アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:ギリシア語

 日本で映画のタイトルや何かちょっとしたフレーズなどで漢文や古文が盛んに引用されるのと同様、ヨーロッパではギリシア古典文学やラテン語からの引用が多い。特にイタリア人はさすがローマ人の直系の子孫だけあって、映画の中にもギリシア・ローマ古典から採ったモティーフをときどき見かける。
 たとえばマカロニウエスタンという映画ジャンルがあるだろう。ご存知イタリア製の(B級)西部劇のことだが、この名称は実は和製英語で、ヨーロッパでは「スパゲティウエスタン」という。何を隠そう、私の最も好きな映画ジャンルなのだが、そのマカロニウエスタンにもギリシア古典が顔を出すからあなどれない。

 まず、ジュリアーノ・ジェンマ主演の『続・荒野の一ドル銀貨』(この意味不明な邦題は何なんだ?原題はIl ritorno di Ringo「リンゴーの帰還」)という映画は、ギリシア古典のホメロス『オデュッセイア』の最後の部分をそのままストーリーにしている。
 『オデュッセイア』では戦争に出かけて長い間故郷を離れていた主人公オデュッセウスがやっと家に帰ってみると、妻ぺネロペーが他の男性たちに言い寄られて断るに断れず、窮地に陥っている。オデュッセウスは最終的に求婚者を全員殺して自分の家と領地と妻を取り戻す、という展開だ。映画では南北戦争帰還兵リンゴーがこれをやる。

長い戦いの後、やっと故郷に帰ってきたオデュッセウスならぬリンゴー。さすが10年以上も前にたった2ユーロ(300円)で買ったDVDだけあって画質が悪い。
ringo1

 またオデュッセウスはそこで、もともと自分のものなのに今では外から来たならず者に占拠されている屋敷に侵入する際、自分だとバレて敵に見つからないように最初乞食姿に身をやつすのだが、この展開も映画の中にちゃんと取り入れられている。さらに、『オデュッセイア』では女神アテネが何かとオデュッセウスの復讐を助けるが、このアテネに該当する人物が映画の中にも現われる。ストーリーにはあまり関係なさそうなのに、なぜか画面にチョロチョロ登場する、スペイン女優ニエヴェス・ナヴァロ扮するジプシー女性がそれだ。

 次に『ミスター・ノーボディ』という映画があるが、これの原題がIl mio nome é Nessuno、英語にするとMy name is Nobodyだ。これは明らかに、オデュッセウスがギリシアへの旅の途中で、巨人キュクロープスから「お前の名前は何だ!?」と聞かれ、「私の名前はNobody」と嘘をついた、というエピソードからとられたのだろう。以下がその箇所、『オデュッセイア』第9編の366行と367行目である(アクセントや帯気性を表す補助記号は省いてある)。オデュッセウスが機転を利かせてこう名乗ったためキュプロークスはそのあとオデュッセウスに目を潰されても助けを呼ぶことができなかった。

 366:Ουτις εμοι γ'ονομα.Ουτιν δε με κικλησκουσι
 367:μητηρ ηδε πατηρ ηδ'αλλοι παντες εταιροι.

 366:Nobodyが私の名だ。それで私の事をいつもNobodyと呼んでいた、
 367:母も父も、その他の私の同胞も皆。


 実際、ここに注目するとこの映画の製作者のメッセージが何なのかよくわかるのだ。

 この映画には主人公が二人いて、やや年配のガンマンと若者ガンマンなのだが、年取った方は長い間アメリカの西部を放浪した後やがてヨーロッパに帰っていく。もうひとりの若い方、つまりNobody氏はそのまま西部を放浪し続けることになる。つまり、彼は故郷ギリシアに戻れず、未開人・百鬼夜行の世界を永遠に放浪するハメになる「帰還に失敗した、もう一人のオデュッセウス」なのではないか。そういえば映画の冒頭部で、ヘンリー・フォンダ演ずる年配の方が、川で漁をしている若い方(テレンス・ヒル)と遭遇するシーンがあるが、ヒルを馬上から見下ろすフォンダの優しいと同時に距離をおいたような同情的な目つき、自分の舐めてきた苦労を振り返ってやれやれこういうことは今や全て過去のことになっていて良かった、彼はああいうことをこれから経験するのかと考えをめぐらしているような深い目つきと、自分の若さと才気が誇らしそうなヒルの表情の対象が印象的だった。

馬上からテレンス・ヒルを見下ろすヘンリーフォンダ
nobody2

老オデュッセウスは感慨に満ちた目で若いオデュッセウスを見つめるが
Nobody4

若者はただ自分の「業績」を誇らしげに見せるだけ。
Nobody5

 その若いオデュッセウスがさまよい続ける土地がアメリカ、というところに「アメリカ・アングロサクソンなんてヨーロッパ大陸部と比べたら所詮新興民族、文化的・歴史的には蛮族」というイタリア人のやや屈折した優越感が込められている、と私には感じられるのだが。その証拠に、というと大袈裟だが、ヨーロッパに帰って行ったほうの老ガンマンはフランス系の苗字だった。
 この映画がコミカル・パロディ路線を基調にしているにも拘らずなんとなくメランコリックな感じがするのは、故郷を忘れてしまったオデュッセウスのもの悲しい歌声が聞こえてくるからだ、と私は思っている。
  『ミスター・ノーボディ』などという邦題をつけてしまったら端折りすぎてそういう微妙なニュアンスが伝わらない。まあ所詮マカロニウエスタンだからこれで十分といえば十分なのだが。
 
