ドイツ語にSchadenfreude(シャーデンフロイデ)あるいはschadenfroh(シャーデンフロー)という言葉がある。前者は名詞、後者がそれに対応する形容詞だ。私の辞書には前者は「他人の不幸または失敗を笑う」、後者は「小気味よく思う気持ち」とある。Voller Schadenfreude で「いい気味だと思って」。なかなかうまい訳で原語のニュアンスも伝わっている。これらの語は「他人の不幸」といっても深刻な不幸に見舞われた場合には使えないからである。殺人犯人が捕まって厳しい刑に処されたのをみて心のうちに感ずるある種の感情はSchadenfreudeとは呼べないし、いくら嫌いな人でもその人が破産して絶望のあまり自殺したりしたら普通の人はschadenfrohになどならない。深刻すぎるからである。嫌いな人が道でつまずいてコケ、尻餅をついたらSchadenfreudeを感じるだろうが、そこでその人が膝をすりむいて血だらけになったらもうSchadenfreudeの領域を超えている。生物的あるいは社会的な命に別状のない、軽い範囲がこの言葉の使用範囲である。上述の辞書にある「いい気味だ」もうまいが「ざまあみろ」と訳すこともできるだろう。

 今回のサッカーWCでドイツが予選落ちした際、私がつい心の中で抱いてしまった感情はこのSchadenfreudeであった。別にそれによって死者が出たわけでも誰かが自殺したわけでもない、たかがサッカーの話だからである。昔誰かから聞いたところによると南米あたりでは敗因を作った選手は銃殺されたりしたことがあるそうだが、ドイツでは選手の命が危機にさらされることはないだろう。たぶん。被害を蒙ったといえば、多大な需要を当て込んで旗だろ選手の写真カードだろを作りまくり、大量の売れ残りを出した商魂丸出しのスーパーくらいだろうが、こっちのほうも正直「ざまあみろ」だ。
 ドイツは1954年に初めて世界選手権を制して以来、そもそもトーナメントの一回戦で負けたことがない。つまりトーナメントには必ず行っていたのだ。1954年からの前回2014年までの16の世界選手権のうち、優勝が4回、決勝戦進出が8回(つまり4回は決勝戦で負けている)、準決勝までが4回、準々決勝までが4回だから、16分の12、4分の3の確率でベスト4まで残っていた。だから以前にも書いたように国の全体としての雰囲気として、予選は通ると決めてかかっている。チームが勝って上げる歓声も勝ったこと自体より「強いドイツ」を再確認した喜び、大国俺様的な傲慢さを感じさせてどうも私はいやだった。それだけなら単に私のへそ曲がりな判官贔屓に過ぎなかっただろうが、ドイツが前回のWCで優勝した際、お祝いのパレードのとき「ガウチョ野郎を粉砕してやったぜい」的な発言をして2位になったアルゼンチンを揶揄したので完全に失望した。負けた相手をリスペクトしないような奴は今にブーメランを食らうぞと思った。そう思っていたらその発言を聞いてほとんど涙ぐむ在独アルゼンチン人の女性の映像が流された。この女性は長くドイツに住んでいるのでドイツが優勝したのを、まあアルゼンチンが負けたのはくやしいがいっしょにお祝いしようとしていたのだ。本当に同情に耐えない。打ち負かした相手をさらに貶める必要がどこにあるのだろう。以降、それまでは「苦手」だけだったのが「嫌い」になった。だから今回の体たらくには「ざまあみろ」ばかりでなく「やっぱりね。天罰でしょ」という感じが混じっている。日本にはこういうときのために「驕る平家は久しからず」ということわざもあるではないか。
 それでもガウチョ発言の直後はまだWCの余波を駆って強かったがここしばらくは「あれ?」という兆候が見え出していた。専門家には危惧していた人が結構いたようだ。
 予選でスウェーデンに勝ったときも、例によってビール片手にギャーギャー騒ぐファンを尻目に、まともな解説者は「こんなんじゃ優勝は絶対無理」といっていた。さすがに予選落ちまでは予想していなかったようだが。

