ウイルス、なかなか退散してくれませんねぇ… ちょっと油断してるとすぐクラスター来るし。困ったもんだ。

 クロアチア語では「2番目の」という意味と「他の」という意味に同じ単語を使う。drugiという言葉である。外国語では日本語では全く違う意味が一つの単語に統一されている例によく出会ってそのたびに驚くが(『67.暴力装置と赤方偏移』参照)、これもその一つだ。たとえばdrugi čovek は「他の人」、drugi dan は「二日目」と理解されるのが普通だが、それぞれ「第二の男」、「他の日」も表せる。文脈から判断するしかない。

 そこでよく考えてみたら、印欧語では1と2、特に1で序数が基数と全く関係のない形になっている、つまり序数が素直に基数から導き出されてはいない例がほとんどであることに思い当たった。「第一の」「第二の」がそれぞれ1と2とは全く別の単語になっているのだ。基数と序数が同語幹になるのはたいてい3番目以降で、2ですでに基数と序数が同源になっているドイツ語などはむしろ少数派だ。ちょっと比べてみると次のようになる。左が基数、右が序数。面倒なので男性形だけ掲げてある(サンスクリットは語幹のみ)。「2」で基数と序数が同じになっているものには下線を引いた。

英語
one - first
two - second
three - third

アイスランド語
einn - fyrsti
tvö - annar
þrír - þriðji

ドイツ語
eins - erster
zwei - zweiter
drei - dritter

フランス語
un - premier
deux - deuxième, second
trois -   troisième

スペイン語
uno - primero
dos - segundo
tres - tercero

ロシア語
один - первый
два - второй
три - тречий

ブルガリア語
един - първи
два - втори
три - трети

クロアチア語
jedan - prvi
dva - drugi
tri - treći

ラテン語
ūnus - prīmus
duo - secundus, alter
trēs - tertius

古典ギリシア語
εἷς (heîs) - πρῶτος (prôtos)
δύο (dýo) - δεύτερος (deúteros)
τρεῖς (treîs) - τρίτος (trítos)

サンスクリット
eka - prathama
dvi - dvitīya
tri - tṛtīya

ギリシャ語の「第二」に下線を引かなかったのは基数 δύο と序数 δεύτερος では確かに頭の子音は双方いっしょだが、後の母音が完全に違っているからである。それで後者は前者から派生したと言い切ることができない。δεύτεροςはδεύω (deúō) 「~に届かない、足りない」から来ているという説もあるそうだ。日本の印欧語学者高津春繁氏もこちらの説をとっている。このギリシャ語を除外すると、2の序数が基数から導き出されているのはドイツ語、フランス語、サンスクリットだ。しかしフランス語ではその deuxième の他に second という形もあってどちらも「第二」だが使う意味領域に微妙な違いがあるらしい。フランス語語源辞書の類には一発で書いてあるのだろうがちょっと手元にないので以下は私の単なる推測で失礼:ラテン語と同じ形であることからも、英語にこの形が持ち越されていることからもsecond の方が古い形であることは明らかだと思う。中世フランス語では second だけだったのではないだろうか。それがアングロノルマン語を通して英語に伝わったと考えると、大陸フランス語にdeuxièmeという形が発生したのは単純計算でイギリスでのヨーク王朝時代以降、15世紀以降ということになるが、話によるとプランタジネット王朝の時代の半ば、13世紀にはすでに大陸の古フランス語とアングロノルマン語の差が結構開いていたそうなので、その時期にすでに大陸では deuxième が発生していたのかもしれない。とにかく second の方が古い形だと考えざるを得ない。
 ドイツ語の「第二」zweiter、基数から直接導き出された序数については、14世紀以降の比較的新しい時代のものであることがわかっている(つまり私のいい加減な推測ではない)。オランダ語の「第二」も基数派生の tweede だが(基数の2は twee )、この語の発生は中期オランダ語時代、12世紀から16世紀にかけての時期だ。蘭独ともにそれ以前はクロアチア語などと同じく「第二」を「別の」「他の」で表していた。両言語とも andar または ander で、ゲルマン祖語の *anþeraz から来ている。アイスランド語でもついでにゴート語でも「第二」は「別の」、 それぞれ annar と anÞar である。つまり大陸の西ゲルマン語派とフランス語で基数派生の「第二」が発生した時期がある程度重なっていることになる。西ゲルマン語からフランス語へか、フランス語から西ゲルマン語へか、とにかくどちらかが借用訳(『119.ちょっと拝借』参照)したのではないだろうか。
 古い方の「第二」はラテン語 secundus が元で、これは sequor (「後に続く、従う」)という動詞から派生した形容詞である。印欧祖語形は *sekʷ-とされている。さらにそのラテン語には secundus の他に alter という言葉も「第二」を表すのに使われる。フランス語にも似たダブル単語状態だが、alterは alternative という英語を見てもわかるように「もう一つの」「他の」という意味である。もっともフランス語と違ってラテン語のふたつはどちらも基数の2とは関係がない。なお、形は似ているがラテン語の alter とゲルマン語の *anþeraz(とその派生形)は印欧祖語での語源が違う。
 ロシア語(とブルガリア語)の「第二」は古教会スラブ語では въторъ だが、これは印欧祖語の *(h₁)wi-tor-o-.「再びの」「さらなる」という語幹から来ているという説明があった。形はラテン語より離れているがこちらの方こそ*anþerazと同語源だそうだ。

