アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:タイ語

 ヨーロッパの言語で「言葉」をなんというのか示してくれているサイトがあってちょっと覗いたのだが、まず気が付いたのが「ことば」という言葉が「舌」の意味も兼ねている、あるいは元は「舌」を意味する言葉を転用して「ことば」に使っている言語が多いことだった。そこでもっとよく見てみようと思って私なりに調べて一覧表にしてみた。ついでに北アフリカ方面や中近東、コーカサスのあたりまで入れてみた。つまりユーロビジョン・ソング・コンテストに参加資格のある地域の主要言語である。
Tabelle1-220
「言葉」と「舌」が同じではない言語を黄色で染めてみたが、「ことば」を表す言葉は一つとは限らず、たとえばカタロニア語にもポルトガル語にも表に出した llengua、língua と並行して idioma(「言語」)という単語があり、逆に「ことば」を idioma と言っているカスティーリャ語には lengua という言葉も使われていたりするから、少し注意がいる。idioma はギリシャ語起源で、「舌」という意味はない。またさすがギリシャ語だけあってこの言葉自体は英語を始めそこら中の言語に取り入れられている。ただしズバリ「言語」という意味でではない。その他のロマンス語の「ことば」はもちろんラテン語のlingua (「舌」)起源である。
 面白いのがゲルマン語派の諸言語で「言葉」は「話す」「語る」などの行為を表す語から来ている。ドイツ語の Sprache は動詞の sprechen、英語の speak だ。この語は西ゲルマン祖語時代からあったようで、北ゲルマン語派のデンマーク語、スウェーデン語、またノルウェー語は中世低地ドイツ語からの借用らしい。例えばスウェーデン語では西ゲルマン語系の語が入って来る前までは tunga を使っていたそうだ。フェロー語、アイスランド語の mál は「西」ゲルマンでなく「ゲルマン祖語」にまで遡れる古い語らしく、東ゲルマン語のゴート語にも対応形がある。ノルウェーの公式の書き言葉の一つをブークモール bokmål というが、この「モール」もこれだ。さらにスウェーデン語にも mål(「言葉」)ということばがあるはある。しかしもう「古くさい言い方」だそうだ。先に出した tunga は単に古臭いというのを通り越して「古スウェーデン語」だからさらに古いことになる。これらがアイスランド語で「舌」と「話す」の二重構造になっているのが面白い。tunga (→ tungu)+mál である。オランダ語の taal は英語の tale で、「語る」。これも「舌」とは別だ。
 英語は乱暴な言い方をすればゲルマン語の文法がこれでもかというほど簡潔化された上にフランス語の単語を乗っけているような言語だから「ことば」もちゃっかりロマンス語系になっているのはわかる。ただ英語では「母語」のことを mother tongue といい、結局「ことば」という語を本来のゲルマン語の「舌」で表している。ドイツ語では「母語」は Muttersprache、無理やり英語に直せば mother speech で、「舌」は出てこない。ドイツ語の「舌」は toungue と同語源の Zunge である。
 ケルト語派のうちアイルランド語は「舌」を使っているが、その他の二言語はどちらも「話す」「発話する」で、「舌」ではない。
 次のスラブ語派だが、jazyk、jezik などは下でも述べる通り皆「舌」だ。古い印欧語形である。ウクライナ語とベラルーシ語の mova はスラブ祖語から。「言う」である。
