アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:スペイン語

注意:この記事はGoogle Chromeで見るとレイアウトが崩れてしまいます。私は回し者ではありませんが、できればMozilla Firefoxをお使いください

 カスティーリャ語(俗に言うスペイン語)とイタリア語は、フランス語、カタロニア語、ポルトガル語、レト・ロマン語、ルーマニア語と共にロマンス語の一派で大変よく似ているが、一つ大きな文法上の相違点がある。

 名詞の複数形を作る際、カスティーリャ語は-sを語尾に付け加えるのに、イタリア語はこれを-iまたは-eによる母音交代によって行なうのだ。

カスティーリャ語
単数 hijo        → 複数 hijos      息子
単数 hija        → 複数 hijas       娘
単数 amigo   → 複数 amigos  友人
単数 casa      → 複数 casas    家

イタリア語
単数 tedesco    → 複数 tedeschi    ドイツ人男性
単数 tedesca  → 複数 tedesche   ドイツ人女性
単数 amico     → 複数 amici         友人
単数 donna     → 複数 donne       女

これはなぜなのか前から気になっている。語学書では時々こんな説明をみかけるが。

「俗ラテン語から現在のロマンス諸語が発展して来るに従い、複数名詞は格による変化形を失い、一つの形に統一されてしまったが、その際カスティーリャ語はラテン語の複数対格形を複数形の代表としてとりいれたのに対し、イタリア語はラテン語の主格をもって複数形とした。」

以下はラテン語の第一曲用、第二曲用の名詞変化だが、上と比べると、カスティーリャ語・イタリア語は確かに忠実にラテン語のそれぞれ対格・主格形をとり入れて名詞複数形を形成しているようだ。

ラテン語 (呼格は省いてある)
porta 門
単数・主格    porta         →  複数・主格     portae
単数・属格    portae     →  複数・属格    portārum
単数・与格    portae     →  複数・与格    portarīs
単数・対格    portam    →  複数・対格    portās
単数・奪格    portā         →  複数・奪格     portīs
 
amicus 友人
単数・主格 amīcus     → 複数・主格 amīcī
単数・属格 amīcī     → 複数・属格 amīcōrum
単数・与格 amīcō    → 複数・与格 amīcīs
単数・対格 amīcum   → 複数・対格    amīcōs
単数・奪格 amīcō      → 複数・奪格    amīcīs

カスティーリャ語の他にフランス語、カタロニア語、ポルトガル語もラテン語対格系(-s)、イタリア語の他にはルーマニア語が母音交代による複数形成、つまりラテン語主格系だそうだ。

 しかしそもそもどうして一方は対格形で代表させ、他方は主格形をとるようになったのか。ちょっと検索してみたが直接こうだと言い切っているものはなかった。もっと語学書をきちんとあたればどこかで説明されていたのかもしれないので、これはあくまで現段階での私の勝手な発想だが、一つ思い当たることがある。現在、対格起源の複数形をとる言語の領域と、昔ローマ帝国の支配を受ける以前にケルト語が話されていた地域とが妙に重なっているのだ。

758px-Western_and_Eastern_Romania
複数主格が-sになる地域と-iになる地域。境界線が北イタリアを横切っているのがわかる。この赤線は「ラ=スペツィア・リミニ線」と呼ばれているもの(下記参照)。

Celts_in_Europe
これが昔ケルト人が住んでいた地域。北イタリアに走る居住地域の境界線が上の赤線と妙に重なっている。

 面白いことに、北イタリアにはピエモント方言など複数を母音交代で作らず、-sで作る方言が散在するが、この北イタリアは、やはりローマ帝国以前、いやローマの支配が始まってからもラテン語でなく、ケルト語が話されていた地域である。現にMilanoという地名はイタリア語でもラテン語でもない。ケルト語だ。もともとMedio-lanum(中原)という大陸ケルト語であるとケルト語学の先生に教わった。話はそれるが、この先生は英国のマン島の言語が専門で、著作がいわゆる「言語事典」などにも重要参考文献として載っているほどの偉い先生だったのに、なんでよりによってドイツのM大などという地味な大学にいたのだろう。複数形の作り方なんかよりこっちの方がよほど不思議だ。

 話を戻して、つまり対格起源の複数形を作るようになったのはラテン語がケルト語と接した地域、ということになる。ではどうしてケルト語と接触すると複数形が-sになるのか、古代ケルト語の曲用パラダイムはどうなっているのか調べようとしたら、これがなかなか見つからない。やっと出くわしたさる資料によれば、古代ケルト語の曲用・活用パラダイムは文献が少ないため、相当な苦労をして一部類推・再構築するしかない、とのことだ。その苦心作によれば古代ケルト語は大部分の名詞の複数主格に-sがつく。a-語幹でさえ-sで複数主格を作る。しかも複数対格も、主格と同じではないがとにかく後ろに-sをつける。例外的にo-語幹名詞だけは複数主格を-iで作るが、これも複数対格は-sだ。例をあげる。

古ケルト語(呼格は省く)
a-語幹
loca 墓
単数・主格 loca     →  複数・主格 locās
単数・属格 locjās  →  複数・属格 locom
単数・与格 locā     →  複数・与格 locābo
単数・対格 locan   →  複数・対格 locāns

o-語幹
maqos 息子
単数・主格 maqos  →  複数・主格 maqoi
単数・属格 maqī     →  複数・属格 maqom
単数・与格 maqū    →  複数・与格 maqobo
単数・対格 maqon  →  複数・対格 maqōns

