ラテン語の「友達」amicusの単数呼格amice、複数主格amiciをどう読んでいるだろうか?私はそれぞれアミーケ、アミーキーと発音していた。実は今でもアミーキーと言っている。ところがこちらでは皆アミーツェ、アミーツィだ。日本人が普通キケローと呼んでいるCiceroもドイツ人はツィツェローという。もちろんラテン語教育という点では日本より欧州が本場だから彼らに従おうかとも思ったが、ラテン語は所詮は死語である。ネイティブスピーカーの実際の発音は彼らだって聞いたことがないわけだし、少なくとも文字の上では c と同じ書き方をしているところを妙に読み方を変えたら混乱するだけじゃないかと思ったのと、正直に言えば直すのが面倒くさかったのであまり考えずにそのままアミーキーと言い続けた。
 ところがしばらくたってから(しばらくたつまで気づかなかったのであった)そういえば現在のロマンス諸語ではすべて c(つまり k)と g の後に前舌母音、i と e が来ると子音が変な音になることに思い当たった。
 例えば「肉」はイタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語でcarneと書いてそれぞれ[karne]、[karne]、[kaʁn]、[karne] (フランス語だけ少し違うわけだ)と発音し、c は k の音である。また「結びつける」はイタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語で combinare 、combinar、 combine、combinăで、もういちいち発音記号を出さないが、やはり c は k だから co は「コ」だ(フランス語は鼻母音)。母音が u の場合も同じで「ナイフ」をイタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語でそれぞれcoltello、 cuchillo、 cuțit、 couteauで やはり c が k で、最初のシラブルは「コ」。フランス語の正書法では u と書くと母音が純粋な u ではなく [y]  や [ɥ] になってしまい、 u は ou と綴るのだ。関係ないがスペイン語の「ナイフ」は『復讐のガンマン』(『86.3人目のセルジオ』『121.復讐のガンマンからウエスタンまで』参照)でトマス・ミリアンが演じた主役の名前である。銃は撃てずにナイフ投げがうまいからこういう名がついた。
 しかしこれが ci、ce となると「キ」、「ケ」にはならない。イタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語で「5」はcinque、cinco、cinq、cinci 。子音が各言語でバラバラでそれぞれ[t͡ʃiŋkwe]、[θĩŋko]、[sɛ̃k]、[t͡ʃint͡ʃʲ] 、チやスィとなる。フランス語はここでは母音が違うが本当にiが続いてもciterのように [s] だ。ついでにラテンアメリカのスペイン語でも θ が s になる。次にce を見ると「脳」を表すイタリア語、スペイン語、フランス語がそれぞれcervello [t͡ʃer̺ˈvɛl̺ːo]、cerebro [θeɾeβɾo] 、cerveau [sɛʁvo] で ci の時と同じように c がそれぞれ t͡ʃ 、θ、s。ルーマニア語は「脳」がcreier なので(もっともここでも c は k )別の単語をみると例えば「空」cer が[t͡ʃer]だ。
  g も後ろにa、o、u が続くとガ、ゲ、ゴで、例えば「雄猫」を表すイタリア語とスペイン語のgattoとgato 、フランス語の「少年」garçon、ルーマニア語の「子牛」gambă の ga は皆ガである( garçon はギャルソンなんかではなくガルソン)。go をみると「喉」というイタリア語、フランス語の gola、gorge、「太った」というスペイン語の gordo、「空の、裸の」というルーマニア語 gol は「ゴ」である。ルーマニア語の 「裸の」は明らかにスラブ語からの借用なのでちょっと「ロマンス諸語の比較例」としては不適切かもしれないが。さて次に gu だが、「味」はイタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語でそれぞれgusto、gusto、goût、gust といい、全部「グ」となる。フランス語が母音の u を二字で表すことは上で述べた。