 こういった言語状況をどう解釈したらいいのか。実はロマンス語派の lingua もスラブ語はの jazyk もゲルマン、ケルトの tongue も印欧祖語のでは同じ形 dn̥ǵʰwéh₂s (「舌」)に行きつくとされている。つまり元は皆同じ一つの語だったのだ。dn̥ǵʰwéh₂s はあくまで「舌」であって「言葉」という意味は持っていなかったっぽいので、印欧諸語が割れていく何千年もの過程の間に次第に抽象的な「言葉」という意味を担わされていったということなのだろう。その際単発的に「言葉」を「舌」でなくその行為そのもの、「話す、言う、発話する」という言葉で表す地域が出現した。これが単発現象であることはそれら非舌地域(?)の「言葉」が皆語源を異にしていることからもうかがえる。idioma、taal、Sprache、mál など、語源も形もバラバラだ。
 以上が上の表を見た時点の中間解釈だが、これを踏まえてさらに残りのユーロビジョン・ソング・コンテスト言語を調べるとこうなる。
Tabelle2-220
バルト語派にも「非舌単発現象」が現れているのがわかる。アルメニア語の lezu も lingua、 jayzk と同じく dn̥ǵʰwéh₂s 起源だそうだ。ギリシャ語、アルバニア語の glóssa、gjuhë は出所がよくわからないそうだが、とにかく dn̥ǵʰwéh₂s ではないようで、この点他の印欧語族と違っているが、「言葉」を「舌」と同じ語で表すという原則は共通している。クルド語 ziman とロマニ語 čhib はどちらも dn̥ǵʰwéh₂s でlingua、jezik、tongue と同じ。つまりスタンダードなパターンだ。
 さてヨーロッパの非印欧語はどうだろうか。フィノ・ウゴル諸語(私はフィンとウゴールは分けるべきじゃないかと個人的に思っているが)もテュルク諸語(これは一緒で完全にOK)も「舌」が「言葉」を同じ語が担当している。言語自体は全然違えど意味のメカニズム(?)の点では他の印欧語族といっしょである。この記事の最後で言うが私はこの事実を結構重く見ている。テュルク諸語にはさらに面白い現象があって、たとえばトルコ語には「ことば」という言葉に dil の他に zeban 、lisan という語がある、というかあった。あとの二つは現在は廃れているそうだが、zeban はインド・イラニアン語派の印欧語、具体的にはペルシャ語からの借用である。もう一つの lisan はアラビア語 لِسَان (lisān)からのこれも借用。アラビア語の「言語、舌」だ。同様にアゼルバイジャン語にも zəban、lisan があり、やはりすでに「古語」となっている。zeban、lisan はクリミアのタタール語にも見つかる。他のテュルク諸語では確認できなかったが調べればまだ見つかりそうだ。ペルシャ語とアラビア語の「舌&ことば」が自国語の「舌&ことば」に取って代わられたのである。
 ユーロビジョン地域の最後に次の言語を確認してみよう。
Tabelle3-220
まず、ジョージア語は「舌」を兼ねる。アラビア語 لُغَة (luḡa) は「言語」あるいは「方言」で、「舌」とは別だ。上でも述べたようにアラビア語にはこの他に「舌」も兼ねた لِسَان (lisān)という語がある。ヘブライ語の שפה (safá) は「舌」でなく「唇」の意味を兼ねているそうだ。実にややこしい。また同じセム語族でもマルタ語は政治的にヨーロッパの支配下にあった時期が長く、イタリア語の影響を強く受けている。道理で明らかにロマンス語からの借用である。ただマルタ語には lsien というセム語系の本来の語も存在する。
 バスク語はフィノ・ウゴルやテュルクと違ってヨーロッパのど真ん中(でもないか)にありながら「ことば」と「舌」は別だ(バスク語で「舌」は mihi)。非印欧語のくせに印欧語と同じになっているフィノ・ウゴールやテュルクと違う。 
 ここまでをまとめてみると、ヨーロッパの印欧語では「言葉」は本来「舌」の意味だった同一語 dn̥ǵʰwéh₂s で表される。特にゲルマン語派など例外的に「話す、言う」を使う言語もあるが基本は舌=ことば。dn̥ǵʰwéh₂s を使わない言語でもこの原則は保たれる。ヨーロッパはさらに非印欧語でも「舌」と「ことば」が同じ語になる、ということだ。

 これがアジアになると状況が一変する。
Tabelle4-220
