アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:ルーマニア語

注意:この記事はGoogle Chromeで見るとレイアウトが崩れてしまいます。私は回し者ではありませんが、できればMozilla Firefoxをお使いください

 いろいろな言語が、語族が違うにもかかわらず、その地理的な隣接関係によって言語構造、特に統語構造に著しい類似性類似性を示すことがある。これをSprachbund(シュプラッハブント)、日本語で言語連合現象と言うが、この用語は音韻論で有名なニコライ・トゥルベツコイの言葉で、もともとязыковой союз(ヤジコヴォイ・ソユーズ、うるさく言えばイィジカヴォイ・サユース)というロシア語だ。バルカン半島の諸言語が典型的な「言語連合」の例とされる。

 その「バルカン言語連合」の主な特徴には次のようなものがある。
1.冠詞が後置される、つまりthe manと言わずにman-theと言う。
2.動詞に不定形がない、つまりHe wants to go.と言えないのでHe wants that he goes.という風にthat節を使わないといけない。
3.未来形の作り方が特殊で、補助動詞でもなく動詞の活用でもなく、不変化詞を動詞の前に添加して作る。その不変化詞はもともと「欲しい」という意味の動詞が退化してできたものである。

 このバルカン言語連合の中核をなすのはアルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア・マケドニア語である。人によっては現代ギリシア語も含めることがある。アルバニア語、ギリシア語は一言語で独自の語派をなしている独立言語(印欧語ではあるが)、ブルガリア語・マケドニア語はセルビア語・クロアチア語やロシア語と同じスラブ語派、ルーマニア語はスペイン語、イタリア語、ラテン語と同様ロマンス語派である。
 セルビア語・クロアチア語は普通ここには含まれない。満たしていない条件が多いからだ。しかしそれはあくまで標準語の話で、セルビア語内を詳細に観察して行くと上の条件を満たす方言が存在する。ブルガリアとの国境沿いとコソボ南部で話されているトルラク方言と呼ばれる方言だ。この方言では冠詞が後置されることがある。つまりセルビア語トルラク方言は、前にも言及した北イタリアの方言などと同じく、重要な等語線が一言語の内部を走るいい例なのだ。

 旧ユーゴスラビアであのような悲惨な紛争が起こって、多くの住民が殺されたり避難や移住を余儀なくされた。言語地図もまったく塗り替えられてしまったに違いない、あのトルラク方言はどうなっているのだろうと気にしていたのだが、先日見てみたらしっかりUNESCOの「危機に瀕した言語リスト」に載っていた。

565px-Torlak
セルビア語トルラク方言の話されている地域

 さらに調べていたら、上述の1の現象に関連して面白い話を見つけたのでまずご報告。地理的に隣接する言語の構造がいかに段階的に変化していくかといういい例だ。

1.バルカン言語連合の「中核」ブルガリア語は上で述べたようにこの定冠詞theを後置する。ъという文字はロシア語の硬音記号と違ってここではいわゆるあいまい母音である。

grad → grad-ъt    男性名詞
  (a city → the city)
žena → žena-ta     女性名詞
  (a woman → the woman)
dete → dete-to      中性名詞
  (a child → the child)

2.バルカン言語連合に属さないセルビア語標準語には、定冠詞と呼べるものはなく、指示代名詞だけだ。日本語のように「これ」「それ」「あれ」の3分割体系の指示代名詞。標準セルビア語だからこれらの指示代名詞は前置である。

男性名詞
  ovaj grad   この町
  taj grad   その町
  onaj grad   あの町

女性名詞
  ova žena   この女
  ta žena   その女
  ona žena   あの女

中性名詞
  ovo dete   この子
  to dete   その子
  ono dete   あの子

3.西ブルガリア語方言とマケドニア語、つまりセルビア語と境を接するスラブ語はこの3分割を保ったまま、その指示代名詞が後置される。つまり、「冠詞」というカテゴリー自体は未発達のまま後置現象だけ現われるわけだ。

grad 町
  grad-ov    この町
  grad-ot     その町
  grad-on    あの町
žena 女
  žena-va    この女
  žena-ta    その女
  žena-na    あの女
dete 子
  dete-vo    この子
  dete-to    その子
  dete-no    あの子

3のマケドニア語と2の標準セルビア語を比べてみると前者では3種の指示代名詞が名詞の後ろにくっついていることがよくわかる。形態素の形そのものの類似性には驚くばかりだ。
 Andrej N. Sobolevという学者が1998年に発表した報告によれば、セルビア語トルラク方言でもこの手の後置指示代名詞が確認されている。例えば、

čovek-əv  この男・この人 (男性名詞単数形)
čovek-ət  その男・その人 (男性名詞単数形)
žena-va     この女        (女性名詞単数形)
zima-na   あの冬     (女性名詞単数形)
dete-vo   この子     (中性名詞単数形)
dete-no   あの子     (中性名詞単数形)
selo-vo    この村     (中性名詞単数形)

końi-vi   これらの馬       (男性名詞複数形)
godine-ve   これらの年       (女性名詞複数形)
oči-ve    これらの目、この両目(中性名詞複数形)

əというのは上のブルガリア語のъと同じくあいまい母音。godine-ve以下の3例は複数形だ。全体として西ブルガリア語方言とそっくりではないか。

 おまけとして、「バルカン言語連合中核」アルバニア語及びルーマニア語の定冠詞後置の模様を調べてみた。一見して、1.アルバニア語はルーマニア語に比べて名詞の格変化をよく保持している(ブルガリア語はスラブ語のくせに英語同様格変化形をほとんど失っている)、2.さすがルーマニア語は標準イタリア語といっしょに東ロマンス語に属するだけあって、複数形は-iで作ることがわかる。3.ルーマニア語はさらにスラブ語から影響を受けたことも明白。prieten「友人」は明らかに現在のセルビア語・クロアチア語のprijatelj「友人」と同源、つまりスラブ語、たぶん教会スラブ語からの借用だろう。ついでにクロアチア語で「敵」はneprijatelj、「非友人」という。

アルバニア語:
「少年」
・単数 (a boy → the boy)
主格 djalё →  djali
属格 djali  →  i djalit
与格 djali  →  djalit
対格 djalё →  djalin
奪格 djali  →  djalit

・複数 (boys → the boys)
主格 djem        → djem
属格  i djamve → i djemvet
与格 djemve    → djemvet
対格 djem       →  djem
奪格 djemsh    → djemvet

「少女」
・単数 (a girl → the girl)
主格 vajzё   →  vajza
属格 i vajzё →  i vaizёs
与格 vajzё   →  vajzёs
対格 vajzё   →  vajzёn
奪格 vajzё   → vajzёs

・複数 (girls → the girls)
主格 vajza      →  vajzat
属格 i vajzave →  i vajzavet
与格 vajzave  →  vajzavet
対格 vajza      →  vajzat
奪格 vaijzash  →  vaijzavet

ルーマニア語
「友人」
・単数 (a friend → the friend)
主格 prieten → prietenul
属格 prieten → prietenului
与格 prieten → prietenului
対格 prieten → prietenul

