「閑話休題」ならぬ「休題閑話」では人食いアヒルの子がネットなどで見つけた面白い記事を勝手に翻訳して紹介しています。下の記事は2022年2月26日の南ドイツ新聞印刷版とネット版に同時にのったウクライナ戦争ついての論説です。ロシアのインテリ層の声が聞けて興味深いのでご紹介。記事の原題は Putin ist geliefert です。

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念のため:私はこの新聞社の回し者ではありません。

文:ウラジーミル・ソローキン(作家)
1955年モスクワ生まれ。同世代の最も重要な作家の一人。最新作「赤いピラミッド」が Kiepenheuer & Witsch 社から出たばかり。

ソローキン氏。ウィキペディアから。
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=632478による
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 2022年2月24日、プーチンがここ何年もずっとまとっていた「啓蒙専制君主」という外皮が剥がれ落ちた。全世界がこの怪物を目にした。妄想に取りつかれた残酷な怪物。この化け物は絶対的権力、帝国主義的な攻撃性と憎しみに酔い、ソ連終焉のルサンチマンと西側の民主主義に対する嫌悪に駆られながら、徐々に育っていっていたのだ。今後ヨーロッパの相手はこれまでのプーチンではなくなる。もう平和共存など望めない新しいプーチンに対処することになるのだ。
 どうしてこんなことが起こり得たのか?
 ピーター・ジャクソンの3部作「ロード・オブ・ザ・リング」の終わりにこんなシーンがあった:フロドが中つ国の住民にあれだけの苦しみをもたらした権力の呪われた指輪を灼熱の溶岩の投げ込まねばならないところで突然翻意したのである。自分が指輪をはめようとする。指輪の魔力にやられてその顔が変わる。それがどんな怪物になるか、すでに予想がつく。力の指輪のほうが今度はフロドを支配するようになるだろう…
 1999年に病気のボリス・エリツィンに王座に就かせて貰った時、プーチンは好感が持てる感じ、それどころ魅力的でさえあった。話のレトリックも理性的だった。頭のいい、でも傲慢不遜なところのない官吏がここ、権力のピラミッドの頂上に上りつめたと思った人も多かった。ポストソ連のロシアには民主主義への道を歩む以外将来はないことを理解している近代的な人だと思ったのだ。当時プーチンはインタビューで民主主義を口にし、ロシア連邦の市民には改革、自由選挙、言論の自由、人権の保持、西側との協力を約束した。何よりも「自分は玉座にいつまでもしがみつくつもりはない」と保証した。
 よく知られているように、ロシアでは君主のやることなすことをそのまま信じる。ゴーゴリが『死せる魂』で書き表わしているように、この君主様という人は「あらゆる点から見て好ましい」ものなのである:率直で、他人を理解しようと努力し、正直で、しかもユーモアがあって自分にもアイロニーを向ける…
 現在プーチンと熾烈に対抗している政治家、インテリ、政治工学の専門家が当時は氏を支援していた。次の選挙に勝つ必要があったときその参謀本部のメンバーだった者も多い。作戦は成功だったが、しかしその時すでに指には運命の指輪がはまってしまっていたのだ。その人物は一段また一段と倒錯していき、化け物皇帝となる。
 ロシアでは今も昔も権力はピラミッド型の構造だ。このピラミッドは16世紀にイワン雷帝が構築した。妄想に取りつかれ悪徳にまみれた残忍な皇帝だ。護衛兵オプリーチニナの助けを借りて皇帝は権力と民衆、つまりこちら側とあちら側との間に血まみれのクサビを打ち込んだ。イワンはそういうやり方でしかロシアは御せないと確信していたのだ:占領しろ、自分の国の占領者たれ。必要なのは残忍で国民には見通せない権力だ。ピラミッドの頂点立った者があらゆる権利、絶対的な権力を有するのだ。
