アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

タグ:名前

 前に故M.ジャクソンがドイツにコンサートに来た際、本屋に自分の伝記のドイツ語訳が『Die Jacksons』というタイトルで並んでるのを見て「俺を殺す気か?!」と勘違いして怒った、という話を聞いたことがある。ジャクソン氏がその後本当に十分若いまま亡くなってしまったのでこの話はあまり笑えないのだが、Dieは「死ぬ」という英語ではなくドイツ語定冠詞の複数主格形である。だから『Die Jacksons』は「死ね、ジャクソンめら」などではなくて単にドイツ語でThe Jacksons、つまり「ジャクソン・ファミリー」という意味に過ぎない。

 ところで、ドイツ語には女性の名前にUschiというのがある。発音も字の通り「ウシー」。私だと、あの、モウモウ鳴いていまひとつ動作がノロい例の角つき動物を思い浮かべて「こんな名前はつけられたくない」と思ってしまう。 アクセントの位置が違うのでむしろ「齲歯」(うし)、つまり虫歯と解釈した方がいいのかも知れないが、そのほうがよけい悪い。ロシア語でもヒドい事になっていて、Uschiはуши(ウシー)、つまり「両耳」という意味になり、初めてドイツ女性にこう自己紹介されたときは思わず耳を見てしまった、とさるロシア語の先生が言っていた。
 その先生がさらに続けてくれた話によると、Bianca(ビアンカ)という名前はпьянка(ピヤンカ)としか聞えないんだそうだ。そのпьянка(ピヤンカ)とは「酒盛り」または「ベロベロに酔った状態」。こういう名の女性はつまり「酒飲み女、酔っ払い女」ということだ。

 女性の名前ばかりではない。ドイツの男性の名前にGeroというのがある。Gerは古高ドイツ語の「槍」から来ており、転じて「槍を持つ人」という意味、ドイツ語の男性の名前Gerhard(ゲルハルト)フランス語のGérard(ジェラール)、英語のGarret(ギャレット)という名前の中のGerまたはGarもこれだそうだ。ロシア語の普通名詞герой(ゲローイ)「英雄」もこれかと思ったらどうもこちらの方はギリシア語ήρως((h)eros)「英雄」からの借用語らしく古高ドイツ語のGerとは関係がないようだ。むしろ英語のheroのほうがгеройと同源らしい。GermanあるいはGermanyのGerも「槍」だろ「英雄」だろだと思っているドイツ人がいたが、GermanのGerはおそらくケルト語の由来で、古アイルランド語garim「騒がしい」か、またはgair「隣人」と同源、つまり「槍」と「ゲルマン」ではゲルはゲルでもゲルが違い、別に「ドイツ人は勇壮だからゲルマンという名前」というわけではないのだ。それでもドイツ語ネイティブにはGeroという名前が「勇壮で非常に男らしく」響くということだが、いくら男らしかろうが金持ちだろうがハンサムだろうが、こういう名前の男性と結婚したがる日本女性はいないと思う。現に私など気遅れがしてここでこの名前にルビを振ることが出来ない。

 ギリシア語のへロスがロシア語ではゲローイになる、と聞いて思い出した。そういえばプーシキンの散文作品「スペードの女王」の主人公がゲルマンという名前のドイツ人だが、私はこれを相当永い間「ドイツ人だからゲルマンという名前」なのかと思い込み、プーシキンにしては名前のつけ方が安直だと思っていた。ところが安直だったのは私の方だった。日本語やドイツ語のhをロシア語ではgで写し取るのだ。だから「ヨコハマ」はロシア語では「ヨコガマ」、「ハンブルク」は「ガンブルク」になる。なのでロシア語の「ゲルマン」は本来のドイツ語ではHermann(ヘルマン)、日本の「あきら」とか「まさお」のように、ドイツでは極めてありふれた男性名だ。

 まだある。昔授業で読まされていたロシア語のテキストにСветлана(スヴェトラーナ)という名の女性が出てきたことがあるのだが、この女性が時々愛称のСвета(スヴェータ)で呼ばれていた。私としては美人という設定のこの女性とこの名前の組み合わせに違和感を感じた。「スベタ」じゃあねえ…

 こういうことが続くと自分の名前もどこかの言語ではヤバいことになっているのではないかと気になって、おちおち安心して自己紹介も出来ない感じになってくる。現に「勝男さん」はイタリア語では相当悲惨なことになっているそうではないか。またあの、日本人にとっては聖なる名前の「富士」はドイツ人にはfutsch(フッチ)と聞こえるそうだ。これは「おジャン」とか「イカれた」とか「ポシャッた」とか「ダメになっちゃった」とかいう意味。つまり「富士山」は「ヘタレ山」か。

 もっともこれらは母語の音韻構造をつい外国語のそれに投影してしまっただけだからまあ、仕方がないと言えば仕方がない。母語でさえ名前を誤解釈してしまうことがあるのだから。何を隠そう私は昔、東京から利根川を越えて行ったところにある、さる荒野の大学にいたことがあるのだが、下見がてらにはるばる東京から願書を出しに行った際、バスが行けども行けども畑の中を走り続け、いいかげん不安になり始めたころやっと町らしい景色になってきたと思ってホッとしたはいいがそこの通りが「東大通り」という名前だったので驚いた。一瞬「どうしてこんなところに東京大学があるんだ。ここは筑波大学(あ、大学名バラしちゃった)じゃないのか?!」といぶかしく思ったものだ。その後大学在学中も、卒業してからでさえも周りに聞いてみたのだが、いまだにこの名前を一発で「ひがしおおどおり」と読めたという人に会ったことがない。 なおこの大学の北の方には「北大通り」というのが走っているが、これも別に北海道大学のことではなく、「きたおおどおり」と読むのが正しい。