・複数 (friends → the friends)
主格 prieteni → prietenii
属格 prieteni → prietenilor
与格 prieteni → prietenilor
対格 prieteni → prietenii

「家」
・単数 (a house → the house)
主格 casă → casa
属格 case → casei
与格 case → casei
対格 casă → casa

・複数 (houses → the houses)
主格 case → casele
属格 case → caselor
与格 case → caselor
対格 case → casele

 私はある特定の言語のみをやるという姿勢そのものには反対しない。一言語を深くやれば言語一般に内在する共通の現象に行きつけるはずだとは思うし、ちょっと挨拶ができて人と擬似会話を交わせる程度で「何ヶ国語もできます」とか言い出す人は苦手だ。でも反面、ある特定の一言語、特にいわゆる標準語だけ見ていると多くの面白い現象を見落としてしまうこともあるのではないだろうか。言語、特に地理的に近接する言語はからみあっている。そして「標準語」などというのはある意味では幻想に過ぎない。


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 「二重否定」または「多重否定」という言葉を語学の授業ではよく聞くが、私は今までこの「多重否定」というのをちょっと広すぎる意味でボーっと理解していた。 

 否定の言葉をセンテンス内で2度使うという同じ構造がまったく反対の機能をもつようになることがある。一つは否定が否定されて結局肯定の意味になるもの。日本語の「ないものはない」が「すべてある」、「なくはない」が「ある」の意味になるのがこの例だ。マイナスにマイナスをかけるとプラスになるようなもの。ドイツ語だと、

Er ist nicht untalentiert.
He + is + not + untalented
→ 彼は才能がなくない = 彼は才能がある

オランダ語にも例があって、

Jan heeft niet niemand gebeld
Jan + has + not + nobody + called
→  ‘Jan didn’t call nobody’ = ‘Jan called somebody’


しかしこれとは反対に否定を重ねてもやっぱり否定の意味になるものがある。いやそれどころか重ねることで否定がパワーアップされることさえある。有名なのがロシア語で、否定詞を重ねるのが義務で、うっかり一方を忘れると「ちゃんと最後まで否定しろ!」と怒られる。 例えば

Я не пойду никуда.

という文ではне が英語のnot、никуда がnowhereだから直訳するとI don’t go nowhere。でもこれは「行かないところはない」という肯定的意味ではなくて「私はどこにも行かない」だ。同様に

Я не знаю никаких лингвистов.

も、直訳するとI don’t know no linguistsで、少ししつこい感じだが、ロシア語ではこれは正規の否定形だ。「私には言語学者の知り合いがいない」。
 私はいままでこういうのも「二重否定」と呼んでいたのだが、こちらの方はnegative concord(「否定の呼応」)と呼んで「二重否定」とは区別しないといけないそうだ。でもまあ、研究者にもdouble negativeに否定の呼応を含める人も「いないことはない」から、私だけが特にいい加減な理解をしていたわけでもないらしい。
 ロシア語以外のスラブ諸語でも否定形は基本的にこの呼応タイプが標準だそうだ。例を挙げると:

チェコ語
Milan nikomu nevolá
Milan + nobody + not-calls
→ ミランは誰にも電話しない。(ne と ni が否定の形態素)

ポーランド語
Janek nie pomaga nikomu Polish
Janek + not +  helps + nobody
→ ヤネクは誰のことも助けない。(nie と ni が否定の形態素)

セルビア語・クロアチア語
Milan ne vidi nista.
Milan + not + see + nothing
→ ミランには何も見えない。
(ne と ni が否定の形態素)

 英語では基本的には否定が重なると肯定、つまり「ないものはない」タイプの二重否定だが、実際には否定の呼応も使われている。日常会話では次のような言い回しも使われるそうだ。
 
I don't feel nothin’.  → 私は何も感じない。
We don't need no water.  → 私たちには水は要らない。
I can't get no sleep.  → 私は眠れない。

ATTIKA7とかいうメタルバンドのアルバムBlood of My Enemiesに収められているCrackermanというソングにも

I don’t need no reason. → 俺には分別などいらない。

という歌詞が見つかる。

なお、古期英語や中期英語では否定の呼応が普通に使われていたそうだ。
 
 同様にしてドイツ語でも作家が時々否定の呼応を使っている例がある。クリスティアン・モルゲンシュテルンの『3羽のすずめ』という詩に、

So warm wie der Hans hat's niemand nicht.
so + warm + like/as + that Hans + has it + nobody + not
→ ハンスほど暖かい者は誰もいない 


という例がある。なおここの「暖かい」というのは心が温かいということではなくて、体が暖かだという意味だ。3羽の真ん中にいるハンスという名前のすずめは冷たい風に当たらないから一番暖かいと言っているに過ぎない。
 さらに中高ドイツ語で書かれたハルトマン・フォン・アウエの『エーレク』88行目が次のような文である。

ir ensît niht wîse liute,
you + not-are + not + wise/clever + people
→ そなたは賢き人にあらず。(en と niht が否定の形態素)


方言や日常生活では否定の呼応がゴロゴロ現れる。例えば低地ドイツ語で、

Dat will ick för keen Geld nich.
that + will + I + for + no + money + not
→ お金を貰ってもそれはやらない

私もドイツ人が

Du hast keine Ahnung von Nichts.
you + have + no + idea + of + nothing
→ 君は全く何もわかっていない。


とかいう言い回しを使っているのを聞いたことがある。でも一方でこの言い方を「受け入れがたいドイツ語」と拒否するドイツ人もいるから、言葉には揺れがあるのがわかる。
 
 ラテン語では二重否定は「肯定を強める」そうで、non nescire(not + no-know)は「とてもよく知っている」という意味だ。だがその子孫のロマンス諸語ではちゃっかり「否定の呼応」が現れる。現れるは現れるが、シンタクスの構造によっては否定が呼応してはいけない場合があるそうだ。* がついているのは非文である。

イタリア語
Non ha telefonato nessuno.
not +  has + called + nobody
→ 誰も電話して来なかった。


* Nessuno non ha telefonato. (この場合にはnonをとらないといけない)

スペイン語
No vino nadie.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Nadie no vino.  (noをとる)

ポルトガル語
Não veio ninguém.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Ninguém não veio. (nãoをとる)

ルーマニア語だと

Nu suna nimeni
not + calls + nobody
→ 誰も電話しない


という形がOKなのは上の伊・西・葡語と同様だが、さらにそこではボツを食らった構造

Nimeni nu suna

が許されるそうだ。ルーマニア語ネイティブの確認を取ったからその通りなのだろう。伊・西・葡語と違ってここでnu (not) をとらなくてもいいのだ。

 カタロニア語とフランス語は普通の一重否定でもすでに ne と pas の二つの語で挟むから、話がややこしくなるが、否定が呼応することがあるのがわかる。カタロニア語の pas はオプション。

カタロニア語
No functiona (pas) res
not + works + (not) + nothing
→ 何も機能しない。

フランス語
Jean ne dit rien à personne
Jean + not + says + nothing + to + anybody
→ ジャンは誰にも何も言わない。


