッチが機関銃をぶっ放すシーンもあるし、とにかく他のマカロニウエスタンの寄せ集めのような感じで、今の時代ならこんな脚本それこそAIで書けるのではないだろうか。無くても別に誰も困らない映画ともいえようが、ただB級ではあっても駄作ではないことは強調しておきたい。定番マカロニウエスタンと言う安定性はあるからつい惰性で見てしまい、見終わっての感想も「ああつまらなかった」とはならない。例えばコルブッチの『グランド・キャニオンの大虐殺』より遥かに面白いことは私が保証する。

相変わらずドスの効いたUn buco in fronteでのボヤニッチの面構え。
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機関銃のないマカロニウエスタンなんてクリープを入れないコーヒーのようなもの(若者には通じない)
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  以上の三作ではボヤニッチは要するにクールな主役キャラだがあとの二つは違う。1968年の…E venne il tempo di uccidere(「殺しの時がやって来た」ドイツ語タイトルEinladung zum Totentanz「死の舞踏への招待」)では落ちぶれたアル中保安官を、同じく1968年のChiedi perdono a Dio… non a me(「俺でなく神に許しを乞え」、ドイツ語タイトルDjango – den Colt an der Kehle「ジャンゴ、コルトを喉に」)では敵役、悪役を演じている。スタッフも俳優もマカロニウエスタンでお馴染みの顔で、例えば前者には後でジュリオ・ペトローニの『復讐無頼・狼たちの荒野』に出ていた子役のルチアーノ・カサモニカ、後者には善玉の相棒役としてペドロ・サンチェスが登場する。さらに前者のスコアはフランチェスコ・デ・マージの作曲で、それを歌うのはもちろんラウールだ。後者では最後にやっぱり機関銃も登場し(ただし撃つのはサンチェス)、ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うくらいバッタバッタと人が死ぬ。しかしどちらも上の3作と同じく「マカロニウエスタンとしてはまあ合格、主役はきちんと渋く役をこなしている作品」である。特に…E venne il tempo di uccidereが印象的で、主役は外からやって来た若い保安官助手、この人がイニシアチブをとって酒飲みのダメ保安官にカツを入れて町の悪漢たちを退治するのだが、金髪碧眼でイケメンの主役俳優をボヤニッチが食ってしまっている。これの英語タイトルは「テキーラ・ジョー」Tequila Joeというのだが、これはボヤニッチ演じたダメ保安官の名前で、つまり主役として把握されてしまっているのだ。そういえば『殺しが静かにやって来る』はドイツでは主演クラウス・キンスキー、助演トランティニャンと把握されているがそれと似たようなものだ。

…E venne il tempo di uccidere。やる気のない飲んだくれ保安官(左)とやる気満々の若い助手
BojanicTotentanz

 さてボヤニッチは…E venne il tempo di uccidere をとった後セルビアに帰った。当時はまだマカロニウエスタンがまだ勢いを失っていなかったからもう少しイタリアに留まっても良かったんじゃないかとも思うが、まあ1968年が潮時だったのかもしれない。セルビアに帰った後はもうイタリア映画には出たりせずに本国で堅実に地位を築いていった。セルビアのベスト俳優とかいう類のリストにはたいてい入っている。1993年、ユーゴスラビア紛争の真っ最中にベオグラードで60歳で亡くなった。

