アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:エンニオ・モリコーネ

注意:この記事はGoogle Chromeで見るとレイアウトが崩れてしまいます。私は回し者ではありませんが、できればMozilla Firefoxをお使いください

 セルジオ・レオーネ監督の代表作にIl Buono, il Brutto, il Cattivo(邦題『続・夕陽のガンマン』)というのがある。「いい奴、悪い奴、嫌な奴」という意味だが、英語ではちゃんと直訳されてThe good, the bad and the uglyというタイトルがついている。この映画には主人公が3人いて三つ巴の絡み合い、決闘をするのだが、ドイツ語タイトルではこれがなぜかZwei glorreiche Hallunken(「華麗なる二人のならず者」)となっていて人が一人消えている。消されたのは誰だ?たぶん最後に決闘で倒れる(あっとネタバレ失礼)リー・ヴァン・クリーフ演じる悪漢がその無視された一人ではないかと思うが、ここでなぜ素直にdrei (3)を使って「3人の華麗なならず者」とせず、zweiにして一人減らしたのかわけがわからない。リー・ヴァン・クリーフに何か恨みでもあるのか。

 もう一人のセルジオという名前の監督、セルジオ・ソリーマの作品La Resa dei Conti(「行いの清算」というような意味だ。邦題は『復讐のガンマン』)は、『アルジェの戦い』を担当した脚本家フランコ・ソリナスが協力しているせいか、マカロニウエスタンなのに(?)普通の映画になっている珍しい作品だが、ここでも人が一人消されている。
 この映画はドイツでの劇場公開時にメッタ切り、ほとんど手足切断的にカットされたそうだ。25分以上短くされ、特に信じられないことに、最重要登場人物のひとりフォン・シューレンベルク男爵という人がほとんど完全に存在を抹殺されて画面に出て来ないという。登場人物を一人消しているのだから当然ストーリーにも穴が開き、この映画の売りの一つであるクライマックスでの男爵の決闘シーンも削除。とにかく映画自体がボロボロになっていたとのこと。ドイツ語のタイトルはDer Gehetzte der Sierra Madreでちょっとバッチリ決まった日本語にしにくいのだが、「シエラ・マドレの追われる者」というか「シエラ・マドレの追われたる者」というか(「たる」と語形変化させるとやはり雰囲気が出る)、とにかく主人公があらぬ罪を着せられて逃げシエラ・マドレ山脈で狩の獲物のように追われていく、というストーリーの映画のタイトルにぴったりだ。でもタイトルがいくらキマっていても映画自体がそう切り刻まれたのでは台無しだ。
 私はもちろんこの映画を1960年代のドイツでの劇場公開では見ていないがDVDを見ればどこでカットされたかがわかる。ドイツ語吹き替えの途中で突然会話がイタリア語になり、勝手にドイツ語の字幕が入ってくる部分が所々あるのだ。これが劇場公開で切られた部分であろう。確かに件の男爵はドイツ語吹き替え版なのにイタリア語しかしゃべらない。
 この切断行為も理由がまったくわからない。ソリーマ監督自身がいつだったかインタビューで言っていたのを読んだ記憶があるが、このフォン・シューレンベルクという登場人物は、ドイツ人の俳優エーリヒ・フォン・シュトロハイムへのオマージュだったそうだ。なるほど人物設定から容貌から『大いなる幻影』のラウフェンシュタイン大尉にそっくりだ。背後には『エリーゼのために』をモチーフにしたエンニオ・モリコーネの名曲が流れる。そこまで気を使ってくれているのによりによってドイツ人がそれをカットするとは何事か。
 
 もう一つ「消された」例として、私も大好きなまどみちおさん作詞の「1年生になったら」という童謡がある。「一年生になったら友達を100人作って100人みんなで富士山に登りたい」というストーリーだ。実は当時から子供心に疑問に思っていたのだが、友達が100人いれば自分と合わせるから富士登山する人数は合計で101人になるはずではないのか。一人足りないのではないか。
 この疑問への答のヒントを与えてくれるのがロシア語のмы с тобой(ムィスタヴォイ)という言い回しだ。これは直訳するとwe with youなのだが、意味は「我々とあなた」でなく「あなたを含めた我々」、つまり「あなたと私」で、英語でもyou and Iと訳す。同様にこの友達100人も「君たち友達を含めた我々100人」、つまり合計100人、言語学で言うinclusive(包括的)な表現と見ていいのではないだろうか。逆に富士山に登ったのが101人である場合、つまり話者と相手がきっちりわかれている表現はexclusive(対立的あるいは排他的)な表現といえる。
 
 言語には複数1人称の人称表現、つまり英語の代名詞weにあたる表現に際してinclusiveなものとexclusiveなものを区別する、言い換えると相手を含める場合と相手は含めない場合と2種類のweを体系的に区別するものが少なからずある。アイヌ語がよく知られているが、シベリアの言語やアメリカ先住民族の言語、あとタミル語、さらにそもそも中国語にもこの区別があるらしい。ちょっと例を挙げてみると以下のような感じ。それぞれ左がinclusive、右がexclusiveの「我々」だ。

アイヌ語:           a-okai      対 chi-okai
アイマラ語:    jiwasa       対 naya
インドネシア語:kita           対 kami
エヴェンキ語: mit         対 bū
グアラニ語:    ñandé       対 oré
ケチュア語:    ñuqanchik 対 ñuqayku
タガログ語:    táyo        対 kamí
タミル語:        nām       対 nānkal
チェロキー語:  inega       対 osdega (双数)
         idega       対 otsega (複数)
中国語: 咱們 (zánmen)  対 我們 (wǒmen)
ハワイ語:     kāua          対 māua (双数)
       kākou         対 mākou (複数)
満州語:        muse          対 be

中国語は体系としてはちょっとこの区別が不完全で、「我們」は基本的にinclusive、exclusive両方の意味で使われるそうだ。他方の「咱們」が特にinclusiveとして用いられるのは北京語も含む北方の方言。満州語の影響なのではないかということだ。そう言われてみると、満州語と同じくトゥングース語群(人によっては「トゥングース語族」といっているようだが)のエヴェンキ語にもこの対立がある(上記参照)。満州語とエヴェンキ語はinclusiveとexclusiveがそれぞれmuseとmit、beとbūだから形まで近いではないか。
 ハワイ語やチェロキー語はご丁寧にも「私達」をさらに双数と複数とで区別している。これらの人称表現体系はさらにいろいろなタイプにカテゴリー化できるらしいが、それをここでやりだすと止まらなくなるのでこうやって大雑把に例を挙げるだけにしておくが、とにかくこの区別をする言語はアジアにも南北アメリカにも広く見られることがわかる。
 
 私の感覚だと、日本語の「私ども」と「私たち」の間にちょっとこのニュアンスの差が感じられるような気がするのだが。「私ども」というと相手が入っていない、つまりexclusive寄りの意味が強いのではないだろうか。もっともこれはinclusive対exclusiveの対立というより、むしろ「ども」を謙譲の意味とみなして、謙譲だから相手が入っているわけがないと解釈、言い換えるとinclusive対exclusiveの対立的意味合いは二次的に派生してきたと解釈するほうがいいかもしれないが。

 いずれにせよ、まどみちおさんが一人抜かしたように見えるのは結構奥の深い現象で、ドイツ人が映画やタイトルをぶった切ったのとは根本的に違うと思う。


Inclusive-exclusive
右がexclusive、左がinclusiveの「我々」である。inclusiveのうち実線が双数のinclusive、点線が複数のinclusive。こうやって「我々」をいちいち細かく区別する言語は多い。


