アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:ポーランド語

 前にも書いたように大学では第二副専攻が南スラブ語学、具体的にはクロアチア語だった。それを言うと友人はたいてい「何だよそりゃ?」といぶかるが、人に言われるまでもなく、自分で専攻しておきながら自分でも「何だよこりゃ?」と思いながらやっていた。実は別にクロアチア語が特にやりたかったから第二副専攻にしたのではないのだ。

 人には大抵「専攻はロシア語です」、と言っているが、正確には私の専攻は「東スラブ語学」である。つまり本来ならば「ロシア語、ベラルーシ語(昔でいうところの白ロシア語)、ウクライナ語ができるが、その中でも主としてやったのがロシア語」ということだ。主としてやったも何も私はロシア語しかできない(そのロシア語も実をいうとあまりできない)。が、その際こちらでは規則があって、東スラブ語学を専攻する者は、その「主にやった」東スラブ語派の言語(例えばロシア語)のほかにもう一つスラブ語派の言語、それも東スラブ語以外、つまり西スラブ語派か南スラブ語派の言語の単位が必要だった。これを「必修第二スラブ語」と言った。

 気の利いた学生はドイツで利用価値の高い西スラブ語派の言語(ポーランド語、チェコ語、スロバキア語、上ソルブ語、下ソルブ語のどれか)をやったし、ロシア語のネイティブならば南スラブ語派でもブルガリア語を勉強したがる人が多かった。ブルガリア語は中世ロシアの書き言葉だった古教会スラブ語の直系の子孫だからロシア人には入っていきやすいからだろう。私のいたM大学には南スラブ語派のクロアチア語しか開講されていなかったのだが、当時隣のH大で単位をとればM大でも第二スラブ語の単位として認められたから、大学の規模も大きく選択肢の広いH大にポーランド語やブルガリア語をやりにでかけて行く学生が結構いた。が、私は残念ながら当時子供がまだ小さかったので、家を長い間空けられず外部の大学に出て行けなかったためと、まあ要するにメンド臭かったのでそのままM大でクロアチア語をやったのだ。
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古教会スラブ語のテキスト。古教会スラブ語は「古ブルガリア語」と呼ばれることもある。ロシア語を大学で専攻する者は(日本でも)必ずこれをやらされる(はずだ)。 

 そこで考えた。どうせ選択肢がクロアチア語しかないとすれば必修第二スラブ語の単位取りのためだけにやるのももったいない、この際皿まで毒を食ってやれ、と。それでクロアチア語を単なる第二スラブ語としてではなく「第二副専攻」として、もうちょっと先まで深く(でもないが)勉強することにしたのだ。
 ちなみにクロアチア語、つまり南スラブ語学を主専攻や副専攻としてやる者はこちらはこちらでまた「必修第二スラブ語」、つまり今度は南スラブ語派以外のスラブ語族の一言語の単位が必要になるわけだが、ここでは東スラブ語派のロシア語を取る者が大多数、というかほぼ全員だった。私は主専攻としてすでにロシア語をやっていたからこれが「クロアチア語専攻者にとっての第二スラブ語」の機能も兼ねていて一石二鳥ではあった。
 念のため繰り返すと「副専攻南スラブ語学」というのも本来「主要言語がクロアチア語」という意味、つまり「ブルガリア語、マケドニア語、クロアチア語、セルビア語、ボスニア語、スロベニア語ができるがその中でも主としてやったのはクロアチア語」ということだ。際限がない。これがまた下手にロシア語と似ているからもう大変だった。

 例えばロシア語のтрудный(トゥルードヌィ)は「難しい」という意味だが、これと語源が同じのクロアチア語trudan(トゥルダン)は「疲れている」だ。一度「クロアチア語は難しい」と言おうとして「クロアチア語は疲れている」と言ってしまったことがある。
 でも「言葉」という言葉はクロアチア語でもロシア語でも男性名詞だからまだよかった。この形容詞trudanが女性名詞にかかって女性形trudna(トゥルドナ)になると「妊娠している」という意味になってしまう。ドイツ語などでは「言葉」という言葉(Sprache)は女性名詞だからドイツ語でだったらクロアチア語という言葉は妊娠できるのだ。
 ついでだが、クロアチア語で「難しい」はtežak(テジャク)である。

 また、ロシア語でживот(ジヴォート)と言ったら第一に「腹」の意味だが、これに対応するクロアチア語のživot(ジヴォト)は「人生・命」。ロシア語でもживотに「命」の意味がないことはないのだが、すでに古語化していて、「人生・命」は現代ロシア語では大抵жизнь(ジーズニ)で表現する。で、私は一度「人生への深刻な打撃」と書いてあるクロアチア語のテキストを「腹に一発強烈なパンチ」と訳してしまい、高尚なクロアチア文学に対する不敬罪で銃殺されそうになったことがある(嘘)。

 もっとも西スラブ語派の言語、例えばポーランド語も油断が出来ない。ポーランド語では「町」をmiasto(ミャスト)というがこれは一目瞭然ロシア語のместо(ミェスタ)、クロアチア語のmjesto(ミェスト)と同源。しかしこれらместоあるいはmjestoは「場所」という意味だ。そしてむしろこちらの方がスラブ語本来の意義なのである。「町」を意味するスラブ語本来の言葉がまだポーランド語に残ってはいるが、そのgród(グルート)という言葉は古語化しているそうだ。ところがロシア語やクロアチア語ではこれと語源を同じくする語がまだ現役で、それぞれгород(ゴーラト)、grad(グラート)と「町」の意味で使われている。
 しかもややこしいことに「場所」を表すスラブ本来の言葉のほうもポーランド語にはちゃんと存在し、「場所」はmiejsce(ミェイスツェ)。これもロシア語のместо、クロアチア語のmjestoと同源で、つまりポーランド語の中では語源が同じ一つの言葉がmiasto、miejsceと二つの違った単語に分れてダブっているわけだ。