 逆説的に聞こえるかもしれないが、ロシアのこの権力原理は500年以来変わっていない。私はここに我が国の決定的な悲劇を見る。中世のピラミッドはこんにちまで受け継がれている、いくら表面が変わっても構造そのものは古いままだ。上に立つのは常に独裁者:ピョートル一世、ニコライ二世、スターリン、ブレジネフ、アンドロポフ。そして今はプーチンが20年以上鎮座している。自分のかつての約束に反して氏は王座をしっかり握っては離さない、必死にそれにしがみつく。ピラミッドがそこで君主に毒を吹き込むのは必然だ。君主とその家臣に前時代的な雰囲気をたらしこむ:貴方たちはこの国の支配者、ここを無事に治めるにはあらゆる厳格さをもって臨むしかない;権力がいかがわしければいかがわしいものであるほど権力者もまた厳格で気まぐれであれ;貴方たちには全てが許されている。民衆の間に不安と混乱を呼び起こせ。民衆に貴方たちを理解させてはいけない、ただ恐れさせよ。最近の出来事から判断すればプーチンはロシア帝国を再構築しようという考えに完全に憑りつかれているようだ。
 エリツィンは当時、ペレストロイカの最盛期に権力の座に就いたとき、残念ながらこの中世的なピラミッドには手を付けなかった。表面をちょっといじっただけだ:古臭い、無味乾燥な灰色のソビエトコンクリートで覆う代わりに色とりどりに西側製品の広告版をベタベタ張った。エリツィン自身はこのピラミッドのおかげで人格のマイナス要素が強化されてしまったようだ - 強情、粗野、アルコール中毒がそれだ。その顔はがさつで傲慢な、硬直した仮面となった。権力の座への即位に際しエリツィンは、「ロシア連邦に背きたくてたまらない」チェチェンに対する無意味な戦争を焚きつけた。イワン雷帝の作り上げたピラミッドは一時は民主主義者であったエリツィンをそそのかして帝国主義者にしてしまったのだ。その帝国主義者がチェチェンに戦車を送りチェチェン人に計り知れない苦しみをもたらした。
 エリツィンもその周りのペレストロイカ活動家もこの致命的なピラミッドを取り崩すのに失敗したばかりでない。1950年代にナチの死体を土に埋めた戦後ドイツと違って、彼らはソ連の過去を葬ることさえしなかった。この怪物、何百万人も人々を破滅させ、国を70年も後退させたこの怪物の死体はまだ隅に横たわっている。そこで朽ち果てろというのだ。しかしその死体は中々しぶとく腐りもしないことがわかった。現にプーチンが権力の座に登るや否や変貌を開始したではないか。
 TV放送局NTVはつぶされた。番組はプーチンの仲間の手の内に入った。その後TVでは厳格な検閲制度が敷かれ、プーチンに対してはいかなる批判もできなくなった。ロシアで最も成功した企業の社長ミハイル・ホドルコフスキーは逮捕されて10年間刑務所行きになった。その会社ユーコスはプーチンとグルになった会社に蹂躙された。この「特殊作戦」は他のオリガルヒに脅しをかけるために取られたものだ。そして成功した。オリガルヒの何人かは国を出、国に残ったものはプーチンに屈従。さらにその何人かは氏の「カバン持ち」にさえなったからだ。
 ピラミッドは触らなくてもひとりでに振動した、時間が止まった。まるで大きな流氷の塊のように、国は流されて過去に逆戻りしていった - まずソビエト連邦時代に、それからさらにとうとう中世まで流されていったのだ。
 ソ連の崩壊は20世紀最大の災害だったとプーチンは言った。何百万人もの死者を出したスターリンの赤い車輪に上を転がっていかれなかった家族などなかった国で、理性を保っていた人たちにとってはむしろ幸いであったとは言わないのである。プーチンは自分がかつてそうだったKGBの職員から脱皮しなかった。ソビエト連邦は進歩的な人類にとっての希望であり、西側は我々ロシア人を冒涜しにやってきた敵だと徹底的に吹き込まれたKGB職員そのままだ。タイムマシンを過去に戻すことによって、プーチンはしごく居心地の良かった若い頃のソ連にいると脳内妄想する - その後すぐに自分の家臣にも自分と一緒にあそこに戻れと強制したがった。
