アルザスのこちら側

一般言語学を専攻し、学位はとったはいいがあとが続かず、ドイツの片隅の大学のさらに片隅でヒステリーを起こしているヘタレ非常勤講師が人を食ったような記事を無責任にガーガー書きなぐっています。それで「人食いアヒルの子」と名のっております。 どうぞよろしくお願いします。

September 2016

 初めて見たときから漠然と感じているのだが、例のコルブッチの傑作『殺しが静かにやって来る』(1968)は『86.3人目のセルジオ』の項で述べたセルジオ・ソリーマの2作目『血斗のジャンゴ』をベースにしているのではないだろうか。知名度から見たら『殺しが静かにやって来る』のほうが格段に上なので、一瞬ソリーマがコルブッチを参考にしたのかと思うが制作も公開も『血斗のジャンゴ』のほうが一年も早いから、どちらかがどちらかをベースにしたとすればパクったのはコルブッチのほうでしかあり得ない。「ベースにしたとすれば」と書いたが、この類似を偶然というのはあまりにも似すぎているし、マカロニウエスタン独特の相互引用ぶりを考えても(『78.「体系」とは何か』の項参照)、ここは「したに違いない」と言ってもいいのではないだろうか。

 『殺しが静かにやって来る』はさすがに有名映画なので皆ストーリーを知っているだろうから(どういう「皆」ですか?)省くが、『血斗のジャンゴ』は、いかにもソリーマらしい心理学的・社会的なプロットで、次のようなものである。

 ボストンの大学で歴史学を教えている教授(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が肺を病んで療養のため南部、てか西部にやって来る。ところが途中で逮捕された強盗団のボス(トマス・ミリアン)が逃亡する際の人質にされてしまい、しばらく彼と留まることになる。

 その間に教授は暴力や絶対的な権力に対して妙な魅力を感じ始め、しまいにはミリアンの仲間、というより片腕になってしまうのだが、無法者ミリアンの胸の中には逆に今まで眠っていた良心・理性といったのものが胎動し始める。

 政府はミリアンの率いる無法者の集まりをなんとか撲滅しようと前々から画策していたが、あるときピンカートン探偵事務所(いわば当時のCIA)の職員(ウィリアム・ベルガー)をスパイとしてミリアンの強盗団のなかに潜入させる。ミリアンを逮捕する機会をつくるためである。

 そのベルガーが画策してミリアンは捕えられ、さる町の牢屋にぶち込まれるのだが、町の有力者はこの機会にミリアンだけでなく無法者の集団も一気に全員殲滅しようとして討伐隊を組織し、ベルガーにその隊長をやってくれと打診するが、ベルガーは「俺の任務はミリアンの逮捕を助けるということで終わりだ。理性を失った討伐隊だろなんだろの統制など出来ないしする気もない」と断って本部に帰ろうとする。ところが同じ留置所に前から捉えられていた盗賊団の一人が金でつられて仲間を皆裏切り、アジトの場所をバラしたばかりか、自ら討伐隊の先頭に立ってかつての仲間を虐殺しに出かけたと知ってミリアンが必死で脱獄したため、「彼が逃げたとあればそれは俺の仕事だ」といって討伐隊のあとを追う。

 逃げたミリアンは仲間の隠れ場所に駆けつけるが、すでに大半の者は「正義・法」の名にかこつけて犯罪者狩りをした市民の手で殺されていた。女子供もなかにはいた。彼らの大半は食うに困って仕方なく家族を連れて無法者の中に身を投じた者たちなのである。生き残った人々は砂漠を横切って逃げようとするが、血に飢えた「正義の討伐隊」が彼らに迫り、女子供もろとも始末しようとする。ミリアンとヴォロンテが討伐隊(50人くらいいた)と最終的対決をすべく砂漠の岩に隠れてライフルを構えたところで追いついたベルガーがやって来る。こいつまで来やがったかとミリアンがベルガーに銃を向けて構えた瞬間ベルガーは討伐隊に向かって叫ぶ。
 「やめろ、あいつを逮捕するのは俺の仕事だ。お前達のやっていることには何の正統性もない。家に帰れ、手を出すな」