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 「日本」および「中国」はドイツ語でそれぞれ普通Japan(ヤーパン)、China(ヒーナ)だが、ときどきLand der aufgehenden Sonne(ラント・デア・アウフゲーエンデン・ゾネ)、Reich der Mitte(ライヒ・デア・ミッテ)と名前を翻訳して呼ばれることがある。これらはそれぞれ「昇る太陽の国」「中央の帝国」という意味だから「日本」「中国」の直訳だ。この直訳形が使われると単にJapanあるいはChinaと呼ぶよりもちょっと文学的というか高級なニュアンスになる。

 日本と中国以外にもときどき使われる直訳形地名はいろいろあるが、その1つがAmselfeld(アムゼルフェルト)。「ツグミヶ原」という意味なのだが、この美しい名はなんと旧セルビアの自治州、現在は独立国となったコソボのことだ。
 ここは一般にはコソボ (Kosovo)と呼ばれるが、実はこれはいわば略称で本当はKosovo Polje(コソヴォ・ポーリェ)という。セルビア語である。Poljeはロシア語のполе(ポーリェ)と同じく「野原」という意味の中性名詞、kosovoが「ツグミの」という所有を表わす形容詞で、「ツグミの野原」、つまり「ツグミヶ原」。この所有形容詞kosovoは、次のようなメカニズムで作られる。

1.まず、kosovoはkos-ov-oという3つの形態素に分解できる。

2.セルビア語で「ツグミ」はkos(コース)、そして-ovが所有形容詞を形成する形態素。セルビア語では、子音で終わる名詞(ここではkos)から派生して所有形容詞を作る場合は名詞語尾に-ovをつける。日本語の「○○の」に対応する機能だ。 ロシア語も同じでIvanov, Kasparovなどの姓の後ろにくっついているovもそれ。 Ivanovは本来「イワンの」という意味である。

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これが問題(?)の鳥kos。日本語名はクロウタドリというそうだ。ヨーロッパでは雀と同じくらいありふれた鳥である。

3.最後の-oは形容詞の変化語尾で、中性単数形。かかる名詞のpoljeが中性名詞だからそれに呼応しているわけだ。だから、もし名詞が男性名詞か女性名詞だったらkosovoではなくなる。たとえばgrad(グラート、「町」)は男性名詞、reka(レーカ、「川」)は女性名詞だから、これにつく「ツグミの」はそれぞれ以下のようになる。

kosov grad    ツグミの町
kosova reka    ツグミの川

4.ところが、もし所有形容詞を派生させるもとの名詞がkosのように子音でなく母音のaで終わるタイプだったらどうなるか。所有形容詞は-ovでなく-inをつけて作られるのだ (その場合、母音aは切り捨てられる)。だから、たとえばkosa(コサ)「髪」の所有形容詞「髪の」はkosa-ovではなくkos-in。どうも妙な例文ばかりで面目ないが、理屈としては、

kosino polje    髪ヶ原
kosin grad     髪の町
kosina reka    髪の川

という形がなりたつ。

5.ロシア語の姓のNikitinなどの-inもこれ。この姓はNikitaから来ているわけだ。

 このツグミヶ原は有名なセルビアの王ステファン・ドゥーシャン統治下はじめ、中世セルビア王国を通じて同国領だったから名前もセルビア語のものがついているわけだ。1389年いわゆる「コソヴォの戦い」でオスマン・トルコ軍に破れ、1459年セルビア全土がオスマン・トルコの支配下になってからも、この地はセルビア人にとって文化の中心地、心のふるさとであり続けた。後からやって来たアルバニア人もセルビア語の名前をそのまま受け継いでここをkosovaと呼んでいる。アルバニア語なら「ツグミ」はmëllenjë(ムレーニュ)あるいはmulizezë(ムリゼーズ)だ。

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ステファン・ドゥーシャン統治下の中世セルビア王国。ペロポネソス半島まで領地が広がっているのがわかる。

 名前の直訳形がちょっと高級な雰囲気になるのとは反対に、外国語の名称を頭でちょん切るとドイツ語では蔑称になる。英語でもJapanあるいはJapneseの頭だけを取ってJapというと軽蔑の意がこもるのと同じだ。
 
 実は前からとても気になっていたのだが、日本人が旧ユーゴスラビアを指して平気で使う「ユーゴ」(JugoあるいはYugo)という言い方は本来蔑称だ。Japと同様、家の中やごく内輪の会話で実はこっそり使っていたとしても一歩外に出たら普通口にしない。事実、私はなんだかんだで10年くらい(旧ユーゴスラビアの言語も学ぶ)スラブ語学部にいたが、その間「ユーゴ」という言葉が使われたことはたった一度しかない。その一回というのも、離婚経験のあるクロアチア人の女性がクロアチア人の前夫の話をする際に「所詮あいつはユーゴよ、ユーゴ。たまらない男だったわ」とコキ下ろして使っていたものだ。つまり「ユーゴ」という言葉はそういうニュアンスがあるのだ。
 もちろん日本語の枠内では「ユーゴ」という言葉にまったく軽蔑的なニュアンスなどないから、やめろいうつもりはない。そもそもユーゴスラビアという国自体がなくなってしまったから、いまさらどうしようもないし。ただ、ドイツで旧ユーゴスラビアの話をする際つい日本語の癖を出して「ユーゴ」などと口走らないように気をつけたほうがいいとは思う。「ユーゴスラビア」と略さずに言ったってさほど手間に違いがあるわけでもないのだから。確かにドイツ語のJu.go.sla.vi.en(ユー・ゴ・スラ・ヴィ・エン)をJugoと呼ぶことによって3シラブル節約できるが、相手を侮辱してまで切り詰める価値もあるまい。