つまりケルト語は複数主格でラテン語より-sが立ちやすい。だからその-sまみれのケルト語と接触したから西ロマンス諸語では「複数は-sで作る」という姿勢が浸透し、ラテン語の主格でなく-sがついている対格のほうを複数主格にしてしまった、という推論が成り立たないことはないが、どうもおかしい。第一に古代ケルト語でもo-語幹名詞はiで複数主格を作るのだし、第二にラテン語のほうもo-語幹、a-語幹以外の名詞には-sで複数主格をつくるものが結構ある。つまり曲用状況はケルト語でもラテン語でもそれほど決定的な差があるわけではないのだ。
 しかもさらに調べてみたら、本来の印欧語の名詞曲用ではo-語幹名詞でもa-語幹名詞でも複数主格を-sで形成し、ラテン語、ギリシア語、バルト・スラブ諸語に見られる-iによる複数形は「印欧語の代名詞の曲用パラダイムをo-語幹名詞に転用したため」、さらにラテン語では「その転用パラダイムをa-語幹名詞にまで広めたため」と説明されている。つまり古代ケルト語のa-語幹にも見られるような-sによる主格形成のほうがむしろ本来の印欧語の形を保持しているのであって、ラテン語の-iによる複数形のほうが新参者なのである。ギリシャ語もこの-iだったと聞いて、この形は当時のローマ社会のエリートがカッコつけてギリシャ風の活用をラテン語の書き言葉にとりいれたためなんじゃないかという疑いが拭い切れなくなったのだが、私は性格が悪いのか?書かれた資料としてはamiciタイプの形ばかり目に付くが、文字に現われない部分、周辺部や日常会話ではずっと本来の-sで複数を作っていたんじゃないのかという気がするのだが、考えすぎなのか?

 言い換えると大陸ケルト語と接触した地域は「ケルト語の影響で-sになった」というよりも、印欧語本来の形をラテン語よりも維持していたケルト語が周りで話されていたため、つまりケルト語にいわば守られてギリシャ語起源のナウい-i形が今ひとつ浸透しなかったためか、あるいは単にケルト語が話されていた地域がラテン語の言語的周辺部と重なっていただけなのか、とにかく「印欧語の古い主格形が保持されて残った」ということであり、「カスティーリャ語はラテン語の複数対格形を複数形の代表としてとりいれたのに対し、イタリア語はラテン語の主格をもって複数形とした」という言い方は不正確、というか話が逆なのではないか。西ロマンス諸語はラテン語対格から「形をとりいれた」のではない、ラテン語の新しい主格形を「とりいれなかった」のでは。
 
 どうもこちらの解釈のほうが当たっているのではないかという気がする。というのは当時ラテン語の他にもイタリア半島ではロマンス語系の言語がいくつか話されていたが、それら、たとえばウンブリア語にしてもオスク語にしても男性複数主格は-sで作るのである。これらの言語は「ラテン語から発達してきた言語」ではない、ラテン語の兄弟、つまりラテン語と同様にそのまた祖語から形成されてきた言語だ。主格の-sはラテン語の対格「から」発展してきた、という説明はこれらの言語に関しては成り立たない。
 ギリシア語古典の『オデュッセイア』をラテン語に訳したリヴィウスやラテン語の詩を確立したエンニウスなど初期のラテン文学のテキストを当たればそこら辺の事情がはっきりするかもしれない。

 スペイン語・イタリア語の語学の授業などではこういうところをどう教わっているのだろうか。

 いずれにせよ、この複数形の作り方の差は現在のロマンス諸語をグループ分けする際に決定的な基準の一つだそうだ。ロマンス諸語は、大きく分けて西ロマンス諸語と東ロマンス諸語に二分されるが、その際東西の境界線はイタリア語のただ中を通り、イタリア半島北部を横切ってラ=スペツィア(La Spezia)からリミニ(Rimini)に引かれる。この線から北、たとえばイタリア語のピエモント方言ではイタリア語標準語のように-iでなく-sで複数を作るのだ。
 つまり、標準イタリア語はサルディニア語、コルシカ語、ルーマニア語、ダルマチア語と共に東ロマンス語、一部の北イタリアの方言はカスティーリャ語、フランス語、レト・ロマン語、プロヴァンス語などといっしょに西ロマンス語に属するわけで、イタリア語はまあ言ってみれば股裂き状態と言える。

 こういう、技あり一本的な重要な等語線の話が私は好きだ。ドイツ語領域でも「ベンラート線」という有名な等語線がドイツを東西に横切っている。この線から北では第二次子音推移が起こっておらず、「私」を標準ドイツ語のようにich(イッヒ)でなくik(イック)と発音する。同様に「する・作る」は標準ドイツ語ではmachen(マッヘン)だがこの線から北ではmaken(マーケン)だ。これはドイツ語だけでなくゲルマン諸語レベルの現象で、ゲルマン語族であるオランダ語や英語で「作る」をkで発音するのはこれらの言語がベンラート線より北にあるからだ。

Ligne_de_Benrath
この赤線がドイツ語の股を裂くベンラート線。


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 『13ウォーリアーズ』(The 13th warrior)というアントニオ・バンデラス主演の映画がある。原作はマイケル・クライトンの小説だそうで、10世紀のアラブの旅行家アハマド・イブン・ファドラーンの旅行記とベオウルフをくっ付けた話がベースになっている。一言でいうとアラブの文人が、旅行の途中で謎の戦闘民族に襲われて困っていたノルド人だかスカンジナビア人だかの未開部族の者と会い、彼らの要請でその土地まで出かけて行ってその部族を助けて敵と戦う、という筋なのだが、原作マイケル・クライトン、主演にバンデラスとあと助演にオマー・シャリフ、音楽はジェリー・ゴールドスミスという結構豪華な面子の割には、今ひとつプログラムピクチャーの域を出ていない感じだった。もっとも、映画という映画に全部タルコフスキーとかアラン・レネのような芸術性を発揮されてしまったら、映画一本見るのにもいちいち気合を入れねばならず、それはそれで大変だ。私はこういう、力で(だけ)は勝っているが頭では今ひとつ見劣りのする輩を知性と教養でねじ伏せるタイプの男性主人公(傲慢なのは嫌だが)が好きだし、単純に楽しめた。
 が、一箇所考えさせられてしまったシーンがひとつ。

 遠くアラビアからやってきた主人公はもちろん始めスカンジナビア蛮族の言葉が全く理解できないのだが、一日中彼らといて、彼らの言葉を聴いているうちたちまちその言葉をマスターしてしまい、夜になる頃にはしゃべり出す。蛮族は文人の頭の良さに感心する。
  映画では「一日のうちに」とも取れる描写だったが、これは「その部族の者と出会った地点から、彼らが住んでいる土地に行くまで何日も何日も旅行する間」をシンボル的に表していたのだろう。いずれにせよ、バンデラス演じるアラブの文人はその間受動的に言語を聞いていただけで、一言話してみて通じるかどうか試すとか、どうしてもわからない意味をちょっと聞くとかいうことはしていない。蛮族民はそのアラブ人は全く彼らの言語がわからないと思って好き勝手に彼をからかったところ、突然アラブの文人が彼らの言葉で反論してきたので、大いに驚き、「どうして俺たちの言葉がわかるんだ」と聞く。そこでアラブの文人は「ずっと君達のしゃべるのを聞いていたからね」と涼しい顔で応える。カッコいいぞ、バンデラス!