 「楽しみ」を邪魔された男たちは今度はベルガーに発砲するが、彼が隊長ともう一人を射殺したので、元々烏合の衆だったその他の者は動揺し引き返す。弾を食らったベルガーはその怪我をしたまま足を引きずりながらヴォロンテとミリアンの前に堂々と立ち、「お前を逮捕する」と(ややかすれ声で)言う。その体で何が逮捕だこの馬鹿とばかりヴォロンテの銃が火を噴きベルガーは2発目を食らうが、ミリアンのほうは「俺は投降する、法に従う」と言って立ち上がる。ヴォロンテは驚いて、何を血迷っているんだ、こんな男これで終わりだとベルガーにとどめをさそうとした瞬間、ミリアンの銃がヴォロンテに向かって火を噴く。

 ベルガーは一瞬状況を把握できないでいたようだが(すでに死を覚悟していたのだ)、やがてヨロヨロ立ち上がると死んでいるヴォロンテの顔面に弾をバシバシ撃ち込んで顔をめちゃくちゃにし、「顔がわからなければ皆この死体はお前のものだと思うだろう。他のものには俺がそういっておく。さあ、さっさと行け」とミリアンを逃がす。

 繰り返しになるが、この映画の原題はFaccia a faccia(face to face )というもので、結構含蓄のある題名だ。私はこれを「自分の内部にある別の自分と対面した」という意味なのだと解釈していることは以前にも書いた。最後に死体の顔を破壊したのも「顔」ということでタイトルと結びついている。

 『殺しが静かにやって来る』とモティーフが重なっていることは瞭然である。

 已むなく無法者となった社会の弱者を正義の名を借りて血に飢えた人間狩りをする賞金稼ぎ・討伐隊。登場人物にも平行性がある。まずウィリアム・ベルガーの役と『殺しが静かにやって来る』のクラウス・キンスキーの役が重なって見える。どちらも無法者の群れを追う、という設定だからだ。
 しかもベルガーもキンスキーも金髪でちょっと角ばった顔つきをしていて容貌の基本が同じだし(ただ顔の造作そのものは全く違う)、最初登場してくる際どちらも襟元がなんとなくワヤワヤした服装をしているのも共通項。そして双方雰囲気が陰気で、これも双方「Wanted」のチラシというかポスターというか、紙切れをビラビラ自慢げに見せびらかす。

双方襟元がワヤワヤした衣装でどちらも陰気にご登場。上がベルガー、下がキンスキー
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そしてご両人とも「Wanted」の紙切れをひけらかす。
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 ベルガーは笑うと普通にしているより顔が陰気になるというジュリアーノ・ジェンマなんかとは全く逆のタイプで、その不遜な笑い顔がトレードマークと化している感があるが、その陰気な笑い方をして見せてもまあ普通のおっちゃんである(もっとも私はイイ男だと思うが)。対してキンスキーは別に笑わないで普通にしていてもサイコパスにしか見えない。こりゃああの真面目なソリーマ監督には使いにくいだろう。

これも上がベルガー、下がキンスキー
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 『殺しが静かにやって来る』のもう一人の主人公、ジャン・ルイ・トランティニャン演じるサイレンスという人物は服装から見てコルブッチの前作『続・荒野の用心棒』のフランコ・ネロを引き継いだことは明白だが、フランク・ヴォルフがやった保安官。この登場人物は『血斗のジャンゴ』のベルガーと重なる。ヴォルフ保安官も本来無法者たちを追う立場なのに彼らに対して理解を示すのだ。
 面白いことにクラウス・キンスキーはドイツ人、フランク・ヴォルフはアメリカ人ではあるが名前を見てもわかるようにドイツ系で、ドイツ語が少し話せたそうだ。ウィリアム・ベルガーも本名ヴィルヘルムというオーストリア人である。バーガーと呼んでいる人が大半だが私はドイツ語に義理立てしていつもベルガーと言っている。だからこの3人は役を離れても妙につながっているのだ。

 つまり『血斗のジャンゴ』でベルガーがやっていた一人のキャラクターをコルブッチは二人に分けたということだ。ソリーマでは最初無法者を追う方であったベルガーが最後は彼らに理解を示して逃がしてやるが、コルブッチではこの二つの要素、あくまで追うほうと助けるようとするほうが最初から二つにキッパリ分れ、交じり合うことがない。そしてコルブッチでは最後には善役でなく悪役が勝つ。言い換えるとソリーマでは道徳が法より優先するが、コルブッチでは法が道徳に勝つのである。