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 フランスの名優ロベール・オッセンが監督した『傷だらけの用心棒』とイタリアのカルト監督セルジオ・コルブッチの『殺しが静かにやって来る』は、ストーリーが似ているだけにフランスとイタリアの国民性の違いが直接感じられるようで比べて見ると面白い。

 『傷だらけの用心棒』は私の知る限りでは日本では劇場未公開で、あまり知られていない。スタッフもキャストもほぼ全員フランス人(脚本はイタリア人のダリオ・アルジェント。普通の映画ファンならホラー映画を思い浮かべるだろう)だから、これをマカロニウエスタンと呼んでいいのかどうか迷うところだ。フランスではこのほかにも結構当時西部劇が製作されていて、ルイ・マルなんかも西部劇を撮っている。『ラッキー・ルーク』と言うフランス製アニメ西部劇などはドイツでも人気がある。ルイ・マルの西部劇はブリジット・バルドーやジャンヌ・モローが主人公でイタリアのマッチョ西部劇とは完全に雰囲気が違うから確かにマカロニウエスタン扱いされないが、この『傷だらけの用心棒』はモティーフや雰囲気から言ってまあマカロニウエスタンと見なしていいと思う。

 『傷だらけの用心棒』も『殺しが静かにやって来る』も夫を殺された寡婦が、殺し屋を雇って復讐しようとするが、結局女も男も相手に殺される、という陰鬱な話である点は共通しているが、フランス側の『傷だらけの用心棒』はストーリー展開にも無理がなく、登場人物にもあまり極端な性格なのは出てこない。主人公に「復讐は結局何も解決はしない」とボソっと言葉で言わせるあたり、文学の香りさえ漂っている感じ。
 もともとフランス映画には「宮廷モノ」とでも名付けたくなるような一連の映画群があって、ルイ何世とかアンリ何世とかの時代の華やかな宮廷ドラマを題材にしたものが得意ワザだが(三銃士とかゾロとかもここに含めていいだろう)、このオッセンもそういった宮廷モノのシリーズ映画『アンジェリク』で人気を博していたのだ。一連のアンジェリク映画で常にオッセンの相手役を務めていたミシェル・メルシエをこの『傷だらけの用心棒』でも起用している。
 あと、この映画には時々シーケンスがちょっとガキガキ飛んで一部繋がりが切れそうになるところがあるが、こんなのを見ているとジャン・リュック・ゴダールの例の『勝手にしやがれ』とかを思い出して仕方がない。私の考え過ぎかもしれないが。
 とにかくいろいろ「フランス性」を感じる映画なのだ。

 その代わり『傷だらけの用心棒』にはイタリア映画の『殺しが静かにやってくる』がもつ凄みに欠けるきらいがある。後者は映画全体がもうドスの効いたシーンの連続。登場人物もフランク・ヴォルフ演ずる保安官以外は全員多かれ少なかれ異常人格。ストーリーも現実味が薄く非常にシュールだ。
 こちらのTV雑誌の「一口情報」には両者が次のように紹介されていた。

『傷だらけの用心棒』:    見るものを捕らえて離さない暗い演出の復讐劇
『殺しが静かにやって来る』:無情。凍てついた地獄を通る。

なるほどこれは真をついた紹介である。

 さらに両者の違いを感じさせるのは、フランス側の主人公が最後に女に殺される、という点だ(は?)。殺されかた自体にも違いがある。フランス側はバーンと銃声が響いて主人公がバッタリ倒れる、という定式どおりのあっさりしたものになっているが、イタリア側は主人公が額を撃ち抜かれて倒れていくスローモーション映像をモリコーネのゾクゾクするような美しい音楽が伴奏する。

 いつだったか、ドイツの新聞でモリコーネの音楽をhypnotisch、つまり「人を催眠術にかけてしまうような」と描写していたが、私に関してはまさにその通りだ。小学校の時初めてモリコーネの『さすらいの口笛』を聴いて金縛り状態になってしまった。以来その催眠術から覚めることができない。『殺しが静かにやって来る』のテーマ曲も相当催眠術効果が強い。モリコーネのメロディはなんと言っても聴覚だけでなく視覚にも訴えて来るところが凄い。

 対して『傷だらけの用心棒』のテーマ曲はアンドレ・オッセンというフランスの作曲家だが、これはロベールの父である。私なんかは「アンドレ・オッセンは俳優ロベール・オッセンの父」と言った方が通りがいいが、本来「ロベール・オッセンは音楽家のアンドレ・オッセンの息子」というのが正しいのだそうだ。文化界ではアンドレ・オッセン氏の方が名が上らしい。
 アンドレ・オッセンの曲はこの『傷だらけの用心棒』の主題曲しか知らないのだが、これに限って言えばohrwürmigと形容できる。このohrwürmigという形容詞はもちろん「Ohrwurm的な」という意味だが、その元になったOhrwurm(「耳にわく虫」)というのは「一度聴くと耳にこびりついて離れない音楽」のことである。あるメロディがなぜかいつまでも耳もとに残っている、という経験は誰でも持っていると思うが、そういうときドイツ人はOhrwurmと表現するのである。この言葉は頻繁に使われるのだが、独日辞典を引いてみたらよりによってこの意味が載ってなかったので呆れた。Ohrwurmの項には「昆虫学:ハサミムシ」と「古・俗:おべっか使い」というはっきり言ってトンチンカンな二つの意味しか書かれていない。なんだこの辞書は。
 もっともこのOhrwurmは必ずしもいいメロディの曲に対してだけではなく、うるさく耳にこびりついて離れない邪魔な駄曲に対しても使われることがあるので注意が必要だ。『傷だらけの用心棒』のテーマ曲はあくまでポジティブな意味でのOhrwurmである。

 さて主役のロベール・オッセンだが、私がよく映画で見かけたころはまだ子供だったから(私の方がだ)「ろべーる・おっせん」と日本語でしか名前を知らなかったので、ずっと後でRobert Hosseinという名前を見ても私の知っているオッセンと結びつかず、一瞬「誰だこれは。サダムの親戚か?」と思ってしまった。
 さらに氏の本名がRobert Hosseinoffと、オフで終わっていると知って「ロシア語みたいな名前だな」と感じた。

 ところが父のアンドレについて調べたらどちらも本当だったのでまた驚いた。まず、アンドレ・オッセン(André Hossein)は本名Aminoulla Husseinoff(Аминулла Гусейнов)と言ってサマルカンド、つまりソ連領の生まれで母はイラン人、父はコーカサス出身のやはりイラン人なんだそうだ。なるほど、だからイスラム系というかアラビア語系の苗字になっているのである。旧ソ連の中央アジアの共和国出身には苗字をロシア語の語尾に加工して名乗っている人が非常に多い。
 なお私も以前にそのあたりから来た知り合いがいたが、ペルシャ語、アゼルバイジャン語のバイリンガルで、もちろんアラビア語の読み書きもできたが、名前は別にロシア語の語尾はついていなかった。現在は中央アジアの諸国は独立国になっているので、ロシア風に加工する必要などないのかもしれない。ロシア領コーカサスのイスラム教徒のほうにはまだロシア語式の語尾を持つ名前が普通のようだ。
 いずれにせよアンドレ・オッセン氏の苗字が「イスラム・アラビア語的名前でしかもロシア語語尾」なの理にかなっているのである。アンドレ氏はその後、ドイツで音楽教育を受けてからさらにフランスに渡り、フランス人として亡くなった。非常に国際的というかシブい経歴である。この父親ならば子供から「親を見りゃ俺の将来知れたもの」などという川柳で憎まれ口を叩かれたりはしまい。