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 若い人はもう覚えていない、と言うよりまだ生まれていないだろうが、むかしソ連からベレンコ中尉という人がミグ25(MiG25)という戦闘機に乗って日本にやってきて、そこからさらにアメリカに亡命申請する、という事件があった。日本中大騒ぎだったが、この事件はよく考えるととても面白い。

 まずMiG(МиГ)という名称だが、これはМикоян и Гуревич(ミコヤン・イ・グレヴィッチ、ミコヤンおよびグレヴィッチ)の略で、МикоянもГуревич も設計者の名前だ。この、-ян(ヤン)で終わる名前というのはロシア語でなく、もともとアルメニア語である。
 そういえば以前ノーム・チョムスキーという大言語学者がマサチューセッツ工科大学で生成文法の標準理論や拡大標準理論を展開していたころ、ソ連に「適応文法」というこれも難しい理論を繰り広げていたシャウミャン(Шаумян)という学者がいたが、この人も名前の通りアルメニア人である。さらにロシア言語学会の重要メンバーの一人でドイツでも名を知られていたアプレシャン(Апресян)も名前そのものはアルメニア系だ。氏自身はモスクワ生まれのモスクワ育ちのようだが。
 次にグレヴィッチ(Гуревич)。この、ヴィッチ(-вич)で終わる名前は基本的にセルビア語・クロアチア語起源なのだが、ベラルーシにも散見される。ウクライナにもある。あと、リトアニアにもこの-вичで終わる姓が多いそうだが、これはベラルーシもウクライナも中世から近世にかけてリトアニア大公国の領土だったからではないだろうか。当時支配層はリトアニア語を話していたが、国民の大部分はスラブ人で、話す言葉もスラブ語、書き言葉も南スラブ語派の古教会スラブ語だったはずだから、そのスラブ人が現在のリトアニア領にもやってきて住みついていたのでは。ついでに女優のMilla Jovovich(ミラ・ヨボビッチあるいはジョボビッチ)もウクライナ出身だが、そもそも父親がセルビア人だから苗字が-вичで終わっているのは当然だ。
 グレヴィッチ氏はロシアのクルスク地区のルバンシチナという町の生まれだそうだが、ここはウクライナと接している地域である。さらに、このベラルーシ、ウクライナの東部にはユダヤ人が多く居住していたので、ユダヤ系ロシア人、というかユダヤ系ソ連人には-вич姓の人が多いそうだ。事実このグレヴィッチ氏もユダヤ系である。「ドイツ系に-вич姓が多い」という記述を時々見かけるが、ここにはひょっとしたらイディッシュ語を話すユダヤ人も含まれているのかもしれない。イディッシュ語はいわばドイツ語から発達してきた言語で、部外者が聞くとドイツ語そのものに聞こえるそうだから。ちなみにユダヤ系のSF作家のアシモフ氏の故郷ペトロヴィッチ村もベラルーシとロシアとの国境地域にある。
 さらにパイロットのベレンコ(Беленко)中尉だが、-коで終わる名前は本来ウクライナ語。
 
 つまり、かの戦闘機はソ連から飛んできたのに純粋にロシア語の名前が一つもない。ソ連がいかに他民族国家であるか、まざまざと見せつけられた事件だとは思う。 

 そもそも人名や地名には今はもう失われてしまった古い言語の形が温存されている場合がよくあるので気にしだすと止まらなくなる。日本の東北地方や北海道の地名にアイヌ語起源のものが多いのもその例で「帯広」というのは元々アイヌ語の「オ・ペレペレ・ケプ」(川尻がいくつにもさけている所)から来たそうだ。
 ヨーロッパでも人名に印欧語の古形が残されている場合がある。たとえば例のローマの暴君ネロ。このNeroという語根は非常に古い印欧祖語の* h2 ner-「人間」から来ている。h2というのは印欧祖語にあったとされる特殊な喉音である。ここで肝心なのはもちろんner-のほうだ。なお、比較・歴史言語学で使う「*」という印は現在の文法理論つまり共時言語学で使われるような「非文法的」という意味でなく、「具体的なデータは現存していないが理論上再構築された形」という意味だから注意を要する。その* h2 ner-だが、Neroばかりでなくギリシア語のανηρ(アネール、現代ギリシア語ではアニル)もこれが語源。サンスクリットのnṛあるいはnára(人間)、アヴェスタ語のnā(人間)もこれだそうだ。いわゆるイラン語派は今でもおおむねこの語をよく保っているが、なにせ古い語なので、ローマの時代のラテン語ではすでにこの語は普通名詞としては使われなくなっており、本来の意味も忘れ去られていた。僅かに人名にその痕跡を残していたわけだ。なお、サンスクリットの、下に点のついたṛは母音のr、つまりシラブルを形成するrで、現代のクロアチア語にもこの「母音のr」がある。例えばクロアチア語で「市場」をtrgというのだ。
 
 ヨーロッパの現代語ではリトアニア語のnóras(意思)や、あと意外にもロシア語のнрав(ンラーフ、性格・気質)やноров(ノーラフ、強情さ)も* h2 ner-起源だそうだ。しかしこちらは意味のほうが相当変化している模様。しつこく言うとнравは南スラブ語起源のいわば借用語で、норовがロシア語本来の東スラブ語形である。その東スラブ語のноровのほうはさらに意味がずれていて、口語的表現である上、カンが強くてなかなか乗りこなせない馬に対して「御しがたい」というときこの語を使うそうだ。人間がついに馬になってしまっている。