 私は最初「町」と「場所」がひとつの単語で表されているのが意外で、これは西スラブ民族の特色なのかと思っていたのだが、調べてみると、「町」のmiastoはどうも中世にポーランド語がチェコ語から取り入れたらしい。なるほど道理で「場所」を表す本来のスラブ語起源のポーランド語miejsceと「町」のmiastoは形がズレているはずだ。が、そのチェコ語の「町」(město、ミェスト)ももともとは中高ドイツ語のstattを直訳(いわゆる借用翻訳)したのが始まりとのことだ。これは現在のドイツ語のStadt(シュタット、「都市」)の古形だが、中高ドイツ語では(つまり12世紀ごろか)「場所」とか「位置」とかいう意味だったそうだ。動詞stehen(シュテーエン、「立つ」)の語幹もこれ。中世には都市とは城壁で囲まれているものであったのが、しだいに城壁がなく、その代わり中央に教会だろなんだろ中心となるものが「立っている場所」が都市となっていった。言葉もそれにつれて意味変遷し、「場所」から「都市」に意味変換が起こりつつあった頃、チェコ語がそれを正直に写し取った。そこからさらにポーランド語が受け取り、調べてみると東スラブ語派のウクライナ語もそのまたポーランド語から借用したらしく、「町」は」місто(ミスト)である。そして「場所」はМісце(ミスツェ)だから、ここでも語彙が二重構造になっているわけだ。

 灯台下暗し、「町」あるいは「都市」と「場所」をいっしょにしていたのはドイツ語のほうだったのである。


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 以前日本語茨城方言のインフォーマントの方からとても興味深い話を聞いた。 そこの方言では「行く」を「いんべ」、「居る」を「いっぺ」というそうだ。 なぜ「行く」が「ん」で、「居る」が「っ」になるのか、言い換えると/ik-u/、つまり/k/は「ん」になり/ir-u/、つまり/r/は「っ」になるのか。もちろん音声学・音韻論、つまり歴史言語学の面からの説明が出来るだろうが、それより面白かったのはこのインフォーマント自身はこれを次のように説明していたことだ: 「行く」を「いっぺ」と言ってしまうと「居っぺ」と区別が付かなくなるので「いんべ」と言う。

 たしか言語地理学者J.ジリエロンだったと思うが、1912年の著書で提唱した「同音衝突の回避」という現象の一種とみなしていいのではないか。ある言語内で、歴史的音韻変化等によって本来別の単語が同じ発音になってしまう場合、その衝突を避けるため1.一方の単語がもう一方の単語に追われて言語内から消滅するか、2.片方の単語の形を無理矢理かえて両単語の形が同じにならないようにされることがよくあるのだ。

 このインフォーマントはさらに「茨城方言はアクセントが弁別的機能を持たないので、そのままでは「駆ける」あるいは「書ける」と「欠ける」を区別する事が出来ず、「欠ける」を「おっかける」と、接頭辞つきで言う」と報告しているが、これなどもまさにそれかと思うのだが。

 確証などは全くできていない単なる思い付きだが、実は私はしばらく前からロシア語の不完了体動詞покупать(パクパーチ、「買う」)もこの同音衝突の回避から生じたのではないかと疑っている。『16.一寸の虫にも五分の魂』の項でも書いたようにロシア語は動詞がペア体系をなしているが、この不完了体動詞покупатьの完了体のパートナーはкупить(クピーチ)だ。こういうペアの形ははちょっと特殊で、あれっと思った。普通なら完了体動詞のほうが接頭辞つきの形をとっていて不完了体動詞のほうはむしろ丸腰の場合が多いからだ。例外的に不完了体動詞に接頭辞がついている場合はほぼ例外なく完了体のパートナーのほうにも同じ接頭辞がついている。不完了体・完了体どちらも丸腰のペアも多いが、ここでのпокупать対купитьの例のように不完了体にだけ接頭辞がついているペアを私は他に知らない。理屈から言えば、不完了体покупать(パクパーチ)は本来купать(クパーチ)とかいう形になるはずなのだ。なぜここで唐突に頭にпо-がつくのか。これはロシア語内にすでに不完了体のкупать(クパーチ、「水浴する」)という別動詞が存在し、それと混同される恐れがあるからだと思う。 つまり同音衝突を避けるために「買う」のほうに接頭辞がついたのではないだろうか、と思ったので調べてみた。

 他のスラブ語を見て見ると、「買う」のпокупатьと「水浴び(入浴)させる・する」のкупатьとは形が絶妙に「ちょっとだけ」違っていて、同音衝突が巧みに避けられている様子がよく分かる。 「買う」と「入浴・水浴び」はスラブ諸語では次のようになった。左側が不完了体、右側が完了体動詞である。

クロアチア語
kupati (se) - okupati (se)  (水浴び(入浴)させる・する)
kupovati - kupiti     (買う)

ポーランド語
kąpać (się) - skąpać (się) (水浴び(入浴)させる・する)
kupować – kupić     (買う)

ベラルーシ語
купаць(-цца) - выкупаць(-цца), пакупацца  (水浴び(入浴)させる・する)
купляць, пакупаць - купiць          (買う)

ウクライナ語
купати(ся) - викупати(ся),  скупати(ся) (水浴び(入浴)させる・する)
купувати - купити            (買う)

ロシア語
купать – выкупать(ся), искупать(ся) (水浴び(入浴)させる・する)
покупать - купить           (買う)