 最後にこの映画の原題だが、une corde, un Colt(「ロープとコルト」)。両方の単語は頭韻を踏んでいる、というより音韻構造がほとんど同じである。前回の下ネタでも書いたように語末の音はそれぞれ d と t で、有声・無声の違いしかないからドイツ人には発音できないはずだ。まさかそのためでもなかろうが、ドイツ語のタイトルはFriedhof ohne Kreuze(「十字架のない墓場」)となっている。これはイタリア語のタイトルCimitero senza croci の訳。邦訳は配給会社の命令によるものか、それともこういうのが日本人の意地なのか、よく考え出された気の利いた原題がことさらに無視されて「見るな」といわんばかりのB級タイトルになっている。日本ではマカロニウエスタンの原題はたいていそうやってグチャグチャに破壊されるのが基本だから、その点では『傷だらけの用心棒』も典型的マカロニウエスタンといえるかもしれない。


これが『傷だらけの用心棒』のフランス語のポスター。イタリア映画『殺しが静かにやって来る』のほうはこのブログの筆者がちゃっかりタイトル画に使っている。
Cemetery-without-crosses



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 映画の脚本は絵で言うデッサン、建築で言う設計図のようなもので、普通はこれに合わせて配役が決められるのだろうが、時々逆に俳優に合わせて脚本が練られることがある。
 有名なのは『殺しが静かにやって来る』で、主役と決めたジャン・ルイ・トランティニャンが英語ができなかったため、唖という設定でセリフなしになった。もっとも「主役が言葉ができないから唖ということにする」という発想そのものは元々マルチェロ・マストロヤンニが言いだしっぺと聞いた。マストロヤンニがドゥッチョ・テッサリだかミケーレ・ルーポだかに「俺は英語ができないから唖ということにして西部劇の主役にしてくれないか」と話を持ちかけたのだそうだ。そのアイデアがどうしてトランティニャンとセルジオ・コルブッチに回ってきたのかわからないが、さすがマカロニウエスタン、ご都合主義の典型だ。
 コルブッチはこのご都合主義をさらに拡大させて、「なぜ主人公が唖になったのか」という設定にほとんど超自然的な理由をくっつけて論理的に破綻スレスレの脚本にしている。

「主人公は両親を無法者の賞金稼ぎたちに殺されたが、その際「顔を見られた」犯人達が、殺しの目撃者であるこの少年が将来証言することができないように声帯を切り取ってしまった。口封じである。」

 なんだこの無理のありすぎる設定は。第一に口封じしたかったら普通目撃者を殺すだろう。いくら口を利けなくしたって生かしておいて筆談でもされたら一巻の終わりではないか。第二に喉にナイフ入れられたら普通死ぬだろう。声帯は切り取るが死にはしない程度に正確に喉笛を切れるほどの技術があったら、賞金稼ぎなんてやっていないで外科医にでもなったほうが安定した人生が送れるというものだ。
 こんな無理のありすぎる理由をデッチ上げなくても「主人公は生まれたときから口がきけなかったが、そのおかげで両親が殺されるのを目撃した時も叫んだり声をあげたりすることができず、犯人に発見されずに生き残った」、これで十分だと思うのだが。
 その上そこまで無理矢理考え出した「口の利けない主人公」を監督・脚本のコルブッチは映画の中でおちょくっている。ちょっとこの映画を思い出して欲しい。主役のトランティニャンが雪の中で射撃練習に励むシーンがあるが、その音を聞きつけてフランク・ヴォルフ演ずる保安官が駆けつける。そしてトランティニャンに職務質問するが何を聞いても答えない。「そうやって頑強に黙っているつもりなら公務執行妨害で逮捕するぞ」とトランティニャンの襟首を摑んで脅すとヴォネッタ・マッギー演ずる寡婦が横から口を入れる。「保安官。彼は口が利けません。唖なんですよ」。そこでヴォルフ氏はトランティニャンになんと言ったか。「なんだ。それならそれで早く言ってくればよかったのに」。このセリフは完全にギャグである。私といっしょに見ていた者はここで全員ゲラゲラ笑った。

 この監督はいったい何を考えて映画を作っているのか、今ひとつわからない。

 もっともコルブッチばかりでなくセルジオ・レオーネにも「これは脚本のほうが後出しかな」と思える映画があった。『ウェスタン』だ。この映画は当時ヨーロッパで地獄のようにヒットした。レオーネ監督ばかりでなく、その前の『続・夕陽のガンマン』ですでにスター作曲家としての地位を確立していたエンニオ・モリコーネもこの主題曲で駄目押しと言ったらいいか「これでキマリ」といったらいいか、その名前を不動のものにした。『ウエスタン』のあのハーモニカのメロディは今でも四六時中TVなどから聞こえてくる。ギムナジウムの音楽の授業にこれを取り上げた例も知っている。演奏したのではなく、一つ一つは極めて単純なコンポネントを組み合わせて全体としては単なるコンポネントの総和以上の効果を上げている例、とかなんとかいう「話として」、つまり(もちろんギムナジウムのことだから初歩的・原始的なものであるが)音楽理論のテーマとして取り上げたそうだ。
 モリコーネ氏はちょっと前にシュツットガルトでコンサートを開いたが、そこのインタビューに答えて、あまりにあちこちでこの『ウエスタン』のメロディが流されるのでいいかげん聞き飽きているとボヤいたそうだ。作曲者自身が食傷するほど流されるメロディというのも珍しい。『続・夕陽のガンマン』のテーマ曲の方も有名で、以前やはりドイツの記者がインタビューしに出向く際、たまたま乗っていたタクシーの運転手にモリコーネと会うといったら運転手氏がやにわにそのテーマ曲をハミングし出したと記事に書いている。『続・夕陽のガンマン』はテーマ曲のほかにも最後のシーンで流れていたEcstasy of goldをメタリカがコンサートのオープニングに使っているのでこれも皆知っているだろう。映画ではソプラノで歌われていたあの美しい曲がどうやったらヘビメタになるのかと思ってメタリカのコンサート映像をちょっと覗いてみたことがあるが、ぴったりハマっていたので感心した。

 さてその『ウエスタン』だが、ここでクラウディア・カルディナーレ演ずる主人公がニュー・オーリーンズ出身という設定になっていた。どうしてそんな遠いところの地名を唐突に言い立てるのか一瞬あれ?と思ったが、これはひょっとしたらこの設定はカルディナーレに合わせたものではないだろうか。
 
 ニュー・オーリーンズが首都であるルイジアナ州は名前を見ても瞭然であるようにもともとフランス人の入植地で、日本人やアメリカ人が安直に「オーリーンズ」と発音している町は本来「オルレアン」というべきだ。今でもフランス語を使っている住民がいると聞いたが、西部開拓時代はこのフランス語地域がもっと広かったらしい。もしかしたらそのころは英語を話さない(話せない)フランス語住民も相当いたのではないだろうか。
 フランス語そのもののほかにフランス語系クレオール語も広く使われていたらしい。先日さるドキュメンタリー番組で、ルイジアナで最初の黒人と白人の結婚カップルとしてある老夫婦が紹介されていたが(奥さんの方が黒人)、いかに周りの偏見や揶揄と戦ってきたかを語っていく際、奥さんが「私の両親の母語はフランス語クレオールでした」と言っていた。アメリカの黒人にフランス語的な苗字や名前が目立つのも頷ける話だ。

