アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

September 2021

 またドイツの連邦議会選挙がやってきた。ドイツの選挙は選挙後どこの党がどこと連立するかがまたスリルがあって選挙そのものより面白い。
 以下の記事は前回の連邦議会選のときにそのまた前回の州議会選の記事をリサイクルしたものをリサイクルしたものだが基本状況は同じである。今回は私の投票したさる大政党が第一党になったが、どこかと連立しなければ過半数がとれず、その連立作戦が失敗したら第一党でなく第二党・第三党・第四党が連立して政権をつくることもありうる、つまり「勝ち損」になることもあるので選挙で一位になったからといって油断ができない。その際首相は第二党の人がなるが、首相には必ずしも選挙で勝った党の人がならないというドイツは欧州でも珍しいそうだ。

元の記事はこちら。

 ドイツはイギリスあるいはアメリカと違って議会政党の選択肢が二つ以上ある。民主党か共和党のどちらか、労働党か保守党のどちらかという二項対立ではないのだ。もちろん二者選択が基本となっている国だって別に政党は二つまでと決められているわけではない。二大政党以外の党や無党派の比重が前者に比べて極端に低く、事実上二者選択となっているだけだ。
 二大政党そのものはドイツにもある。CDU(とその姉妹党CSU)(それぞれ「ドイツキリスト教民主党」と「ドイツキリスト教社会党」)とSPD(「ドイツ社会民主党」)で、前者が保守、後者が革新である。しかしその他にも強力な政党があり政治を左右する。昔はどちらかの大政党が単独で議席の過半数を取るのが基本だったらしいが、少なくとも私が選挙権を取った頃にはすでに「単独過半数は政党の夢」となっていた。大政党といえども他のどれかの党と連立しなければ過半数は取れないことが普通になっていたのである。
 保守CDUが通常連帯するのがネオリベのFDP(「自由民主党」)、そしてSPDはBundnis90/ DieGrünen(「同盟90・緑の党」)とくっつくのが基本である。その他にDie Linke(「左翼党」)という共産系の党がある。東独から引き継がれてきた党で、投票者も大半は旧東独住民、その意味では「地域限定の党」だ。その他極右や(こういっちゃ何だが)よくわからない泡沫政党が時々急に浮上して議会に参加することがあるが、ドイツの主な政党はCDU/CSU、SPD,FDP,Die Grünenの四つといっていい。
 これらの政党にはシンボルとなる色が決まっている。CDUは黒、SPDは赤、FDPは黄色、Die Grünenは文字通り緑である(もっとも弱小政党もシンボル色を決めてくることが多い。一時議会に顔を見せたが、今はほとんど見かけない「海賊党」は橙色、極右のAfD(「ドイツのもう一つの道」)は青、そしてDie Linkeは「濃い赤」ということでやや紫がかった赤で表される。なぜかピンク色になっていることもある)
 そのため連立政権は色の名を使って呼ばれることが多い。CDUFDP連立の保守政権は黒黄連立政権(schwarz-gelbe Koalition)、SPDDie Grünenだと赤緑連立(rot-grüne Koalition)だ。上でも述べたようにこの二つの組み合わせが基本形というか「基本のコンビ色」である。
 しかし時々二大政党がどちらも票を落とし、いつもの相棒と組んでも過半数に達しないことがある。あるいは相棒のほうが壊滅して大政党が立ち往生してしまったり。そういう時は二大政党が連立を組んだりもする。このCDUSPD連立は黒赤連立と呼ばれないこともないが、大抵は大連合(große Koalition、略して groko)という。
 実はこの大連合は「最後の手段」なのである。もともと政策や政治理念の反対な党が連立するわけだから、足並みがそろわないことが多い。いろいろ調整しなければならないことが出てきて党内部でも意見が分裂したり、妥協妥協の連続で法案が骨抜きになったりする。だから票が取れなかったときは大連合は避けて、いつもの相棒に加えてさらに向こう側の相棒を引っ張り込んで三党連立という手をとることもまれではない。それら「非大政党」、つまりFDPにしろDie Grünenにしろ別にCDUやSPDと組まなければいけないと法律や契約で決まっているわけではないから、政権を取れるとなればいつもの相棒に義理だてなどしない。大政党が選挙で第一党になりながら、連立相手に断られて過半数が取れず、第二党・第三党・第四党が連立を組んで政権をとることさえある。とにかくドイツは選挙のあとの連立作戦が面白く、選挙そのものよりよほどスリルがある。この楽しみのないアングロ・サクソン系の国の選挙はさぞ退屈だろうと思うくらいだ。
 