ギリシア語では古典でも現代でも「否定詞が重複して用いられた場合、相殺して肯定の意味になる時と、これと反対にむしろ否定の意味が強められる場合とがある」とのことだ。両刀使いだ。

否定+否定=肯定 (古典ギリシア語)
ουδείς ουκ επασχε τι
nobody + not +  was suffering + something
→ 何か(ひどい目に)遭わない人は一人もいなかった。
→ 全員何かしらひどい目に遭っていた。


否定の呼応 (古典ギリシア語)
μή θορυβήση μηδείς
do not let +  raise an uproar + nobody/nothing
→ 誰にも騒ぎを起こさせるな


否定の呼応 (現代ギリシア語)
δεν ήρθε κανένας
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


 現代ギリシア語も上のルーマニア語と同様 nobody (κανένας)が文頭に来ても not (δεν)はそのまま居残っていい。伊・西・葡語と違う点だ。 

κανένας δεν ήρθε
→ 誰も来なかった。

前にも一度述べたように、ルーマニア語は現代ギリシア語、ブルガリア語(およびマケドニア語)、アルバニア語と言語構造に顕著な類似性を示し、「バルカン現象」と呼ばれているが(『18.バルカン言語連合』の項参照)、これもひょっとしたらその一環かもしれない。

 否定の呼応が結構いろいろな言語に見られるのにも驚いたが、それよりびっくりしたのが、このテーマを扱っている論文の多さだ。何気なく検索してみたら出るわ出るわ、何千も論文があるし、否定の呼応について丸々一冊本を出している人、博士論文を書いている人、つまりこれをライフワークにしている言語学者がウジャウジャいる。しかもその際ハードコアな論理学・生成文法系のアプローチがガンガン出てきて難しくて難しくてとても私なんぞの手に負える代物ではない。せっかくだからそのうちの一つ、古教会スラブ語から現代チェコ語に至る否定の呼応状況を調査した論文を一本紹介するが、私は読んでいない。たらい回しのようで申し訳ない。
Dočekal, Mojmír. 2009. "Negative Concord: from Old Church Slavonic to Contemporary Czech". In: Wiener Slawistischer Almanach Linguistische Reihe Sonderband 74: 29-41


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 一度バルカン言語連合という言語現象について書いたが(『18.バルカン言語連合』)、補足しておきたい続きがあるのでもう一度この話をしたい。
 バルカン半島の諸言語、特にアルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア・マケドニア語、現代ギリシア語は語族が違うのに地理的に隣接しているため互いに影響しあって言語構造が非常に似通っている、これをバルカン言語連合現象と呼ぶ、と以前述べた。そこで定冠詞が後置される現象の例をあげたが、いわゆる「バルカン言語」には他にも重大な特徴があるので、ここでちょっとを見てみたい。未来形の作り方である。

 上述の4言語は未来形作り方が特殊で、補助動詞でもなく動詞自身の活用でもなく、不変化詞を定型動詞の前に添加して作る。そしてその不変化詞というのがもともと「欲しい」という意味の動詞が退化してできたものなのだ。「私は書くでしょう」を順に見ていくと、

アルバニア語:   do të shkruaj
ルーマニア語:   o să scriu
ブルガリア語:   šte piša
現代ギリシア語:θα γράψω

「私」という代名詞は必ずしも必要でなく、shkruaj、 scriu、 piša、 γράψωがそれぞれ「書く」という動詞の一人称単数形。アルバニア語、ルーマニア語、現代ギリシャ語は接続法、ブルガリア語の動詞は直接法である。アルバニア語のtë、ルーマニア語の săが接続法をつくる不変化詞、ギリシャ語ももともとはここにναという接続法形成の不変化詞がついていたのが、後に消失したそうだ(下記参照)。まあどれも動詞定型であることに変わりはないからここではあまり突っ込まないことにして、ここでの問題は不変化詞は不変化詞でも、do、 o、 šte、 θαのほう。変わり果てた哀れな姿になってはいるが、これらはもともと「欲しい」という動詞が発達(というか退化)してきた語で、昔は助動詞で立派に人称によって活用していたのである。その活用形のうち三人称単数形がやがて代表として総ての人称に持ちいられるようになり、それがさらに形を退化させてとうとう不変化詞にまで没落してしまったのだ。

 アルバニア語のdoはもともとdua、ルーマニア語のoはoa(これだってすでに相当短いが)で、さらに遡るとラテン語のvoletに行き着く。ブルガリア語のšteはもと古教会スラブ語のxotĕti(ホチェーティ、「欲する」)の3人称単数形で、ロシア語の不定形хотеть(ホチェーチ)→三人称単数хочет(ホーチェット)、クロアチア語不定形htjeti(フティエティ)→三人称単数hoće(ホチェ)と同じ語源だ。現代ギリシア語のθαはθα <  θαν <  θα να < θε να < θέλω/θέλει ναという長い零落の過程を通ってここまで縮んだそうだ。これらの言語は語族が違うから語の形そのものは互いに全く違っているが、不変化詞の形成過程や機能はまったく並行しているのがわかるだろう。
 またこれらの未来形は動詞が定型をとっているわけだから、構造的に言うとI will that I writeに対応する。上で述べた接続法形成の不変化詞të、 să、 ναも機能としてはthatのようなものだ。またこれらの言語には動詞に不定形というものがないのだが、これも「バルカン言語現象」の重要な特徴だ。英語ならここでI will write あるいはI want to writeと言って、that節など使わないだろう。ブルガリア語でもthatにあたるdaを入れて「私は書くだろう」をšta da piša、つまりI will that I writeという方言がある。書き言葉でも時々使われるそうだが、これは「古びた言い方」ということだ。この場合、未来形形成の不変化詞がまだ助動詞段階にとどまり、完全には不変化詞にまで落ちぶれていないから全部一律でšteになっておらず、štaという一人称単数形を示している。「君は書くだろう」だとšteš da pišešだ。問題の語が語形変化しているのがわかるだろう。

 面白いのはここからなのである。

 前にも言ったように、普通「バルカン言語連合」には含まれないセルビア語・クロアチア語が、ここでも微妙に言語連合中核のブルガリア語とつながっているのだ。
 まずセルビア語・クロアチア語は動詞の不定形をもっているので、未来形の一つは「欲しい」から機能分化した助動詞と動詞不定形でつくる。言い換えるとここではまだ「欲しい」が不変化詞にまで退化しておらず助動詞どまりで済んでいるのだ。

私は書くだろう:   ću pisati
君は書くだろう:   ćeš pisati
彼は書くだろう:   će pisati
我々は書くだろう:  ćemo pisati
君たちは書くだろう: ćete pisati
彼らは書くだろう:  će pisati

ブルガリア語のštはクロアチア語・セルビア語のćと音韻対応するから、上のほう述べたブルガリア語の助動詞3人称単数形šte、その2人称形štešはセルビア語・クロアチア語では計算上それぞれće 、ćešとなるが、本当に実際そういう形をしている。一人称単数はブルガリア語でšta、セルビア語・クロアチア語でćuだからちょっと母音がズレているが、そのくらいは勘弁してやりたくなるほどきれいに一致している。セルビア語・クロアチア語では「書く」がpisatiと全部同じ形をしているが、これが動詞不定形だ。

