アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:ルイス・エンリケス・バカロフ

 突然だが、w と y、IPAで言う [ʋ] と [j] の音を人は普通どう呼んでいるのだろうか。私はこれらを普通「半母音」、会話状況によってはApproximant(「接近音」)と呼んでいた。今までは。
 ところが以前これらをGleitlaut(グライトラウト、英語ではglide)「渡り音」と呼んでいた人がいたのでちょっと驚いたことがある。私はいままで「渡り音」というのは「どうしても出てしまう音」、または「別に出したくはないのだが音声環境のせいで出さないと次の音に進めないから仕方なく出す音」と定義していたので、出すつもりで出す音、それ自体が目的の音は「渡り音」のカテゴリーには入れて考えていなかったからだ。
 しかし後でたまたまChomskyとHalleの共著Sound pattern of Englishという本をビラビラめくっていたらなんとそこで、w、y、h、? (声門閉鎖音)の四つがいっしょにglidesというカテゴリーにいれられていたのでうなってしまった。件の人は英語が専攻の人だったのかもしれない。しかしこの組み合わせを同じカテゴリーに入れるという発想は私にはなかった。[h] と [ʔ] などそれぞれ「無声声門摩擦音」「無声声門閉鎖音」という単なる子音、Chomsky&Halleの用語で言うならobstruentsとしか思えない。ところが両氏はこれら4つの「渡り音」の素性(そせい)を [+sonorant] [-sylabic] [-consonantal] ([h] と [ʔ] も!)としていわゆる純正子音、obstruentsの[-sonorant] [-sylabic] [+consonantal] と区別している。

 音声学・音韻論は奥が深い…

 その奥の深い音声学を一気にレベル下げして面目ないが、私はここで [ʔ] と [j] (ここでは y)がいっしょにされていることが面白かった。
 実は前から気になっていたのだが、次のイタリア語のテキストはどう発音するのか。

Hai amato solo lei,
お前は彼女だけを愛していた、

Che si vive, che si ama
生きることだ、愛することだ

Che si ama una volta sola.
一度だけ愛することだ。

L'hai amata, l'hai perduta
お前は彼女を愛し、そして失った

これは『続・荒野の用心棒』の主題歌の一部である。劇場公開された映画で流れているのはロッキー・ロバーツの歌う英語バージョンだが、その他にベルト(またはロベルトとも)・フィアのイタリア語バージョンがあり、これはそっちのほう。作曲者のルイス・エンリケス・バカロフはモリコーネより先、1996年に『イル・ポスティーノ』でオスカー音楽賞をとっている。(それにしても映画の内容とテーマ曲の歌詞がここまで一致していないのも珍しい。この歌詞はどう見てもマカロニウエスタンのものとは思えない)
 私の母語は日本語東京方言で母音が連続する場合はhiatusとなり、二つの母音の境界がぼやけることはない。連続が語や形態素の境界を越える場合は特にそうだ。だから仮に私がイタリア語の勉強をしているとして、これをカラオケで歌ってみろと言われたらhai amato solo leiやche si ama、またL'hai amataの部分は境界をさらに強調してそれぞれ [aɪʔamatɔsɔlo:leɪ]、[kɛsɪʔama]、[laɪʔamata] とか何とか歌っていたと思う。日本語で書くと「アイアマトソローレイ」、「ケシアマ」、「ライアマタ」である。
 ところがレコード(というかCD)を聞いてみるとイタリア人の歌手は件の部分は声門閉鎖音のかわりにそれぞれ[aɪjamatɔsɔlo:leɪ]、[kɛsɪjama]、[laɪjamata] と、それこそ渡り音の [j] をいれて歌っている。「アイヤマトソローレイ」、「ケシヤマ」、「ライヤマタ」である。なるほど [ʔ] と [j] はある意味では仲間か。「プロのイタリア人歌手が [j] と発音した部分を言葉もできずしかも音痴の私が [ʔ] を入れた」というのが「ある意味」と言えればの話だが。ほとんど無意味に近い無理のありすぎる比較ではある。
 [h] については古典ギリシャ語など語頭に母音が立つと必ずくっ付いてくる言語があるそうだ。例えばἙλλάς(「ギリシャ」)は今はe'lasだが元はhel.lásといい、そのため英語などではいまだにHellasと書く。「ユダヤ人」という意味のロシア語のеврей (jevrej、イェヴレーイと発音)もギリシア語のἑβραῖος から来たものだそうだが、そのギリシア語の語頭母音がやっぱり帯気であった(hebráɪ.os)。つまりギリシア語とロシア語間では、もとは同じ音だった(はずな)のがそれぞれ [h ]と [j] になって対応している。他のヨーロッパ諸言語ではここが h だが(例えば英語のHebrew)。ヘブライ語のそもそもの原語では語頭に気音など立っていなかったらしい。
 こう見ていくとこれらの音は本当に結構仲がいいのかもしれない。ロシア語では他の言葉を写し取る際 [h] は普通 [g] になるのに、どうしてここでは [j] なのかなとは思うが。いずれにせよこのChomsky とHalleのカテゴリーはとても面白かった。古典というのは読んでみるものだ。