 アスペクトのペアは、普通は不完了体のほうが基本形で、そこに接頭辞をつけたりして完了体動詞を形成するパターンが多い。例えば不完了体писать(ピサーチ、「書く」)対 完了体написать(ピサーチ)など。それでもその逆、つまり完了体のほうをもとにしてそこから不完了体形を導き出すことも決してまれではない。これを二次的不完了体形成というが、なぜ「二次的」なのかというと、この場合は完了体動詞にすでに接頭辞がついている場合が大半だからだ。なので不完了体のパートナー形成は接頭辞をくっつけるのではなく動詞本体のほうの形を変えて行なう。それには3つやりかたがあって、1. 動詞の語幹に-ва-、-ова-又は-ива-を挿入する、2.語幹の母音и(i)をа(a)に変える、3.母音をaに変えた上さらに子音を変える。
 例えば完了体признать (プリズナーチ、「承認する」)対不完了体признавать(プリズナヴァーチ)が1の例、完了体решить(リェシーチ、「決める」)対不完了体решать(リェシャーチ)が2、完了体осветить(オスヴェチーチ、「明るくする」)対不完了体освещать(オスヴェッシャーチ)が3の例だ。
 
 そこで上のスラブ諸語をみると、その3種の不完了体構築方法と接頭辞による完了体形成が全部そろい踏みしているのがわかるだろう。クロアチア語、ポーランド語、ウクライナ語の「買う」が1、ベラルーシ語の「買う」が3、そしてロシア語の「買う」は(本来)2の例、「入浴する」は不完了体のほうはどの言語も同じなのに、完了体についている接頭辞そのものは言語ごとにバラバラだ。完了体のほうがが不完了体を基礎にして二次的に形成されたと見て取れる。大まかに言ってクロアチア語がo、ポーランド語の接頭辞がs-、ベラルーシ語、ウクライナ語、そしてロシア語はвы(vy)あるいはви(vi)なのだが、その東スラブ語間にも細かい部分に違いがある。ロシア語はвы-とис-の2種の接頭辞がペアと見なされるが、выкупать(ся)(ヴィクパーチ)のほうはちょっと注意を要して、アクセントの位置がвы(ヴィ)に来るвыкупать(ся)とпа(パ)に来るвыкупать(ся)は意味が全く違い、前者が「入浴」、паにアクセントが来ると「補償する」という別単語だ。ウクライナ語のвикупати(ся)も同様で頭のвиにアクセントを置かないと意味が違ってきてしまうから頭が混乱する。
 
 さらにウクライナ語の接頭辞с(s)は「買う」のほうにもくっついてскупити(スクピーチ、「買い占める」)という語を作る。「水浴び」のскупати(スクパーチ)とたった一字違いだ。ポーランド語にもこのs-が登場する。

 が、それより面白いのがベラルーシ語で、ロシア語のпокупать(パクパーチ)と音韻的に対応するпакупаць (パクパーチ)という語が存在し、「買う」を意味する。つまり不完了体ではкупляць(クプリャーチ) とダブっているわけだ。ところがこのпакупаць に再帰形態素ца(ツァ)がついた形пакупацца (パクパーッツァ)は完了体で「入浴」を意味する。辞書によってはцаなしのпакупаць も「入浴」で載っているものがあった。想像するにベラルーシ語のпакупацьを「買う」の不完了体の意味で使うのは新しい用法で、ロシア語の影響なのではないだろうか。本来пакупацьは接頭辞のついた完了体、それも入浴のほうの意味だったのではないだろうか。そのためか、ウクライナ語の辞書にもпокупатися(パクパチーシャ)という動詞はロシア語のвыкупать(ся)(ヴィクパーチ(シャ))と同じである、と説明しているものがあった。つまり「入浴」なのである。

 調べれば調べるほどますます「入浴・水浴」と「お買いもの」がごっちゃになって底無し状態になったのでこちらも嫌気がさしてきたためこの辺で止めさせてもらうが、それでもこの二つを少しでも明確に区別しようというスラブ語たちの必死の努力がいじらしい。
 最後に感想を一言。東スラブ諸語でも南スラブ語のクロアチア語でも現在は「水浴」のкупать(クパーチ)あるいはkupatiと「買う」のкупить(クピーチ)あるいはkupitiでは第一シラブルの母音は両方uとなっているが、ポーランド語でここがą、鼻音のoとなっているのを見れば、実はこれは本来は母音が違い、「水浴」のほうは元はuでなく鼻母音のoだったのではないかと思われてくる。実際ロシア語のмудрость(mudrost'、「知恵」)はポーランド語でmądrośćであり、ロシア語の口母音uとポーランド語の鼻母音oがここでもきれいに対応している。古教会スラブ語で「知恵」は現代ポーランド語と同じく鼻母音のoだったのだ。言い換えるとこれらは現在は混同されそうなくらい似た形だが、もとは混同される心配などない、違った形をしていたのではなかろうか。スラブ祖語の鼻母音oが東スラブ・南スラブ諸語では言語変遷の過程でuになり、真正のuと区別がつかなくなってしまったために話がややこしくなってしまったのだろう。
 「人生は蜘蛛の巣のようだ。どこに触れても全体が揺れる」という言葉があるが、これは言語についても言えそうだ。小さな音韻変化が全体に大騒ぎを起こすのである。


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 ドイツは1998年にEUのヨーロッパ地方言語・少数言語憲章を批准・署名しているので、国内の少数言語を保護する義務があり、低地ザクセン語、デンマーク語、フリジア語、ロマ二語、ソルブ語が少数言語として正式に認められている。特にソルブ語は、公式に法廷言語として承認されている。裁判所構成法(Gerichtsverfassungsgesetz)第184条にこうある。

Die Gerichtssprache ist deutsch. Das Recht der Sorben, in den Heimatkreisen der sorbischen Bevölkerung vor Gericht sorbisch zu sprechen, ist gewährleistet.

