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 他の言語から取り入れた単語を借用語というが、その借用語という言葉自体明治時代の借用語ではないだろうか。多分ドイツ語Lehnwortか英語loan wordなんかからの翻訳だと思う。この語を見ると「借用ってことはいつか返すのか?」と理屈をこねたくなるが(あなただけです、そんな人は)、では避けて「外来語」と言った方がいいかというと、こちらはこちらでまた問題がある。何をもって外来語といったらいいのか考え出すとキリがなくなるからだ。今ではまるで日本語本来の言葉のような顔をしている馬、梅なんてのも元は中国語からの外来語だし、有史以前に原日本語が例えばマレー系の言語から借用した言葉(というものがあったとして)なんてそもそも見分けることさえ出来ない。純粋言語などというものが存在しないのだからつきつめて言えば単語は皆多かれ少なかれ皆外来語ということになり、あまり深追いすると言語の起源という言語学者にとってのNo-Go-Zoneに迷い込みかねないのである。

 だからあまり深くは考えないことにして、あくまで一般に言われている意味での借用Entlehnungであるが、これは取り入れ方の違いによっていくつかの種類に分けることができる。
 まず大きく1.借用造語Lehnprägungと2.借用語Lehnwörterに区別されるが、前者は意味の借用semantische Entlehnung、後者は語彙の借用lexikalische Entlehnungである。普通借用語だろ外来語だろと呼んでいるのは2のほう。日本語では片仮名で書くコンピューター(英語から)だろパン(ポルトガル語から)だろトーチカ(ロシア語から)だろという言葉がそれだが、欧州人が来る前に中国語から取り入れた大量の言葉、つまり漢語も本来借用である。ドイツ語にはラテン語・ギリシャ語起源の借用語が大変多い。漢語がなくては日本語でまともな言語生活をするのが不可能なのと同様、ドイツ語からラテン語・ギリシャ語を排除したら生活が成り立たなくなる。Fenster「窓」という基本単語も実はラテン語fenestraの借用だ。指示対象そのものが当該言語になかった場合、ものと同時にそれを指す言葉を取り入れるのは当然だが(上述のパン、ドイツ語のKaffee「コーヒー」など)、当該言語内にすでにそれを表す言葉があるのにさらに同じ意味の言葉を外から取り入れることもある。その場合指示対象は同じでもニュアンスに差が生じる。便所とトイレなどいい例だ。
 1のLehnprägungというのは外国語の語構成を当該言語の材料を使って模写すること。借用語と違って一応当該言語のことばのような顔をしているから外国語起源であると気づかれにくい。このLehnprägungはさらに細分できて、2-1.借用訳Lehnübersetzung、2-2.部分意訳Lehnübertragung、2-3.完全意訳Lehnschöpfung、2-4.借用語義Lehnbedeutungなどがある。分け方や用語などは学者によって微妙に異なるが、これらは大体次のように定義できる:
 2-1のLehnübersetzungはcalqueともいうが、外国語の語を形成している形態素を一対一対応で翻訳したものである。例えばラテン語のcompassioのcomとpassioという形態素をそれぞれドイツ語に訳してMit-leid→Mitleid(「同情」)、同じくラテン語のim-pressioのドイツ語借用訳がEin-druck(「印象」)。そのドイツ語がさらにロシア語に借用訳されたв-печатьが現代ロシア語の「印象」впечатлениеという単語のもとである。またフランス語のchemin de fer (road of iron)がドイツ語に借用訳されてEisen-bahn、それがまた日本語に借用訳されて「鉄道」となった。
 2-2のLehnübertragungは借用訳より少し意訳度が高いもので、例えばラテン語のpatria「祖国」は本来「父の」という形容詞から作られた女性名詞だがドイツ語では「父」の後ろに「国」Landという語を付加して(つまり意訳して)Vaterland「父の国→祖国」という語を作った。もっとも「ドイツ語では」というよりこの部分意訳は「ゲルマン語」の時代に行なわれたらしく、オランダ語など他のゲルマン語でも「祖国」は「父の国」である。さらにしつこく考えてみるとそもそものラテン語でもpatriaの後ろに「土地」を表す女性名詞、例えばterraかなんかがくっ付いていたのかもしれない。さらにドイツ語の「半島」Halbinselはラテン語のpaen-insula(「ほとんど島」)からの部分意訳である。日本語の「半島」はドイツ語からの借用訳でもあるのだろうか。
 2-3の Lehnschöpfungは部分意訳よりさらに自由度が高く、形の上ではもとの外国語の単語から離れている、いわば意訳による新語である。ドイツ語にはautomobilの意訳から生まれたKraftwagen(動力車→「自動車」)という言葉がある。Sinnbild(「象徴」)もsymbolからの借用造語である。両語とも借用造語と平行してそれぞれAuto、Symbolという借用語も存在するのが面白いところだ。
 2-4のLehnbedeutungでは対応する外国語の単語に影響されて当該言語の単語に意味が加わることである。有名なのがドイツ語のEnte(「アヒル」)という言葉で、本来は鳥のアヒルまたはカモの意味しかなかった。ところがフランス語の「アヒル」という単語canardに「ウソのニュース」、今流行の言葉で言えば「フェイクニュース」という意味があったため、ドイツ語のアヒルEnteにもこの意味がくっついてしまった。さらにドイツ語のrealisierenには本来「実現する」しか表さなかったが、英語のrealizeが「悟る・実感する」をも示すのに影響されて現在ではドイツ語のrealisierenも「悟る」の意味で使われている。

