アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:第二外国語

 「ホームシック」をドイツ語でHeimweh(ハイムヴェー)というが、Heimは英語のhome、wehがsoreness(「痛み」)に当たるので構造的に英語とよく対応している。ところがドイツ語にはさらにこれと対になったFernweh(フェルンヴェー)という言葉がある。Fernは英語のfarだから、これは「郷愁・故郷が恋しい」の反対で、「遠くが恋しい」つまり「どこか遠くの知らない土地に行って見たくてたまらない衝動」という意味だ。

 私はこのFernwehというのは実は人間の本質的な衝動なのではないかと思う。これがなかったら、人類が全員生まれた土地から一歩も出ずにそこで死にたがるメンタリティだったら、いくらやむを得ない事情があったとしても私たちの祖先はアフリカから出て行っていただろうか?生まれ故郷を出て行く理由は「仕事が欲しい」、「エサが欲しい」、「金がほしい」、それだけだろうか?人は本能的に山を見れば越えたくなる、海を見れば渡りたくなるものなのではなかろうか。

 私も子供の頃この気持ちに駆られたことを覚えている。近所のビルの屋上から東京湾の海が見えたので、「海は広いねえ、あの向こうはアメリカなんだねえ」と私にしては珍しくロマンチックなことを言ったら一緒にいた仲間に「馬鹿、東京湾の向こうは千葉県だろ」とあっさり冷たく返され、幼い私のFernwehはグシャグシャになってしまった。
 しかしさすが人類一般に内在する衝動だけあって、千葉県に邪魔されたくらいではなくならない。引き続いて私の心に存在し続け、高校生になった時、第二外国語としてドイツ語をとる気にさせた。当時入学した都立高校には選択科目として第二外国語があったのだ。

 それでも私が初めて実際に外国に行ったのはやっと就職してからで、その「生まれて初めて見たよその土地」はソ連(当時)のハバロフスクだった。いわゆるパック旅行でドイツへ行く途中で燃料補給に立ち寄ったのだ。
 見渡す限り続く地平線といい、土の色、空の広さといい、日本みたいなみみっちい島国では絶対お目にかかれない景色に感動した。飛行場の建物の入り口にカラシニコフを持って立っていたシケたおっさん兵士についクラクラ来そうになった程だ。飛行場のローカルぶりさえポジティブな印象となって残っている。その印象が強すぎて肝心のドイツ旅行の記憶はほとんど残っていない。

 ところで当時まことしやかに流布していた噂がある。

 「アエロフロートソ連航空のパイロットの腕は世界一だ。なぜならここはふだん、ミグだろスホーイだろの戦闘機に乗っているスゴ腕軍人が本職の片手間に旅客機を操縦しているからだ。しかもアエロフロートの旅客機はボロなので取り扱いに細心の注意を払わないとすぐ墜落して命が危ない。これを落とさずに操縦できるのは世界でもソ連のエリート航空兵だけだ。」

 これを「何を馬鹿な」とあながち一笑に付せなかったところが怖い。

 次にモスクワ空港でも途中下車したのだが(せめて「トランジット」と言ってくれ)、そこを警備していた赤軍兵士が誰も彼も紅顔の美青年だったので驚愕した。そう思ったのは私だけではない。その旅行に参加していた同行の女性陣も結構、みな陰でヒソヒソ大騒ぎしていたから。それ以外にも旅行記などで複数の女性が、ソ連、特にモスクワの赤軍兵士はみな若くてハンサム、今の言葉で言えばイケメンだったと証言している。
 そういえば、日本で誰かが「ソ連では国家の威信を示すためモスクワ空港やレーニン廟など外国人の目につきやすい場所には選りすぐった容姿端麗な赤軍兵士を配置した」と教えてくれたことがあるが、本当だろうか? でもそれを言うなら赤の広場で手を振っていた政府の要人の方がよほど外国人の目につきやすい位置にいたと思うのだが。モスクワ空港やレーニン廟にハベらせるために全ソ連からイケメンをかき集めているヒマがあったら、あのレオニード・ブレジネフ書記長のゲジゲジ眉毛をどうにかしたほうがよかったのではないか、とは思った。

 いずれにせよ、ソ連が崩壊してからは兵士の見てくれも崩壊してしまった。まことに遺憾である。


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 すぐに「○ヶ国語できる」と話せる言語の数を言い立てる人がいるが、この手の発言はあまり鵜呑みにしないほうがいい。「○語ができる」と軽々しく言い立てる人に限って実はそれほどでもない場合が目立つ。何をもって「できる」と称するかが自己申告だからである。レストランで注文してみたら望みの物が出てきたとか、挨拶が外人に通じた、道を聞いたらちゃんと答えてもらった程度で「できる言語」に勘定する人がいる。前にもこの手の自称6ヶ国語だか7ヶ国語だかできる芸能人が堂々と「イラン語」という名称を使い、「日本語もできるが字は平仮名しか読めない」と言っていたが、そこですでにこの人の「できる」のレベルが明らかである。文字を持たない言語ならイザ知らず、当該言語でまともな文章が読み書きできないのに「できます」と言い切っていいのか。口だけの会話なら変化語尾もへったくれもなくバラバラと単語を羅列し、足りない部分はジェスチャーで補ったり笑って誤魔化すこともできるが、書くにはある程度正確に文法を知っていないとどうにもならない。笑っている場合ではないのである。

 ヨーロッパでは「○語ができます」などという玉虫色の言い方はあまりしない。Gemeinsamer Europäischer Referenzrahmen für Sprachen(ヨーロッパ言語共通参照枠、略してGER)という全ヨーロッパ共通のできる基準というか等級がきっちり決まっているからである。初心者のA1から準ネイティブC2まで語学の能力レベルが段階的に決められていて、ドイツ語ばかりでなく語学は全部この基準で判断する。こちらで出ている日本語の教科書も「日本語A1/A2」などとなっている。だから単に「○語ができます」などとは言わない。例えば「○語がBレベルです」というのである。
 そのGERは大体次のような内訳である。
 A(elementare Sprachverwendung)は初歩レベルで文法を一通りやった状態、B(selbständige Sprachverwendung)になるとその言語で社会生活が可能、C(kompetente Sprachverwendung)の人は当該言語で文化生活が営める。A,B,Cがまたそれぞれ2段階にわけられている。まずAだが:

A1:初心者
慣れ親しんだ日常生活上の表現ができ、具体的な必要事項を満たすためのごく簡単な文を理解して使える。自己紹介、他人の紹介ができ、他の人に、どこに住んでいるのか、どんな知り合いがいるか、どんな物をもっているかなどの個人情報が聞け、また自分のほうでもこれらの質問に答えられる。対話者がゆっくり明確な発音で話し手助けしてやれる用意があれば簡単な意志の疎通が可能である。

A2:基礎知識
その場に直接関連した範囲の意味ならば文や頻繁に使われる表現が理解できる(例えば個人情報や家族について、買い物、仕事、ごく身近な環境でのことなど)。簡単なルーチン的シチュエーション、つまり慣れ親しんだよく知っている事柄についての情報を簡単な言葉で直接交換するような状況でなら意志の疎通ができる。出身地のことや受けた教育、すぐ周りの環境やその場の必要事項のことを簡単に描写できる。

原文を見るとやたらと「簡単・単純」einfachという言葉が使われているのがわかる。レストランでの注文や道を尋ねるというのはせいぜいA2,多分A1レベル、いずれにせよこのAレベルであろう。
 Bに行くと本当の意味での会話がなりたつようになる。

B1:進んだ言語使用
明確な標準語が使われ、仕事、学校、レジャーなど慣れ親しんだ事柄が話題であれば要旨の把握ができる。当該言語地を旅行した際に出会う大抵の状況を処理できる。よく知っているテーマや個人的な興味関心事について簡単に筋の通った説明ができる。自分の経験、夢、希望や目標が描写でき、自分の計画、意図などについてはその根拠を手短に述べたり説明したりできる。

B2:自立した言語使用
具体的なテーマでも抽象的なテーマでも複雑なテキストの大意が理解できる;自分の専門分野では専門的なディスカッションができる。練習や準備をしなくてもよどみなく意志を伝えることができるので、どちらの側もさほど骨を折ることなくネイティブスピーカーと普通の会話が成り立つ。幅広いテーマについてわかりやすく詳細な表現ができる。目下の問題について自分の立場を説明し、考えうる様々な事柄についてメリットとデメリットを挙げることができる。