本国セルビアでのボヤニッチ。当然ながら全部セルビア語。

https://www.youtube.com/watch?v=4zV6gd6ffT8

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 ドイツはクリスマス時から正月にかけてTVによくマカロニウエスタンが流れてくる。どういう神経なのかよくわからない部分はあるが、大抵テレンス・ヒルとバッド・スペンサーのコメディ路線映画なのでまあ「クリスマスは家族で楽しく」という方針なのだろう。もっともドサクサに紛れて時々レオーネやコルブッチも出てきたりするが。例えば今年2026年の正月から2日にかけての深夜にさる公営放送局で『殺しが静かにやって来る』をやっていた。私個人はこの作品はマカロニウエスタンの最高峰の一つだとは思っているが、絶対正月に流したりしてはいけない。新年早々こんなのを見たらその年一年間ドツボりそうだ。
 というわけで私は見なかったが(私はモリコーネレベルに早寝早起きなので深夜放送と言うのはそもそも超苦手なのである)、その代わりと言っていいのか、何だかまたちょっと見たくなったので昼間にジュリオ・ペトローニの映画を2本連続で見ていた。『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』Da uomo a uomo と『復讐無頼・狼たちの荒野』Tepepa である。この2つはペトローニの代表作と言っていいと思う。ストーリーや作品の雰囲気は全然違うが復讐をモチーフにしている点だけは共通している。もっとも「復讐」はそもそもほぼ全てのマカロニウエスタン作品に共通するテーマなので当たり前と言えばあまりにも当たり前だが。
 『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』(Da uomo a uomo、1967)は見ているとどうもトニーノ・ヴァレリの『怒りの荒野』(I giorni dell'ira、1967)(『193.トニーノ・ヴァレリの西部劇』参照)と比べてしまう。それこそ共通点が多いからだ。どちらも若いガンマンと中年のガンマンの話で、どちらも中年の方をリー・バン・クリーフが演じている。若者の方は前者がジョン・フィリップ・ロー、後者がジュリアーノ・ジェンマで、つまり双方イケメンで売っている俳優だ。そのイケメンの若者が復讐に燃えている。 フィリップ・ローは家族を皆殺しにされた恨みを、ジェンマの方は自分を蔑んでいる町の人たちに対して(下記)。若者が燃えているのに対して中年の方はあまりカッカしていない。『新・夕陽のガンマン』のリー・バン・クリーフは別の個人的理由でフィリップ・ローと同じ人物(4人いる)への復讐を狙っているがあくまで冷静、『怒りの荒野』のオッサン(だんだん呼び方が雑になる)は復讐ではなく町を掌握してボスに収まろうという冷たい目的のために淡々とジェンマをたぶらかすというやっぱり冷静な人である。
 もっとも結末は正反対で、『怒りの荒野』ではジェンマが下剋上(違)でリー・バン・クリーフを倒すが、『新夕陽』は友情が本物へと昇華する。私は後者の方が好きだ。ジュリアーノ・ジェンマは今見るとどうも「毒」が足りない。もっともそこがジェンマのいい点なのだろうが、リー・バン・クリーフはただつっ立っているだけで雰囲気がある。バッド・スペンサーやテレンス・ヒルも何も始めない前から「待ってました」と声をかけたくなる。ジョン・フィリップ・ローも童顔なのに(?)イケメンで、決して名優とは言えないだろうが時々シブい表情をすると思った。ジェンマにはいま一つこれがない気がする。しかし繰り返すがもちろん氏はカッコいいし映画もちゃんと面白い。
