私は本来時代劇と言うものをほとんど知らない。その私が例外的によく覚えているTV時代劇のことは『217.風来坊、西と東』に書いたが、書くついでにちょっと東映の時代劇公式サイトを覗いてみた。そこで何の気なしに『俺は用心棒』とかいうTVシリーズ(「とかいう」とかいう言い方に我ながらこのジャンルに対する無知さが透けて見える。『殺しが静かにやって来る』とかいう映画と言ってしまうのと同じだからだ)の第一話を見てみた。自ら「野良犬」と称する流れ者の浪人の話であるが、ちゃっかり近衛十四郎が出ているし、主役の栗塚旭という人がスゲー男前なので感心した。しかも驚いたことにノリというか雰囲気がマカロニウエスタンではないか。特に主題曲はフランチェスコ・デ・マージが作曲したと言われても私は絶対信じていただろう。トランペット、(エレキ)ギター、口笛など典型的な楽器の構成でメロディの雰囲気も『黄金の三悪人』Vado l'ammazzo e tornoみたいだったからだ。調べてみたらこれを作曲した渡辺岳夫はフランスの音楽院に留学しており、なるほどと思った。曲自体もだがその使い方がまたマカロニウエスタンで、栗塚旭が登場する度にBGMにトランペットを流すなど「そのまんま」である。
 マカロニウエスタンはついには逆襲して本家アメリカの西部劇に影響を与えてしまったが、日本の時代劇にも作用を及ぼしていたのかもしれない。いや、「かもしれない」というより事実『子連れ狼』や『木枯し紋次郎』はいわばマカロニウエスタンの時代劇版だという話を聞いたことがある。特に後者は原作者自身がそう告白している。『俺は用心棒』も影響を食らったのではないだろうか。
 その前にまず近衛十四郎の素浪人シリーズの方はマカロニウエスタンとはあまり関係がないと私は思っている。『素浪人月影兵庫』の第一シリーズが始まったのは1965年10月19日で、『荒野の用心棒』の日本公開(1965年12月25日)より先だ。翌1966年の4月12日に終了だから『続・荒野の用心棒』の日本公開1966年9月23日より半年も前にすでに終わっている。第二シリーズは開始1967年1月7日 、終了1968年12月28日で、時期的にはマカロニウエスタン旋風が吹き荒れていた頃と重なってはいるが、スタッフも俳優も第一シリーズから引き継いだメンバーである。ということは戦前からの日本時代劇をそのまま継承するガッチリ固めた構成でヨソ者要素の入り込める隙はありそうもない。これは『素浪人花山大吉』(1969年1月4日 開始1970年12月26日終了)についても言えることだ。主題曲もしっかり演歌である。コメディ路線への転換にしてもバルボーニの西部劇に影響されたということはあり得ない。素浪人の転換の方が3年も早いからだ。
 『俺は用心棒』も事実上シリーズになっていて、最初が『俺は用心棒』(26話)、次が『待っていた用心棒』(26話)、三作目が『帰って来た用心棒』(36話)、最後が『用心棒シリーズ;俺は用心棒』(26話)である。『待っていた…』だけ主役が栗塚旭ではなく、黒澤明の『椿三十郎』の最後で「乗った奴より馬が丸顔」といって自虐の笑いを取った伊藤雄之助である。一作目の『俺は用心棒』は開始1967年4月3日 、終了同9月25日なので、すでに『荒野の用心棒』も『続・荒野の用心棒』も、さらに『荒野の一ドル銀貨』Il ritorno di Ringoも公開されていた。時系列的にマカロニウエスタンから影響を受けていてもおかしくないのだが、一方マカロニウエスタンが本格的に日本に押し寄せて始めたのは1967年で、ほぼ『俺は…』の制作と同時期だ。言い換えると制作時にはマカロニウエスタンはまだ日本社会に完全に根を下ろしてはいないのである。もし影響を与えるとしたらこの時期にすでに公開されて騒がれていた『荒野の用心棒』と『続・荒野の用心棒』、つまりマカロニウエスタン初期作品、いわば古典作品だけのはずだ。それだけにジャンルのエッセンスと言うか、特徴が鮮明だった時期である。