法廷言語はドイツ語とする。ソルブ人の住民にはその居住する郡の法廷においてソルブ語を使用する権利が保障される。

 法廷言語は公用語とイコールではないが、ソルブ人はもとから自分達の住んでいる地域で自分達の言葉を使って裁判ができるのだからこれは「準公用語」的ステータスではないだろうか。日本のどこかにアイヌ語で裁判をする権利が認められている地方があるだろうか? さらに、現在ザクセン州の知事をしているのはドイツ人ではなく、ソルブ人のスタニスラフ・ティリッヒという政治家だ。「スタニスラフ」という名前は典型的に非ドイツ語形。これを日本で言うと、北海道の一部でアイヌ語で裁判が行え、アイヌ語名の仮名表記で戸籍に登録でき、例えば「ゲンダーヌ」という名前のまま立候補したアイヌ人が北海道の知事になったようなものだ。
 ソルブ語はドイツ語とは全く違う西スラブ語系統の言葉でポーランド語に近い。さらに厳密に言うと下ソルブ語と上ソルブ語の2言語だ。

 これはあくまで自己反省だが、大学でドイツ語、ドイツ文化、あるいはドイツの政治や歴史を勉強しました、といいながらこのソルブ語の存在を知らない人がいる。「ソルブ語なんてドイツ語・ドイツ文化はもちろんドイツの歴史とは関係ないんだからいいじゃないか」と言うかも知れないが、私はそうは思わない。
 「私は日本のことを大学で勉強しました」と言っている外国人がアイヌの存在を知らなかったら、その人の「日本学専攻者」としての知識・能力に対して一抹の不安を抱くのではないだろうか。「ドイツの言葉や文化・歴史を勉強しました。でもソルブ語って何ですか?」と聞く人はそれと同じレベルだと思う。繰り返すが、これは自己反省である。私もソルブ語のことを教わったのはスラブ語学の千野栄一氏の本でなのだから。そもそもいまだに西スラブ語が一言語も出来ない私がエラそうなことを言えた義理ではないのだ。

 そのソルブ語のことをそれこそお義理にちょっと(だけ)調べてみた。
 
 まず「窓」という単語。上下ソルブ語共にwoknoである。『33.サインはV』の項に書いたベラルーシ語と同様prothetic v (wまたはв)が現れているではないか。これはロシア語ではокно(okno)だ。そう知るとベラルーシ語以外の東スラブ語、要するにウクライナ語が気になりだした。いくつか単語を検索してみたので比べてみて欲しい。左がロシア語、真ん中がベラルーシ語、右がウクライナ語だ。

「秋」: осень    - восень  -  осiнь
「火」: огонь     - агонь    -  вогонь
「8」: восемь    - восемь -  вiсiм
「窓」: окно    - акно   -  вiкно
「髭」: ус        - вус     -  вуса
「目」: око (古語) -    вока     -  око

つまりベラルーシ語とウクライナ語では prothetic v の現れ方がバラバラ微妙に違っているのだ。「秋」「目」対「火」「窓」を比べてみると、v の現れ方がベラルーシ語とウクライナ語でちょうど逆になっているのがわかる。
 さらに「8」には全東スラブ諸語共通で v が語頭添加されているのに、南スラブ語のクロアチア語では添加されない。

「秋」: jesen
「火」: oganj
「8」: osam
「窓」: prozor
「髭」: brada, brk, brkovi
「目」: oko

「窓」「髭」はクロアチア語は別系統の語を使うようだが、「火」「8」「目」には v が転化されていないのが見て取れる。
 そういえばウクライナ語対ロシア語・ベラルーシ語では「8」と「窓」という単語内で /i/ 対 /o/ と音韻交替している。これに対応してハルキウ(Харкiв)というウクライナの都市のロシア語名がハリコフ(Харьков)だ。

 西スラブ諸語にもどるが、下でソルブ語とポーランド語を比較してみた。左がソルブ語(左のそのまた左が上ソルブ、右が下ソルブ語)、右がポーランド語だ。

「秋」: nazyma / nazyma  -  jesień
「火」: woheń / wogeń   -  ogień
「8」: wosom / wósym    -  osiem
「窓」: wokno / wokno   -  okno
「髭」: wusy / borda    -  wąs
「目」: woko / woko    -  oko

「秋」は上下ソルブ語とも別系統の語だ。「髭」も下ソルブ語では(borda) 上のクロアチア語と同系統の語で、上ソルブ語と語彙そのものが違うように見えるが、実はborda系の単語は上ソルブ語でも使うそうだ。言い換えると wusy か borda かは言語の違いというより髭の種類の違いのようで、前者は顎鬚を指し、髭全般を意味するのはむしろ後者のようだ。 もしかしたらクロアチア語にも下ソルブ語にも ус、 вус あるいは wusy 系統の単語が存在するのかもしれないが、小さな辞書には出ていなかった。
 いずれにせよ、prothetic v を売り物にするベラルーシ語よりむしろソルブ語の方がきれいに v が現れている。

 ついでに隣のバルト語派のリトアニア語は以下の通りだ。

「秋」: ruduo
「火」: ugnis
「8」: aštuoni
「窓」: langas
「髭」: ūsai
「目」:akis

さすがバルト語派。スラブ語派と形が近い。ちょっとネイティブ・スピーカーに聞いてみたら、「髭」には他にbarzdaというborda系の言葉もあるらしい。ちなみに「火」という意味のugnis、oganj, огонь等、皆ラテン語の ignis と同源だ。aštuoni なんて単語、見るからに古い印欧語の形を反映していそうな趣でゾクゾクする。興味は引かれるのだが、リトアニア語というのはアクセント体系が地獄的に難しいそうなので今生ではパスすることにして、次回生まれ変わった時にでも勉強しようと思っている。


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 次のポーランド語の文を見て完全に硬直した。

Bolid Stuck'a ominął obu porządkowych, jednakże Pryce nie mógł ominąć 19-letniego Jansena Van Vuurena.

