アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:二項対立

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 これまでに何度か口にしたダイグロシアという言葉だが、これは1959年に社会言語学者のチャールズ・ファーガソンCharles A. Fergusonがその名もズバリDiglossiaという論文で提唱してから広まった。ダイグロシアという言葉そのものはファーガソンの発明ではないが、学術用語としてこれを定着させたのである。時期的にチョムスキーのSyntactic Structuresが出たころと重なっているのがおもしろい。生成文法のような派手さはなかったがダイグロシアのほうもいわゆる思想の多産性があり、60年代から90年代に至るまで相当流行した。
 事の発端はアラビア語圏、ハイチ、現代のギリシャ、ドイツ語圏スイスの言語状況である。これらの地域では書き言葉と話し言葉が著しく乖離していて、文体の差というより異なる二つの言語とみなせることにファーガソンは気づいた。書き言葉と話し言葉というより書き言語と話し言語である。アラビア語圏での書き言葉は古典アラビア語から来たフスハーで『53.アラビア語の宝石』『137.マルタの墓』でも述べたように実際に話されているアラビア語とは発音から文法から語彙からすべて違い、とても同じ言語とは言えない。ハイチでは書かれる言葉はフランス語だが、話しているのはフランス語クレオールでフランス語とは全く違う。ギリシャも実際にギリシャ人が言っているのを聞いたことがあるが、「古典ギリシャ語?ありゃあ完全に外国語だよ」。しかしその「完全に外国語」で書く伝統が長かったため今でもその外国語を放棄してすんなり口語を文章語にすることが出来ず、実際に会話に使われているバージョン、デモティキDimotiki(δημοτική)と古典ギリシャ語の系統を引く文章語カサレヴサKatharevousa(Καθαρεύουσα)を併用している。デモティキは1976年に公用語化されたが、いまだに文章語としての機能は完全に果たせていない。アラビア語と似た状態だ。なお念のため強調しておくが上でフスハーを「古典アラビア語から来た」、カサレヴサを「古典ギリシャ語の系統を引く」とまどろっこくしく書いたのは、どちらも古典語をもとにしてはいるがいろいろ改良が加えられたり変化を受けたりしていて完全に古典言語とイコールではないからである。ある意味人工的な言語で、話す言葉と著しく乖離しているという点が共通している。スイスのドイツ語も有名でドイツではたいていスイス人の発言には字幕がでる(『106.字幕の刑』参照)。話されると理解できないが書かれているのは標準ドイツ語だから下手をするとドイツ人はスイス旅行の際筆談に頼らなければならないことになる。もっともスイス人の方は標準ドイツ語が理解できるのでドイツ人が発した質問はわかる。しかしそれに対してスイス・ドイツ語で答えるのでドイツ人に通じないわけだ。最近は話す方も標準ドイツ語でできるスイス人が大半だからまさか筆談などしなくてもいいだろうが、スイス人同士の会話はさすがのドイツ人にもついていくのがキツイのではないだろうか。
 これらの言語状況をファーガソンはダイグロシアと名付けた。ダイグロシア内での二つの言語バリアントはLバリアント、Hバリアントと名付けられたがこれは本来それぞれLowと Highを意味し、Lは日常生活で口にされている言葉、Hがいわゆる文章語である。しかしLow、Highという言い回しは価値観を想起させるということで単にLバリアント、Hバリアントと起源をぼかす表現が使われるようになった。チョムスキーのD構造、S構造もそうで、本来のDeep structure、Surface structureという語は誤解を招くというワケで頭だけ取ってDとSになったのである。

ダイグロシア論争の発端となった1959年のファーガソンの論文から。ドイツ語圏スイス、アラビア語圏、ハイチ、ギリシャが例としてあげられている。
ferguson1

 ただ、この言いだしっぺ論文がトゥルベツコイのВавилонская башня и смѣшніе языковъ『バベルの塔と言語の混交』(『134.トゥルベツコイの印欧語』参照)にも似てどちらかというとエッセイに近い論文で、何をもってダイグロシアとなすかということがあまりきちんと定義されていなかったため、後にこの観念がいろいろ拡大解釈されたり誤解釈されたりしてダイグロシアという言葉自体がインフレーションを起こしてしまった感がある(後述)。なので話を進める前にちょっと私なりにファーガソンの言わんとした処を整理してみる。
 まず、書き言葉と話し言葉の乖離が典型的なダイグロシアだからと言って単純にHは文語、Lは口語と定義することはできない。Hバリアントが書かれることなく延々と口伝えで継承されることがあるからである。宗教などの儀式語がそうだが、誰もその言語を日常生活で使っていないから事実上母語者のいない外国語で、二次的にきちんと教えてもらわないと意味が分からない。重要なのはHとLがそれぞれどういう領域で使われているかということ自体でなく、その使用領域がkomplementäre Distribution相補分布をなしているということだ。どういうことかというと、Hが使用される場面では絶対にLが使われることがなく、逆にLを使う場面ではHは使われない。HとL,この二つが双方あって初めて一つの言語としての機能を果たすのである。例えばHが書き言葉として機能している場合、正式文書や文学などを口語で著すことがない。また日常生活では当然口語で生活し、誰も書き言葉で話したりしない。宗教儀式にHが使われている社会では、そのHを一部の人しかわからない状態で使い続け、普通にしゃべっている口語に置き換えたりは絶対しない。これがバイリンガルの言語共同体とは決定的に違う点である。バイリンガルは違う。バイリンガルでは言語Aで話して書いた後、言語Bに転換してそこでまた話したり書いたりする、つまりAもBもそれぞれ言語としての機能を全て満たしているのだ。
 この相補分布のためダイグロシアは非常に安定した言語状態で、1000年くらいは平気で持続する。それに対してバイリンガルは『154.そして誰もいなくなった』で述べたように不安定な状態でどちらかの言語が一方を駆逐してしまう危険性が常にある。さらにその相補分布のためその言語共同体内の人はHとLが実は別言語であるということに気付かない。別の言語だという感覚がないからHをLに、あるいはLをHに翻訳しようという発想が起こらない。このこともダイグロシアの安定性を強化している。
 さて、HとLの言語的関係についてはファーガソン自身は明確には述べていないが、挙げている例を見ても氏がHとLは親族関係にある言語であることが基本と考えていたことがわかる。フランス語⇔仏語クレオール、スイス・ドイツ語⇔本国ドイツ語、フスハー⇔口語アラビア語、カサレヴサ⇔デモティキと双方の言語が親戚関係にある例ばかりである。後者の二つは通時的な親戚、前者は共時的な親戚だ。この、HとLが下手に似ているというのもまた「別言語性」に気付かない要因の一つになっている。

 ここまで来れば皆思い当たるだろう。そう、言文一致以前の日本語もダイグロシア状態であったと私は思っている。本にもそう書いておいた(またまたどさくさに紛れて自己宣伝してすみません)。言文一致でそのダイグロシアが崩壊しH(文語)の機能をL(口語)が吸収した、というのが大筋だと思っているが、細かい部分でいろいろ検討すべき部分がある。
 まず口語と文語は明治になるまで本当に相補分布をなしていたのか、言い換えると日本は本当にダイグロシア状態であったのかということだ。というのは特に江戸期、さらにそれ以前にも口語で書かれた文章があったからである。江戸期の文学など登場人物の会話などモロに当時の話し言葉で表わされてそれが貴重な資料となっていることも多い。ではそれを持って文語と口語の使用領域が完全に被っていたと言えるのだろうか。私の考えはNoである。例えば会話が口語で書いてある式亭三馬や十返舎一九の作品を見てみるといい。会話部分は口語だが、地のテキストは文語である。言い換えるとそれらは口語「で」書かれていたのではなく口語「を」書いたのだ。実はこのパターンは明治時代に言文一致でドタバタしている時にも頻繁に見られる。地と会話部分のパターンは理論的に1.地が口語・会話が口語、2.地が文語・会話が文語、3、地が文語・会話が口語、4、地が口語・会話が文語の4通りが考えられるが、初期は2や3のパターンが専らで、1が登場するのは時期的にも遅く、数の上でも少ない。もちろん私の調べた文章などほんの少しだが、その少しの中でも4のパターンは皆無だった。文語と口語は機能的に同等ではない、相補分布をなしていたといっていいと私は思っている。
 次に言文一致以前の日本をダイグロシア社会と見なしているのは別に私だけではない、割といろいろな人がそう言っているのだが、海外の研究者に「中国語と日本語のダイグロシア状態であった」と言っている人を見かけたことがある。全く系統の違う2言語によるダイグロシアという見解自体はファーガソン以後広く認められるようになったので(下記参照)いいのだが、日本の言語社会を「中国語とのダイグロシア」などと言い出すのは文字に引っ張られた誤解と言わざるを得ない。漢文が日本では日本語で読まれている、つまり漢文は日本語であるという事実を知らなかったか理解できなかったのかもしれない。山青花欲然 は「やまあおくしてはなもえんとほっす」である。誰もshān・qīng・huā・yù・ránとか「さんせいかよくぜん」などとは読まない。日本をダイグロシアというのなら現在のフスハー対アラビア語に似て、あくまでに文語と文語の対立である。
 さて、上でも述べたがHの特徴の一つに「人工性」というのがある。二次的に構築された言語、当該言語共同体内でそれを母語としてしゃべっている人がいないいわば架空の言語なのだ。もちろん人工と言ってもいわゆる人工言語(『92.君子エスペラントに近寄らず』参照)というのとは全く違い、あくまで自然言語を二次的に加工したものである。母語者がいないというのも当該言語共同体内での話であって、ドイツ語標準語は隣国ドイツでは皆(でもないが)母語としてしゃべっているし、日本語の文語だって当時は実際に話されていた形をもとにしている。この人工性は「規範性」と分かちがたく結びついていて、ダイグロシアを崩壊させるにはLがこの架空性や特に「規範性」をも担えるようにならなければいけない。これが実は言文一致のまさにネックで、運動推進者の当事者までがよく言っているように具体性の強い口語を単に書いただけ、「話すままに書いただけ」ではそういう機能を得ることができない。Lの構造の枠内でそういう(書き言葉っぽい)文体や規範を設けないといけないのだ。相当キツイ作業である。そもそも「構造の枠内で」と言うが、まずその構造を分析して文法を制定したり語彙をある程度法典化しなければいけない。CodifyされているのはHだけだからである。
 書き言葉的言い回し、日本語では特に書き言葉的な終止形を何もないところから作り出すわけには行かない。そんなことをしたら「Lの構造の枠内」ではなくなってしまうからである。法典化されないままそこここに存在していたLの言い回しの中から適当なものを選び出すしかない。ロシア語の口語を文学言語に格上げしたプーシキンもいろいろなロシア語の方言的言い回し、文法表現、語彙などを選び出してそれを磨き上げたし、日本の言文一致でもそれをやった。例えば口語の書き言葉的語尾「~である」であるが(ダジャレを言ったつもりはない)、~であるという言い方自体は既に江戸時代から存在していた。オランダ語辞典ドゥーフ・ハルマでオランダ語の例文を訳すのに使われている。他の口語語尾「です」「だ」は江戸文学の会話部分で頻繁に現れる。これらの表現に新しい機能を持たせ、新しい使用領域を定めていわば文章語に格上げする、言い換えるとL言語の体系内での機能構成を再構築するわけで、よく言われているように、単に話すように書けばいいというものではない。
 面白いことに口語による文章語構築には二葉亭四迷のロシア語からの翻訳は大きな貢献をしたし、文語でなく「である」という文末形を使い、さらに時々長崎方言なども駆使して、後に口語が文章語になり得るきっかけを開いたドゥーフ・ハルマも通時たちによるオランダ語からの翻訳である。どちらも外国語との接触が一枚絡んでいる。さらに馬場辰猪による最初の口語文法は英語で書いてあった。まあ外国人向けだったから英語で書いたのだろうが、文法書のような硬い学術文体は19世紀中葉の当時はまだ口語では書けなかったのではないだろうか。だからと言ってじゃあ文語でというのも言文一致の立場が許さない。外国語で書くのが実は一番楽だったのかもしれない。