 まずそもそもタイトルに「用心棒」という言葉を使ったのはなぜか。黒澤明の『用心棒』に直接あやかったとは考えられない。『用心棒』は1961年の公開だ。それをやっと6年も経ってから唐突にシリーズとして打ち出すなどということは特にスピードが命のTV番組ではあり得ない作戦だと思う。直接黒澤の作品から取ったなら遥かに早い時期に「用心棒シリーズ」なるものが製作されていたはずだ。だからこのタイトルの点だけはマカロニウエスタン経由としか思えない。つまりレオーネのPer un pugno di dollari がまず『荒野の用心棒』という邦題でバカあたりし、次にコルブッチのDjango に『続・荒野の用心棒』という題がつけられこれも大ヒットした。それを見て「用心棒」というタイトルを付ければ当たる、ということになったのだと思うが、これは誰のアイデアなのだろうか。監督も脚本もずっと東映で時代劇に携わってきた人たちだからライバル黒澤の映画のそのまたコピペ映画を自主的に取り入れたとも思えない。ひょっとするとプロデューサーかスポンサーあたりが指示したのかもしれない。タイトルばかりでなくテーマ曲に演歌風、邦楽風のものではなく、応酬仕込みの渡辺岳夫を起用してエレキギターやトランペットを鳴らしたのもモリコーネやバカロフのイントロ曲を意識したのではないだろうか。
 さらに主人公が「どこから来たのか、どこへ行くのかわからない流れ者」という基本設定も初期マカロニウエスタンの定番である。いわば流れ者の美学を追及しているわけだが、それはそもそもは黒澤の『用心棒』から来たわけだからマカロニウエスタンの発明とは言えまい。その美学とは「その者がどこから来てどこへ行くのは誰も知らない」というその地に住んでいる人の視点からばかりのものでなく、当事者本人も別にそこに来たくて来たわけではない、自分でそれがどこなのか知らない、また知る気もない、という美学である。その地の社会に根を下ろしたりしてはいけない、受け入れられたりしてはいけないのだ。といって住人からつまはじきにもならない。なぜなら流れ者側も別に定着人生を送っている(大多数の)人たち、毎日同じところで地味に宮仕えし、社会のルールに従って生きている人たちを否定的に見ているわけではないからだ。また、現在もそうだが何をするにもそれで出世できるか、社会でツブシが効くかを基準にする、そういうツブシ狂騒(競争)に参加しないから誰の邪魔にもならない。邪魔にならないから別に恨まれもしない。恨まれるとしたら悪事を邪魔された町のお偉いさんくらいだろう。それ以外の一般住民人に対しては社会にがんじがらめになんてなっていないで俺のように漂泊しろとも思っていないし、逆に自分に対しても根無し草は不安だからどこかに定住しようかと努力する気も起こさない。つまり彼らは彼ら自分は自分というわけで関わり合いが薄い。言い換えると別に世をスネているわけではない、社会をニュートラルに傍観しているのだ。一人でスーッと来てスーッと去る、これが流れ者の美学である。だから当地の社会で生活するためにわざわざやって来る移民や新住民は流れ者の美学の埒外。家族連れでの引っ越しなどもっての他である。さらにその地の見どころを前もって下調べし、来た記念にと写真をバチバチ取りまくったり土産物を買って再びちゃっかり自分の家に帰っていくいわゆる観光客などカッコ悪いの極致。しかもそれを団体としてやるなんぞはもう男の風上にも置けない。黒澤明の『用心棒』やTVの用心棒、マカロニウエスタンの(もちろんアメリカ製の西部劇にも『シェーン』Shaneなどこの手の流れ者のテーマがあるが)ヒーローがカッコいいのはそういうセコさと無縁だからだ。『俺は用心棒』では主人公の野良犬氏の他に2人レギュラーメンバーがいるが、全員浪人で、基本三者三様に流れているのがちょっと袖振り合ったという雰囲気なので「団体」とは言えない。
 またいわゆる自己宣伝、自己主張の必要がないから必然的に寡黙となる。ベラベラ口が達者な輩は流れ者として失格である。聞いた話によると『俺は用心棒』の主役を務めた栗塚旭はクールな顔とは正反対の、まさにそういう話好き、笑い上戸の明るい人だったそうである。それで監督にずいぶんシゴかれたらしい。
 もう一点。「社会を傍観」という点では流れ者と同じようだが流れないで定住している人たちがいる。陶淵明みたいなタイプで、悠々自適と表されることが多いが「悠々自適」というカテゴリーには金に余裕のある御隠居も含まれるのでその点が違う。流れ者は金など持っていない。さらにロシアの余計者、日本の高等遊民なども「定住した流れ者」とは言えない。前者は社会に居場所がないことに苦しみ、後者は社会の真っただ中にいる人たちを見下ろし、というより見下ろそうとしている、ズバリ言えばスネているからだ。双方ニュートラルな傍観の態度とは言えないのである。