このセンテンスがあまりにロシア語と似ていて、全くポーランド語を習ったことのない者にも構造から何からわかってしまうからだ。スラブ諸語間の音韻対応に注目しつつ、ローマ字からキリル文字に変換すればポーランド語がそのままロシア語になるくらい似ている。

 まず、音韻面では次のように変換する。

1.ポーランド語ominąłのąに変な尻尾がついているのが見えるだろう。これは a でなく鼻母音のo だ。ロシア語ではこれがu となる。古教会スラブ語の鼻母音o もロシア語のu に対応する。例えば「知恵・賢さ」という語は以下のようになる。õ が鼻母音のo、у が u である。
 
mõdrosti (古教会スラブ語) - мудрость (ロシア語)

2.jednakżeのjeはロシア語のo。西スラブ諸語だけでなく南スラブ諸語のjeもロシア語のo に対応する。 以下は「1」を意味する語の比較である。

jedan (クロアチア語) - один (ロシア語)

3.ポーランド語には音声学的には /r/ に口蓋音バージョン、つまり r の軟音がないが、音韻的には rz がロシア語のr の軟音、つまりрьに対応する。ベラルーシ語にもr に口蓋・非口蓋の対立がない。

4.ちょっと苦しいが、rz のあとの鼻母音o はu にせずa と変換する、という特別規則を作る。すると、ポーランド語のporządkowychはロシア語では変換してпорядковыхとなる。

5.ć をтьに変換する。

6.kżeをкоにする。

上のポーランド語をここまでの変換規則にインプットすると次のようなロシア語に自動変換してアウトプットされてくる。

Болид Штука оминул обу порядковых, однако Прайс не могл оминуть 19-летнего Йансена Ван Вурена.

 この変換は「自動翻訳」などではなく、単にポーランド語のラテン文字をキリル文字に変換し、ただその際ちょっと修正しただけである。これですでに何となくロシア語になっているのだが、まだ完全ではないので、さらに形態素・シンタクス上で次のような変換をかける。

7. ominąć のo は接頭辞として付け加えられたもの、つまり語幹ではないので削除する。と、ポーランド語ominąćはロシア語のминутьになる。

8. ポーランド語の ł の発音はwで、動詞の男性単数過去形が子音で終わる場合もしつこくくっ付いてくるが、ロシア語ではл はあくまでlで、動詞の男性過去形が子音で終わる場合は現れない。だから子音の後ろでは消えてもらう。するとポーランド語mógł はмогとなる。
 ちなみにクロアチア語ではмогはmogaoである。

9. ポーランド語ではobaが女性名詞単数扱いなのか、対格形がobuになっているが、これを形容詞変化にして活動体の対格形にする。

ここまでで次のロシア語が出来る。

Болид Штука минул обоих порядковых, однако Прайс не мог минуть 19-летнего Йансена Ван Вурена.

 仕上げとして語彙面で次のような変換をする。

10. ロシア語ではпорядковых(パリャートコヴィフ、「順序の」)を(たぶん)名詞的な意味に使って人を指したりしない(と思う)ので、語幹のпорядок(パリャードク、「順序、秩序、制度」)を残しつつ別の単語распорядитель(ラスパリャジーチェリ、「管理者、経営者、担当者」)に変える。

11. ひょっとしたらминуть(ミヌーチ、「まぬがれる、過ぎ去る」)もизбегать(イズビェガーチ、「避ける、まぬがれる」)あたりにした方がいいんじゃないかとも思うが、せっかくだからそのまま使う。

すると、
 
Болид Штука миновал обоих распорядителей, однако Прайс не мог минуть 19-летнего Йансена Ван Вурена.

シュトゥックのマシンは双方のサーキット担当者の脇を通過した。が、プライスは19歳のヤンセン・ヴァン・ヴーレンを避けることができなかった。

となる。ネイティブの審査を通していないので、まだ不自然な部分があるかもしれないが、基本的にはたった11の簡単な規則だけでポーランド語がロシア語に変換できてしまった。これを日本語に変換することなど不可能だ。しかも「翻訳」ではなく単なる「音韻変換」でだ。そんなことををやったらとても「不自然」などというレベルではなくなるだろう。

 ちなみにbolidというのは本来「火を噴きながら落ちて来る隕石」だが、ドイツ語やポーランド語では「競走用のマシン」という意味でも使われている。最新のロシア語辞典なんかにもこの意味が載っているが、私の独和辞典にはこの意味の説明がなかった。辞書が古いからかもしれない。

 しかし私が硬直したのはもちろんポーランド語とロシア語の類似よりも内容のせいだ。書いてあるのは1977年に南アフリカのキャラミというサーキットで起きた事故の模様の描写の一こまで、ここで事故死したトム・プライスというレーサーを私は当時ひそかに応援していたのだ。プライス選手はそのとき27歳だった。
 ちなみに私はF1というと富士スピードウェイ、「ロータス」というとM・アンドレッティの運転していた漆黒のJPSロータスを思い出すというどうせ年寄りだが放っておいて貰いたい。1976年と1977年には2回とも富士スピードウェイにF1観戦に行った。6輪タイレルにそこでベタベタ触ったし、後に世界チャンピオンになったジョディ・シェクターとは握手して貰った。ジェームズ・ハントも新宿のホテルの前で見かけた。当時エンジンはフォードV8、フェラーリ水平対抗12、リジェ・マトラV12、アルファロメオ(気筒数を忘れた)の4つだけという牧歌的な時代で、目をつぶって音だけ聞いていてもエンジンが区別できた。マトラのやたらキンキン甲高いエンジン音がまだ耳に残っている。さらに漆黒ならぬ赤いロータスImperial Specialもしっかり記憶に残っている。ドライバーはグンナー・ニルソンだった。とかいう話を始めると止まらなくなりそうなのでここでは自制することにして、ちょっと上の文章の登場人物だけ解説させてもらいたい(自制していないじゃないか)。
 Stuckというのはドイツ人のレーサーH.J.シュトゥック選手のことで、事故のときプライス選手のすぐ前を走っていた。よく「スタック」という名前になっているが、これは日本人の悪いクセでドイツ人の名前をなぜか英語読みにしたせい。「シュトゥック」と読むべきだ。
 そのシュトゥック選手の前方で別のマシンがクラッシュして発火したのでサーキットの従業員が二人消火器を持って駆けつけたのだが、その一人がコースを横切ろうとした時、ちょうどそこに走ってきたプライスのマシンに轢かれた。全速力のF1とぶつかった彼も即死だったが、彼の抱えていた消火器がプライスの頭部を直撃し、こちらもその場で亡くなった。プライス選手の足が死後もなおアクセルを踏み続けていたのでマシンはそのまま全速力で走り続け、フェンスに突進してそこでようやく止まった。Jansen Van Vuuren(ヤンセン・ヴァン・ブーレン)というのが亡くなった従業員の名前で、当時まだ19歳の少年だった。見てのとおりアフリカーンス語の名前である。またサーキットの名前「キャラミ」(Kyalami)というのはズールー語で、「私のうち」という意味だそうだ。あまりに衝撃的な事故だったのでいまだに当時の新聞記事の日付まで覚えている。朝日新聞3月6日の朝刊で報道されていた。事故そのものは3月5日だった。