 話をファーガソンに戻すが、この論文のあと、ジョシュア・フィッシュマンJoshua A. Fishmanなどがダイグロシアの観念を、全く系統の違う2言語を使う言語共同体にも応用した。例えばボリビアのスペイン語・グアラニ語がダイグロシアをなしているという。さらに社会言語学者のハインツ・クロスHeinz Klossは系統の同じ言語によるダイグロシアを「内ダイグロシア」、系統の異なる言語によるダイグロシア(スペイン語・グアラニ語など)を「外ダイグロシア」と名付けた(『137.マルタの墓』参照)。
 もう一人ボリス・ウスペンスキーБорис А. Успенскийというロシア語学者が横っちょから出てきて(失礼)、HとLとの関係はバイリンガルでのような等価対立äquipolente Oppositionではなくて欠如的対立privative Oppositionとし(『128.敵の敵は友だちか』参照)、Hを有標、Lを無標バリアントとした。ウスペンスキーはプーシキン以前、古い時代のロシア語の言語共同体がロシア語(東スラブ語)と教会スラブ語(南スラブ語)のダイグロシアであったと主張したのだが、その際双方の言語の「欠如的対立性」を主張している。いかにもトゥルベツコイからヤコブソンにかけてのロシアの構造主義の香りがして面白い。またウスペンスキーはファーガソンの考えをむしろ忠実に踏襲し、あまり理論枠を広げたりはしていない。ただ氏の「ロシア語・教会スラブ語ダイグロシア説」にはいろいろ批判もあるようだ。

ウスペンスキーの著書(のコピー)。ダイグロシアを有標のH、無標のLによる欠如的対立と見なしている。黄色いマーカーは当時私が引いたもの。
uspensky


 考えてみれば中世以前のヨーロッパもラテン語と各地の言語とのダイグロシア、少なくともそれに近い状態だったのではないだろうか。特にスペイン以外のロマンス語圏では「内ダイグロシア」だったろう(スペインを除外したのは当地では中世以前はフスハーも書き言語だったはずだからである。そうなると「外ダイグロシア」だ)。その後各々の民族言語が法典化され文法も整備されてラテン語は書き言語としての機能をそれらに譲ってしまった上、元々母語者のいない言語で普通の会話には用いられていなかったから現在ラテン語を読み書き(「書き」のほうは完全に稀)できるのは、単位とりに汲々としている高校生か、仕事でラテン語が必要な人たちだけだろう。そういえばちょっとダイグロシアから話はズレるが、昔テレビで『コンバット』というシリーズがあった。そこでこういうシーンがあった。米兵がヨーロッパでフランス人だったかドイツ人だったか(フランス人とドイツ人では立場が全然違うじゃないか。どっちなんだ)を捕虜にしたが、米兵はドイツ語もフランス語もできない、捕虜の方は英語ができない。困っていたがそのうち米兵の一人が捕虜と会話を始め、そばに立っていた米兵の一人が「なんだなんだ、こりゃ何語だ?!」と驚いたのを見て、もう一人の米軍兵士がボソッと「ラテン語だ」とその米兵に教えてやっていた。話しかけた米兵も捕虜も神学を勉強していたのである。ラテン語、少なくともそれがラテン語であると知っていた兵士の顔に浮かんだ尊敬の念と、ラテン語の何たるかさえ知らない兵士の無教養そうな表情が対照的だったので覚えている。H言語独特の高尚感がよく現れている。この「高尚性」もHの特徴としてファーガソンは重視している。

 再び話を戻して、とにかく論文の中でダイグロシアという用語を持ち出せば専門的なアプローチっぽくなった感があるが(私もやってしまいました)、私が追った限りでは「この言語社会はダイグロシアと言えるか言えないか」という部分に議論のエネルギーの相当部が行ってしまっていたようだ。あるいは当該言語共同体がどのようなダイグロシアになっているか描写する。しかし上述のようにダイグロシアという観念自体があまり明確に定義されておらず、各自拡大解釈が可能なのだから、「この言語共同体はダイグロシアである」と結論してみたところであまり新しい発見はないのではないだろうか。下手をするとダイグロシアでない言語社会の方が珍しいことにもなりかねないからだ。もっともバイリンガルとの明確な違いなどもあるので、ダイグロシアという用語自体を放棄することはできまい。
 だんだん議論が白熱、あるいは議論の収集が着かなくなってきたのでファーガソン本人が1991年にまたDiglossia revisitedという論文を発表して用語や観念の再考を促した。

ファーガソンの第二弾の論文のコピーもいまだに持っている。
ferguson2

 実は私はダイグロシアで一番スリルがあるのはその崩壊過程だと思っている。長い間安定し持続してきたダイグロシアが崩壊するきっかけは何か?外国語との接触自体は崩壊の直接のきっかけにはならない。他に政治的、歴史的な要因も大きい。そしてダイグロシアは一旦崩壊し始めると一気に行く。何百年も続いてきた日本のダイグロシアは明治のたかが数十年の間に崩壊してしまった。それ以前、江戸の文学など私は活字にしてもらっても(変体仮名、合略仮名など論外)読みづらくて全然楽しめない。それが明治時代から文学が突然読めるようになる。ロシアでも「プーシキンから突然文学が読めるようになる」と誰かが言っていたのを見たことがある。そのプーシキン以後、例えばトゥルゲーネフなどの原語のほうが十返舎一九なんかより私はよっぽどよくわかる。隣でドイツ人が17世紀の古典文学なんかを「ちょっと古臭いドイツ語だな。綴りも変だし」とか文句をいいつつもスコンスコン読んでいるのとはエライ違いだ。日本人が普通にスコンスコン読めるのはやはり20世紀初頭の文学からではないだろうか。

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 前にも少し名前を出したソ連の作家アンドレイ・プラトーノフだが、私は最初岩波文庫の翻訳で短編をいくつか読んだ。中央アジアを舞台にした作品だったが、特に変わったストーリーでもないのにちょっとゾッとしたのを覚えている。さらに訳の日本語がおかしい気がした。言葉がおかしいというより、別宮氏あたりから悪訳と言われそうな文章で例えば「普通の人ならこういう時こういう言葉は使わないだろ」という不協和音がそこここに感じられてどうもすんなりと読めなかったのだ。しかし訳したのは名の通った一流の訳者だったので、どうも腑に落ちなかった。
 その後ずっと経ってからロシア語ネイティブの人となぜかプラトーノフの話になった時、そのネイティブ氏が「プラトーノフの文章は全然読めない。あのロシア語はおかしい。とにかく文章に入っていけない。とっつくことができない」と言い出した。そこでようやくプラトーノフはロシア語自体が「普通じゃない」ことを知ったのである。「普通の人ならこういう時こういう言葉は使わない」のは日本語訳のせいではなかった。訳者はそういう原語に合わせてわざととっつきにくい日本語にしたのかもしれない。

