アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:ドイツ鉄道

 最近はめぼしい特売がないのであまり行かなくなったが、以前よく新聞にさるスーパーマーケットの広告が挟まっていることがあって、それを頼りにときどき豚肉を買いに行った。ちょっと遠いところで、市電で5駅の距離の隣町にある。でもそこで電車に乗って運賃を使ってしまったらせっかくの特売も水の泡、節約にならないからいつも歩いて行った。
 川を渡るのだが、その川というのが、目黒川のようなケチな川ではなくて(ローカルな話をするな)、泣く子も黙るライン川だ。めざすスーパーも隣町どころか隣の州にある。

 ライン川といえば普通ローレライとかあの辺を思い浮かべる人が多いだろうが、この町のあたりは無粋・退屈なことこの上ない。岸はコンクリートで固められ、周りに立っている建物も灰色の倉庫だろサビの出たクレーンだろばかりだ。笹本駿二氏の『ライン川物語』でも少し上流のストラスブールと、少し下流のマインツあたりについては延々と情に満ちた記述が続くのにその中間、つまりこのあたりのライン川については冷たく「M,Lなど大工業都市に近づくとラインは殺風景なタンカー船隊を浮かべる不興げな流れに変わってしまう。」というたった2行で済まされている。つまりこのあたりの景色はお墨付きのつまらなさなのだ。
 そのつまらないラインだが、橋を渡っているとよく足の下を船が通る。外国船籍の船が多く、その中でもオランダの旗を立てているのを一番頻繁に見かけるが、スイス船籍もときどき見た。船籍の違う2隻の船がすれ違うこともある。オランダ船はネッカー川の方でも頻繁に見かける。こういう芸当は目黒川にはとてもできまい。

 そもそもここM市自体は人口はたった30万人ばかり、隣のL市と合計してもせいぜい45万人ほど。笹本氏の「大工業都市」という言い方は大袈裟すぎると思う。東京の区部を「町」とすればこんなの「村」を通り越して「集落」のレベルなのだが、その集落がナマイキにやたらと国際的である。
 
 まずうちの最寄り駅の切符の自動販売機を見る。鉄道の駅でなく単なる市電、路面電車の駅だからそれに対応して自動販売機もショボいものだ。日本で言うなら例えば山手線の五反田駅で小銭専用、千円札以上は使えない販売機の前に立っていると想像してもらいたい。そこで買える切符もまさか名古屋とか仙台とかはありえない。土浦だって怪しい。せいぜい柏とか取手までだろう。
 ところがこちらそういうレベルの小銭自動販売機の行き先にLauterbourgという怖い地名が見える。なぜこの地名が怖いかというとドイツ語ならLauterburgとなるべき綴りにoが挟まっているからだ。つまりドイツ語の地名を無理矢理フランス語にしたことが一目瞭然。そう、ここはもうフランス領なのである。実際駅名の後ろに小さく(France)と括弧でくくって書いてある。Frankreich(フランクライヒ)とドイツ語で書かずにFranceとフランス語で表示してあるあたり、さらに怖さ倍増。駅の読み方もラウターブルクでなくローテブールとかいうはずだ。

 その市電でM市の鉄道の中央駅へ行く。新宿とか東京駅はおろか横浜・川崎にだってとても対抗できる規模ではない。乗り入れ路線数は多いのだが、一日の乗降人員はたったの10万人くらいだそうだ。新橋や田町にさえ遥かに及ばない。ちょうど地下鉄の赤坂見附駅の一日の乗降客がこのくらいだ。しかしそのローカルな駅でもフランス、スイス、オーストリアなど外国の列車がジャンジャン行き来している。行き先のプレートにZürich(チューリヒ)あるいはParis-Est(パリ東駅)などと書いてある電車がよく駅に止まっている。新橋に「ウラジオストック行き」と書かれた電車が待機しているようなものだ。
 