 その三党連立であるが、こういう事態はいわばイレギュラーなのでインパクトが強いためかその呼び方がまた面白い。単純に色では呼ばないのである。例えばSPDFDPDie Grünenの連立は赤・黄色・緑で信号連立(Ampel-Koalition)。でもこれなんかはまだ平凡な命名だ。
 
 CDUFDPDie Grünenの三党連立は黒・黄・緑で、前は黒信号連立(schwarze Ampel 、シュヴァルツェ・アンペル、略してシュヴァンペルSchwampel)と呼ばれていたが誰かがこれをジャマイカ連立と命名して以来、この名前が主となった。この色の組み合わせをジャマイカの国旗に見立てたのである。
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 先のザクセン・アンハルト州選挙ではCDUSPDDie Grünenが連立を組んだが、これはケニア連立と呼ばれる。
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 またCDUSPDFDPが連立すればドイツ連立だと誰かが言っていたが、実際にこういう連立になっているのを見たことがない。声はすれども姿は見えずといったところか。しかもドイツの国旗の一番下は本当は黄色でなく金色なのだから、この命名は不適切ではないのか。むしろベルギー連立と呼んだほうがいいだろう。
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左がドイツ、右がベルギーの国旗だが、ドイツの一番下の色は黄色でなくて実は金色(のはず)である。

 実は上の信号連立にも国旗に例えた名前がある。まさか「呼び名が面白くないから」という理由でもないだろうがセネガル連立またはアフリカ連立という言い方もあるそうだ。私は知らなかった。後者はこの三色を国旗に使っている国がアフリカに多いからだろう。

 私の住んでいるバーデン・ヴュルテンベルク州では前回の選挙でなんと緑の党が第一党になり(私はここに入れた)同時に大政党のSPDのほうが壊滅したため、緑の党CDUと連立を組んだ。三党連立ではないが、緑と黒の二色連立、しかも前者が第一党というのは極めてまれな現象だったのでさらに話題性が強く、通常のように色では呼ばれず、キウイ連立という名称が考え出された。果物のほうのキウイである。全体が緑色の実の中にポチポチと黒いタネがあるからだ。

SPDFDPの連立というも見たことがないし、今後も起こりそうにないがこれはなんと呼んだらいいのか。マケドニア連立とでも呼びたいところだが、「マケドニア」という国名を使うことをEU仲間のギリシアが頑強に反対しているので旧ユーゴスラビア・マケドニア連立と呼んでやらないとまずそうだ。これでは長すぎるので中国連立あたりにしておいたほうがいいかもしれない。
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左がマケドニア、右が中国。SPDとFDPとの連立ならば多分SPDが第一党になるだろうから赤字に黄色が少し、という意味で「中国連立」と命名したほうがいいかもしれない。


 中国・マケドニア連立よりさらにあり得ないのはFDPDie Grünenとの連立である。でもひょっとしたらバーデン・ヴュルテンベルク州でそのうち本当に実現するかもしれない。万が一こういう連立が誕生してしまったら菜の花連立あるいはたんぽぽ連立とでも名付けるしかない。まあ春らしくて明るいイメージの政権ではある。

なお、上で述べたザクセン・アンハルト州では選挙の直後連立問題が非常にモメ、一時CDUDie Linkeが連立するという噂が立ったことがあった。保守の側ではこれを密かにハラキリ連立と呼んで反対する党員が多かったそうだ。幸い、といっていいのかどうかこのハラキリは成立せず、めでたくケニアになったのであった。

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 ドイツの連邦議会選挙に投票してきた。以下は先のEU議会&州議会選のことを書いた以前の記事のリサイクルだが、基本のプロセスも投票会場もEU議会選と同じで地方選(下記参照)と比べると非常に簡単。無効投票をするほうがよほど難しい。