 ところがアルバニア語はこの古い古い印欧語をこんにちに至るももとの「人間」の意味で使用している。アルバニア語で「人間」はnjeri(ニェリ)。これは「バルカン言語連合」の項でも書いたようにa manで、the manならば後置定冠詞がついてnjeri-uとなる。アルバニア語はこのほかにも音韻構造などに印欧語の非常に古い形を保持している部分がかなりあるそうだ。
 ちなみにアイルランド語のneart(力)も直接* h2 ner-からではないが、そこから派生された* h2 ner-to(精力のある)が語源とのことだ。

 さてこちらのギムナジウムはラテン語をやるのが基本だし、ラテン語で何か書いてあるのを町のそこここでまだ見かけるから、読める人、知っている人は結構いる。それで機会があるごとにNeroの名前は本来どういう意味か知っているかどうか人に聞いて見るのだが、いまだに印欧語の* h2 ner-だと正しく答えた者は一人もいない。昔人を通してギムナジウムのラテン語の先生に質問してみたことがあるが、やはり知らなかった。この先生もそうだったが、ほとんどの人が「黒」を意味するnegroから来ていると思い込んでいた。真相を知っていたのは日本人の私だけだ。ふっふっふ。

 自慢してやろうかとも思ったが、たまに珍しく何か知っているとすぐズに乗って事あるごとにそれをひけらかしたがるというのもさすがに見苦しい、かえって無教養丸出しだと思ったので黙っていた。日本人は謙虚なのである(誰が?)。


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 2010年にアイスランドのEyjafjallajökullという火山が噴火し、大量の灰を空中に撒き散らしたため航空機の飛行が不可能になり、ヨーロッパ中で空の便が何日も麻痺して大混乱になった。しかし大混乱をおこしたのは空の便ばかりではなかった。テレビ局やラジオのアナウンサーなど報道陣もパニックに陥ったのである。誰もこの火山の名前が発音できなかったからだ。
 しまいには噴火そのものよりも名前が注目されて、この名前が言えなくてヒステリーを起こすアナウンサーの模様のほうがニュースになりさかんにTVで流された。
 この名前はIPAで書くと[╵ɛɪja.fjatla.jœkʏtl̥]。アイスランド語のアクセントは常に最初のシラブルにあるそうで、その点ではわかりやすいのだが、l を重ねて ll になると何処からか t が介入してくるあたり一筋縄ではいかない。かてて加えて語末の l は無声化するとのことだ。私にはここが単に声門閉鎖音にしか聞こえないことがあった。日本語ではエイヤフィヤトラヨークトルと読んでいる。なおアイスランド語は無気・帯気を弁別的に区別するそうだ。
 この名前の意味はEyjaが「島」の複数属格(単数はEy)、fiallaが「山」のやはり複数属格(単数はfiall)、jökullが「氷河」で、全体で「島の山の氷河」。これが火山の名前になっているのはその氷河の下から火山が火を噴くからだそうで、さすが「氷と火の国」と呼ばれていることだけのことはある。

 アイスランドといえば先日のサッカーユーロカップでイングランドを粉砕して一躍人気者になったが、ここでも真っ先に人目に止まったのが選手の名前である。まあちょっと見てほしい。
Hannes Þór Halldórsson
Ögmundur Kristinsson
Ingvar Jónsson
Birkir Már Sævarsson
Haukur Heiðar Hauksson
Hjörtur Hermannsson
Sverrir Ingi Ingason
Ragnar Sigurðsson
Theódór Elmar Bjarnason
Hörður Björgvin Magnússon
Arnór Ingvi Traustason
Ari Freyr Skúlason
Birkir Bjarnason
Gylfi Sigurðsson
Kári Árnason
Rúnar Már Sigurjónsson
Aron Gunnarsson
Emil Hallfreðsson
Jóhann Berg Guðmundsson
Kolbeinn Sigþórsson
Alfreð Finnbogason
Jón Daði Böðvarsson
Eiður Guðjohnsen

 たしかにその国に多い姓の語尾というものはある。例えばセルビア語・クロアチア語には-ić(イッチ)で終わるものが非常に多い。しかし多いと言っても例外を見つけるのにさほど困難はないのが普通だ。現にクロアチアの選手にSrnaという姓の人がいたし、私も知り合いにPečurというクロアチア人がいる。このアイスランド語のようにほぼ例外なく同じ語尾という場合はその名前が始めから決まっているのではなくて一定の規則に従って自動的に作り出される形とみていい。ロシア語の父称のようなものか。現に-sonというのは明らかに「~の息子」で、英語のson、ドイツ語のSohnである。
 そういうことを考えながら試合を見ていたら突然隣から「じゃあ、アイスランド人は男と女は姓が違うんだな。女は皆-dóttirだろ。これって「~の娘」(ドイツ語でTochter)だよな」とコメントが入った。私が驚いて「なんであんたアイスランド語なんて知ってるの?」と聞くと

「知ってんじゃないよ。考えればわかるんだ(悪かったな、そこまでは考えが至らなくて)。ビョークの姓がGuðmundsdóttirじゃん。ははん、このdóttirはTochterだな、と今sonの羅列をみて思いついた。」

 そういわれてみると昔やはり「名前が発音できない」と恐れられていたアイスランドの女性大統領がいたがVigdís Finnbogadóttirという名前だった。しかも上のアイスランドの選手にそれと対応するFinnbogasonというラストネームがあるではないか。
 そこでドイツ語の語源辞典でTochterを引いてみると、印欧祖語の*dhuktērに遡れ、古高・中高ドイツ語のtohter、中期低地ドイツ語と現在のオランダ語のdochter、もちろん英語のdaughter、古期英語のdohter、スウェーデン語のdotter、ゴート語のdauhtarが同源である。そして「古代ノルド語」ではdōttir。アイスランド語は北ゲルマン語派の中でも最も古い形、特に語形変化パラダイムをよく保持していて、事実上「古ノルウェー語」または「古スウェーデン語」であると教わったが、本当だ。