同じBレベルとしてくくられてはいるが、B1とB2の間には大きな差がある。B1ではまだ言語的に自立していない。
 またB1に旅行云々とあるのでみやげ物屋で値段を聞いたりホテルで交渉できたから私はB1ダーと思いそうになるが、よく考えて欲しい。「大抵の状況」である。ちゃんと現地の言葉で全てやっているか?ドイツで英語を使ったりしてズルをしていないか?例えば一目で旅行者とわかる人が血相を変えてお巡りさんに「財布!財布!」など現地の言葉をバラバラ連呼すれば向こうは「スリに会ったんだな」と察してそれなりの処置をしてくれるだろうし、外国人が駅で「○○ホテル!○○ホテル!」と叫んでいれば、話しかけられた人は道順を示してくれるだろう。でもそれは言葉が通じたのではなくて察してもらえただけである。「私は○広場で財布を盗まれました」と文法的に正しいセンテンスを現地の言葉でちゃんと言ったのとは根本的に違う。その正しいセンテンスも、空港かなんかで買ったピラピラの旅行会話集とやらをわけもわからず棒読みしていたら落第である。あくまで自分の力で表現できなければいけない。ちゃんと目的のホテルに連れて行ってもらえたからと言ってB1とは限らないのだ。
 大学でやっていくには基本的には次のC1が必要ということになっているが、自然科学など、学部によってはB2でもついていけるだろう。B2で大学に入ってC1あるいはC2になって大学を出る、というパターンも多いと思う。

C1:熟練した言語使用
程度の高い、比較的長いテキストを幅広く理解できる。また暗示されている意味を読みとれる。準備や練習なしでよどみなく自己表現ができ、言葉をさがしていることを頻繁に相手に気づかせることがない。社会生活、職業生活、職業教育の場や学業生活で言語を柔軟に使いこなせる。複雑な事象についても明晰で筋の通った詳細な説明ができる。その際文章と文章の論理的なつながりを示すため種々の言語表現を適切に使いこなせる。

C2:ネイティブスピーカーに近い言語知識
読んだり聞いたりしたことは事実上全て困難なく理解できる。目からのものでも耳からのでも様々なソースから得た情報を要点整理し、論の根拠や説明などを筋の通して再現できる。準備も助けもなく非常に流暢に正確に意志の疎通ができ、さらに複雑な事象に関しても、より微妙なニュアンスの違いをはっきり表現しわけることができる。

いちどこの基準をさるドイツ語ネイティブスピーカーに見せたら、溜息をついて「ネイティブだってC2まで行くのは少数派なんじゃないの?」と言っていた。日本語ネイティブにだってダラダラ量だけはしゃべったり書いたりするが論旨が全然進まず、結局何が言いたいのかわからない人などいくらもいるではないか(とか人のことが言えた立場ではないが)。言い換えるとCになると「語学は単なるツール」「コミュニケーションが成り立てばそれでいい」という枠から出ていわば当該言語がその人の精神活動全域にかかわってくるのである。言語の内在化が始まるのだ。
 またここで面白い、言語憲章を見てもわかるように小数言語に敏感なヨーロッパらしいと思うのは、言語能力を標準語だけに限っていないで、ある程度方言が聞いてわかる能力も求めていることである。C1のテストを見てみたことがあるが、スイスでの駅のアナウンスの聞き取りが課題の一つだった。こういうことは特にドイツ語圏では重要だろう。

 「できる」と言えるにはB2、少なくともB1くらいになっていないといけないだろうが、方言のほかにもそのあたりから重要になってくるのは場面によって様々なスタイルを使い分ける、社会言語学で言うレジスターregisterを区別する能力である。日本語で例えば「オレ」とか「アタシ」とかを公式の場で使ったり書き言葉で書いたらお里を疑われるだろう(文学的表現として小説などで使うのはまた別だが)。また「ニホンゴデキマス」という外国人から場面にふさわしくない妙にくだけたいい回しを使われてギョッとしたことのある日本人は多いのではないだろうか。さらにドイツ語やフランス語の教師が「下手に勉強の途中で留学とかさせると変にチャライ言い回しを覚えて得意げにそれを使い、語学が上達したような錯覚に陥って帰ってくるものが多い。でも語学自体は実は全然進歩していない」と言っていたのを何回も聞いた。耳学問だけで覚えた語学というのはある意味では危険だ。それあるに本人は「オレの語学は現地で鍛えた本物」とか思い込んでいる人がいるから始末が悪い。私も「てにをは」さえロクに使いこなせていない人がアニメで覚えた「メッチャ」という言葉を嬉しそうに連発したり「とゆ~」と得意げに書いているのをみると釈然としないものがある。いくら図々しい私だってマカロニウエスタンで覚えたイタリア語なんかをそのままイタリア人に使って見せて「生きたイタリア語を話せます」などと人に自慢する気にはなれない。耳学問で覚えられるのはせいぜいA1までだろうし、正規に習わないと自分がまだAであって、その後に長い長い道のりがあるのだという事がそもそもわからない。だからA1くらいをゴールだと思ってしまうのである。私はもちろん権威主義は大嫌いだが、やはり正規に習わない耳学問・独学オンリーでは限界があることは認めざるを得ない。

 語学に限らないがそもそも始めたばかりの時は上達が早く、自分でも日に日に上達していっているのがわかるが、レベルが上がるにつれて速度は鈍る。下手をすると後退しているような気にさえなることもある。私の勝手な印象だが、B2からC1に進むためには時間の点でも努力の点でもA1からB2、つまり今までに費やしたものと同じくらいの苦労がいるのではないだろうか。C1からC2に進むにはまたA1からC1までに費やしたのと同じくらいの努力と時間がいる。自分の限られた周辺だけに限っていたのではどうしても「上のレベル」というものがどれだけ遠いか見えてこない。
 例えば私にも長くアメリカに住んでいる知り合いが何人かいるが、皆現地の大学を出たり現地の会社で日本語を全く使わずに働いていたりする人たちである。英検一級を持っている人が多い。その一人が以前別の日本人から「英語がペラペラで羨ましい」といわれてものすごくムカついたという話をしていた。厭味をいわれたと思ったそうだ。つまりその人は自分は英語ができないつもりでいたのである。他の人たちも似たり寄ったりで、口を揃えて「英語が出来なくて困る」という。安易に英語ができると言っているのを聞いた事がない。家庭内でしか通じない言い回しをチョロチョロ覚えただけですぐできます宣言をする人とはいい対照である。
 私は最初、こちらでも現地に来て一年くらいにしかならない人たちが「日常生活にはなんとか困らなくなりました」と言っているのを見て、20年以上経っても困っている自分自身やそれらアメリカの知り合い(彼らもそのくらい住んでいる)と比べてみてどうしても信じられず、「この人たちがホラを吹いているか、私の方に徹底的に語学の才能がないかのどちらかだ」と思っていた。もちろん一日6時間くらい毎日教室に通ったというのなら一年も経てば相当話せるようになるだろうが、その人たちは正規に習いにもいかないでそういうことをいうのである。まあ私に才能がないというのはその通りだが、アメリカの大学を卒業した人が言葉で苦労しているのに全く文法も何もやらずにドイツに来て一年たってもう「困らない」と言われるとさすがに考え込む。
 しばらく考えて思い当たったのが、これらの人が「言葉に困っていない」というのはウソではない、本当の話なのではないかということだ。理屈は簡単、彼らのいう日常生活と英検一級持っていてもまだ英語に困る人たちの日常生活とは日常生活そのものが違うのである。家庭内しか生活の場がなく、せいぜいスーパーのレジの人に値段を聞くくらいしか現地語を使わなかったり日本人のいる職場で働いていたりすると現地語は限られたフレーズやアウンの呼吸で話が通じてしまう。助動詞でなく語形変化そのもので形成する接続法2式表現など知らなくていい。それこそ現地語の単語をバラバラ数珠繋ぎ発音するだけで生活全体が包括できるのである。大学のゼミのレポートをウンウンいいながら書き怖い教授に提出して見てもらったり日本人のいないところでプレゼンしたりが日常の人とは日常が違うのだ。言い換えれば彼らの言語生活は「日常生活」ではあっても「社会生活」にはなっていないのである。これなら一年もあれば困るまい。

 少しばかりの口語を覚え、それを現地で覚えた本物の言葉と定義し、そういう「本物の語学」をたくさん集めて○ヶ国語できると言い張っている人を見ると私はつい犬と電信柱の関係を連想してしまう。犬がちょっとクンクン嗅いでみただけで「この電信柱はオレのテリトリー」とオシッコをかけてマーキングするような感じだからだ。この手の語学を私は「犬のションベン語学」と呼んでいる。いかにも私らしい下品な名称で恐縮である。
 ただ、では逆にたくさん語学のできる人は自動的に犬のションベンとみなしていいかというともちろんそんなことはない。例えば渡辺照宏氏が著書で「私が一応文法書を一通り終え、辞書の引き方を知っている言語は20以上になるが、人様に多少ともやりましたといえるのはドイツ語とサンスクリットだけ。この二つはもう何十年も毎日欠かさず勉強している」と言っていた。この短い発言のうちにすでに上で述べた最重要な点が見て取れる。氏は当該言語をきちんと書ける、あるいは公式な場所で使えるような言葉が使えるという点、「できる」などという玉虫色の言い回しでなく、具体的にどの程度できるのか述べている点(「文法をやり、辞書の引き方を知っている」)、そして安易にできるできると言い出さない、言い換えると「できる」と宣言できるようになるまでの道のりの長さがわかっているという点だ。
 語学という電信柱はせめて少しくらいは苦労してよじ登るべきではないのか。それもせずに地上にいたまま小便だけひっかけて「○語ができる・○語をやった」と所有宣言するのは当該言語、いやそのネイティブ・スピーカーや苦労してその言語を学んだ人に対するある種の侮辱ではないのかと私は思っている。