 もうかれこれ30年前、まだ東西ドイツがあったころ、この町の大学の夏期講習に参加したとき、講習が終わって皆が帰っていく際に、クラスメートのポーランド人(確かパシコフスカさんという名前だった)を駅に見送りに行ったことがある。ウッジという町に帰るということだったが、そのとき駅のホームに入って来た列車の行き先に「ワルシャワ」と書いてあったので島国気質の抜けていなかった私は妙に感動したのを覚えている。
 一ヶ月ほど前、駅で電車を一本逃してしまい、次が来るまでやることがないからホームの時刻表を眺めていたらそんなことをふと思い出したので、そういえばあのワルシャワ行きはまだあるかなと思って探してみた。さすがにストレートに「ワルシャワ行き」という路線はなかったが、そのかわりMoskva Belorusskaja行きという列車が見つかった。ブレスト経由とある。このブレストというベラルーシの駅はもともとワルシャワ・モスクワ路線の重要中間地点だったところだからつまりこの路線はワルシャワを通るはずだと思った。
 ところがこのあいだまた見たら表示が「ミンスク経由」に変わっている。路線が変更になったのか、それとも単なる表現の差に過ぎないのか。気になったので調べてみたらミンスク経由でちゃんとブレストもワルシャワも通る。それより驚いたのがこの路線の始発がパリだったということだ。するとあのパシコフスカさんが帰って行った路線もパリから来ていたのだろうか。とにかくこの路線の主要停車駅は現在こんな感じになる。

パリ東駅→メッス・ヴィル→フォルバック→(ここからドイツ)マンハイム・中央駅→フランクフルト・アム・マイン・南駅→フルダ→ハノーバー・メッセ・ラーツェン→ベルリン・中央駅→フランクフルト・アン・デア・オーダー→(ここからポーランド)ジェピン-ポズナニ・中央駅→ワルシャワ・中央駅→ワルシャワ・東駅→ウクフ→テレスポル→(ここからベラルーシ)ブレスト・中央駅→ミンスク→オルシャ(ヴォルシャ)・中央駅→(ここからロシア)スモレンスク→ヴャジマ→モスクワ・ベラルーシ駅

5カ国を通り抜けるわけだ。万事こういう調子だから駅の時刻表なども独・仏・英の3言語が基本。私は直接経験していないが、私より前の時代にドイツに住んでいた人は「列車のコンパートメント等には仏・独・西・伊・ポーランド語で表示があった。英語表示はなかった。なぜなら英語は大陸ヨーロッパの言語ではないからである」と報告している。

 さらについ先日、今度は逆に少し駅に早く着いてしまったら、私がホームに来た時は2本前の列車がまだ止まっていたのだが、それがなんとフランスの誇る特急列車TGVの「パリ東駅」行きだった。ウワサに聞いていた通り、連結部分に車輪が集めてあって揺れを防ぎ、脱線した時被害が最小限になるようなデザイン。車両には誇らしげにSNCFの文字。ドアがまだ開いていたのでちょっと中を覗いてみると壁にはフランスの地図がはってあり、乗客の会話は皆フランス語、ついでに駅のアナウンスもその時だけフランス語に切り替わった。カッコ良すぎてこんなショボイドイツの田舎駅には完全に場違いだった。

 最近はこういう感じが身に付いてしまい、日本に行ったときなど「飛行機に乗るか船に乗らないとここを抜け出せない」「海を越えないと外国に行けない・帰って来られない」と思うと反対に怖くなってしまうようになった。何と言ったらいいか、閉所恐怖症みたいな気がしてくるのだ。パリからモスクワならその気になれば歩いていけるが、新潟からウラジオストックだといくらその気になっても泳ぎ切ることは難しい。船なり飛行機なりの交通機関を利用しないと命が危なかろう。
 「島国」というのを「守られている」と見るか「閉じ込められている」と見るかは人によって違うだろうが、私はどうやら後者のタイプのようだ。もっとも最近は武器でもなんでもボタン一押しで飛んでくるから海なんて全然防壁になっていない反面、中にいる人はミサイルが飛んできても外に逃げられないから「閉じ込められている」方の要素が強くなってきているのではないだろうか。