 さてちょっとこの『俺は用心棒』を元祖黒澤の『用心棒』やレオーネの『荒野の用心棒』と比べてみよう。
 第一に気付くのは、『俺は用心棒』にはマカロニウエスタン特有のえげつない暴力描写が現れないことだ。もちろんTVという枠の制限が大きかったのだろうが、結構バタバタ人が斬られるわりにはあまり血しぶきも飛ばないし、誰も拷問されない。次に主人公がバッチくない。質素ななりではあるが小ぎれいで、見ただけで汗と埃臭さが漂ってきそうな汚さはない。第三に身分も浪人、つまり身分としては帯刀を許された社会の上層部だから、腐っても鯛、痩せても枯れても侍という「ても」があり、『荒野の用心棒』の主人公のようなうさん臭さがない。
 私は銃と刀の差は単なる武器としての違い以上のものがあると思う。銃は言っちゃなんだが、どんな無教養者にも手に入り、しかも合法に所持することができる。使い方もまあガンマン十か条にようなモッタイをつければつけられないこともないが、数週間、長くて数ヵ月あればマスターできるだろう。「修行」というのとはほど遠い。しかし刀はそうは行かない。上でも述べたようにまず「帯刀を許される身分」でないといけない上、道場で何年、時には十年以上も修業する必要がある。映画での描き方も銃の方は要するに引き金を引けばいいだけだから大根役者でもできる。殺陣はそうは行かない。刀裁きにはあくまでそれなりの動きの基本、美しい身裁きの伝統があるのであって、ヨーロッパの剣のように脳筋男が雄たけびを上げながらブン回せばいいというものではないのだ。『俺は用心棒』では刀裁きの方も東映にガッチリ指導され、殺陣のカメラワークのノウハウの伝統に支えられ、もう文句のつけようがない。腕は抜群、身分はサムライ、いろいろな意味で清潔、寡黙でしかも見るものが感心するほどのイケメンとなれば、ほとんどシュールなカッコ良さ。「こんな奴いるわけないだろ」のレベルである。日本の時代劇の伝統だ。それでも1965年当時はすでにその手のギチギチに様式化された時代劇は下火になってリアリズムが入り込んできていたそうだが、今の私から見るとそれでもまだ十分過ぎるほど非現実的である。
 そういう不自然さの伝統を破ったのが黒澤と言われていて、『用心棒』では確かに三船敏郎が相当くたびれた格好で東映の清潔時代劇と一線を画している。黒澤自身がどこかでその手のウソっぽい時代劇の服装に非常に不満だったと言っているのを読んだこともある。そのリアルさがあったからこそレオーネも西部劇に移植できたのであろう。『荒野の用心棒』の前にもジョン・スタージェスが『七人の侍』を『荒野の七人』としてリメークしていることもよく知られている。後の『トラ・トラ・トラ』降板事件で示されたように黒澤は東映とは全くそりが合わなかったようだが、少なくともサムライや「武士道」を中心に据えたことだけは『用心棒』と『俺は用心棒』は共通しているのではなかろうか。

イーストウッドやフランコ・ネロを凌ぐカッコ良さ。『俺は用心棒』の栗塚旭。
東映時代劇公式チャンネルから。
https://www.youtube.com/watch?v=r0fwqd_XE1A

kuriduka3
kuriduka2
襟が擦り切れていてもカッコいい『用心棒』の三船敏郎。刀裁きが速すぎる…
インターネットアーカイブから。
https://archive.org/details/yojimbo_202012