 このように元の映画の設定をこれみよがしに逆にする、というのはコルブッチの得意ワザだ。だから『続・荒野の用心棒』ではレオーネではカラカラの砂塵だった部分がドロドロの泥濘に化けたし、『殺しが静かにやってくる』ではソリーマの暑い砂漠がいかにも寒そうな雪景色と化した。『血斗のジャンゴ』でベルガーが初登場するとき森をぬけてくるシーンと、『殺しが静かにやってくる』のタイトル画面の構図がそっくりであるが、前者では普通の森であったのが後者では雪景色になっている。
 なお、話はそれるがラストでベルガーに撃ち殺される卑怯な裏切り者の役をやったのは相変わらずというかまたかよというか、アルド・サンブレルである。

木の間に埋もれて乗馬姿の主人公が見分けにくいが、画面の構図がそっくりである。上が『血斗のジャンゴ』、下が『殺しが静かにやって来る』

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構図が非常に美しい『血斗のジャンゴ』のラストシーンでのジャン・マリア・ヴォロンテとウィリアム・ベルガー(肩の傷を押さえてうずくまっているほう)
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 マカロニウエスタンでは「3人のセルジオ」という言い方をすることがある。ベスト作品の多くをセルジオという名前の監督が撮ったからである。その三人とはセルジオ・レオーネ、セルジオ・コルブッチ、セルジオ・ソリーマ。レオーネとコルブッチはジャンルファン以外の普通の映画好きの間でも有名だから今更紹介などする必要もないだろうが、三人目のソリーマは知らない人もいるのではないだろうか。全部で五作西部劇を撮ったレオーネ、13作という数だけは最大数の西部劇を世に出したコルブッチに対し、ソリーマが作ったのは僅かに3作品だが、特に最初の2映画はマカロニウエスタンの傑作として伝説化している。最後の3作目がちょっと弱いかなとは思うが、ソリーマにしては弱いというだけで、その他のマカロニウエスタンの平均水準は完全に越えているから安心していい。『殺しが静かにやって来る』などの大傑作をつくる一方、目を覆うような駄作も生産したムラのあるコルブッチとは対照的である。
 レオーネはクリント・イーストウッド、コルブッチはフランコ・ネロを起用してスターの座に押し上げたが、ソリーマはキューバ生まれで後にアメリカに移住したトマス・ミリアンを使って成功した。ソリーマ自身、「レオーネにはイーストウッド、コルブッチにはネロ、そして私にはミリアンがいる」と言っていたそうだ。ミリアンはラテン系のイケメンであるが、コミカルな役も多い。昔の言葉で言う「二枚目半」というところだろう。
 実はうるさく言えばもう一人、セルジオという名の監督がいる。アンソニー・ステファン主役で西部劇を撮ったセルジオ・ガローネという人だが、この人の作品群ははっきり言ってB級ばかりなので、この人が勘定されることはない。つまり「4人のセルジオ」という言い方はしないのである。
 コルブッチもレオーネも1990年代に亡くなってしまったが、ソリーマは2015年まで存命だった。電子版ではあったが、新聞に死亡記事も載った。私の世代の人ならチャールズ・ブロンソン主演の『狼の挽歌』という映画を知っている人も多いのではないだろうか。これを撮ったのがソリーマである。

 さて、辞書などには出ていないが(当たり前だ)Nicht-Leone-WesternあるいはNon-Leone-Westernという言葉がある。「非レオーネ西部劇」。セルジオ・レオーネを別格扱いし、それ以外の手で製作された西部劇という意味である。言葉どおりに取ればジョン・フォードもハワード・ホークスも非レオーネ西部劇のはずだが、普通マカロニウエスタンのみを指す。人が3人寄れば必ず話題に上るのが「最高の非レオーネ西部劇はどれか?」ということであるが、うちにある本の巻末にも「非レオーネ西部劇ランキング」というアンケートの結果が載っている。もちろんこの手のアンケートはそこら中でいろいろな人がやっている上、これも母集団をしっかり設定しているわけでもなんでもないので単なる茶のみ話以上ではないが、見てみると結構面白い。