18世紀のアメリカのフランス語地域。ルイジアナからケベックまでつながっている。(ウィキペディアから)
svg

現在(2011年ごろ)の状況。色のついている部分がフランス語(ケイジャンという特殊な方言も含めて)を話す住民がいる地域。ニューオーリーンズそのものはここでマークされていないところが興味深いといえば興味深い。(これもウィキペディア)
French_in_the_United_States

 クラウディア・カルディナーレはイタリア人だと思っている人が多いが、いや確かにイタリア人なのだが、実はチュニジア生まれで母語はフランス語とアラビア語だったそうだ。イタリア映画界に入ったときはロクにイタリア語がしゃべれなかったと聞いた。第一言語がアラビア語であるイタリア人の例は他にも時々耳にする。とにかくそのためかカルディナーレは確かにフランス映画に多く出演している。ジャック・ペランやアラン・ドロンなど、共演者もフランス人が多い。この人は語学が得意ですぐにその「しゃべれなかった」イタリア語も英語も覚えて国際女優にのし上がったが、もしかしたらその英語は聞く人が聞くとはっきりフランス語訛とわかったのかもしれない。それとの整合性をとるため、『ウェスタン』ではニュー・オーリーンズ出身ということにしたのではないか、と私は思っている。
 もし「ニューオーリーンズ出身」ということが最初から脚本にあり、映画の筋にも重要であればカルディナーレでなく本物の(?)フランス人女優を起用したはずである。ところがストーリー上この役は別にニューオーリーンズでなくとも、とにかく「どこか遠いところから来た女性」であれば十分であることに加え、レオーネ自身「他の俳優はアメリカ人にするにしても中心となるこの女性はイタリア人の女優にやらせたかった」と述べているから、「ニューオーリーンズ」はやはりカルディナーレのためにわざわざ考え出された設定と考えていいと思う。
 さらにひょっとすると、アメリカ人にとってもフランス語アクセントの英語はちょっと高級なヨーロッパの香りを漂わせていてむしろ歓迎だったのではないだろうか。カルディナーレのフランス語アクセントをむしろ強調したかったのかも知れない。そういえば『ウエスタン』のパロディ版ともいえるトニーノ・ヴァレリ監督の『ミスター・ノーボディ』では前者の主役俳優ヘンリー・フォンダを再び起用しているが、その役の苗字がボレガール(Beauregard)というフランス語の名前だった。


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(「閑話休題」ならぬ「休題閑話」では人食いアヒルの子がネットなどで見つけた面白い(けどちょっと古い)記事を翻訳して紹介しています。)
原文はこちら
(古い記事だなあ…)

エンニオ・モリコーネ85歳に:コヨーテの遠吠えを楽譜に翻訳

映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネがこの日曜日に85歳になるが、氏はお祝いなどしないでむしろ身を隠していたいそうだ。が、その前に自身の音楽や、ヘビーメタル、結婚、神や世界について上機嫌でインタヴューに応じてくれた。

筆者がインタヴューのためモリコーネ氏と会う直前、氏はダブリンでのフェスティバルで100人ものメンバーからなるオーケストラやそれと同規模の合唱団の指揮をしてきたところだった。にもかかわらずもうすぐ85歳のモリコーネ氏はまったくリラックスした雰囲気で、普通言われているよりはるかに機嫌よく応じてくれた。氏の通訳を長年務めるロベルタ・リナルディさんが会話を助けてくれた。

昨日タクシーの運転手にモリコーネ氏と会うという話をしたら、運転手はいきなり『続夕陽のガンマン』のメロディをハミングし出しました。モリコーネさんにも人が作曲なさったメロディを歌ってきたりすることがありますか?

道では人はたいてい私だなんてわかりせんよ。でも先日ローマで友人にからかわれました:道の反対側を歩いていたので私には彼が目に入らなかった。そしたらこの、例の映画の曲のメロディを口笛で吹き出したんです。(曲を口笛で吹く)
私は反射的に振り返って何ごとかとあたりを見回しました。友人はそれを見て大喜びしてましたよ。

当時どのようにしてこの主題を思いついたのですか?

もしかすると皆お気づきになっていないのかもしれませんが、あのメロディは単にコヨーテの鳴き声を音符に写し取っただけです。(と、コヨーテの吠え声をする)まさにこの通りやっただけ。

この映画で確立した「スパゲティ・ウェスタン」という言葉をモリコーネさんはあまり取ってはいらっしゃいませんね。

はい。だってレストランにいるんじゃないんですから、「イタリア製ウェスタン」と言って下さいよ。

でもスパゲティそのものはお好きでしょう?

私は徹頭徹尾パスタのファンです。

クリント・イーストウッドは別として:誰かこれはと思うようなウェスタンのヒーローがいますか?

クラウス・キンスキーですね。セルジオ・レオーネが撮った映画でのね。キンスキーは人と違ってましたよ、本当に意地が悪くて攻撃的でね。娘のほうが好きですけど、この人はしっかり記憶に残っています。

ヘビー・メタルバンドのメタリカがもう30年以上もモリコーネさんの『Ecstasy of Gold』を舞台で使ってますね。モリコーネ・サウンドから多大の影響を受けた、と公言しているロックバンドは多いですが、これを嬉しいとお思いですか、それとも「勝手に使われた」と感じておられますか?

構いませんよ。そういうロックミュージシャンで食事に招待してくれたのも多いし。その由知らせてもらいましたから。彼らにこちらの音楽が使ってもらえるのは多分私が曲を基本簡単なものにしておこうとしているからじゃないのかな。それぞれの楽器のバランスをとるのは私は後から初めて考えますからね。私の選ぶ和音なんかもシンプルだからギターで再演しやすいんでしょう。

作曲はどのようにしてなさっているのですか?

以前と相変わらずですよ:紙に鉛筆で個々の楽器のスコアを書く。映画のほうを見ないうちにそうすることも度々です。

ヒットした映画音楽はすでに楽譜のうちから読み取るのですか?それともやっぱりオーケストラが必要ですか?

もちろん。作品を仕上げたらメロディをオーケストラがどう演奏するか、実際に耳で聞かないといけませんからね。作曲している間はその必要がありません。昔は自分の曲をオーケストラが演奏するのを聞くところまで行き着けなかった作曲家も多かったですが。つまりそうなる以前に死んでいたわけ。フェリックス・メンデルスゾーンとか思い出して見てくださいよ!作曲家は自分が何を書いているのか聞いてみないと。

作曲なさった曲は強く感情に訴えてくることが多いですが、ご自身がご自分の曲で感傷的になってしまうことなどおありですか?

作曲家がなにか作曲する時はもちろんある程度何か感じています。それでこの感じを聴衆を分かち合おうとするわけです。けれど私はそういうのを純粋に感情とは呼ばないかなあ、むしろ感情的な緊張、というか。作曲家が伝えたい緊張状態ですね。

感情はそちらにとって作品が成功したかどうかの基準になっているのですか?

感情はその一部です。でも作曲の際にそれだけが唯一重要なポイントであるわけではありません。作曲家は作品を書いているときおそらく自分自身の感情のコントロールすら出来ていないんじゃないですかね。でも技術的な手法はマスターしている、思うようなメッセージを伝えて全ての楽器をしかるべき場所にすえる、ということはね。作曲家が感情と名づけているものは本来技術で得られるものです。音楽を通じて作曲家の正直なところが出てしまうということでしょうね。自分の作品を分析していると見えてくるんですよ。

ずっと保つのが難しいのはどちらでしょう、生涯にわたる音楽の仕事と結婚生活と?