 さてこの『ミスター・ノーボディ』の監督はトニーノ・ヴァレリという人だが、ヴァレリ監督というと普通の映画ファンは、ジュリアーノ・ジェンマで撮った『怒りの荒野』の方を先に思い浮かべるだろう(「普通の映画ファン」はそもそもトニーノ・ヴァレリなどという名前は知らないんじゃないか?)。この原題はI giorni dell’ira(「怒りの日々」)。これも聖書の「ヨハネの黙示録」からとった題名であるのが明白。原語はラテン語でDies irae(「怒りの日」)で、たしかこういう名前の賛美歌があったと記憶している。しかしこのDies iraeというラテン語、イタリア語に直訳すれば本当はIl giorno dell’iraとgiorno(「日」)が単数形でなければならないはずなのに、映画のタイトルのほうはgiorni、「日々」と複数形になっている。これは主人公が今まで自分を蔑んできた人たちに復讐した際、何日か日をかけてジワジワ仕返しをしていったから、つまりたった一日で全員一括して罰を加えたのではなかったからか、それとも虐げられていた長い日々のほうをさして怒りの日々と表現しているのか。いずれにしても言葉に相当神経を使っているのがわかる。
 ただしこの映画の場合は引用はタイトルだけで、ストーリー自体の方は全体的に聖書とはあまり関係がない。もっとも聞くところによればマカロニウエスタンには聖書から採ったモティーフが散見されるそうだから、ストーリーも見る人が見れば聖書のモティーフを判別できるのかもしれないが、悲しいかな無宗教の私にはいくら目を凝らして見ても、どこが聖書なんだか全くわからない。私はこの、聖書を持ち出される時ほどはっきりと自分がヨーロッパ文化圏で仲間はずれなのを実感させられる時はない。

 もうひとつ。Requiescantというタイトルのこれもマカロニウエスタンがある。邦題は『殺して祈れ』とB級感爆発。あの有名な『ソドムの市』を監督したP.P.パゾリーニがここでは監督ではなく俳優として出演しているのが面白い。
 このRequiescantとはラテン語で、requiēscōという動詞(能動態不定形はrequiescere)の接続法現在3人称複数形。希求用法で、「彼らが安らかに眠りますように」という意味だ。Requiem「レクイエム」という言葉はこの動詞の分詞形だ。
 ドイツ語のタイトルではこれを動詞の倒置による接続法表現を使ってきちんと直訳し、Mögen sie in Frieden ruh’nとなっている。「彼らが安らかであらんことを(安らかに眠らんことを)」だ。英語のタイトルはストレートにKill and Pray。上品なラテン語接続法は跡形もない。だから蛮族だと言われるんだ。上に挙げた日本語のB級タイトルもラテン語を調べる手間を省いて横着にも英語から垂れ流したことがバレバレ。同罪だ。


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注意:この記事はGoogle Chromeで見るとレイアウトが崩れてしまいます。私は回し者ではありませんが、できればMozilla Firefoxをお使いください

 いろいろな言語が、語族が違うにもかかわらず、その地理的な隣接関係によって言語構造、特に統語構造に著しい類似性類似性を示すことがある。これをSprachbund(シュプラッハブント)、日本語で言語連合現象と言うが、この用語は音韻論で有名なニコライ・トゥルベツコイの言葉で、もともとязыковой союз(ヤジコヴォイ・ソユーズ、うるさく言えばイィジカヴォイ・サユース)というロシア語だ。バルカン半島の諸言語が典型的な「言語連合」の例とされる。

 その「バルカン言語連合」の主な特徴には次のようなものがある。
1.冠詞が後置される、つまりthe manと言わずにman-theと言う。
2.動詞に不定形がない、つまりHe wants to go.と言えないのでHe wants that he goes.という風にthat節を使わないといけない。
3.未来形の作り方が特殊で、補助動詞でもなく動詞の活用でもなく、不変化詞を動詞の前に添加して作る。その不変化詞はもともと「欲しい」という意味の動詞が退化してできたものである。

 このバルカン言語連合の中核をなすのはアルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア・マケドニア語である。人によっては現代ギリシア語も含めることがある。アルバニア語、ギリシア語は一言語で独自の語派をなしている独立言語(印欧語ではあるが)、ブルガリア語・マケドニア語はセルビア語・クロアチア語やロシア語と同じスラブ語派、ルーマニア語はスペイン語、イタリア語、ラテン語と同様ロマンス語派である。
 セルビア語・クロアチア語は普通ここには含まれない。満たしていない条件が多いからだ。しかしそれはあくまで標準語の話で、セルビア語内を詳細に観察して行くと上の条件を満たす方言が存在する。ブルガリアとの国境沿いとコソボ南部で話されているトルラク方言と呼ばれる方言だ。この方言では冠詞が後置されることがある。つまりセルビア語トルラク方言は、前にも言及した北イタリアの方言などと同じく、重要な等語線が一言語の内部を走るいい例なのだ。

 旧ユーゴスラビアであのような悲惨な紛争が起こって、多くの住民が殺されたり避難や移住を余儀なくされた。言語地図もまったく塗り替えられてしまったに違いない、あのトルラク方言はどうなっているのだろうと気にしていたのだが、先日見てみたらしっかりUNESCOの「危機に瀕した言語リスト」に載っていた。

565px-Torlak
セルビア語トルラク方言の話されている地域

 さらに調べていたら、上述の1の現象に関連して面白い話を見つけたのでまずご報告。地理的に隣接する言語の構造がいかに段階的に変化していくかといういい例だ。

1.バルカン言語連合の「中核」ブルガリア語は上で述べたようにこの定冠詞theを後置する。ъという文字はロシア語の硬音記号と違ってここではいわゆるあいまい母音である。

grad → grad-ъt    男性名詞
  (a city → the city)
žena → žena-ta     女性名詞
  (a woman → the woman)
dete → dete-to      中性名詞
  (a child → the child)

2.バルカン言語連合に属さないセルビア語標準語には、定冠詞と呼べるものはなく、指示代名詞だけだ。日本語のように「これ」「それ」「あれ」の3分割体系の指示代名詞。標準セルビア語だからこれらの指示代名詞は前置である。

男性名詞
  ovaj grad   この町
  taj grad   その町
  onaj grad   あの町

女性名詞
  ova žena   この女
  ta žena   その女
  ona žena   あの女

中性名詞
  ovo dete   この子
  to dete   その子
  ono dete   あの子

3.西ブルガリア語方言とマケドニア語、つまりセルビア語と境を接するスラブ語はこの3分割を保ったまま、その指示代名詞が後置される。つまり、「冠詞」というカテゴリー自体は未発達のまま後置現象だけ現われるわけだ。

grad 町
  grad-ov    この町
  grad-ot     その町
  grad-on    あの町
žena 女
  žena-va    この女
  žena-ta    その女
  žena-na    あの女
dete 子
  dete-vo    この子
  dete-to    その子
  dete-no    あの子