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 こちら昔は「語学」というとラテン語か古典ギリシャ語のことだったから、当然その中心は読み書きにあった。そのうち「書き」をだんだんやらなくなった。ドイツ語やフランス語など自国語の書き言葉が発達して、ラテン語で書く必要がなくなったからである。それでも結構長い間普通高校を出た人ならばラテン語が読める(ことになっている)のが普通だったが、最近はまったく古典語はやらない高校も増えた。現代の言語、フランス語やスペイン語だけやれば卒業できるようになったのである。昔、と言っても私が現実に見聞きしているくらい割と最近までは英語の他に古典語一つ以上現代語二つ以上、合計3つの外国語、例えば英仏羅というのがスタンダードだったが、今は英仏だけで高校を卒業できるのだ。ただラテン語なしで高校は卒業できても入れる大学の学部が限られてはいたところが、その制限もだんだんなくなってきている。最近など英語しか外国語をやったことがない「外国語学部の学生」に会った事があるがさすがにこれは例外である。
 そうやって古典語をやらなくなるにつれて、外国語の授業のやりかたや教科書も変わった。見た目にやたらと子供っぽい教科書が増えたのだ。

 以前にもちょっと書いたが、私が若かりし頃通学していた都立高校には自由選択ではあったが第二外国語の授業があった。高校生用のドイツ語の教科書というのものがなかったので大学の教科書を使っていたが、これが無愛想というか無味乾燥な構成で、まず章の始めにちょっとした会話のテキストがあり、次に単語の説明があり、文法事項があり、最後に練習で〆る。これを延々と繰り返して螺旋階段のごとく次第に高度な文法に進んでいくというものだった。もちろん挿絵などというものはなかったし、当然全部が白黒印刷である。授業形式も学生と教師が面と向かうものであった。

 時が流れてドイツの大学で受けたクロアチア語の授業も教科書もまさにこれであった。表紙は黄土色の超地味な色、中は全て白黒印刷だ。

私たちの使ったクロアチア語の教科書。私の書き込み付きでご紹介。
Kroatisch_1

Kroatisch_2

 ところがロシア語の教科書は違った。全てカラー印刷で値段もそれに従って高い。表紙も派手だが、中身にもやたらとイラストだろ写真だろがあり一見子供の絵本である。絵を見ながらそれをロシア語で描写する練習のためというような意味のあるイラストもあるが、そうでない単なる挿絵、会話のパターンの練習のわきにわざとらしいロシア風の服を着たおじさんやらおねえさんやらが立っているものも多い。こんな要りもしない絵を全部除いたら制作代も節約できるし教科書も薄くてすむだろうにと思った。

書き込みが減ったロシア語の教科書
Most_1

 しかしそれよりド派手なのが日本語の教科書だ。表紙からして日本女性がにっこり微笑んでいる顔のアップ。中を見てもとにかく挿絵がデカい。課の頭には半ページくらい使って日本人のサラリーマンが大きなビルの前でお辞儀をしている写真とか、この年寄りの私でも見たことがないような古臭い日本の祭りの風景などとにかくステレオタイプなドイツ人の異国情緒にこれでもかと訴えるクサい写真のオンパレードである。
 だいたい私は語学の授業でいわゆる文化とか習慣を紹介するのは邪道だと思っている。語学の教科書は旅行案内ではないのだ。そもそも今はその手の異国情緒などインターネットでいくらでも見られる。語学の授業なんかで富士山の写真を見ている暇があったら「現代」と「原題」のアクセントの区別でも練習した方がいい。実際文法規則だろ発音だろ語学そのものでついて来られない者に限ってやたらと日本の正月とかキモノとかそういうことばかり知りたがる。語学そのものができないのに、いやできないからこそ言語外の情緒や憧れにしがみ付いて勉強した気にだけはなりたいのである。これは一種の自己欺瞞だ。私自身が昔よくこの欺瞞をやって語学から逃げていたからよくわかる。問題はそれが自己欺瞞であることにいつ気づくかである。

ここまでエキゾチック・ジャパンを強調する必要があるのか非常に疑問。
Japanisch_1

Japanisch_2

 さらに最近のドイツ語の教科書を見る機会があったが、これも上の日本語路線で総天然色。私のころと比べて隔世の感がある。私だったらこんな絵本みたいな教科書を見せられたらむしろ勉強する気が失せるかもしれない。
Deutsch_1

 しかし比べてみると同じ色つきでも上のロシア語の教科書と日本語・ドイツ語のとでは中身というかコンセプトそのものに違いがあることに気づく。ロシア語の教科書はまあ古い時代のものであるが、挿絵や表紙は派手で会話のテープ(CDやアプリでなくテープである!)がついていたりしても構成そのものは白黒のクロアチア語とさほど変わらない。文法説明があり、会話のパターンがあり、その後チョチョッとその練習をして課を終える。しかしある意味では内容が白黒のとあまり違わないからこそ一層カラー挿絵の無駄さが浮き彫りだ。
 それに比べて時代の下った日本語ドイツ語の学習書では絵が学習内容そのものに組み込まれているのがわかる。まさに上で述べた「絵を見ながらそれを当該言語で描写する練習」になっているわけだ。それなら別に無駄にはなっていないわけだからいいかとも思うが、私の感覚だとその練習部分があまりにもクド過ぎて、後で「文法の説明部分」をちょっと参照しようと思った時などやたらとパラパラ教科書をめくらないと見つからない。その練習課題にしても「楽しく遊びながら学べる」ことを最重要項目にしてあるらしく、クロスワードパズルだろなんだろがあって正直馬鹿にされているとしか思えない。
 語学を始める時は子供にかえったつもりになれとはよく言われることで、もちろんそのこと自体に反対はない。しかし学習者は白黒の無粋な教科書の第一課でdo-bar dan! などと練習させられる時すでに十分自分は子供であると感じているのだ。カラー挿絵やクロスワードでその上さらに子供感覚を強調する必要があるのか?理論物理で理学博士号を持っているが今度ドイツの大学にくることになったのでドイツ語もやっておきたい、という人に対してもこんな教科書をやらせるつもりか?教わる側は全員がその手の「遊びながら楽しく学べる○○語」の類の授業を望んでいるのか?またそういう授業はガチガチの授業に比べて万人に本当に効果的なのか?いろいろ考えてしまう。
 例えば講師は学習者を飽きさせないように30分ごとに授業形式を変えろと言われる。30分対面形式で授業をやったら形式を変え、グループ学習と称して学習者を分け、その中で学習者同士で会話の練習をさせる。その、「隣の人と会話をしてみましょう」という練習のパターン会話が教科書に書いてある。
 古い奴だと思われそうだが、実は私はこの「グループ学習」というのが大嫌いだ。学習者というのはつまり私と同レベルのヘタクソである。その自分レベルのヘタクソなんかと会話するなんて真っ平だ。向こうだってそう思っているはず。対話をするなら是非ネイティブ、つまり講師と練習させてもらいたい。そのための講師ではないのか?

 私はこういうクドい教科書・楽しい教科書は教わる側のためというより教える側をマニュアル化・規格化するためなのだろうと思えてならない。それが証拠に最近の教科書には必ずと言っていいほど「教師の皆様」に向けたアンチョコというか指導法マニュアルがついている。これこれの練習は学習者にこういう練習をさせ、こういうことをマスターさせるためのものです。教師側はその際これこれこういう教えかたをしてください、と詳しく「教科書使用法」が書いてある。その使用法に従ってやれば誰でも日本語やドイツ語が教えられますというわけだ。
 しかしその「教授法マニュアル」というのは市販されているから、学習者側も買えてしまうのである。もっともドイツ語の教科書は使用マニュアルもドイツ語だからまだいい。理屈としては現在そのドイツ語の初歩をやっている学習者が講師用マニュアルなど理解できないだろうから裏がバレる恐れはないが、日本語教育のマニュアルは日本語でなくドイツ語で書いてある。下手をすると講師より学習者の方に通じてしまうのではないだろうか。つまり教える側の手の内が教えられる側に丸見えになる可能性があるのだが、これで学習者はドッチラケないのだろうか?