 ドイツではすでに1990年に大きなプラトーノフ全集が出ているのだが、その後すぐ(と言っていい)1999年にレクラム文庫からいくつかの短編の訳が出た。日本は外国文学の古典の訳が同時に数種出たりするが、こちらは一度訳が出たら容易には新訳が出ない。訳文が古くなってそれ自体の現代語訳がいるようになったとか、重訳していたのを原語からの直訳にするとか、新たな原稿が見つかったりして原語自体の編集が必要になったとか何か大きな理由がいる。1990年に訳が出たのに1999年にはもう別訳というのは異例といっていい。当時スラブ語学の教授がこれをいぶかって「前の訳がよほど悪かったのかな」と首をかしげていた。

1990年版のドイツ語訳プラトーノフ全集の一巻。
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そのあと程なくしてレクラム文庫から短編がいくつか改めて翻訳されて出版された。
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 レクラム版は短編数編のみの翻訳だったが、2016年になってプラトーノフの代表作Котлован『土台穴』(ドイツ語でDie Baugrube)が再翻訳された。Котлованの訳者はガブリエレ・ロイポルトGabriele Leupoldという人だが、その翻訳が非常に高い評価を受け、当時の全国紙の文芸欄に大きく取り上げられた。ロシア語の文学が文芸欄に取り上げられること自体珍しいのにその上トルストイやパステルナーク、ナボコフなどと比べると一般の知名度がはるかに低いプラトーノフが文芸欄に載ったので私は驚いた。

Leupold訳の新しいDie Baugrube。2019年にペーパーバック版が出された。これはペーパーバック版のほうの表紙。
platonov-2019bearbeitet

 その訳業が高く評価されたのは「翻訳不可能なものを翻訳した」からである。プラトーノフのロシア語は翻訳不能とみなされていたのだ。もちろん大体の内容やストーリーを写し取ることはできるだろう。だからこそ今までにも翻訳そのものはあった。だがその文体の「普通じゃなさ」、ネイティブにさえあんなロシア語は読めないと言われた特殊な言葉使い、語の周辺にうごめく連想体系を外国語に再現なんてできるわけないと思われていた。もちろんあらゆる翻訳はあくまで近似値に過ぎないから本当の意味での翻訳というのはそもそも不可能だが、その近似値にさえ行きつけない作品があるということだ。
 プラトーノフの長編小説がそこまで近づきにくかったのには大きい理由が二つある。一つは当時のソ連社会の特殊性と閉鎖性。ソルジェニーツインのように社会や政府から具体的に恐ろしい制裁を受けたものの記録からは外部の者にもその特殊性(または恐ろしさ)が伝わる。しかしそういうはっきりした事象には現れない、社会全体に蔓延していた雰囲気は代表する事象がないだけに外の者にはわからない。秘密警察が怖いなどという具体的で理由がはっきりしている恐怖感でない、ただ暮らしているだけで感じる形のない不安は外の者には伝わりにくい。
 つぎに上の事とも関連するが新しい社会をまっさらな状態から作り上げるのを目標としたソ連の革命政府が行った言語革新のせいで、ロシア語はそれまで培ってきた伝統から切り離され人工的で不自然な言い回しや言葉が生まれた。いわば言語の孤児化、言語破壊である。プラトーノフはその破壊され孤児となった言語を用いた。だからロシア語のネイティブにさえも入っていけなかったのだ、それまでの伝統から引き離されたのは単語そのものばかりではない、語の背後に広がっている連想体系まで変えられた。社会の閉鎖性が言語にまで持ち越されたのである。
 さらにプラトーノフは詩も書いていたくらいだから言語感覚が非常に鋭利で、暗喩などの言語戦術、文学戦術を駆使している。例えば『31.言葉の壁』で言及した『名も知らぬ花』では、花というロシア語が男性名詞であることが大きな意味を持ってくる。例に出したドイツ語訳は上で述べた1990年版の全集に入っていたものだが、何も考えずにこれを女性名詞にしている。もっとも言語の芸術である文学作品とは多かれ少なかれそういうもので、当該社会や歴史のことが広く知られ、普通に自然言語で書いてあっても文学作品(詩だけではなく散文もそうだ)の理解、ましてや他言語への移植は難しいが、その上さらにその社会を実際に経験している者にしか理解できないような言語体系で微妙な言語戦術を駆使されたらもうお手上げだ。そのお手上げを翻訳したロイポルト氏が高い評価も受けるわけだ。
 私は氏のDie Baugrubeを読んでみたが、噛み砕きにくいドイツ語で読むのに骨が折れる。「それはあんたのドイツ語能力がないからだろ」と言われそうなので念のためこれを読んだドイツ語ネイティブに聞いてみたが、やはり「二度読んでいちいち考えないと文の意味が分からない非常に疲れるドイツ語」とのことだった。読むと疲れるというのはロシア語のネイティブの感想と同じで、その意味では氏のドイツ語訳は成功しているのだ。
 しかし当時の社会から生まれた特殊な言葉の意味、またロシア語そのものから来る連想については翻訳そのものでは移しきれず多くの注釈が付加されている。これも別宮氏だったと思うが(それとも河野三郎氏だったかもしれない)注釈に頼る翻訳は悪訳、文学の翻訳というものは本来妙な説明なしで原語を移植する、ある意味文化の移植であるべきだと言っていた。注釈があると文章の流れが著しく阻害されるからでもある。しかしそれには限界があるようだ。Котлованは言葉だけによる翻訳が可能な限界を超えているのではないだろうか。それに面白いことにこの小説では注釈が全然「流れを著しく阻害」していない。本テキストそのものが十分とっつきにくいので、途中で注釈を読みながら進んでもあまりスピードに差がないのだ。まあとにかく読みにくい文章だった。

 Котлованで描かれているのは社会主義建設期、よそ眼にはまだ新社会への希望をもっていたはずの時期に建物の建設に携わっている労働者たちである。労働者たちは後続の世代、自分たちの子供たちの幸福のために自分を犠牲にして働いている。階級の敵、今まで不公正の原因になっていた金持ち・搾取階級の人たちを抹殺するのも未来のためには仕方がない、そう思っている。
 しかしそれなのに彼らの心には何かぽっかりと穴が開いている。主人公の一人はどうしても「真実」が見つからず、その空しさを忘れるためか夢遊病者のようにただただ仕事に熱中している。建設を指揮する技師もうつ状態で死ぬことばかり考えている。
 そもそも「建設」というが、いったい何を、どういう建物を建てているのかはっきり描かれていないのだ。ただ皆でやたらと穴を掘り、時々近くの村へ行って集団化のために農民が今まで飼っていた家畜を押収する仕事を助けたりする。当時わずかながらも自分の財産であった牛馬が取り上げられて国家管理となった農家(零細農家もいた)は抗議のため、国に取り上げるくらいならと家畜を全部屠殺 したそうだ。そのためソ連国内に一時にどっと肉が出回って値段が暴落したりしたというが、そういう背景知識は注で詳しく説明してくれている。時は冬で、降り積もった真っ白い雪の上には家畜の死体に群がってきたハエが点々と黒いシミを作っている。壮絶な光景だ。
 そこに未来世代の代表として小さな少女が登場するが、この少女はまだ小さいのに二言目には「ブルジョアどもを皆殺しにしちゃおうよ」とかそういう言葉を吐く。少女は自分の母親が悲惨な死に方をするのを見とるのだが、その母のことも「ブルジョア」などと呼ぶなど、普通小さな子供が親の死に臨んでとる態度ではない。労働者たちはこの子供を非常に大切にして可愛がるが、この子に本当に幸せは訪れるのか、労働者たちの献身的な働きには何か意味があるのか、読むほうは考えざるを得ない。結局何もかもが大いなる「無」に向かって進んでいるだけではないのか。そういう予感が読者の背筋を冷たくするのである。少女は結局死んでしまうが、そのほうがこの子にとっては救いではなかったか。そう思わせるのだ。
 しかし無に向かっているのは社会主義社会だけの話なのか。結局人間の作る社会など全ていつかは崩壊し、無に帰するだけではないのか。
 似たような感じは上で述べた日本語翻訳で『ジャン』Джан、『粘土砂漠』Такырという中編を読んだときも抱いた。ストーリーそのものはいわばハッピーエンドなのにやたらと重苦しいのである。別に大悲劇が起こったりはしていないのになにかがズッシリと心にのしかかってくるのだ。

 さらにプラトーノフの文体がこの重苦しさに拍車をかける。ちょっとКотлованの冒頭部を見てみるとその消化の悪さがわかると思う。まず2016年のロイポルト氏のドイツ語訳。

Am dreißigsten Jahrestag seines persönlichen Lebens gab man Woschtchew die Abrechnung von der kleinen Maschinenfabrik, wo er die Mittel für seine Existenz beschaffte. Im Entlassungsdokument schrieb man ihm, er werde von der Produktion entfernt infolge der wachsenden Kraftschwäche in ihm und seiner Nachdenklichkeit im allgemeinen Tempo der Arbeit.

原文は以下のようになっている。

В день тридцатилетия личной жизни Вощеву дали расчет с небольшого механического завода, где он добывал средства для своего существования. В увольнительном документе ему написали, что он устраняется с производства вследствие роста слабосильности в нем и задумчивости среди общего темпа труда.