印欧語族の zabân、jabān などは一目瞭然ヨーロッパのクルド語、ロマニ語と同じ dn̥ǵʰwéh₂s である。イランから中央アジアのタジキスタン、インドの相当部にかけてこれだ。まずペルシャ語からパンジャブ語までを見て欲しい。ここで実は例えばヒンディー語には同じ dn̥ǵʰwéh₂s 起源でも zabān とはちょっと形の違う जीभ (jībh) というズバリ(身体器官の)「舌」を表す語がある。ヒンディー語の他にもウルドゥ語(جِیبھ 、jībh)、グジャラート語(જીભ、jībh)、パンジャブ語(ਜੀਭ、jībh)、ネパール語 (जिब्रो、jibro)、ベンガル語(জিভ、jibh)、オリヤー語(ଜିଭ、jibha)にも表の「舌・ことば」とは少し形を変えた「舌」だけの語がある。
 マラーティー語、シンハラ語、ネパール語は黄色マークしてあるが、それは bhāṣā あるいは bhāṣāwa という語が「舌」ではなく、サンスクリットの भाषा(bhāṣā、「話す」)から来ているからだ。印欧祖語ではどんな形だったのかはよくわからないが、「舌」でないことだけは私が保証する(なんであんたが保証するんだ)。これらの言語は「ことば」が「舌」ではないという点でヨーロッパのゲルマン語派などと共通しているようだが、インドのほうはゲルマン語のように語形がバラバラではなく、全て同じ形をしている、つまり同一語から来ている点が違う。
 実はこのサンスクリットの「話す→ことば」という語は強烈な影響力を持っていて、「舌系」のヒンディー語、ウルドゥ語、パンジャブ語、ベンガル語、グジャラート語にも zabān などの同意語としてそれぞれ भाषा(bhāṣā)、بھَاشَا(bhāśā)、ভাষা(bhaśa)、ਭਾਸ਼ਾ (bhāśā)、ભાષા(bhāṣā)という「ことば」という語がある。「話す系」が水面下で深く浸透しているということだ。この点もヨーロッパとの違いだろう。逆に黄色に塗った3言語については「舌系」の方の同義語は確認できなかった。でも探せば実はあるかもしれない。
 そしてこのサンスクリットの「話す=ことば」はインド亜大陸のドラビダ諸語にも広く借用されている。サンスクリット系の「言葉」の同義語としてカンナダ語にも ನುಡಿ(nuḍi)というのがあるが、こちらがドラビダ語本来のものだ。テルグ語にもほぼ同じ形の నుడి(nuḍi、「ことば」)がある。同語源の語はタミル語、マラヤラム語にもあったが、意味が変わったり廃れたりしてしまった。つまりドラビダ諸語では固有の語がサンスクリット系の「話す」に取って代わられたということか。
 もっとも「言葉」はサンスクリット系の「話す」で表しても身体器官の「舌」そのものズバリの名称を表すのに dn̥ǵʰwéh₂s 系の語が取り入れられていたりする。例えばテルグ語の జిహ్వ(jihva)、ネパール語の जिब्रो(jibro)、シンハラ語の දිව(diwa)(後の二つは印欧語族)がその例だが、これはあくまで「舌」だけであって「ことば」の意味はないようだ。言い換えると印欧祖語の「舌」がだんだん抽象性を高めて「ことば」という意味を獲得していったのとは逆に「話す、言う」という言葉が抽象性を失って「舌」という意味になったりはできなかったわけだ。
 続いて北京語と広東語の「言語」(「語言」でも「言語」でも「言葉」の意味になるらしい)に「舌」の意味はないが、これはチベット語も同じで「舌」は ལྕེ (lce)。表には出さなかったがシッキム語にはチベット語の「ことば」、སྐད(skad)と同じ形の語があり、「声」とか「音声」の意味も兼ねている。いずれにせよ「舌」とは無縁だ。