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 何年か前、用があって住んでいるM市から電車で40分くらい南にあるGという町まで出かけた時のことだ。すでに何回か行っているので駅でボーッといつものようにいつもの電車を待っていたら駅のアナウンスで「今日は○○行きの路線(私の乗る電車だ)はすぐ隣のL駅までしか行きません」。そんなことを急に言われて困った。駅に張り紙とか立て札とか、日本だったら立っていそうなものが一切なかったのだ。 Lから先はどうすればいいんだ。
 聞き間違いかと思いながら電車に乗っていたら、「この電車は次のL駅で終点です。先へ行きたい方は一旦この電車を降りて駅での指示に従って代行接続路線をご利用ください」。こう言われれば誰でも、次の駅で降りれば脇に駅員が待機していて「はい、こちらです」とすぐ指示してくれ、代行列車がすでに待ち構えている、と思うに違いない。日本だったら。
 ところがさすがここはドイツだ。いざL駅に降り立っても全く見事に何の指示もない。見渡す限り電車もない。駅員さえ影も形も見えない。いったいどこへ行ってどうすればいいのか、仕方がないから他の乗客がゾロゾロ行くのに付いて行った。すると遥か向こうに何人か係員らしき人たちが立っている。
 私が問いただす前に隣のドイツ人のおじさんが私の言いたかったことを理路整然と述べてくれた。

おじさん:
「車内アナウンスによれば『指示に従って』ということだったが全く何もないじゃないか、また控えの電車もしくはバスが用意されているということだったが、それはいったいどこにあるんだ?」

係員:
「どちらまで行くんですか?」

おじさん: 
「B駅だ。バスが代わりに出ているのか?」

係員:(「えーっと」とか言いながら手元のアンチョコをめくりつつ)
「えーっと次のバス便は1時間後ですから、バスよりもここで待って、次の電車でS駅まで行き、そこでまた乗り換えて先に進んでください」

おじさん:
「何だと、すると別に特別控えの代行路線が用意されているわけでもなんでもなく、単に次の定期路線に乗れということか」

係員:
「そうです」

おじさん:
「いや~、素晴らしい手際の良さだ」

係員:
「私はここで乗客への質問に応えるべく待機しているだけですから、ドイツ鉄道の運営に苦情がありましたら、こちらへご連絡ください」(と何か書いたカードを渡そうとする)

おじさん:
「いらないよ、そんなもの」

(突然横合いから)私:
「私はGまで行きますからこの方と同じことをすればいいんですね」

係員:
「そうです」

 私が感心したのはこういうやり取りをしても全然喧嘩腰、というか険悪な雰囲気になっていなかったことだ。そのおじさんも言葉の剣幕は凄かったが人そのものは全然怒っている風ではなかった。変にヘコヘコしてなかった駅員も駅員でいい勝負だ。日本人だったら駅員に「その態度は何だ」とか言って摑みかかる人がいるのではなかろうか?

 で、私がそのままホームで次の電車を待っていたら後から来た人の何人かが手にパンフレットを持っている、見せてもらったら「レール取替え工事のため変更のある便名と代行便の一覧表」で、懇切丁寧に情報が記してある。
 こういうきちんとした仕事はさすがドイツだと思ったが、またそういうものがあるのにこちらから「くれ」と言わない限り配ってくれないところ、そもそも回りの主要駅の目立つ位置にこれが置かれていなかったところもいっかにもドイツらしい。私が係員の所に引き返してパンフレットをもらってきたら、今度はその私のパンフレットを見て「それはどこでもらえるんですか?」と他のドイツ人が次々に聞いてきたものだ。