 そのマニュアル教科書執筆者がさかんにいう。「文法なんて忘れさせなさい。Guten Tagという挨拶を覚える際、これが対格だなんて普通考えますか?語学の授業は言語学者じゃない、unverbildetな学習者のためにあるのです。また自分で説明などあまりしないで市販の教科書に素直に従いなさい。これらの教科書は経験のある言語学者が皆で執筆したもの。これに従っていれば安心です」。unverbildetというのは「学問をしたせいで駄目になったりしていない」という意味である。一瞬、語学屋が言語学専攻者に喧嘩を売っているのかと思うが、こういうことを言っている執筆者自身言語学者なのだからこの発言には裏がありそうだ。
 裏の一は、上でも書いたようにこの種の教科書が「ただネイティブというだけの人にも教えられるように」考案されたマニュアルであるということだ。そんな人に下手にいいかげんな文法説明をされたら困る、知らない事には口をつぐんでいなさい、というまあいわば素人に対する牽制。学習者でなく講師への牽制である。その際講師に「言語学をやってないあんたは所詮素人だから黙って私たちの指示に従え」などとあまり露骨に言ってしまうと相手が怒るから学習者のほうをunverbildetと呼ぶことで間接的に「私たち言語学者はverbildetでございます、余計な知識があって頭でっかちである」と暗示して卑下し語学教師に対して言語学者には抱いている人もいる内心の優越感を隠している。
 裏の二は一の点ともつながるが、最近の語学教授法では実際に理論→実践という昔のやり方はとられなくなって子供が第一言語を獲得するプロセスを真似るようになっていること。当該言語をまず理解するより、使ってみるほうを参考させ理論のほうは自分の内部で構築してもらう方式になってきていることだ。言語発達は心理言語学の分野で抽象度の高い理論が展開されている分野である。ポッと出のネイティブ語学教師なんかはあまりシャシャリ出ないで学者のいう事を素直に聞いていた方が無難といえば無難なのだ。
 裏の三は「文法」という観念である。『34.言語学と語学の違い』でも述べたように言語学で言う文法は記述文法である。ところが普通の学習者にとって文法というとまず規範文法が頭にあるだろう。小説家などにも文法=規範という捉え方をしている人が大勢いる。「文法を間違える」などという言い方をするのがそのいい証拠である。言語学者側もそのことは承知している。だから言語学者が学習者に「文法を気にするな」という時、それは「規範文法を気にするな」という意味なのである。普通の学習者や小説家はそもそも「記述文法」という観念を持たないのでそれでいいが、時々「文法なんて忘れろ」というのをマに受けすぎて言語学で言う記述文法的な文法観念まで「忘れろ」を拡大解釈してしまう人がいるから怖い。「言語には構造がある」という事実まで無視してしまうのである。彼らは「文法(言語の構造)なんて気にすることはない。とにかく単語を勝手にバラバラ発音して通じればいいんだ。これが本当の実践語学だ。とにかく勇気を持つことだ」と、言語の構造を無視して突進する。そして永久にブロークンレベル以上の言葉を話せるようにはならない。こういう本質的な誤解をする人は結構多い。

 さて、これらの裏、特に第二点に注目しつつ上記の日本語の教科書を見てみるとその効果にさらに疑問が湧いてくる。同じような構成のドイツ語の教科書と一つ決定的な違いがあるからだ。ドイツ語のほうはメタ言語というか説明する言語もドイツ語である。そしてこの教科書は現地で毎日毎日数時間勉強する集中的な授業形式を念頭に置いているものだ。学習の言語環境は実際に子供が第一言語を獲得する時のものと近い。すでに周りに当該言語が溢れているところをちょっとプッシュしてやろうというもの。上でコキ降ろしてはしまったが、これならば確かに理論物理学者に対しても有効かもしれない。
 日本語の教科書はそういう「擬似第一言語獲得方式」をなぞってはいるが、言語環境が全く違う。ドイツではあらゆる道端で日本語が聞こえてくるなどということはないし、授業も週に3回一コマずつというのならまだいいほう、下手をすると週に一コマというスッカスカな形式だ。そんな密度の学習環境でクロスワードパズルなんてやっても、遊びながら「学ぶ」ことなどできまい。遊んで終わりである。またドイツ語の教科書は説明もドイツ語だからさらに擬似ネイティブ性が強化されているが、日本語のは説明の方がドイツ語なのでスカスカ性のほうがアップしている。TPOを無視して安易にドイツ語の教科書を真似たのではないか、と思えてならない。

 もしかしたらこのように教科書をランダムに比較するのはフェアではないのかも知れない。いろいろな教科書の構成や挿絵の挿入具合の違いは昔と今の差ではなくて想定された学習者、大学対一般という差なのかもしれない。事実こちらの大学の外国語学部などではprinted in Japanの古典的な構成の教科書を使っている場合が多い。しかし一方そういう、大学で使っている教科書でもイラストが入り、無駄に高いカラー印刷になっていたりするのだから、やはりこれはある程度時代の流れなのだろう。
 私個人は、当該言語が話されていない地域で語学をやるにはある程度咀嚼困難でも「文法」を重点にして言語構造の骨組みをしっかり立て、その後の肉付けは現地に行って各自やってください、という古い方式のほうがむしろ効果的なような気がするのだが、実際どうなのだろうか?

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 森鴎外の短編『舞姫』を知らないという人はさすがに日本にはいまい。読んでいない人はいるかもしれないが。鴎外のドイツ留学での経験をもとにしているといわれている作品で女主人公がエリスという名前だった。確か高校の現国でこれを読まされたが、私は当時高校で第二外国語としてドイツ語をやっていたので(『46.都立日比谷高校の思ひ出』参照)、エリスというのが全然ドイツ語の名前などではないことに気づいた。が、文学作品にそこまでつじつまを要求するのもアレだろうと思って見過ごした。
 するとそのあと、日本に帰った鴎外を追いかけてきたドイツ人の女性がいて、その人の名がエリーゼ・ヴィーゲルトElise Wiegertという事実が明らかになったと新聞で大きく報道された。そのためさらにエリスはエリーゼである、という解釈が定着してしまった。さらに私の見かけた資料によれば小金井喜美子までが随筆でその婦人の名前はエリスと言っているそうだ。確かにこの二つの名前は似ているので一瞬エリスはエリーゼの短縮形か愛称かと思うが、すでに私の中でモヤモヤしていたように、普通エリーゼの愛称として使われている形に「エリス」というものはない。言い換えるといくらエリーゼを変換してもエリスにはならないのである。エリーゼの愛称ならば、リースとかリーザとか「エ」が消えるはずだ。アクセントが「リー」にあるからである。ところが「エリス」はアクセントが「エ」にある。しかも「リー」の長母音が勝手に短縮されている。どうもおかしい、合わない、と感じてはいた。感じてはいたが私の考えすぎだろうとそれきり忘れてしまった。
 
 ところが、何十年もたってドイツでさる本を書いていた時(『お知らせ:本を出しました』参照。どさくさに紛れて自己宣伝失礼)、突然「エリスはエリーゼじゃない」という証拠を見つけたのである。このことは本の400ページから403ページにかけて書いておいた。一瞬論文にでもしてどこかの専門誌に投稿しようかと思ったくらいだ。しかし一方私は救いがたい文学音痴で、特に日本文学などは長い間島崎藤村を「ふじむらとうそん」と間違えて記憶していたし、二葉亭四迷も二葉・亭四迷かと思っていたくらいの馬鹿なのである。そんな馬鹿が気づくことくらいもうとっくに決着済みに違いない、今更大仰に論文なんて書いたら審査員の物笑いの種になりそうだという気がしたので特に発表することはしないで本の隅でチョチョっと言及するだけにしておいた。日本では誰でもわかっているのかもしれなくても、ドイツだったらさすがに「こんな既知のことをいまさら言うか」と嘲笑される確率は低かろうと思ったからである。それでもまあ全く発表しないのも惜しいなという気が最近してきたので、この場を借りて書くことにする。どうせこんなお笑いブログだし。

 鴎外が『舞姫』を出したのは1890年だが、同じ年の半年後にトゥルゲーネフの短編を翻訳して発表している。その短編の主人公の名がエリスなのだ。ロシア語の原題はПризраки(「幻」)というものだが、鴎外はこれをレクラム文庫のドイツ語翻訳から重訳。ドイツ語タイトルVisionen(「幻」)を『羅馬』として文語に訳している。その『羅馬』、Visionen/Призракиはストーリーというかモティーフが『舞姫』と微妙に並行しているのである。
 主人公(「私」)が女主人公とめぐり合って短い期間人生が交差するが、「私」の女主人公の人生に与えた影響のほうが女主人公が「私」の人生に与えた影響より格段に重い。「私」がもう取り返しがつかない後になってから女主人公との出会いを回想して悲しむというラストなど、舞姫を髣髴とさせる。
 もちろんこのころの女性描写というのは日本でもロシアでもこういう方向のものが多いし、モチーフがちょっとくらい似ているのをもって『舞姫』はトゥルゲーネフのパクリであるなど言い出すのはいくら何でも乱暴すぎることではある。私はただ『舞姫』の元を鴎外のドイツ留学中の実際の経験だけに求めるとピントがずれる可能性もあると言いたいだけだ。少なくともエリスという名前はドイツ人の知り合いの名前などではなくトゥルゲーネフから頂戴したことは確実だと思う。たしかに発表されたのは『羅馬』のほうが数か月遅いが、翻訳にかかる前に「ドイツ語の」原作 Visionenはすでに読んでいたはずだから、時間的にも矛盾しない。
 もっとも『舞姫』のストーリーが鴎外自身の経験に基づくとしている声が全部ではなく、鴎外はむしろ当時の日本からの留学生や政治家などに下半身の行儀が悪い人たちが目立ち、あちこちで現地妻を作ったりしているのを見て義憤を感じ同胞男性をネタにしてやった、という説があった。その手の素行の日本男性自身は当然反省などしておらず、鴎外はそれに抗議する意味で『舞姫』の主人公にはきちんと自分の素行について自省させたのであると。そうだとするとまさにその肝心な部分、鴎外が「文学的に」付け加えた部分がトゥルゲーネフとダブっていることになる。

 さてエリスという名前を原作では「英語の名前」と言っている。以下がその箇所である。

── Как тебя зовут ── или звали по крайней мере?
── Зови меия Эллис.
── Эллис! Это английское имя! Ты англичанка? Ты знала меня прежде?
── Нет.