その個人的な人生の30回年めの日に、ヴォシチョフには今まで自分の存在手段を得ていた小さな機械工場から決算書が手渡された。その解職通知書にはこう書いてあった、ヴォシチョフは内面の出力虚弱性の増加および作業の共通テンポにおける瞑想癖のため生産活動から除外すると。

消化困難な文章が3言語も並ぶと壮観だ。翻訳というのは普通このような文章にならないよう噛み砕くべきなのだがプラトーノフではそれをしてはいけない。1990年のドイツ語訳もやはり消化困難文だが、「存在手段」die Mittel für seine Existenz が「生計」Unterhalt となるなど、上と比べるとややマイルドである。

Am Tag der dreißigsten Wiederkehr seines Eintritts ins persönliche Leben wurde Wostchew aus der kleinen Fabrik, wo er sich bislang seinen Unterhalt verdient  hatte, entlassen. Im Kündigungsschreiben hieß es, man müsse ihn aus der Produktion entfernen im Hinblick auf seine zunehmende Körperschwäche und wegen Grübelns inmitten des allgemeinen Arbeitstempos.

それにしても普通の小説なら

30歳の誕生日にヴォシチョフは今まで働いていた小さな機械工場から解雇通知を受け取った。作業の速度が遅いのと、皆が同じテンポで仕事をしているのに彼だけ考え事をしすぎる、というのが理由だった。

とでも書くところだ。ほかにもこの手の訳ワカメな文章がたくさんある。

 ロイポルト氏訳では言葉遊び、暗喩などはいくらか注で説明してくれているが、その注自体ある程度ロシア語の知識がないと理解できないのではないだろうか。例えばロシア語の硬音記号についてこんな会話がある。

– Авангард, актив, аллилуйщик, аванс, архилевый, антифашист! Твердый знак везде нужен, а архилевому не надо!
...
– Зачем они твердый знак пишут? – сказал Вощев.
...
– Потому что … и твердый знак нам полезней мягкого. Это мягкий нужно отменить, а твердый нам неизбежен: он делает жесткость и четкость формулировок. Всем понятно?

 - Avantgarde, aktiv, Akklamateuer, Avance, Agitator, Antifaschist! Das Härtezeichen muss überall stehen, nur bei Avance nicht!

- Warum schreiben sie das Härtezeichen? , - sagte Woschtschew.
...
- Weil … das Härtezeichen uns nützlicher ist als das weiche. Man sollte gerade das Weichheitszeichen abschaffen, das harte ist uns unausweichlich: es bringt Strenge und Klarheit der Formulierungen. Ist das allen verständlich?

「前衛、活動分子、拍手要員、前金、扇動要員、アンチファシスト! 至る所に硬音記号がいるぞ、 扇動要員 だけ必要ない!」

「どうして硬音記号を書くんだ?」 ヴォシチェフが言った。

「…硬音記号のほうが軟音記号より役に立つからだ。この軟音記号という奴は廃止すべきである。だが硬音記号は必要不可欠なのだ:硬音記号は書式に峻厳さと明瞭さをもたらすのである。全員わかったか?」

一行目からソ連の特殊用語の羅列である。аллилуйщик と архилевый (下線)は結構大きな辞書を見てもでていない。 Аванс(太字)は本来「前金」だが、この文脈で前金という言葉はおかしいからソ連では何か他の意味に転換されているのかもしれない。全員にはわからない。
 さて、この部分の主要テーマ(?)は硬音記号で、Leupold氏はこの部分に次のような注をつけているが、やっぱりわからない人がいるのではないだろうか。

Das Härtezeichen, das im Russischen vor allem im Wortauslaut nach Konsonanten stand und dessen ‚harte‘ Aussprache bezeichnete, wurde 1918 abgeschafft – anders als Weichheitszeichen, das eine ‚weiche‘ Aussprache des vorangehenden Konsonanten bewirkt.

ロシア語で、特に語末で子音の後に立ち、その「硬い」発音を示していた硬音記号は1918年に廃止された - 先行する子音を「柔らかい」発音にする軟音記号はこれと違って残った。

そこで人食いアヒルの子がしゃしゃり出るが(引っ込め!)、まず「硬い発音」と言われても一般の人には通じまい。これは口蓋化されていない子音ということで、ロシア語では例えば日本語の有声⇔無声、中国語や韓国語の帯気⇔無気(『126.Train to Busan』参照)の如く、口蓋化と非口蓋化という要素が弁別的に働く。そこで非口蓋化音には子音の後に硬音記号 ъ、口蓋化音は軟音記号 ь をつけて表していた。つまり「柔らかい発音」というのは口蓋化子音のこと。1918年以降は語末の非口蓋化音にいちいち硬音記号を付加するのをやめて、「何の記号もついていなければその子音は非口蓋音」と規則を統一し、口蓋化子音のほうにのみ軟音記号を付加することにしたのである。だからプーシキンの『エヴゲーニィ・オネーギン』はプーシキンの時代にはЕвгеній Онѣгинъと書いたが、今は硬音記号をつけなくていいからЕвгений Онегинとなる。ѣ や і の文字はロシア語では廃止された(後者はウクライナでは今でも使っている)。革命後しばらくたっていたはずなのにニコライ・トゥルベツコイがこの旧かな使いをしていたことは『134.トゥルベツコイの印欧語』で述べた。そこでは「言語連合」の複数生格形がязыковыхъ союзовъと記してある(現代の綴りではязыковых союзов)。これら語末の硬音記号を廃止して語末の子音が口蓋化音である場合にだけ特に軟音記号をつけることにしたのだ。それで「石」はкаменьと綴る。最後の音が口蓋化音。上のオネーギンと比べてみてほしい。それぞれ ъ と ь が語末についているが形が似ているから目が悪いとほとんど区別がつかない。どちらが一方をつけなくしたほうがよほど見やすい。
 ではなぜ硬軟両記号のどちらかを残すのに硬音でなく軟音のほうを残したか(ただし現在でも形態素の分かれ目を示すなど、特殊な場合には硬音記号は使われている)。これは硬軟どちらが有標で、どちらが無標なのかという問題だろう。日本語でも無標の無声子音はそのままで、対応する有標の有声子音のほうだけ濁点をつける。「かきくけこ」が「がきぐげご」になるのだ。これと同じメカニズムで、ロシアでは口蓋化音が有標だから特に軟音記号をつける。これが自然だ。硬音記号のほうを残して有標の軟音記号を廃止しろというのは自然に逆らい、ネイティブの言語感覚からもトゥルベツコイの音韻論からも正反対の方向を向いている。こういう「わかってない」指導者で社会はどこに向かっていくのだろう。しかも革命政府が硬音記号を廃止したのだからこれにイチャモンをつけるのは本来反革命ではないのか。いったい何がしたいのか。そもそも硬音記号と軟音記号とどちらが「役に立つか」などという議論や主張がそれこそ何の役に立つのか。より良い社会建設という目的が不毛で些末な文字論に堕ちていっている。
 話を戻すが上の Авангард, актив, аллилуйщик, аванс, антифашистは非口蓋化音にいちいち硬音記号をつけるとそれぞれАвангардъ, активъ, аллилуйщикъ, авансъ, антифашистъとなるはずだ。 архилевый だけ硬音記号がいらないのは最期の音は半母音で口蓋・非口蓋の区別がない、というのはこの音は何もしなくても口蓋化音でこれを非口蓋化することが物理的に不可能だからである。その点確かにこの発言者のいう通りなのだが、こういう妙に細かい部分で無駄に正確な描写をされると些末性がますます強調されて見える。

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 以前沖縄で米軍のヘリコプターが海面に落ちて大破するという事故があった。米軍機が民家の上に落ちたりものを落としたりする迷惑行為そのものはよくあるらしいからこれもその一環として「またか」の一言で片づけられてもよかったのだが、この場合は最初に「米軍機が海面に不時着した」と報じられたため議論がいつもとはちょっと別方向に進んだ。ヘリコプターは大破しているからこれは不時着ではなく墜落ではないのか、という議論が起こったのである。

 私もそうだったが、不時着か墜落かを決める際「飛行機が損傷したか否か」を重要な基準にする人は多いと思う([ + 損傷] ?)。機がバラバラになったら墜落、無傷で着陸できたら不時着である。だから2000年にシャルル・ド・ゴール空港を出たコンコルド機が離陸直後に落ちたときは「墜落」と報道されたし、ニューヨークで2009年にUSエアウェイズ機がラガーディア空港からのこれも離陸直後にガンの群と衝突してハドソン川に降りたときは「不時着」、人によっては単に「着陸」と呼んでいた。
 また「墜落」と聞くと「ある程度の高さから落ちること」と連想する人もいるのではないだろうか。この場合の高さとか落ちる個体と比較しての高さである。登山家が数十メートルの岸壁から地上に堕ちれば墜落だが、地上50cmのところから下に落ちても墜落とは呼びにくい。たとえその人が運悪く大けがをしてもである。個体が人より大きい飛行機の場合、「墜落」というとやはり何千m、何百mの高みから落ちるシーンを想像する。数m、数十mだと何百mの場合より墜落とは呼びにくくなる。ヘリコプターなら数十mでもいいかもしれないが。そしてこのように墜落という言葉の意味要素として「落ちる個体に比例したある程度の高度」を混ぜるのは私だけではないらしく、手元の国語辞典にも「墜落」を「高所から落ちること」と定義してある。
 ひょっとしたらこの「高度性」([ + 高所から]?)のほうが第一義で、破損か無傷かというのはそこから導き出されてくる二次的な意味要素かもしれない。高いところから落ちれば大抵破損するし、高さがなければ普通破損度は低いからである。もちろん例外もあるが。