 このL中央駅というのは実に鬼門で、鉄道のネットワークがそういう仕組みになっているのか、あたりで事故があったり電車が故障したりしてダイヤが乱れるとここにしわ寄せが来る。その後も、ここの駅で急に電車から降ろされたり、電車がここまで来て突然微動だにしなくなり30分以上も待たされたあげく、結局やっぱり電車から出されたりしたことが何回もある。極めつけは行き先から帰ってきて夜の10時にこの駅で電車が行き止まったことだ。例によって乗客は全員降ろされた。私の住んでいるところの駅からたった2駅前、しかもすでに街中になっていたからその2駅というのも山手線並に近い2駅だった。昼間なら歩いてしまったろうが、さすがに繁華街でもなく、高速道路が上を通っているもの寂しい道を夜の11時近くなってから歩くわけにもいかず、次の最終列車が来るまで小一時時間暗い駅のホームで待った。今まで気持ちよく暖かい電車に乗っていたところを私たちと一緒に寒い暗いホームに放りだされた酔っ払いのおじさんがあらん限りのデカい声で「なんだこのクソは。ドイツ鉄道は相変わらずクソだな。こんなところで止まりやがってこのクソめ」とクソを連発しながらドイツ鉄道を罵っていたが、それを聞いて私はつい心の中で拍手してしまった。

 また別の時も別の市電に乗っていたら駅と駅のど真ん中の野っ原で突然電車が止まり、20分くらい何のアナウンスもなかったことがあった。シビレを切らした乗客の一人が運転手のところに聞きに行ったら、「コンピューターの制御システムがダウンしました。いつ動き出せるか全くわかりません」。乗客が「私、○○時にM市で約束があるんですけどそれまでには着けるんでしょうか」と聞いたら堂々と「私には全くわかりません」。こちらから聞きに行かないと何も言ってくれないし、「すみません、ご迷惑をおかけします」の一言もない。何が技術大国だ馬鹿、と思ってしまった。

 それでさらに思い出したが、東日本大震災の際、津波に流された人が何日も漂流したあとやっと救助隊に発見されて、開口一番「すみません」と口を付いて出た、と聞いて笑い出したドイツ人がいる。どこがおかしいんだ、私だってわざわざ人が自分を助けに来てくれれば絶対「お世話をおかけしてすみません」と謝る。ところがドイツ人だとこの場合、「なんでこんなに見つけるのが遅かったんだ。もう少しで死ぬところだったじゃないか馬鹿野郎」と救助員を怒鳴りつけかねないそうだ。曰く、「なんで助けられて謝るんだ。人命救助が彼らの仕事だろう。彼らは仕事をしただけじゃないか。助けられたほうが謝るなんてまるでギャグだ、理解できない」
 もちろん日本語の「すみません」は純粋なI am Sorry やExcuse meより使用範囲が広く、thank youの領域にまで達していることは日本語の学習書などにも記してあるが、そもそも「ありがとう」と「許してください」を一つの表現形式が兼ねているというそのこと自体「理解できない」かもしれない。またこういう状況にいる自分を想像してみると、上でも述べたように「手間をかけさせて悪かった」という気持ちは感じると思う。「すみません」は単なる「ありがとう」ではない、やはり「ごめんなさい、面目ない」も兼ねているのだ。
 私からすれば、その「ごめんなさい」はおろか「ありがとう」もなしで「遅かったじゃないか」が口に出る発想のほうがよほど理解できないが、それまでの経験に照らし合わせてみるとドイツ人は確かにここで「すみません」などとは言いそうにない感じ。一方、わざわざ助けに来たのに罵られた救助員のほうも全然腹をたてたりしなさそうだ。日本人だったらせっかく来てやったのにそういう恩知らずな態度をされれば遭難者をまた海にかえしかねないが、ドイツ人の救助員ならそこであわてず騒がず、至極事務的に「私たちは○○隻の船で○○キロ四方の捜索を受け持っています。一日に捜索できる面積は一隻あたり○○平方キロメートルですから全域捜索するのに○○日かかります。今日は○○日目ですから許容範囲です。ご理解願います」とか説明しだしそうだ。