3のマケドニア語と2の標準セルビア語を比べてみると前者では3種の指示代名詞が名詞の後ろにくっついていることがよくわかる。形態素の形そのものの類似性には驚くばかりだ。
 Andrej N. Sobolevという学者が1998年に発表した報告によれば、セルビア語トルラク方言でもこの手の後置指示代名詞が確認されている。例えば、

čovek-əv  この男・この人 (男性名詞単数形)
čovek-ət  その男・その人 (男性名詞単数形)
žena-va     この女        (女性名詞単数形)
zima-na   あの冬     (女性名詞単数形)
dete-vo   この子     (中性名詞単数形)
dete-no   あの子     (中性名詞単数形)
selo-vo    この村     (中性名詞単数形)

końi-vi   これらの馬       (男性名詞複数形)
godine-ve   これらの年       (女性名詞複数形)
oči-ve    これらの目、この両目(中性名詞複数形)

əというのは上のブルガリア語のъと同じくあいまい母音。godine-ve以下の3例は複数形だ。全体として西ブルガリア語方言とそっくりではないか。

 おまけとして、「バルカン言語連合中核」アルバニア語及びルーマニア語の定冠詞後置の模様を調べてみた。一見して、1.アルバニア語はルーマニア語に比べて名詞の格変化をよく保持している(ブルガリア語はスラブ語のくせに英語同様格変化形をほとんど失っている)、2.さすがルーマニア語は標準イタリア語といっしょに東ロマンス語に属するだけあって、複数形は-iで作ることがわかる。3.ルーマニア語はさらにスラブ語から影響を受けたことも明白。prieten「友人」は明らかに現在のセルビア語・クロアチア語のprijatelj「友人」と同源、つまりスラブ語、たぶん教会スラブ語からの借用だろう。ついでにクロアチア語で「敵」はneprijatelj、「非友人」という。

アルバニア語:
「少年」
・単数 (a boy → the boy)
主格 djalё →  djali
属格 djali  →  i djalit
与格 djali  →  djalit
対格 djalё →  djalin
奪格 djali  →  djalit

・複数 (boys → the boys)
主格 djem        → djem
属格  i djamve → i djemvet
与格 djemve    → djemvet
対格 djem       →  djem
奪格 djemsh    → djemvet

「少女」
・単数 (a girl → the girl)
主格 vajzё   →  vajza
属格 i vajzё →  i vaizёs
与格 vajzё   →  vajzёs
対格 vajzё   →  vajzёn
奪格 vajzё   → vajzёs

・複数 (girls → the girls)
主格 vajza      →  vajzat
属格 i vajzave →  i vajzavet
与格 vajzave  →  vajzavet
対格 vajza      →  vajzat
奪格 vaijzash  →  vaijzavet

ルーマニア語
「友人」
・単数 (a friend → the friend)
主格 prieten → prietenul
属格 prieten → prietenului
与格 prieten → prietenului
対格 prieten → prietenul

・複数 (friends → the friends)
主格 prieteni → prietenii
属格 prieteni → prietenilor
与格 prieteni → prietenilor
対格 prieteni → prietenii

「家」
・単数 (a house → the house)
主格 casă → casa
属格 case → casei
与格 case → casei
対格 casă → casa

・複数 (houses → the houses)
主格 case → casele
属格 case → caselor
与格 case → caselor
対格 case → casele

 私はある特定の言語のみをやるという姿勢そのものには反対しない。一言語を深くやれば言語一般に内在する共通の現象に行きつけるはずだとは思うし、ちょっと挨拶ができて人と擬似会話を交わせる程度で「何ヶ国語もできます」とか言い出す人は苦手だ。でも反面、ある特定の一言語、特にいわゆる標準語だけ見ていると多くの面白い現象を見落としてしまうこともあるのではないだろうか。言語、特に地理的に近接する言語はからみあっている。そして「標準語」などというのはある意味では幻想に過ぎない。


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 若い人はもう覚えていない、と言うよりまだ生まれていないだろうが、むかしソ連からベレンコ中尉という人がミグ25(MiG25)という戦闘機に乗って日本にやってきて、そこからさらにアメリカに亡命申請する、という事件があった。日本中大騒ぎだったが、この事件はよく考えるととても面白い。

 まずMiG(МиГ)という名称だが、これはМикоян и Гуревич(ミコヤン・イ・グレヴィッチ、ミコヤンおよびグレヴィッチ)の略で、МикоянもГуревич も設計者の名前だ。この、-ян(ヤン)で終わる名前というのはロシア語でなく、もともとアルメニア語である。
 そういえば以前ノーム・チョムスキーという大言語学者がマサチューセッツ工科大学で生成文法の標準理論や拡大標準理論を展開していたころ、ソ連に「適応文法」というこれも難しい理論を繰り広げていたシャウミャン(Шаумян)という学者がいたが、この人も名前の通りアルメニア人である。さらにロシア言語学会の重要メンバーの一人でドイツでも名を知られていたアプレシャン(Апресян)も名前そのものはアルメニア系だ。氏自身はモスクワ生まれのモスクワ育ちのようだが。
 次にグレヴィッチ(Гуревич)。この、ヴィッチ(-вич)で終わる名前は基本的にセルビア語・クロアチア語起源なのだが、ベラルーシにも散見される。ウクライナにもある。あと、リトアニアにもこの-вичで終わる姓が多いそうだが、これはベラルーシもウクライナも中世から近世にかけてリトアニア大公国の領土だったからではないだろうか。当時支配層はリトアニア語を話していたが、国民の大部分はスラブ人で、話す言葉もスラブ語、書き言葉も南スラブ語派の古教会スラブ語だったはずだから、そのスラブ人が現在のリトアニア領にもやってきて住みついていたのでは。ついでに女優のMilla Jovovich(ミラ・ヨボビッチあるいはジョボビッチ)もウクライナ出身だが、そもそも父親がセルビア人だから苗字が-вичで終わっているのは当然だ。
 グレヴィッチ氏はロシアのクルスク地区のルバンシチナという町の生まれだそうだが、ここはウクライナと接している地域である。さらに、このベラルーシ、ウクライナの東部にはユダヤ人が多く居住していたので、ユダヤ系ロシア人、というかユダヤ系ソ連人には-вич姓の人が多いそうだ。事実このグレヴィッチ氏もユダヤ系である。「ドイツ系に-вич姓が多い」という記述を時々見かけるが、ここにはひょっとしたらイディッシュ語を話すユダヤ人も含まれているのかもしれない。イディッシュ語はいわばドイツ語から発達してきた言語で、部外者が聞くとドイツ語そのものに聞こえるそうだから。ちなみにユダヤ系のSF作家のアシモフ氏の故郷ペトロヴィッチ村もベラルーシとロシアとの国境地域にある。
 さらにパイロットのベレンコ(Беленко)中尉だが、-коで終わる名前は本来ウクライナ語。
 