 正直そろそろ疲れてきたのだがもう少しだから続けると、この g も i や e の前にくると子音が変わる。イタリア語とスペイン語で「巨大な」はどちらも gigante と書くが発音はそれぞれ [dʒiɡante] と[xiɣãn̪t̪e] で、子音が違う。イタリア語は ci のときの子音がそのまま有声になっただけでわかりやすいが、スペイン語のほうは ci で現れた子音 θ とは調音点が全くずれてしまっている上、有声でなくなぜか無声子音のままである。だから「ジプシー」というスペイン語gitano の発音も[xitano]。フランス語gitan だと[ʒitɑ̃ ]で、g の部分は有声ではあるが、純粋に ci の子音の有声バージョン、つまり [z] とはならないところが面白い。ルーマニア語の例としては、ハンガリー語からの借用語なのだがgingaș 「繊細な」という言葉の発音が[d͡ʒiŋɡaʃ] で、イタリア語と同様、非常にわかりやすいタイプである。 最後にge だがこれも「ゲ」にはならない。「生み出す、生産する」はイタリア語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語で generare [dʒeneˈra:re] 、generar [xeneɾaɾ] 、generer [ʒeneʁe]、genera [ʤenera] 。gi で見た子音のバリエーションの違い、dʒ、x、ʒ、ʤ が保たれている。

 すると忘れていた何十年前かの記憶が突然よみがえって、そういえばラテン語の先生が「c (k)の音はラテン語の歴史の過程で音価が変わったことがわかっていますが、ここでは文字に合わせてアミーキーでいいです」というようなことを言っていたのを思い出した。
 これが「ロマンス語の口蓋化」と呼ばれる音韻変化である。すでにラテン語の時代の起こっていたもので、軟口蓋閉鎖音、つまり/k/、/g/ が i と e の前に来た場合それぞれ [ʧ] や [ʦ]、[ʣ] や [ʤ] という破擦音閉に変わった。
 紀元後一世紀ごろまで、つまり古典ラテン語の時代は後舌母音 a、o、u が続こうが前舌母音 i 、e が続こうが k と g は k と g だった、つまりcentrumはケントルム、Cicero はキケロー、legereはレゲレ、legisはレーギスだったのだ。だから上で私が押し通した発音、アミーケ、アミーキーは間違いではない。
 しかしそのうちに軟口蓋閉鎖音 に前舌母音が続くと母音の前に半母音の /j/ が入るようになった。この半母音と子音が同化現象を起こして調音点が前に移動し、/ k/ が [ʧ]、/g/ が [ʤ]になった。紀元2世紀から5世紀にかけてのことだそうだ。
 最初はこれらの音はもちろんいわゆる自由アロフォン(どっちで発音してもいいアロフォン、『63.首相、あなたのせいですよ!』参照)freie Allophoneで、人によってケやキと言ったりチェ、チと発音していたのだろうが、これがやがて拘束的アロフォン(音声環境によって使い分けなければいけないアロフォン)kombinatorische Allophoneとして固定した。このkombinatorische Allophoneというのは一つの音素が二つに分かれる直前段階である。もっとも自由アロフォンの段階からすでに音価の違いそのものは感知されていたのだ。この「話者が違う音だと気づく」のは「全く同じ音に聞こえる」段階と比べるとすでに新音素誕生に向けて相当度が進んでいる。それが拘束的アロフォンになると言語学者の間でもすでに二つの音素とみなすものが現れるくらいだ。まだアロフォンだから完全に意味の違いを誘発する力はないが、別のほうの音で発音すると「おかしい」を通り越して意味がよく伝わらくなったりしだすからだ。
 例えば日本語の「たちつてと」だが、/ta, ti,tu, te, to/と音韻解釈する人と、「ち」と「つ」の子音を別音素と解釈して/ta, ci, cu, te, to/と表す人とがいる。「放つ」「月」「知己」をそれぞれ「ハナトゥ」、「トゥキ」、「ティキ」とやったら、まあ言語環境から判断して意味は通じるかもしれないが、意味が通じるのが数秒遅れることは確実。相手によっては最後まで通じまい。意味の伝達に支障が大きすぎて「意味を変化させないから」ときっぱりアロフォン扱いするのには待ったがかかる。実は私も独立音素 /c/ を認める組である。ついでに私は「はひふへほ」は /ha, hi, ɸu, he, ho/ だと思っている。「違う音認識」されてから、アロフォン発音が半ば強制的になり、やがて別音素に分裂する過程はまるでアメーバの分裂のようだ。ただ、音素は2つが融合することもあるのに対し、アメーバは分裂だけで、合体することがないという違いはあるが。それともアメーバも時々合体するのか?