 とにかくこちらは変に空気を読まなくていいし、言いたいことをストレートに言っても後腐れがないので楽といえば楽なのだが、私は今後もこのメンタリティにはとてもついていけそうにない。


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 用事でGという町まで電車で行った時、途中の「鬼門」L中央駅(『28.私のせいじゃありません』参照)につく前の車内アナウンス、「降車口は左側です」というのがフランス語で入ったことがある。 
 英語のアナウンスなんかはしょっちゅうなので何とも思わない、というよりいつも「こんな田舎の電車で英語アナウンスなんてしたって仕方ないでしょに、カッコつけんなって」とせせら笑いながら聞いているのだが、フランス語というのは初めてだったので内心「おっ」と思った。たしかにここはフランスから遠くないが、あくまで「遠くない」であって、決して「すぐ近く」とはいえない距離だからだ。それから何駅かしばらくの間シーンと聞き耳を立てていたが、とうとう二度とフランス語はやってくれなかった。
 それがきっかけというわけではないが、その後しばらくしてちょっとフランスまで行ってみた。その路線を目的のG駅で降りずにそのまま進むとフランスに突っ込むのである。当時はG駅までの一日乗車券とその先のほうにあるLauterbourg(ロテルブール、ドイツ語ではラウターブルク)というフランスの町がギリチョンで射程内に入る一日券とが同じ値段だった(往復キップになると後者の方が高かった)ので、またG駅まで行く用ができた際少し余分に出して一日乗車券を買い、Lauterbourgまで行ってみたのだ。一人で行くのは心細かったのでフランス語のできる(はずの)ドイツ語ネイティブを連れて行った。
 まずGで用を済ませた後、さらにもと来た路線にのって先に進むとWörth(ヴェルト)という駅に着くのだが、こことLauterbourgとの間のたった5駅ばかりを往復している路線があるのでそれに乗り換える。

Bahnstrecke_Wörth–Strasbourg
ヴェルト-ストラスブール間の路線図。ロテルブールの前の小さな丸はBerg(ベルク)という駅でこれが「ドイツ最後の駅」である。そことロテルブールとの間に国境線が走っているのが見える。

毎日毎日たった5駅を行ったり来たりしているというのも筑波大の学内バスより空しい感じだが、ここの「次の停車駅は○○です。降り口は向かって右側です」さらに「次の○○が終点です、○○路線をご利用ありがとうございました」とかいうアナウンスが全てドイツ語とフランス語の二ヶ国語になっていた。もしかしたら私が以前にL中央駅で聞いたフランス語アナウンスは、運転手がボタンを押し間違えてうっかりフランス語を流してしまったためかもしれない。録音の声が全くおなじだった。この段階ですでに外国感爆発だったが、目的地Lauterbourgに実際に行って見てまた驚いた。

1.駅の表示、「何番線」とか「出口・入り口」などが全部フランス語。

2.時刻表、「月曜日から金曜日」「土曜のみ」とかいう指示も全部フランス語。おまけに時刻表はドイツのみたいにダサい白黒でなくオシャレなカラー印刷。ただテキストが読めないのがキツイ。

3.時刻表を見ていたら隣にいたおっちゃんがフランス語で話しかけてきたのでビビリまくり。

4.町をちょっと散歩したら、通りの名前とか行き先案内から何から全部フランス語。

5.バスの停留所とかに貼ってある広告も全部フランス語。

6.そこら辺に止まっていた水道屋さんのらしいバンにかいてある多分「電話一本で迅速工事」とかいう意味らしき宣伝文句が全部フランス語。

7.そこに書いてあったメールのドメインが○○.fr!

8.肉屋さんとか美容室の看板も全部フランス語。

9.極めつけは、道でボールけって遊んでいたガキンチョどもの会話が全部フランス語!