 確かにバンデラスはカッコいいが、そう簡単に問屋が卸すものだろうか。

 この蛮族の言語を習得する過程の描写自体はうまいと思った。「人間には生得的に言語獲得のメカニズムが脳内に備わっており、幼児は外から入ってくる言語情報、つまり周りで話されている言語を聞いて、それらのインプット情報が質的にも量的にも不完全であるにも関わらず、その言語の文法メカニズムを正確に獲得する。その証拠に幼児はある一定の時期(生後18ヶ月前後だそうだ)になると突然言葉を話し出す。言語獲得が脳神経の発達、つまり身体的な発達と密接に関わっているとしか考えられない」、という「言語の跳躍」がうまく表現されてはいた。監督自身が勉強していたのかスタッフに心理言語学の専門家でもついていたのか、映画製作というのは本当にいろいろな知識がいるものだと感心した。
 問題はこの言語獲得過程は母語についてだということだ。このアラブの文人氏はすでに大人で母語が固定してしまっていたから、彼にとっては蛮族の言葉は少なくとも第二言語、たぶん第三、第四言語以降の言語であったはず。そういう言語が母語と同じ獲得過程をたどるとは思えないのだが。事実、言語学者たちにも「遅くとも思春期までには子供は無意識で自然な母語獲得能力を失う」と言っている人がいる。脳が固まってしまったあとでは「インプットをもとにして言語の内部に備わっているメカニズムを自分で組み立てる」ことはできないのだ。そもそもその「自然な」母語だって組み立てるには、生まれたばかりの新品の脳をフル回転させても何年も何年もかかる。外から入ってくる言語音声を聞いて言語に内在する法則を自ら発見し自分の内部にシステムを構築する、という信じられないほど困難な作業だからだ。言語運用レベルまで勘定に入れれば、思春期以降になっても完全に言語を獲得するまでにはならないだろう。
 母語が固まってから言語をマスターする過程ではその最も肝心な部分、つまり「言語に内在する構造の発見」を自分ですることができないので、人から教えてもらわないといけない、つまりネイティブに説明して貰うか(話せはするがまともな説明は全くできないネイティブなど大勢いるから困るが)、言語学者が身を削るようにして記述した文法書に頼るしかない。ある意味では出来合いを鵜呑みにするわけだから時間は短くて済むだろうが、それでもその言語の内部メカニズムをすべて駆使できるようになるまでどんなに必死にやっても数ヶ月はかかる。いや数ヶ月でマスターできればもう表彰もの、私みたいに頭が悪いと何年いや何十年経っても四六時中文法だろ単語だろを間違える。
 この主人公のように、大人が何日かそばに座って言語音を聞いていただけで知らない言語をマスターするなんてあり得ないと思うのだが。チンパンジーレベルのヨーヘイホー言語だって覚えるの何週間もかかるのではないだろうか。

 前に語学の本の前書きに「外国語は誰にでも覚えられる。程度の差はあっても誰でもマスターできる。その証拠にあなたは日本語ができるだろう。だから他の言葉だってできるようになるのだ。」と書いてあるのを見て強い違和感を持ったことを覚えている。そもそもその「程度の差」というのが大問題で、まったく同じ勉強をし、まったく同じ時間をかけても、できるようになる者とそれこそ物にならない者との差が非常に大きく、これを一くくりにして「誰でも語学はできるようになる」と言い切っていいのかどうか疑問なのだが、この際それは不問にすることにしても、見逃せないのが「あなたは母語ができるだろう、だから外国語だってできるはずだ」というロジックである。これは少し乱暴すぎやしないか。なぜなら母語(私たちにとっては日本語)と外国語では習得・獲得のメカニズムが違うからである。
 その昔源義経だったか誰かが(義仲だったかもしれない)、どこかの合戦の際敵の裏側の断崖から攻め入ろうとすると、崖が急すぎて馬には降りられないと部下から抗議が上がった。すると大将は崖の上から鹿を走り下ろさせ、鹿が全部無事崖を降りきったのを見とどけて「鹿も四つ足、馬も四つ足、よって鹿にできることが馬にできないわけがない」といって作戦を強行した、という話を聞いてなんというアブナイ大将なのだろうと思ったのだが、上のロジックもちょっとこれと似ているような気がする。この合戦では幸い奇襲作戦が成功したからいいようなものの、馬が全部転げ落ちで足を折ったりしていたら、この逸話が「馬鹿」という言葉の語源かとカン違いしていたところだ。(上述の語学発言を「馬鹿な」といっているのではない。念のため)

 理屈から言えばこの映画のストーリーとしては、1.主人公氏は最後まで蛮族の言葉をしゃべらず、ジェスチャーだけ、せいぜい超ブロークンな単語の断片のみによるコミュニケーションを押し通す、2.主人公は蛮族の地にやって来る以前に当該言語の文法を一通りやり終えていた、という設定にする、の二通りしかあり得ないのでは?
 しかし一方、このシーンは映画のターニングポイントとして極めて重要。それまで「奇声をあげて棍棒をぶん回すのが男の価値」だと思っていた単細胞どもが「知は力なり」という事実に目覚める出発点なのだから、そこで主人公が実はすでにこっそり文法をやってズルをしてしまっていたりしたらドッチラケではないか。
 まあ、プロデューサーのほうも、そこまで突っ込んでくるような物好きもいまいと判断したか、バンデラスにずっとジェスチャーばかりやらせておくわけにもいかないと思ったか、そのターニング・ポイントまではラテン語や古ノルド語(実際に映画で使われていたのは現代ノルウェー語のブークモールだそうだ)などが飛び交っていたのにそこからは英語の会話(私が見たのはドイツ語吹き替えだが)でストーリーが進んでいく。ついでに言わせて貰うとバンデラスが最後に妙にまともないわゆる「戦士」になってしまい、結局は棍棒タイプ、剣を持って戦えるタイプの男性像が称賛される形になってしまっているのは残念だ。主人公には最後まで軟弱な学者タイプを貫いてほしかったが、まあそれだと映画になるまい。