 セルビア語・クロアチア語では上のような助動詞あるいは動詞+動詞不定形という構造と平行してthatを使った形も使う。おもしろいことに西へ行くほど頻繁に動詞不定形が使われる。なのでクロアチア語では「私はテレビを見に家に帰ります」は動詞の不定形を使って

Idem kući gledati televiziju
go (一人称単数) + home + watch(不定形)+ TV(単数対格)
→ (I) go home to watch television


というのが普通だが、東のセルビア語ではここでthatにあたるdaを使って

Idem kući da gledam televiziju
go (一人称単数) + home + that + watch(一人称単数)+ TV(単数対格)
→ (I) go home that I watch television

という言い方をするようになる。だから未来形もその調子で動詞定型を使って

私は書くだろう:   ću da pišem
君は書くだろう:   ćeš da piš
彼は書くだろう:   će da piše
我々は書くだろう:     ćemo da pišemo
君たちは書くだろう: ćete da pišete
彼らは書くだろう:  će da pišu

といえる方言がある、というよりこれが普通だそうだ。上で述べたブルガリア語の方言あるいは「古風な言い方」とまったく構造が一致している。ところがセルビア語の方言にはさらに助動詞のću /ćeš/ će/ ćemo/ ćete/ ćeという活用が退化してću /će/ će/ će/ će/ ćuとなり、かつdaが落ちるものがあるとのことだ。(私の見た本には三人称複数形の助動詞をćuとしてあったが、これはćeの間違いなのではないかなと思った。)

私は書くだろう:   ću pišem
君は書くだろう:   će pišeš
彼は書くだろう:   će piše
我々は書くだろう:  će pišemo
君たちは書くだろう: će pišete
彼らは書くだろう:  ću pišu

 ここまできたらću /će/ će/ će/ će/ ću(će?)が全部一律でćeになるまでたった一歩。あくまで仮にだが、未来形が

私は書くだろう:   će pišem
君は書くだろう:   će pišeš
彼は書くだろう:   će piše
我々は書くだろう:  će pišemo
君たちは書くだろう: će pišete
彼らは書くだろう:  će pišu

となるセルビア語の方言がありますとか言われてももう全然驚かない。この仮想方言(?)を下に示すブルガリア語と比べてみてほしい。ブルガリア語は本来キリル文だが、比べやすいようにローマ字にした。

私は書くだろう(上述):šte piša
君は書くだろう(上述):šte pišeš
彼は書くだろう:       šte piše
我々は書くだろう:      šte pišem
君たちは書くだろう:     šte pišete
彼らは書くだろう:      šte pišat

šteがćeになっただけであとはブルガリア語標準語とほとんど同じ構造ではないか。前に述べた後置定冠詞もそうだったが、セルビア語はいわゆるバルカン言語の中核ブルガリア語と言語連合の外に位置するクロアチア語を橋渡ししているような感じである。

 バルカンの言語は結構昔から大物言語学者が魅せられて研究しているが、こういうのを見せられると彼らの気持ちがわかるような気がする。もっとも「気持ちがわかる」だけで、では私も家に坐ってこんなブログなど書いていないで自分で実際に現地に行ってフィールドワークしてこよう、とまでは気分が高揚しないところが我ながら情けない。カウチポテトは言語学には向かない、ということか。


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 2013年にボストンマラソンに爆弾が仕掛けられたことがあった。犯人はツァルナエフという兄弟だったが、兄は射殺され弟は捕まった。
 この事件で真っ先に気になったのが「ジョハル」という弟の名前の出所だ。当時の新聞を見ると犯人はチェチェン人、とあり、キルギスタンやカザフスタン、ロシアなどを転々とした後、現在両親はダゲスタンにいる、ということだった。するとこの名前はチェチェン語なのか。チェチェン語はいわゆるコーカサス言語で『51.無視された大発見』で述べたような能格構造を持っている。私の見た新聞ではこの名前がローマ字でしか発表されていなかったので、こちらで勝手にロシア語綴りを想定してджохарとして検索したところ本当に説明が見つかった。

Джохар (араб. جوهر‎ чеч. ДжовхIар):мужское имя персидско-арабского происхождения, часто встречаемое в Чечне, изредка в Дагестане, Азербайджане и Иране.

「「ジョハル」(アラビア語جوهر、チェチェン語でДжовхIар「ジョフヒアル」):ペルシア語・アラビア語起源の男性の名前で、チェチェンに多く見られるが、ダゲスタン、アゼルバイジャン、イランにも時々ある。」
 
 さらにТ. А. Шумовский (T.A.シュモフスキー)という学者が次のように書いているそうだ。

«На бытовом уровне обращает на себя внимание персидское гавхар — „драгоценный камень“, которое, перейдя в арабское джавхар с тем же значением, создало помимо нарицательных на русской и английской почве собственные имена: индийское Джавахарлал, чеченское Джохар, армянское Гоар»

「ペルシャ語の単語гавхар「ガヴハル」がよく使われているのが注目される。これは「宝石」という意味で、アラビア語にも「ジャヴハル」として借用され同義に使われているが、普通名詞以外でもロシア語や英語圏で固有名詞のもとになった:ヒンディー語の名前「ジャヴァハルラル」、チェチェン語「ジョハル」、アルメニア語「ゴアル」など。」

この「英語圏」английской почвеというのは「印欧語圏」の間違いではないのか?また文脈から判断すると「ロシア」にはチェチェン語やダゲスタン語域などロシア語をリングア・フランカとして話す地域も勘定されているようだ。
 
 しかしそれより気になったのはその上の説明で「ペルシア語・アラビア語起源」とあって、ペルシャ語とアラビア語がハイフンでつながっていることだ。これらの言語は全然語族が違うからこの二つをくっつけるのは無理があるのではないか。この語はペルシャ語かアラビア語のどちらかが他方から借用したはずだ。シュモフスキーはペルシャ語が元、と言っているがそれはどうやってわかるのか?アラビア語と似た形の語形ならそこここの言語に見られる:

1.ルーマニア語の「宝石」giuvaierはオスマン時代のトルコ語cevher(「宝石・本質」)から借用されたもの。トルコ人のCevahirという名前(男女共)もこれと同源だそうだ(対応するアラビア語のJawahirとは女性の名前)。「宝石」はアラビア語でجَوْهَر ‎(jawhar)である。
 さらにトルコ語には「宝石・鉱石」という意味のmücevherという言葉がある。ここで接頭辞がmü とウムラウト化しているのは母音調和のためだろう。トルコ語mücevherの元のアラビア語の言葉مُجَوهَر (mujawhar) は本来「宝石で飾られた(もの)」という意味だそうだ。
 私が馬鹿の一つ覚えで聞いているアラビア語(『7.「本」はどこから来たか』の項参照)K-T-Bにも次のようなmuのついている例があった:

kitāb(書物);kātib(著者); maktūb (手紙);mukātaba(文書)