1.『復讐のガンマン』 1966、セルジオ・ソリーマ
2.『殺しが静かにやって来る』 1968、セルジオ・コルブッチ
3.『続・荒野の用心棒』 1966、セルジオ・コルブッチ
4.『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』 1967、ジュリオ・ペトローニ
5.『血斗のジャンゴ』 1967、セルジオ・ソリーマ
6.『群盗荒野を裂く』 1966、ダミアノ・ダミアーニ
7.『西部悪人伝』 1969、ジャンフランコ・パロリーニ
8.『さすらいのガンマン』 1966、セルジオ・コルブッチ
9.『情無用のジャンゴ』 1967、ジュリオ・クェスティ
10.『ガンマン大連合』 1970、セルジオ・コルブッチ
11.『怒りの荒野』 1967、トニーノ・ヴァレリ
12.『ケオマ・ザ・リベンジャー』 1976、エンツォ・ジロラーミ
13.『豹/ジャガー』 1968、セルジオ・コルブッチ
14.『続・荒野の一ドル銀貨』 1965、ドゥッチョ・テッサリ
15.『... se incontri Sartana prega per la tua morte』(日本未公開) 1968、
   ジャンフランコ・パロリーニ
16.『続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ!』 1968、セルジオ・ソリーマ
17.『傷だらけの用心棒』 1968、ロベール・オッセン
18.『黄金の3悪人』 1967、エンツォ・ジロラーミ
19.『怒りの用心棒』 1969、トニーノ・ヴァレリ
20.『黄金の棺』 1966、セルジオ・コルブッチ

いかにソリーマの作品の評価が高いかわかる。私個人としては『ミスター・ノーボディ』が入っていないのが意外だ。もしかすると「ある意味ではレオーネ作品」と見なされて票が逃げたのかもしれない。
 以前にも書いたが(『22.消された一人』『77.マカロニウエスタンとメキシコ革命』の項参照)、『復讐のガンマン』の原題はLa resa dei conti「ツケの清算」、ドイツ語ではDer Gehetzte der Sierra Madre「シエラ・マドレの追われたる者」で、いかにもソリーマらしい気の利いたタイトルであった。私はこの映画にこの邦題をつけた奴を許さない。
 さらに許さないのがソリーマの二作目につけられた『血斗のジャンゴ』である。この映画の原題はfaccia a faccia、ドイツ語でもこれを直訳してVon Angesicht zu Angesicht(Face to face)という意味で、現に英語のタイトルもそうなっている。主役の名もジャンゴなどとは関係ないし、ストーリーも『復讐のガンマン』ですでに明確になっていたソリーマの社会派路線をさらに発展させ、登場人物の人格が映画の中で変わっていき善役と悪役がキャラクター転換するというマカロニウエスタンらしからぬ非常に練ったもの。主役を演じるのもトマス・ミリアンとジャン・マリア・ヴォロンテという大物だ。このタイトルはたぶん「いままで隠れていた自分の本当の姿に向き合う」という含みだと思うのだが、この傑作をどうやったら『血斗のジャンゴ』などと命名できるのが謎である。神経に異常がある人だったか、映画を全くみていないかのどちらかであろう。
 この二つが「ベスト非レオーネ西部劇」の上位にランクされているのも当然だが、実は私は「ベスト非レオーネ」どころか、レオーネの作品よりこっちの方が二つとも好きである。困るのは『復讐のガンマン』と『血斗のジャンゴ』のどちらが好きかと聞かれた場合だ。どちらも甲乙つけがたいからだ。
 ストーリーは『血斗のジャンゴ』の方に軍配があがるだろう。両主役のミリアンとヴォロンテもいいが、なんと言っても私がこの映画で好きなのは第三の主役、ミリアンとヴォロンテの間をウロチョロするウィリアム・ベルガーである。特にラストシーンでのベルガーはメチャクチャかっこよく、私としてはこれを「マカロニウエスタンで最も印象に残るシーン」として推薦したいほどだ。このシーンは砂漠での撮影だったが、そのとき雲が流れていて頻繁に光の具合が激しく変わったため、シーケンスのつながりを案じてソリーマは撮り直しも覚悟したそうだ。幸い出来上がったラッシュを見たらOKだったという。OK以上である。
 ただ、この映画にはマカロニウエスタン特有の「毒」というかエキセントリックさがやや少ない。普通の人の鑑賞にも堪えるまともな映画であることが裏目に出た感じだ。
 『復讐のガンマン』はなんと言ってもマエストロ、エンニオ・モリコーネのテーマ曲が地獄のようにいい。私はこのサントラを聴くたびにその場で死んでもいいような気になるのだ。以前誰かが「モリコーネ節」という言い方をしているのを見たことがあるが、この映画ではまさにそのモリコーネ節全開なのである。女性歌手クリスティ(本名クリスティナ・ブランクッチ、私の知り合いにこの人を「クリスティ姉さん」と呼んで慕っている人がいた)の歌声のイントロで虜にされた直後、賞金稼ぎリー・バン・クリーフが最初の獲物(?)に会うシーンでさっそくまた気高いメロディが響く。ちょっと高級なソリーマ映画にまさにドンピシャな気高さだ。ラスト近くで主役のトマス・ミリアンが追われていくシーンがあるが、そこで流れるエッダ・デロルソのソプラノのスコアの美しさは例のEcstasy of Goldに優るとも劣らない。このソプラノにノックアウトされたすぐ後、ラストの決闘シーンでもゾクゾクするようなモリコーネサウンドが惜しみなく注がれる。それもあってかこの映画の英語のタイトルはこの決闘シーンを売りにしてThe big gundownとなっている。