 一口に借用と言っても色々なレベルがあるのだ。

 明治時代に次々と作られた新語、私たちが普通英語からの「訳語」などと呼んでいる夥しい借用造形語などもこれに従ってカテゴリー分けしてみると面白そうだが、そんなことは日本ではすでに色々な学者があちこちでやっているから、私が今更こんなところでシャシャリ出るのは止めにして、代わりにルーマニアのドイツ語をちょっと見てみたいと思う。
 ルーマニアのジーベンビュルゲン、日本語で(?)トランシルバニアと呼ばれている地方には古くからドイツ人のディアスポラがある。ジーベンビュルゲンへのドイツ人移民はなんと12世紀にまで遡れるそうだから中高ドイツ語の時代である。20世紀の政治的・歴史的激動時代にドイツ系住民は強制移住させられたり、自主的にドイツ本国に帰ってきたりしたものが大勢いたため、現在ルーマニアでドイツ語を母語とするのは5万人以下とのことだ。しかし一方人や他国との交流が自由になったし、EUの加盟国となったルーマニアが欧州言語憲章を批准したのでドイツ語は正式に少数言語と認められて保護する義務が政府に生じた。ドイツあるいはオーストリアから教師が呼び寄せられてジーベンビュルゲンだけでなくその他の地域でもドイツ語の授業、特に書き言葉教育が行なわれるようになったそうだ。その書き言葉というのはつまりドイツあるいはオーストリアの標準ドイツ語だから、元からルーマニアでドイツ語を話していた人たちにとってはまあある意味外国語ではあるが、新聞なども発行されている。
 そのルーマニアの標準ドイツ語では本国では見られない特殊な語彙が散見される。ルーマニア語からの借用語・借用造語のほかにも、ハプスグルグ家の支配時代から引き継いだオーストリアの標準ドイツ語から引き継いだ語が目立つそうである。Ulrich Ammonという社会言語学者らが報告しているが、面白いのでまずルーマニア語からの借用語から見ていこう。右にルーマニア語の原語(イタリック)を挙げる。

Ägrisch, der  ← agrişă 「グズベリー」
Amphitheater, das  ← amfiteatru 「(大学の)講義室」
Bizikel, das  ← bicicletă 「自転車」
Bokantsch, der  ← bocanci 「登山靴」
Hattert, der  ← hotar, határ 「入会地、耕地の区画」
Klettiten, die  ← clătite 「パンケーキ」
Komponenz, die  ← componentă 「 構成(要素)」
konsekriert  ← consacrat 「有名な」
Märzchen, das  ← mărţişor  「3月に女の子や女性が紅白の紐で下げるお守り」
Motorin, das  ← motorină 「ディーゼル燃料」
Otata, der  ← otata, tata 「おじいさん」
Planifizierung, die  ← planificare 「計画」
Sarmale, die  ← sarmale 「ロールキャベツ」
Tata, der  ← tata 「父、お父さん」
Tokane, die  ← tocană 「グーラッシュ(肉のシチューの一種)」
Vinete, die (pl.)  ← vânătă 「焼いて刻んだナスから作るサラダ」
Zuika, der  ← ţuică 「プラム酒」

Hattertの元となったhatár(太字)というのはルーマニア語がさらにハンガリー語からとりいれた語らしい。また「おじいさん」のtataはルーマニア語がスラブ語、ブルガリア語とかセルビア語とかその辺から借用した語なのではないかと思う。

 借用訳部分意訳はきっちり区別しにくい場合があるのでまとめて掲げるが、政治や社会制度を表す語が多い。ルーマニアの国に属していたのだからまあ当然なのだが、チラチラと共産主義の香りが漂ってくる語が多くて面白いといえば面白い。それぞれ形態素をバラして英語訳をつけ、一部比較のために本国ドイツ語の言い回しをつけてみた。ルーマニア語はロマンス語だけあって形容詞が後ろに来るのがさすがである。