 すると翌日の新聞の第一面にアイスランド人の名前についての記事が載った。それによると上のナントカソンあるいはナントカドッティルというのは実は姓ではないとのことである。アイスランド人には姓がないのだ。だから電話帳などには名前がアルファベット順に並んでいる。ではこのナントカソンとは何なのかというと、名前だけでは誰だかわからなくなるため、あくまで補助として親の名前をとってつけるもの、つまり本当にロシア語の父称以上の何物でもない。姓ではないから、当然父親と息子、母親と娘はソンやドッティルが違う。例えばGuðmundur Sigþórssonという人の息子がAlfreðという名前だったらAlfreð Guðmundsson、Björkという名前の娘はBjörk Guðmundsdóttir。親と子ばかりでなく夫婦ももちろんソンとドッティルが違う。さらに事を複雑にするのが、「父親とつながるのが嫌な人、そもそも父親が誰なのかわからない人は母親の名前をとってもいい」という規則である。だから兄弟姉妹間ではソンとドッティルという語尾ばかりでなく、そもそもの語幹となる名前のほうも違うことがあるのだ。
 日本で時々夫婦別姓議論の際、親と子供の姓が違うと家族の絆が崩れるとか頑強に主張している人がいるが、そういう人は一度アイスランドに行って見て来るといい。

 さて、上の名前を見るとソンの部分の s がダブってssonとなっている場合と単にsonとなっている場合とがあるが、私は「語幹の名前が子音で終われば s がダブり、母音で終わればダブらない」という規則なのかと思った。しかしどうもそうではないようだ。語幹の名前は単数属格形なんだそうで、s はその属格マーカーなのであり、sonの s がダブっているのではない。さらにアイスランド語には単数属格を a で作る名詞があって、そういう名詞には当然sonだけつく、とこういうしくみらしい。
 
 こういう風に姓なしでやってきてはいたがそれでも19世紀ころまでは外国から姓が導入されたりしたことがあった。だから父称でない姓をもったアイスランド人が少数ながらいる。これは親から子供に引き継がれる。逆にこのアイスランド式の姓でないラストネームは(ああややこしい)1992年からデンマークの自治領フェロー諸島でも認められるようになったそうだ。もっともフェロー諸島には普通の意味での姓もちゃんとあって、Joensen、 Hansen 、Jacobsenの3つが最も多い姓とのことである。上のリストにも一人sonでなくsenで終わるラストネームを持っている人がいるが、この人については「外国起源の姓を引き継いだ」と説明されていた。この外国というのはひょっとしたらフェロー諸島のことかも知れない。

 この父称制度は上にも述べたようにロシア語にある。男だと父の名前に-ич(イッチ)、女だと –евна(エヴナ)を語尾につけて作る。ロシア語はその上にさらに姓が別にあるが、南スラブ語ではこのイッチの父称が姓として固定し、男女共に同じ形になってしまっている。上で述べたセルビア語・クロアチア語の名前はそれである。ゲルマン語圏でも-sonで終わる姓は英語やスウェーデン語にやたらと多い。ドイツではこれが-senとして現われるが、このナントカセンという名前は北ドイツに特有のもので、南ドイツやオーストリアには本来見られなかった。
 中世に現在のロシア、ボルガ川領域に最初の都市国家を作り、黒海沿岸にまで進出したのがバイキング、つまり北ゲルマン人であること(ロシア人は彼らの事をヴァリャーギ人と呼んでいる)、大ブリテン島や北ドイツなどバイキングが活躍した、というかその被害を被ったというが、とにかく彼らの足跡がついた地域にこの父称起源の姓が多い、というのも考えてみると面白いと思う。

 サッカーの話に戻ると、イングランドに対して2点目を入れたのはSigþórssonという選手でローマ字ではSigthorssonと表記するが、このラストネームをドイツ語で読むとSieg-tor-sonとなり、意味はズバリ「勝利のゴール・ソン」。話ができすぎていて下手なギャグとしか思えない。
 また、この試合で選手以上に人気を呼んだのが、アイスランドのTV解説者で、その絶叫ぶり、というより絶叫を通り越してほとんど阿鼻叫喚的な解説ぶりに、「この人の心臓が心配だから次は医者をわきに待機させろ」とまでネットに書き込まれたほどだ。ドイツの新聞では「まさに火山の噴火」と表現されていた。

1点目のゴール、2点目のゴールと試合終了時におけるアイスランドの解説者の絶叫ぶり。アイスランド語では「2」をtvöというらしいことだけは聞き取れる。さすがゲルマン語派だ。ドイツ語や英語と似ている。tvöは主格中性形で、男性形ならtveir、女性形はtværである。




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 南西ドイツにGという町がある。結構こじんまりしたきれいな町なのだが、場所が辺鄙な上にやたらと小さな町なので、最初内心「なんでこんなところに人が住んでいるんだ」と馬鹿にしていたのだが(まことに申し訳ない)、なんとこの町はローマ帝国がゲルマニア侵略のための要塞として建設した町なんだそうだ。下手なドイツの町よりずっと古い。そこの中央駅(中央駅のくせに無人駅)の近くに池があっていつもアヒルが泳いでいるのだが、ある日私がその池のほとりのベンチに坐ってボーっとしていた時のことだ。