 この『復讐のガンマン』のサウンドトラックが死ぬほど好きなのは私だけではないらしく、やっぱり上述の本に載っていた「好きなマカトラランキング」ではこれが一位になっている。また、ソリーマ二作目ではなく、三作目の『続・復讐のガンマン』が入ってきている。ここではレオーネ映画のサントラも入っているから、つまり『復讐のガンマン』はベストマカトラということになる。なお、「マカトラ」というのはマカロニウエスタンのサウンドトラックの略である。作曲家の名前を見ればわかるように、マエストロの圧勝だ。

1.『復讐のガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
2.『続・夕陽のガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
3.『大西部無頼列伝』 1970、ブルーノ・ニコライ
4.『夕陽のガンマン』 1965、エンニオ・モリコーネ
5.『ウエスタン』 1968、エンニオ・モリコーネ
6.『さすらいのガンマン』 1966、エンニオ・モリコーネ
7.『Buon funerale amigos… para Saltana』(日本未公開) 1970、ブルーノ・ニコライ
8.『続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ!』 1968、ブルーノ・ニコライ
9.『続・荒野の用心棒』 1966、ルイス・エンリケス・バカロフ
10.『西部悪人伝』 1969、マルチェロ・ジョンビーニ
11.『殺しが静かにやって来る』 1968、エンニオ・モリコーネ
12.『豹/ジャガー』 1968、エンニオ・モリコーネ
13.『荒野のドラゴン』 1973、ブルーノ・ニコライ
14.『星空の用心棒』 1966、アルマンド・トロヴァヨーリ
15.『un uomo, un cavallo una pistola』(日本未公開)、1967、ステルヴィオ・チプリアニ
16.『怒りの荒野』 1967、リズ・オルトラーニ
17. 『ガンマン大連合』 1970、エンニオ・モリコーネ
18. 『アヴェ・マリアのガンマン』 1969、ロベルト・プレガディオ
19. 『Anda muchacho, spara』(日本未公開) 1971、ブルーノ・ニコライ
20.『続・荒野の一ドル銀貨』 1965、エンニオ・モリコーネ

 もうちょっとバカロフの『続・荒野の用心棒』とオルトラーニの『怒りの荒野』のランクが高くてもいいんじゃないかという感じだが、このランキングがマカトラ、つまり主題曲ばかりではなく、映画に流れる全体の音楽をも考慮しているからかもしれない。メイン・テーマだけ考慮に入れたらこの二つはもっと上がるだろう。もっともそれでも『復讐のガンマン』の位置は下がるまい。『荒野の用心棒』が出てこないのもわからなかったが、私の持っているレコード(を焼き直ししたCD)はタイトルがFor a few dollars more、つまり『夕陽のガンマン』だが、『荒野の用心棒』の曲も全部納められている。だから上の第4位は『荒野の用心棒』も兼ねているのだと思う。
 それにしてもここにリストアップされたタイトル。涼しい顔をしてこういう映画の名をあげる投票者のフリークぶりには脱帽するしかない。