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 ポーランド語で「本」をksięga(クションガ)と言うと知って驚いた。これはロシア語のкнига(クニーガ)にあたるはず。この語の語源自体はどうも印欧語起源ではないようだが、南スラブ語のクロアチア語でもknjiga(クニーガ)だし、確かバルト語のリトアニア語もknigaだったはずだ(多分スラブ語から借用だろう)。下ソルブ語か上ソルブ語かわからないが、とにかくソルブ語ではkniha。つまりポーランド語は他のスラブ語の/n/を/s/で対応させているわけか。

 一瞬ギョッとする音韻対応というのは結構見かけるが、これは初耳だ。
 例えばケルト諸語をいわゆるp-ケルトとq-ケルトのグループに分ける /p/ 対 /k/ の音韻対立など最初ワケがわからなかった。「4」を古アイルランド語ではcethirとkで発音したが、古ウェールズ語ではpetquar、ブルトン語ではpevarで、この k と p は昔同じ音だったのだ。k と p が同じ音だったなんて馬鹿なことがあるか、全然違う音じゃないかと思ったら、この元の音というのが唇の丸めを伴う k、「くゎ」だったのだそうだ、で、「4」はもと*kwetwer-(または*kwetur, *kwetṛ)。q-ケルトグループではこの唇の丸めがとれて単なるkになってしまったのに対し、p-ケルトでは唇の丸めのほうがどんどん強化されてついに調音点そのものが唇にうつってしまったというわけだ。完全につじつまが取れているのでまた驚いた。
 またアルバニア語をゲグ方言とトスク方言という2大グループに分ける/r/対/n/という対立もある。アルバニア語の祖語で *-n だった音がゲグ方言では -n のまま残った一方、アルバニア語の標準語となったトスク方言ではロータシズムを起こして-rとなった。で、トスク方言のemër(名前)dimër(冬)はゲグ方言ではそれぞれêmënとdimën

 /n/ 対 /s/ というのも相当なツワ者ではなかろうか。
 他の印欧語内でこういう音韻対立がみられる言語はあるのかどうかちょっと調べて見たのだが、どの本を見ても「印欧語の/n/、[n] は非常に安定した音であり、大抵の言語でそのまま保たれている」とある。保たれていないではないか。
 さらにこれが「本」だけの現象でない証拠に、ロシア語のкнязь(クニャージ、「公爵」)、さらにその語源のスラブ祖語kъnędzьに対応するポーランド語もしっかりksiądz(司祭)とsが現れている。 
  ちなみにこのポーランド語のksiądzはロシア語でксёндзという語として借用され、「カトリック神父」の意味で使われている。つまりロシア語には元々kъnędzьという同一言語から発生した語に対して東スラブ語経由と西スラブ語経由の二単語が並存しているのだ。『5.類似言語の恐怖』の項で述べたポーランド語のmiasto、mejsceと同じような感じである。
 さらに聞いて驚くなという話になるが、 「巣」、ロシア語のгнездоは私の計算としてはポーランド語ではgzązdoになるはずなのに(ですよね?)実際に現れる形は素直にgniezdoで、なぜか /n/ がしっかり保たれている。ここの音声環境の違いは先行する子音が [+ voiced] か [- voiced] かだけだ。

 なぜだ。

 そして実はポーランド語もその他のところでは「印欧語の/n/は安定している」の原則を保持している。ロシア語のн (n) とポーランド語のnが対応しているのが見えるだろう。

ロシア語 - ポーランド語
гнилой   -  zgniły (腐った)
гнать     -  goniać (追い立てる)
гнуть     -  zginać  (曲げる)
ночь     -  noc   (夜)
внук    -  wnuk   (孫)

面白いことにzginaćの完了体動詞はzgiąćで、鼻音子音n自体は消失して[+ nasal] という素性を後続母音に残している。ą は鼻母音だ。この z は本来接頭辞だから、zgiąćは形としてはむしろロシア語のсогнутьの方に対応しているのだろうか。さらに ą は [a] でなく [ɔ] の鼻音だから、ロシア語の /u/ 対古教会スラブ語の /õ/、例えばмудрость (ロシア語、「賢さ」) 対 mõdrosti (古教会スラブ語、「賢さ」) の対応と完全に平行している(『38.トム・プライスの死』参照)。

 ついでに「雪」は

снег (ロシア語) - śnieg (ポーランド語)

だから、ポーランド語で [n] は先行子音の上に同化現象を誘発してs を[+ palatal] とさせ、ś に変化させているわけだ。

 本来ことほど左様に力の強い鼻音歯茎閉鎖音がknの時に限って、しかもポーランド語に限って ks となるのは何故なのだろうか? 気になって仕方がなかったのでポーランド語の音韻に関する本を借りてきて見た。Zdzisław Stieberという人の"A historical phonology of the Polish language"という本で、1973にハイデルベルクで出版されたものだが、モロ命中したのでちょっと紹介させてほしい。ここの50~51ページに次のような説明がある。 時々字の上についている「'」という印はその音が口蓋化されている、という意味でわざとついているのであって印刷のシミなどではない。

