「閑話休題」ならぬ「休題閑話」では人食いアヒルの子がネットなどで見つけた面白い記事を勝手に翻訳して紹介しています。下の記事はうちでとっている南ドイツ新聞に金曜日ごとに挟まってくる小冊子『南ドイツ新聞マガジン』に『悪のネットの中で』というタイトルで2016年12月16日にのったものですが、長いので6回に分けます。

フェイスブックには毎日暴力ビデオや子供ポルノやヘイトスピーチなどが姿を見せる。多くは削除される。だがどんな基準で?そして誰が?フェイスブック側ではそのどちらについても秘密にしている。『南ドイツ新聞マガジン』は、ベルリンでフェイスブックの投稿の削除作業をしていた、Arvatoという会社の従業員を探し出した。閉ざされた世界、ゾッとするような仕事を一瞥してみよう。

執筆
ハネス・グラースエッガー
ティル・クラウゼ


 2015年の夏、インターネットにさる求人広告が載った。『サービスセンター従業員募集。将来性のあるインターナショナルなチームの一員になりませんか?』求められるのは外国語の知識、柔軟であること、時間を守ること。職場:ベルリン。
 
その広告を見たとき思いましたよ、こりゃラッキーだって。そのときちょうどベルリンでドイツ語ができなくてもいい仕事を探していたんです。

こう述べた人は名は出さないで欲しいとのことだった。この人が応募した仕事であるが、発生したのが最近すぎてまだきちんとした名前さえついていない。求人広告を見た限りではコールセンターのような感じで、応募者が実際にやらされることになる仕事とは違う:何人かこの仕事を「コンテンツ・モデレーション」と言う人がいるが、別の人はまた「デジタルごみ処理作業」と呼んでいる。ここで人々がやらされるのは、依頼主のインターネットのサイトをきれいにしておくことである。あらゆるヘイト投稿やホラー投稿を全てクリックして見てまわって、削除するか否かも決定を下さねばならない。その実態がほとんど知られていない仕事だ。そもそもそんな仕事が存在することすら知らない人が多い。
 長い間、その種の作業は新興工業諸国、インドやフィリピンなどのサービス業者が引き受けているというのが常識だった。こういった会社の一番のお得意先の一つがフェイスブックである。このソーシャルメディア企業はドイツに2800万人、世界で18億人のユーザーを抱えているが、毎日山のように投稿される危険な内容のコメントをどのようにして削除するかについてはほとんど何も知られていない。
 今年の1月になってようやくわかったのだが、ベルテルスマン(訳者注:ドイツの大メディア企業)の子会社Arvatoを通してベルリンでも100人以上の従業員が「コンテンツ・モデレーター」としてフェイスブックのために働いている。その作業に対するフェイスブックの報酬はどれだけか、またいかなる基準で作業員が選ばれるのか、こういったことについては企業は情報公開しないのが普通だ。
 『南ドイツ新聞マガジン』は数ヶ月にわたってArvatoの元従業員や現従業員と何人も話をした。ジャーナリストと口と聞くことは上司から禁止されていたのだが、彼らはどうしても自分の話を人に聞いてもらいたがった。その多くが自分は雇用主からひどい扱いを受けたと感じ、毎日見続ける画像から苦しみを受け、ストレスや過労を訴え、自分たちの労働環境のことが明るみに出されるべきだと考えている。仕事のヒエラルキーが下の者もいるし、ずっと上のほうの人もいる。出身国は様々、言語も様々である。すでに退職していたり近く退職する予定だったりで実名で挙げてもらいたがった者さえいた。しかし当方ではソースはすべて匿名にすることにした。従業員は全て企業秘密を守るという契約に署名していたからである。この記事では彼らの証言はイタリックで表すことにする。インタビューはベルリンで直接本人と会うか、スカイプまたは非公開のインターネットコミュニケーションを通して行なった。

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 応募者の大部分はいろいろな理由でベルリンに「来てしまった」若い人たちである:愛のため、冒険心のため、あるいは大学で勉強するため。シリアからの難民も多い。皆「ドイツの大企業で仕事、しかも定職、基本期限付きではあるがとにかく定職」という展望に非常に心をそそられたのだ。面接は早々に済んでしまうのが普通、そこで聞かれるのは外国語の知識とコンピューターの経験があるかどうかということだ。たったひとつ応募者をいぶかしがらせた質問があった:「心に動揺を与えるような画像に耐えられますか?」

初日に仕事の研修トレーニングがありました。私たちは30人くらい研修室に集められていました。国はもう様々:トルコ、スウェーデン、イタリア、プエルト・リコ。シリアの人も大勢いました。

トレーナーは満面に笑みを浮かべて部屋に入ってきて言いました:あなた方は本当に運が良かったんですよ。フェイスブックの仕事をするんですから!と。皆歓声を挙げましたよ。