これはまたヒネったご質問を。まあでも、仕事かな。妻のマリアとはまあもう57年以上もいっしょですからね。でも作曲家としての仕事は本当にハードですよ。常に一線にいるには大変な努力が必要です。

11月10日に85歳になられますね。その記念日をどのように過ごされますか?

身を隠していたいですわ。パーティとかはやりません。

どうしてお祝いをしてもらわないのですか?人生でこんな高いところまで登られたのを、少しは誇ってみてもいいのでは?

もちろん幸せに思ってますよ。でも一方年を取れば取るほど墓場も近づく、ということも常に考えてないといけないのでね。誰でもそれはそうですが、80過ぎた者だと「次」ですからね、そこに行くのが。

ではご自分を何歳くらいだと感じていらっしゃいますか?

80歳という気は全然しませんわ。せいぜい60歳くらい。私は自分が回っている輪の上にいるような気がするんです、その輪が回転してさらにいいものを私に出してくる。本当にまだまだやりたいことがたくさんあるんです。

何かモリコーネさんに喜んでもらえるような誕生日プレゼントがありますか?

一番大切なプレゼントはもちろん健康でいる、ということですね。それから息子たちと娘がいい仕事をみつけられるよう願っています。うち3人までが目下全然仕事してないので。息子のアンドレアはやっぱり作曲家なんですが、もうちょっと仕事があってもいいのに、と。

それはイタリアの負債状況のせいですか?

いいえ。二人はアメリカにいるんですから。そのうちの1人はグリーン・カードを持ってなくて、つまり仕事につけないんです。もう一人のほうは持ってるんですがアメリカでほんの少ししか仕事がありません。

息子さんがたはモリコーネさんが絶対行きたくなかったところにいるわけですね!

その通りです。ハリウッドがヴィラをオファーしてきたことがありました。そこで彼らのために作曲してくれと。でも私はそんなところに住もうなんて夢にも考えたことはありません。私は骨の髄までローマっ子でね、この町が大好きなんです。

今はどのような暮らしをなさっておられますか?

私はローマ市内のさるアパートの最上階3階を住居にしています。この住居には以前ソフィア・ローレンが住んたこともあって、屋上に素晴らしい庭園がありましてね。そこにも部屋があって、作曲の仕事は皆その部屋でします。部屋に入れるのは私だけ。私には自分なりの秩序があって、他人がいるとダメだから。

2008年にロバート・デニーロに強く推されてオスカーの名誉賞を受けられましたが、生活上で何か変化はありましたか?

全く何も変わっていません。

モリコーネさんの周りは?

うーん、その後イタリアでの人気が一気に上がったそうですが。時々気味が悪かったですよ、知らない人たちからポンポン肩叩かれたりすると。

74歳の時に初めてご自分の作曲作品をライブでオーケストラに演奏させ、聴衆の前で指揮をなさいましたが、なぜですか?

コンサート演奏は人からやらないかと聞かれてから始めたんです。その前は誰も私に頼んできませんでしたからね。頼まれもしないのに道端に行って自分のメロディも披露できませんしね。

ご自分が映画音楽の作曲家だけでなく、クラシック音楽やアヴァンギャルド音楽も作っていることを示すのにコンサートを利用しておられますか?

いいえ。それら種類の違った音楽は分けてます。実験的な音楽は私やるのが本当に大好きなんですが、それも別にして流します。私のコンサートでは主題を映画の中でやるような楽器とオーケストラで演奏しています。

舞台ではどんなお気持ちですか?

最初はいろいろ気になってたまりませんでした。演奏者の誰かがちょっと失敗して全てをメチャクチャにするんじゃないかと心配で。きちんと正確に演奏してくれないから、と。聴衆のほうはそれで即全体までダメだった、ということにもならなそうですが、指揮者の私にはすぐわかります。

で、マエストロの怒りを買う?

いえ、そこで気をとり直します。起こりえますからね、そういうことは。たいていの聴衆はおかしいなとは気づきません。これはほとんど「私だけのプライベートな問題」ですね。

舞台ではとてもエネルギッシュに指揮なさいますが、指揮をするのはスポーツ選手のようなものですか?

まったくスポーツ選手と同じ、というわけでないですが、共通する部分はあります。コンサートではしっかり焦点を見据えて集中していないといけない、自分の体と筋肉をコントロールできていないといけない。

そのためにどんなフィットネスを?

私は朝5時に起きて毎日一時間自分の家で体を動かします。たいてい家の中をグルグルジョギングしてまわるんですが。

するとわかってはいるが止められないこととか悪い習慣とかはお持ちでないのですね?

ありますよ。チョコレートです。これを我慢するのは大変ですよ。けれど私一年前は86キロあったんですよ。それを72キロに落としました。これ、どうやってやり遂げたかご存知ですか? 食べる量を減らして家の中を走り回ったんですな、ははは。

では昔の楽しみごとはもう全然なさらないと?

体重をここまで減らしたんですからまた時々チョコレート食べるくらい許されますよね。でもたいてい内緒でやります。でないと妻に怒られますから。

エンニオ・モリコーネの人となりについて
エンニオ・モリコーネは最も偉大な映画音楽の作曲家である。60年代以来500以上もの映画の音楽を書いてきた。セルジオ・レオーネのイタリア製ウェスタンで有名になった。『ウエスタン』、『続・夕陽のガンマン』、『荒野の用心棒』のサウンドトラックを作曲したのがそれ。85回目の誕生日をこの日曜日にローマで祝う。ハリウッドからのオファーも数多くあったが、氏は故郷を離れたことが一度もない。このあと大規模なオーケストラを引き連れてのツアーをまずドイツで行う。2月11日にベルリンの東駅多目的ホールで氏の最も有名なメロディを披露する。

インタヴュー
カーチャ・シュヴェマース


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 マカロニウエスタンでは「3人のセルジオ」という言い方をすることがある。ベスト作品の多くをセルジオという名前の監督が撮ったからである。その三人とはセルジオ・レオーネ、セルジオ・コルブッチ、セルジオ・ソリーマ。レオーネとコルブッチはジャンルファン以外の普通の映画好きの間でも有名だから今更紹介などする必要もないだろうが、三人目のソリーマは知らない人もいるのではないだろうか。全部で五作西部劇を撮ったレオーネ、13作という数だけは最大数の西部劇を世に出したコルブッチに対し、ソリーマが作ったのは僅かに3作品だが、特に最初の2映画はマカロニウエスタンの傑作として伝説化している。最後の3作目がちょっと弱いかなとは思うが、ソリーマにしては弱いというだけで、その他のマカロニウエスタンの平均水準は完全に越えているから安心していい。『殺しが静かにやって来る』などの大傑作をつくる一方、目を覆うような駄作も生産したムラのあるコルブッチとは対照的である。
 レオーネはクリント・イーストウッド、コルブッチはフランコ・ネロを起用してスターの座に押し上げたが、ソリーマはキューバ生まれで後にアメリカに移住したトマス・ミリアンを使って成功した。ソリーマ自身、「レオーネにはイーストウッド、コルブッチにはネロ、そして私にはミリアンがいる」と言っていたそうだ。ミリアンはラテン系のイケメンであるが、コミカルな役も多い。昔の言葉で言う「二枚目半」というところだろう。
 実はうるさく言えばもう一人、セルジオという名の監督がいる。アンソニー・ステファン主役で西部劇を撮ったセルジオ・ガローネという人だが、この人の作品群ははっきり言ってB級ばかりなので、この人が勘定されることはない。つまり「4人のセルジオ」という言い方はしないのである。
 コルブッチもレオーネも1990年代に亡くなってしまったが、ソリーマは2015年まで存命だった。電子版ではあったが、新聞に死亡記事も載った。私の世代の人ならチャールズ・ブロンソン主演の『狼の挽歌』という映画を知っている人も多いのではないだろうか。これを撮ったのがソリーマである。