 しかしさらに調べてみたら、墜落対不時着の区別に破損度や高度は本来関係ないと知って驚いた。両者を分けるのは制御された着地か、制御されていない着地かということなのだそうだ([ - 制御された] ?)。機が大破しても数千mの高度から落ちてもパイロットにコントロールされた着地なら不時着である。上記のヘリコプターはパイロットが民家に突っ込むのを避けようとして海に降りたのでその結果機体がバラバラになっても不時着。コンコルドの場合は管制塔と計器からエンジンが燃えていると警告を受け取ったパイロットが8キロほど離れた前方にあるLe Bourget空港に「不時着」しようとして制御に失敗したわけだから墜落ということになる。
 もちろん制御された着陸といっても「予定外の地点への着陸」([ - 目的地]?)ということで、制御されて予定地に降り立った場合は不時着でなく単なる到着である。だがこの点をしつこく考えてみるとグレーゾーンは残る。飛行機が空港Aに行こうとして何らかの不都合が発生したため行き先を変更して途中の空港Bに何事もなく着陸した場合でも不時着というのだろうか?特にその「何らか」が、乗客の一人が急病を起こしたなどという場合も不時着か?後者の場合は不時着という言葉は大げさすぎるような気もするが、辞書を引いてみたら不時着あるいは不時着陸を「故障・天候の急変などのため航空機が目的地以外の地点に臨時に着陸すること」と定義してあるから乗客の容体急変もこの「など」に含まれると解釈できそうだ。しかし逆に目的地の空港に飛行機が火を吐きながらかろうじて無事に降り立った場合、到着なのか不時着なのか。「故障・天候の急変などはあったが航空機が目的地点に着陸した」場合どっちなのか、ということである。火を噴いたりしたら目的地に着陸しても不時着とする人も多かろうが、急病人が出たにも関わらず目的地に降り立ったりした場合も不時着扱いしていいのか?やはり破損しているか否かのメルクマールを完全に無視するわけにはいかない気がするのだが。

 さらなるグレーゾーンはパイロットが意図的に飛行機を地上に突っ込ませた場合である。実際に2015年にフランスでそういう悲劇的な事故があった。ルフトハンザ系のジャーマンウィングスという航空会社だったが、鬱病で苦しんでいた副操縦士がバルセロナを出てドイツに向かう途中フランスのアルプ=ド=オート=プロヴァンス県で何百人もの乗客もろとも飛行機で山に突っ込んで自殺したのである。ここでは操縦する側がきちんとコントロールを行って目的地以外で降りたのだから下手をするとこれも「不時着」ということになってしまう。上で述べた辞書の定義でも暗示されているようにやはり「意図的に機を落としたか、それともできることなら落としたくなかったか」というメルクマールが重要になってくるだろう([ +/- 不慮性]?)。このルフトハンザの出来事を「カミカゼ」と呼んでいた人がいた。私個人は外の人に安易にカミカゼという言葉を使われるのが嫌いなのだが他に一言でこういう悲劇を表す言葉がないから仕方がないのだろうか。
 ここまでの考察をまとめて二項対立表(『128.敵の敵は友だちか』参照)で表してみるとみると、「墜落」「不時着」「普通の着陸」「カミカゼ」の違いは次のようになる。高いところから落ちたか否かは問わなくてもいいと思う。
墜落
[ - 制御された]
[ - 目的地]
[ + 不慮性]
[ 0 損傷]

不時着
[ + 制御された]
[ - 目的地]
[ + 不慮性]
[ 0 損傷]

普通の着陸
[ + 制御された]
[ + 目的地]
[ 0 不慮性]
[ - 損傷]

カミカゼ
[ + 制御された]
[ - 目的地]
[ - 不慮性]
[ + 損傷]

予定地に機が損傷して降り立った場合(適当な名称がない):
[ + 制御された]
[ + 目的地]
[ 0 不慮性]
[ + 損傷]

これに従うと急病人を抱えたまま目的地に降りたら到着、航空機が火を噴いたら「適当な名称がない着陸」である。どちらも「不慮性」に対しては中立だから機が損傷したか否かが決定的な意味を持ってくるのだ。またテロリストがハイジャックして目的地を変更させた場合、テロリスト側からみると「普通の着陸」、パイロット側にすれば「不時着」である。

 ドイツ語では「墜落」はAbsturz、「不時着」は Notlandungである。辞書にはAbsturzはSturz in die Tiefe(「深いところに落ちること」)、 Notlandung はdurch eine Notsituation notwendig gewordene vorzeitige Landung [an einem nicht dafür vorgesehenen Ort](「非常事態のため必要に迫られて(着陸予定でなかった場所に)予定を早めて着陸すること」)とある。日本語と同様やはり墜落では高度が問題にされている。つまり定義としては問題にされないが事実上連想としてくっついてくるメルクマールということなのだろうか。不時着のほうは「予定より早く」と定義されているが、こう言い出されると上述のようなテロリストが目的地より遠い空港に着陸を強制した場合を「不時着」と呼ぶことができない。また定義の側にNot-という言葉が使われていて一種のトートロジーに陥っている。日本語のほうは言葉をダブらせずに非常事態の例を挙げているのでトートロジーは避けられているが、「など」という部分が今ひとつすっきりせず、まあ言葉の定義というのは難しいものだ。

 ハドソン川の事件はその後映画化されたが、その『ハドソン川の奇跡』で、事故調査委員会側がcrashと呼んだのに対し、パイロットのサレンバーガー機長がlandingと訂正していたシーンがあったそうだ。念のためcrashを英和辞書で引くと「墜落」「不時着」とある。つまり日本語の墜落や不時着と違って [ 制御された] というメルクマールに関しても [ 目的地] に関しても中立、その代わり [ 損傷] が中立ではなく+ということになる。landingのほうは[ 損傷] が-となっている点でcrashと対立するが、landingでは [ 不慮性] も中立となるので全体としてはきれいな対立の図にはならない。

crash
[ 0 制御された]
[ 0 目的地]
[ + 不慮性]
[ + 損傷]

landing
[ 0 制御された]
[ 0 目的地]
[ 0 不慮性]
[ - 損傷]

ハドソン川の奇跡のように不慮性がはっきりしている場合はあっさりlandingとも言い切れまい。不慮の事故であることは明確だが、機体は大破せずとも川に沈んでしまったから損傷してもなししないでもなしというどっち付かずであるから損傷性メルクマールは問わない、つまり中立とする。一方機長は委員会側のcrashという言葉に対してNo を突き付け訂正している。これは何に対してなのか考えると [ + 損傷] と言われたことより [ 制御された] をゼロにされた事に対する反発なのではないだろうか。機長は機を完璧に制御していたからである。そこで [ 制御された] をプラスにする。すると以下のような図式になる。

[ + 制御された]
[ 0 目的地]
[ + 不慮性]
[ 0 損傷]

これが一応英語のemergency landing ということになろう。上で出した日本語の不時着と似ているが、英語では目的地であるか否かは問わないのである。それにしても大して中身のある意味分析を行ったわけでもないのに(自分で言うな)、二項対立表にするとやたらと学問っぽい外見になるものだ。
 なおこのハドソン川の不時着ニュースを聞いたとき私は真っ先に「えっ、ガンがエンジンに巻き込まれたの?!かわいそうに」と反応してしまった。