 さて、間に音が入るのではなく逆に母音に挟まれた子音がぶったるむことがある。例えば私が「鏡」をいい加減に発音すると「かぁみ」、「だがしかし」が「だぁしかし」になるが、ここの「ぁ」は [ɣ] という音で、g ([ɡ])、つまり本来閉鎖音だったのが摩擦音になってしまったのである。なお私は東京方言が母語のクセに鼻音のガギグゲゴ、つまり [ŋ] を持っていない。

 あるとき、ニュースを見ていたドイツ語ネイティブが、どうしてトルコの首相(現在は大統領)の名前はRecep Tayyip Erdoganと書くのにトルコ人は「エルドアン」と発音しているんだろうとか聞いてきたので私が「多分この g ってのが軟口蓋閉鎖音ではなくて摩擦音のガンマなんじゃないの?だから消えやすいのよきっと」と言って親切にもググってあげたら案の定この音はトルコ語正書法では単なる g でなくdiacritic、補助記号のついた ğ で、

Das Phonem /ɣ/ (normalerweise yumuşak g genannt („weiches g“)), ğ erscheint niemals am Wortanfang, sondern folgt stets einem Vokal. Am Wortende oder vor anderen Vokalen zeigt es die lange Aussprache des vorhergehenden Vokals an.

音素 /ɣ/ (普通yumuşak、柔らかい g と呼ばれている)、ğ は決して語頭には現われず、常に母音に後続する。語末に立ったり別の母音が先行する場合はその先行する母音を長母音化させる。

とあったので棒読みしてあげた上、

yumuşak/weiches g: zeigt am Silbenende die Längung des davor stehenden Vokals an (vergleichbar mit dem deutschen Dehnungs-h), kann auch einen fließenden Übergang von einem Vokal zum nächsten bewirken; nach Vorderzungenvokalen (e, i, ö, ü) oft als Stimmhafter palataler Approximant wie dt. j in Seejungfrau

yumuşak:柔らかい g:シラブルの末尾では先行する母音が長音化することを示す(ドイツ語の長音記号の h のようなもの)が、ある母音から次の母音への移行を流動的なものにすることもある;前舌母音 (e, i, ö, ü)の後ろでは有声硬口蓋接近音、ドイツ語Seejungfrau(ゼーユングフラウ、「人魚」)のjのような音になることが多い。

ともあったのではしょって

「前舌母音に後続するときは硬口蓋化して接近音の [j] になるそうよ。」

と告げたところ

「何を言っているのか全くわからない。」

と一言の下に撥ねつけられて出て行かれ、親切を無にされた私はムカついた。そこで、

「人にものを訊ねて答えてもらったら少なくとも理解しようと努力するくらいのことはしてよね」

と後ろから応酬したら今度は向こうがムカついた。そしたら別のネイティブが脇から「ガンマ([ɣ])ってどうやって発音するんだ」と口を挟んできたので

「[ɡ] と調音点は同じ軟口蓋だけど、閉鎖しないで摩擦するのよホレ。」

とやって見せて、向こうにやらせて見たらこれがどうしてもうまく行かない。軟口蓋閉鎖音 [ɡ] になるか、うまく摩擦音になったらなったで今度は調音点が移動して口蓋垂の [ʁ] になってしまう。

私が「なんでこんなもんが出来ないのよ。doch(「しかし」)のch ([x])をそのまま有声化すれば済むじゃない。簡単でしょ」と言ったらムカつかれ、

「じゃあ口蓋垂震え音[ʀ]やってみろよホレホレ」

と、日頃から気にしていた痛い点を付かれて逆襲された。この [ʀ] が私は出来ない。仕方がないからいつもその時の気分や体調によって舌先の震え音 [r] または口蓋垂摩擦音 [ʁ] を発音して誤魔化している。「本来の音が発音できないためにその代用として出すアロフォン」を示す学問的名称はまだないが、俗に言うfreie Allophone(自由異音)ならぬ「不自由異音」とでも呼ぶべきか。そこまで苦労して回避していた音を「やってみろホレホレ」と無理強いされた上、その、私に出来ない音をこれ見よがしにデモンストレーション発音までしてみせられたので私もムカついた。

 こうして朝っぱらから全員仲良くムカついたところで会話はめでたくお開きとなった。エルドアンさん、あなたのせいですよ!


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 前回で西ドイツやヨーロッパの西部劇がマカロニウエスタンのベースになったことを述べたが、もう一つ先行となったジャンルがある。
 戦後のイタリア・ネオリアリズムの流れのあと、当地では「サンダル映画」といわれるギリシア・ローマ時代の史劇をモチーフにした映画が盛んに作られ、「ベン・ハー」や「クレオパトラ」などのアメリカ資本も流入していた。 後のマカロニウェスタンの監督もこのサンダル映画のノウハウで育っているのだ。 レオーネのクレジット第一作目を考えて欲しい。Il colosso di Rodi(『ロード島の要塞』)というサンダル映画である。ただしレオーネ自身は「あれは新婚旅行の費用稼ぎに作っただけ」なので「レオーネ作」とは言って欲しくないそうだ。黒歴史ということか。『続・荒野の一ドル銀貨』を撮ったドゥッチョ・テッサリなども本来サンダル映画が専門だからオデュッセイアがベースになったりしているのだし、その他にもタイトルなどにギリシア・ローマ神話から取ったな、と素人目にもわかるモチーフが登場することは『12.ミスター・ノーボディ』の項で書いたとおりである。