 だから私もそういう疑問点には目をつぶることにしたのだが、ただアラブの文人の役をスペイン人のバンデラスがやったのは意味深長だと思った。スペイン語は1492年に解放されるまで600年もの間アラビア語の波を被っていて、単語や言い回しにも地名にもアラビア語起源のものが相当ある。映画『ターミネーター』で使われて以来国際語と化している感の「アスタ・ラ・ビスタ」(Hasta la vista)の「アスタ」ももとは「○○まで」を意味するアラビア語の前置詞hattaだそうだ。つまりこのキャストで製作者は「スペイン人はアラブ人といっしょ」と暗示したかったのか。まさか。
 でもそういえば以前、誰かスペイン語学の学者が、スペイン語をきちんとやるにはアラビア語の知識は不可欠、と言っていたのを覚えている。そんな異次元の言語まで動員しなくてはまともに勉強できないなんてスペイン語学習者も大変だ。それと比べるとドイツ語やロシア語はまだ楽なのではないだろうか。ドイツ語学ならラテン語ができればもうオンの字、ロシア語には古教会スラブ語があれば十分間に合うし、そもそもラテン語も古教会スラブ語も印欧語だから勝手が違って困ることもないだろう。

 ちなみに、映画では「知性の価値」に目覚めた蛮族の頭領が主人公に「音の絵が描けるか?」と聞く場面がある。これは「字が書けるのか?」という意味だ。主人公が砂にすらすらアラビア文字を書いて見せ、発音してやると統領は感心する。つまりこの人も他のノルマン人と同様文盲で無教養なのだが、上で述べたようにバンデラスに自分たちの言葉をしゃべられて周りの者がやったポカーンと口をあけた馬鹿面とはやや趣が違う。さすが統領だけに「知」というものに興味を示しているからだ。私はこの周りがやった顔のほう、「初めて知に遭遇した無教養人の馬鹿面」を見るのが辛かった。実は私も人の話がわからなくてこういう顔をしてしまうことがしょっちゅうだからだ。「私はいま凄い馬鹿面をしているな」と自分でも気づいているのにそういうポカーンとした表情しかやりようがない。完全に自分の鏡を見ているようで身につまされすぎた。


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 セルジオ・レオーネ監督の第二作(正確には第三作)『夕陽のガンマン』の英語タイトルはFor a few Dollars more(あともう少しのドルのために)というが、これは現ロマンス諸語のDVDのタイトルでは以下のようになっている。

イタリア語:         Per qualche dollaro in più
フランス語:         Pour quelques dollars de plus
本国ポルトガル語:    Por mais alguns dólares
ブラジル・ポルトガル語: Por uns dólares a mais
本国スペイン語:     Por unos cuantos dólares más
南米スペイン語:     Por unos pocos dólares más

 こうして並べて眺めていたら一点気になった。

 英語のmoreにあたる語は伊・仏語ではそれぞれpiù, plusとp-で始まるが、西・葡ではm-が頭についている(それぞれmás, mais)。調べてみるとpiù, plusはラテン語のplūsから来ているそうだ。これは形容詞multus「たくさんの、多くの」の比較級である。以下に単数形のみ示す。

原級:    multus, -a, -um
比較級:plūs
最上級:plūrimus, -a, -um

 比較級は単数形では性の区別を失い、男・女・中すべてplūsに統一されている。古ラテン語ではこれは*pluosだったそうで、印欧語祖語に遡ると*plē-ないしは*pelu-。古典ギリシャ語のπολύς、古期英語のfeoloあるいはfioluも同源である。もちろんドイツ語のviel(フィール「たくさんの」)もこれだし、オランダ語のveel(フェール)もそう。この、pからfへの音韻推移、印欧語の無声閉鎖音がゲルマン語派で調音点を同じくする無声摩擦音に移行した過程はグリムの法則あるいは第一次音韻推移と呼ばれ、ドイツ語学習者は必ず覚えさせられる(そしてたいていすぐ忘れる。ごめんなさい)。
 古代インド語のpurū-も同語源だそうだがきりがないのでやめる。しかしなんとlがrになっているではないか。これでは「lとrの区別ができない」といって日本人をあざ笑えない。

 それに対して西・葡のmais,más等はラテン語のmagisが語源。これは形容詞magnus「大きい」の比較級からさらに派生された副詞だそうだ。まず元の形容詞magnusだが、次のように変化する。

原級:   magnus, -a, -um
比較級:maior, -ius
最上級:māximus, -a, -um

 比較級の元の形は印欧祖語では*magiōsもしくは*magyosで、これは*mag-「大きい」(別の資料では*mē-)+*yos(比較級形成の接尾辞)。magisという形はこの比較級の中性形が副詞的な使われ方をするようになったものだとのことだ。「形容詞の(短形)中性単数形が副詞化する」という現象はロシア語でも頻繁に見られる。その際アクセントの位置がよく変わるので困るが。たとえば「良い」という意味の形容詞хороший(ハローシィ。これは長形・単数男性形)の短形単数男性・女性・中性形はそれぞれхорош(ハローシュ)、хороша(ハラシャー)、хорошо(ハラショー)だが、中性のхорошоは副詞として機能し、Я говорю хорошо по-русски(ヤー・ガヴァリュー・ハラショー・パ・ルースキ)は「私はロシア語をよく話します」つまり「私はロシア語が上手い」(ウソつけ)。上のplūsもある意味ではこの単・中→副詞という移行のパターンを踏襲しているとみなしていいだろう。文法性の差を失ってしまっている、ということはつまり「中性で統一」ということではないだろうか。