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 隣でプルターク英雄伝の初期新高ドイツ語訳を読んでいた者が突然「アレクサンドロス大王の馬の名前を知ってるか?」と聞いてきたので即座に「ブケファロス」と答えてやったら、向こうは大いに驚いて「どうしてそんなこと知ってるんだ?!」というから「日本人なら誰だってそのくらい高校の世界史でやっとるわ。悔しかったら紀元前3世紀の中国の名将項羽の馬の名前言ってみろ」と返しておいた。告白すると私がそんな変なことを知っていたのはその前に偶然どこかで「アレクサンドロス大王はインド遠征時に愛馬ブケファロスを失った」とかなんとかいう文章を読んでいたからである。そこで馬の名前がなぜか頭に残っていた。「覚えていなくてもいいのになぜか頭にこびりつく」ことは誰にでもあるのではないだろうか。その代わりに肝心の覚えなければいけない事項のほうは忘れている。例えば私は若かりし頃大学受験勉強をしていたとき、「試験に出る英単語」略称「でる単」なるもので英語の単語を暗記しようとしたが、いざ模擬試験などでそこに載っていた英単語に出くわすと、「あっ、この単語は確か「でる単」の右ページの一番上にあったな」とかそういう余計なことは思い出すのに肝心の意味が出て来ないという間抜けな経験を何度もした。まあそういう間抜けがたまにこの程度の法螺を吹いても地獄に落ちることはあるまい。
 もっとも向こうも別にブケファロスの話をしたかったわけではなく、単にそのテキストで「馬」がPferdtと綴ってあるのを見せに来たに過ぎない。現代ドイツ語の正書法では単にPferdと書き、d を t と読むが、これがドイツ語のAuslautverhärtung語末音硬化と呼ばれる現象である(『47.下ネタ注意』参照)。有声子音が語末、時には形態素の終わりにくると有声性を失って調音点と調音方法はそのまま変わらず対応する無声子音になる。d が t になるほか、g がk 、z がs 、b がp 、w (英語の v )が f になる。Hund 「犬」の単数は [hʊnt] だが、複数はHunde [hʊndǝ]、 Tag 「日」[taːk] が複数になるとTage [taːɡə] 、Staub 「埃」は [ʃtaʊ̯p] だが、「埃っぽい」という形容詞になるとstaubig [ʃtaʊ̯bɪç]で、当該子音が語末に立たないときは有声である。ドイツ語を習い始めると第一日目に練習させられる発音現象でこのAuslautverhärtungをきちんと発音しているかどうかでドイツ語の勉強の程度がバレるから誰もが一生懸命練習する。
 だが「一生懸命練習する」というのはつまり意識的に発音するということだ。 g で言えばその音素が語末に立っているのを見たら「えーっとこれの調音点は軟口蓋、調音方法は閉鎖音だな」とまずよく考え、さらに声門に震えが出ないように気をつけて口に出す。 g マイナス声イコールk と意識的に計算(?)しているのだ。言い換えると g と k が別音素であることは常に認識している。
 そうやってずっとこのAuslautverhärtungを意識的・理論的なプロセスととらえていたところ、先日ネイティブにはこの過程を無意識に行っていると知って非常に驚いた。もっともその無意識的・意識的の差がまさにL1とL2との違いなのだから当たり前で今更驚く私がおかしいのかもしれないが。さるネイティブにHeidelbergを片仮名で書いてみろと言ったら「ハイデルベルグ」と書いた。そこで「字にとらわれずに発音通り書いてみなさい、ハイデルベルクになるでしょが。最後の音は硬化してるんですから」と説明したところ向こうはその意味が全然理解できなかったのだ。彼には[haɪ̯dl̩bɛʁɡ] と  [haɪ̯dl̩bɛʁk] が「全く同じに聞こえる」そうだ。語末ではそうやって全く区別がつかないのに、これらが語頭に立つとしっかりわかる。だからgönnen [ɡœnən] 「喜んで許す」と können  [kœnən]「できる」を混同することはない。語末音硬化はネイティブにとっては意識してやるプロセスではなくて脳内認知レベルの現象なのかと思い知って新鮮に驚いた。
 しかし一方でこの人はひょっとしたら文字にとらわれているだけなのではないかとも思った。すぐ理解してくれるネイティブも多いし、中高ドイツ語では語末音硬化を文字にしていたからだ。硬化現象が生じたのは古高ドイツ語から中高ドイツ語への移行期だから中高ドイツ語ではすでに語末音が無声化していたので、今のTag「日」をtac、「子ども」をkintと綴ったりしていた。これらの属格はそれぞれtages、kindesで有声音になっている。
 つまりc (k)とg 、d と t はそれぞれ別音素であることを話者ははっきり聞き分けていたのだ。その後新高ドイツ語になってから例えばPferdと綴り上では有声音で表す、いわば「揺り戻し」が起こった。だから上記の初期新高ドイツ語の折衷的な綴りPferdtは面白いと思う。これは「ここは t と発音しますが本来は d ですよ」というシグナルともとれるからだ。-dt のほかに「日」がtagk、「去って」をwegkと書かれていた初期新高ドイツ語のテキストを見たことがある。こんにちではそれぞれTag、wegである。-bp という綴りは見たことがないが、-dtは現在でもドイツ人の苗字で頻繁に目にする。Feldt、Rindt、Mundt、Kindtなどでこれらを普通に書くとそれぞれFeld「野」、Rind「雄牛」、Mund「口」、Kind「子供」となるが、最後の子音は無声発音である。初期新高ドイツ語時代の綴りの名残なのか、実は全然別のところに理由があるのか(そういえば「町」は今でもStadtと綴るがこれがstatt(「~の代わりに」)と区別するためだと思う)私は知らないが面白いとは思っていた。その折衷綴りの -dt はまさにトゥルベツコイ始めプラーグ学派の提唱したArchiphonem「原音素」という言葉(下記参照)を髣髴させるからだ。
 そこで新めてトゥルベツコイのGrundzüge der Phonologie『音韻論概説』を引っ張り出してArchiphonemについて論じている章を見てみたらしょっぱなに次のようなことが書いてあり、上で私が今更驚いたり考え込んだりしたことなどトゥルベツコイは20世紀の初めにすでにお見通しであったと知ってまた驚いた。

  Der psychologische Unterschied zwischen konstanten und aufhebbaren phonologischen Oppositionen ist sehr groß. Die konstanten phonologischen Gegensätze werden selbst von phonetisch ungeschulten Mitgliedern der Sprachgemeinschaft deutlich wahrgenommen und die Glieder einer  solchen Opposition als zwei verschiedene „Lautindividuen“  betrachtet. Bei den aufhebbaren phonologischen Gegensätzen ist die Wahrnehmung schwankend:  in den Relevanzstellungen werden beide Oppositionsglieder deutlich auseinandergehalten, in den Aufhebungsstellungen ist man dagegen oft außerstande anzugeben, welches von beiden man eben gesprochen oder gehört habe.

不変の音韻対立と解消可能な音韻対立では心理的な差が非常に大きい。不変対立なら当該言語の共同体の一員は音声学の訓練を受けていない者でもはっきり認知でき、対立している双方の項を異なる二つの「音の個体」とみなすが、解消可能な音韻対立だとその認知が怪しくなる;有義位置Relevanzstellungでは双方の対立項の区別がはっきりとわかるが、解消位置Aufhebungsstellungでは二つのうちのどちらの項を発音したり聞いたりしたのか自分でも言えない場合が多い。

 私は硬化という言葉が嫌いで「中和」といっているが(再び『47.下ネタ注意』参照)、それはこの現象がドイツ語ばかりにみられるわけではないからだ。だからドイツ語学でしか通用しないVerhärtungよりNeutralisierungという一般言語学の名称のほうが適当だと思う。トゥルベツコイはこれをAufhebung der Opposition 「対立の解消」またはaufhebbare Opposition「解消可能な対立」とも呼んでいるが、こちらの用語のほうがカッコいい。 ロシア語もこの中和現象が顕著でやはり語学の時間の最初のほうで発音練習させられる。город  [ˈɡorət](「町」・単数主格)⇔ городом [ˈɡorədəm](単数造格) 、мороз [mɐˈros](「寒さ」・単数主格)⇔морозы [mɐˈrozɨ](複数主格)、гриб [ɡrʲip](「茸」・単数主格)⇔ гриба [ɡrʲɪˈba](単数生格)。ロシア語はさらに半母音やソナントまで無声化するのを時々見る(聞く)。例えば красивый「美しい」は本来 [krɐˈsʲivɨj] だが、ゆっくり発音してくれというと語末のいわゆる半母音が無声化して [krɐˈsʲivɨj̊] になり、その際さらについ力が入って接近音のはずが舌根が向こうの壁に触れてしまい無声摩擦音 [ç] にまでなることがある。これはドイツ語のいわゆるIch-Laut、イッヒ音だ。またцарь「皇帝」は本来 [t͡sarʲ] だが語末のソナントが無声化して [t͡sar̥ʲ] になるのを見た。この例のように口蓋化しているソナントは無声化しやすいのではないかという印象だ。хор [xor]「合唱(団)」のように非口蓋のソナントは無声化しているのはあまり見かけないからである。もっともあくまで「印象」である。
 『137.マルタの墓』で述べたマルタ語にも語末で有声子音が中和される現象があり、これが現代マルタ語の特徴となっている。まだ正書法が確立されていなかった頃、例えば18世紀にDe Soldanisが集めたテキストでは(原文は17世紀にFrancesco Bonamico、マルタ語でFranġisk Bonamicoが書いたものだという)「寒い」がbart と表記してあるが、現代マルタ語の正書法だとbard と書いて、ドイツ語と同じように中和されない前の子音を記することになっている。 d と書いて t と発音するのだ。昔は発音通りに t と書いていたのに今は音韻面を重視して d にしているあたりも中高ドイツ語から現代ドイツ語への正書法の移行といっしょである。それで「まだ」というマルタ語はgħad と書くが [ɐːt] である。 għ は事実上黙字。b、g、b も語末は無声化する。

 トゥルベツコイはこのように特定の位置(解消可能位置)で当該音素が持っていた弁別素性(そせい)の束の一つが弁別機能を失う現象を論ずる際、Archiphomen「原音素」という用語を提唱した(上記)。t とd で言えば、この二つの音素はどちらもさらにその上位音素の表現型である、としたのである。 その上位音素をArchiphonemと名づけ、大文字の /D/ で表すことにした。t とd ばかりではない、k とg が交代する場合はArchiphonemは /G/ である。『音韻論概説』ではこれが次のように説明・定義されている。

… In den Stellungen, wo ein aufhebbarer Gegensatz tatsächlich aufgehoben ist, verlieren die spezifischen Merkmale eines Oppositionsgliedes ihre phonologische Geltung, und jene Züge bleiben relevant, die beiden Gliedern gemein sind (d.i. die Vergleichsgrundlage der betreffenden Opposition). In der Aufhebungsstellung wird somit ein Oppositionsglied zum Stellvertreter des „Archiphonemes“ des betreffenden Gegensatzes – wobei wir unter Archiphonem die Gesamtheit der distinktiven Eigenschaften verstehen, die zwei Phonemen gemeinsam sind.