1.12世紀か13世紀にかけて古ポーランド語で kn' が kś に変化した。ただし*kъnęzь及び*kъnęgaの2単語に限られる。kъnęga (古教会スラブ語ではkъn'iga)の ę が鼻母音になっているのはおそらくkъnęzьからの類推。 

2.1204年にトシェブニッツァ(Trzebnica、ドイツ語ではTrebnitz、トレブニッツ)で書かれた文書ではまだKnegnichという地名が見える(現代ポーランド語ではKsięgnica)。

3.1232年の資料ではCnegkenitsと記録されていた地名が1234年にはGzenze、1298年にはXenze、1325から27年にもXenze。これは現ポーランドのKsiąż Wielkiである。

4.この音韻推移は古カシューブ語も被っていたことが、ksic (神父)という語に認められる(その単数属格形はksëzaで、ポーランド語の ę との対応がカシューブ語に特徴的)。

5.ポーランド語、カシューブ語以外ではkn' → kś という音韻推移は確認されていない。

6.一方ポーランド語内部でさえもこの推移が完全には浸透しなかったことが、1953年の「古ポーランド語辞典」にknieja(森の一部)、kniat(マリーゴールドの一種)などの語が報告されていることからもわかる。前者は14世紀の終わり、後者は15世紀に記録されたものである。

7.カシューブ語の方もknižka,、knëg、knéga、 knigaという形が最近になるまで残っていた。

8.kn' が kś に代わった原因は無声音 k の後で n' が無声化し、それに伴って音価が弱まったためであろう。ポーランド語では無声のr, m (m'), n, n', l, l' は発音が弱まるからである。

 1で述べられている「司祭」と「本」の2例を全く人の手を借りずに最初から自分で思いついた私はひょっとして言語学の才能があるのではないかと一瞬思いそうになったが、せっかくその例を思いついておきながらこれを単純にも /n/ 対 /s/ という音韻推移だと解釈したことで、そもそものスタートからハズれていたことがわかり、むしろ「私は才能がない」ことが暴露された感じ。これは /n/ 対 /s/ の対応ではなくて /kn' / 対 /ks'/、つまり口蓋化された n から口蓋化された s への推移だったのだ。もしこれが口蓋化されていない普通の -n だったらこの推移は起こらなかったかもしれない。さらにこの本の著者は私が上でわからないわからないと大仰に騒ぎ立てたgniezdoの謎もしっかりかつあっさり説明してくれている。「無声のソナント」というのが私なんかはちょっと想像を絶する。月並みな言い方だが、やはり専門家は違う。


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 子供の頃、英語で「私には姉がいる」をI have a sisterというと聞いて驚愕したことをまだ覚えている。まず「姉」と「妹」を区別しないのに驚いたが、この文脈で「持つ」という動詞を使うのがまた意外だった。日本語ならここで英語のbe、ドイツ語のseinにあたる「ある・いる」という動詞で表現する。
この、「ある」か「持つ」か、つまりbeかhaveかという区別はよく議論されるテーマだそうで、そもそもの言いだしっぺはA・メイエとその弟子のE・バンヴェニストあたりらしい。「be言語」「have言語」という言葉も聞くが、実は私はいままであまり深く考えもせずにテキトーに(またかよ)これらの言葉を使っていた。私が理解していたのはだいたい次のようなことだ。
 大まかにいって現在のヨーロッパにおける印欧諸語がhave言語なのに対し、ヨーロッパでも非印欧語は、フィンランド語やハンガリー語などはbe言語である。 さらにロシア語を含む東スラブ諸語は日本語と同じくbeを使う、つまり「私には姉がいる」タイプだが、南スラブ諸語・西スラブ諸語は「私は姉を持っている」である。

 ところが実際はどうもそう単純に片付けられる問題ではないらしい。まず第一にヨーロッパ外の印欧語でもhaveを使うものや逆にヨーロッパの印欧語でもbeを使う例があるし、第二にそもそもhaveもbeも両方使う言語が多いので、これはhave言語、あれはbe言語とギッチリきれいに線引きすることはできない。ちょっと調べてみた。

 まずヨーロッパの非印欧語トルコ語は図式通りにbe言語で、そもそもhaveにあたる動詞がないそうだ。「ある」または「ない」にあたるvarとyokを使う。

bir ev-im var
一軒の + 家が-私の + ある
→ 私には家が一軒ある。(= 私は家を一軒持っている)

 
telefon-um yok
電話-私の + ない
→ 私には電話がない。(= 私は電話を持っていない)

ちなみにhaveをトルコ語辞書で引くとsahip olmakと出てくる。sahipが「所有者」(しかもアラビア語からの外来語)、olmakが「ある」だから、「○○の所有者である」と表現するしかないらしい。日本語ではここで「トルコ語にはhaveにあたる動詞がない」と「トルコ語はhaveにあたる動詞を持たない」の両方の表現が可能だから、それに比べてもトルコ語は相当ハードなbe言語だ。

 古モンゴル語もbe言語だったそうだが、トルコ語と違って「私」は属格でなく与格(処格)になる。

nadur morin buy
私に + 一匹の馬が + いる・ある
→ 私には馬が一匹いる。(= 私は馬を一匹持っている)


 古グルジア語もbe。

ara ars čuen tana uprojs xut xueza puri
ある +(否定)+ 我々に + と共に + より多い + より + 5 + パンが
→ 我々には5個以上のパンがない。
(= 我々は5個以上のパンを持っていない)