 つまり、マカロニウェスタンが誕生したのにはちゃんとした背景・先行者があって、何もないところからいきなり『荒野の用心棒』がポッと出てきたわけではないのだが、これはノーム・チョムスキーの生成文法も同じ事だ。
 まず生成文法はポール・ロワイヤル文法の発想を引き継いでいるが、さらにチョムスキーの恩師のゼリグ・ハリスを通じてアメリカ構造主義の考え方もしっかり流れ込んできており、生成文法をアメリカ構造主義へのアンチテーゼとばかり見るのは間違いだ、と言われているのを当時よく聞いた。大体彼のcompetence、performanceなどという用語はド・ソシュールのラングとパロールの焼き直しではないのか。その他にも生成文法の観念にはヨーロッパの言語学の観念を別の言い方に換えただけとしか思えないものがある。その一方で伝統的な言葉の観念が英語学内でゆがめられてしまった例もある。『51.無視された大発見』でもちょっと書いたが「能格」という言葉の使い方などそのいい例ではないだろうか。

 セルジオ・レオーネとノーム・チョムスキーを比較考察するというのもムチャクチャ過ぎるかもしれないが、まあある意味ではこの両者は比較できる存在だとは思う。以下の文はJ.ライオンズによるチョムスキーの伝記の冒頭だ。

Chomsky's position is not only unique within linguistics at the present time, but is probably unprecedented in the whole history of the subject. His first book, published in 1957, short and relatively non-technical though it was, revolutionized the scientific study of language;

この文章の単語をちょっとだけ変えるとこうなる。

Leone's position is not only unique within italian westerns at the present time, but is probably unprecedented in the whole history of the subject. His first western, released in 1964, short and relatively non-technical though it was, revolutionized the style of westerns of the whole world;

こりゃレオーネそのものである。このフレーズをそのままレオーネの伝記の冒頭に使えそうだ。

 さて、もう一つマカロニウエスタンの発端になったのが黒澤明の『用心棒』であることはさすがに日本では知らない者はあるまいが、その黒澤の自伝に次のようなフレーズがある。

人間の心の奥底には、何が棲んでいるのだろう。
その後、私は、いろいろな人間を見て来た。
詐欺師、金の亡者、剽窃者…。
しかし、みんな、人間の顔をしているから困る。

実はここを読んでドキリとした。この「剽窃者」とはひょっとしたらレオーネのことではあるまいかと思えたからである。確かにああいう基本的なことをきちんとしなかったジョリィ・フィルムとレオーネは批判されても文句は言えまいが、いろいろなところから伝わってきた話によるとまあ向こうの事情もわかる感じなのである。前回も書いたようにもともと『荒野の用心棒』は残飯予算で作った映画だったのでレオーネもジョリィ・フィルムもまさかこんな映画が売れるとは思っていなかったらしい。出した予算の元が取れれば、いやそもそもA面映画Le pistole non discutonoのほうで元をとってくれればいいや的な気分で作ったので著作権などのウルサイ部分は頭になかったそうだ。後で黒澤・東宝映画から抗議の手紙が来たとき、レオーネはカン違いして「黒澤監督から手紙を貰った!」と喜んでしまったという話しさえきいたことがある。当然ではあるのだが、結局ジョリィ・フィルムは東宝映画にガッポリ収益金を持っていかれ、レオーネも『荒野の用心棒』は今までに作った映画の中でただ一つ、全く自分に収益をもたらさなかった作品、とボヤいたそうだ。そしてその際東宝映画は肝心の黒澤には渡すべき金額を渡さなかったという。
 もちろん映画制作のプロならばそういうところはきちんと把握しておくべきだろうし、私も特に自己調査して調べたわけでもなんでもなく、そこここで小耳に挟んだ話を総合して判断しただけなので無責任といえば無責任なのだが、どうもイタリア側をあまり責める気にはなれない。

 実はその他にも黒澤監督の自伝でレオーネと関連付けて読んでしまった部分がある。黒澤監督が師である山本嘉次郎監督を「最高の師だった」と回想するところである。

山さんこそ、最良の師であった。
それは、山さんの弟子(山さんは、この言葉をとてもいやがった)の作品が、山さんの作品に全く似ていないところに、一番よく出ている、と私は思う。
山さんは、その下についた助監督の個性を、決して矯めるような事はせず、それをのばす事にもっぱら意を用いたのである。