「お名前は何というんですか? というよりせめて何といったんですか?」
「エリスと呼んでください」
「エリス!英語の名前じゃないですか!イギリス人なの?私の事を前から知っていたんですか?」
「いいえ」


これを鴎外当時のドイツ語のレクラム文庫ではこう訳してある。

„Wie heißest du? ── oder wie hast du einstmals geheißen?“
„Nenne mich Ellis.“
„Ellis! Das ist ein englischer Name. Bist du eine Engländerin? Hast du mich schon früher gekannt?“
„Nein“

「お名前は何というんですか? というより昔は何といったんですか?」
「エリスと呼んでください」
「エリス!英語の名前じゃないですか!イギリス人なの?私の事を前から知っていたんですか?」
「いいえ」


上の日本語訳ほとんどがそのまま使えるほどロシア語に忠実だ。それに対し、鴎外のほうはここをどう訳しているのかという質問自体が成り立たない。短編とはいえ、40ページ以上ある作品を鴎外はたった4ページで訳しているからである。当然この部分も完全にスッポぬけている。
 原文にしてもこの「英語」という説明は実は正しくない。エリスは英語あるいはイギリスの名前ではなくて本来ウェールズ、つまりケルト語の名前だからである。トゥルゲーネフにとってはイギリスもウェールズも要は大ブリテン島ということでどちらも同じ、つまり「英国の」という意味だったのかもしれない。さらにうがった見方をすれば最後の「いいえ」は「あなたは私を前から知っていたのか」という質問に対してではなく、「エリスは英語の名前じゃないですか!」に対して向けられていたのかもしれない。いずれにせよその、少なくとも「英語あるいは英国の」と断ってある名前をドイツ人の名前ということにした鴎外はイギリスとウェールズどころか、ドイツ語と英語の区別さえついていなかったということになる。形が一見似ているし、「西欧の名前」ということでドイツだろうがイギリスだろうが同じことだと思ったのか。でもEllisとlがダブっているのは決してダテではない、言語を決めるうえで非常に重要なポイントなのだが。
 面白いことに当のイギリス人はエリスを英語の名前と言われて黙ってはいなかった。ロシア文学の英語翻訳で有名なガーネットConstance Garnettは、この作品を英語訳するとき、Эллис を「アリス」Aliceと訂正している。

'What is your name, or, at least, what was it?'
' Call me Alice.'
' Alice ! That 's an English name ! Are you an Englishwoman ? Did you know me in
former days ?'
' No.'

Эллис がアリスでないことくらいガーネット氏だってわかっていたはずだ。確かに英語の[æ]はロシア語で э として写し取られることが多いが、それなら上でも述べたようにアリスは Элис になってlが一つであるはずだ。現にドイツの作家のハインリヒ・ベルHeinrich Böllはロシア語ではГенрих Бёлльでちゃんと原語通りlが二つある。さらに(しつこくてすみません)「不思議の国のアリス」はАлиса в Стране чудесであって、AがЭになっていない上にlが一つである。トゥルゲーネフがAliceをЭллис として写し取った可能性は低く、ガーネット氏の意図的な操作としか思えない。これを例えるに、どこかの人が書いた小説で「サンニョアイヌ」を「日本人の名前」としてあったのを日本人の翻訳家が「三田」あるいは「三村」に変えるようなものか。

  さて、鴎外の「翻訳」であるが、そもそも翻訳になっていないそのテキストにも珍しく原文が特定できる箇所がある。しかしそこでも以下のような意図不明のはしょりが見られる。まずロシア語の原作の部分が

Я задумался.
── Divus Cajus Julius Caesar!… ── воскликнул я вдруг, ── Divus Cajus Julius Caesar!  ── повторил я протяжно.  ── Caesar!

私は考え込んだ。
── ディヴス カユス ユリウス カエサル!… そして突然叫んだ、── ディヴス カユス ユリウス カエサル! それからゆっくりと繰り返した。── カエサル!

ドイツ語訳では忠実にこうなっている。

Ich überlegte einen Augenblick, dann rief ich: Divus Cajus Julius Cäsar! Divus Cajus Julius Cäsar! Wiederholte ich, den Ton dehnend.  Cäsar!

しかし鴎外はこれを勝手に足し算してこう訳している。

余はしばいたゆたひしが、声高くヂウス カユス ユリウス チエザルと三たびまで叫びぬ。

呼ばれた名前の発音表記はここでは不問にするが、この訳だと内容が原文と違ってくる。なぜなら主人公が3回叫んだのはカエサルだけでその他の部分ディウス カユス ユリウスは2回しか口に出していないからだ。そういえばこの手の「勝手な足し算」は『23.日本文学のロシア語訳』で述べた井上靖のロシア語訳にも見られる。まあ鴎外のこの翻訳は40ページを4ページに切り詰めたわけだから、この程度のチョン切り方は不思議でないが。

 とにかく鴎外を追いかけてきたエリーゼと『舞姫』のエリスとは名前の上では結びつかない。実は苗字のほうがよほど怪しい(?)。舞姫エリスの苗字「ワイゲルト」(Weigertと書くのだろう)と追っかけてきたエリーゼの苗字ヴィーゲルトWiegertは i と e を並べ替えただけの違いだからである。ではその追っかけエリーゼとは誰なのか。その人となりを鴎外の義弟(歳はこちらのほうが上だったが)の小金井良精が「ちっとも悪気のないまったくの善人。むしろ少し足りないくらいに思われる」と描写している。いわゆるナイーブで世間知らずな人だったようで、留学生たちが冗談で鴎外を追って日本に行けとそそのかしたらしい。それをマに受けて日本で手芸などで身を立てるつもりで来てしまったようだ。問題はその旅行費の出所で、良精の孫の星新一は「手芸や踊りで貯められる額ではない。鴎外がドイツで手切れ金を手渡していたのではないか。その際これは手切れ金であることを向こうに通じていなかったのでは」と推測している。
 このこととエリーゼという名前を踏まえて鴎外の『独逸日記』をみてみると候補者が二人見つかる。その一人だが、明治18年8月13日に鴎外はフォーゲルさんといううちの晩さん会に招かれるがそこで赤い服を着た女の子に会う。その子のことを鴎外は「性はなはだ温和なり。」と描写している。フォーゲル家に行儀見習いで住み込んでいたのだという。その次、9月12日にまたフォーゲル家に言ったとき家の者からその女の子が鴎外がまた来るのを楽しみにしてましたよと告げられる。この女の子の名前が「リイスヘン」Lieschenといって、これは代表的なエリーゼの愛称形の一つだ。ただ鴎外自身は名前を覚えておらず、「リイスヘンが待っていたんだよ」と言われて初めて誰かいなと思ってみてみたら先の赤い服の少女であったという。さらにその次の12月の24日にまたフォーゲル家に行ったらそのリイスヘンが「ドクターが来た!」と歓声をあげて喜んだ。この鴎外の描写をみた限りでは、鴎外のほうはリイスヘンを別に何とも思っていなかったようだ。もちろんその後もフォーゲルさんちに遊びにいった際リースヘンに会っていただろうが、単なる知り合いのレベルを超えたとは思えない。やはり日本の留学生が無責任にあることないこと吹き込んだのだろう。また渡航費の出所も別にエリーゼ自身が貯めたり鴎外から貰ったりしたのではなく、娘に大甘な裕福なパパが出してくれたのかもしれない。当時のフォーゲル家にはリイスヘンの他にも見習いや家事手伝いで富商の子供が住み込んでいたのだ。
 私はこの女の子がエリーゼ・ヴィーゲルトの第一候補だと思っているが、もう一人リイゼLiseという名前が出てくる。これもエリーゼの愛称形だ。明治19年10月31日に「家主シャウムベルヒSchaumbergの子オットオ、リイゼOtto、Lise等を伴ひて「パノプチイクム」Panoputicumを観る。蠟偶の見せ物なり」とある。 Schaumbergをシャウムベルヒと発音するのはベルリン訛だが、それよりこの名前は『舞姫』に出てくる狒狒爺、といっては言いすぎだがエリスを囲い者にしようとする座長の名前である。さらにオットーという名前を鴎外は自分の息子につけているくらいだから、リイゼのほうも鴎外にとっては重要な人だったのかな、と思えないこともない。このリイゼが第二候補である。