 この、moreにあたる単語がp-で始まるかm-で始まるかは『17.言語の股裂き』の項でも述べた複数形の形成方法とともにロマンス語派を下位区分する際重要な基準のようだ。p-組は伊・仏のほかにロマンシュ語(pli)、サルディニア語(prusまたはpius)、イタリア語ピエモント方言(pi)など。同リグリア方言のciùもこれに含まれるという。m-組は西・葡以外にはアルマニア語(ma)、カタロニア語(més)、ガリシア語(máis)、オクシタン語(mai)、ルーマニア語(mai)。
 中世ポルトガル語ではm-形とp-形の両方が使われていて、それぞれmais とchusという2つの単語があったそうだ。chusがp-形と聞くと意外な気がするが、上記のイタリア語リグリア方言ciùがp-起源だそうだからchusが実はP形であってもおかしくない。
 「両方使う」といえば、厳密に言えば伊・仏もそう。フランス語のmais「けれど」はこのmagis起源だと聞いたことがある。イタリア語でたとえばnessuno ... mai 「誰も…ない」、non ... mai「決して…ない」、mai più「もう決して…ない」などの言い回しで使う、否定の意味を強めるmaiの元もこれ。maiはさらに疑問の意味も強めることができ、come mai non vieti?は「何だって君は来ないんだ?!」。相当機能変化を起こしている。
 続いて目を凝らして見るとm-組スペイン語も本国ポルトガル語も英語と同じくmore(それぞれmásとmais)を裸で使っているのにブラジル・ポルトガル語はa maisと前置詞を置いている。m-組のくせにp-組の伊・仏と共通する構造だ。その意味ではこれも「両者にまたがっている」といえるのではないだろうか。

 話がそれるが、イタリア語のpiùがフランス語でplusになっているのが私にはとても興味深い。ロシア語に同じような音韻現象があるからだ。
 まず、piùのpは後続の母音iに引っ張られて口蓋化しているはずだ。この、本来「口蓋化したp」に円唇母音(つまりu)が続くとフランス語ではpとuの間に唇音lが現れる。ロシア語では例えば「買う」の完了体動詞(『16.一寸の虫にも五分の魂』参照)の不定形はкупить(クピーチ、ローマ字ではkup'it'と表すが、この「'」が「口蓋化した子音」という意味である)だが、これの一人称単数未来形は、理屈ではкупью(クピユー、kup'ju)になるはずなのに実際の形はкуплю(クプリュー、kuplju)と、どこからともなくlが介入するのだ。対応する有声子音bの場合も同様で、「愛する」という動詞любить(リュビーチ、ljubit')の一人称単数現在形は、なるはずの形любью(リュビユー、ljub'ju)にならずにлюблю(リュブリュー、ljublju)という形をとる。

 ポルトガル語で(だけ)more(mais)が披修飾名詞の前に来ているのも気になって仕方がないのだが、ここでやると長くなりすぎるので、回を改めて続けようと思う。


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 前回の続きである。

 For a few dollars moreという映画だが、ロマンス語の他にゲルマン諸語その他でDVDのタイトルなどはどうなっているのか調べてみた。

ロマンス諸語 (前回の例を繰り返す)
イタリア語:        Per qualche dollaro in più
フランス語:          Pour quelques dollars de plus
本国ポルトガル語:     Por mais alguns dólares
ブラジル・ポルトガル語   Por uns dólares a mais
本国スペイン語:      Por unos cuantos dólares más
南米スペイン語:      Por unos pocos dólares más

ゲルマン諸語
英語:                    For a few dollars more
ドイツ語:             Für ein paar Dollar mehr
スウェーデン語:             För några få dollar mer
ノルウェイ語:                For noen få dollar mer

スラブ諸語
ロシア語:               На несколько долларов больше
クロアチア語:               Za dolar više
                                        (a fewがなぜか省略されている)

アルバニア語
Pёr disa dollarё mё shumё

 問題はmoreの位置だ。上の例では本国ポルトガル語を除く総ての言語でmoreにあたる語が最後に来ている。ロマンス諸語は前回述べたが、英語以下、ドイツ語のmehr、スウェーデン語とノルウェイ語のmer、ロシア語のбольше、クロアチア語のviše、アルバニア語のmё shumёがそうだ。アルバニア語はさすがにちょっと他の印欧語と勝手が違っていてmё shumёと二語構成、文字通りにはmore manyだが、機能自体は他と同じだ。
 
 まずドイツ語だが、ネイティブスピーカーのインフォーマントを調査してみたところ、mehr (more)やein paar (a few)がDollarの前に来ることはできないそうだ。まず基本の

Für ein paar Dollar mehr
for - a few - dollars - more

だが、英語と語順がまったく一致している。ここでmehr (more)をDollarの前に持ってきた構造
 
?? Für ein paar mehr Dollar

は、「うーん、受け入れられないなあ。」と少し時間をかけてのNG宣言だったのに対し、

*Für mehr ein paar Dollar

のようにmehr (more)をein paar (a few)のさらに前に出すと「あっ、駄目駄目。それは完全に駄目」と一刀両断にされた。言語学の論文でも使うが、ここの*印は「駄目駄目絶対駄目」、??は「うーん駄目だな」という意味である。
 ところが英語ではドイツ語では「うーん駄目だな」な構造が許されている。 a few more booksあるいはsome more booksという語順が実際に使われているし、文法書や辞書にも「moreは数量表現とくっ付くことが出来る」とはっきり書いてあるのものがある。 つまり、

For a few dollars more
For a few more dollars

は両方可能らしい。念のため英語ネイティブに何人か聞いてみたら、全員For a few more dollarsはOKだと言った。For a few dollars moreのほうがいい、という声が多かったが、一人「For a few more dollars のほうがむしろ自然、For a few dollars more は書き言葉的」と言っていたのがとても興味深い。いずれも