 ビルマ語 စကား(ca.ka:)も「非舌系」なのは黄色に塗った通りだが、စကား は「言語」の他にも「語」という意味を兼ねており、日本語の「ことば」という言葉とまさに一緒である。 またビルマ語にはその他に ဘာသာစကား(bhasaca.ka:)という「ことば」と言う言葉」があるが、この前部 ဘာသာ(bhasa)はもちろんサンスクリットからの借用。後部が本来のビルマ語というわけで、ダブル構造になっているのが面白い。この記事の冒頭部で述べたアイスランド語と違って借用語に同じような意味の自国語を説明的に付加した構造だ。こういう構造は他の言語でも頻繁に見られ、例えばドイツ語ではちょっと前に「津波」のことを Tsunami-Welle、つまり Tsunami-wave と言っていた。同様に「鯉」を Koi-Karpf という。Karpf というのがドイツ語で「鯉」である。日本語でも私が子供のころはピザのことをピザパイと呼ぶ年配の人とかがいた。「パイ」も外来語ではあるが、古くから入ってきていたので当時すでに日本語化していて、「ピザ」とはいったいどのようなものか説明する役割を担っていたわけだ。
 あとちょっと補足しておきたいのだが、「舌組」にせよ「非舌組」にせよインドの印欧語族にはアラビア語 لِسَان (lisān)からの借用形が併用されている言語が散見される。ペルシャ語の لسان (lesân)、ウルドゥ語の لِسان (lisān)、ヒンディー語の लिसान(lisān)などの例が見つかった、ヒンディー語にまで浸透しているところを見るとこの借用現象はイスラム教言語限定ではないようだ。探せばもっと例があるかも知れない。以前に「本」をいう言葉がアラビア語から借用されていることが多いと書いたが(『7.「本」はどこから来たか』参照)、改めてアラビア語の凄さを感じる。

 さて引き続きアジアをもっと見ていってみよう。
Tabelle5-220
まず東南アジアはほとんどインド南部の言語と同じくサンスクリットの「話す=ことば」भाषा(bhāṣā)からの借用である。アウストロネシア諸語のインドネシア語、ジャワ語は一目で明らかだが、シャン語、タイ語、クメール語、ラオ語も全てこれだ。仏教と共に言葉も輸入されたのではないだろうか。タガログ語だけは形が違っているが、出所はやはりサンスクリットで चरित(caritá)という語から来ているそうだ。「動く、行動する」という意味である。うーん…
 ベトナム語のは中国語の借用だそうだが、とにかく東南アジアはサンスクリットあるいはプラークリットの波を被りまくっていることがわかる。比較のために最も遠いところにあるアウストロネシア諸語のマダガスカル語の例をあげておいたが、さすがにここまではサンスクリットの影響が及んでいない。
 さていよいよ我が東アジアである。中国語は既にみたが、日本語、韓国語、アイヌ語も共に「話す、言う」と関係する自国語の言葉で、「舌」とは全く別だ。韓国語の말 には日本語の「ことば」同様、language  と言う意味も word という意味もある。上のビルマ語と同じだ。そして日韓両言語とも本来の自国語の他に中国語からの借用語も使われている。日本語の「言語」、韓国語の언어(eoneo)だ。アイヌ語も「ことば」は「言う」で、「舌」は aw(-e-he) だから全然違う。
 ところが東アジアでもモンゴル語の хэл(xel)は「舌」の意味も兼ねていて、微妙にテュルク諸語と繋がっている。それで考えたのだが、ヨーロッパのフィノ・ウゴールもテュルクも要するに北西アジアの民族だ。この点でモンゴルと一緒。『213.太平洋のあちらとこちら』でも述べたように、松本克己教授が日本語とテュルク語やモンゴル語との距離を強調し、日本語、アイヌ語は北方アジアの言語とは実は一線を成し、東南アジアの言語などと「環太平洋言語」としてまとまりを見せるのではないかといっていたが、そうかもしれない。余計なお世話としてメキシコのナワトル語を調べてみたらあれまあ「ことば」は「話す」で表すではないか。「舌」は nenepili といって全然別の形だ。