 隣のベンチの周りでどこかのおっちゃんたちが何人か真っ昼間から酔っ払ってワイワイ騒いでいる。そのうち一人がビールのカンを片手に私んとこにやってきてAlles klar?「すべてOKかい?」と話しかけてきた。実は私はそれまでについおっちゃんたちの会話に耳を傾けてしまっていて、その言語がロシア語だと気づいていたので、またしてもよせばいいのにズに乗って(『1.悲惨な戦い』参照)всё ясно(「すべてOKです」)とか答えたら、そのおっちゃんは「へっ、どうしてロシア語がしゃべれるんだい?」とか言いながら私の隣にドッカリと腰を下ろして勝手にしゃべり始めた。互いに「ドイツで何をしているのか、どこから来たのか」という身の上話の展開になったが、私のほうは時々ドイツ語が混じる、というよりドイツ語が主で時々ロシア語が混じるというヘタレロシア語だったのに、おっちゃんは酔っ払っているせいか私が聞き取れなくて馬鹿面をしようが、しゃべれなくて文法を間違えようが委細構わずロシア語でガンガン話を進める。
 しかし、ある意味では酔っている人というのは語学の練習の相手としては最高かもしれない。こちらが間違えても向こうはそもそも間違ったことに気がつかないから、馬鹿にしたり訂正したりしないので気兼ねなくロシア語で話せるし、またこちらがわかっていなくても手加減せずロシア語で来るからヒアリングの練習には最適だ。どうせ明日になれば向こうだって私のことなど忘れているだろうと思えば勇気を持ってというか恥を忘れて話しかけられる。酔って攻撃的になる人は論外だが、相手が気持ちよく酔っ払っているとこっちまで気持ちよく語学の練習が出来るのだ。

 ところがそこでそのおっちゃんが、「ドイツに来る前はバイコヌールで宇宙船の組み立てをしていた」と言い出したので絶句。酔いがいっぺんに冷めた感じだ(私は別に酔ってはいなかったが)。今まで気兼ねなく好き勝手な口を利いていた相手が実は水戸黄門だとわかったときのスッ町人の気分である。私の顔が尊敬の念と驚愕のあまり硬直したのを見て、おっちゃんは私を慰めてくれた。「いやいや、でもエンジニアとか学者じゃなくて単なる組立作業員だよ。でも私の組み立てた宇宙船はちゃんと宇宙に行ってる」。

 そんな人がどうしてGなどという辺鄙な町のアヒルの池のほとりにいるのか?

 東西ドイツが統一し、ソ連が崩壊した時、統一ドイツ政府はソ連領内に残っていたドイツ系住民にほぼ無条件でドイツ国籍を与え、難民としてドイツに迎え入れた。Russlanddeutsche、ロシア・ドイツ人と呼ばれる人たちで、先祖がドイツ人であることを文書で証明できたのである。そのおじさんもドイツ系ロシア人だったのではないだろうか。
 ソ連、あるいはロシア領内へのドイツ人の入植が盛んになったのはもちろんエカテリーナ2世(エカテリーナ2世はドイツ人)の時代からで、ボルガ川流域に多くのドイツ人居住地域ができた。それで彼らは「ボルガ・ドイツ人」と呼ばれた。プーシキンの『スペードの女王』にも(『4.荒野の大学通り』参照)、ドストエフスキーの『悪霊』にもそれぞれゲルマン、フォン・レンプケという名前のドイツ人が登場する。先の日露戦争終結時に全権委任されて小村寿太郎と交渉したロシアの政治家もWitte(ウィッテまたはヴィッテ)といってゲルマン語系の姓であるが、調べてみたらヴィッテはボルガ・ドイツ人ではなく、リトアニアの貴族であった。つまりドイツ人が東プロイセンに建てた騎士団領の貴族の子孫ということになる。ボルガ・ドイツ人より由緒のある家の出なのである。
 
 もっともドイツ語系の姓をもったロシア人・ソ連人にはドイツ人ばかりでなく、アシュケナージと呼ばれるユダヤ人が相当いる。
 映画監督のエイゼンシュテインЭйзенштейнも名前からみてもわかるように本来ユダヤ人なのだが先祖はとうにキリスト教正教に改宗しており、エイゼンシュテイン自身も自分をユダヤ人とは思っていなかったようだ。それに対して詩人のマンデルシュタームМандельщтамはアイデンティテイの面でもユダヤ人でワルシャワの生まれである。どちらもドイツではもとのドイツ語綴りにもどしてそれぞれEisenstein、 Mandelstamと書く。ロシア語を忠実にドイツ語に写していればsでなくschと書いていたはずだ。エイゼンシュテインは発音もドイツ語読みにされてアイゼンシュタイン。
 さらに演出家のメイエルホリドМейерхольдの名前ももとはMeyerholdというドイツ語で、ドイツではマイヤーホルトと呼ばれる。この人はアシュケナージではなくドイツ人でボルガ領域の町ペンザの出身である。本当の名前はМейерхольд でなくМайергольдといったそうだが、これはドイツ語や英語の h は普通ロシア語ではг (g)で写し取る(『4.荒野の大学通り』参照)からである。最近は h を г でなく х (ドイツ語の ch)と書くことが多いと教えてくれた人がいた。でもメイエルホリドなんてあまり「最近の人」ではないような気がするのだが。