これで一つ覚えが一気に「馬鹿の四つ覚え」になった。すごい進歩である。

2.インドネシア語jauharもアラビア語からの借用。
3.スワヒリ語johariも見ての通りアラビア語から。
4.ヨーロッパのイスラム教国の言語、アルバニア語では「宝もの」をxhevahirと言うが、xh は dž と発音するから、これも露骨にアラビア語からの借用である。
5.スペイン語にも一目でアラビア語起源とわかるalhaja(「宝石」)という単語があった。インドネシア語のAlkitab(「聖書」「コーラン」)と同じく定冠詞つきの借用だ。ただしこれは「ジャヴハル」および「ジョハル」とは別の حاجه (ḥāǧah) という語からきていて、本来「必要な物」とか「欲望」とかいう意味だとのことだ。

 このようにあまりにもあちこちの言語でアラビア語の「宝石」が借用されているのを見て(スペイン語は別単語ではあるが)こりゃペルシャ語の方がイスラム教といっしょにアラビア語から取り入れたのではないか、という疑いがわいてきた。アルメニア語はそのペルシャ語を通したのではないだろうか。
 で、手始めに両言語の音韻組織を調べて見た。

(1)ペルシャ語
persisch

(2)アラビア語 I
Arabisch-Deutsch

(3)アラビア語 II
Arabisch_Englisch


すると「手始め」のつもりがこれで結論が出てしまった。疑いはほぼ解消。こりゃペルシャ語→アラビア語という方向しかありえない。
 まずここでの注目点は g と dž との対応だ。ペルシャ語がアラビア語から取り入れた、と仮定するとどうしてdžの音(国際音声字母だと [ʤ] )がペルシャ語で g ([g])になるのか説明がつかない。反対にペルシャ語からアラビア語に流れた、と仮定すると簡単に説明できてしまうのだ。

 アラビア語は [g] と [ʤ] を音韻的に区別しない。どちらの音も /dž/(英語の j にあたる)という音素なのである。つまりこれらはアロフォン(異音、絶対「異音素」と混同しないように)である。上の(2)を見て欲しい。 /g/ という独立した音素がない。アラビア語の ج という字は標準アラビア語では[ʤ] と発音するが、地域によってはこれを [g] と発音するところもあるし、そもそも日本語での l と r と同じく、どっちで発音しても構わないのだ。(3)のʒ~d͡ʒ~ɟ~ɡj~ɡ という部分を見るとわかるように [g] から [ʤ] まで様々な音が同じ音素の異音となっている。アラビア語では無声子音の [k] は独立音素だが、有声の [g] は音素ではないのである。
 例を挙げる。下のج という形はこの字を単独で書いた場合の形で語頭での字形は下の一番右にあるように >の下に点がついているような字だが、同じ字をエジプト方言ではg、標準アラビア語では j、つまり dž と発音することがわかるだろう。

「宝石・宝物」
標準アラビア語: جوهرة (jáwhara)
エジプト方言: جوهرة (gawhara)

「キャメル」(جمل、「駱駝」)という英語の元になったアラビア語の「駱駝」の最初の文字(右端)もこれだが、標準アラビア語というか中近東では「ジャメル」である。「カメル」あるいは「ガメル」というのはエジプト方言の発音で、イギリス人はここからとりいれたのだろう。
 
 なので、ペルシア語の g をアラビア語では جで写し取り、その字の標準アラビア語発音で dž と読んだ、そのアラビア語発音がさらに他の言語、特にイスラム教の民族の言語に伝わった、と考えると非常にすっきり説明ができる。アルメニア語はアラビア語を通さず直接ペルシャ語から取り入れたか、そもそもペルシャ語もアルメニア語も印欧語だから元の古い形がどっちにも残っていた、つまり同源だったためか、g の音が残ったのだろう。
 ルーマニア語もこれをdž で取り入れているが(上記参照)、これはアラビア語からの直接借用でなく、アラビア語からこの語を借用したトルコ語をさらに仲介している。ペルシア語→アラビア語→トルコ語→ルーマニア語という経路だ。ひょっとしたらトルコ語との間にさらにブルガリア語が介入しているのではないかとも思うが、とにかく長旅お疲れ様でした。バルカン半島は長い間トルコに支配されていたからこれはわかる。

 さてアラビア語に対してペルシャ語では g と dž はアロフォンでなく異音素である。上の(1)を参照してほしい。/g/ と /dž/ は両方独立した音素として表にのっているだろう。なので、もし「ジョハル」が原型であればそれを「ゴハル」なんかにしないでそのまま「ジョハル」という形で借用できたはずなのだ。だからこの「ゴハル」⇔「ジョハル」は、ペルシア語→アラビア語という借用方向しかありえない。

 ここまで一生懸命調べてからちょっと他の資料を覗いてみたら、「この語は現代ペルシャ語でgohar、中世ペルシャ語ではgwhl またはgōhr(「本質・宝石」、アラビア語はこの中世ペルシャ語からの借用)、そして古期ペルシャ語では*gauθraまたは*gavaθraだった」、とあっさり説明してあるではないか。文献学上ではとっくに証明済みだったわけだ。この古代ペルシャ語はgav- という語幹から派生したもので、もともと「育つ」とか「増える」という意味だそうだ。
 それにしてもせっかく自分で一生懸命検索したり考察したりした私の今までの苦労は完全に無駄な努力・余計なお世話だったのである。ちぇっ。
 
 気を取り直してさらにみてみると、ルーマニア語以外のバルカン諸言語にも「アラビア語の宝石」は広がっているらしい。次のような例が挙げてあった。

ギリシア語: τζοβαΐρι ‎(tzovaḯri、「宝石・宝物」)
セルボ・クロアチア語: džèvēr/џѐве̄р, dževáhir/џева́хир (「高価な宝石」)

「セルボ・クロアチア語」などという古い名称が使われているが、ここに挙がっているdžèvēr(ジェヴェール)、dževáhir (ジェヴァーヒル」)というのは今で言うボスニア語ではないだろうか。私の持っている相当詳しいクロアチア語・ドイツ語辞典にはこの語が出ていなかったし、ここの資料にも「regional な語」とあった。ギリシア語も「セルボ・クロアチア語」もトルコ語のcevahir を借用したらしい。
 さらに面白いことに、現代ペルシャ語は、もともと自分たちのほう、つまり中世ペルシャ語からアラビア語に輸出した語を後になってアラビア語からjauhar (または jawhar)として逆輸入している。ここではアラビア語→ペルシャ語の方向だから当然頭音が j になっていて、まさに上で音韻考察した通りの図式である。なお、そうやって里帰りした際意味の場も変化してしまい、現代ペルシャ語のjauhar が本来の「宝石」の意味で使われるのは「まれ」あるいは「古語的用法」だそうだ。jauharは普通は「本質」「インク」「酸」という意味に使われるとのこと。この3つの意味が同じ単語でいっしょになっているのが不思議だが、これじゃあまり「故郷に錦を飾った」という感じがしない。

追記:ひょっとして英語のjewel やjewelry もコレかとカン違いする人が出てきそうなので念のために書くと、これらはそれぞれ古フランス語のjouel とjueleryeが起源で、さらに遡ると俗ラテン語の*jocale ‎(「品のあるもの」)。しかしもっと遡ると最終的にはラテン語のiocusまたはjocusに行き着くそうだ。なんとこれは見ての通り「ジョーク」とか「娯楽」という意味。ウッソー!