 ラテン語に話を戻すが、口蓋化が起こり、さらに音素が分裂してしまったのが文字が固定した後だったために、文字と音価の間が乖離して本来の「ケ」「キ」が宙に浮いてしまった。「ケ」「キ」という音が ce や ci では表せなくなった一方、「チェ」と「ケ」、「チ」または「ツィ」と「キ」の子音が別音素になったので、「ケ」「キ」を表す必要が生じたからである。そこで現在のロマンス諸語では新たに正書法を改良して、「ケ」、「キ」、「ゲ」、「ギ」とイタリア語では c、g のあとに h を加えて表示し、それぞれ che、chi、ghe、ghiと綴る:cheto 「静かな」[ke:to]、chinare「曲げる、傾ける、お辞儀する」[kina:re]、ghetto 「ゲットー」[getto]、ghiro 「ヤマネ」[gi:ro]。スペイン語では無声音には q を持ち出してきて「ケ」「キ」は que、qui。これらは「クエ」「クイ」ではなく、quebrantar 「割れる」、quince 「15」は「ケブランタル」、「キンセ」だ。もっとも「ブ」の部分は両唇摩擦音の[β]、「セ」は歯でやる摩擦音の [θ] だが。「クエ」「クイ」は c を使ってcue、 cuiと表すのが面白い。ところがこれが有声になるとgue、gui で「ゲ」「ギ」。guerra 「戦争」は「グエラ」でなく「ゲラ」、guiar 「導く」も同様に「グイアル」でなく「ギアル」となる。フランス語は母音も子音も音素がさらにいろいろ割れているので複雑だが、基本はスペイン語と同様 q と u を使う:question 「問題」[stjɔ̃ ] 、quinine 「キニーネ」[kinin]、 guerre 「戦争」[ɡɛʁ ]、 guide 「ガイド」[ɡid]。フランス語からは英語に借用された言葉が多いのでうっかり英語読みにして「クエスチョン」「ガイド」とか言ってしまうと大変なことになるので注意。ルーマニア語はさすが東ロマンス語だけあって(?)イタリア語同様 h を用いる:chezaș 「保証人」[kezaʃ]、 chibrit「マッチ」[kibrit]、 ghețar「氷河」[get͡sar]、 ghid「ガイド」[gi:d] など。「保証人」はハンガリー語からの、「マッチ」はトルコ語からの借用だ。
 この、文字が固定してから音が変化してしまったため元の音を表すのにいろいろワザを凝らさなければならなくなったという例は実は日本語にもある。例えば「ち」「つ」は昔は本当に破裂音の ti、tuだったのに、子音が破擦音になってしまったため本来の音がそのままでは表せなくなった。だから「ティ」「トゥ」などと表記する変なワザを使う羽目になったのである。「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」なども昔は単に「は、ひ、へ、ほ」と書けば済んだのだ。

 ここまでならロマンス諸語だけの話ということであまり面白くないが(ロマンス諸語は面白くない言語だと言っているのではない)、実はスラブ諸語の歴史でもこの「口蓋化」という現象が見られるのでスリルが増す。スラブ語の場合は音素が割れてから正書法が確立したが、少なくとも3回口蓋化の波がスラブ諸語に押し寄せたらしく、第一次口蓋化、第二次口蓋化、第三次口蓋化と区別する。人によっては第4次口蓋化というものを認めることもある。
 第一次口蓋化は紀元5世紀初期スラブ祖語時代の終盤に生じたもので、軟口蓋音に前舌母音(スラブ語では i, ь, e, ě)が続いた場合、やはり j の付加を経由して子音そのものが変化した:k > ʧ͡ʲ (= č’)、g >  ʒʲ (= ž’)(いったんdʲzʲ という破擦音を通した)。ロシア語で「焼く」の一人称単数がпекуなのが二人称単数になると печёшьとなって子音が交代するのはこの第一次口蓋化のせいである。スラブ祖語の初期にはそれぞれ*pekǫ – *pekešiであったとみられる。。ポーランド語ではそれぞれpiekę と pieczesz。またロシア語の「目」の単数が окоで複数が о́чиなのもこれである。さらにロシア語の могу́ 「私はできる」対 можешь「君はできる」の母音交代もこの例。祖形はそれぞれ*mogǫと*mogeši。ポーランド語ではこれが mogę – możeszとなる。もう一つロシア語の Боже мой 「おお神よ」のБожеはБогの呼格だが、ここでも子音が図式通り交代している。