*For more a few dollars

にはきっぱりNG宣言を下した。ドイツ語の許容度情況とほぼ対応している。

 次にちょっとそこら辺のスペイン語ネイティブを一人つかまえて聞いてみたら、スペイン語でもmás(more)はdólares (dollars)の前には出られないそうだ。ドイツ語と全く平行している。

Por unos cuantos dólares más
*Por unos cuantos más dólares
*Por más unos cuantos dólares

Por unos pocos dólares más
*Por unos pocos más dólares
 *Por más unos pocos dólares

もしかしたらドイツ語と同じくスペイン語でもPor unos cuantos más dólaresという語順のほうがPor más unos cuantos dólaresより「マシ」なのかもしれないが、いきなり初対面のスペイン人を根掘り葉掘り変な質問攻めにするのは気が引けたのでそれ以上突っ込めなかった。そのうち機会があったら誰かに聞いてみようと思ってはいる。

 ところが前回私がひっかかったようにポルトガル語、特に本国ポルトガル語では英語でもドイツ語でもスペイン語でも「駄目駄目絶対に駄目」の語順が可能だ。maisというのがmoreである。

Por uns dólares a mais
Por mais alguns dólares
(Por alguns mais dólares が可能かどうかはまだ未調査)

 前回で述べたいわゆるp-組のフランス語ではスペイン語と同じく、moreが名詞の前、ましてやa fewの前には出られない。a few more booksがフランス語ではわざわざ語順を変えて

quelques livres de plus
some - books - of - more

と訳してあったし、実際ちょっとフランス人を捉まえて聞いてみたら、

*Pour quelques (de) plus dollars
*Pour (de) plus quelques dollars

の二つはどちらも「おえー」と言って却下した。
 同じくp-組のイタリア語ではpiù (more)が名詞の前に出られる場合があるようだ。辞書でこういう言い回しをみつけた。

un po' più di libri
a - few - more - of  - books

ただしこのイタリア語と上のポルトガル語に関してはちょっとそこら辺にネイティブがころがっていなかったので(?)インフォーマントの確認はとっていない。

全体としてみるとmoreがa fewの前にさえ出られる本国ポルトガル語はかなり特殊だと思う。もちろん他の言語でもそういう語順が「まあなんとか許される」ことがあるのかも知れないが、少なくともこの語順がDVDのタイトルになっているのは本国ポルトガル語だけだ。 

最後に日本語だが、これは一見moreの位置が印欧語より自由そうには見える。

1.あともう少しのドルのために
2.ドルをあともう少しのために
3.あとドルをもう少しのために
4.*あともう少しのドルをために
5.*ドルのあともう少しをために
6.???あともう少しをドルのために

1,2,3はOKだろう。3はちょっと「うっ」とは思うが。しかしよく見れば、1では「ドル」は助詞の「の」に支配される属格、2と3では「ドル」には「を」という対格マーカーがついていて、シンタクス構造そのものが違うことがわかる。単なる語順の問題ではないのだ。4,5,6はどれもNGだが、4と5がそもそも日本語になっていないのに対し、6はシンタクス構造そのものはOKだが意味が全然合っていない。仮に「ドル」というのが人の名前かなんかだったら成り立つかもしれないので、「限りなくNGに近い」という意味で???を付加。「駄目」にもいろいろなレベルがあるのだ。

 こういう事象の分析は例のミニマリストプログラムや最適理論とかいう現在の生成文法の専門家が大喜びしそう、というよりすでに実際に研究論文があるのかもしれないが、私はそんなものを探しているといつまでたっても映画が見られないのでパスさせてほしい。


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 「二重否定」または「多重否定」という言葉を語学の授業ではよく聞くが、私は今までこの「多重否定」というのをちょっと広すぎる意味でボーっと理解していた。 

 否定の言葉をセンテンス内で2度使うという同じ構造がまったく反対の機能をもつようになることがある。一つは否定が否定されて結局肯定の意味になるもの。日本語の「ないものはない」が「すべてある」、「なくはない」が「ある」の意味になるのがこの例だ。マイナスにマイナスをかけるとプラスになるようなもの。ドイツ語だと、

Er ist nicht untalentiert.
He + is + not + untalented
→ 彼は才能がなくない = 彼は才能がある

オランダ語にも例があって、

Jan heeft niet niemand gebeld
Jan + has + not + nobody + called
→  ‘Jan didn’t call nobody’ = ‘Jan called somebody’


しかしこれとは反対に否定を重ねてもやっぱり否定の意味になるものがある。いやそれどころか重ねることで否定がパワーアップされることさえある。有名なのがロシア語で、否定詞を重ねるのが義務で、うっかり一方を忘れると「ちゃんと最後まで否定しろ!」と怒られる。 例えば

Я не пойду никуда.

という文ではне が英語のnot、никуда がnowhereだから直訳するとI don’t go nowhere。でもこれは「行かないところはない」という肯定的意味ではなくて「私はどこにも行かない」だ。同様に

Я не знаю никаких лингвистов.

も、直訳するとI don’t know no linguistsで、少ししつこい感じだが、ロシア語ではこれは正規の否定形だ。「私には言語学者の知り合いがいない」。
 私はいままでこういうのも「二重否定」と呼んでいたのだが、こちらの方はnegative concord(「否定の呼応」)と呼んで「二重否定」とは区別しないといけないそうだ。でもまあ、研究者にもdouble negativeに否定の呼応を含める人も「いないことはない」から、私だけが特にいい加減な理解をしていたわけでもないらしい。
 ロシア語以外のスラブ諸語でも否定形は基本的にこの呼応タイプが標準だそうだ。例を挙げると:

チェコ語
Milan nikomu nevolá
Milan + nobody + not-calls
→ ミランは誰にも電話しない。(ne と ni が否定の形態素)

ポーランド語
Janek nie pomaga nikomu Polish
Janek + not +  helps + nobody
→ ヤネクは誰のことも助けない。(nie と ni が否定の形態素)

セルビア語・クロアチア語
Milan ne vidi nista.
Milan + not + see + nothing
→ ミランには何も見えない。
(ne と ni が否定の形態素)

 英語では基本的には否定が重なると肯定、つまり「ないものはない」タイプの二重否定だが、実際には否定の呼応も使われている。日常会話では次のような言い回しも使われるそうだ。
 