ここでも私はドキリとしたのである。どうしてもレオーネとトニーノ・ヴァレリの確執を思い出さないではいられなかったからだ。よく知られているようにヴァレリは最初レオーネの助監督として出発した人である。これは『怒りの荒野』(再び『12.ミスター・ノーボディ』の項参照)を見れば一目瞭然。画風がレオーネにそっくりだからだ。『怒りの荒野』の冒頭シーンを思い出して欲しい。アニメーション(と呼んでいいのか、あれ?)のタイトル画が終わり映画の画面に切り替わるところでカメラがグーッと下がっていくあたり。タイトル画が終わってもテーマ曲は終わらず曲の最後のほうが映画の最初の画面とダブっているところだ。リズ・オルトラーニの曲がまたキマリ過ぎていてたまらないが、この部分が『荒野の用心棒』にそっくりである。もちろん冒頭にアングルを徐々に下げるという手法は珍しくもなんともないし、このタイトル画から映画への移行の方法は他のマカロニウエスタンもやたらと真似しているから私の考えすぎかもしれないが、この映画を見ていると脳裏にレオーネがチラついて仕方がない。
 ヴァレリが撮ったマカロニウエスタンは全部で5作。『怒りの荒野』はその二作目である。私はまだヴァレリの最初の作品per il gusto di uccidere(『さすらいの一匹狼』)と4作目una ragione per vivere e una per morire(『ダーティ・セブン』)をみたことがないのだが、第3作目のil prezzo del potere(『怒りの用心棒』)は『怒りの荒野』と比べてみるとやや「レオーネ離れ」している、政治色・社会色の濃い静かな(もちろんマカロニウエスタンにしては静か、ということだが)作品である。ケネディ暗殺をモティーフにしたストーリーでそもそもマカロニウエスタンにするのには荷が重過ぎた内容だったためか、前作『怒りの荒野』ほどは興行的にヒットしなかったが、このジャンルの映画の作品にありがちなようにストーリーが破綻していない。音楽は『続・荒野の用心棒』のエレキギターで私たちをシビレさせ、『イル・ポスティーノ』でモリコーネより先にオスカー音楽賞を取ったルイス・エンリケス・バカロフだが、哀愁を帯びた美しい曲で私は『続・荒野の用心棒』よりこちらのメロディのほうが好きなくらいだ。
 しかしヴァレリはその後の『ミスター・ノーボディ』では逆戻りというか再びレオーネに飲み込まれてしまった。この映画は発案がレオーネだったので監督作業にもレオーネが相当介入・干渉したんだそうだ。そのためか絵でもスタイルでもやや統一を欠く。その点を批判する声もあるが、それがかえってある種の味になっているとしてこの映画をマカロニウエスタンのベスト作品の一つとする人もいる。とにかくこの映画がマカロニウエスタンの平均水準を越える作品であることは間違いない。
 弟子の作品が師とそっくりであること、そして弟子が自分のスタイルの映画をとろうとしたとき師がそれを妨害、と言って悪ければ積極的に後押ししてやらなかったことなど、レオーネのヴァレリに対する態度は黒澤明に対する山本嘉次郎と逆である。この『ミスター・ノーボディ』を最後にヴァレリはレオーネと袂を別ってしまった。
 
 しかし黒澤明のほうも山本嘉次郎に比べると自分自身は果たしていい師であったかどうかと自省している。指導者としての良し悪しとクリエーターやプレーヤーとしての良し悪しは必ずしも一致せず、指導が出来ないからと言って能力がないとは絶対にいえないことはスポーツ界でもそうだし、文人の世界でもいえることだろう。もっとも数の上で一番多いのは「そのどちらもできない」という私のような凡人大衆だろうが。


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 先日日本で言うならNHKにあたる国営放送局が夜中の1時15分からダミアーノ・ダミアーニ監督の『群盗荒野を裂く』(原題Quién sabe?)を流してくれた。寝るべきか見るべきか悩んだのだが、この映画は一回しか見てないし、DVDも持ってないので見ることにした。
 これは1966年製作だが、すでにこの辺からマカロニウェスタンが後の時期に進んでいく方向、つまりメキシコ革命路線の萌芽が見える(『77.マカロニウエスタンとメキシコ革命』の項参照)。この『群盗荒野を裂く』とあとソリーマの『復讐のガンマン』あたりがパイオニアだろう。
 『群盗荒野を裂く』は当時とてもヒットした映画で、作品の質的にもマカロニウェスタンのベスト10に入るのではないだろうか。事実『86.3人目のセルジオ』の項であげた非レオーネ西部劇ランキングでも6位に入っている。レオーネのいわゆるドル三部作と4作目『ウエスタン』を加えても、つまりマカロニウエスタン全体でのランキングをつけても6+4=で10位には入賞する勘定だ(『夕陽のギャングたち』は勘定にいれなかった)。ライナー・ファスビンダー監督もこの映画が非常にお気に入りで彼のLiebe ist kälter als der Todという作品はここからインスピレーションを受けているそうだ。

 『78.「体系」とは何か』の項でも述べたが、マカロニウエスタンと言うのはジャンル内部での相互引用が激しく、しかもそれを全く隠さないから「ああ、あのシーンはあの映画から持ってきたんだな」とか「この登場人物はあの映画のあの登場人物の焼き直しだな」とかモロにわかるため、一つ作品を見たら最後、その引用元の映画もつい見たくなってしまい、そしてその元の映画というのもさらに別の映画からの引用シーンが明らかだから、そちらもまた見たくなるというわけで、「そういえばあれもこれも」と芋蔓式に延々とマカロニウェスタンばかり見続けるハメになる。一旦落ちると絶対に抜けられなくなるアリ地獄のようなものだ。
 この『群盗荒野を裂く』も私のような素人目にさえわかるほどジャンル内の他の作品とのつながりぶりがすごかった。1966年と言えばマカロニウエスタンが発生してからまだ日の浅い頃、つまりこれは初期の作品だから、この映画が他の作品とつながっているというより他の作品がこの映画とつながっているというべきだろうが。とにかくあのジャンル独特の閉鎖空間のなかにある作品ではある。どこかで見たシーン、デジャヴ満載だった。例えば:

1.しょっぱなにアルド・サンブレル(『87.血斗のジャンゴと殺しが静かにやって来る』の項参照)が出てきたと思ったら定式どおりすぐ撃ち殺された。しかも撃ったのがジャン・マリア・ヴォロンテで、あまりにもパターン通りの面子なので感心した。ただ、サンブレルが珍しくチンピラ役でなくメキシコ軍の将校、というまともな役だったので「おっ」と思った。

2.クラウス・キンスキーが相変わらずサイコパススレスレの人物役で登場。しかも一度聖職者姿になる。主役の一人がルー・カステルだから、見ているほうは『殺して祈れ』(『12.ミスター・ノーボディ』参照)あたりが背後にちらついて仕方がない。ただし製作年は『殺して祈れ』(1967)の方があとだから、ひょっとしたらこちらのほうが『群盗荒野を裂く』からインスピレーションを受けたのかもしれない。聖職者姿といえば、1971年にも『風来坊 II/ザ・アウトロー』でテレンス・ヒルとバッド・スペンサーのコンビが(『79.カルロ・ペデルソーリのこと』参照)やっぱり僧服を着て登場する。そんなことを思い出すので、この二つの映画までもう一度見たくなってくる。ちなみに、この映画ではキンスキーはあくまで「スレスレ」であって、完全なサイコパスであった他の映画群よりまあまともな人物ではあった。彼も定式どおり最後には撃ち殺された。

3.ジャン・マリア・ヴォロンテとクラウス・キンスキーが兄弟という設定。この、「どう見ても兄弟には見えない兄弟」というのもマカロニウェスタンの定番で、上に述べたテレンス・ヒルとバッド・スペンサーのコンビが典型だろう。確かジョージ・ヒルトンとフランコ・ネロが兄弟役をやった映画があったが、なんと言っても「無理がありすぎる兄弟設定」の最たるものは『夕陽のガンマン』だろう。ジャン・マリア・ヴォロンテに殺されたあの美女がリー・バン・クリーフの妹(姉か?)などという設定は無理すぎる。クリント・イーストウッドが最後のほうで女性の写真を見ながらバン・クリーフにいう「その写真、あんたによく似ているのは偶然かい?」というセリフを聞いてのけぞったのは私だけではないはずだ。

4.音楽が一部『続・荒野の用心棒』に使われたのと全く同じ。メキシコ正規軍が出てくるたんびに同じ曲を流されるとしまいにはいったいどっちの映画を見ているのかわからなくなってくる。確かにクレジットには「音楽ルイス・エンリケス・バカロフ」とあるから、自作の曲のリサイクルも許されるだろうが、できれば全部新曲でやってほしかった。なお、クレジットにはモリコーネの名も見える。ということはつまり共同であたったのか?そういわれてみるとちょっと音楽が不統一な感じだった。この「別の映画のテーマ曲をそっくり使う」というのは『情け無用のジャンゴ』でもそうだった。音楽が別の映画と全く同じことにはすぐ気づいたのだが、それがどの映画だったのかが思い出せない。今まで見たことのあるマカロニウェスタンを始めからまた全部見直してみたくなって困った。

5.この映画でも機関銃が重大な役割を演じる。おまけに上でも述べたようにその背後に流れる音楽がエンリケス・バカロフだから、これはほとんど『続・荒野の用心棒』そのものだ。ただしここでの機関銃は『続・荒野の用心棒』でフランコ・ネロがぶっ放したのとはモデルが違い、弾がヒキガエルの卵みたいにベロベロつながったベルト状になっていないで、原始的なカートリッジ方式。普通のライフルの弾をそこにはめ込めばそれで撃てる、つまりわざわざ専用の弾丸を用意する必要がない、とヴォロンテの革命軍の一味の者が自慢げに説明していた。ネロのガトリング砲と比べてバージョンが上がっているのか下がっているのか、火器の知識が全くない私にはわからない。
 ガトリング砲といえば他のマカロニウェスタンで手回しオルガンならぬ手回し砲をみたことがある。砲手がうしろでクランクをぐるぐる回して撃つ方式だった。ついでに私は長い間「ヴァルカン砲」という言葉を普通名詞だと思っていたのだが、この名称は「セロテープ」と同じくある特定の会社の製品を意味するのだそうだ。だからヴァルカン砲のことも「ガトリング砲」と呼んでいい、と聞いたが本当だろうか?
 なお『続・荒野の用心棒』は本国イタリア公開が1966年の4月、『群盗荒野を裂く』が同年12月である。ダミアーニ監督が前者からインスピレーションを受けた可能性もあるが、一方この監督はコルブッチと違ってパクリを売り物にしてはいないから私の気のせいかもしれない。