 さて『新夕陽…』の脚本はルチアーノ・ヴィンチェンツォーニである。レオーネの『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』を担当した人だ。何かのインタビューで話していたが、レオーネは両親が年を取ってからの一人っ子だったので兄弟とか男同士の友情に憧れていたんだそうだ。西部劇で描きたかったのもそれだと自分で言っていた。『夕陽のガンマン』などまさにその路線。ヴィンチェンツォーニがレオーネの注文でそういうストーリーの脚本を書いたのか、それともヴィンチェンツォーニはそういう男同士の友情を描くのが上手いとレオーネが知っていたから氏に白羽の矢を立てたのかわからないが、とにかくレオーネだけでなくペトローニ監督の『新・夕陽…』も若者とその父親くらいの年齢の中年男との交流の話となっている。一度リー・バン・クリーフがフィリップ・ローに向かって「俺に息子がいないのが残念だ。いつか俺がくたばったら仇を取ってくれただろうに」とボソッと呟くシーンがあり、これがこの映画のキーワードだなと思った。もしかしたら『新・夕陽…』は『怒りの荒野』ではなく『夕陽のガンマン』と比べたほうがいいのかもしれない。
 モチーフが復讐であること、主人公が敵につかまって拷問されることなどマカロニウエスタンの定式で、これ見よがしのウリはないが堅実で好感度の高い作品だと思う。ジャンル全体がまだ若かったころでマンネリにも陥っていない。『怒りの荒野』や『夕陽のガンマン』ほど知名度がないのが残念だ。
 映画はさる家族が強盗団に皆殺しされるシーンで始まる。たった一人生き残った子供は強盗団のメンバー1人1人の特徴を覚えていていつか復讐しようと臥薪嘗胆する。その15年後の若者がフィリップ・ローである。一方その強盗団は仲間の一人を当局側に売り渡して、罪を全部おっかぶせ刑務所に送り込む。そうして自分たちは素知らぬ顔をして町の有力者に成りすましていたが、15年後、刑期を終えたその仲間が出所してくる。復讐戦は必至。これがリー・バン・クリーフである。昔の仲間は当然自分たちの命の危険を感じ、先手を打って刺客を出所者に差し向けるのだが、もちろん刺客の方が殺される。それを検分した保安官がフィリップ・ローの知り合いで、殺された方のブーツについていた拍車が、フィリップ・ローが家族を殺した者の手がかりとして保管しておいた拍車と同じものであることを見て、フィリップ・ローに教えてくれる。当然そいつらに狙われたほう(リー・バン・クリーフ)は皆殺し犯人に関わり合いのある人物に違いないという事で、フィリップ・ローは旅を続けるリー・バン・クリーフについて行こうとする。つまりフィリップ・ローとリー・バン・クリーフは同じ目標を追うことになるのだから素直に協力しあえばいいものを、双方絶対自分自身で相手を殺したいと思っているから何とか相手を出し抜こうと必死。まあマカロニウエスタンの定番な展開だ。結果的には(しぶしぶ)手を貸しあって相手方を全滅させるという復讐劇だが、モリコーネのスコアには文句のつけようがない。
 たった一つ気にかかったのは、最後二人がさるメキシコの村の男たちを総動員して敵の一味と銃撃戦になるのだが、村人があまりに唐突に全滅する点だ。急に主人公の二人以外誰もいなくなる。画面の展開から全滅と察することはできるが、もうちょっと人がバタバタ死ぬシーンを入れたほうが良かったんじゃないかという気はした。映画の出来を損ねるほどではないからまあいいかも思ったが。