サッカー世界選手権でのドイツチームの成績の推移。今回の急降下ぶりがわかる。
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 というわけで、ある意味ではまあこれでやっと静かに普通に大会観戦ができるようになったし、ドイツ人にもそんなことを言っている人がいるのだが、そう言って(強がって)見せて上辺平気な顔を装っても内心は相当ショックを受けているんじゃないかと思う。というのは、向こうが「これで落ちるところまで落ちたからまあこれからは良くなっていくしかないな」というので私が軽い冗談で「まだ先があるから安心しなさい。次のドバイ大会では地域予選に落ちて不出場だから」と言ったら本気で怒り出したからだ。何をそんなにマジになっているんだ。たかがサッカーじゃないか。さらに心理外傷でタガが外れたのか言うことのロジックが破綻してきた。たとえば、ベルギー・日本戦では「日本のやつら、あんなお上品なプレーしてたらだめだろ。サッカーはダンス大会じゃないんだ。黄カードをガンガン食らうくらい攻撃性をみせなきゃだめだ」などという。でもドイツだってどちらかというと「お上品な」プレーぶりで尊敬されてたんじゃないのか?ちゃんとそれで勝っていたじゃないか。今までは。どうも言うことがわからない。

 ところで日本ではネットなどでは黄カードを集めた韓国になぜか「汚い試合」とかケチをつけていた人を見かけたが、こちらは赤・黄の乱れ飛ぶ試合は「荒い試合」といって普通「汚い」とは呼ばない。汚い試合というのはヒホンの恥(『73.ヒホンの恥』参照)のようなダレた試合のことである。日本・ポーランド戦のような試合のほうがよっぽど「汚い」と呼ばれる可能性がある。
 ひょっとしたら実はドイツ人も妙にお上品なのより荒いチーム・荒いゲームのほうが好きなのかもしれない。現にうちで「あの試合は本当に面白かったなあ」といまだに持ち出されるのが2010年世界大会決勝戦のオランダ・スペイン戦である。どちらが勝っても初の世界一ということで双方殺気だっていた。最初の30分で黄カードが5枚、後半でさらに4枚、延長戦でまた3枚に加えてさらにオランダのハイティンハが一試合中に二枚目の黄をゲットして赤になるというカードの乱れ飛んだ凄まじい試合で、サッカーというよりは格闘技である。しかもここまで荒れても結果そのものはミニマルの1対0でスペインの勝ちという、フィールドでの騒ぎに比較してゴールの少ない試合であった。あまりにカードが乱舞したためか審判の目がくらんだらしく、オランダのデ・ヨングがスペインのシャビ・アロンソの胸のどまんなかに浴びせた16文キック(違)が黄しかもらえなかった。これに赤が出なかったのは、『ウエスタン』や『ミッション』のエンニオ・モリコーネにオスカーが出なかったのにも似て理不尽の極地。あれで黄だったらそれこそ人でも殺さないと赤は貰えないのではないかと(嘘)いまだに議論の的になっている。私はこの「デ・ヨングのクンフー攻撃」を、2006年にジダンがイタリアのマテラッツイに食らわした頭突き、2014年にウルグアイのスアレスがこれもイタリアのチェリーニにかました噛み付き攻撃とともに格闘技サッカー世界選手権の3大プレーのひとつとして推薦したい。

ここまでやっても赤が取れなかったデ・ヨングのクンフーキック。


パリのポンピドゥセンターの前にはジダンの頭突きの銅像が建ったそうだ。今もまだあるのかは知らない。
https://www.parismalanders.com/das-centre-pompidou-in-paris/から

Zinedine-Zidane-Statue-Paris

スアレスのチェリーニへの噛み付き攻撃はメディアでも徹底的におちょくられていた。
http://www.digitalspy.com/から

odd_suarez_bite_1

この記事は身の程知らずにもランキングに参加しています(汗)。
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