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 エマヌエル・ガイベルという後期ロマン派の詩人の作品にZigeunerleben(「ジプシーの生活」)という詩がある。シューマンの作曲で「流浪の民」として日本でも有名だが、第二連はこうなっている。

Das ist der Zigeuner bewegliche Schar,
Mit blitzendem Aug' und mit wallendem Haar,
Gesäugt an des Niles geheiligter Flut,
Gebräunt von Hispaniens südlicher Glut.

それは移動するジプシーの群れ
きらきら光る眼と波打つ髪
ナイルの神聖な流れのほとりで乳を吸い
イスパニアの南国の灼熱に肌を焦がす
(原作の韻など全く無視した無粋な訳ですみません)


3行目「ナイルの神聖な流れのほとりで乳を吸い」という部分が気になるが、これはいわゆるジプシー、つまりロマがエジプトから来たと当時広く信じられていたからである。言いだしっぺが誰であるかはわからない。彼ら自身がそう自称したとも言われている。『50.ヨーロッパ最大の少数言語』の項でも書いたようにロマの起源はインドであるが、その存在が文献に現れるのは11世紀に当時のビザンチン帝国の記録が最初だ。当時ビザンチン帝国だけでなく、中東全般にわたって広く住んでいたらしい。彼らはキリスト教を受け入れていた(そうだ)。肌の色が浅黒く、その地では周りからコプト人と見なされていたのを巡礼目的や十字軍でパレスティナに来ていたヨーロッパ人が本国に伝えた、とも聞いた。
 これは単なる想像だが、私にはロマの方からコプト人だと自己申告したとはどうも考えにくいのである。浅黒い膚のキリスト教徒を見てヨーロッパ人が勝手にコプトだと思いこみ、ロマが特にそれに異を唱えないでいるうちにそういう説が定着してしまったのではないだろうか。そもそもロマ自身は自分たちがエジプト出身扱いされているのを知っていたのだろうか。 ヨーロッパ人側がロマをエジプトから来た人々と「思いたかった」、出エジプト記を今度はキリスト教徒を主役にして再現したかった、つまりある種の宗教ロマン物語を信じたかったのでないだろうか。そしてそういう図式が当時のキリスト教社会にアピールして定着したのでは。例えば上のガイベルの詩にもこんな部分がある。

Und magische Sprüche für Not und Gefahr
Verkündet die Alte der horchenden Schar.

そして苦境や危機に陥れば
老婆が魔法の言葉を告げる
(モーゼかこの老婆は?)


Und die aus der sonnigen Heimat verbannt,
Sie schauen im Traum das gesegnete Land.

そして陽光に満ちた故郷を追われ
祝福の地を夢に見る
(das gesegnete Landあるいはgesegnetes Land(祝福された土地)というのも聖書からの概念)


 こうやって都合のいい時だけは(?)ロマンチックな描写をするが、何か起こると、いや起こらなくてもロマは一般社会で差別抑圧されていたのである。「虐待」といってもいい。ひょっとしたら文学者はロマが普段虐待されているそのために、せめて言葉の上では美しくロマンチックに描いてやって、言い換えるとリップサービスでもしてやって読者の、いや自身の目をも現実から背けようとしたのかもしれない。
 この詩が出版されたのは1834年で、比較言語学者のポットがロマの言語とインド・イラニアン語派との類似に気づいたのは1844年、ミクロシッチが詳細な研究を行なったのが1872年から1880年にかけてだから、ガイベルはまだこの時点ではロマがインド起源ということを知らなかったのだろう。しかし一方ガイベルは1884年まで生きており、古典文献学で博士号までとっているのだからミクロシッチの論文を読んでいたかもしれない。もっとも文学と言語学というのが既に仲が悪いことに加えて、ガイベルの当時いたプロイセンとミクロシッチのいたオーストリア・ハンガリー帝国は敵同士だったから、その可能性は薄いと思うが。

 ロマはビザンチン帝国内に結構長い間住んでいたらしく、その語彙には当時のギリシア語からの借用語が目立つそうだ。例えば:

ロマニ語        ギリシア語
foro(s)  「町」   ←  foros    「広場、市場」
drom    「道」   ←  dromos   「道」
zumin   「石鹸」  ←  zumi    「石鹸」
kokalo  「骨」   ←  kokkalo   「骨」
kurko    「週」   ←  kyriaki     「日曜日」
luludi    「花」    ←  luludi    「花」
petalo  「蹄鉄」 ←  petalon   「蹄鉄」

 語彙ばかりでなく、派生語を作る際の形態素などもギリシャ語から輸入している。抽象名詞をつくるための-mos (複数形は-mota)がそれ。
 ギリシア語に触れる以前、つまり現在の北インドからコーカサスの言語からの借用は、はっきりどの言語からと断定するのが難しい。借用から時間が経って借用元の言語でもロマニ語内でも語の形が変化を起こしてしまっている上、そもそもあそこら辺の言語はロマニ語と同じく印欧語だから、当該単語が借用語なのか双方の言語で独立に印欧祖語から発展してきたのか見分けがつけにくいらしい。
 それでも当地の非印欧語、グルジア語やブルシャスキー語からの借用を指摘する人もいる。ブルシャスキー語というのはパキスタンの北で細々と話されている言語である。能格言語だ。それにしてもグルジア語にしろその他のコーカサスの言語にしろ、あのあたりの言語がそろって能格言語なのはなぜだ?以前にも書いたように、シュメール語と無関係とは思えないのだが。
 そのブルシャスキー語からロマニ語への借用をヘルマン・ベルガー(Hermann Berger)という学者が1959年に発表した『ジプシー言語におけるブルシャスキー語からの借用語について』(Die Burušaski-Lehnwörter in der Zigeunersprache)という論文で指摘し、13ほど例を挙げ、嫌というほど詳細な検討を加えている。ベルガーの説には批判や疑問点も多いらしいが、面白いので一部紹介しておきたい。著者はこの論文の中でブルシャスキー語とバスク語との親類関係についても肯定的に発言している。

ロマニ語                   ブルシャスキー語
ciro   「時間・天気」          ← cir 「機会」
serd-  「引く」               ← car et- (過去形語幹), car ee- (現在形語幹)、
                    「引き裂く、裂く」
xev   「穴」< *kham         ← qam
sapano 「濡れた・湿った」 < *sapam-o  ← hayum
                                                                     「湿っている(服・木材・パンについていう)
                     < *sawom < *sapam.
sulum  「藁」               ← hwnul "「家畜のエサ用に干した葉」 < *sumul
kazom 「それくらい、どれくらい?」    ← akurum 「そのようにたくさん」 < *akadzom  