 それより面白いのがMeyerhold→Мейерхольдと、ドイツ語の l がロシア語では ль、口蓋化音の l で表されていることだ。ドイツ人の名前で l が子音の前に立ったり語末に来たりするとロシア語では必ず ль になる。現首相の名メルケルMerkelはロシア語で書くとМеркельだし、ソユーズにも乗ったドイツ人の飛行士メルボルトMerboldの胸にもМербольдという名札がかかっているのを見た。時期的に一致しているからアヒルの池のほとりのおじさんはひょっとしたらメルボルト宇宙飛行士とバイコヌールで会っていたかもしれない。また地名もそうで、ハイデルベルクHeidelbergはГейдельберг、オルデンブルクOldenburgはОльденбург。
 ロシア人は l に関して「口蓋化・非口蓋化」の区別に非常に敏感で、以前ロシア語の授業でもドイツ人の学生がбыл(ブィル、「~だった」)というとロシア人にはбыль(ブィーリ、「実話」)に聞こえるらしく、何回もやり直しさせられていた。しかしドイツ人は単に発音できないのではなくてそもそもそれらの音の違いが感知できない、つまりどちらの音も同じに聞こえるわけだから、いくらロシア人が発音して聞かせてやっても無駄なのである。超音波が聞こえるコウモリ男が私にいくら「こんなものも聞き取れないのか、根性を出してもっとよく聞いてみろ」と言ったって無理なのと同じだ。さらにドイツ人には「箸」と「橋」、「お菓子」と「お貸し」と「岡氏」の区別が全くできない人がいる。私めがありがたくも高貴な東京型アクセントを聞かせてやっても、「全部同じに聞こえる」「高さの違いが全くわからない」。だから「あなたは昨日何をしましたか?」が「あなたは昨日ナニをしましたか?」という卑猥な質問に変形してしまうのである。もっともこの「ナニ」については双方同じ人間だから聴覚器官そのものは共通なわけで、訓練すれば区別できるようになる点がコウモリ男の超音波とは違うが。

 話が逸れたが、そのロシア語の先生によると当時ドイツで人気のあったオランダ人のTVコメンテーターが発音する l はまさににロシア語の硬音(非口蓋音)の л だから彼女の発音を真似しなさい、とのことであった。実際ドイツ語と違ってオランダ語の名前では l が軟音(口蓋化音)の ль でなく、 л で写し取られるのが普通である。ドイツ語の名前と比べてみて欲しい。

人名
Joost van den Vondel → Йост ван ден Бондел
Johan van Oldenbarnevelt → Йохан ван Олденбарневелт

地名
Tilburg → Тилбург
Almere → Алмере
Helmond → Хелмонт

BondelやOldenbarneveltという名前では l の現れる環境がそれぞれ上に挙げたドイツ語のMerkel 、Oldenburg、 Merboldとそっくりなのに硬音の л で表されている。稀にオランダ語の名前が軟音 ль になっていた例も見たが、全体としてはロシア語の先生の言ったとおりだ。ただ、これが本当にオランダ語の名前をロシア人が耳で聞いてキリル文字に写し取ったからなのか、単にドイツ語・ロシア語間の文字化の仕方がロシア語・オランダ語間のと慣習によって違った風になっているだけなのかはわからない。

 さて、そのボルガ・ドイツ人だが、第二次世界大戦時にはスターリンからスパイの疑いをかけられ、本国ドイツ人と接触することができないように中央アジア、特にカザフスタンに強制移住させられた。「ドイツ語を一言でもしゃべってみろ。シベリアの強制労働キャンプに送り込んでやる、銃殺してやる」とはっきり脅された、と知り合いから聞いたことがある。その人もロシア語が母語のドイツ人でカザフスタンからドイツに「帰国」してきた人だった。カザフスタン出身のドイツ人の知り合いはその他にも何人かいる。
 それらの「帰国ドイツ人」も二世代目になるとバイリンガルであることが多いが、ロシア・ドイツ人の人口が百万の単位、つまり大勢いることに加えてロシア・ドイツ人同士のつながりも密なので、ロシア語は比較的よく保たれている。今後もそう簡単にはドイツ語に完全移行はしないだろう。私の個人的な希望的憶測ではあるが。


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 私個人は嫌いなので、あまり「日本の国技」として下手に外国に紹介などしてほしくないのだが、スモウというのはやはり外から見るとエキゾチック趣味をそそられるらしくこちらでも一時TVなどでよく放映されていた。故九重親方が千代の富士として力士をしていたころも、見たくもないのにスポーツ番組で流されて迷惑したものだ。ファンの方には非常に申し訳ないが、どう見てもあれは私の審美眼には適わない。
 しかし、相撲を外国で見せられると気分が悪くなる原因はあのスポーツ自体が嫌いなことの他に選手の(力士と言え)名前がムチャクチャな発音で呼ばれるからである。もちろんローマ字綴りの日本語が外国語読みになると原型を留めないほどひどい形になるのはドイツに始まったことではない。例えばMr. Kimuraはアメリカではミスター・カイミューラになってしまうそうだが、ドイツ語でもヘボン式で表記された名前がドイツ語読みにされるから大変なことになる。一度千代の富士Chiyonofujiがヒジョノフォーイーと発音されたのを聞いた。しかも妙な強弱アクセントがフォの上に置かれていて、あまりの乖離ぶりに全身の血が凍りついた。こりゃほとんどホラーである。

