映画鑑賞の楽しみの一つにグーフの発見ということがある。グーフgoofというのは映画の専門用語(?)で、見つかってしまうと鑑賞の邪魔になったり物笑いの種になったりする小さな間違いのことだ。ドイツ語ではFilmfehlerというが、中世ヨーロッパの空を飛行機が飛んていたとか水戸黄門の歩く街道に電信柱が立っていたとかいったたぐいの軽いミスである。また、主人公がウイスキーをぐいと飲み干してコトンとカウンターに置いた直後のシーンでなぜかグラスがまた一杯になっている、あれ、飲んだんじゃなかったのか?というのもグーフである。これらはB級映画でなくても結構やらかしていて、私の覚えているものでは、スティーブ・マックイーン主演の『パピヨン』のラストシーンでマックイーンの筏の下にスタッフの潜水夫(ダイバーと言ってくれよ)がしっかり写っていた。普通の映画ならそんなもん単に小さな傷に過ぎないが、マカロニウエスタンだとその手の間違い探し・あら捜しが主たる鑑賞の楽しみにもなるのである。結構傷だらけの作品が多いからだ。
 代表的なのが『続・荒野の用心棒』でいちいち挙げるとキリがないが、世界的に有名な(なんだそりゃ)グーフが少なくとも二つある。まず、酒場の乱闘シーンで手持ちカメラを抱えたカメラマンがしっかり写っていること。それもちょっと隅のほうに写っちゃったというのではなくて一瞬ではあるが真ん中にドワンと出てくる。この人の撮った絵が乱闘シーンに使われているはずだが、出演料もあげたほうがいいのではないだろうか。

このカメラマンはちゃんと出演ギャラを貰ったのか。
KameramannDjango


次がラストシーンに出てくる伝説的な7連発コルトである。フランコ・ネロ演ずるジャンゴが悪漢ジャクソン一味を倒すシーンだが、弾の音を勘定してみると7発出る。コルトというのは6連発ではなかったのか?それともそういうチューニングができるものなのか。仮にできるとしてもこの映画の主人公のように両手をグシャグシャにつぶされた状態の者にそんな高度なワザができるのか?いろいろ考えてしまう。

6連発のはずのコルトからなぜか銃声7発


 現在はコンピューターですぐに後から修正できてしまうからこういう素晴らしいグーフが50年以上も生き残れるチャンスも少ないだろう。だから最近の映画はつまらないんだ、とまでは言わないが寂しいことは寂しい。

 もう一つ、『続・荒野の用心棒』で私が個人的に「おかしくないかこれ」と気になったのが、ジャンゴがこれもジャクソン一味に向けてガトリング砲をぶっ放す場面である(『91.Quién sabe?』参照)。これもまあ「世界的に有名な映画のシーンの一つ」と言っていいだろうが、ここでネロ氏はゴツい機関銃をひょいと手に抱えて撃ち始める。そのまましばらく撃ちまくってからやっと下に置くが、その間も射撃はやめないままだ。敵が全滅すると武器を元入れてあった棺桶の中にしまうがそこで素朴な疑問が湧く。何百発も撃った後のガトリング砲は銃身が熱くなっていて素手でなど持てないのではないだろうか。そもそも相当重いはずの古典的な大砲みたいなガトリング砲をああも軽々と抱えて正確に敵に向けるなんてことが普通の体格の人にできることなのか?カラシニコフじゃあるまいし。

機関銃というより「機関砲」(下記参照)を軽々と抱えて撃ちまくる。この芸当は薬師丸ひろ子にはできまい。
machineGun2

 私はこの、「軽々と抱えてぶっ放した」というシーンがジャンゴ氏の機関銃が時々間違って「マシンガン」と呼ばれている原因だと思っている。この二つは別物だ。基本的にはマシンガンというのは連続射撃ができる携帯可能な銃、機関銃は三脚や台座などに固定して使う連射銃だ。だから昔あった『セーラー服と機関銃』という映画のタイトルはおかしい、主役の薬師丸ひろ子が持っていたのはマシンガンだ、と指摘してくれた人がいる。
 ドイツ語では機関銃はMaschinengewehr(MGと略す)で、gewehrは元々は武器一般をさしていたが現在では鉄砲の意味となり、ライフル銃とかカービン銃とかピストル以外の「手にもって撃つ銃」をさすからこの言葉は誤解を招く。ただ、ドイツ語のDudenではまさにその誤解を避けるためかMGがきちんと次のように定義されている;

auf einer entsprechenden Vorrichtung aufliegende automatische Schnellfeuerwaffe mit langem Lauf,  bei der (nach Betätigung des Abzugs) das Laden u. Feuern automatisch erfolgt.