 ビザンチンがオスマントルコに滅ぼされると、ロマはヨーロッパ内部へ移動し始めた。現在ヨーロッパ大陸にいるロマは方言の差が激しく、すでに意思の疎通が困難な場合が多いそうだが、これはロマニ語内部での変化に加えて(それだけだったらたかが600年ぽっちの間に意思疎通が困難になるほど変遷するとは思えない)、あちこちでいろいろな言語と接触して外部から変化させられたためだろう。面白い例が一つある。セルビアで話されているErliというロマニ語方言(というべきか言語というべきか)では未来形をまさにバルカン言語連合の図式どおりに作るのである。Erliでは動詞の接続法に不変化詞kaをつけて表すが、このkaは「欲しい」という動詞kamelが後退したもの。

Ka   dikhav
未来. + see(一人称単数形・接続法)
私は見るだろう

『40.バルカン言語連合再び』の項で挙げたアルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア語、現代ギリシア語と比べてみてほしい。構造が完全に平行しているのがわかる。

アルバニア語:     do   të        shkruaj
         未来 +  接続法マーカー + (「書く」一人称単数現在)
ルーマニア語:     o     să       scriu
                 未来 + 接続法マーカー + (「書く」一人称単数現在)
ブルガリア語:     šte  piša
                 未来 +(「書く」一人称単数現在)
現代ギリシア語:    θα   γράψω
                未来 + (「書く」一人称単数接続法)


ところが同じロマニ語でもブルゲンラント・ロマニ語というオーストリア、ハンガリーで話されている方言だと未来形を純粋な語形変化で表す。

phirav (「行く」一人称単数現在) + a -> phira    「私は行くだろう」
phires (「行く」二人称単数現在) + a -> phireha    「君は行くだろう」 など

 上で述べたようにロマの一部がバルカン半島を去ったのはそれほど古い話ではない。それなのにブルゲンラントのロマニ語がバルカン言語連合現象の影響を受けていない、ということはバルカン言語連合という現象自体が比較意的新しい時代に起こったか、現象そのものは昔からあったがロマが周りとあまり接触しなかったとかの理由で影響を被るのが他の言語より遅かったかのどちらかである。語彙面での借用状況を考えると「周りとの接触が乏しかった」とは考えにくいので最初の解釈が合っているような気がするが、なにぶん私は素人だから断言はできない。

 またロマニ語は借用語と本来の言葉との差を明確に意識しているらしく、外来語と土着の単語とでは変化のパラダイムが違う。下は旧ユーゴスラビアのヴラフ・ロマの例だが、kam-(「欲しい」)という動詞はロマニ語本来の、čit-(「読む」)はセルビア語からの借用。ロシア語でも「読む」はчитать(čitat’)である。

       「欲しい」 「書く」
一人称単数   kam-av          čit-ov
二人称単数      kam-es          čit-os
三人称単数      kam-el           čit-ol
一人称複数   kam-as           čit-os
二人称複数   kam-en           čit-on
三人称複数   kam-en           čit-on

つまり土着の単語で母音aやeが現れる部分が外来語ではoになっているのである。これは名詞の変化パラダイムでもそうで、ロマニ語本来の語raklo(「男の子」)と上でも述べたギリシア語からの借用語foroの語形変化ぶりを比べるとわかる。単数形のみ示す。

    「男の子」    「町」
主格   raklo                  foro
与格           rakl-es-ke          for-os-ke
奪格           rakl-es-tar          for-os-tar
具格           rakl-e(s)-sa        for-o(s)-sa
処格            rakl-es-te          for-os-te

ここでもeとoがきれいに対応している。なお、私の参照した資料にはなぜか対格形が示されていなかったが、『65.主格と対格は特別扱い』で見たように対格は膠着語的な接尾マーカーなしの第一層一般斜格を使うから「男の子を」はrakl-esになるはずである。それに対して「町を」は一般斜格のfor-osではなく主格と同形のforoになるはずだ。ロマニ語はロシア語と同じく(というよりロシア語がロマニ語と同じく)生物・非生物の差を格変化形で表すからである。
 そういえば日本語は外来語とヤマト言葉を片仮名と平仮名(と漢字)で書き分けるがロマニ語はこの区別をパラダイムでやるわけか。


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 小学校の頃、ある種のお面(般若のお面だったと思う)が怖くて怖くて目にするたびにパニック状態になってしまう少女が主人公になっている物語というか短編を読んだことがある。その少女をあるときそのボーイフレンドが軽い気持ちでからかって、いきなり「ばあ」という風に般若のお面をつけて彼女の前に現れた。少女はパニックのあまりボーイフレンドを殴り、叫び声をあげながら自分の家に走って逃げて部屋に駆け込み鍵をかけ、何時間も出てこなかったというストーリー展開だったと記憶している。私は子供心にもこのボーイフレンドとやらの無神経ぶりに義憤を感じざるを得なかった。
 この少女のように本当の恐怖症でなくとも怖くて怖くて仕方がないというものがある人は多いが、その恐怖の対象を軽々しく人にバラしたりしない。悪用されたりしたらエライことになるからだ。いつだったかこちらのTVの軽い番組で、邪魔だと思っている人が蛇に対して病的な恐怖症を抱いている事を偶然知ったライバルが、その人が泳いでいるプールに蛇を投げ込んでパニック状態にさせ溺れ死を狙うというストーリーがあった。
 そういう、下手をすると命に関わる弱みを打ち明けるというのはその人を信頼しているからこそである。それあるにその信頼を逆手にとってわざわざからかいのネタにするとは何事か。どうしてこの少女はそんなゲスなボーイフレンドと付き合っているのか、と私は憤慨したのである。
 
 確かにこのボーイフレンドのように恐怖症あるいは不安障害に悩んでいる者を実際に知っているのにそれを真剣に受け止めず、ましてやその弱みをつつくというのはゲスであろうが、個人的に不安障害のある知り合いがいない場合今ひとつ真面目に取れないというのは結構あるのではないだろうか。
 例えば私は最近 Anatidaephobia という言葉を知った。ドイツ語では Anatidenphobie、「アヒル恐怖症」あるいは「ガン・カモ恐怖症」である。アヒルやガチョウそのものに対する病的な恐怖でなく、アヒルやガチョウ、あるいはカモやガンに見られている、観察されているのではないかという恐怖、つまり間接的・潜在的な恐怖だそうだ。「アヒル恐怖症」というより「アヒルの視線恐怖症」と言った方がよさそうだ。発作が起こると周りのどこかにアヒルがいるのではないかと、気になって気になって何度も振り返ざるを得ず、心臓は早打ちしだし冷や汗は出て、日常生活に支障さえきたすそうだが、これを聞いた時私は「なんでそこで急にアヒルが出てくるのよ。そんなものがあるわけないでしょ」と大笑いしてしまった。今でもどうも本当の話とは思えない。いろいろな恐怖症リストなどを見てもこのアヒル恐怖症は乗っていないし、第一この言葉を最初に使ったのは心理学者ではなくGary Larson という漫画家で、The far side という作品の中に出て来るそうだ。ちょっとネットを見ても「本当に患者がいるのかよ?!」「いるわけないだろ」というやりとりが目立つ。そのうちフェイスブック内で anatidaephobia sufferers society というコミュを見つけたがそのトップ画像といい、書き込み内容といい、どうも本当に苦しんでいるようには思えない。「本当にこんな不安障害者がいるのか?」という疑問を拭いきれないのだが、もし真剣に苦しんでいる患者さんがいたらまことに申し訳ない。考えを改めるから連絡してきてほしい。