 いろいろ気になっていたのでこのエリスという名前の出所や鴎外へのトゥルゲーネフの影響について言及している研究論文でもあるかと思って検索してみたのだが見つからなかった。トゥルゲーネフについては鴎外自身、上述の『独逸日記』での明治20年5月28日にカフェでたむろしていた玄人筋の女性の一人が「魯人ツルゲエネフ」の小説を知っていたので驚いた、と書いている。鴎外がある意味トゥルゲーネフに私淑していたことがわかるし、ロシア文学は明治時代の日本文学に絶大な影響を与えたのだから鴎外に影響しないはずはないのにその辺が無視されているのはなぜなのか。
 天下の森鴎外・舞姫である。百の単位でいそうな研究者がこれだけ長い間研究し続けてきた中で鴎外が訳したトゥルゲーネフ作品にエリスという人物がいることに誰一人気づかなかったとなどということは100%ありえないのでその可能性は除外すると、『舞姫』とトゥルゲーネフとの文学的関連性について積極的に扱った著作が見つからなかった原因として考えられるのは次の3つである。可能性の高い順に並べてみる。
1.私の探し方が悪かった。
2.エリスの名がロシア文学から来ていることなど皆とっくに知っているので当たり前すぎてわざわざ言い立てる必要がなかった。
3.あくまでエリスはエリーゼであって鴎外の文学活動はトゥルゲーネフには影響されていないとすでに確認されていた。

2と3はまとめることができて、要するに「日本文学研究者の間では『舞姫』へのトゥルゲーネフの影響というテーマには研究する価値がないというコンセンサスがあった」ということだ。その価値なし・決着済みのテーマを何も知らない二葉・亭四迷なアホ部外者がほじくり返してしまった、ということなのだろうか。知っている人がいたらちょっと教えてほしい。

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 以前にもちょっと述べたが、ドイツの土着言語はドイツ語だけではない。国レベルの公用語はたしかにドイツ語だけだが、ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章(『130.サルタナがやって来た』『37.ソルブ語のV』『50.ヨーロッパ最大の少数言語』参照)に従って正式に少数民族の言語と認められ保護されている言語が4言語ある。つまりドイツでは5言語が正規言語だ。
 言語事情が特に複雑なのはドイツの最北シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州で、フリースラント語(ドイツ語でFriesisch、フリースラント語でFriisk)、低地ドイツ語(ドイツ語でNiederdeutsch、低地ドイツ語でPlattdüütsch)、デンマーク語(ドイツ語でDänisch、デンマーク語でDansk)、そしてもちろんドイツ語が正規言語であるがロマニ語話者も住んでいるから、つまりソルブ語以外の少数言語をすべて同州が網羅しているわけだ。扱いが難しいのはフリースラント語で、それ自体が小言語であるうえ内部での差が激しく、一言語として安易に一括りするには問題があるそうだ。スイスのレト・ロマン語もそんな感じらしいが、有力な「フリースランド標準語」的な方言がない。話されている地域もシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州ばかりでなく、ニーダーザクセン州にも話者がいる。そこでfriesische Sprachen、フリースラント諸語という複数名称が使われることがよくある。大きく分けて北フリースラント語、西フリースラント語、ザターラント語(または東フリースラント語)に区別されるがそのグループ内でもいろいろ差があり、例えば北フリースラント語についてはちょっと昔のことになるが1975年にNils Århammarというまさに北ゲルマン語的な苗字の学者がシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の言語状況の報告をしている。

北フリースラント(諸)語の状況。
Århammar, Nils. 1975. Historisch-soziolinguistische Aspekte der Nordfriesischen Mehrsprachigkeit: p.130から

nordfriesisch

 さて、デンマーク語はドイツの少数民族でただ一つ「本国」のある民族の言語だが、この言語の保護政策はうまくいっているようだ。まず欧州言語憲章の批准国はどういう保護政策を行ったか、その政策がどのような効果を挙げているか定期的に委員会に報告しなければいけない。批准して「はいそれまでよ」としらばっくれることができず、本当になにがしかの保護措置が求められるのだが、ドイツも結構その「なにがしか」をきちんとやっているらしい。例えば前にデンマークとの国境都市フレンスブルクから来た大学生が高校の第二外国語でデンマーク語をやったと言っていた。こちらの高校の第二外国語といえばフランス語やスペイン語などの大言語をやるのが普通だが、当地ではデンマーク語の授業が提供されているわけである。
 さらに欧州言語憲章のずっと以前、1955年にすでにいわゆる独・丁政府間で交わされた「ボン・コペンハーゲン宣言」Bonn-Kopenhagener Erklärungenというステートメントによってドイツ国内にはデンマーク人が、デンマーク国内にはドイツ人がそれぞれ少数民族として存在すること、両政府はそれらの少数民族のアイデンティティを尊重して無理やり多数民族に同化させないこと、という取り決めをしている。シュレスヴィヒのデンマーク人は国籍はドイツのまま安心してデンマーク人としての文化やアイデンティティを保っていけるのだ。
 シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州には第二次大戦後すぐ作られた南シュレスヴィヒ選挙人同盟という政党(ドイツ語でSüdschleswigscher Wählerverband、デンマーク語でSydslesvigsk Vælgerforening、北フリースラント語でSöödschlaswiksche Wäälerferbånd、略称SSW)があるが、この政党も「ボン・コペンハーゲン宣言」によって特権を与えられた。ドイツでは1953年以来政治政党は選挙時に5%以上の票を取らないと州議会にも連邦議会にも入れないという「5パーセント枠」が設けられているのだが、SSWはその制限を免除されて得票率5%以下でも州議会に参入できることになったのである。

SSWの得票率。なるほど5%に届くことはまれなようだ。ウィキペディアから
SSW_Landtagswahlergebnisse.svg

 こうやって少数言語・少数民族政策がある程度成功していることは基本的に歓迎すべき状況なので、まさにこの成功自体に重大な問題点が潜んでいるなどという発想は普通浮かばないが、Elin Fredstedという人がまさにその点をついている。
 独・丁双方から保護されているのはあくまで標準デンマーク語だ。しかしシュレスヴィヒの本当の土着言語は標準語ではなく、南ユトランド語(ドイツ語でSüdjütisch、デンマーク語でSønderjysk)なのである。このことは上述のÅrhammarもはっきり書いていて、氏はこの地(北フリースラント)で話されている言語は、フリースラント語、低地ドイツ語、デンマーク語南ユトランド方言で、その上に二つの標準語、標準ドイツ語と標準デンマークが書き言葉としてかぶさっている、と描写している。書き言葉のない南ユトランド語と標準デンマーク語とのダイグロシア状態だ、と。言い変えれば標準デンマーク語はあくまで「外から来た」言語なのである。この強力な外来言語に押されて本来の民族言語南ユトランド語が消滅の危機に瀕している、とFredstedは2003年の論文で指摘している。この人は南ユトランド語のネイティブ・スピーカーだ。

 南ユトランド語は13世紀から14世紀の中世デンマーク語から発展してきたもので、波動説の定式通り、中央では失われてしまった古い言語要素を保持している部分があるそうだ。あくまで話し言葉であるが、標準デンマーク語と比べてみるといろいろ面白い違いがある。まず、標準語でstødと呼ばれる特有の声門閉鎖音が入るところが南ユトランド語では現れない:
            標準デンマーク語     南ユトランド語
selv       [sɛlˀ]                               [siel], [sjel]       「自分、自身」
salt        [salˀd̥]                             [sɔld]                  「塩」
hånd      [hɔnˀ]                             [ha:(ʔ)n]              「手」
trug       [tʁuʔ]                              [tʁɔʋ]                  「桶」

l と n が対応している例もある。
              標準デンマーク語   南ユトランド語
nøgle      [nɔilə]                           [løçl]                  「鍵」

 もちろん形態素やシンタクスの面でも差があって、南ユトランド語は語形変化の語尾が消失してしまったおかげで、例えば単数・複数の違いが語尾で表せなくなったため、そのかわりに語幹の音調を変化させて示すようになったりしているそうだ。語彙では低地ドイツ語からの借用が多い。長い間接触していたからである。

 中世、12世紀ごろに当地に成立したシュレスヴィヒ公国の書き言葉は最初(当然)ラテン語だったが、1400年ごろから低地ドイツ語(ハンザ同盟のころだ)になり、さらに1600年ごろからは高地ドイツ語を書き言葉として使い始めた。その間も話し言葉のほうは南ユトランド語だった。これに対してデンマーク王国のほうでは標準語化されたデンマーク語が書き言葉であったため、実際に話されていた方言は吸収されて消えて行ってしまったそうだ。『114.沖縄独立シミュレーション』でも述べたように「似た言語がかぶさると吸収・消滅する危険性が高い」というパターンそのものである。シュレスヴィヒ公国ではかぶさった言語が異質であったため、南ユトランド語は話し言葉として残ったのだ。公国北部ではこれが、公国南部では低地ドイツ語が話されていたという。低地ドイツ語がジワジワと南ユトランド語を浸食していってはいたようだが、19世紀まではまあこの状況はあまり変化がなかった。
 1848年から1864年にかけていわゆるデンマーク戦争の結果、シュレスヴィヒはドイツ(プロイセン)領になった。書き言葉が高地ドイツ語に統一されたわけだが、その時点では住民の多数がバイリンガルであった。例えば上のFredsted氏の祖母は1882年生まれで高等教育は受けていない農民だったというが、母語は南ユトランド語で、家庭内ではこれを使い、学校では高地ドイツ語で授業を受けた。さらに話された低地ドイツ語もよく分かったし、標準デンマーク語でも読み書きができたそうだ。
 第一世界大戦の後、1920年に国民投票が行われ住民の意思で北シュレスヴィヒはデンマークに、南シュレスヴィヒはドイツに帰属することになった。その結果北シュレスヴィヒにはドイツ語話者が、南シュレスヴィヒにはデンマーク語話者がそれぞれ少数民族として残ることになったのである。デンマーク系ドイツ人は約5万人(別の調べでは10万人)、ドイツ系デンマーク人は1万5千人から2万人とのことである。