6.ストーリーにちょっとソリーマの『血斗のジャンゴ』を想起させる点がある。『群盗荒野を裂く』でルー・カステルのやった役は政府側の回し者で、まず敵の一味に仲間として侵入するが、その際ボスの信用を得るためにちょいと一人二人人を殺して見せて仲間にしてもらう。もちろんこういう展開はそこら中の映画で見かけるから特にマカロニウエスタンの内輪引用と言い切ることはできないだろうが、ルー・カステルも『血斗のジャンゴ』で対応する役をやったウィリアム・ベルガーも金髪でちょっと共通点があるとは思った。しかもどちらの映画ででもジャン・マリア・ヴォロンテを相手にしている。だからここのカステルはベルガーを経由してさらに『殺しが静かにやって来る』のクラウス・キンスキーともつながって来るのである。
 さらにクレジットをよく見てみたらこの『群盗荒野を裂く』は脚本がフランコ・ソリナスだった。ソリナスは『復讐のガンマン』でも『血斗のジャンゴ』(ただしこれらではクレジットにはソリナスの名は出ていない)でもアイデアを提供したそうだから、本当につながっているのかもしれない。製作は『血斗のジャンゴ』(1967)のほうが一年もあとである。また、『群盗荒野を裂く』では最後にジャン・マリア・ヴォロンテがルー・カステルを撃ち殺すが、『血斗のジャンゴ』ではヴォロンテはウィリアム・ベルガーを撃ち殺そうとして逆にトマス・ミリアンに撃ち殺される。
 『血斗のジャンゴ』でも『群盗荒野を裂く』でも時の権力者に対する反感と庶民と言うか弱いものに対する共感が明確だが、これはマカロニウェスタンの監督、というかそもそもイタリアの監督・知識人はほとんど「左派」、ソリーマに至ってはファシスト政権下で共産党員だったことがあって仲間が秘密警察に拷問されて殺されたそうだから、まあ当然といえば当然だろう。モリコーネも穏健左派だそうだ。

 さらにこれも以前に書いたが、マカロニウエスタンというのは俳優や監督がいつも同じような面子であるばかりではなく、出演俳優や監督の相当部が「マカロニウエスタンでしか見られない顔と名前」であることが、独特の閉鎖性を強めている。フランコ・ネロやジャン・マリア・ヴォロンテなどの大物俳優はさすがにマカロニウエスタン衰退後も他のジャンルで名をなした、言い換えるとマカロニウエスタンから脱出できたが、外に出られなかった者のほうが圧倒的に多い。トマス・ミリアンやウィリアム・ベルガーなど、その後別に俳優業をやめたわけではなく、他のジャンル映画にもちゃんと出演しているのだがあくまで他の映画にも出ているのである。フランコ・ネロにしても私などは名前を聞くと真っ先に思い浮かんでくるのがジャンゴだ。マカロニウエスタンの前にすでに十分有名だったジャン・ルイ・トランティニャンやクラウス・キンスキーがマカロニウエスタンにも出ているのと逆だ。監督ついてもそうで、例えばセルジオ・コルブッチ、エンツォ・カステラーリという名前を聞いてマカロニウエスタン以外の作品が思い浮かんで来るだろうか?でも実際にはカステラーリもコルブッチも他の映画も撮っているのだ。

 しかし監督・俳優などの制作側よりもさらに閉鎖された空間に住んでいるのがそのジャンルファンたちだ。それなくてもジャンルファンというのは今のアニメファンを見てもわかるように部外者から見るとちょっと近寄りたくないような雰囲気(ごめんなさい)を醸し出しているものだが、アニメならまずファン層が広いことに加え、次々に新作が出来上がって来るから常に新鮮な空気が吸えてまだ雰囲気が明るい。それに対してマカロニウエスタンは新作というものがもう出てこないから、畢竟古い作品を何度も何度もためつすがめつして重箱の隅をほじくるしか能がない。空気が完全によどんでいるのだ。また、例えばミュージシャンや小説家の取り巻きというか熱狂的ファンというのは、その音楽なり小説なりが芸術的に素晴らしいと思っている、少なくともその作品が自分の生活にプラスの影響を与えてくれていると思うから応援するのである。マカロニウエスタンのファンはそういうこともない。あんなものが生活のプラスになるとは誰も思っていないのだ。皆あれらの映画がごく一部を除けばB級C級映画だとわかっている。わかっているのになぜか見だすと止まらないのである。さらに、「閉ざされた集団」ということで言えば、メンサの会とか富豪でつくる何とかクラブとかは、閉ざされているがゆえにそのメンバーであることがステータスシンボルになる。もしできるものなら入会したい、というのが一般人の本音だろう。マカロニウエスタンのフリーク集団なんかに属していても誰も尊敬などしてくれない。
 要するにマカロニウエスタンのジャンルファンというのは、「私たちはなんでこんなことをやっているんだろう」と自分でも疑問に思いながら出口のない小宇宙を形成しているわけだ。救いようのない集団である。
 どうやったらこのアリ地獄から這い上がれるのか。そもそも上に這い上がることなどできるのか。いやそもそも這い上がってここから出て行く必要があるのか。Quién sabe? - who knows?


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 インターネットになってつくづく便利になったと思うことの一つが、「そういえばあの人は今何をしているのだろう?」とふと思ったりしたときすぐ調べられることだ。「ググる」という言葉ができるほどになったが、私はヘソ曲がりなので、何年か前にメインの検索マシンをGoogleからDuckDuckGoというのに変えた。だからもう何年も「ググる」という行為をしていない。「ダクる」とでも言うのか?とにかくこの検索エンジンだと個人情報があっち側に残らないのが利点だが、それより私はアヒルが好きなのでロゴマークにアヒルを使ってあるというのがこちらに切り替えた理由の第一。第二が私はヘソ曲がりなので「皆が使っている」とか「シェア一位」とか聞くと使いたくなくなるという理由である。
 で、本来ならウィンドウズもワードも使いたくないのだが、ヘソだけは一人前に曲がっていても如何せんIT音痴なのでリナックスやオープンオフィスを使いこなすだけの知識や頭がなく、曲がったヘソの持って行き所がない。それで不本意ながらこの点では主流に呑まれているのである。が、いくらデジタル音痴でもさすがにメインの検索エンジンを変えることくらいは出来るからグーグルをやめた。

 その、「行け行けアヒル」であちこち「そういえばあの人は今どうしているのか」と思いついた人たちの名前を検索して遊んでいたら、何を今更ではあるが、あらためて知って感心したことがいくつかあるのでご紹介。以下は全部DuckDuckGoで行なった検索結果である。Googleだと違う結果になるのだろうか?