しかるべき設置をした上に置いて使う銃身の長い高速連射銃。(引き金を引いた後)装填、
発砲が自動的に行われる。


このMaschinengewehrを独英辞書で引くとmachine gun、そのmachine gunを英和辞書で引くと機関銃あるいは機銃となっている。さらに手持ちの和独辞書でマシンガンを引くとやっぱりMaschinengewehrとある。ついでに和英辞典も引いてみるとマシンガンも機関銃もa machine gunとなっている。これではジャンゴ氏が機関銃を持ち上げるまでもなく、そもそも言葉の上で始めから混同されていたんじゃないかと思うが、よく見てみるとそうではない。英語のmachine gunを借用して「マシンガン」という日本語を作った際に意味が正確に伝わらなかったのだ。いわゆるカタカナ言葉を外国語から取り入れる場合、原語本来の意味から乖離してしまうことはよくある。ドイツ語のArbeitが「アルバイト」などという変な意味になってしまったのもいい例だ。つまり「アルバイト」がArbeitではないのと同様「マシンガン」はmachine gunではないのである。ただアルバイトのほうは意味のズレがはっきりしているから、「元々のドイツ語ではこういう意味だが、日本語に取り入れられた際こういう意味になった」と認識されているが、マシンガンのほうはズレがあまり目立たず、気づいても「要するに自動的に弾が出る鉄砲のことだからいいや」と軽くあしらわれてしまったのかもしれない。英語のmachine gunはあくまで機関銃であってマシンガンとは別物と認識されなかった。英語の辞書だろ辞典だろを編纂するような上品な人々が皆『続・荒野の用心棒』を見たおかげで混同したなどということはありえないから、これは単に武器に対する関心が薄いということなのだろう。
 
 ドイツ語にはこれと並行してMaschinenpistole(略してMPあるいはMPi)という言葉がある。次のように定義してある。

automatischer Schnellfeuerwaffe mit kurzem Lauf für den Nahkampf

接近戦で使う銃身の短い自動高速連射銃

この定義のmit kurzem Lauf「銃身の短い」という部分はpistole「ピストル」という言葉に引っ張られてこの事典を編纂した上品なドイツ語学者がやった間違いではないかと思う。特に銃身が短くないものもあるからだ。ベレッタModello 1938A などは銃身は短くない。Maschinenpistoleと名前にピストルがついているのは拳銃みたいに銃身が短いからではなく、ピストルの弾をそのまま自動発射するからである。ただ抱えて撃てるようにしているから機関銃より小型なのでそれに呼応して銃身も確かに短いが。そういえば、「持って撃つ」という点も定義には出てこない。ピストルだから手に持つのは当たり前だということなのかもしれない。英語ではsubmachine gun。独和辞書では「自動拳銃、小型機関銃」となっているが、どちらの訳も一長一短で、「自動拳銃」と言われるとピストルみたいな形をした火器かと思うし、「小型機関銃」だと下に固定して撃つのかと一瞬誤解する。最近は「サブマシンガン」という言葉がそのまま日本語として使われているようだが、これこそ「サブ」抜きの単なる「マシンガン」という訳でいいのではないだろうか。
 いずれにせよこのサブマシンガンが登場したのは第一次世界大戦の頃だから、『続・荒野の用心棒』の時代にはまだなかったはずだ。その意味でもジャンゴが放ったのはあくまで機関銃なのである。その後もピストルの弾丸を使わず、発射方法も違うアサルトライフル(ドイツ語ではStrumgewehr「突撃銃」)や自動小銃などがいろいろ開発されたそうだが、時代が下りすぎるので省く。

 さて、もう一つドイツ語でMaschinenkanone(「機関砲」)という言葉がある。これは文字通り「砲」で口径も20mm以上あり、すでに19世紀の終わりに生産が開始されていたマキシム砲とか今のヴァルカン砲、そもそもガトリング砲も「機関銃」でなく本来「機関砲」である。だからフランコ・ネロが撃ったのも本当は機関砲と言わねばならないのだが、一方昔は機関砲と機関銃が区別されておらず「マキシム砲」もドイツ語ではMaxim-Maschinengewehrといっている。『続・荒野の用心棒』のも見かけも大きさも完全に「砲」ではあるが、「機関銃」と名付けていいと思う。
 このMaschinenkanoneは英語ではautocannon、独和辞書には項があるがDudenにはこの見出し語はない。見れば意味がすぐわかると思われたか、一つの語としてはまだ定借していないとみなされたかであろう。どうもMaschinengewehr → Maschinenpistole → Maschinenkanoneと下るに従って語としての扱われ方が冷たくなってきているようだ。

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