 このピラミッドの最大の問題点はトップに座っている者が自分の身体・精神状態を国全体に敷衍させてしまうことだ。イデオロギーとしてのプーチン主義はごたまぜ主義だ:全ソ連市民の誇りをくすぐる裏で封建的な倫理観が顔を出す。プーチンの中ではレーニンも帝政ロシアも正教もいっしょくただ。
 プーチンの大好きな哲学者がイワン・イリーンである:君主制主義者でナショナリストで反ユダヤ主義者で白人主義運動のイデオローグで、1922年にレーニンに追い出され、亡命地で人生を終えた。ヒトラーがドイツで権力を握ったときイリーンは心から歓迎した。ヒトラーが「ドイツのボリシェビキ化」を食い止めた由で:「ここ3か月に起こった出来事を対してドイツのユダヤ人の観点から判断を下すことは断固拒否する」とイリーンは書いている。「何かというと話し合いで解決というお題目を唱えだす面々がかけた自由民主主義とかいう催眠術から覚醒したのだ」。ヒトラーがスラブ人を2等級の人種と言い出すにいたって初めてイリーンは気を悪くした。批判表明してゲシュタポの手に落ちたが、セルゲイ・ラフマニノフが保釈金を払って解放してやった。その論文でイリーンはロシアでボリシェビズムが倒れた後、ロシアを立ち上がらせることのできる総統のような存在が出現してくれないかと希望表明している。
 立ち上がるロシア、これがプーチンとプーチン主義者のお気に入りのモットーだ。最近の「レーニンが作ったウクライナ」という言いまわしにもイリーンが見え隠れする。本当はレーニンが独立国家ウクライナを作ったのではなくキエフのウクライナ中央議会が作ったのだ。1918年1月、レーニンが憲法議会を解散した直後のことだ。だからウクライナという国はレーニンの「功績」などではない、その攻撃性の帰結というのがせいぜいのところ。だがイリーンは「もしロシアの権力がボリシェビキに習って反民族主義、国家の敵になり下がれというのなら、外国人にへつらい、国をバラバラにし、愛国無脳、あちこちにたむろしている小ロシア人、レーニンが国をくれてやった小ロシア人抜きの、ロシア民族大国家の利益だけを考えるなというのなら、革命は終わらないだろう。次に来る段階は西側の退廃にやられて滅亡だ。」と確信していた。
 「プーチンの下でロシアは立ち上がった!」信奉者たちが得意げに口にするのを聞く。もしロシアが本当に立ち上がったらそのあとすぐまたコケて四つ足になるよ、と誰かが茶化していた。賄賂、権威主義、お役所の専断、貧困の四つ足さ。
 そのうえさらに戦争まで付け加えてよろしい。
 この20年間でいろいろなことが起きた。この大統領の顔もまた硬直して辛苦、怨恨、不満を発散する仮面となった。主要なコミュニケーション方法はウソである - 小さいウソ、大きなウソ、見え透いたケチなウソ、原則として皆ウソ、ありとあらゆるニュアンスをつけて様々な暗示を自動的に発動させるウソ。ロシア人はとっくにこの大統領のウソ修辞学に慣れているが、残念ながら欧米人にも受け入れられてしまった。わざわざクレムリンに飛んで来て大統領のウソ織りから自分の分をわけてもらい(先日もあの徹底的に偏執病的なテーブルでウソを授与してもらっていた)、ウソを常にフンフンと鵜呑みにし、記者会見で「建設的な会話」とやらをブチあげてまた帰っていったヨーロッパの国の元首は一人だけではない。
 こんな指導者と話をすることにいったいどんなの意味があるのだろう?作家や芸術家ではないのだ、現実の世界で生活し、自分の吐いた言葉にはすべて責任を追うのが筋だ。東ドイツ育ちでプーチンの本性を見抜いていたメルケル氏は16年も「会話を通そうと」試みた。その会話とやらの成果がジョージア領の占領、クリミア併合、ドネツク&ルハンスク人民共和国とやらの占領だ。さらに東ウクライナの戦争がプラスされる。
