サッカーはワールド・カップでもヨーロッパ・カップでもそうだが、予選の総当たり戦ではそれぞれのグループごとの最後の2試合を同時にやる。それまでは順番にやってきたものを、グループ内の順位が最終的に決定される2試合だけは同時に行なうのである。だから見るほうはどちらか一方しか実況観戦ができない。家に一台しかテレビがないと家族間でどちらを見るか争いが起きることもある。負けたほうは見たくもない試合を仏頂面で見るはめになるわけだ。実は私は常にこの仏頂面組である。
 そうやっていつも被害を被っているのに、どうしてそういうことをやるのかについてはまったく疑問に思ったことがなかった。長い間「そういうものだ」としか考えていなかったので、これにはサッカー史上で立派な理由があると知って、いやドイツでは誰でもその理由を知っていると知って驚いた。「そんなことも知らないなんて。だからサッカー弱小国のやつは無教養だというんだ」とか言われそうだが、もしかしたら実は日本でももう「サッカー基礎知識」となっているのかもしれない。無知だったのは私だけ、ということか。

 この規則のきっかけになったのは、1982年の6月25日に行なわれたワールド・カップの予選でのドイツ対オーストリアの試合で、対戦が行なわれたスペインの会場ヒホンの名を取って「ヒホンの恥」(Schande von Gijón)と呼ばれているドイツサッカー史上の大汚点、いまだに何かあるとドイツ国民の口にのぼる、サイテーの試合である。

 その時のグループは、ドイツ、オーストリア、アルジェリア、チリで、当時は順番に一試合ずつやっていた予選の最終戦がオーストリア対ドイツだったが、そこでオーストリアが一点差でドイツに負ければ、ドイツとオーストリアがそろって決勝トーナメントにいけるという得点状況だった。一位オーストリア、二位アルジェリア、3位ドイツ、4位がチリだった。
 アルジェリアは直前にドイツに2対1で勝つという大金星をあげて2位についていた。そのまま進めば初のアフリカ代表として決勝トーナメントに行けるはずだった。普通に考えればオーストリアなんてドイツにジャン負けしたはずだからである。
 しかしドイツは早々と点をとるともうそれ以上攻めようとはせず、ゴールはワザと外し、必要もないのにボールをキーパーに戻してダラダラ時間を潰す、オーストリアも(あとで判明したところによると)監督が「一点差の負けでいい。下手に攻め込んだり点を取り返したりしてドイツを怒らせるな」と指示して選手を遊ばせた。オーストリアがここで下手に点を入れてドイツと引き分けてしまうとドイツが3位になって落ちる、かと言ってドイツがそれ以上点を入れてしまうと今度はオーストリアがゴールの得点差のために落ちるからである。露骨な八百長だ。チーム間にはっきりとそういう約束ができていなかったとしても、ゲルマン民族同士が少なくともお互いに「空気を読みあって」アルジェリアのトーナメント進出を阻んだのである。
 その八百長ぶりにアルジェリア人ばかりでなく、ドイツ人も怒った怒った。ドイツ人レポーターエバハルト・シュタニェクはこの試合振りを「恥」とののしり、オーストリア人のレポーター、ロベルト・ゼーガーは視聴者にテレビを消してしまうよう薦めた。こんな試合を地元でやられたスペイン人も怒った。そのとき会場には41000人の観客がいたそうだが、後半戦の間中白いハンカチを振りつづけた。これは不満の意を示すスペイン人の習慣だそうだ。もちろんFIFAもUEFAも怒った。この「史上最低の作戦」のあと、ルールを変えて、予選の最終戦の2マッチは必ず同時に行い、変な思惑が入らないようにしたのである。

 時は流れてこの前の2014年ワールドカップの時、予選でドイツが実に32年ぶりにアルジェリアと対戦した。ここで「運命」とか「天罰」をいうものを信じている人がいるのがわかる気がしたが、そう思ったのは私だけではない。うちで取っている新聞にもDer Tag ist gekommen(その日が来た)というタイトルで「ヒホンの恥」が論じられていた。ドイツ国民の相当数が同じ事を考えていたに違いない。
 その新聞記事はもちろんドイツの新聞だったが、アルジェリアに対して好意的に論じ、「アルジェリアは事実上すでに手にしていた決勝トーナメント進出権を盗まれた、ドイツとオーストリアは同国に対して大きな借りがあるのだ」と述べ、当時ドイツ・オーストリアに対して抗議したアルジェリアに対し、「これしきのことで騒ぎ立てるな、おとなしく砂漠に帰れ」的なことをいって真面目に相手にしなかったオーストリア・ドイツ両監督のことをボロクソ批判していた。ドイツ人は自国のチームだからといって無条件に応援などしない。実際今でもドイツのチームがダレた試合をすると、ドイツ人から「ヒホンやるな、ヒホン!」と怒号が飛ぶ。
 残念ながら2014年での試合はドイツが制したが、またいつか当たる日が来るだろう。もっともまた32年後ということになってしまうと果たして私はまだ生きているかどうか・・・

 実はその直前にドイツはアメリカと対戦していたのだが、アメリカチームの監督はドイツ人の元スター、クリンスマンである。しかもご丁寧にそこで「引き分けならば双方決勝トーナメント」という状況だったので、「ワザと引き分けるんじゃないのか?」という黒い噂があちこちで囁かれていた。皆が胸にいだいているそういういや~な予感が発露されたかの如く、何日か新聞といわずTVといわず、やたらと「ヒホンの恥」が話題に上るので大笑い。挙句は(案の定)記者会見のとき「まさか引き分けの約束が出来てたりしないんでしょうね」とかドイツの選手に堂々と聞く記者まで現れるしまつ。
 そこで、聞かれた選手が「ナニを馬鹿なことを!」とか真面目に怒り出したりしたら「怪しいぞ、こいつ」とかえって疑われていたかもしれないが、選手がそこでゲラゲラ笑い出し「あ~、皆さんがそのことをお考えになる気持ちはよくわかりますが、大丈夫、試合を見てください。そうすればそんな疑いは晴れると思います」とキッパリ言ったのでまあひとまず安心ということにはなった。試合は一応1対0でドイツが勝ったが、アメリカ相手ならドイツは楽勝でもっと点を入れられただろうになぜ一点どまりなのかという疑いは消えなかった。その上、他のチームの結果のためだったにしろアメリカが何だかんだでトーナメントに進めてしまったからどうも「キッパリ白」とは言えない雰囲気ではあった。

Youtubeでこの試合を一部みることができる。「あれはもうサッカーじゃない」、「スキャンダル以外の何者でもない」と解説者にののしられている。


観客からはブーイングの嵐、レポーターも「恥としかいえない」とののしっているのが聞こえる。




この記事は身の程知らずにもランキングに参加しています(汗)。

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