 その第一はブルーノ・ニコライの方がモリコーネより年上だった、ということだ。私はてっきりこの人はモリコーネの弟子で、10歳くらい年下かと思っていた。残念ながら1991年に亡くなっている。
 ルイス・エンリケス・バカロフはまだ存命だ。さるデータ・ベースを調べてみたら、この人のヒット曲ランキングのダントツ一位は未だに『ジャンゴ』でせっかく(しかもモリコーネより先に)オスカーを取った『イル・ポスティーノ』とかが完全に無視されている。
 リズ・オルトラーニは2014年の一月に亡くなっている。この人もあの世界的なヒットを飛ばした世界残酷物語が無視されてヒット曲の一位は『怒りの荒野』となっている。実は私は今まで気にしたこともなかったのだが、オルトラーニはフルネームがRiziero、リツィエロというのかリジェーロと発音するのか、なにやら由緒ありげなカッチョいいものであった。日本語表記の「リズ」だとエリザベス・テーラーとかといっしょになってしまいかねないが。

 アレッサンドロ・アレッサンドローニは私が「ダクりはじめた」当時はまだ存命だった。2011までしっかりコンサートなどの音楽活動をしていたということだが残念ながら今年2017年の3月に94歳で亡くなった。名前で言われると「そんな人知らない」と思う人もいるかも知れないが、さすらいの口笛の口笛とギターの演奏をしたのはこの人だといえば、「ああ、あの人か」と思い出すだろう。その後の『夕陽のガンマン』のスコアでも『続夕陽のガンマン』でも口笛をきかせてくれている。アレッサンドローニ氏はいわゆるマルチ演奏家で、ギターはもちろんマンドリンからシタールからいろいろな楽器を演奏していたらしい。しかも年は違うが行っていた幼稚園がモリコーネと同じだそうだ。レオーネがモリコーネと小学校の同級生だったことは有名な話だが、つまり『荒野の用心棒』は子供たちの同窓会作品だったのか。その幼稚園・小学校レベルにさえ達してない映画・スコアしか作れないくせに「プロの映画監督でございます」とかふんぞりかえっている監督や作曲家は廃業するがいい。

小学校時代のセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネ。r の字がひとつ足りない気がするのだが…
International Movie Database(imdb.com)から
MorricineLeone

 あと、意外なことにこのアレッサンドローニはフランチェスコ・デ・マージと協力して作曲も演奏もしている。『黄金の3悪人』というジョージ・ヒルトン主演の映画があるだろう。テーマ曲をデ・マージが担当しラウールがStranger, stranger, who knows your face?とかいう歌詞を『南から来た用心棒』と全く同じような声で歌う(当たり前だ。下記参照)が、あそこでギターを弾いていたのはこの人だそうだ。世界の狭さに驚いた。
 そのフランチェスコ・デ・マージは残念ながら2005年に亡くなっている。とにかく作曲家の消息については皆結構簡単に見つかった。モリコーネのように名前が一般教養の域にまで達している人はまあ言わずもがなだが、オルトラーニもデ・マージもウィキペディアに載っているし、その他の情報サイトも検索するとドシャドシャ出てくる。だが、それを実際に演奏したり歌ったりした人の消息となるとそうそうドシャ降りという具合にはいかなかった。 すぐに見つかったアレッサンドローニはむしろ例外だ。

 さて、「マカロニウエスタンの声」と言うと普通どんな名前が思い浮かぶだろうか。私はフリークでも専門家でもないが、素人目でいいから名前を挙げろといわれれば、まず第一にロッキー・ロバーツ、その余勢を駆って(?)ベルト・フィア(『63.首相、あなたのせいですよ!』参照)、あとラウール、マウリツィオ・グラーフ、最後にクリスティ、この5人が浮かぶのだが、皆さんはいかがだろうか。エッダ・デロルソ(『86.3人目のセルジオ』参照)を抜かすなと抗議されそうだが、ここでは「歌詞を歌った」人に限ることにする。ごめんなさい。
 
彼らは今何をしているのか、そもそもまだ存命なのか?