 つまり、かの戦闘機はソ連から飛んできたのに純粋にロシア語の名前が一つもない。ソ連がいかに他民族国家であるか、まざまざと見せつけられた事件だとは思う。 

 そもそも人名や地名には今はもう失われてしまった古い言語の形が温存されている場合がよくあるので気にしだすと止まらなくなる。日本の東北地方や北海道の地名にアイヌ語起源のものが多いのもその例で「帯広」というのは元々アイヌ語の「オ・ペレペレ・ケプ」(川尻がいくつにもさけている所)から来たそうだ。
 ヨーロッパでも人名に印欧語の古形が残されている場合がある。たとえば例のローマの暴君ネロ。このNeroという語根は非常に古い印欧祖語の* h2 ner-「人間」から来ている。h2というのは印欧祖語にあったとされる特殊な喉音である。ここで肝心なのはもちろんner-のほうだ。なお、比較・歴史言語学で使う「*」という印は現在の文法理論つまり共時言語学で使われるような「非文法的」という意味でなく、「具体的なデータは現存していないが理論上再構築された形」という意味だから注意を要する。その* h2 ner-だが、Neroばかりでなくギリシア語のανηρ(アネール、現代ギリシア語ではアニル)もこれが語源。サンスクリットのnṛあるいはnára(人間)、アヴェスタ語のnā(人間)もこれだそうだ。いわゆるイラン語派は今でもおおむねこの語をよく保っているが、なにせ古い語なので、ローマの時代のラテン語ではすでにこの語は普通名詞としては使われなくなっており、本来の意味も忘れ去られていた。僅かに人名にその痕跡を残していたわけだ。なお、サンスクリットの、下に点のついたṛは母音のr、つまりシラブルを形成するrで、現代のクロアチア語にもこの「母音のr」がある。例えばクロアチア語で「市場」をtrgというのだ。
 
 ヨーロッパの現代語ではリトアニア語のnóras(意思)や、あと意外にもロシア語のнрав(ンラーフ、性格・気質)やноров(ノーラフ、強情さ)も* h2 ner-起源だそうだ。しかしこちらは意味のほうが相当変化している模様。しつこく言うとнравは南スラブ語起源のいわば借用語で、норовがロシア語本来の東スラブ語形である。その東スラブ語のноровのほうはさらに意味がずれていて、口語的表現である上、カンが強くてなかなか乗りこなせない馬に対して「御しがたい」というときこの語を使うそうだ。人間がついに馬になってしまっている。

 ところがアルバニア語はこの古い古い印欧語をこんにちに至るももとの「人間」の意味で使用している。アルバニア語で「人間」はnjeri(ニェリ)。これは「バルカン言語連合」の項でも書いたようにa manで、the manならば後置定冠詞がついてnjeri-uとなる。アルバニア語はこのほかにも音韻構造などに印欧語の非常に古い形を保持している部分がかなりあるそうだ。
 ちなみにアイルランド語のneart(力)も直接* h2 ner-からではないが、そこから派生された* h2 ner-to(精力のある)が語源とのことだ。

 さてこちらのギムナジウムはラテン語をやるのが基本だし、ラテン語で何か書いてあるのを町のそこここでまだ見かけるから、読める人、知っている人は結構いる。それで機会があるごとにNeroの名前は本来どういう意味か知っているかどうか人に聞いて見るのだが、いまだに印欧語の* h2 ner-だと正しく答えた者は一人もいない。昔人を通してギムナジウムのラテン語の先生に質問してみたことがあるが、やはり知らなかった。この先生もそうだったが、ほとんどの人が「黒」を意味するnegroから来ていると思い込んでいた。真相を知っていたのは日本人の私だけだ。ふっふっふ。

 自慢してやろうかとも思ったが、たまに珍しく何か知っているとすぐズに乗って事あるごとにそれをひけらかしたがるというのもさすがに見苦しい、かえって無教養丸出しだと思ったので黙っていた。日本人は謙虚なのである(誰が?)。


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 「二重否定」または「多重否定」という言葉を語学の授業ではよく聞くが、私は今までこの「多重否定」というのをちょっと広すぎる意味でボーっと理解していた。 

 否定の言葉をセンテンス内で2度使うという同じ構造がまったく反対の機能をもつようになることがある。一つは否定が否定されて結局肯定の意味になるもの。日本語の「ないものはない」が「すべてある」、「なくはない」が「ある」の意味になるのがこの例だ。マイナスにマイナスをかけるとプラスになるようなもの。ドイツ語だと、

Er ist nicht untalentiert.
He + is + not + untalented
→ 彼は才能がなくない = 彼は才能がある

オランダ語にも例があって、

Jan heeft niet niemand gebeld
Jan + has + not + nobody + called
→  ‘Jan didn’t call nobody’ = ‘Jan called somebody’


しかしこれとは反対に否定を重ねてもやっぱり否定の意味になるものがある。いやそれどころか重ねることで否定がパワーアップされることさえある。有名なのがロシア語で、否定詞を重ねるのが義務で、うっかり一方を忘れると「ちゃんと最後まで否定しろ!」と怒られる。 例えば

Я не пойду никуда.