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 先日TVで韓国のゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(いったいなんなんだ、このヒドい邦題は?!原題は「釜山行」)を放映したので見てみた。2年ほど前にこちらのニュースでもこの映画がアジアで大ヒットしていると報道しているのを小耳に挟んでいたし、新聞・雑誌のTV番組欄でもこれが「本日のおすすめ」だったのだ。見たらあんまり面白かったので驚いてしまった。面白かったも面白かったが、欧米のゾンビ映画・アクション映画と比べて好感を持った。登場人物が私と同じアジア人だからかなと思ったが、考えてみるとそればかりではない。
 欧米のアクション映画には必ずといっていいほど、そしてホラー映画にもよく登場する、大声で喚き散らし時に銃をぶっ放し棍棒を持って暴れるタイプの暴力的でヒステリックな女性が出てこないのだ。以前心理学者だったか歴史学者だったかが(心理学と史学じゃ全然違うじゃないか。どっちなんだ)こういうアマゾネス戦士タイプの女性描写は実は男性側の倒錯した性欲が生んだファンタジーだと言っていたのを覚えている。女性に自分たちのマッチョ理想像の真似、男の真似をさせて自分たちのナルチシズムと女性への劣情を同時に満足させようとする歪んだファンタジーである、と。そういえば、そういう映画での女性たちはランニングシャツなど近代装備の兵士の戦闘服としてはありえないような不自然に肌を露出した衣装であるか、変なところが破れたり濡れたりして男性をソソるように計算されている。だからゲビた感じがするのだ。私の覚えている限り下品でなかった女性戦闘員は『フルメタルジャケット』のラストに出てきたベトナム人の若い女性スナイパーくらいなものだ。また当然ながらその手の女性が絶叫しながら暴れまくる映画には年配の女性はまず現れない。
 そういわれてみるまで、映画そのものの出来とは別にいわゆるアクション映画の多くに対して抱く嫌悪感が何処からくるのか自分でもわからなかったのが、なるほどと思い当たった。それで『エイリアン』や『ターミネーター』(特に2以降)も私は大嫌いである。繰り返すが映画の出来自体はいい。
 『新感染 ファイナル・エクスプレス』にはその手のわざとらしい下品な女性が出てこない。その上おばさんやおばあさんがきちんと重要な役割を担って登場する。これが私の個人的なプラス点である。
 そこで他の人たちはどう評価しているのかネットをちょっと覗いて見たら、「不覚にも泣いてしまった」とコメントしている男性が結構いたので笑った。「ゾンビ映画で泣いてどうするんだ」とは思ったが、この映画で「泣いちゃったよ俺」という殿方にも好感を抱いた。

中国語タイトルには「屍速」と「屍殺」の2バージョンあるようだが、どちらもいかにも怖そうなタイトルだ。
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 この「泣けるゾンビ映画」の英語タイトルはTrain to Busan、つまり「釜山」の英語表記はPusanでなくBusanになる。このことも私は映画に劣らず面白いと思った。ドイツでもこの英語タイトルをそのまま使っている。釜山と聞いて私が真っ先に思い出すのは、今時覚えている人がいるかどうか知らないが『釜山港に帰れ』という歌謡曲である。当時チョー・ヨンピルが原語の韓国語日本語二ヶ国語で歌って大ヒットした。ヨンピル氏はその後日本の紅白歌合戦にも連続出場したそうだが、残念ながらその頃には私はすでにこちらに来てしまっていたので見ていない。その歌を改めて聴いてみると「釜山」という発音は日本語・韓国語のバージョン共に日本人の耳には無声音、「プサン」としか聞こえない。実際昔は英語でもPusanと表記していた。釜山空港だってPUSと記されていたのだ。2000年に韓国側でBusanという国際表記にしたが、これはこの語頭音が無気音だからだ。