…対立が解消可能位置で実際に解消される際、対立項の片方が持つ特有なメルクマールは音韻的効力を失うが、双方の項が共通に持っている特徴のほうは有義性(当該対立項を他と区別するための基本となる特性)を保持する。解消可能位置では対立項の一方が当該対立の「原音素」として両項とも具現するのである。そこでこの原音素を二つの音素が共通に持っている弁別的素性(そせい)の総体とみなす。

トゥルベツコイはさらに論を進めて、解消可能な位置で原音素の表現型となる音素のパターンには次の4つが考えられると唱えた。
1.表現型が原音素のどちらの項でもない場合。一瞬「へ?」と思うが、例えばロシア語で唇音が口蓋歯音の前にくると口蓋化・非口蓋化の音韻対立が解消されるが、その際その「原音素表現型」は非口蓋音でも口蓋音でもない、いわば「半口蓋音」になるそうだ。中間の発音になるのである。
2.表現型が原音素のどちらかの項と同じになる場合。これが私たちが「中和」と言われて普通想像するパターンだが、この2のケースでは対立解消が「外部要因によって」、つまり前後の音声環境によって誘発される。ロシア語の例では、非口蓋歯音の前では子音の口蓋・非口蓋の対立が解消されるが、表現型は1で述べた例と違って非口蓋音になる。
3.表現型が原音素のどちらかの項と同じになるのは2のケースと同じだが、中和が周りの音声環境などの外部要因でなく内部の要因に誘発されるもの。解消可能な位置で現れる原音素の表現型では素性(そせい)の一つが弁別性を失うのに対し、重点位置では当該素性(そせい)は重要性を保っているわけだ。言い換えると前者は「原音素+ゼロ」、後者は「原音素+α」。いわゆる「無標・有標」の対立である。
 またこの2者の対立がきっぱりと欠如的privative(『128.敵の敵は友だちか』参照)でなくてグラデーションを帯びることがある。例えばロシア語ではアクセントのない位置で o と a の区別が解消されるが、その表現型は[ʌ] または[ǝ]。本来の o から見れば「狭音性」という素性(そせい)がミニマルになっている。逆に a から見れば「広音性」がやはりミニマルで、どちらも「重点位置では当該素性がミニマル以上」ということだ。うーむ… トゥルベツコイ自身は言っていないが、つまりこの原音素はそれぞれ /a/ および /o/ ということになるのか?
 4.解消可能な位置で原音素の表現型となるのがどちらのメンバーでもありうる場合。例えば日本語ではe とi の前で子音の「口蓋・非口蓋」という対立が解消される、つまり e と i の前が解消可能な位置なのであるが、その際 e の前では非口蓋音が、i の前では口蓋音がそれぞれ原音素の表現型となる。トゥルベツコイが日本語に言及しているのを見て感激した人食いアヒルの子がおせっかいにも噛み砕いて言うと、例えば m は a、u、o の3母音の前でのみ「ま対みゃ」、「む対みゅ」、「も対みょ」という対立がある。ところが「み」と「め」には対応する拗音がない:「み対?」、「め対?」。つまり e と i の前では口蓋性が中和されるのだが、「み」では子音が口蓋化しているのに対し([mʲi])「め」の m は非口蓋音 [me] だ。この観察は本当に鋭いと思うのだが、するとつまり日本語の子音は y を除いて皆原音素ということになるのか?
 
 その後チャールズ・ホケットCharles F. Hocketがこの原音素という観念を批判し、音韻レベルの話を形態論に持ち込んだものであるとしたが、その根本にあったのは原音素などを設定しまうと音素の数が徒に増える上、その配列パターンも崩れるといういかにも構造主義者らしい考えである。もっとも構造主義というのならトゥルベツコイやプラーグ学派のほうが「元祖」だと思うが。
 さらにアダムスM. Adamusという人も「原音素は異形態素を音韻論の観念と交換しようとする試み」と批判したそうだが、この「音韻論と形態論のクロスオーバー」というのはまさにトゥルベツコイがロシア語学で発達させたMorphonologie形態音韻論(『134.トゥルベツコイの印欧語』参照)という分野だ。もちろん他の言語でも見られるが、ロシア語(他のスラブ語も)では異形態素間に現れる音韻交代が特に規則的なのでこういうアプローチが発達したのだろう。形態素内の音韻構造、特に異形態素間の音韻交代のパターンを研究する分野だ。ロシア語の授業では最も頻繁にみられる代表的な音韻交代パターンを暗記させられる。例えば:
с – ш: писать – пишу – пишущий 「書く」、不定形-1人称単数-分詞
к – ш: далёкий – дальше 「遠い」、原級-比較級
г – з(ь) – ж: друг – друзья – дружба 「友人」、単数主格-複数主格-「友情」
к – ч – ц: казак – казачий, казацкий、「コサック」-「コサックの」-「コサックの」
т – щ: осветить – освещу – освещённый、「照らす」、不定形-1人称単数-分詞
ст – щ: простой – проще、「簡単な」、原級-比較級
ск – щ: искать – ищу – ищущий、「探す」、不定形-1人称単数-分詞
д – ж – жд: родить – рожу – рождённый、「生む」、不定形-1人称単数-分詞
б – бл: любить – люблю 「愛する」、不定形-1人称単数
в – вл: ловить – ловлю 「捕まえる」、不定形-1人称単数

この他にも交代パターンがたくさんある。私は当時は単位欲しさだけのために意味も分からず暗記したが、今考えると(今頃にならないと気づかない…)、この音素交代がしっかり頭に入っていれば知らない動詞や形容詞が出てきたときカンが働いて、辞書を引かなくてもそれらがどういう語形変化をするかある程度予想できるようになると思う。


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 戦争だろ暴力団の抗争などで「敵の敵は味方」とみなされることがある。また独裁者や技量の狭い政治家が味方以外は敵、つまり自分にヘイコラしてこない者は敵と見て粛清したりする。こういうものの見方をしてうまく行ったためしはない。前者の場合抗争が終わると、いや抗争中からすでに友人のはずの敵の敵から牙を向けられる(いわゆる「寝返る」というやつである)可能性大だし、後者では粛清の度がすぎて「そして誰もいなくなった状態」になり、自分の足元が崩れ落ちることが多いからだ。
 実際面ばかりでなく、こういう考え方は理論上も欠点がある。二項対立binäre Oppositionには等価対立äquipolente Opposition と欠如的対立privative Oppositionという2種があるが、この違いを考えていないのだ。

 「二項対立」の考え方はもともと音韻論から発展してきたもので、最初に提唱したのはニコライ・トゥルベツコイである。その後プラーグ学派のヤコブソンなどがこれを構造主義的な言語学の柱とし、ヤコブソンから氏と交流のあったレヴィ・ストロースあたりを通して言語学外にまで流れ出して世間にドッと広まった。ただし広まったのは二項対立の観念のみでその考え方のいわば発生源となった音素Phonemだろ弁別素性(そせい)distinktives Merkmalだろという用語は全然広まらなかったのが残念だ。知られていないのは用語ばかりではない。二項対立という観念の起源がトゥルベツコイだということさえ忘れられがちで義憤に耐えない。
 ここで怒っていても仕方がないから話を続けると、音素というのは当該言語の語の意味を変えることのできる最小単位だが、どういう音が同じ音素と見なされるかは当然言語ごとに違っている。例えば例のlとrの違いであるが、日本語ではこれら2音はアロフォン、つまり同一音素の2つの表現形で、「理科」を[ɾɪka] といおうが [lɪka] と発音しようが意味に変化はない。だがこれを英語に持ち込んでriceを liceと言ってしまうと大変なことになる。だから英語やドイツ語(だけではないが)が母語の人が見ると日本人は r と l の音が「区別できない」ように見えるのである。逆にドイツ語では [s] と[z] がアロフォンなので、ドイツ人は「さしすせそ」と「ざじずぜぞ」の区別が出来ない者がいる。「山田さん」が「山田ざん」、「寿司」が「図示」、「石膏」が「絶交」になる。もちろん日本語のざじずぜぞは摩擦音でなく破擦音だから石膏と絶交の差は正確にはs対zではないが、いずれにせよ、zushiと発音されたら意味が通らない。私たちから見ると石膏と絶交が同じに聞こえるなんて耳が悪いか頭が悪いかのどちらかだと思うが、向こうだって気を抜くとLichtungとRichtungを間違える日本人を馬鹿かと思っているはずだ。また逆に私が「日本語のらりるれろの子音は本来 l でも r でもなく、言って見ればその中間音のはじき音ですが、まあ l でも r でもいいです」というと「l でも r でもいいなんて馬鹿なことがあるか。どっちかに決めてくれ」と言い出すものが時々いてその石頭ぶりに驚くが、音素という観念を知らないとこういう羽目になるのである。
 音素が一つだけ違っている2つの単語をミニマル・ペアといい、ドイツ語のLichtung「(森の中の)空き地」対 Richtung「方向」、tanken「給油する」対danken「感謝する」、 kalt「冷たい」対 galt「通用した(動詞過去形)」、 Tal 「谷」対Zahl (h は黙字、ドイツ語でz は英語の ts)「数」、 Pappe「ボール紙」対 Kappe「縁のない帽子」などがそれぞれミニマル・ペアであるが、子音が一つだけ違っているのがわかるだろう。違っている子音音素はそれぞれ/l : r/、/t : d/、/k : g/、/t : ts/、/p : k/という二項対立になっている。
 しかしさらによく見ると一方で/t : d/と/k : g/、他方で/l : r/、/t : ts/、/p : k/とでは二項対立でも性質が違っていることの気づく。まず/t : d/だが、これらの子音は双方歯茎閉鎖音で、前者は無声後者が有声という点が違っている。/k : g/も調音点・調音方法が同じ(軟口蓋閉鎖音)でやはり有声か無声かの違いがあるだけ。ところが/l : r/ではどちらも有声だが、調音点も調音方法も違う(それぞれ歯茎流音と口蓋吸垂ふるえ音)。/t : ts/は無声であることと調音点(歯茎)が同じだが、調音方法が違う(前者は閉鎖音、後者は破擦音)。/p : k/では逆に無声と調音方法(破裂音)が同じで調音点が異なる(前者が両唇、後者は軟口蓋)。
 つまり最初のグループでは二項の違いが特定の性質(これを言語学では素性(そせい)と呼ぶ)、ここでは声のあるなし、言い換えると声門の震えのあるなしに帰せるのに対し、二番目のグループでの二項は何があるかないかではなく調音点または調音方法が違うのであり、例えば違っている調音点、「両唇」と「軟口蓋」とは等価である。前者はA 対-Aの対立、後者はA対Bの対立といえる。前者のAかAでないかの対立が欠如的対立privative Opposition、後者のA対Bタイプが等価対立äquipolente Oppositionである。