mifune5
mifune3
比較のため、お馴染み『荒野の用心棒』のクリント・イーストウッド。
https://ok.ru/video/88610376441から
eastwood1
 だから流れ者をテーマにし、バックに口笛やギターを流してはいても、サムライの生き方を描いていると言う点で『俺は用心棒』は時代劇としての本来の芯は変わらず、そこにちょっとマカロニウエスタン風味が付け加わっただけだ。それに反して影響が芯まで届いたのが冒頭で出した『木枯し紋次郎』だろう。黒澤の『用心棒』、TVの『用心棒シリーズ』にはあった「腐っても侍」の「ても」が消え、無宿流れ者の渡世人を主人公にしたTVドラマである。製作は1972年、マカロニウエスタンの暴風雨が一段落した時期だ。時代もすでに下っていたので私はこのTVシリーズをよく覚えている。上条恒彦のテーマソングは未だに歌えるし、毎回ラストに出てくるナレーションのフレーズにあった紋次郎の出身地「上州新田郷三日月村」も覚えていれば「木枯し紋次郎がいかにして無宿渡世の道に入ったのかは定かではない」という〆も耳に残っている。木枯し紋次郎語録では「あっしには関わり合いのねぇこって」が最も有名だが、当時クラスでは「定かではない」も流行り、先生に何か聞かれたとき「よくわかりません」の代わりに「定かではない」と答えてドつかれたクラスメートもいた。確か主役の中村敦夫は東京外国語大学中退だが、当時東外大の学生をやっていた者が身内にいるのでそれも覚えている。別にそれで義理立てしたわけでもないのだが、中村が主役をやらない映画化版の『木枯し紋次郎』は一切見る気がしない。
 この作品はそもそも原作者がマカロニウエスタンを意識していたくらいだから、内容そのものがレオーネ・コルブッチの世界である。流れ者の美学はそのままに、主人公がサムライ性から解放されている。そこの武器はもう「刀」ではない、「ドス」だ。西部劇の銃と同じレベルになっているのである。もちろん日本人の顔で西部劇は撮れないから舞台は日本だが、海の向こうで欧米人の顔でサムライ映画は撮れないからと時代劇を西部劇にしたのと方向的には逆でも原則は同じ。レオーネの『荒野の用心棒』と同様大ブレークした点も似ている。『木枯し紋次郎』も社会現象にまでなった。昨日も明日もない流れ者像を美学として受け取る感性はひょっとしたら西も東も関係なく、人類のDNAに組み込まれているのかも知れない。
 またさすがにこれは偶然だろうが『用心棒』では三船敏郎が時々爪楊枝を口にくわえている。これが『荒野の用心棒』のイーストウッドになると口にくわえるのが葉巻に代わる。さらに進んで『木枯し紋次郎』では楊枝がバージョンアップして長くなる。つまり全員何かしら口にくわえるのだが、これは何か深い意味でもあるのだろうか。『俺は用心棒シリーズ』の栗塚旭だけはアクセサリーなしの顔だけ勝負である。
 ところで私は時々『木枯し紋次郎』は果たして時代劇なのか考えることがある。『ウエスタン』C’era una volta il Westや『夕陽のギャングたち』Giù la testaはもうマカロニウエスタンではない、と主張する人が時々いるが、それと同様で、そもそも監督からして市川崑なんだし、ジャンルの枠を突き抜けて普遍的な「ドラマ」にまで昇格してしまっている気がする。いっそ「マカロニウエスタン」や「時代劇」というカテゴリーの代わりに「流れ者モノ」とでもいうジャンルでも作ったらどうだろう。

 さてマカロニウエスタンには「流れ者」の他にもう一つ、「復讐」というキーワードで代表される主要モチーフがある。ジャンルの売りである残酷シーンはこちらのモチーフで登場することが多い。特に目立つのが「いわれのない罪を自分におっかぶせた奴に対する復讐」というパターンで、ペトローニの『新・夕陽のガンマン』Da uomo a uomo(日本公開1968年、『222.ジュリオ・ペトローニの復讐劇』参照)などもこれである。もし『子連れ狼』(1973年放送開始、1976年終了)が本当にマカロニウエスタンの影響を受けていたとしたらこちらの路線の影響ということになろう。「としたら」と書いたのは私個人はあんまりそんな感じがしなかったからだが、『子連れ狼』の直前にやはり萬屋錦之介で『さすらいの狼』(1972年開始終了)というTVシリーズが放映されており、こちらの方は明確に「芯まで届いたマカロニウエスタンの影響」を感じた。萬屋はシリーズ開始当時はまだ 中村錦之助だったが、まさに「自分に罪をかぶせた者への復讐(と事実解明)」の物語だ。『木枯し紋次郎』や『俺は用心棒シリーズ』のように一話一話が独立しておらず、続きになっている点が『子連れ狼』と同じである。面白いことに主人公は元は武士だったのが復讐の旅に出るにあたって渡世人に身を落とすという、いわばサムライと渡世人の中間、刀とドスの橋渡し的設定になっている。この音楽もデ・マージ風だなと思ったら作曲が『用心棒シリーズ』の渡辺岳夫だった。
 そもそも『さすらいの狼』というタイトル、特に「さすらい」というキーワードが完全にマカロニウエスタンだ。タイトルの元になったと思われるトニーノ・ヴァレリの『さすらいの一匹狼』Per il gusto di uccidere(主役クレイグ・ヒル、『193.トニーノ・ヴァレリの西部劇』参照)、ジョルジョ・ステガーニの『続・さすらいの一匹狼』Adiós gringo(主役ジュリアーノ・ジェンマ)は共に1967年に日本公開されている。
 
この記事は身の程知らずにもランキングに参加しています(汗)。
人気ブログランキングへ