 さて、辞書などには出ていないが(当たり前だ)Nicht-Leone-WesternあるいはNon-Leone-Westernという言葉がある。「非レオーネ西部劇」。セルジオ・レオーネを別格扱いし、それ以外の手で製作された西部劇という意味である。言葉どおりに取ればジョン・フォードもハワード・ホークスも非レオーネ西部劇のはずだが、普通マカロニウエスタンのみを指す。人が3人寄れば必ず話題に上るのが「最高の非レオーネ西部劇はどれか?」ということであるが、うちにある本の巻末にも「非レオーネ西部劇ランキング」というアンケートの結果が載っている。もちろんこの手のアンケートはそこら中でいろいろな人がやっている上、これも母集団をしっかり設定しているわけでもなんでもないので単なる茶のみ話以上ではないが、見てみると結構面白い。

1.『復讐のガンマン』 1966、セルジオ・ソリーマ
2.『殺しが静かにやって来る』 1968、セルジオ・コルブッチ
3.『続・荒野の用心棒』 1966、セルジオ・コルブッチ
4.『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』 1967、ジュリオ・ペトローニ
5.『血斗のジャンゴ』 1967、セルジオ・ソリーマ
6.『群盗荒野を裂く』 1966、ダミアノ・ダミアーニ
7.『西部悪人伝』 1969、ジャンフランコ・パロリーニ
8.『さすらいのガンマン』 1966、セルジオ・コルブッチ
9.『情無用のジャンゴ』 1967、ジュリオ・クェスティ
10.『ガンマン大連合』 1970、セルジオ・コルブッチ
11.『怒りの荒野』 1967、トニーノ・ヴァレリ
12.『ケオマ・ザ・リベンジャー』 1976、エンツォ・ジロラーミ
13.『豹/ジャガー』 1968、セルジオ・コルブッチ
14.『続・荒野の一ドル銀貨』 1965、ドゥッチョ・テッサリ
15.『... se incontri Sartana prega per la tua morte』(日本未公開) 1968、
   ジャンフランコ・パロリーニ
16.『続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ!』 1968、セルジオ・ソリーマ
17.『傷だらけの用心棒』 1968、ロベール・オッセン
18.『黄金の3悪人』 1967、エンツォ・ジロラーミ
19.『怒りの用心棒』 1969、トニーノ・ヴァレリ
20.『黄金の棺』 1966、セルジオ・コルブッチ

いかにソリーマの作品の評価が高いかわかる。私個人としては『ミスター・ノーボディ』が入っていないのが意外だ。もしかすると「ある意味ではレオーネ作品」と見なされて票が逃げたのかもしれない。
 以前にも書いたが(『22.消された一人』『77.マカロニウエスタンとメキシコ革命』の項参照)、『復讐のガンマン』の原題はLa resa dei conti「ツケの清算」、ドイツ語ではDer Gehetzte der Sierra Madre「シエラ・マドレの追われたる者」で、いかにもソリーマらしい気の利いたタイトルであった。私はこの映画にこの邦題をつけた奴を許さない。
 さらに許さないのがソリーマの二作目につけられた『血斗のジャンゴ』である。この映画の原題はfaccia a faccia、ドイツ語でもこれを直訳してVon Angesicht zu Angesicht(Face to face)という意味で、現に英語のタイトルもそうなっている。主役の名もジャンゴなどとは関係ないし、ストーリーも『復讐のガンマン』ですでに明確になっていたソリーマの社会派路線をさらに発展させ、登場人物の人格が映画の中で変わっていき善役と悪役がキャラクター転換するというマカロニウエスタンらしからぬ非常に練ったもの。主役を演じるのもトマス・ミリアンとジャン・マリア・ヴォロンテという大物だ。このタイトルはたぶん「いままで隠れていた自分の本当の姿に向き合う」という含みだと思うのだが、この傑作をどうやったら『血斗のジャンゴ』などと命名できるのが謎である。神経に異常がある人だったか、映画を全くみていないかのどちらかであろう。
 この二つが「ベスト非レオーネ西部劇」の上位にランクされているのも当然だが、実は私は「ベスト非レオーネ」どころか、レオーネの作品よりこっちの方が二つとも好きである。困るのは『復讐のガンマン』と『血斗のジャンゴ』のどちらが好きかと聞かれた場合だ。どちらも甲乙つけがたいからだ。
 ストーリーは『血斗のジャンゴ』の方に軍配があがるだろう。両主役のミリアンとヴォロンテもいいが、なんと言っても私がこの映画で好きなのは第三の主役、ミリアンとヴォロンテの間をウロチョロするウィリアム・ベルガーである。特にラストシーンでのベルガーはメチャクチャかっこよく、私としてはこれを「マカロニウエスタンで最も印象に残るシーン」として推薦したいほどだ。このシーンは砂漠での撮影だったが、そのとき雲が流れていて頻繁に光の具合が激しく変わったため、シーケンスのつながりを案じてソリーマは撮り直しも覚悟したそうだ。幸い出来上がったラッシュを見たらOKだったという。OK以上である。
 ただ、この映画にはマカロニウエスタン特有の「毒」というかエキセントリックさがやや少ない。普通の人の鑑賞にも堪えるまともな映画であることが裏目に出た感じだ。
 『復讐のガンマン』はなんと言ってもマエストロ、エンニオ・モリコーネのテーマ曲が地獄のようにいい。私はこのサントラを聴くたびにその場で死んでもいいような気になるのだ。以前誰かが「モリコーネ節」という言い方をしているのを見たことがあるが、この映画ではまさにそのモリコーネ節全開なのである。女性歌手クリスティ(本名クリスティナ・ブランクッチ、私の知り合いにこの人を「クリスティ姉さん」と呼んで慕っている人がいた)の歌声のイントロで虜にされた直後、賞金稼ぎリー・バン・クリーフが最初の獲物(?)に会うシーンでさっそくまた気高いメロディが響く。ちょっと高級なソリーマ映画にまさにドンピシャな気高さだ。ラスト近くで主役のトマス・ミリアンが追われていくシーンがあるが、そこで流れるエッダ・デロルソのソプラノのスコアの美しさは例のEcstasy of Goldに優るとも劣らない。このソプラノにノックアウトされたすぐ後、ラストの決闘シーンでもゾクゾクするようなモリコーネサウンドが惜しみなく注がれる。それもあってかこの映画の英語のタイトルはこの決闘シーンを売りにしてThe big gundownとなっている。

 この『復讐のガンマン』のサウンドトラックが死ぬほど好きなのは私だけではないらしく、やっぱり上述の本に載っていた「好きなマカトラランキング」ではこれが一位になっている。また、ソリーマ二作目ではなく、三作目の『続・復讐のガンマン』が入ってきている。ここではレオーネ映画のサントラも入っているから、つまり『復讐のガンマン』はベストマカトラということになる。なお、「マカトラ」というのはマカロニウエスタンのサウンドトラックの略である。作曲家の名前を見ればわかるように、マエストロの圧勝だ。