 さて、この anatiden あるいは anatidae というのは「カモの類」という意味の学術用語で、1811年にイギリスの昆虫学者 William Kirby の造語とのことである。学術用語だから(?)当然ラテン語だが、前半の anat-はラテン語の「カモ」でいいとして、後半の接尾辞 -idae は本来ギリシャ語の -ίδης (-ídēs) をラテン語風にしたものだ。「○の類」とか「○の一族」である。なお、ラテン語で「カモ」の単数主格は anas といって s で終わっているがそれ以外の格ではここが t になり、例えば単数属格はanatis、単数対格 anatem、複数では主格対格が同形で anatēs だから、「カモの類」もここから類推して anatidae と t 形を使っている。
 そのラテン語の anas は印欧祖語の *h₂énh₂ts または *h₂énh₂tis から派生したものだが、面白いことにこのアヒルあるいはカモという言葉は現在のロマンス語派でバラバラである。
 まず、イタリア語のアヒルは anatra と一目瞭然ラテン語の直系だが、フランス語では canard、スペイン語とポルトガル語では patoである。前者は cane という語幹に 性別を表すard という接尾辞がついたもので、語幹 cane は中世低地ドイツ語からの借用、「舟・ボート」という意味だそうだ。現在のドイツ語の Kahn(小船・はしけ)である。これは印欧祖語の *gan- あるいは *gand-(「舟」、「うつわ」あるいは「管状のもの」)に遡れるそうだ。スペイン語・ポルトガル語の pato はペルシャ語の bat がアラビア語を経由して借用されたもの。『20.カッコいいぞ、バンデラス!』にも書いたがスペイン語にはアラビア語起源の言葉がやたらと多い。
 しかしスペイン語、ポルトガル語には pato と平行してそれぞれ ánade、adem というアヒルを表す言葉が存在する。ラテン語からの派生である。面白いのはポルトガル語の adem で、明らかに単数対格形(上述)から来たもの。以前『17.言語の股裂き』で現在の西ロマンス諸語で複数主格形を作るのに付加される s は、一般に言われるように対格から来たのではなく古い形が残ったためではないか、と書いたがこれを見ると「おや、やっぱりあれらは対格起源なのかな」とも思う。専門家のご指摘を請いたい。

 もう一つの有力なロマンス語、ルーマニア語ではアヒルは rață である。似た形はバルカン半島に広まっていて、アルバニア語の rosë、クロアチア語の raca、ハンガリー語の réce、ロマニ語の ráca など、何か共通のサブストレータムをなしているのではないかということだが、この語の起源自体については正直に uncertain とあった。しかもこれにはちょっと注釈が必要で、例えばクロアチア語ではアヒルは普通 patka である。raca を使う地域は限定されているそうだ。さらにクロアチア語にはスラブ語本来、というより印欧語本来の utva(下記参照)という言葉もあり、カモの一種である「コガモ」を指す。ところがハンガリー語では逆に réce の方が「コガモ」で、アヒル・カモ一般は kasca だ。クロアチア語の正規の(?)アヒル、patkaはスラブ祖語では *pъtъka でロシア語の「鳥」птица と同源だそうだ。クロアチア語でも鳥は ptica。もちろん始祖鳥の学名アルケオプテルクス(この学名はラテン語でなくギリシャ語)のプテルクスと同語源である。
 さらにアルバニア語の rosë だが、このトスク方言(『39.専門家に脱帽』『100.アドリア海の向こう側』参照)の単語の古形を *roça と再現していた説明を見かけた、それによればこの語はアルバニア祖語では *(a)nātjā、そこからさらにラテン語同様印欧祖語の *h₂énh₂ts に遡れるということだ。トスク語がロータシズムを起こしてアルバニア祖語と n  対 r で対応しているあたり確かに理屈通りなのだが、そうすると他のルーマニア語だろなんだろもアヒルをこのアルバニア語、しかも新しいトスク方言から借用したことになる。なぜなら上記バルカン半島の他の印欧語のアヒルは *h₂énh₂ts とは直接結びつかないからだ。クロアチア語では音韻的に起源の証明された utva とダブっているし、そもそも言語間で形が似すぎているから、祖形からそれぞれ発展してきたものではありえない。さらに非印欧語のハンガリー語まで似た形が広まっているとあれば、借用語としか考えられないのである。
 しかし、アルバニア語というのはバルカン半島でそこまで勢力や影響力を持っていたことがない。むしろ他の言語からアルバニア語への借用のほうが圧倒的に多い。それともこの語はアルバニア祖語というかイリュリア語の時期にバルカン半島中に広まったのか。でもそうすると他の言語でロータシズムは起こしていないはずである。ということで rosë を *(a)nātjā に帰するのはちょっと無理があるような気がするのだが…
 現代ギリシア語のアヒルはさらに違っていてπάπια。オノマトペだそうだ。ロマニ語に上記の ráca のほかにアヒルを表す papin という単語があるが、これはギリシャ語からの借用であることが明白である。

 ゲルマン諸語ではロマンス諸語やバルカンの言語ほどアヒルがバラバラではなく(鳥肉業者かよ)、ドイツ語の Ente、オランダ語の eend、スウェーデン語の and などは皆ラテン語 anas と同起源で印欧祖語の *h₂énh₂ts または *h₂énh₂tis から。ゲルマン祖語では *anuðz または *anaþ となる。つまり英語だけが変な単語になっているわけだが、この duck は動詞の duck と同じ語源。つまり「潜る」と「ひょいと下げる」という意味から来たそうだ。ドイツ語にも ducken(「ひょいとかがめる」)という動詞があるし、「もぐる」の tauchen ともつながっているらしい。古期英語ではまだ他のゲルマン諸語といっしょでアヒルを *h₂énh₂ts 系の単語 ened で表していたが中期に語が入れ替わった。ついでに古高ドイツ語では ant、中高ドイツ語では anut だった。さらについでに言えばレオーネのマカロニウエスタン『夕陽のギャングたち』の英語タイトルは duck, you suckerだが、この duck はもちろんドナルドダックのダックではなく、動詞のほう、つまり「頭をかがめろ」である。原題は Giù la testa。
 ロシア語のアヒル утка も *h₂énh₂ts で、スラブ語祖語の *ǫty。スラブ祖語や古教会スラブ語の鼻母音 ǫ (ѫ)がロシア語の у (u) と対応することは前にも述べたが(『38.トム・プライスの死』『39.専門家に脱帽』)、ここでもきれいな対応になっている。

 アヒルから観察されるのは恐怖を感ずる人がいるかも知れないが、こうやってこちらの方からアヒルという語を観察していくのは面白く、それによってアヒルの視線への恐怖にも打ち勝てるのではないだろうか。攻撃は最大の防御である。


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