という文ではне が英語のnot、никуда がnowhereだから直訳するとI don’t go nowhere。でもこれは「行かないところはない」という肯定的意味ではなくて「私はどこにも行かない」だ。同様に

Я не знаю никаких лингвистов.

も、直訳するとI don’t know no linguistsで、少ししつこい感じだが、ロシア語ではこれは正規の否定形だ。「私には言語学者の知り合いがいない」。
 私はいままでこういうのも「二重否定」と呼んでいたのだが、こちらの方はnegative concord(「否定の呼応」)と呼んで「二重否定」とは区別しないといけないそうだ。でもまあ、研究者にもdouble negativeに否定の呼応を含める人も「いないことはない」から、私だけが特にいい加減な理解をしていたわけでもないらしい。
 ロシア語以外のスラブ諸語でも否定形は基本的にこの呼応タイプが標準だそうだ。例を挙げると:

チェコ語
Milan nikomu nevolá
Milan + nobody + not-calls
→ ミランは誰にも電話しない。(ne と ni が否定の形態素)

ポーランド語
Janek nie pomaga nikomu Polish
Janek + not +  helps + nobody
→ ヤネクは誰のことも助けない。(nie と ni が否定の形態素)

セルビア語・クロアチア語
Milan ne vidi nista.
Milan + not + see + nothing
→ ミランには何も見えない。
(ne と ni が否定の形態素)

 英語では基本的には否定が重なると肯定、つまり「ないものはない」タイプの二重否定だが、実際には否定の呼応も使われている。日常会話では次のような言い回しも使われるそうだ。
 
I don't feel nothin’.  → 私は何も感じない。
We don't need no water.  → 私たちには水は要らない。
I can't get no sleep.  → 私は眠れない。

ATTIKA7とかいうメタルバンドのアルバムBlood of My Enemiesに収められているCrackermanというソングにも

I don’t need no reason. → 俺には分別などいらない。

という歌詞が見つかる。

なお、古期英語や中期英語では否定の呼応が普通に使われていたそうだ。
 
 同様にしてドイツ語でも作家が時々否定の呼応を使っている例がある。クリスティアン・モルゲンシュテルンの『3羽のすずめ』という詩に、

So warm wie der Hans hat's niemand nicht.
so + warm + like/as + that Hans + has it + nobody + not
→ ハンスほど暖かい者は誰もいない 


という例がある。なおここの「暖かい」というのは心が温かいということではなくて、体が暖かだという意味だ。3羽の真ん中にいるハンスという名前のすずめは冷たい風に当たらないから一番暖かいと言っているに過ぎない。
 さらに中高ドイツ語で書かれたハルトマン・フォン・アウエの『エーレク』88行目が次のような文である。

ir ensît niht wîse liute,
you + not-are + not + wise/clever + people
→ そなたは賢き人にあらず。(en と niht が否定の形態素)


方言や日常生活では否定の呼応がゴロゴロ現れる。例えば低地ドイツ語で、

Dat will ick för keen Geld nich.
that + will + I + for + no + money + not
→ お金を貰ってもそれはやらない

私もドイツ人が

Du hast keine Ahnung von Nichts.
you + have + no + idea + of + nothing
→ 君は全く何もわかっていない。


とかいう言い回しを使っているのを聞いたことがある。でも一方でこの言い方を「受け入れがたいドイツ語」と拒否するドイツ人もいるから、言葉には揺れがあるのがわかる。
 
 ラテン語では二重否定は「肯定を強める」そうで、non nescire(not + no-know)は「とてもよく知っている」という意味だ。だがその子孫のロマンス諸語ではちゃっかり「否定の呼応」が現れる。現れるは現れるが、シンタクスの構造によっては否定が呼応してはいけない場合があるそうだ。* がついているのは非文である。

イタリア語
Non ha telefonato nessuno.
not +  has + called + nobody
→ 誰も電話して来なかった。


* Nessuno non ha telefonato. (この場合にはnonをとらないといけない)

スペイン語
No vino nadie.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Nadie no vino.  (noをとる)

ポルトガル語
Não veio ninguém.
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


* Ninguém não veio. (nãoをとる)

ルーマニア語だと

Nu suna nimeni
not + calls + nobody
→ 誰も電話しない


という形がOKなのは上の伊・西・葡語と同様だが、さらにそこではボツを食らった構造

Nimeni nu suna

が許されるそうだ。ルーマニア語ネイティブの確認を取ったからその通りなのだろう。伊・西・葡語と違ってここでnu (not) をとらなくてもいいのだ。

 カタロニア語とフランス語は普通の一重否定でもすでに ne と pas の二つの語で挟むから、話がややこしくなるが、否定が呼応することがあるのがわかる。カタロニア語の pas はオプション。

カタロニア語
No functiona (pas) res
not + works + (not) + nothing
→ 何も機能しない。

フランス語
Jean ne dit rien à personne
Jean + not + says + nothing + to + anybody
→ ジャンは誰にも何も言わない。


ギリシア語では古典でも現代でも「否定詞が重複して用いられた場合、相殺して肯定の意味になる時と、これと反対にむしろ否定の意味が強められる場合とがある」とのことだ。両刀使いだ。

否定+否定=肯定 (古典ギリシア語)
ουδείς ουκ επασχε τι
nobody + not +  was suffering + something
→ 何か(ひどい目に)遭わない人は一人もいなかった。
→ 全員何かしらひどい目に遭っていた。


否定の呼応 (古典ギリシア語)
μή θορυβήση μηδείς
do not let +  raise an uproar + nobody/nothing
→ 誰にも騒ぎを起こさせるな


否定の呼応 (現代ギリシア語)
δεν ήρθε κανένας
not + came + nobody
→ 誰も来なかった。


 現代ギリシア語も上のルーマニア語と同様 nobody (κανένας)が文頭に来ても not (δεν)はそのまま居残っていい。伊・西・葡語と違う点だ。 

κανένας δεν ήρθε
→ 誰も来なかった。

前にも一度述べたように、ルーマニア語は現代ギリシア語、ブルガリア語(およびマケドニア語)、アルバニア語と言語構造に顕著な類似性を示し、「バルカン現象」と呼ばれているが(『18.バルカン言語連合』の項参照)、これもひょっとしたらその一環かもしれない。