元の記事はこちら

 EUに属している国の国民にとって最高位の選挙は国会議員選でなくEU議会議員選挙である。
裁判についても日本なら最高裁が判決を出したらそこで決定だがEUではさらにその上のEU法廷というものがあるから、最高裁の判決がひっくり返ることもある。つまり一国といえども好き勝手がやれないわけで、ナショナリストがEUを目の敵にするのはこの点にもあるわけだ。確かにちょっと外から批判されただけで「ここは〇〇だ、内政干渉すんな」と敏感に騒ぎ出すタイプの人には耐えられないだろう。
 さてこのEU議会選だが、毎回投票率がいまひとつ低い。どうもEUというと雲の上過ぎて実生活とあまり直結していないからかもしれない。前回は確か投票率が50%を割っていた。私はまじめな市民なので(どこが?)どんなものにしろ今まで選挙に棄権したことがない。今回のEU議会選もきちんと票を入れた。地方議会選も同時にやったので、二つの選挙に投票することになった。
 
 有権者には選挙日のかなり前に通知が来るのでその手紙と身分証明書を持って指定の投票所に行く。この通知は郵便での投票や指定以外の投票所での投票を望む場合の申し込み書も兼ねている。選挙日の相当前に来るからついなくしたり忘れたりしそうになる。現に投票所で通知を提出してくださいと言われて「え?そんな手紙貰いましたっけ?」と言い放っていた人がいた。係の人も一瞬天を仰いでいたが、幸いなくした人用に予備の書類があるらしく、他の係りのところに行って記入してもらい事なきを得ていた。もっともこれはなくした人がきちんと身分証明書を提示したからである。さすがに身分証明書を忘れたら家まで取りにやらされるのではないだろうか。通知には投票所と日にちが書いてあるから「そんな手紙」の存在さえ忘れている人がなぜきちんと期日に所定の場所に来たのかという疑問がわくが、これは選挙の通知と別個に地方選の立候補者のリスト(後述)が前もって送られてくるからである。そこに選挙日が書いてある。また投票所も何十年も変わらないから選挙しなれた人なら自動的にそのいつもの投票所に行く。もっとも選挙しなれた人がどうして通知の存在が頭から抜けたのか謎だが、これも選挙に行くことが完全にルーチンワーク・デフォになっているとその当たり前のことを通知されてもいちいち覚えていられなくなるのかもしれない。ヤコブソンの言う「無標」unmarkedである。

私のところに来た選挙通知。
wahlbenachrichtigung1

裏は郵便投票などの申請用紙となっている。
wahlbenachrichtigung2

 投票所でEU議会候補のリストを渡されるが、これは党単位である。立候補した党がずらっと並んでいるやたらと長いリストをくれるので、その中の一つにマークを入れるのだ。雨後のタケノコのように湧いて出た泡沫政党が多くて「なんじゃこりゃ?」とスリル満点なリストである。私はさる大手の党に入れたが、ここは今回EU中で大躍進した。極右の天敵となった党だが、選挙後に大学の人にちょっと「何処に入れましたか?」と聞いてみたら聞く人聞く人この党で笑った。そういえば大きな大学のある町はどこもここの党が強い。
 また今回は投票率も「前回と比べて飛躍的に伸びて」、60%強だったそうだ。確かに前回の50%に比べれば飛躍的に高いがそれでも60%というのは低くないか?