復讐に燃える童顔のイケメン、ジョン・フィリップ・ロー
John-Phillip-Law
毎度のことながら決まったポーズのリー・バン・クリーフ
Law-and-Cleef
 二年後の1969年に制作された『復讐無頼・狼たちの荒野』Tepepa は『新・夕陽…』とは全く違ったモチーフで、メキシコ革命を題材にしている。脚本はイヴァン・デラ・メア Ivan Della Mea とフランコ・ソリナス Franco Solinas で、前者は本業はシンガーソングライターで政治的にも活動し、イタリア共産党の党員だったそうだ。ソリナスは言わずと知れた本職の脚本家兼作家で、フランチェスコ・ロージ監督の『シシリーの黒い霧』(Salvatore Giuliano、1963)、コスタ・ガヴラスの『戒厳令』(État de siège、1972)の脚本はこの人だが、何といっても有名なのは1966年の『アルジェの戦い』La battaglia di Algeri だろう。1969年のオスカー脚本賞にノミネートされている。ガチの社会派である。マカロニウエスタンにも手を出していて(『77.マカロニウエスタンとメキシコ革命』『91.Quién sabe?』参照)このペトローニの『復讐無頼』だけでなくダミアノ・ダミアーニの『群盗荒野を裂く』(Quién sabe?、1966)、セルジオ・ソリーマの『復讐のガンマン』(La resa dei conti、1967)、セルジオ・コルブッチの『豹/ジャガー』(Il mercenario、1968)の原作や脚本もソリナスの筆だ。マカロニウエスタンのメキシコ革命モノを総ナメしている感じだが、レオーネの『夕陽のギャングたち』(Giù la testa、1971)は違って、脚本はヴィンチェンツォーニとセルジオ・ドナーティだった。考えすぎかもしれないが、そう言えば『夕陽のギャングたち』もある意味男の友情物語だった。ソリナスのほうは『復讐無頼』を最後にマカロニウエスタンから離れて世界各地の植民地独立戦争を描いた映画の方に移っていっていたから、『夕陽のギャングたち』は時期的に遅すぎたのかもしれない。
 『復讐無頼』は脚本ソリナスと聞けば全て納得してしまうような作品である。もっとも監督のペトローニ自身もムソリーニ時代には抵抗運動に加わり、共産主義思想を支持していたそうだ。マカロニウエスタンの監督にはそういう人が多い。あのレオーネも自分の事を「夢破れた共産主義者」と定義していたのを見たことがある。さてその主役はトマス・ミリアンで、この役は氏のベストオブだと思う。脇役にオーソン・ウェルズも出ていて貫禄抜群。ストーリーも何というか緻密でいてしかも無駄がない。観客をアッと言わせたりモッタイをつけるためだけの変な伏線脱線の類いがないのである。妙にビヨーンと伸ばしたシーンもない。
 さるメキシコの町にジョン・スタイナー演ずる英国人の医師が車でやって来る。そこの刑務所では革命軍の指揮者の一人トマス・ミリアン(役名ヘスス・マリア・モラン)が死刑にされるところだったが、間一髪でスタイナーに救われる。ではスタイナーなメキシコ革命軍の一味かと言うとそうではなく、大地主の娘だった恋人をミリアンに強姦され自殺に追い込まれたため、自分の手でミリアンを殺して復讐しようと救い出したのである。この辺『新・夕陽…』といっしょだ。タイトルのテペパ Tepepa というのはミリアンの役の愛称である。ミリアンを死刑にしようとする政府軍のカスコロ大佐をオーソン・ウェルズがやっている。
 さてそういうスタイナーの事情をウェルズは知らないから当然ミリアンを助け出した氏を革命軍の仲間だと思って二人を追跡する。それに邪魔されてスタイナーはミリアンを殺す最初のタイミングを失っているうちにかえって二人で行動を共にする羽目になり、最後のクライマックスを迎えるのだが、そこに至るまでの社会派ストーリーが面白い。
 まずミリアンは自分への死刑宣告を大統領のマデロ(マドゥロじゃありません)が許可したとは信じられない。大統領は元革命軍の同志で、その指令を伝えるためにミリアンの父は命を落としている。内戦は革命軍側の勝利に終わり、大統領となった同志マデロの命令に従ってミリアンたちは武器を置いた。しかし新大統領の横には以前まさに自分たちが戦った政府軍が同じメンツで控えていた。ミリアンの頭には一抹の疑惑が生じたが、それでも氏は同志大統領の言葉を信じて銃を置いたのである。
 しかし蓋を開けてみると社会は全く変わらなかった、というよりさらにひどく、変わる気配があったのにそれが消えて完全に革命以前に逆行してしまった。以前自分たちを搾取した大地主ウェルズが戻ってきて、小作農には何の発言権もない。ミリアンはウェルズに反抗し、捕まって死刑判決を受けた。大統領が承諾の署名をしたという。前述のようにギリギリのところで救い出されたミリアンはまずその真偽を問いただすために仲間のアジトに戻ってそこから大統領に一筆したためようとする。
 しかしこの「一筆したためる」ことがミリアン自身にはできない。氏は文盲だからだ。以前の仲間で唯一読み書きができた者は盗みを働いて両手を切り落とされていた。もう一人字が書けた知り合いの神父はまさに「ミリアンの知り合い」ということで拷問され殺された。仕方なくミリアンはスタイナーに手紙を書かせる。ウソをかいていないかどうか手のない仲間が見張った(今は書くことはできないが読めはするのである)。
