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 以前日本語茨城方言のインフォーマントの方からとても興味深い話を聞いた。 そこの方言では「行く」を「いんべ」、「居る」を「いっぺ」というそうだ。 なぜ「行く」が「ん」で、「居る」が「っ」になるのか、言い換えると/ik-u/、つまり/k/は「ん」になり/ir-u/、つまり/r/は「っ」になるのか。もちろん音声学・音韻論、つまり歴史言語学の面からの説明が出来るだろうが、それより面白かったのはこのインフォーマント自身はこれを次のように説明していたことだ: 「行く」を「いっぺ」と言ってしまうと「居っぺ」と区別が付かなくなるので「いんべ」と言う。

 たしか言語地理学者J.ジリエロンだったと思うが、1912年の著書で提唱した「同音衝突の回避」という現象の一種とみなしていいのではないか。ある言語内で、歴史的音韻変化等によって本来別の単語が同じ発音になってしまう場合、その衝突を避けるため1.一方の単語がもう一方の単語に追われて言語内から消滅するか、2.片方の単語の形を無理矢理かえて両単語の形が同じにならないようにされることがよくあるのだ。

 このインフォーマントはさらに「茨城方言はアクセントが弁別的機能を持たないので、そのままでは「駆ける」あるいは「書ける」と「欠ける」を区別する事が出来ず、「欠ける」を「おっかける」と、接頭辞つきで言う」と報告しているが、これなどもまさにそれかと思うのだが。

 確証などは全くできていない単なる思い付きだが、実は私はしばらく前からロシア語の不完了体動詞покупать(パクパーチ、「買う」)もこの同音衝突の回避から生じたのではないかと疑っている。『16.一寸の虫にも五分の魂』の項でも書いたようにロシア語は動詞がペア体系をなしているが、この不完了体動詞покупатьの完了体のパートナーはкупить(クピーチ)だ。こういうペアの形ははちょっと特殊で、あれっと思った。普通なら完了体動詞のほうが接頭辞つきの形をとっていて不完了体動詞のほうはむしろ丸腰の場合が多いからだ。例外的に不完了体動詞に接頭辞がついている場合はほぼ例外なく完了体のパートナーのほうにも同じ接頭辞がついている。不完了体・完了体どちらも丸腰のペアも多いが、ここでのпокупать対купитьの例のように不完了体にだけ接頭辞がついているペアを私は他に知らない。理屈から言えば、不完了体покупать(パクパーチ)は本来купать(クパーチ)とかいう形になるはずなのだ。なぜここで唐突に頭にпо-がつくのか。これはロシア語内にすでに不完了体のкупать(クパーチ、「水浴する」)という別動詞が存在し、それと混同される恐れがあるからだと思う。 つまり同音衝突を避けるために「買う」のほうに接頭辞がついたのではないだろうか、と思ったので調べてみた。

 他のスラブ語を見て見ると、「買う」のпокупатьと「水浴び(入浴)させる・する」のкупатьとは形が絶妙に「ちょっとだけ」違っていて、同音衝突が巧みに避けられている様子がよく分かる。 「買う」と「入浴・水浴び」はスラブ諸語では次のようになった。左側が不完了体、右側が完了体動詞である。

クロアチア語
kupati (se) - okupati (se)  (水浴び(入浴)させる・する)
kupovati - kupiti     (買う)

ポーランド語
kąpać (się) - skąpać (się) (水浴び(入浴)させる・する)
kupować – kupić     (買う)

ベラルーシ語
купаць(-цца) - выкупаць(-цца), пакупацца  (水浴び(入浴)させる・する)
купляць, пакупаць - купiць          (買う)

ウクライナ語
купати(ся) - викупати(ся),  скупати(ся) (水浴び(入浴)させる・する)
купувати - купити            (買う)

ロシア語
купать – выкупать(ся), искупать(ся) (水浴び(入浴)させる・する)
покупать - купить           (買う)

 アスペクトのペアは、普通は不完了体のほうが基本形で、そこに接頭辞をつけたりして完了体動詞を形成するパターンが多い。例えば不完了体писать(ピサーチ、「書く」)対 完了体написать(ピサーチ)など。それでもその逆、つまり完了体のほうをもとにしてそこから不完了体形を導き出すことも決してまれではない。これを二次的不完了体形成というが、なぜ「二次的」なのかというと、この場合は完了体動詞にすでに接頭辞がついている場合が大半だからだ。なので不完了体のパートナー形成は接頭辞をくっつけるのではなく動詞本体のほうの形を変えて行なう。それには3つやりかたがあって、1. 動詞の語幹に-ва-、-ова-又は-ива-を挿入する、2.語幹の母音и(i)をа(a)に変える、3.母音をaに変えた上さらに子音を変える。
 例えば完了体признать (プリズナーチ、「承認する」)対不完了体признавать(プリズナヴァーチ)が1の例、完了体решить(リェシーチ、「決める」)対不完了体решать(リェシャーチ)が2、完了体осветить(オスヴェチーチ、「明るくする」)対不完了体освещать(オスヴェッシャーチ)が3の例だ。
 