 さて上にも書いたようにここは地方選挙も同時に行った。一つ一つの選挙をバラバラにやると効率が悪いからまとめられるものはまとめるのだ。この地方選挙はEU議会選と違って投票の仕方がやたらと複雑である。だから投票所で混乱しないようにあらかじめ候補者リスト(つまり投票用紙)を配り、票の入れ方も詳しく指示し、選挙者がすでに家で投票用紙に記入して来られるようにしてある(上記参照)。投票所ではその用紙を渡すだけでいいが、前もって準備させるだけあってこの投票方法がまた複雑だ。順を追って説明すると次のようになる。
1.リストは全部で13ページあり、切り離せるようになっている。
2.それぞれ1ページに1政党の候補者がリストアップされている。つまり候補政党は13あるわけだが、1政党ごとに48人まで候補者が認められている。小政党だとその48人を集められないところもあって立候補者が4人の政党などもある。もちろん普通の党なら48人書いてある。
3.投票者は全部で48ポイントまで投票権(投票点?)を持つ。
4.ある党の立候補者に全員票を入れたい人(つまり党単位に投票したい人)は、当該政党のページを切り離して全く何も書かずに投票箱に入れる。暇だったら候補者の名前の脇に全員1と書き込んで出してもいい。これで合計48ポイントとなる。
5.党単位でなく人物単位で投票したい人もいる。そういう場合は複数の党のページを切り離して当該候補者の脇に1と書き込み、切り取った複数ページを渡す。うっかり48人以上の人に票を入れてしまったらポイント制限に引っかかって無効票となる。
6.この人物には特に当選してもらいたい、と思っている人もいる。そういう人は一人の候補者に3点まで投票することができる。つまり1点、2点、3点というグラデーション投票が可能なのである。この場合も投票したい候補者のいる政党ページをすべて切り離して名前の脇に1、2、3などの数字を書き込む。合計点が48を超えたら無効票である。例えば全員に3点投票したら16人しか選べないのだ。

Did you understand?

 私は前回は候補者単位で投票したので電卓で合計点を確認しながら書き込んだが今回は党単位、さる政党のページを白紙で出した。EU議会とは別の党である。

投票用紙にはこんな手紙が添えられている。
brief


 地方選リストは選挙通知のずっと後から来るし、ボッテリとぶ厚い手紙なのでさすがに貰ったことを忘れる人はいないだろう。もっともそれでも貰ってから投票日までに時間があったのでちょっと各々の候補政党の様子を見てみた。立候補した13の政党とはつぎのようなものである。
SPD(社会党・革新)
CDU(キリスト教民主党・保守)
GRÜNE(緑の党)
Freie Wähler(大政党に属さないやや保守系の人の集まり)
AfD(極右)
Die Linke(共産党)
FDP(ネオリベ)
MfM(中流層市民のためのローカルな政党)
NPD(ズバリナチ。まだいたとは驚き)
Die PARTEI(言っていることが玉虫色でよくわからないローカル政党)
MVP(名前からすると多分保守系のローカル政党)
Tierschutzpartei(動物保護政党)
BIG(候補者が全員トルコ系の名前の政党)

そこであまり意味はないが立候補者に博士号持ちがどのくらいいるかどうか調べてみた。立候補者の住所と職業はリストに記されるが学歴は特に発表されない。が前にも書いたようにドイツでは博士号を取るとDr. という称号を前につけたのが正式な名前となるので、例えば Dr. Robert Müllerとなり、すぐわかるのだ。結果はこうなった。
SPD                    8人→16.6%
CDU                   6人→12.5%
GRÜNE              5人→10.4%
Freie Wähler       8人→16.7%
AfD                      2人→4.2%
Die Linke             3人→6.3%
FDP                     9人→18.8%
MfM                    0人→0%
NPD                    0人→0%
Die PARTEI        0人→0%
MVP                   0人→0%
Tierschutzpartei 0人→0%
BIG                    0人→0%

ネオリベのFDP(太字)が最も多いが、ここは医者とか弁護士、または経済経営学の大学教授などに支持者が多いのでまあうなずけるところだ。しかしいわゆる全国政党なら庶民・労働者の政党にさえ結構博士持ちがいることがわかる。『96.日本は学歴社会か』でも述べたが、ドイツには博士号持ちがウジャウジャいるので昔日本で言われていた「末は博士か大臣か」という言葉は意味を持たない。博士など全然「偉い人」ではないからである。ついでにいえば大臣というのもあまり偉い人という連想がない。立法にしろ行政にしろ、政治家はあくまで国民の公僕という意識が強く「ちゃんと仕事しろコラ」とハッパをかけられる存在だ。日本だって最近はそうだろう。しかし博士がやたらといるからといってさすがに国民の16%はいまい。やはり政治は学歴の高い者がある程度牛耳っているようだ。ドイツ(だけではあるまいが)の学歴社会ぶりを垣間見る思いである。

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