 第二次口蓋化はスラブ祖語の後期、6~7世紀にかけて起こった。母音の i、ěが続くと k が t͡sʲ (= c´)に、g が dzʲ を通してzʲ (= z´ )になった。*nagě (「足」単数与・処格)が古ロシア語ではnozě 、*rǫkě (「手」単数与・処格)がやはり古ロシア語で rucě といったのが一例である。ところがロシア語ではその後この第二次口蓋化が名詞の格変化パラダイムでキャンセルされ、元の軟口蓋音 g に戻ってしまったので現在のロシア語ではそれぞれноге́ 、руке。 対してポーランド語やチェコ語ではそれぞれ nodzeと ręce、nozeと ruce で、本来の口蓋化が残っている。
 南スラブ語派のクロアチア語も名詞変化のパラダイムで口蓋化を保持していて、期末試験なんかでは必ずと言っていいほど試される。まず男性名詞には単数呼格(『90.ちょっと、そこの人』参照)が e で終わるものが多いが、これらの名詞の語幹が語幹が k や g で終わる場合 k と g がそれぞれ č [ʧ͡ʲ]、  ž [ʒʲ ] になる:junak「英雄」主格 → junače 「おお英雄よ」呼格 (< junake) 、drug「仲間、同志」主格 → druže 「おお同志よ」呼格 (< druge)。これが第一次口蓋化の結果だ。次にこれらの男性名詞の複数主・呼・具・処格では子音の後に i が来るが、ここで k と g は c [t͡sʲ] と z [z] になる。第二次口蓋化である:junak「英雄」主格 → junaci 「英雄たち、おお英雄たちよ」複数主・呼格 (< junaki)、junacima 「英雄たちによって、英雄たちにおいて」複数具・処格 (< junakima)、drug「仲間、同志」主格 → druzi 「同志たち、おお同志たちよ」複数主・呼格 (< drugi)、druzima「同志たちによって、同志たちにおいて」複数具・処格 (> drugima)。女性名詞は単数の与・処格が i で終わり、やはり k や g が第二次口蓋化に従って変化する:ruka 「手」単数主格 → ruci 「手に、手で」単数与・処格 (< ruki)。 この「手」の複数主・対・呼格形は ruke で一見 e の前なのに子音が変わってないじゃないかと思うが、実はここの e は口蓋化の起こった時代は中舌の i、ロシア語の ы だったので子音が変わらずに済んだのだ。またスラブの場合は音が変化したのが文字化の前だったためラテン語と違って単数主格と呼格、複数の主格の子音の違いが文字に表れているわけである。
 この一連の口蓋化を被ったのは k と g ばかりではないのだがここでは省く。また第三次口蓋化は先行する母音が後続の子音を変化させたものなのでやはりここでは触れずにおくが、軟口蓋音が i、e の前でシステマティックに化けるというスラブ語の口蓋化がラテン語とそっくりなのでプチ感動する。さらに単に似ているというばかりでなくロマンス語とスラブ語の両口蓋化が実際にかち合った地域があるから感動がプチからグランになりそうだ。それがバルカン半島である。バルカン半島はその昔ラテン語地域であったのでラテン語由来の地名が多い。後から来たスラブ民族がラテン語名を引き継いだからである。もとになったラテン語名は記録に残っているので、Peter Skokという学者がラテンでce、ci、 ge、 giと書かれていた地名が現在のスラブ諸語でどう呼ばれているか詳細に分析して当地ラテン語の口蓋化の過程を追っている。例えばラテン語Cebro がブルガリア語でDžibra になっていたりするものが多いが、この子音は1.ラテン語の時代にすでに口蓋化していた、2.ラテン語ではまだ k や g であったのが、スラブ語に入ってから口蓋化した、の二つの可能性があるわけだ。私だったら「どっちなのかわからない」として匙を投げていただろうが、Skokはラテン語スラブ以外の言語資料や歴史の資料も徹底的に調べて次のように結論を出している:1.スラブ民族がバルカン半島に来た時(早くとも6世紀)、ラテン語の ce、ci、ge、gi はまだ k、g であった。2.ルーマニア語の口蓋化はスラブ民族の時代になってから、つまり西のロマンス諸語とは独立に起こったもの。3.(2ともつながるが)ルーマニア語の口蓋化はバルカン半島のローマの中心地が崩壊したのちに生じたものである。
 もうひとつ面白いのはラテン語 ce、ci が現在でも k になっている地域があるということだ。たとえばCircinataがクロアチア語でKrknataになっている。ダルマチア(ジャンニ・ガルコの出身地だ。『130.サルタナがやって来た』参照)にこういう地域が多いが、ローマの時代に大きな都市があって文化の中心地だったところだ。都市部の教養層が使っていたラテン語は文字なしで話されていた俗ラテン語より口蓋化(ある意味では俗にいう「言葉の崩れ」)が遅かったからではないか、ということだ。上の3はこれが根拠になっている。

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