10.町の名所・旧跡とかにはフランス語とドイツ語で説明があったが、そのドイツ語に何気に誤植がある。

もう最後には向こうから人が来るたびに「話しかけられたらどうしよう」という恐怖のあまり冷や汗が出てきた。連れの「通訳」も「○○通り」とか「入り口・出口」「本屋」くらいは読めたようだが、あんまり私がいちいち「これ何てかいてあるの」「これ何これ」と聞くのでしまいには「そう毎回聞かれたって困る。俺だってわかんないんだ!」とヒステリーを起こした。 
 この調子だと一旦道に迷ったらもう一生ドイツに帰れなくなりそうなので、あまり深入りせずにチョチョッと通りをひとつ散歩してそそくさと帰ってきてしまった。以前「アルザス・ロレーヌは表示とか全部バイリンガルだし、皆ドイツ語を話してますよ」とか言っていた学生がいたので鵜呑みにしていたが、ウソではないか。

 しかし町は全体として隣接するドイツのよりこぎれいで、いかにもフランスの政府からお金を貰ってそうだった。そもそもこんな辺鄙なところにストラスブールまで電車路線が引いてあること自体、フランス政府がアルザス・ロレーヌに力を入れているのを垣間見た気がしたのだが、アルザスには原発が多いからひょっとしたらそんなことで潤っていたのかもしれない。今は原発の未来がちょっと危うくなって来たがあの町はどうなっているのだろう。あと、他に見るところもないから道に立っている家の表札を見て歩いたのだがJean-Luc Scholzなどという苗字はドイツ語名前はフランス語というパターンが大半だったのが印象に残っている。
 さらに思い出すと、信号機がドイツとは全く違う形でこれも無骨なドイツのと違ってしゃれたデザインだった。

 帰りも帰りで電車を待っていた時、例によって駅のアナウンスがフランス語で(当たり前だ)入ったが、それを聞いた通訳が「あっ、俺たちの電車のことだ」とか言うので私が「その俺たちの電車がどうしたのよ」と聞いたら「そこまではわからない」とかこきやがった。肝心の情報内容が聞き取れなかったらどうしようもないだろうがこの野郎。
 この調子でうっかり乗る電車の方向を間違えてストラスブールまで連れて行かれたらエライことになるので、さらに「ちょっとそこの人にこの電車が本当にWörthに行くのかどうか聞いてみてよ」と頼んだ。「ちょっとお尋ねしますが、この電車はドイツに行くんですか?」くらいのフランス語を話してくれるかと思いきや、たった二語(しかもドイツ語で)「Nach Wörth?(to Wörth?)」。そんなんだったら私にも出来るわ。

 実は私はこれが人生で2度目のフランス訪問である。最初はもうかれこれ28年も前、日本からドイツへ行くのにスケジュールの合う便がなくて、パリまで飛んでそこから電車でドイツに入ったのだ。夜にシャルル・ドゴール空港についたがもう不安で死ぬかと思った。そこから「パリ北駅」まで何らかの交通機関を使って行かなければならなかったのだが、道に迷ったらもう最後だ。人に聞くことができないからだ。いや、仮に聞けたとしても答えが理解できないから聞けないのと同じことだ。今思い出すと自分でもどうやってそんなことができたのかわからないが、飛行機の中で一生懸命発音練習しておいたAllemagne とGare du Nordを連発して切り抜けた。とにかく目的の電車に乗ってベルギーを通り抜けドイツにたどり着けたのである。夜行だったので窓外は真っ暗で何も見えなかったが、どうせ車内でビンビンに緊張したままずっと前を向いていたから外の景色など見えたところで楽しむ余裕などなかったろう。朝方「アーヘン」というドイツの駅名を見たときは地球に帰還したジェーンウェイ艦長の気分、というと大袈裟すぎるがホッとするあまり緊張の糸が切れて一気に年をとった気がした。

 私は言葉の通じない国に行くのが怖い。が、「怖いもの見たさ」というのは私にもある。


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