 ドイツ語ではchは「チ」ではなく後舌母音に続く時は[ç]、その他の母音や子音の後は[x]と読まれる。だからStorch「コウノトリ」は[ʃtɔʀç](シュトルヒ)、durch(英語のthrough)は[dʊʀç]( ドゥルヒ)なのだが、北ドイツの人がこれらをそれぞれ[ʃtɔʀx](シュトルホ)、[dʊʀx](ドゥルホ)と発音しているのを何度か聞いた。オランダ語では[ç] というアロフォンがなく、外来語以外のchは基本的に[x] なのとつながっているのだろうか。Chはさらにフランス語からの借用語では[ʃ]、イタリア語からの借用語では[k]となることもあるが、語頭のchi は普通「ヒ」である。
 さらに英語もそうだがドイツ語には日本語の無声両唇摩擦音 [ɸ] がないので、この音を上歯と下唇による摩擦音 [f] で代用して書く。「代用」と書いたが、欧米の自称「日本語学習者」には日本語の「ふ」が両唇摩擦音であって [f] ではない、というそもそものことを知らない人が時々いる。また前にもちょっと書いたが、「箸」と「橋」と「端」、「今」と「居間」など、「高低アクセントの違いで意味が変わるなんて聞いた事もない」人に会ったこともある。前に日本語を勉強したとのことだったが、私がちょっとアクセントの話をしたら、ほとんどデタラメを言うな的に食ってかかられて一瞬自分のほうが日本語のネイティブ・スピーカーであることを忘れてしまいそうになった。子供の頃「飴が降ってきたね」といった京都の子をからかった記憶(今思い出すとまことに慙愧の念に耐えない。言葉をからかうのは下の下であると今では考えている)は私の妄想だとでもいうのか。
 話を戻すと、その上ドイツ語の母音 u はしっかり円唇母音 [u] だから、非円唇の日本語の「う」 [ɯ] よりもむしろ「お」に聞こえることがある。そこでさらに強弱アクセントを置いた母音がちょっと長くなるので fu が「フォー」と2モーラに聞こえてしまうのだ。
 j はドイツ語では[ʒ]でも[dʒ]でもなくまさにIPAの通り [j] だから、ja、ji 、ju、je、 jo、はジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョでなくヤ、イ、ユ、イェ、ヨである。「柔道」 judo はユードー、柔術 jujitsu はユイーツーとなって一瞬「唯一」かと思う。心理学者のユングの名もJungと j で始まっている。だから ji は「イー」である。

 ここまでは単にヘボン式のローマ字の読み方を知らずに単細胞にドイツ語読みしやがっただけだから発音の悲惨さの原因はまだわかりやすい。問題はどうして yo が「ジョ」になるのかということである。ドイツ人が yo を「ジョ」と読むのを他でも一度ならず聞いた。例えばTakayoだったかなんだったか、とにかく最後に「よ」のつく日本の女性名が「タカジョ」と呼ばれていたのだ。これはアルファベットのドイツ語読み云々では説明できない。Ya、yi、yu、ye、yoはドイツ語でもヤ、イ、ユ、イェ、ヨだからである。

 私はこれはいわゆる過剰修正の結果なのではないかと思っている。

 まず j は上で述べたようにフランス語では摩擦音の[ʒ]、英語では破擦音の[dʒ]だから日本語と大体同じ、というより日本語のアルファベット表記が英語と同じになっている。ドイツ人にとっても日本人と同じく学校で最初に学ぶ外国語は英語、その後中学でフランス語だから、その際「ja、ji、ju、je、joをヤ、イ、ユ、イェ、ヨと発音してはいけない」ということを叩き込まれる。学校で真面目に勉強しないでいて英語の全く出来ない人はドイツにもいるが、そういう人たちはJohnを「ヨーン」、Jacksonを「ヤクソン」と呼んでケロリとしている。しかし普通の教養を持っている人は英語やフランス語ができなくてケロリとしているわけにはいかないから、必死に「ja、ji、ju、je、joをヤ、イ、ユ、イェ、ヨというのは間違い、ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョが正しい」と自分の頭に刷り込むのである。そのうち「ja、ji、ju、je、joを」という条件項目が後方にかすんでしまい、「ヤ、イ、ユ、イェ、ヨは間違い、ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョが正しい」という強迫観念が固定して、勢い余って本当にヤ、イ、ユ、イェ、ヨで正しい場合までジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョと言ってしまう。このため yo をついジョと発音してしまうのではないだろうか。
 ここでわからないのはむしろ、直さなくていいところで余計な修正が入り、直すべき肝心の富士の「ジ」の部分では修正メカニズムが起動せず「イー」に戻ってしまっていることだ。

 もう一つ思いついたのは、スペイン語で y が [j] ではなく時々、というより普通軟口蓋接近音 [ʝ] になることである。時によるとこれがさらに破擦音の[ɟʝ]、時とするともっと進展して軟口蓋閉鎖音の[ɟ]にさえなってしまうそうで、実際私の辞書にはyo(「私」)の発音が[ɟo]と表記してある。ドイツ人には(日本人にも)これらの音はジャジュジョと聞こえるだろう。それでドイツ人はyoを見ると「ジョ」といいたくなるのかもしれない。
 しかし反面、この[ʝ] [ɟʝ] [ɟ]はあくまで [j] のアロフォンであり、どの外国語もそうだが、音声環境を見極めてアロフォンを正確に駆使するなどということは当該言語を相当マスターしていないとできる芸当ではない。今までに会った、yo を「ジョ」と読んだドイツ人が全員スペイン語をそこまでマスターしていて、ついスペイン語のクセがでてしまった、とはどうも考えにくい。上でも述べたように、何年間も勉強した学習者でも発音をなおざりにしていることなどザラだからだ。それにどうせスペイン語読みになるのだったら、他の部分もスペイン語読みになって「チジョノフッヒ」とかになるはずではないのか?これはこれでまたホラーだが。

 してみるとやはりあの発音はやはり過剰修正の結果と考えたほうがいいだろう。

 この過剰修正はローマ皇帝のヴェスパシアヌスもやっているらしい。風間喜代三氏がこんな逸話を紹介してくれている:あるときヴェスパシアヌスに向かってお付きのフロールスFlōrusが「plaustra(「車」)をplōstraといってはなりませんぞ」と注意した。これを聞いた皇帝は翌日そのお付きをFlaurusと呼んだ。
 スエトニウスの皇帝伝に書かれているこの話が面白いのはまず第一にこれがau, ō → ōというラテン語の音韻変化の記録になっているからだが、これも千代の富士のホラー発音と同じメカニズムだろう。もっともヒジョノフォーイーと比べたらフロールス→フラウルスなんて可愛いものである。


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