 ソリーマが生前のインタビューでモリコーネについて親愛の情をこめて語っているのを読んだことがある。当時はモリコーネはオスカーの名誉賞さえ貰っていなかったのだが、ソリーマはこのアカデミー選考委員会をけなして「モリコーネにやらなくて誰にやれというのでしょうかね」と言っていた。さらに「まあ、でもモリコーネは作品を作りすぎたんですよ。で、選考委員もどれにやっていいのかわからなくなったんでしょう」。つまり恥かしいのは音楽賞をもらえていないモリコーネのほうではなくて、いまだにモリコーネに賞をあげ損ねているアカデミー会員のほう、というわけだ。その後モリコーネは名誉賞とさらにその後音楽賞をとったが、「今頃やっとマエストロにあげやがって。アカデミー賞選考委員も見苦しい奴らだな」と思ったのは私だけではないはずだ。
 さらにソリーマは続けて「いやしかし、エンニオはあれだけの天才なのに、見かけはまるで郵便局のおじさんってのが愉快ですな」。こういう事を堂々といえるのはソリーマだからこそだろう。

 私の知り合いにはマカロニウエスタンに詳しい人も大分いるが、彼らの詳しさといったらとても私なんかの太刀打ちできるところではない。私が「ソリーマの作品はその質の割には知られていなくて残念ですね」とかうっかり言うと「そんなことはないですよ。まともな人なら少なくとも彼の最初の2作は皆知ってます。『復讐のガンマン』なんてマカロニウエスタンの話になれば必ず口に上ります」と反論され、「『血斗のジャンゴ』ではウィリアム・ベルガーが一番好きなんです」というと「なるほど。まあでも、普通の日本人はベルガーと言うと『西部悪人伝』のバンジョーやった人、といったほうが通るんじゃないかな」とコメントされる。『西部悪人伝』は上記のリストに両方とも登場しているが、リー・ヴァン・クリーフが主役をやった作品である。私はまだ見たことがない。この人たちの「まともな人」「普通の日本人」の定義がちょっと私の考えているのと違う気がするが、とにかく彼らからみたら私など完全に無知な小娘であろう。随分年食った小娘ではあるが。


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 私が学生だった頃、とても怖い英語学の教授がいた。この先生は初日に開口一番、こういう口調でこういうことを言った。

「お前ら、大学で知識が身につくとか大それたこと思うなよ。大学は何のためにあるか知ってるか?「学問の世界」というのがどういうものか社会に出る前に垣間見ていけるようにあるんだ。どうせお前らは真面目に研究者になる気なんかなくて出たら就職とかするんだろ?それでいい、ただ、学問をナメることだけはするな」

その口調があまりにも怖かったことと(この先生は本当に学生を怒鳴りつけた)、英語学は必須単位ではなかったこととで、その一日だけで怖気づき、単位を放棄してしまった。

 それから20年以上もたってから、今度はドイツで怖い教授に遭遇した。ロシア文学の女性教授だった。後ろで学生がおしゃべりをしているとつかつかとそこまで行って、机の上に5マルク(当時)硬貨をバンと叩き付け、「授業に参加するのでなくおしゃべりをしに来ているのでしたら、ここは場違いです。カフェテリアに行ってやって下さい。コーヒー代にこの5マルクは寄付します。」とかいう超怖い先生だった。私はこの先生の下でドストエフスキーの『悪霊』をやった。この単位は必須だったので取らないわけにはいかなかったのだ。
 もう時効だろうからここで告白すると、そのゼミが開講される前の学期に掲示板に「来学期に開講される「悪霊」は、事前にこの作品をロシア語で全部読みおわっていることを参加条件とする」という指示が張り出されていたのたが、『悪霊』を原語で読破なんてしていた日には何年かかるかわからないから当然全部翻訳、しかも日本語で読み、原文はコピーだけしていかにも「ロシア語で読みました」という顔をして参加した。 単位のためのペーパーでは引用した箇所だけロシア語の文を書き移して、まるでロシア語で読んだかのような体裁を取り繕って提出した。
 そんな風に学期中は毎週この授業に出る度にギンギンに緊張して心労がたまっていた上、たかが30ページくらいのペーパーを書くのに学期休み中ずっと死ぬ思いをしたので提出した後は一週間ほど病気になった。まさに「悪霊」である。