 英語のネイティブは無声閉鎖音、p、t、k を帯気化して発音する人が多い。ドイツ語の人もそうで、人によってはこの度合いがはなはだしく、「わたし」の「た」が思い切り帯気音であるために「わつぁし」と聞こえてしまうことさえある。p、t、k が語頭に来ると帯気なしでは発音できない人もいる。日本語ならば、これらの音が多少気音になっても単に耳障りなだけでまあ意志の疎通に問題はないが(それでも「わつぁし」と言われると一瞬戸惑うが)、韓国・朝鮮語(ここでは単に「韓国語」と呼んでいる)は無気の p と有気のp (ph)は違う音素なのだからこれを許しておくわけにはいかない。英語の話者がPusanと言うと韓国人には「釜山」산でなく산にしか聞こえないそうだ。一方で韓国語は無気と有気の音韻対立がないからPusanだろうが Busanだろうが意味に違いが起こらない、ならば帯気化される危険性大の p よりも無気発音してもらえる可能性の高い有声音b で発音してもらった方が韓国語の音韻体系に合う。無声閉鎖音は対応する有声閉鎖音より帯気しやすい、別な言い方をすれば有声閉鎖音は帯気させるのが無声閉鎖音よりむずかしい。だから印欧語も祖語の段階では無声閉鎖音も有声閉鎖音もそれぞれ無気・帯気で弁別差があったのに(下記参照)時代が下るにつれて後者が弁別機能を失っていった際、まず有声子音で無気・帯気の区別が失われた。無声子音には結構長い間この区別が残ったのである。古典ギリシャ語も無声子音でのみ無気・帯気を区別し、現在のロマニ語ではやはり無声閉鎖音のみ、しかも語頭音でのみ無気・帯気の弁別差が認められるそうだ。日本語は無声閉鎖音があまり帯気化していないから、安心して「プサン」あるいはPusanと記せるし、そう発音していい。
 この、本来英語向けだったBusanという表記が他言語でも標準になったので本来無声閉鎖音が帯気化しておらずp で読んでも全く支障のないロマンス諸語まで b にさせられたというわけだ。ローマ字を使っていないロシア語では p を使ってПусан。ロシア語も無声閉鎖音は無気である。セルビア語ではb 表記でБусанとなるのだが、英語を通したと思われる。
 中国語も有気・無気が音韻対立 して、無声・有声の区別がないから、日本語の「か」と「が」、「ぱ」と「ば」、「た」と「だ」の発音のし分けが苦手な人がいる。例えば中国語で「他」は帯気音、「打」は無気音なので、「た=他」、「だ=打」と覚えている人がいたりすると有声・無声の対立がいつまでも飲み込めない。そういう人には「他」は「た」と解釈していいが、「打」のほうは「た」と「だ」の両方にかかることを図でも書いて示してあげるといいかもしれない。

日本語の「た・だ」と中国語の「他・打」の関係はAでなくBのように考えた方がいいと思う。
ta-da
 アジアの言語、特に古くから文化・文明の面でも地理の面でも中心となった言語は無気・帯気で弁別差を持つものが多く、それのない日本語はむしろ例外。日本人は本来アジア文化圏では辺境民族だったことを感じさせる。他のアジアの言語をザッと見ていくと次のようになる。閉鎖音ばかりでなく、破擦音や摩擦音でも無気・帯気をわける言語も多いが、それを全部見出すとキリがなくなるのでここでは話を閉鎖音、p、t、k に限った。
 まず上で述べたように中国語はp-ph、 t-th、k-kh だけを区別して p-b、t-d、 k-g の対立がない。b、d、 g はそれぞれ/p、t、 k/ のアロフォンである。
 韓国語もp-b、t-d、 k-g がないのは中国語と同じだが、ここの閉鎖音は単なる無気・帯気のほかにさらに tense、「濃音」を区別して、p-p͈-phという3体系になっている。最初のp が普通の無声無気音、最後のph が無声帯気音、真ん中p͈ というのはtense音、喉をグッと緊張させて出す無気音。釜山のプは最初の p である。面白いことに語末ではこの無気・帯気・tenseの弁別性が中和されてそれぞれ内破音になるそうだ。アイヌ語と同じだ。
 モンゴル語は音韻表記上は/p, b/、/t, d/、/k, g/ と書き表す子音が実際上はp-ph、 t-th、k-kh で、bは(β も)/p/ の、d は /t/ の、 g は /k/ のそれぞれアロフォンである。別の資料にはg は /k/ のアロフォンというより、音素/k/ は [g]  と発音する、つまり [k] という音は事実上存在しないとあった。古い時代のモンゴル語は本当p-b など、無声・有声で対立したのが時代が下るにつれて対立の仕方が無気・帯気に移行したという説があるそうだが、これには疑問の余地大ありとのことだ。 