 否定の呼応が結構いろいろな言語に見られるのにも驚いたが、それよりびっくりしたのが、このテーマを扱っている論文の多さだ。何気なく検索してみたら出るわ出るわ、何千も論文があるし、否定の呼応について丸々一冊本を出している人、博士論文を書いている人、つまりこれをライフワークにしている言語学者がウジャウジャいる。しかもその際ハードコアな論理学・生成文法系のアプローチがガンガン出てきて難しくて難しくてとても私なんぞの手に負える代物ではない。せっかくだからそのうちの一つ、古教会スラブ語から現代チェコ語に至る否定の呼応状況を調査した論文を一本紹介するが、私は読んでいない。たらい回しのようで申し訳ない。
Dočekal, Mojmír. 2009. "Negative Concord: from Old Church Slavonic to Contemporary Czech". In: Wiener Slawistischer Almanach Linguistische Reihe Sonderband 74: 29-41


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注意:この記事はGoogle Chromeで見るとレイアウトが崩れてしまいます。私は回し者ではありませんが、できればMozilla Firefoxをお使いください

 一度バルカン言語連合という言語現象について書いたが(『18.バルカン言語連合』)、補足しておきたい続きがあるのでもう一度この話をしたい。
 バルカン半島の諸言語、特にアルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア・マケドニア語、現代ギリシア語は語族が違うのに地理的に隣接しているため互いに影響しあって言語構造が非常に似通っている、これをバルカン言語連合現象と呼ぶ、と以前述べた。そこで定冠詞が後置される現象の例をあげたが、いわゆる「バルカン言語」には他にも重大な特徴があるので、ここでちょっとを見てみたい。未来形の作り方である。

 上述の4言語は未来形作り方が特殊で、補助動詞でもなく動詞自身の活用でもなく、不変化詞を定型動詞の前に添加して作る。そしてその不変化詞というのがもともと「欲しい」という意味の動詞が退化してできたものなのだ。「私は書くでしょう」を順に見ていくと、

アルバニア語:   do të shkruaj
ルーマニア語:   o să scriu
ブルガリア語:   šte piša
現代ギリシア語:θα γράψω

「私」という代名詞は必ずしも必要でなく、shkruaj、 scriu、 piša、 γράψωがそれぞれ「書く」という動詞の一人称単数形。アルバニア語、ルーマニア語、現代ギリシャ語は接続法、ブルガリア語の動詞は直接法である。アルバニア語のtë、ルーマニア語の săが接続法をつくる不変化詞、ギリシャ語ももともとはここにναという接続法形成の不変化詞がついていたのが、後に消失したそうだ(下記参照)。まあどれも動詞定型であることに変わりはないからここではあまり突っ込まないことにして、ここでの問題は不変化詞は不変化詞でも、do、 o、 šte、 θαのほう。変わり果てた哀れな姿になってはいるが、これらはもともと「欲しい」という動詞が発達(というか退化)してきた語で、昔は助動詞で立派に人称によって活用していたのである。その活用形のうち三人称単数形がやがて代表として総ての人称に持ちいられるようになり、それがさらに形を退化させてとうとう不変化詞にまで没落してしまったのだ。

 アルバニア語のdoはもともとdua、ルーマニア語のoはoa(これだってすでに相当短いが)で、さらに遡るとラテン語のvoletに行き着く。ブルガリア語のšteはもと古教会スラブ語のxotĕti(ホチェーティ、「欲する」)の3人称単数形で、ロシア語の不定形хотеть(ホチェーチ)→三人称単数хочет(ホーチェット)、クロアチア語不定形htjeti(フティエティ)→三人称単数hoće(ホチェ)と同じ語源だ。現代ギリシア語のθαはθα <  θαν <  θα να < θε να < θέλω/θέλει ναという長い零落の過程を通ってここまで縮んだそうだ。これらの言語は語族が違うから語の形そのものは互いに全く違っているが、不変化詞の形成過程や機能はまったく並行しているのがわかるだろう。
 またこれらの未来形は動詞が定型をとっているわけだから、構造的に言うとI will that I writeに対応する。上で述べた接続法形成の不変化詞të、 să、 ναも機能としてはthatのようなものだ。またこれらの言語には動詞に不定形というものがないのだが、これも「バルカン言語現象」の重要な特徴だ。英語ならここでI will write あるいはI want to writeと言って、that節など使わないだろう。ブルガリア語でもthatにあたるdaを入れて「私は書くだろう」をšta da piša、つまりI will that I writeという方言がある。書き言葉でも時々使われるそうだが、これは「古びた言い方」ということだ。この場合、未来形形成の不変化詞がまだ助動詞段階にとどまり、完全には不変化詞にまで落ちぶれていないから全部一律でšteになっておらず、štaという一人称単数形を示している。「君は書くだろう」だとšteš da pišešだ。問題の語が語形変化しているのがわかるだろう。

 面白いのはここからなのである。

 前にも言ったように、普通「バルカン言語連合」には含まれないセルビア語・クロアチア語が、ここでも微妙に言語連合中核のブルガリア語とつながっているのだ。
 まずセルビア語・クロアチア語は動詞の不定形をもっているので、未来形の一つは「欲しい」から機能分化した助動詞と動詞不定形でつくる。言い換えるとここではまだ「欲しい」が不変化詞にまで退化しておらず助動詞どまりで済んでいるのだ。

私は書くだろう:   ću pisati
君は書くだろう:   ćeš pisati
彼は書くだろう:   će pisati
我々は書くだろう:  ćemo pisati
君たちは書くだろう: ćete pisati
彼らは書くだろう:  će pisati

ブルガリア語のštはクロアチア語・セルビア語のćと音韻対応するから、上のほう述べたブルガリア語の助動詞3人称単数形šte、その2人称形štešはセルビア語・クロアチア語では計算上それぞれće 、ćešとなるが、本当に実際そういう形をしている。一人称単数はブルガリア語でšta、セルビア語・クロアチア語でćuだからちょっと母音がズレているが、そのくらいは勘弁してやりたくなるほどきれいに一致している。セルビア語・クロアチア語では「書く」がpisatiと全部同じ形をしているが、これが動詞不定形だ。