1.『復讐のガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
2.『続・夕陽のガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
3.『大西部無頼列伝』 1970、ブルーノ・ニコライ
4.『夕陽のガンマン』 1965、エンニオ・モリコーネ
5.『ウエスタン』 1968、エンニオ・モリコーネ
6.『さすらいのガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
7.『Buon funerale amigos… para Saltana』(日本未公開) 1970、ブルーノ・ニコライ
8.『続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ!』 1968、ブルーノ・ニコライ
9.『続・荒野の用心棒』 1966、ルイス・エンリケス・バカロフ
10.『西部悪人伝』 1969、マルチェロ・ジョンビーニ
11.『殺しが静かにやって来る』 1968、エンニオ・モリコーネ
12.『豹/ジャガー』 1968、エンニオ・モリコーネ
13.『荒野のドラゴン』 1973、ブルーノ・ニコライ
14.『星空の用心棒』 1966、アルマンド・トロヴァヨーリ
15.『un uomo, un cavallo una pistola』(日本未公開)、1967、ステルヴィオ・チプリアニ
16.『怒りの荒野』 1967、リズ・オルトラーニ
17. 『ガンマン大連合』 1970、エンニオ・モリコーネ
18. 『アヴェ・マリアのガンマン』 1969、ロベルト・プレガディオ
19. 『Anda muchacho, spara』(日本未公開) 1971、ブルーノ・ニコライ
20.『続・荒野の一ドル銀貨』 1965、エンニオ・モリコーネ

 もうちょっとバカロフの『続・荒野の用心棒』とオルトラーニの『怒りの荒野』のランクが高くてもいいんじゃないかという感じだが、このランキングがマカトラ、つまり主題曲ばかりではなく、映画に流れる全体の音楽をも考慮しているからかもしれない。メイン・テーマだけ考慮に入れたらこの二つはもっと上がるだろう。もっともそれでも『復讐のガンマン』の位置は下がるまい。『荒野の用心棒』が出てこないのもわからなかったが、私の持っているレコード(を焼き直ししたCD)はタイトルがFor a few dollars more、つまり『夕陽のガンマン』だが、『荒野の用心棒』の曲も全部納められている。だから上の第4位は『荒野の用心棒』も兼ねているのだと思う。
 それにしてもここにリストアップされたタイトル。涼しい顔をしてこういう映画の名をあげる投票者のフリークぶりには脱帽するしかない。

 ソリーマが生前のインタビューでモリコーネについて親愛の情をこめて語っているのを読んだことがある。当時はモリコーネはオスカーの名誉賞さえ貰っていなかったのだが、ソリーマはこのアカデミー選考委員会をけなして「モリコーネにやらなくて誰にやれというのでしょうかね」と言っていた。さらに「まあ、でもモリコーネは作品を作りすぎたんですよ。で、選考委員もどれにやっていいのかわからなくなったんでしょう」。つまり恥かしいのは音楽賞をもらえていないモリコーネのほうではなくて、いまだにモリコーネに賞をあげ損ねているアカデミー会員のほう、というわけだ。その後モリコーネは名誉賞とさらにその後音楽賞をとったが、「今頃やっとマエストロにあげやがって。アカデミー賞選考委員も見苦しい奴らだな」と思ったのは私だけではないはずだ。
 さらにソリーマは続けて「いやしかし、エンニオはあれだけの天才なのに、見かけはまるで郵便局のおじさんってのが愉快ですな」。こういう事を堂々といえるのはソリーマだからこそだろう。

 私の知り合いにはマカロニウエスタンに詳しい人も大分いるが、彼らの詳しさといったらとても私なんかの太刀打ちできるところではない。私が「ソリーマの作品はその質の割には知られていなくて残念ですね」とかうっかり言うと「そんなことはないですよ。まともな人なら少なくとも彼の最初の2作は皆知ってます。『復讐のガンマン』なんてマカロニウエスタンの話になれば必ず口に上ります」と反論され、「『血斗のジャンゴ』ではウィリアム・ベルガーが一番好きなんです」というと「なるほど。まあでも、普通の日本人はベルガーと言うと『西部悪人伝』のバンジョーやった人、といったほうが通るんじゃないかな」とコメントされる。『西部悪人伝』は上記のリストに両方とも登場しているが、リー・ヴァン・クリーフが主役をやった作品である。私はまだ見たことがない。この人たちの「まともな人」「普通の日本人」の定義がちょっと私の考えているのと違う気がするが、とにかく彼らからみたら私など完全に無知な小娘であろう。随分年食った小娘ではあるが。


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 この際だから年をバラすが(何を今更)、小学校の頃だからもう半世紀近く前にもなろうというのに、モリコーネの『さすらいの口笛』を初めて耳にした時の驚きをまだ覚えている。
 私は本来音楽の感覚や素養というのものが全くない。例えばマドンナとかいう歌手の名前と顔はかろうじて知っているが曲はひとつも知らない。その他のミュージシャンについては推して知るべしで、名前は聞いたことがあっても顔も曲もわからない。ロッド・スチュアートとジャッキー・スチュアートの区別がつかない(この二人顔が似ていないだろうか?)。最近のミュージシャンで顔も曲もある程度心得ているのはABBAだけである。それも全く「最近の」歌手でないところが悲しい。
 前にも書いたとおり(『11.早く人間になりたい』参照)、私は視覚人間である。小中学校のころ、クラスメートがどこかの歌手のコンサートに行ったりレコード(その頃はまだレコードだった)を買ったりしているとき、私は専ら小遣いを美術館通いに使っていた。上野の近代西洋美術館にはよく行ったし銀座の画廊などにも時々行った。銀座の東京セントラル美術館が開催したデ・キリコ展は2回も足を運んだ。俗に言うこましゃくれたガキだったのである。音楽を鑑賞する能力のないこましゃくれたそのガキが、なぜモリコーネだけは聴いて驚いたかというと曲が直接視覚に訴えてきたからだ。私には『さすらいの口笛』を聴いた瞬間、夜になって暗く涼しくなった砂漠を風が吹いている光景がはっきりと見えた。この「視覚に訴える」というのはたとえば例のEcstasy of Goldでもいえることで、コンサートなどではやらないことが多いが、サントラだと曲の最後の部分に金箔が宙を舞っているような「音響効果」がはいる。私はこの部分が一番好きだ。また『殺しが静かにやってくる』では雪片が空を漂っているのが目の前に浮かび上がってくるし、『復讐のガンマン』(『86.3人目のセルジオ』参照)では遠くにシエラ・マドレの山脈がかすんでいるのがわかる。それも映画のシーンとは無関係に曲自体が引き起こす視覚効果として作用するのだ。
 だから私は映画を見たら音楽が素晴らしかった、というのではなく逆にモリコーネの音楽を聞いて度肝を抜かれたのでマカロニウエスタンを見だした口である。マカロニウエスタンの後期作品、『夕陽のギャングたち』とか『ミスター・ノーボディ』あたりになると、音楽を音楽として鑑賞する能力のない私にはキツくなってくる。しかしモリコーネがヨーロッパを越えて世界的に評価され出したのはそこから、私にはキツくなってからだ。だから他のモリコーネのファンの話についていけなくて悲しくなることがある。まともなファンなら音楽の素養があるのが普通だから、『ミッション』や『海の上のピアニスト』、『ニュー・シネマ・パラダイス』を論じはじめたりするので私には理解することができないからである。私がモリコーネの曲を半世紀以上聴き続けているのに自分で「モリコニアン」だと自称できないのはそれが原因だ。その資格がないような気がするのだ。私にとっての心のモリコーネはいまだに『さすらいの口笛』だからだ。
 ただ、前に新聞の文芸欄で、ということはちゃんと鑑賞能力のあるコラムニストが書いていたということだが、そこでモリコーネの音楽を評して「催眠術効果」と言っていた(『48.傷だらけの用心棒と殺しが静かにやって来る』参照)。確かChi maiをそう評していたと記憶しているが、なるほど私は小学生の頃まさにその催眠術にかけられて以来いまだに覚めていないわけだ。Chi maiもそうだが、『血斗のジャンゴ』のテーマ曲の催眠術効果も相当だと思っている。
 