 満州語も/p, b/、/t, d/、/k, g/ と表す対立があり、そう発音されることもあるが、これも以前はp-ph、 t-th、k-kh だったと思われる。
 チベット語ラサ方言、というべきかラサ語というべきかとにかくそこの言語にはp-ph、 t-th、k-kh だけあり、その/p, t, k/ が特定の音声環境でそれぞれ b、d、g になる、という中国語、韓国語と全く同じパターンである。
 続いて、日本からドンドン遠ざかるがヒンディー語、サンスクリットである。上記にも書いたようにここでは無気・帯気と無声・有声が両方とも立派に弁別機能を負っているから、p-b-ph-bh、t-d-th-dh、k-g-kh-gh と分ける。印欧語は本来この四体系であったが、現在のヨーロッパの言語は無声・有声のみを区別して無気・帯気は弁別機能を失ってしまったものが大半だ。僅かにロマニ語が不完全にではあるが無気・帯気を弁別することは上でも述べた通りである。
 東へ戻ってタイ語では不完全ながら双方の対立が弁別性を持っている。「不完全」というのは有声子音では無気・帯気の差が機能しないからだ。タイ語の閉鎖音はb-p-ph、d-t-th、k-kh となっていて基本3体系であるところが韓国語と似ているが内容はまったく異なる。しかも軟口蓋閉鎖音では有声・無声の差が消失してしまっている。「有声音を帯気するのは難しい」、「アジアの言語では無声・有声の対立より無気・帯気の方が残りやすい」という大原則が踏襲されていて感動的ですらある。
 北へ上ってテュルク諸語の一つウイグル語になるとやっと本当に無声・有声の対立がメインとなり、p-b、t-d、k-g のみで無気・帯気の弁別差がない。が、ついに日本語タイプの音韻体系が出たかと喜ぶのはまだ早い。無声閉鎖音、p、t、k は語頭と母音間では帯気化するのがほぼ決まりとなっており、かてて加えて有声音b、d、g はシラブルの終わりでは有声性が中和され、対応する無声音となるそうだ。ただし語の最初のシラブルではこの中和現象が起こらないそうで、この点は違うが有声子音が語末で中和するのはドイツ語やロシア語といっしょである。
 アジア大陸内をここまで西に行っても日本語の友達が見つからない、仕方なくまた東に戻ると意外なところに仲間がいた。インドネシア語である。ここではまさにp-b、t-d、k-g の対立しかなく、しかも無声音が規則的に帯気化したりしない。日本語とほぼ同じである。
 インドネシア語より地理的にずっと日本語に近いアイヌ語は無気・帯気の区別もない代わりに無声・有声の対立もない。p、t、k しかないのである。b、d、g は異音素でなくそれぞれ前者のアロフォンである。
 驚くことにこの「無気・帯気の区別も無声・有声の区別もない言語」というのがインドの南にある。タミル語がそうだ。何百年・何千年もサンスクリットと接してきたのにp、t、k しかない。鼻音の後ではこれらは有声化するとのことだが、つまりアイヌ語と同じくb、d、g はアロフォンなのである。このことに驚くのは私だけではないらしく、「タミル語は無気と帯気を区別しない」とわざわざ明記してある説明があった。そり舌音があるあたりはしっかりサンスクリットと共通なのにこれはどうしたことだ。タミル語の方がサンスクリットより古くからかの地にいたからだろうか。つまりそり舌はタミル語のほうがサンスクリットに影響した、いいかえるとそり舌は南アジアに後からやってきた印欧語が現地の言語に影響されて変質させられた結果だから本当は「サンスクリットタミル語共通」というべきなのだろう。そういえば再建された印欧祖語にはそり舌音が設定されていない。天下の印欧語を変質させるなんてすごい力だ。それこそゾンビででもあるのかこの言語は(意味不明)?

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