I don't feel nothin’.  → 私は何も感じない。
We don't need no water.  → 私たちには水は要らない。
I can't get no sleep.  → 私は眠れない。

ATTIKA7とかいうメタルバンドのアルバムBlood of My Enemiesに収められているCrackermanというソングにも

I don’t need no reason. → 俺には分別などいらない。

という歌詞が見つかる。

なお、古期英語や中期英語では否定の呼応が普通に使われていたそうだ。
 
 同様にしてドイツ語でも作家が時々否定の呼応を使っている例がある。クリスティアン・モルゲンシュテルンの『3羽のすずめ』という詩に、

So warm wie der Hans hat's niemand nicht.
so + warm + like/as + that Hans + has it + nobody + not
→ ハンスほど暖かい者は誰もいない 


という例がある。なおここの「暖かい」というのは心が温かいということではなくて、体が暖かだという意味だ。3羽の真ん中にいるハンスという名前のすずめは冷たい風に当たらないから一番暖かいと言っているに過ぎない。
 さらに中高ドイツ語で書かれたハルトマン・フォン・アウエの『エーレク』88行目が次のような文である。

ir ensît niht wîse liute,
you + not-are + not + wise/clever + people
→ そなたは賢き人にあらず。(en と niht が否定の形態素)


方言や日常生活では否定の呼応がゴロゴロ現れる。例えば低地ドイツ語で、

Dat will ick för keen Geld nich.
that + will + I + for + no + money + not
→ お金を貰ってもそれはやらない

私もドイツ人が

Du hast keine Ahnung von Nichts.
you + have + no + idea + of + nothing
→ 君は全く何もわかっていない。


とかいう言い回しを使っているのを聞いたことがある。でも一方でこの言い方を「受け入れがたいドイツ語」と拒否するドイツ人もいるから、言葉には揺れがあるのがわかる。
 
 ラテン語では二重否定は「肯定を強める」そうで、non nescire(not + no-know)は「とてもよく知っている」という意味だ。だがその子孫のロマンス諸語ではちゃっかり「否定の呼応」が現れる。現れるは現れるが、シンタクスの構造によっては否定が呼応してはいけない場合があるそうだ。* がついているのは非文である。

イタリア語
Non ha telefonato nessuno.
not +  has + called + nobody
→ 誰も電話して来なかった。


* Nessuno non ha telefonato. (この場合にはnonをとらないといけない)

スペイン語
No vino nadie.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Nadie no vino.  (noをとる)

ポルトガル語
Não veio ninguém.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Ninguém não veio. (nãoをとる)

ルーマニア語だと

Nu suna nimeni
not + calls + nobody
→ 誰も電話しない


という形がOKなのは上の伊・西・葡語と同様だが、さらにそこではボツを食らった構造

Nimeni nu suna

が許されるそうだ。ルーマニア語ネイティブの確認を取ったからその通りなのだろう。伊・西・葡語と違ってここでnu (not) をとらなくてもいいのだ。

 カタロニア語とフランス語は普通の一重否定でもすでに ne と pas の二つの語で挟むから、話がややこしくなるが、否定が呼応することがあるのがわかる。カタロニア語の pas はオプション。

カタロニア語
No functiona (pas) res
not + works + (not) + nothing
→ 何も機能しない。

フランス語
Jean ne dit rien à personne
Jean + not + says + nothing + to + anybody
→ ジャンは誰にも何も言わない。


ギリシア語では古典でも現代でも「否定詞が重複して用いられた場合、相殺して肯定の意味になる時と、これと反対にむしろ否定の意味が強められる場合とがある」とのことだ。両刀使いだ。

否定+否定=肯定 (古典ギリシア語)
ουδείς ουκ επασχε τι
nobody + not +  was suffering + something
→ 何か(ひどい目に)遭わない人は一人もいなかった。
→ 全員何かしらひどい目に遭っていた。


否定の呼応 (古典ギリシア語)
μή θορυβήση μηδείς
do not let +  raise an uproar + nobody/nothing
→ 誰にも騒ぎを起こさせるな


否定の呼応 (現代ギリシア語)
δεν ήρθε κανένας
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


 現代ギリシア語も上のルーマニア語と同様 nobody (κανένας)が文頭に来ても not (δεν)はそのまま居残っていい。伊・西・葡語と違う点だ。 

κανένας δεν ήρθε
→ 誰も来なかった。

前にも一度述べたように、ルーマニア語は現代ギリシア語、ブルガリア語(およびマケドニア語)、アルバニア語と言語構造に顕著な類似性を示し、「バルカン現象」と呼ばれているが(『18.バルカン言語連合』の項参照)、これもひょっとしたらその一環かもしれない。

 否定の呼応が結構いろいろな言語に見られるのにも驚いたが、それよりびっくりしたのが、このテーマを扱っている論文の多さだ。何気なく検索してみたら出るわ出るわ、何千も論文があるし、否定の呼応について丸々一冊本を出している人、博士論文を書いている人、つまりこれをライフワークにしている言語学者がウジャウジャいる。しかもその際ハードコアな論理学・生成文法系のアプローチがガンガン出てきて難しくて難しくてとても私なんぞの手に負える代物ではない。せっかくだからそのうちの一つ、古教会スラブ語から現代チェコ語に至る否定の呼応状況を調査した論文を一本紹介するが、私は読んでいない。たらい回しのようで申し訳ない。
Dočekal, Mojmír. 2009. "Negative Concord: from Old Church Slavonic to Contemporary Czech". In: Wiener Slawistischer Almanach Linguistische Reihe Sonderband 74: 29-41


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 しばらく前に何かのドキュメンタリー番組でドイツのお巡りさんが一人紹介されていた。このお巡りさんは子供の頃両親に連れられてペルーから移住してきたので、ドイツ語とスペイン語のバイリンガルだそうだ。
 ある晩、同僚と二人組みでフランクフルトの中央駅周辺をパトロールしていたら、不案内そうな外国人が(たどたどしい)ドイツ語で道を尋ねて来た。そのお巡りさんは即座にそのドイツ語がスペイン語訛であることを見抜いてすぐスペイン語に切り替え、