 南シュレスヴィヒがドイツに帰属して間もないころ、1924の時点ではそこの(デンマーク系の)住民の書いたデンマーク語の文書には南ユトランド語やドイツ語の要素が散見されるが1930年以降になるとこれが混じりけのない標準デンマーク語になっている。南ユトランド語や低地ドイツ語はまだ話されてはいたと思われるが、もう優勢言語ではなくなってしまっていたのである。
 これは本国デンマークからの支援のおかげもあるが、社会構造が変わって、もう閉ざされた言語共同体というものが存続しにくくなってしまったのも大きな原因だ。特に第二次大戦後は東欧からドイツ系の住民が本国、例えばフレンスブルクあたりにもへどんどん流れ込んできて人口構成そのものが変化した。南ユトランド語も低地ドイツ語もコミュニケーション機能を失い、「話し言葉」として役に立たなくなったのである。現在はシュレスヴィヒ南東部に50人から70人くらいのわずかな南ユトランド語の話者集団がいるに過ぎない。

 デンマークに帰属した北シュレスヴィヒはもともと住民の大半がこの言語を話していたわけだからドイツ側よりは話者がいて、現在およそ10万から15万人が南ユトランド語を話すという。しかし上でもちょっと述べたように、デンマークは特に17世紀ごろからコペンハーゲンの言語を基礎にしている標準デンマーク語を強力に推進、というか強制する言語政策をとっているため南ユトランド語の未来は明るくない。Fredsted氏も学校で「妙な百姓言葉を学校で使うことは認めない。そういう方言を話しているから標準デンマーク語の読み書き能力が発達しないんだ」とまで言い渡されたそうだ。生徒のほうは外では標準デンマーク語だけ使い、南ユトランド語は家でこっそりしゃべるか、もしくはもう後者を放棄して標準語に完全に言語転換するかしか選択肢がない。南ユトランド語に対するこのネガティブな見方は、この地がデンマーク領となるのがコペンハーゲン周りより遅かったのも一因らしい。そういう地域の言語は「ドイツ語その他に汚染された不純物まじりのデンマーク語」とみなされたりするのだという。つまりナショナリストから「お前本当にデンマーク人か?」とつまはじきされるのである。そうやってここ60年か70年の間に南ユトランド語が著しく衰退してしまった。
 かてて加えてドイツ政府までもが「少数言語の保護」と称して標準デンマーク語を支援するからもうどうしようもない。

 が、その南ユトランド語を堂々としゃべっても文句を言われない集団がデンマーク内に存在する。それは皮肉なことに北シュレスヴィヒの少数民族、つまりドイツ系デンマーク人だ。彼らは民族意識は確かにドイツ人だが、第一言語は南ユトランド語である人が相当数いる。少なくともドイツ語・南ユトランド語のバイリンガルである。彼らの書き言葉はドイツ語なので、話し言葉の南ユトランドが吸収される危険性が低い上、少数民族なので南ユトランド語をしゃべっても許される。「デンマーク人ならデンマーク人らしくまともに標準語をしゃべれ」という命令が成り立たないからだ。また、ボン・コペンハーゲン宣言に加えて2000年に欧州言語憲章を批准し2001年から実施しているデンマークはここでもドイツ人を正式な少数民族として認知しているから、「ここはデンマークだ、郷に入っては郷に従ってデンマーク人のようにふるまえ」と押し付けることもできない。ネイティブ・デンマーク人のFredsted氏はこれらドイツ系デンマーク人たちも貴重なデンマーク語方言を保持していってくれるのではないかと希望を持っているらしい。
 惜しむらくはデンマークで少数言語として認められているのがドイツ語の標準語ということである。独・丁で互いに標準語(だけ)を強化しあっているようなのが残念だ。

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 ロマニ語話者が言語調査をしに来た言語学者に拒否的な態度をとることがあると『50.ヨーロッパ最大の少数言語』で述べたが、アイヌ語の話者にも日本人の言語学者に対してそういう態度をとる人がいたらしい。当時発行されていた『月刊言語』という雑誌にアイヌの人がそういう趣旨の投稿をしていたのを実際見たし、言語学者側の服部四郎氏もアイヌ語をフィールドワークした際、言語学者たちがアイヌ語の調査をするのは本を出したり講演したりしてお金を儲けるためだと誤解する人がいなくはなかった、と述べている。月刊言語の投稿の執筆者も「ほとんどは学者先生の富と名声を築くために行われた作業…モノでも扱うような見下げた態度で」とのべている。しかし残念ながらこれは誤解である。なぜなら言語学者が本を書いたりたまに講演などしても全くお金など儲からないからだ。下手をすると出版費用は学者持ち、学会での講演だってむしろするほうが参加費や会費を払うものなのだ。そもそも言語学という分野そのものがマイナーであって、そんな分野で本など出しても金にも話題にもならない。1980年代にシュメール語が能格言語だという世界級の発見がなされた時のマスコミの冷たさをみてもわかる(『51.無視された大発見』参照)。構造主義の考え方にしても人類学者が使いだしてからやっと世間の人たちにも広がったが、その元の元の大元であるトゥルベツコイやヤコブソンの言語学・音韻論などはほとんど無視されている。普通の頭を持っている人は金や名声が欲しかったら絶対言語学などやらない、経済経営学かIT工学でも専攻するだろう。
 非母語者による言語記述を母語者が見るとある種の違和感を感ずることは確かにある。それで上述のアイヌの人も別箇所でその記述は「水分も血液も無くなった死体を解剖するような、血も涙も無い干涸びた学説ばかり」と言いたくなったのだろうが、これもある意味では誤解で、まさにその「違和感」が非母語者による言語記述のレゾン・デートルなのである。母語者が無意識にやっていることを可視化されると誰でも「えっ?」と思うからだ。あまりにも無意識にやっていたので母語者が見落としていること、また逆に規範文法に目をくらまされて見えないでいた言語事実も非母語者は見落とさないからだ。「日本語は外から見るとこういう言語である」、それを知る必要があるのだ。むしろ「干涸びた」無味乾燥な記述でなければいけないのである。ラテン語文法を核にして日本語を記述したロドリゲスの日本語文典などいまだに十分読むに耐えるのはそのためだ。