 すると大統領から「会って話がしたい」という知らせが来た。手無しがその知らせを持って帰って来たのだが、実はそれは裏切りで、来いと言われた会見場所には大統領でなく政府軍兵士が銃を持って手ぐすね引いていた。ミリアンはすでにピーンと来ていてまず手無しを殺す。手無しの懐には大統領から貰った大金があった。兵士たちも片づけてアジトに帰ると仲間が大勢政府軍に斬殺されていた。生き残った仲間の一人が「俺たちを売ったのはあの手無しか?」と聞くとミリアンは応える;いや裏切者はあの手無しじゃない、大統領だ。
 そうして今度は大統領が敵となった。まず右腕のウェルズを消すことだ。ミリアンはまた革命軍を組織する。しかしそれにはたくさんの武器がいる。その武器はひょんなことから手に入った。
 ミリアンはスタイナーに「お前の探しているテペパは俺じゃない、そういうあだ名の奴は他にもいる」と言いくるめてスタイナー(恋人が強姦されるのを自分の目で見たわけではなかった。「犯人はテペパ」と」聞いただけである)をぐらつかせ、復讐戦の方は休戦状態になっていた。そして例の手無しには息子がいて、まだ子供だった。手無しはその養育費のためにとミリアンを売ったのだが、この子供が非常にミリアンになついている。なついているが子供では戦闘員にならない。そこで軍隊再編成時にスタイナーが去っていく際、子供も連れて行くことになったのである。スタイナーにも結構なついていたのだ。
 スタイナーと子供がいざアメリカへ出発しようとした矢先にウェルズが追いつき、ミリアンの一味として逮捕する。その際ウェルズはスタイナーに、氏の探しているテペパはミリアンであること、証拠も揃っていることを告げる。スタイナーは逮捕者というステータスのままミリアン追跡に協力することになる。それを盗み聞きした子供は自分の有り金を持って逃げだす。偶然以前に手無しともども入れられていた刑務所で知り合った怪しげな中国人の武器商人にあい、武器を大量に購入してミリアンたちのアジトへ向かう。なぜ子供がそんな大金を持っていたのかと言うと、ミリアンが手無しを殺してポケットに大金を見つけたとき、これはお前の金だからと全部その子に渡していたのである。
 武器を手にしたミリアンたちは、わざとウェルズが自分たちを追うように仕向け(中国人がウェルズにチクることを想定してその裏をかく)、おびき出して途中の道で攻撃を開始する。
 政府軍は全滅、ウェルズもミリアンに囚われたが、ウェルズの放った一発がミリアンの胸に命中して重症を負う(ウェルズはミリアンに射殺される)。ミリアンはスタイナーに怪我の手当てを頼むが、傷でうなされてながらスタイナーの恋人を死に追いやったのは自分だと告げてしまう。そこで懺悔して許しを乞えばどうにかなったかもしれないが、「男が誰でも女にやっていることをやっただけだ。革命と言う偉業の前には女なんてなんだ」的に口を滑らせてしまい、というより本音を出してしまい、それを聞いたスタイナーがメスをミリアンの心臓に付きたてる。
 ミリアンを心配して外に集まって来た仲間には「死んだ。助けられなかった」といい、ほぼ全員それを信じるが、一人例の子供だけはスタイナーがミリアンを殺したことを見抜いて医者を撃ち殺す。
 ラスト・シーンで革命がまだ続いていくこと、ミリアンの精神が死んではいないことが暗示され、モリコーネの曲をクリスティが歌って〆る。そういえば歌で思い出したが、ラストシーン近くに囚われたウェルズを歩かせながらミリアンが口笛を吹く。そのメロディがモリコーネのスコアそのままだった。映画音楽がBGMでなくストーリーそのものの中に入っているのだ。文学理論をやっている人などにはこういうところを面白がるのではないだろうか。
 とにかく『復讐無頼』はいい映画だと思ったし、ペトローニ自身も自分が作った西部劇の中ではこれが一番好きだと言っている。なのにあまり有名でなく、しかもIMDBなどでの評価が意外なほど低い。なぜだろうと考えたのだが、一つにIMDBがアメリカのサイトだということがある。言っちゃ悪いがアメリカ人は共産主義とか革命とかいうものに対してちょっと病的なくらいのアレルギーを持っている人が多い。それが響いてヨーロッパで作られたメキシコ革命モノと聞いただけで拒否反応が起こったのかもしれない。もう一つはこの映画がいわばあまりマカロニウエスタンらしくないことだ。凄腕ガンマンも出てこないし、シュールな決闘シーンも、見ただけでこちらまで破傷風になりそうな拷問シーンもない。つまりまともすぎるのである。セルジオ・ソリーマの作品もまともな映画だったが、それでも待ってました的な決闘シーンはあった。『復讐無頼』はそれがないからつまらなく見えたのかも知れない。
 この映画の撮影地はスペインだが、『拳銃のバラード』(『218.マカロニウエスタンとユーゴスラビア』参照)の場合と同じく俳優やエキストラを現地調達している。メキシコ人役のエキストラとしては現地のロマの人々を起用したそうだ。映画の中でメキシコ農民役を例えばアメリカ人俳優にやられたりするといつもステレオタイプでトンチンカンになるので、メキシコ本国人は怒っているとペトローニに伝わってきていたらしい。そこでロマ起用となった。キューバ出身で英語にもスペイン語訛があるトマス・ミリアンによるメキシコ農民役はメキシコ人にも気に入ってもらえたそうだ。