 『続・荒野の用心棒』を歌ったロッキー・ロバーツは2005年、デ・マージと同じ年にローマで亡くなっている。この人はフロリダ生まれの本当のアメリカ人で、英語が母語だ。
 『復讐のガンマン』のクリスティ(再び『86.3人目のセルジオ』参照)も比較的楽に見つかった。すぐにイタリア語版のウィキペディアにヒットしたのである。でもこれは私がたまたまマリア・クリスティナ・ブランクッチという本名を知っていたからで、単にChristyとしか知らなかったら相当手間がかかったと思う。まだご存命だ。
 さて、『南から来た用心棒』や『黄金の3悪人』の歌手、上述のラウールだ。私はこの人の本名を知らなかったのでちょっと手間取ってしまった。Raoulだけじゃあ、他に何百人も出てきてどれが目指すラウールなのか全くわからない。片っ端からこれ全部クリックするなんてやだー、と二の足を踏んでいたらなんとフランチェスコ・デ・マージのサイトで彼の本名に言及されていた。Ettore Raul (Raoul) Lo VecchioまたはLovecchioといい、デ・マージの歌をいくつか歌った後は俳優に転向し、実際いくつかの映画に出演している。その後はショウ・ビジネスから手を引いてローマでオリエンタルファッションのブティックを開業して暮らしているそうだが、生年月日も生死も定かではない。
 ラウールは例えばあるサイトで関係のない別のラウールとごっちゃにされて、というかいっしょにくくられれた上、

Raoul is a vocalist known for his many contributions to Ennio Morricone soundtracks.

という紹介文がついているが、これは正しいのか?彼はモリコーネの曲にmany contributionsをしていたのか?私としてはラウールと聞いて思い出す作曲家はなんと言ってもフランチェスコ・デ・マージの方なのだが。モリコーネとくっ付けるべきなのはむしろマウリツィオ・グラーフだと思うのだが。
 が、そのグラーフはラウール以上に情報がない。本名はMaurizio Attanasioというのはわかったが、なぜか生年月日も生死も見つからなかった。Youtubeでは結構みつかり、よくコンサートなんかはしていたらしいことはわかったが、経歴そのものの情報はほとんど見つからなかった。
 マウリツィオ・グラーフもラウールもまた名前を出されるとわからなくなる人がいるかも知れないが、私と同年代の女性なら絶対声は知っているはずだ。それぞれ『続・荒野の一ドル銀貨』『南から来た用心棒』、つまりジュリアーノ・ジェンマが主演した映画の主題歌を歌っている。これらの映画を「二つとも全く見たことがない、ジュリアーノ・ジェンマって誰ですか?」とか言うような同年代の女性がいたら、それこそ日本ナショナリストではないが「あなた本当に日本人?」と聞いてみたいところだ。
 マカロニウェスタンを見る際、ヨーロッパと日本ではもちろん重点というか視点が違うのだが、その彼我の差が最も明確に出ることの一つが実はジュリアーノ・ジェンマの扱いなのである。日本では荻昌弘あたりが「マカロニ・ウェスタンのスターはイーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマ」とか言っていたことがあるが、これはあくまで男性側の意見で、私達にとってはイーストウッドとネロが束になってかかってきてもジェンマにはかなわなかっただろう。ネロは美男子だったし、イーストウッドも顔だけ見れば結構線が細かったのでまあ女性ファンもいたが、本来「男っぽさ」を全面に打ち出すタイプの主人公は女性は嫌いなのである。そういえばあのころ、クラスにも「ショーン・コネリーとか見てると臭いがうつりそう。ゲー気持ち悪い」とまで言っていたクラスメートがいたほどだ。なお、私は今までの人生でリー・バン・クリーフが好き~といってキャーキャーいう女性にはただの一度もお目にかかったことがない。
 ドイツに来て「マカロニウェスタンのスターを挙げて下さい」とそこら辺の人に聞いてみるといい。イーストウッドはまあ別格としてその次に挙げられるのはフランコ・ネロよりテレンス・ヒルとバッド・スペンサーが先に来るはずだ。ネロはその後だと思う。ジェンマにいたっては完全にトマス・ミリアンや下手をするとジャンニ・ガルコとかあの辺と同じレベルだ。でもさすがに彼が亡くなった時は新聞に載った。「マカロニウェスタンの俳優で一番のイケメン」と書いてあった。

 さて、そのラウール、グラーフ以上にお手上げだったのが、『続・荒野の用心棒』のイタリア語バージョンを歌った上記ベルト・フィア(またはロベルト・フィア、どちらの名も使っているそうだ)だった。上の人たちは少なくとも歌った歌とか出演した映画とか、作品の紹介がいくつもしてあったが、フィアの場合は『続・荒野の用心棒』だけで他の言及が全くない。もしかするとイタリア語のサイトを探せばみつかるのかもしれない。イタリア語の出来る方がいたらお願いしたい。実は私は当時買ったイタリア語バージョンのレコード(「レコード」である!)をまだ持っているのだが、そのジャケットに「先日ミルバと共に来日したベルト・フィアが歌っている」と書いてある。ミルバと来日するくらいだからある程度名の通った人なのではないのか?それともフィア氏はミルバの荷物持ちかなんかだったのか?

 最後にもう一つ。アレッサンドローニだが、彼は自分のバンド、というか合唱団を持っていていくつかの映画で歌っているが、そのメンバーを見て驚いた。クリスティ(マリア・クリスティナ・ブランクッチ)が消してあるのはなぜだかわからないが、ラウールやエッダ・デロルソがいる。つまりアレッサンドローニを通してモリコーネとデ・マージはしっかりつながっているのだ。

 何、ここで挙げた名前や曲、映画の題名を全く知らない?それが正常だ。

この記事は身の程知らずにもランキングに参加しています(汗)。
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