 そこで上のスラブ諸語をみると、その3種の不完了体構築方法と接頭辞による完了体形成が全部そろい踏みしているのがわかるだろう。クロアチア語、ポーランド語、ウクライナ語の「買う」が1、ベラルーシ語の「買う」が3、そしてロシア語の「買う」は(本来)2の例、「入浴する」は不完了体のほうはどの言語も同じなのに、完了体についている接頭辞そのものは言語ごとにバラバラだ。完了体のほうがが不完了体を基礎にして二次的に形成されたと見て取れる。大まかに言ってクロアチア語がo、ポーランド語の接頭辞がs-、ベラルーシ語、ウクライナ語、そしてロシア語はвы(vy)あるいはви(vi)なのだが、その東スラブ語間にも細かい部分に違いがある。ロシア語はвы-とис-の2種の接頭辞がペアと見なされるが、выкупать(ся)(ヴィクパーチ)のほうはちょっと注意を要して、アクセントの位置がвы(ヴィ)に来るвыкупать(ся)とпа(パ)に来るвыкупать(ся)は意味が全く違い、前者が「入浴」、паにアクセントが来ると「補償する」という別単語だ。ウクライナ語のвикупати(ся)も同様で頭のвиにアクセントを置かないと意味が違ってきてしまうから頭が混乱する。
 
 さらにウクライナ語の接頭辞с(s)は「買う」のほうにもくっついてскупити(スクピーチ、「買い占める」)という語を作る。「水浴び」のскупати(スクパーチ)とたった一字違いだ。ポーランド語にもこのs-が登場する。

 が、それより面白いのがベラルーシ語で、ロシア語のпокупать(パクパーチ)と音韻的に対応するпакупаць (パクパーチ)という語が存在し、「買う」を意味する。つまり不完了体ではкупляць(クプリャーチ) とダブっているわけだ。ところがこのпакупаць に再帰形態素ца(ツァ)がついた形пакупацца (パクパーッツァ)は完了体で「入浴」を意味する。辞書によってはцаなしのпакупаць も「入浴」で載っているものがあった。想像するにベラルーシ語のпакупацьを「買う」の不完了体の意味で使うのは新しい用法で、ロシア語の影響なのではないだろうか。本来пакупацьは接頭辞のついた完了体、それも入浴のほうの意味だったのではないだろうか。そのためか、ウクライナ語の辞書にもпокупатися(パクパチーシャ)という動詞はロシア語のвыкупать(ся)(ヴィクパーチ(シャ))と同じである、と説明しているものがあった。つまり「入浴」なのである。

 調べれば調べるほどますます「入浴・水浴」と「お買いもの」がごっちゃになって底無し状態になったのでこちらも嫌気がさしてきたためこの辺で止めさせてもらうが、それでもこの二つを少しでも明確に区別しようというスラブ語たちの必死の努力がいじらしい。
 最後に感想を一言。東スラブ諸語でも南スラブ語のクロアチア語でも現在は「水浴」のкупать(クパーチ)あるいはkupatiと「買う」のкупить(クピーチ)あるいはkupitiでは第一シラブルの母音は両方uとなっているが、ポーランド語でここがą、鼻音のoとなっているのを見れば、実はこれは本来は母音が違い、「水浴」のほうは元はuでなく鼻母音のoだったのではないかと思われてくる。実際ロシア語のмудрость(mudrost'、「知恵」)はポーランド語でmądrośćであり、ロシア語の口母音uとポーランド語の鼻母音oがここでもきれいに対応している。古教会スラブ語で「知恵」は現代ポーランド語と同じく鼻母音のoだったのだ。言い換えるとこれらは現在は混同されそうなくらい似た形だが、もとは混同される心配などない、違った形をしていたのではなかろうか。スラブ祖語の鼻母音oが東スラブ・南スラブ諸語では言語変遷の過程でuになり、真正のuと区別がつかなくなってしまったために話がややこしくなってしまったのだろう。
 「人生は蜘蛛の巣のようだ。どこに触れても全体が揺れる」という言葉があるが、これは言語についても言えそうだ。小さな音韻変化が全体に大騒ぎを起こすのである。


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