「お客さん(違)、ひょっとしてスペイン語話すんじゃないですか?」

突然ドイツのお巡りさんから母語でそう話しかけられた時のその外国人の嬉しそうな顔といったら!
 その後の会話はスペイン語だったのでTVではドイツ語字幕が入った。

「そそそ、そうですよ。お巡りさん、スペイン語話すんですか?」
「話すも何も、母語ですよ。私はもともとペルーの出でね。そちらは?」
「えーっ、ラテンアメリカなの?! 私エクアドルですよー」
「えーっ、じゃあ、隣りじゃないですか」

ここで二人はポンポン肩を叩き合う。

「すごいなあ、ペルーから来てドイツ人になって公職に付く事なんて出来るんですか。」
「んなものは、出来ますよ、普通にやってれば。ところでここら辺は危ないし、道違うから早くあっちに行った方がいいですよ。」

その外国人が後ろを振り返り振り返り向こうに行ってしまうと、お巡りさんは隣の同僚と普通にドイツ語で話始めた。スペイン出身だとか親がスペイン人だからドイツ語とのバイリンガル、という人は時々見かけるが、ペルーからの移民というのはたしかにちょっと珍しい。

 そういえば、姉が中国現代文学の翻訳をしているのだが、その姉が以前送ってくれた雑誌に載っていた中国の短編の一つがこういう話だった: 中国吉林省出身の若者、つまり朝鮮民族の中国人が韓国に出稼ぎに来て休日に「とても気さくで親切な」老人と会い、話がはずんだ。老人の韓国語にどうも訛があるな、と思ったら韓国に住んでいる日本人だった。老人の方も老人の方で、この人の韓国語はどうも韓国の韓国人と違うな、と思っていたら中国出身だった。

 こういうちょっとした話が私は好きだ。

 ところで、「バイリンガル」という言葉をやたらと安直に使う人がいるが、実は何をもってバイリンガルと定義するか、というのは結構むずかしいのだ。「母語が二つある人」、つまり両方の言語を言語獲得年齢期にものにした人、と把握されることが多いが、大抵どちらかの言語が優勢で、完全にバランスの取れたバイリンガルというのはむしろ稀だ。たとえ子供のころにある言語を第一言語として獲得してもその後失ってしまった場合、その人はバイリンガルなのかモノリンガルなのか。いずれにせよ、単に「二言語話せる」程度の人などとてもバイリンガルではない。「俺は学校で英語を習ってしゃべれるからバイリンガル」と言っていた人がいるが、どんなにペラペラでも母語が固まってから学校などで習った言語は母語ではないからこの人は立派なモノリンガルなのではないか。
 私は簡単に「バイリンガル」という言葉を使われると強烈な違和感を感じるのだが、これは私だけの感覚ではない。知り合いにも生涯の半分(以上)を外国で過ごし、日常生活をすべて非日本語で送り、お子さんたちとも母語が違う人が結構いるが、その方たちも口を揃えて「私はバイリンガルとは程遠い」と言う。これが正常な言語感覚だと思うのだが。

 そもそも「何語が母語か」「何語を話すか」という問い自体が本当はすごく重いはずだ。例えばカタロニア語を母語とする人はスペイン語とのバイリンガルである場合がほとんどだが、「母語はスペイン語でなくあくまでカタロニア語」というアイデンティティを守りたがる人を見かける。以前もドイツのTV局の報道番組でバルセロナの人がインタビューされていたのだが、「スペイン語を使うくらいならドイツ語で話そう」といってレポーターに対して頑強にタドタドしいドイツ語で押し通していた。その人はスペイン語も母語なのにだ。
 かなり前の話になるが、私も大学のドイツ語クラスでバルセロナから来た学生といっしょになったことがあるが、この人は「どこから来たのか」という質問に唯の一度も「スペインです」とは答えず、常に「バルセロナです」と応答していた。「ああスペインですね」といわれると「いいえ、バルセロナです」と訂正さえしていたほどだ。
 さらに私が昔ロシア語を習った先生の一人がボルガ・ドイツ人で、ロシア語とドイツ語のバイリンガルだったが、「スターリン時代はドイツ語話者は徹底的に弾圧された。『一言でもドイツ語をしゃべってみろ、強制収容所に送ってやる』と脅された」と言っていた。スターリンなら本当にそういうことをやっていたのではないだろうか。
 つまり「バイリンガルであること」が命にかかわってくることだってあるのだ。

 言語というのは本来そのくらい重いものだと私は思っている。安易に「私は○○弁と共通語のバイリンガル」などとヘラヘラふざけている人を見ると正直ちょっと待てと思う。「方言」か「別言語」かは政治や民族のアイデンティティに関わってくる極めてデリケートな問題だからだ。逆にすぐ「○○語は××語の方言」という類のことをいいだすのも危険だ。
 これもまたカタロニア語がらみの話だが、あるとき授業中に「カタロニア語?スペイン語の方言じゃないんですか?」と堂々と言い放ったドイツ人の学生がいて、周り中に失笑が沸いた。ところが運悪く教室内にカタロニアから来た学生(上の人とは別の人である)がいたからたまらない。自分の誇り高い母語をノー天気な外部者に方言呼ばわりされたその人はものすごい顔をして発言者を睨みつけた。一瞬のことだったが、私は見てしまったのである。

 別に私はカタロニア語の回し者ではないが、やはり「スペイン語」という名称は不適当だと思っている。自分でも「スペイン語」という通称を使ってはいるが、これは本来「カスティーリャ語」というべきだろう。さらに、「カシューブ語はポーランド語の方言」、「アフリカーンス語はオランダ語の一変種」とかいわれると、全く自分とは関係がないことなのに腹が立つ。もちろん私如きにムカつかれても痛くも痒くもないだろうが、そういう人はいちどバルセロナの人に「カタロニア語はスペイン語の方言」、ベオグラードのど真ん中で「セルビア語はクロアチア語の方言」と大声で言ってみるといい。いいキモ試しになるのではないだろうか。


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