 しかし反面、ロマニ語やアイヌ語の話者の気持ちはよくわかる。言語学でなく語学のほうでそういう感じをもたされることが少なくないからだ。一言でいうと「母語をダシにされる屈辱感」である。日本国内の留学生や外国人の会社員が日本語を勉強したり、言語学者が自分の研究のためにアイヌ語をやったりする場合はある意味自分の生活がかかっているわけだから本当に当該言語を覚えようと思っている。真剣さの程度はやや落ちるが大学の第二外国語もまあ単位、ことによると卒業がかかっているのでついていこうとする。それに対して日本国内にいるのでもなく、単位がかかっているわけでもなく、職業的興味もないのに単なるファッションで日本語をやりに来る人もいる。そういう人はそもそも真剣に語学の勉強などやる気がない。あくまで「お楽しみ」でしかないのだ。
 彼らはごく簡単な日本語のフレーズ、「こんにちは」とか「さようなら」とか「〇〇をください」などの決まり文句を口にして日本語をしゃべっている気になりたいだけなので、
ちょっとでも難い話、例えば文法のことになるともう勉強する気が失せる。「日本語にとても興味がある」といってやってきて、文字を見せられたら「これ、本当に覚えなければいけないんですか?」と驚き次から消えた人がいる。文字や文法ばかりではない、発音もそうだ。「もう〇年間日本語をやりました」というのに「はい」「今」「何」がどうしても言えずにいた人がいたから(それぞれ「灰」、「居間」、「ナニ」になってしまう)、ちょっと練習してもらったらむくれられた。むくれられるだけならまだいい方で、「どうしてそんな高低アクセントがあるんですか日本語は?!」とか「アクセントなんて方言差があるし、意味はコンテクストから判断できるからやらなくていいと前の先生に言われました!」とか食ってかかられたことさえある。やってできないのではない、最初から練習する気がないのだ。またやらせるほうだって怖い顔をして命令したわけではない。一生懸命身振りもまじえ、にこやかな顔をしてお願いしたのだ。
 こういう、ファッション語学者は実はまじめに勉強したい人の足も引っ張っている。少し前に村上春樹がエッセイで書いていた。スペイン語を勉強しにいったら、クラスのメンバーの一人がこのタイプの皆の邪魔にしかならない「たまんない男」で、そのために氏はそのクラスでのスペイン語学習そのものを放棄してしまった。講師にはまったく不満はなかったが、これでは勉強にならないと思ったそうだ。私の知り合いも夜の学校でヒンディー語を勉強していたところ、クラスの皆から「先生が厳しすぎる」と文句が出たそうだ。その先生は熱心な先生で宿題なども出し、次回にその宿題をベースにして授業を始めるので家できちんと勉強してこないとついていけない。そうしたら生徒側から「私たちは楽しみのために勉強しているんだ。宿題なんか出されたら全然楽しくない」と声があがったというから驚く。知り合いその人は「私は勉強したいから宿題はむしろ歓迎」といったら今度はクラスメートからガリ勉とかなんとか言われたという。お楽しみが欲しかったら語学の勉強などしないでビールでも飲みに行けばいいのに、と思うのだが。
 これを例えると、パンダが大好きな人がいて、ぬいぐるみを集めたり写真を見たりするが、生物としてのパンダの姿は全く見ようとしないようなものだ。エキゾチックでキャーカワイイという自分のイメージを膨らませたいだけで、真剣に生態を研究したり、時々自分の手を切りながら笹を集め糞の掃除をして飼育したりする、つまり本当にパンダとかかわる気は全くない。下手をすると本物のパンダはぬいぐるみほどモフモフしていないからイメージを壊されるといって邪魔にしかねない。つまりパンダ、あるいは日本語をダシにして精神的自慰、といって悪ければ自己陶酔しているだけである。教える側にも相手のエキゾシズム自慰に便乗しているような感じの人がたまにいる。動物園訪問者のイメージ通りに芸をしてやる悲しきパンダだ。『127.古い奴だとお思いでしょうが…』でも述べたように私がエキゾチックジャパンを不自然に強調して相手のぬいぐるみ願望に訴えるタイプの教科書が嫌いなのもそのためだ。自らをキャーカワイイ的見世物として提供する。これは自分の尊厳を自分で貶めていることにはならないのか。「需要に合わせる」ということなのだろうか。考え込んでしまう。

 さらにこのダシが自慰を超えてマウンティングの材料になることがある。自慰なら基本自分一人でやっているから怒るのは今更発音を直されたりしてその行為を邪魔されたときだけなので放っておけるのだが、マウンティングになると黙ってそばに立っているだけで巻き込まれる。「ワタシ日本語やっているのよ、できるのよ」という自慢話の聞き役をやらされるのだ。自慢を聞かされるのは全く日本語のできない人たちであることが多いが、時によるとネイティブまでがサンドバックにさせられることがある。経験したことはないだろうか、自称「すでに日本語をやったことがある」学習者が日本語の授業にやってくる、それはいいのだがその意図はさらに勉強を進めることではなくて周りの(初心者学習者に)「どうだ私はできるだろう」と見せびらかしたい、講師に「本当にお上手ですね」とほめてもらいたいことにあるのが露骨に感じ取れるタイプの学習者を。上で述べた人もひょっとしたら「あなたの日本語は完璧だ、よくできる」と言ってもらうつもりだったのがアテが外れてムッとしたのかもしれない。講師が日本語非母語者だったら、「あの先生は私より日本語ができない」とかなんとか人のせいにすることもできただろうが、さすがにネイティブ相手だとその論法が効かず、マウント願望が宙に浮いてしまったのか。こういうタイプは大抵次から来なくなる。生活も単位もかかっていないとやめるのも実に早い。
 マウンティングのさらなる発展形として「自分より当該言語が出来るネイティブを邪魔者扱い、敵視する」というのがある。もっともこれは日本の英語教師の帰国子女いじめなどにもみられる通り日本語学習者に限ったことではないが。以前にスペイン語のネイティブも、スペイン語学部を取り仕切っている非ネイティブの教授かなんかに煙たがられたという話をしていた。
 自慰にしてもマウンティングにしても対象がエキゾチックなマイナー言語である場合のほうが程度がはなはだしい。例えば世界言語の英語なら実際にできる人も多いし、できる基準も皆わかっているからさすがにやたらと「英語ができる」とか「英語のオベンキョしてるのよ」などと軽々しく自慢したりはできまい。すぐボロがでるからだ。マイナー言語だと誰もその基準を知らないのでホラを真に受けやすいのだ。「さようなら」が言えずに「ざよなーらー」と無茶苦茶な発音をしても周りの人は感心してくれるのである。中国人や韓国人には相当日本語ができても変に見せびらかす人が少ないのは東アジアでは日本語がエキゾチック言語などではないのと、東アジア人には本気で日本語をやりたい、つまり生活がかかっている人が多いからだろう。「お楽しみ」などではないのである。もちろん語学をダシにしての自慰・マウンティング行為は欧米人の専売特許ではない。上述の帰国子女いじめでもわかるように私も含めた日本人だっていくらもやっている。私自身も振り返ると相当チャライ態度で語学に臨んでいた。今考えると慙愧の念に耐えない。困ったものだ。

 確かに自慰・マウンティングのダシになるのは語学ばかりではない。芸術、スポーツ、あらゆる文化活動が材料にはなる。しかし言語と他の文化活動を比べると一つだけ決定的な違いがある。言語というのはその言語を母語とする民族がその精神活動、文化活動、歴史などをすべてそれをベースにして築き上げてきた、いわば民族の精神の支柱、民族の精神のエッセンスであるということだ。その言語を軽く扱い、いわんやエキゾシズム自慰のダシにする、ロクにできもしないのにできた顔をする、さらにネイティブを煙たがったりするのはその民族の精神活動全体、民族そのものを軽く見るようなものではないのか。
 いうまでもないが、学習者を一絡げに「当該言語を軽く見ている」などというつもりはない。第一にそういう、学習意欲より自慢や自己陶酔願望のほうが前面に出てきているような人は圧倒的少数だし、第二に彼らだって悪気でやっているのではないからだ。言語、特に非母語の学習は一生毎日やっても十分なところまで行き着かないだろう。彼らはその道の遠さが見えていないか、あるいは見ると目がくらむので敢えて見ようとしないかだ。誰だって空しくなるだろうから。だがそこで空しいのは学習者ばかりではない、教えるネイティブのほうだって空しいのである。いわゆる語学アドバイスの類で完全にスッポ抜けている視点がまさにこの母語者に対する配慮であろう。「間違いなど気にするな。発音など気に病むな。勇気をもって話しかけろ」とよく言うが、そういう言語で話しかけられた母語者、自分たちの精神の支柱である母語がボロボロにされているのを見せつけられる母語者のほうがどういう気持ちになるか全然考慮されていない。もちろん普通の人は外国人の言葉が少しくらい不完全でも露骨に嫌な顔などしないだろう。気前よく付き合ってくれるが、でもそれはあくまで向こうが我慢しているのだということをこちらは忘れてはいけない。また向こうが何回も聞き直してくると気を悪くしたりする人。「こっちだって一生懸命しゃべっているんだ。そのくらい聞き取ってくれてもいいだろう」とでも言いたいのか?当該言語を破壊しているのは自分なのに、そのうえ母語者をその破壊言語に付きあわせるつもりか?聞き直すのは向こうだって理解したいから聞き直すのである。つまり向こうはこちらに歩み寄っているのに怒ったりスネたりするのは母語者への思いやりがすっぽ抜けているからだ。
 私が今までに遭遇した「外国語の学び方」の類でその点に言及していたのはたった一つだった。英語の学び方についての本だったが、当地の大学に何年か留学していて、本人は楽に英語が話せるつもり、上級のつもりでおり、そろそろ他の日本人の英語にイチャモンをつけて「オレは他の日本人より英語ができる」と自己陶酔しだすレベルの中級話者は往々にして「自分は気持ちよくしゃべっているつもりでも、その英語が相手に苦痛を与えているということに全く気付いていないから始末が悪い」と指摘していた。実はこの「ネイティブに苦痛を与えるか与えないか」というのがヨーロッパ言語共通参照枠(『123.犬と電信柱』参照)のBレベルとCレベルの違いである。Bの後半になれば学生や研究者として論文を書いたりできるが、語学としてはあくまで中級である。
 もう一つ語学書ではないが、「ハウサ語を勉強する利点」という文脈で松下 周二という人が「利点は全くありません。片言のハウサをしゃべったくらいで胸襟を開いてくれるような甘いハウサは一人もいないでしょう」とニベもないことを言っていた。そういえば、欧米ではあまり見かけないが日本ではちょっとでも日本語を話すと「まあお上手ですね」などとほめられることが多い。私はこの言葉の裏には「さあ褒めてあげましたよ。もう気が済んだでしょう?だからもう私たちの大切な母語をそうやってブロークンに千切って聞かせるのやめてくれませんか?」という母語者のホンネ、ある意味では必死の懇願が隠れているような気がしてならない。

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