Allgemeinschule, die ← scoală generală 「 一学年から8学年までの学校」
(general  +  school)      (school general)
Autobahnhof, der ← autogară 「バスステーション」Busbahnhof
(car + station)       (car + station)
Bierfabrik, die ← fabrică de bere 「 ビール醸造所」Bierbrauerei
(beer + dactory)     (factory of beer)
Chemiekombinat, die ← combinat chimic 「化学コンビナート」
(chemistry + collective)           (collective chemical)
Definitivatsprüfung, die ← examen de definitivat 「教職課程の最初の試験」
(Definitivat + examination)        (examination of definitivat)
Finanzgarde, die ← garda financiară
(finance + guard)      (guard financial)
 「企業の税務処理が規定どおりにおこなわれているかどうかコントロールする役所」
Generalschule, die ← scoală generală 「(上述)1年から8年生までの学校」
(general  +  school)     (school general)
Hydrozentrale, die ← hidrocentrală 「水力発電所」Wasserkraftwerk
(hydro + central)      (hydro + central)
Kontrollarbeit, die ← lucrare de control 「(定期的に行なわれる)授業期間中の試験」
(control + work)      (work of control)    
Kulturheim, die ← cămin cultural 「(村の)文化会館」Kulturhaus
(culture + home)     (home cultural)
Lektionsplan, der ← plan de lecţie 「授業プラン」Unterrichtsplan
(lesson + plan)      (plan of lesson)        
Matrikelblatt, das ← foaie matricolă 「成績などが書きこまれた生徒の内申書」
(matriculation + sheet)   (sheet  amtriculation)
Notenheft, das ← carnet de note
(mark + notebook)    (book of mark)
「生徒が常に携帯している、成績または学業の業績が記録されたノート」
Postkästchen, das ← cutie poştală 「郵便受け」Briefkasten
(post + (little) box)      (box postal)
Schulprogramm, das ← programă şcolară 「教授計画、カリキュラム」Lehrplan
(school + program)       (program school)
Stundenplan, der ← orar 「営業時間」Öffnungszeiten
(time + plan)       (timetable)
Thermozentrale, die ← termocentrală 「火力発電所」Wärmekraftwerk
(thermo + central)      (thermo + centeral)
Turmblock, der ← bloc turn 「高層ビル」Hochhaus
(tower + block)     (block towaer)
Winterkommando, das ← comandament de iarnă
(winter + command)       (command of winter)
「激しい降雪や道路の表面が凍った際などに特定の業務を行なうため(政府の指示で)結成される部隊」
Ziegelfabrik, die ← fabrică de cărămizi
(brick + factory)     (factory of bricks)
 「レンガ製造所、レンガ焼き工場」Ziegelei, Ziegelbrennerei

借用語と借用訳の両方にまたがっていそうなのもある。例えばdefinitivat(太字)はルーマニア語で「過程終了」という意味だが、ドイツ語ではそれをそのまま持ってきている。Thermozentrale 、Hydrozentraleなども借用訳といったらいいのか借用語なのか、ちょっと迷うところだ。

 さらに借用意義とは言い切れなくても、本国のドイツ語にある全く同じ形の単語と意味、少なくとも「主な意味」が違っているものがある。最初にルーマニア・ドイツ語(ル)、その下に本国ドイツ語(本)の意味を挙げる。

Akademiker, der    またはAkademikerin, die    
 ル・科学アカデミーのメンバー
 本・大卒者
Analyse, die
 ル・血液または尿検査
 本・分析
assistieren
 ル・(講義を)聴講する
 本・助手として手伝う
dokumentieren
 ル・報告する
 本・文書に記録する
Gymnasium, das
 ル・5学年から8学年までの学校
 本・5学年から13年生までの学校
Katalog, der
 ル・生徒の学業成績・試験の点などが書き込まれた公式の記録書
 本・目録、カタログ
kompensiert
 ル・値段に差があった場合、健康保険で薬局に低い方の値段を支払えばすむようになっている
   (医薬品に関して使う)
 本・埋め合わせられた、補償された
Norm, die
 ル・教師が受け持つことになっている授業コマ数
 本・基準、規格、規定
Tournee, die
 ル・周遊旅行
 本・(芸能人などの)巡業

dokumentieren、Gymnasium、Tournee(太字)については本国ドイツ語との意味の違いがルーマニア語の影響であることがわかっている。それぞれa se documentagimnaziuturneu(元々フランス語tournéeから)の意味をとったとのことだ。

 少し前にルーマニア生まれのドイツ人に会ったことがある。若い人だったが、「子供の頃にすでにドイツに移住してきた」(本人曰)せいか、話す言葉は完全に本国の標準ドイツ語だった。でも夏期休暇などにはルーマニアに帰って(?)過ごすそうだ。

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