 順序が前後するが、「第一」英語の first とラテン語の prīmus は形的に一見関係ないようだが実はどちらも印相祖語の語幹 *preh₂-から派生してきた語でもともと 「前の」という形容詞の最上級である。「最も前の」だ。ここから意味がさらに派生して、「すべての者より先に行く者→最も重要な者→一番偉い人」という具合に意味が進み、「長」とか「ボス」のを表すようにもなった。ドイツ語のFürst(「公爵」)はこの first と同源である。ロマンス語の p がゲルマン語では f になるのは、ラテン語のpater (「父」)が英語で  father になるのと同様、グリムの法則・第一次音韻推移の図式通り。とにかく現在の印欧語の「第一」はどいつもこいつもこの語源だが、まるでギャグのようにドイツ語だけは違う語源で、「第一」erster は「前の」 でなくもともと「早い・初期の」という形容詞の最上級だそうだ。他のゲルマン諸語に比べてもドイツ語は例外だ。オランダ語でも「第一」は 「前の」で vorst となっている 。

 このように少なくとも「第一」は基数派生でないのが(「第二」では基数派生のものが現れてくる)ヨーロッパの基本らしい。さらに見てみると;

アルバニア語
një - i pari
dy - i dyti
tre - i treti

ルーマニア語
unu - primul
dou - al doilea
trei - al treilea

非印欧語までがこの路線を踏襲している。

ハンガリー語
egy - első
kettő - második
három - harmadik

フィンランド語
yksi - ensimäinen
kaksi - toinen
kolme - kolmas

バスク語
bat - lehenengo
bi - bigarren
hiru - hirugarren

ハンガリー語の「第一」elsőは「前の」、「第二」másodikは「他の」という意味だそうだ。印欧語と全く同じパターンである。フィンランド語の「第一」も「この」とか「前の」、「次の」、「第二」toinen は「他の」だそうだ。みんなしてそこまで印欧語に付き合わなくてもよさそうなものだ。バスク語は2から基数派生だが、1の序数 lehenengo はやっぱり基数と全然違う形をしている。ただし語源は不明とのこと。

 そうやって非印欧語までが別語源となっている中で印欧語のくせに序数が1から基数派生の言語がある。ロマニ語(『50.ヨーロッパ最大の少数言語』参照)である。

ロマニ語
jekh - jekhto
duj - dujto
trin - tri(n)to

これがロマニ語の基本だが、場所によっては周りの言語から影響を受けている。例えばロシアのロマニ語では 「第一」は yekhitko(語尾が少し「基本」と違うが基数からの派生であることは明らかだ)の他にロシア語から取り入れたpervoという形、「第二」では duitko と並行して utoro という形も使われている。さらにオーストリアやドイツのロマニ語では「第一」を ersto または erschto といい、ドイツ語の erst からの借用である。「第二」からは dujto、 trinto と続き、基本通りだ。さすがのロマニ語も1では序数が揺れやすいということなのだろうが、思い出してみると日本語も1の序数に揺れがある感じだ。「1番目」の代わりに「最初の」という序数(?)が使われることが結構あるからだ。例えば第一子は普通「一番目の子」とは言わずに「最初の子」だし、「一番目の日から」とか「第一日目から」というより「最初の日からすでに…」という言い回しをすることの方が多い。さらに剣道や柔道の段も一段・弐段・参段と言わないで初段・弐段・参段という(何を隠そう、実は私は剣道参段を持っているのであった)。もしかしたら1の序数に別単語を使う現象は他の言語にも広く行き渡っているのかもしれない。調べてみると面白そうだ。


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