 プーチンの内なる怪物を育てたのは権力のピラミッドだけではない、まるで皇帝が太守に対するようにプーチンが折に触れてそのテーブルからオイシイ厚切り賄賂を投げてやっていた、買収されたロシアのエリートもである。エサをやっていたのは無責任な西側の政治家もだ。したり顔のビジネスマン、買収されたジャーナリストに政治工学の専門家、それらもだ。首尾一貫した強い支配者だ!それが皆を魅了したのだ!「新しいロシアのツァーリ」 - ヴォートカやキャビアのように景気がつくぞ。ここ何年か私はドイツで何回となく「プーチンの理解者」に遭遇した。タクシードライバーからビジネスマン、大学教授まで多岐にわたる。68年運動を経験したさる老人が信奉表明したことがある:「君らのプーチンは好きだよ。」 - 「なんでまた?」 - 「プーチンは強い。考えていることを口に出すからね。それに反アメリカだ。ドイツの軟弱者めらとは違う」 - 「でも賄賂があんなに横行し、事実上選挙の独立した法廷も存在せず、対抗する者は粛清され、地方は悲惨な状態で、ネムツォフは殺される、TV局はプロパガンダ機構に落ちぶれる、ロシアがそんな国であることは気にならないんですか?」 → 「ならないね。それはあくまでロシアの内政問題だろう。ロシア人がそれに抗議しないということはつまりりプーチンが好きだということだ。」
 鉄のロジック。1930年代のドイツを経験しているのにヨーロッパ人は少しも利口になっていないようだ。
 しかしヨーロッパ人の大部分はそんなではないと思う。独裁主義と民主主義の違い、戦争と平和の違いはわかっているのだ。プーチンはそのウソ製造機を駆使してウクライナ奇襲を「ウクライナの侵攻者」に対する「特別作戦」と名付けた。その心は:「平和を愛する」ロシアが「ウクライナの軍事独裁政権」からクリミアを取り上げ東ウクライナに戦争をふっかけてやった後、さあ今度は国全体を手にするぞ。」 スターリンが1939年にフィンランドにやった手とほとんど同じだ。
 プーチンはそもそも全人生が「特殊作戦」だ。KGBの黒徽章から受け継いだのは「普通の」人々、常に何もかも飲み込む怪物国家ソビエト政権にとって何処へでも勝手に動かすことのできる単なる塊でしかなかった人々への軽蔑ばかりではない、チェキストが誰でも持っていた基本原理も受け継いだ:決してオープンに話をするな。全てが機密事項でなければいけない。個人生活も家族も習慣も。だがしかし:この戦争でプーチンが越えてはいけない一線を越えてしまった。仮面は剥がれ落ちた。ヨーロッパで戦争が押し進められた。プーチンがその侵攻者だ。ヨーロッパはその破壊作用や犠牲者を嘆くことになるだろう。戦争の火付け役は絶対権力に堕落し、世界地図を描き変えようと決心したさる人物である。その人物は木曜の夜の演説で「スペツォ・オペラツィヤ」(特別作戦)をぶち上げたが、その演説に詳細に耳を傾けてみれば、その中でアメリカやNATOのほうがウクライナより頻繁に名指しされていることがわかる。最近やったNATOへの「最終通告」とやらを思い出すではないか。狙いはウクライナでなく西側文明だったのだ。西側文明への憎しみをその人物はKGBの黒い乳と共に吸い込んだのだ。
 こうなったのは誰のせいだ?我々だ。我々ロシア人のせいなのだ。この罪を我々はプーチン政権が崩壊するまで背負っていかねばならない。崩壊はやってくるだろう。自由ウクライナへの襲撃はその終わりの始まりである。
 プーチン主義は没落するのが運命だ。なぜなら氏は自由の敵、民主市議の敵だからだ。今回それが皆よくわかったろう。プーチンは自由な民主主義国を、ただその国が自由で民主主義と言うだけの理由で襲撃した。プーチンは年貢の納め時だ、なぜなら自由世界、民主主義世界は氏の陰鬱で嫌悪を催すケチな板囲いより大きいからだ。年貢の納め時だ、なぜなら氏は新しい中世、賄賂、嘘、人間の自由への軽蔑、そういったものをもくろんでいるからだ。プーチンは - もう過去のものだからだ。そして我々は、この怪物が永久に過去のものになるよう、できるだけのことをするべきだ。


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