 さて、そうやって小学生の頃から音楽というとモリコーネとあとせいぜいソ連赤軍合唱団くらいしか聴かない私は周りから「典型的な馬鹿の一つ覚え。ここまで音楽の素養のないのも珍しい」と常に揶揄され続けてきた。私自身もこのまま音楽鑑賞の能力ゼロのまま、馬鹿のままで死ぬことになるだろうと覚悟していたのだが、運命の神様がそれを哀れんででもくださったか、よりによって私の住んでいるドイツのこのクソ田舎の町にモリコーネがコンサートにやってきたのである。家の者が街角でポスターを見たと言って知らせてくれたのが半年ほど前だが、最初私はてっきりまたからかわれたのだと思って、「いいかげんにもうよしてちょうだい!」と情報提供者を怒鳴りつけてしまった。それが本当だと知ったときの驚き。気が動転してチケットを買うのが2・3日遅れた。金欠病なので一番遠くて安い席を買ったが、販売所のおねえさんが私が最初くださいと言った席を見て、そこだと確かに少し近いが角度が悪いのでこっちにしたほうがよく見えますよと同じ値段の別の場所を薦めてくれた。それをきっかけに雑談になったが、なんとこの人は日本に観光旅行にいったことがあるそうだ。そうやって受け取ったチケットに印刷してあるEnnio Morriconeという名前を見たらもう頭に血が上り、次の瞬間上った血が一気に下降して貧血を起こしそうになった。家では「半年も先で大丈夫なのか。」と言われた。「大丈夫」って何がだ?
 でも私自身最後の最後まで半信半疑だったのは事実である。『さすらいの口笛』を日本で聴いてから半世紀近く経って、さほど大きくもないドイツの町でその作曲家に遭遇できるなんて話が出来すぎだと誰でも思うだろう。そういえばコンサートの一週間ほど前にイタリアン・レストランに行く機会があったが、そこの従業員がイタリア人だったので(ドイツ語に特有の訛があったのですぐわかった)、勘定を済ませた後おもむろに「あのう、質問があるんですが。エンニオ・モリコーネって知ってますか?」と聞いてみたら「知っているどころじゃない、スパゲティウエスタンは私の一番好きな映画ですよ」といいだして話がバキバキに盛り上がってしまい、私の同行者たちは茫然としていた。ただこの人はモリコーネがこの町にやって来るということは知らなかったので、教えてあげたついでにチケットを買ったんだと自慢してやった。私自身が半信半疑なのを吹き飛ばしたかったのである。

チケットを手にしてもまだ信じられなかった。情けないことに一番安い席である。
ticket-Morricone-Fertig

 しかしその日3月9日マエストロは本当にやってきた。随分年を取っていた。もっとも世の中には年を取ると若い頃の顔の原型をとどめないほど容貌が変わってしまう人がいるが、そういう意味ではマエストロは本当に変わっていなかった。
 話に聞いていた通り立ち居振る舞いに仰々しいところが全くない人だった。ミュージシャンだろ指揮者だろがよくやるように、観客に投げキッスをしたり手を振ったり、果ては頭の上で手を打って見せて暗に観客に拍手を要請したりという芝居じみた真似は一切しない。普通に歩いてきて壇上に上がり、黙々と指揮をして一曲済むたびにゆっくりと壇から降りて聴衆に丁寧なお辞儀をする。そしてさっさとまた指揮に戻る。終わると普通に歩いて退場する。それだけだ。指揮の仕方も静かなもんだ。髪を振り乱したりブンブン手を振り回したりしない。とにかく大袈裟なことを全くしない。感動して大歓声を挙げる観客とのコントラストが凄い。
 次の日の記事にも書いてあったが映画音楽を演奏する際は壇上のスクリーンにその映画のシーンを映し出したりすることが多い。私の記憶によればジョン・ウィリアムズのコンサートにはクローン戦士だろダースベイダーだろのコスプレ部隊が登場して座を盛り上げていた。マエストロはそういうことも一切させない。スクリーンには舞台が大写しにされるだけ。間を持たせる司会者さえいない。つまりコンサートを子供じみた「ショウ」や「アトラクション」にしないのだ。いろいろと盛りだくさんにとってつけて姑息に座を盛り上げる必要など全くない。あえて言えばそういうことをやる人とは格が違う感じ。

 さて、コンサートでは『続・夕陽のガンマン』『ウエスタン』、『夕陽のギャングたち』をメドレーでやってくれた。『ミッション』で〆てプログラムを終了したが当然のことに拍手が鳴り止まず、アンコール三回。本プログラムにもあったEcstasy of Goldをもう一度やってくれた。私としてはさらにもう一度これを聴きたかったところだ。とにかく拍手をしすぎてその翌日は一日中掌と手首の関節が痛かった。また、席が遠いため双眼鏡を持っていってずっと覗いていたため目も疲れて翌日は視界がずっとボケていた。やれやれ、こちらももう若くはないのだ。

 コンサートの詳しい経過などはネットや新聞にいくらでも記事があるので今更ここでは述べないが、一つ書いておきたい。アンコールの3曲目にかかる直前、マエストロが壇上に楽譜を開いてから、突然「あれ、これでよかったかな皆さん?」とでも言いたげに観客の方を振り返ったのである。観客席からは笑いが起こった。それは「ひょうきん」とか「気さく」とかいうのとはまた違った、何ともいえない暖かみのある動作だった。小さなことだが非常に印象に残っている。
 このやりとりを私はこう考えている。モリコーネのコンサートでは曲の選択の如何にかかわらず、必ずといっていいほど後から「あの曲をやってほしかった」とか「この曲が聴きたかった」というクレームをつける人が現れる。まあ500もレパートリーがあるのだからそれも仕方がないかもしれないが、私は自分の知っている曲だけ聴きたいのだったらコンサートなんかに来ないで家でCDでも聴いていればいいのにと思う。好きな曲をやってくれなかったからといってスネるなんてまるでおやすみの前にママにお気に入りのご本を読んでくれとせがむ幼稚園児ではないか。それを世界のマエストロ相手にやってどうするんだ。少なくとも私は自分のお気に入りの曲を聴くために行ったのではない、モリコーネを見にいったのだ。そこで自分の知らない曲をやってくれたほうがむしろ世界が広がっていいではないか。
 そういう選曲についてのクレームというかイチャモンにモリコーネ氏は慣れっこになっていたに違いない。それで「これでよかったかな」的なポーズをとって見せたのではないだろうか。そして数の上から言えば私のような「モリコーネの音楽そのもの」を鑑賞しに来る観客の方が圧倒的に多いだろうから、「ははは、いますよねそういう人って。どうか何でも演奏して下さい、マエストロ」という意味合いで笑いが起こったのではないだろうか。

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