研修で従業員はArvatoでの就業規約を説明された。1.どこの仕事をしているか誰にも知らせてはいけない。フェイスブックの名を自分の履歴やLinkedInのプロフィールなどに書いてはいけない。家族にさえも仕事内容を漏らしてはいけない。
 Arvatoのトレーナーはさらに新入社員にその職務内容をこう説明した:「あなた方はフェイスブックを清掃して、でないと子供たちが見てしまうような内容をきれいにするんです。そういう内容を削除してプラットフォームからテロやヘイトをなくすんです。」
 元従業員に『南ドイツ新聞マガジン』のインタビューに際してこの研修を「吹き込み」と名付けていた人がいた:従業員たちが、この(彼の言うところによると)「くだらない退屈な仕事」は社会を守るために役立っているんだという気になるように仕向けているからだ。あくまで社会のためであって、何十億人ものユーザーを抱えている超大企業のフェイスブックの個人的利益のためなんかじゃない、できるだけ長い間ユーザーをサイト内に引き止めておくのが目的の企業が、ユーザーが逃げないようにあまり人を動揺させるようなものは目に触れないようにしておかないといけない、と考えたからじゃない、というのである。

研修トレーニングでは画像を見せられましたがそんなにひどいものではなかったですよ:形も大きさもいろいろなペニスの画像とか。私たちクスクス笑ってしまいました。そんなものを仕事中に眺めるというのもおかしなもんです。まあこういうのはすぐ削除せよと。あと裸の乳首とかも。

一度、この仕事をもっと長くやっている人たちと晩に飲んだことがあります。ビールを何杯かやったあとで一人が言いました:悪いことは言わない、できるだけ早くこの仕事をやめることだ。でないとあなた方ダメになるよ。

従業員は入社に際して書類を渡されるが、そこには秘密保持の約款のほかに健康上リスクもリストアップされていた:背中の痛み、モニターを長時間眺めるために起こり得る目の機能の低下など。残酷な内容や映像を長時間読み、眺め続けることによって生じ得る精神障害についてはなんの記述もなかった。その書類の他に新入りのArvato社員にはベルリンの市電マップが手渡され、そこにはHave a good time in Berlinと記してあった。

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 ベルリンのジーメンシュタットのヴォールラーベダムにある仕事場は実に飾り気のないところである。以前工場だった建物、れんが造り、中には細長い白い一人用の机が何列か並んでいる、その上に黒いコンピューターと白いキーボード。人間工学にそって作られた事務用の椅子、灰色の事務所用カーペット。数十人の仕事場。仕事中の携帯電話は労働契約によって厳格に禁止されている。一階にはスナック菓子と、コーヒー・ココアの自動販売機。喫煙者のために大きな中庭。建物内には他の会社も入っている。

ログインして順番待ちキューに向かうんです。報告を受けた投稿が何千も集められているとこ、そこにクリックして入る、と。さあ仕事開始です。

投稿内容を自動的に選り分けるフィルター機構はある、と元従業員の一人は言っている。だが画像やビデオの場合、医学的な手術のなのか死刑のシーンなのか区別し分けるのはコンピューターでは難しいのだ。それでベルリンのチームがチェックしなければいけない投稿というのは大部分がフェイスブックのユーザーが不快な投稿として通報してよこしたものだ。『この投稿を通報する - この内容はフェイスブックに載せるべきではないと思います』というあの機能である。

私は人間の善に真剣に疑問を感じさせられるような内容のものを見ました。拷問とか動物とのセックスとか。

報告された投稿はヒエラルキーの最も低い従業員のところに送られる。そのチームはFNRPというが、これはFake Not Real Personという意味だ。チームは、ユーザーが問題ありと報告してきたテキスト、画像やビデオのどれが本当にフェイスブックのいわゆる協同体スタンダードに反するのか、選び出さねばいけない。第一歩として、その内容がプロフィールに本名を使っているアカウントから投稿されたものかどうか調べる。そうでない場合は(それだからFake Not Real Personというのだ)その架空のプロフに削除警告が送られる。そのユーザーがそれに対してしかるべき自己証明をしなかった場合はアカウントそのものが削除される。そうやって禁止された内容を広めるために特に作られたプロフィールに対処するのだ。
 FNRPチームの週あたりの労働時間はほぼ40時間、2交代で8時半から夜10時まで。月収はだいたい税込みで1500ユーロ(訳者注:約20万円)、最低賃金の時給8ユーロ50セントをやや上回る程度である。
 「コンテンツ・モデレーター」になるとヒエラルキーがひとつ上で、ビデオも検査する。決めるのが特に難しい場合は「サブジェクト・マター・エキスパート」が始末をつける。その上にさらにチームのボスがいるが、その仕事は精神的重圧が少ないということになっている。ショックを与えるような投稿を見たりすることがほとんどないからである。

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