欠如的対立
Schema1-geschn
等価対立
Schema2Geschn
 また、欠如的対立の二項を分ける素性(そせい)、上の例では有声か無声かという要素を弁別的素性(そせい)distinktives Merkmalといい、それぞれ[+ voiced]、[- voiced]と表す。さらにこの素性(そせい)を持っている項、ここでは [+ voiced] を「有標」、持っていない [- voiced] のほうの項を「無標」というが、このプラス・マイナス何たらという図式はヤコブソンからハレ&チョムスキーなどが英語の音韻論で展開していたから知っている人も多いだろう。言語学内の意味論、シンタクス理論ではもちろん、上述のように言語学外にもこの何たら図式は使われている。
 どんな特性が弁別的素性(そせい)になるかは言語ごとに違っており、日本語や英語では[voiced]という素性(そせい)が弁別的に働くのでこのプラスマイナスの違いで別音素になるが、中国語韓国語では有声無声の差が音素を分けない。このようにある素性が当該言語で弁別的に機能しないのを特に強調したい場合はゼロまたはプラス・マイナス両方の記号を使って [0 voiced] あるいは [+/- voiced] と表したりする。「どっちで発音しようが意味は変わりません」という意味だ。だから中国語が母語の人に時々「かきくけこ」と「がぎぐげご」の区別が怪しくなる人がいるのである(『126.Train to Busan』参照)。ドイツ語でもこの弁別差が全ての環境では機能していないことは上で述べた。その代わり(?)息を伴うか伴わないか、「+帯気」と「-帯気」かで語の意味が違ってくる言語が結構ある。中国語もそうだが、印欧語も本来はこの区別を持った言語であった。英語やドイツ語に多くある、古典ギリシャ語起源の単語でph 、th と書かれている部分はそれぞれ帯気の p、帯気の t だったが、現在の英語ドイツ語では帯気が弁別機能を持たないため、本来の音とはかけ離れた妙な音で代用されてしまった。ロシア語には「+口蓋化」「-口蓋化」という弁別素性(そせい)がある。

 欠如的対立と等価対立との重要な違いは、前者では理論的に当該二項以外は存在せずAでないなら自動的に-A,また-Aでないなら元に戻って必ずAであるのに対し(「Aではないが、かといってAでなくもない」などというのは禅問答の知恵比べでもない限り設定できない)、後者ではAやBのどちらでもない存在、または第3第4の項、例えばC、Dが否定できないことだ。上の例でも調音点として両唇、歯茎、軟口蓋の3項をあげてあるが、そのほかにも硬口蓋だろ口蓋垂だろ声門だろいろいろある。調音方法にしても閉鎖音、摩擦音、破擦音、接近音などあって、閉鎖音でないからすなわち接近音ということにはならないのである。

 「味方」対「敵」というのは等価対立である。敵から見て敵だからといってそれがリターンして自分の友人として帰ってくるとは限らない。Aを味方、Bを敵とすると「敵の敵」は-(-A)=Aではなくて第3の項Cだからだ。また「-味方」=「敵」とみなしてしまうと、-A&-Bという無関係な罪のない部分が粛清されてしまう。
 さて、このCだが、A、つまり味方集団との間には1.完全に重なる、2.部分的に重なる、3.全く重ならないという3つのパターンが考えられる。1のパターン、「敵の敵は味方」というのも確かに可能性の一つではあるのだ。ただ論理的必然性がないのである。ここで面白いのは2だ。等価対立では素性(そせい)の設定のしかたによっては「どちらでもない」もののほかに「どちらでもある」部分が生じてしまうことを示しているからだ。
1.完全に重なる
Schema3-1Geschn

2.部分的に重なる
schema3-2Geschn

3.全く重ならない
schema3-3Geschn
 ギリシャの時代から西欧思想に深く根付いている「自然」対「人工」という二項対立も等価だが、これらは決して互いに排除するものでない、とKellerというドイツ語学者が書いていたのを読んだことがある。重なる部分があると。例えば公園の芝生の上に獣道ならぬ人道、多くの人に踏み固められて道筋ができることがある。これは人々がなるべく近道をしようとして急いだためにできたいわば人口の産物である一方、誰もそんな道を作ろうと思って作ったわけではない、作った人間の最初の意図とは無関係になんとなく形成されてしまったという意味で自然の産物でもあるのだ。事実、こういう道筋の形成パターンを計算できるコンピュータープログラムなどいくらもある。
 「共通項」や「どちらでもない項」の可能性がさらにはっきりしているのは
『121.復讐のガンマンからウエスタンまで』の項でも述べた『夕陽のガンマン』のセリフにあった二項対立である。「人間には2種類ある。一方はライフルを持っているし、他方は穴を掘る」というセリフだが、大抵の人たちは穴も掘らないしライフルももっていまい。また逆にライフル所有者が何かのきっかけで穴を掘り出す機会などいくらでもあるだろう。
 ついでに言えば私は国籍とやらも等価対立だと思っている。日本国籍を持っているからといって他の国の国籍はない、ということにはならないと。もちろん私は政治や法律の問題にまで口を出す気はないからそう決めたいのならそれでもいいが、本来A国の国籍を取ったらB国の国籍を捨てなければいけないという論理性はない。

 等価対立と欠如的対立を併用して、例えばドイツ語の /p と /z/ をそれぞれ [- voiced] [両唇] [閉鎖]、[+ voiced] [歯茎] [摩擦]と記述するとちょっと表記の統一性に欠け、当該項をビシリと描写できないからか、トゥルベツコイの後を引き継いだヤコブソン、ハレなどの構造主義言語学者は、音素をいくつかの欠如的対立項からなる「弁別素性の束」に分解して記述している。ヤコブソンは音素をユニバーサルに記述できるように12くらい(「くらい」と書いたのは氏の著作間でも、これをひきついだ言語学者の間でも少し揺れがあるからだ)の「素性(そせい)の束」を設定したが、Ramersという人は10の素性(そせい)を使って上述の/p/と/z/を次のように記述している。比較のために/p/と調音点が同じ /m/、/z/ の無声バージョン /s/、/s/ と調音点が同じだが、調音方法の違う /d/、これらの音とちょっと調音点の離れている無声音 /k/ を上げる。

p
[+ consonantal]
[- sonorant]
[- back]
[- high]
[+ labial]
[- coronal]
[- continuant]
[- lateral]
[- nasal]
[- voiced]

m
[+ consonantal]
[+ sonorant]
[- back]
[- high]
[+ labial]
[- coronal]
[- continuant]
[- lateral]
[+ nasal]
[+ voiced]

z
[+ consonantal]
[- sonorant]
[- back]
[- high]
[- labial]
[+ coronal]
[+ continuant]
[- lateral]
[- nasal]
[+ voiced]

s
[+ consonantal]
[- sonorant]
[- back]
[- high]
[- labial]
[+ coronal]
[+ continuant]
[- lateral]
[- nasal]
[- voiced]

d
[+ consonantal]
[- sonorant]
[- back]
[- high]
[- labial]
[+ coronal]
[- continuant]
[- lateral]
[- nasal]
[+ voiced]

k
[+ consonantal]
[- sonorant]
[+ back]
[+ high]
[- labial]
[- coronal]
[- continuant]
[- lateral]
[- nasal]
[- voiced]

この素性(そせい)の束をマトリックス表にしてあるのもよく見かけるが、とにかくこのようにすると例えば摩擦音と閉鎖音の違いをきっちり [+ continuant]  対 [- continuant] で表わせて便利だし、また逆に調音方法が違う音同士の共通点などがはっきりしてくるだろう。[- labial](唇音性)、つまり唇音であることが欠如対立の素性(そせい)になっているところに注目。
 この方法を応用して[敵性] [味方性]という素性(そせい)を設定すれば「敵」対「味方」という等価対立を分解してA:[- 敵性] [+ 味方性]、 B: [+ 敵性] [- 味方性]、 C: [+ 敵性] [+ 味方性]、D:[- 敵性] [- 味方性]という4つの項に分けられることになる。Cの中には寝返り予備軍もいるだろうが単に敵にもある程度の理解を示す人たちも含まれるだろう。対立者を「敵ながらアッパレ」と評価している政治家は多い。Dは全く中立な第三者、傍観者である。このグループを粛清などしてはいけない。

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