 セルビア語・クロアチア語では上のような助動詞あるいは動詞+動詞不定形という構造と平行してthatを使った形も使う。おもしろいことに西へ行くほど頻繁に動詞不定形が使われる。なのでクロアチア語では「私はテレビを見に家に帰ります」は動詞の不定形を使って

Idem kući gledati televiziju
go (一人称単数) + home + watch(不定形)+ TV(単数対格)
→ (I) go home to watch television


というのが普通だが、東のセルビア語ではここでthatにあたるdaを使って

Idem kući da gledam televiziju
go (一人称単数) + home + that + watch(一人称単数)+ TV(単数対格)
→ (I) go home that I watch television

という言い方をするようになる。だから未来形もその調子で動詞定型を使って

私は書くだろう:   ću da pišem
君は書くだろう:   ćeš da piš
彼は書くだろう:   će da piše
我々は書くだろう:     ćemo da pišemo
君たちは書くだろう: ćete da pišete
彼らは書くだろう:  će da pišu

といえる方言がある、というよりこれが普通だそうだ。上で述べたブルガリア語の方言あるいは「古風な言い方」とまったく構造が一致している。ところがセルビア語の方言にはさらに助動詞のću /ćeš/ će/ ćemo/ ćete/ ćeという活用が退化してću /će/ će/ će/ će/ ćuとなり、かつdaが落ちるものがあるとのことだ。(私の見た本には三人称複数形の助動詞をćuとしてあったが、これはćeの間違いなのではないかなと思った。)

私は書くだろう:   ću pišem
君は書くだろう:   će pišeš
彼は書くだろう:   će piše
我々は書くだろう:  će pišemo
君たちは書くだろう: će pišete
彼らは書くだろう:  ću pišu

 ここまできたらću /će/ će/ će/ će/ ću(će?)が全部一律でćeになるまでたった一歩。あくまで仮にだが、未来形が

私は書くだろう:   će pišem
君は書くだろう:   će pišeš
彼は書くだろう:   će piše
我々は書くだろう:  će pišemo
君たちは書くだろう: će pišete
彼らは書くだろう:  će pišu

となるセルビア語の方言がありますとか言われてももう全然驚かない。この仮想方言(?)を下に示すブルガリア語と比べてみてほしい。ブルガリア語は本来キリル文だが、比べやすいようにローマ字にした。

私は書くだろう(上述):šte piša
君は書くだろう(上述):šte pišeš
彼は書くだろう:       šte piše
我々は書くだろう:      šte pišem
君たちは書くだろう:     šte pišete
彼らは書くだろう:      šte pišat

šteがćeになっただけであとはブルガリア語標準語とほとんど同じ構造ではないか。前に述べた後置定冠詞もそうだったが、セルビア語はいわゆるバルカン言語の中核ブルガリア語と言語連合の外に位置するクロアチア語を橋渡ししているような感じである。

 バルカンの言語は結構昔から大物言語学者が魅せられて研究しているが、こういうのを見せられると彼らの気持ちがわかるような気がする。もっとも「気持ちがわかる」だけで、では私も家に坐ってこんなブログなど書いていないで自分で実際に現地に行ってフィールドワークしてこよう、とまでは気分が高揚しないところが我ながら情けない。カウチポテトは言語学には向かない、ということか。


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 子供の頃、英語で「私には姉がいる」をI have a sisterというと聞いて驚愕したことをまだ覚えている。まず「姉」と「妹」を区別しないのに驚いたが、この文脈で「持つ」という動詞を使うのがまた意外だった。日本語ならここで英語のbe、ドイツ語のseinにあたる「ある・いる」という動詞で表現する。
この、「ある」か「持つ」か、つまりbeかhaveかという区別はよく議論されるテーマだそうで、そもそもの言いだしっぺはA・メイエとその弟子のE・バンヴェニストあたりらしい。「be言語」「have言語」という言葉も聞くが、実は私はいままであまり深く考えもせずにテキトーに(またかよ)これらの言葉を使っていた。私が理解していたのはだいたい次のようなことだ。
 大まかにいって現在のヨーロッパにおける印欧諸語がhave言語なのに対し、ヨーロッパでも非印欧語は、フィンランド語やハンガリー語などはbe言語である。 さらにロシア語を含む東スラブ諸語は日本語と同じくbeを使う、つまり「私には姉がいる」タイプだが、南スラブ諸語・西スラブ諸語は「私は姉を持っている」である。

 ところが実際はどうもそう単純に片付けられる問題ではないらしい。まず第一にヨーロッパ外の印欧語でもhaveを使うものや逆にヨーロッパの印欧語でもbeを使う例があるし、第二にそもそもhaveもbeも両方使う言語が多いので、これはhave言語、あれはbe言語とギッチリきれいに線引きすることはできない。ちょっと調べてみた。

 まずヨーロッパの非印欧語トルコ語は図式通りにbe言語で、そもそもhaveにあたる動詞がないそうだ。「ある」または「ない」にあたるvarとyokを使う。

bir ev-im var
一軒の + 家が-私の + ある
→ 私には家が一軒ある。(= 私は家を一軒持っている)

 
telefon-um yok
電話-私の + ない
→ 私には電話がない。(= 私は電話を持っていない)

ちなみにhaveをトルコ語辞書で引くとsahip olmakと出てくる。sahipが「所有者」(しかもアラビア語からの外来語)、olmakが「ある」だから、「○○の所有者である」と表現するしかないらしい。日本語ではここで「トルコ語にはhaveにあたる動詞がない」と「トルコ語はhaveにあたる動詞を持たない」の両方の表現が可能だから、それに比べてもトルコ語は相当ハードなbe言語だ。

 古モンゴル語もbe言語だったそうだが、トルコ語と違って「私」は属格でなく与格(処格)になる。

nadur morin buy
私に + 一匹の馬が + いる・ある
→ 私には馬が一匹いる。(= 私は馬を一匹持っている)