 ところがこれと平行した構造は印欧語の古典ギリシア語でも成り立つそうだ。つまり古典ギリシア語はヨーロッパの印欧語のくせにbeも許すのだ。

ούχ εισίν ημιν πλειον ή πέντε άρτοι
(否定) + ある + 我々に + より + 多い + より + 5 +  パンが(複数主格)
→ 我々には5個以上のパンがない。

しかし古典ギリシャ語はその一方でhave構造も使うから油断できない。

Οὐκ ἔχω ἄνδρα
(否定) + 持つ(一人称単数)+ 夫を
→ 私は夫を持っていない (= 「私には夫がいない」)

 胸焼けがして来そうだが、ついでにヒッタイト語もbeを使ったそうだ。

tuqqa UL kuitki ešzi

このULというのは何なのかよくわからないのだが、とにかくtuqqaが「君に」、kuitkiがnothing、ešziが「ある・いる」で、全体としては「君には何もない」。ちなみにこのヒッタイト語というのはこれでも一応印欧語である。俄かには信じられないがそれでもešziというコピュラにちょっと印欧語らしさがのぞく。
 現代モンゴル語、現代グルジア語、現代ギリシャ語がどうなっているのか気にはなったのだが調べるのがメンド臭かったので(またかよ)先を続ける。

 さらなるヨーロッパ外の印欧語クルド語もbeを使うそうで、

min hespek heye
私に + 一匹の馬が + いる
→ 私には馬が一匹いる。(= 私は馬を一匹持っている)

これに対してお隣の印欧語ペルシャ語はhaveを使うそうだ。人から聞いたところでは
man khahar daram
私(主格)+ 妹または姉 + 持つ(一人称・単数)
→ 私は姉(妹)を持っている (=私には姉(妹)がいる)

  
 もっとも、特に古典語はhaveを使った例があるからといって他方のbe(あるいはその逆)を使わなかったという証明にはならないところが辛い。構造としては許されているが、たまたま使用例が残っていなかっただけかもしれないのだ。言語問題と言うのは結局ネイティブスピーカーを捕まえて聞いてみるしかないのだが、古典語はそれができない。クルド語・ペルシャ語もちょっとネイティブスピーカーがつかまらなかったのでもう一方のバージョンが完全にNGなのかどうか確認はしていない。

「ヨーロッパの印欧語」ではロシア語が結構キッパリbe言語だと名付けられるので有名だ。「私には子供がいます」という時ロシア語でも「いる」を使うと聞いて「おお、日本語と同じじゃないか」と感動したのは私だけではないはずだ。

У меня есть ребёнок
のところに + 私の + いる・ある + 子供が
→ 私には子供がいる。

(日本語で「私は子供を持っている」は成り立たない)

南スラブ語のクロアチア語はhaveだ。ロシア語の「子供がいる形構造」に狂喜していた私はクロアチア語がhave言語ときいてガッカリしたものだ。

imam kuću
持つ(一人称単数) + 家を
→ 私は家を持っている。

(日本語では「私には家がある」も可能)

クロアチア語にはさらにhaveが非人称表現を作り、英語で言えばthere is Xをit has Xと表現するのだ。ima Xで、「Xがない、いない」だが、このimaというのは動詞「持つ」(不定形はimati)の3人称単数形である。ドイツ語もここで非人称表現を使ってes gibt X(it gives X)というから動詞は違っているが(geben=give)発想はそっくり。例えば授業の始めに出席を取るとき、「Aさんはいますか?」と聞くとき「ima li A?」といい、いるかどうか聞かれた学生は「ima!」(「いますよ!」)と言って手を挙げる。
 このように南スラブ諸語、あと基本的に西スラブ諸語もhave言語と言っていいが、ポーランド語は例外で両方OKらしい。

mam samochód
持つ(一人称単数)+ 自動車を
→ 私は自動車を持っている。

u jednego był długi muszkiet
~のところに + 一人の人の + あった + 長い + マスケットが
→ ある人のところに長いマスケット銃があった。


どうしてここで突然マスケット銃が出てくるのか面食らう例文だが、これは日本語では「持つ」を使って「ある人が長いマスケット銃を持っていた」と言ったほうが自然ではないか。(「長いマスケット銃」とわざわざ言っている、ということは「短いマスケット銃」というのもあるのか?)
 
 ウクライナ語も両方許されるそうで、

Я маю машину.
私 が + 持つ + 車を
→ 私は車を持っている。

У мене є машина.
~のところに + 私 + ある + 車が
→ 私には車がある。


はどちらもOK。ベラルーシ語も同じだそうだ。

 遡って古教会スラブ語ではhave構造が散見されるだが、面白いことにギリシア語のhave(έχειν)は必ずといっていいほど古教会スラブ語でもhave(imĕti)を使って訳してあるとのことだ。古教会スラブ語は南スラブ語だから、その子孫が現在を使っているのもうなずける。さらに実際はbe言語の(はずの)ロシア語も古いテキストではhaveを使っているのが見られるという。

 フランス語にも実は一見「~に~がある」に対応する構造est à moiがあるが、意味と言うか機能に少し差があるから注意を要する。ラテン語のest mihi liber(私には本がある)とhabeō librum(私は本を持っている)が同じ意味になるのとは違うのだ。be (être à)は定冠詞を取らないといけないし、have (avoir)は不定冠詞と使ったほうがずっと許容度が高いそうだ。

Ce livre est à moi.
* Un livre est à moi.

J’ai un livre.
? J’ai ce livre

 バンヴェニストは一般的に所有関係の表現はbeからhaveへ移行していくのであって、その逆ではない、という見解を述べている。古教会スラブ語とロシア語を比べて見るとちょっと待ったと言いたくなるが、長い目で見るとやっぱり全体的にはhaveへ移行中なのだろうか。日本語も昔は「会議がありました」以外考えられなかったのに最近は「会議が持たれました」という言い回しも聞くし、そのうち「私は子供を持っています」のほうが普通になるかもしれない。


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