メキシコ人からOKを貰ったトマス・ミリアンのメキシコ人ぶり
Milian-as-Tepepa
 もう一人出演者で注目すべきは、手無しの息子、最後にスタイナーを撃ち殺した子供を演じたルチアーノ・カサモニカ Luciano Casamonica である。この子役はなんとマフィアのボス、ヴィットリオ・カサモニカVittorio Casamonicaの甥だそうで、 …E venne il tempo di uccidere(『218.マカロニウエスタンとユーゴスラビア』参照)など他にもいくつかマカロニウエスタンに出演している。『復讐無頼』にはルチアーノの兄弟のアルマンド・カサモニカArmando Casamonicaも撃たれ役のエキストラ出演しているそうだ。ルチアーノと違ってアルマンドの映画出演はこれ一本だけとのことである。

マフィアのボスの甥、ルチアーノ・カサモニカ
Luciano-Ca
この後すぐ殺される若きメキシコ革命家たち。左がアルマンド・カサモニカかな?
Erschossene-Bauer
 実はペトローニはこの二つの復讐劇と同時期、1968年にジュリアーノ・ジェンマとマリオ・アドルフとで『暁のガンマン』…E per tetto un cielo di stelle という西部劇を撮っている。「コメディ路線の西部劇」と紹介されることが多い。ジェンマが仇としてその兄と父親(どちらも悪漢)に狙われて避けている(逃げているのではなく、もうこれ以上人を殺したくないからと避けている)道中で気のいい金鉱掘りのアドルフと知り合い、いわばドタバタ珍道中になる話だ。アドルフはドジでやることなすこと裏目に出るのがまあ喜劇調といえるのだろうが、結構残酷なシーンもあってどうも印象がチグハグだ。またジェンマがモテるのはいいのだが、出てくる女性がいわゆるお引きずり的な、言ってよければ尻軽女ばかりでこれも雰囲気が良くない。コンビそのものには結構味があるし、駄作・失敗作というのとはほど遠いのだが、上の二作と比べると劣ることは否めまい。

『暁のガンマン』のジュリアーノ・ジェンマとマリオ・アドルフ。コンビ自体は結構いい味を出しているのだが…
Gemma-und-Adorf

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