 古グルジア語もbe。

ara ars čuen tana uprojs xut xueza puri
ある +(否定)+ 我々に + と共に + より多い + より + 5 + パンが
→ 我々には5個以上のパンがない。
(= 我々は5個以上のパンを持っていない)


 ところがこれと平行した構造は印欧語の古典ギリシア語でも成り立つそうだ。つまり古典ギリシア語はヨーロッパの印欧語のくせにbeも許すのだ。

ούχ εισίν ημιν πλειον ή πέντε άρτοι
(否定) + ある + 我々に + より + 多い + より + 5 +  パンが(複数主格)
→ 我々には5個以上のパンがない。

しかし古典ギリシャ語はその一方でhave構造も使うから油断できない。

Οὐκ ἔχω ἄνδρα
(否定) + 持つ(一人称単数)+ 夫を
→ 私は夫を持っていない (= 「私には夫がいない」)

 胸焼けがして来そうだが、ついでにヒッタイト語もbeを使ったそうだ。

tuqqa UL kuitki ešzi

このULというのは何なのかよくわからないのだが、とにかくtuqqaが「君に」、kuitkiがnothing、ešziが「ある・いる」で、全体としては「君には何もない」。ちなみにこのヒッタイト語というのはこれでも一応印欧語である。俄かには信じられないがそれでもešziというコピュラにちょっと印欧語らしさがのぞく。
 現代モンゴル語、現代グルジア語、現代ギリシャ語がどうなっているのか気にはなったのだが調べるのがメンド臭かったので(またかよ)先を続ける。

 さらなるヨーロッパ外の印欧語クルド語もbeを使うそうで、

min hespek heye
私に + 一匹の馬が + いる
→ 私には馬が一匹いる。(= 私は馬を一匹持っている)

これに対してお隣の印欧語ペルシャ語はhaveを使うそうだ。人から聞いたところでは
man khahar daram
私(主格)+ 妹または姉 + 持つ(一人称・単数)
→ 私は姉(妹)を持っている (=私には姉(妹)がいる)

  
 もっとも、特に古典語はhaveを使った例があるからといって他方のbe(あるいはその逆)を使わなかったという証明にはならないところが辛い。構造としては許されているが、たまたま使用例が残っていなかっただけかもしれないのだ。言語問題と言うのは結局ネイティブスピーカーを捕まえて聞いてみるしかないのだが、古典語はそれができない。クルド語・ペルシャ語もちょっとネイティブスピーカーがつかまらなかったのでもう一方のバージョンが完全にNGなのかどうか確認はしていない。

「ヨーロッパの印欧語」ではロシア語が結構キッパリbe言語だと名付けられるので有名だ。「私には子供がいます」という時ロシア語でも「いる」を使うと聞いて「おお、日本語と同じじゃないか」と感動したのは私だけではないはずだ。

У меня есть ребёнок
のところに + 私の + いる・ある + 子供が
→ 私には子供がいる。

(日本語で「私は子供を持っている」は成り立たない)

南スラブ語のクロアチア語はhaveだ。ロシア語の「子供がいる形構造」に狂喜していた私はクロアチア語がhave言語ときいてガッカリしたものだ。

imam kuću
持つ(一人称単数) + 家を
→ 私は家を持っている。

(日本語では「私には家がある」も可能)

クロアチア語にはさらにhaveが非人称表現を作り、英語で言えばthere is Xをit has Xと表現するのだ。ima Xで、「Xがない、いない」だが、このimaというのは動詞「持つ」(不定形はimati)の3人称単数形である。ドイツ語もここで非人称表現を使ってes gibt X(it gives X)というから動詞は違っているが(geben=give)発想はそっくり。例えば授業の始めに出席を取るとき、「Aさんはいますか?」と聞くとき「ima li A?」といい、いるかどうか聞かれた学生は「ima!」(「いますよ!」)と言って手を挙げる。
 このように南スラブ諸語、あと基本的に西スラブ諸語もhave言語と言っていいが、ポーランド語は例外で両方OKらしい。

mam samochód
持つ(一人称単数)+ 自動車を
→ 私は自動車を持っている。

u jednego był długi muszkiet
~のところに + 一人の人の + あった + 長い + マスケットが
→ ある人のところに長いマスケット銃があった。


どうしてここで突然マスケット銃が出てくるのか面食らう例文だが、これは日本語では「持つ」を使って「ある人が長いマスケット銃を持っていた」と言ったほうが自然ではないか。(「長いマスケット銃」とわざわざ言っている、ということは「短いマスケット銃」というのもあるのか?)
 
 ウクライナ語も両方許されるそうで、

Я маю машину.
私 が + 持つ + 車を
→ 私は車を持っている。

У мене є машина.
~のところに + 私 + ある + 車が
→ 私には車がある。


はどちらもOK。ベラルーシ語も同じだそうだ。

 遡って古教会スラブ語ではhave構造が散見されるだが、面白いことにギリシア語のhave(έχειν)は必ずといっていいほど古教会スラブ語でもhave(imĕti)を使って訳してあるとのことだ。古教会スラブ語は南スラブ語だから、その子孫が現在を使っているのもうなずける。さらに実際はbe言語の(はずの)ロシア語も古いテキストではhaveを使っているのが見られるという。

 フランス語にも実は一見「~に~がある」に対応する構造est à moiがあるが、意味と言うか機能に少し差があるから注意を要する。ラテン語のest mihi liber(私には本がある)とhabeō librum(私は本を持っている)が同じ意味になるのとは違うのだ。be (être à)は定冠詞を取らないといけないし、have (avoir)は不定冠詞と使ったほうがずっと許容度が高いそうだ。

Ce livre est à moi.
* Un livre est à moi.

J’ai un livre.
? J’ai ce livre

 バンヴェニストは一般的に所有関係の表現はbeからhaveへ移行していくのであって、その逆ではない、という見解を述べている。古教会スラブ語とロシア語を比べて見るとちょっと待ったと言いたくなるが、長い目で見るとやっぱり全体的にはhaveへ移行中なのだろうか。日本語も昔は「会議がありました」以外考えられなかったのに最近は「会議が持たれました」という言い回しも聞くし、そのうち「私は子供を持っています」のほうが普通になるかもしれない。


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