 その他にもいろいろ怖い先生に会ったが、そこには共通した点があることに気がついた。先生たちが厳しいのはいわゆる知ったかぶりをする者に対してで、馬鹿学生が素直に無知をさらけ出した場合には案外寛容だったことである。
 もっともその英語学の先生の授業には一日しかいなかったので、ひょっとしたらあの学期間に能無しの学生が怒鳴られたりしていたのかも知れないが、ロシア文学の先生の授業では一度こんなことがあった:さる素朴な学生が堂々と「ゴーゴリの『外套』?知りません」と言い放ったのである。周りの者は今にも雷が落ちるのではないかと首をすくめたが、なんと先生は笑いだしてしまった。私も一度、ニヒリズムを定義してある文章の意味が全然わからず、自分のレポート発表で自分のレジュメにも掲げてあるその文章を読み上げた後、正直に「私本人はこれを理解することが出来ませんでした」といったら、教室の者と共に先生も笑い出し、ゆっくりと噛んで含めるように説明を始めてくれたものだ。

 同じような話を以前アメリカに留学していた人の書いたエッセイで読んだことがある。とにかく英語が聞き取れない、講義がわからない。とうとう自己嫌悪に堪えられなくなってガバと立ち上がり、「先生、一言も理解できません!」と叫んでしまった。それを聞いた教授が言ったそうだ。「○○、心配するな。他のアメリカ人だってわかってないんだから」

 さて、その「知ったかぶり」であるが、これには二種あると私は思っている。第一は「開陳型知ったかぶり」であって、よく知ってもいないことについて延々とウンチクをたれ出すこと、またはたれ出す人のことである。(本当は持ってなどいない)知識を開陳すること自体が目的なので目的と形が一致していて構造自体は単純だから、「単純性知ったかぶり」と名付けてもいいかもしれない。普通私たちが「知ったかぶり」として理解しているのはこの型の知ったかぶりである。やられた方はこの単純性知ったかぶりは無視、スルーすればいいだけだからまあ対処法も単純だ。
 もう一つの知ったかぶりは私が「質問型知ったかぶり」と名付けているもので、相手に対する質問の形をとって現れてくる。知ったかぶり者がいろいろゴチャゴチャ聞いてくるのだが、その質問の内容があまりにも抽象的だったりあいまいだったりで結局何が知りたいのかわからない上に、質問のそこここに聞きかじった学者の名前、ロクに理解もしていないそれらしき学術用語などを挿入してくるのが特徴だ。これは決して具体的に何かを知りたいのではなく、単に相手にかまってもらいたいのである。だから私はこの手の「教えてクン」はいわゆる「かまってチャン」の亜種であると考えている。
 また、質問という形式を取られるので相手もスルーするわけにはいかず、なにがしかの応答をせねばならないためそこに擬似会話が発生してしまう。「擬似会話」といったのはこれは真の意味での会話ではないからだが、とにかくこの「詳しい相手と会話できた」と錯覚することによって自分まで当該事項に詳しくなったような気になれる、つまりある種の自己欺瞞もこの質問型知ったかぶりの目的である。
 つまり質問型では目的(「相手にかまってもらうこと」と「専門家になったような気を味わうこと」)と形式(「質問」)が一致していない。「複雑性知ったかぶり」とでも名付けられるだろうか。この複雑性知ったかぶりへの対応は開陳型と違って一筋縄ではいかない。一応質問なので少なくとも一回目は対応せざるを得ないため、「最初からスルー」という手が効かないからである。何度か対応してしまってから、「もうこの話はやめましょう」と質問者から無礼者と思われるのを覚悟で会話を打ち切るか、「他の人の方が詳しいですからそっちに聞いてください」とたらい回しするか(これを私は「質問型知ったかぶりへの避雷針作戦」と名付けている)、さらには無知を装って相手が専門用語を連発したら「その言葉は知りません。どういう意味ですか?」とカウンター質問するか。とにかく回避するのに相当の心理的エネルギーを必要とする。もっとも最後のやり方は危険だ。なぜなら質問型知ったかぶりをさらに増長させ、開陳型知ったかぶりに移行させてしまうおそれがあるからである。いずれにせよ「途中からスルー」は「最初からスルー」よりも要するエネルギーは遥かに大きい。

 また、単なる無知と知ったかぶりとではバレた時の反応に本質的な差がある。単なる無知なら相手が専門家であるとか自分より詳しいとか、あるいは実は自分はよくわかっていなかったと判明した時点で「それは知りませんでした」とか何とか言いつつ顔を真っ赤にして(しなくてもいいが)退散する。ところが知ったかぶりには相手に比べて自分がドシロートであるとわかっていてもまだ専門家に向かってウンチクを垂れたりトンチンカンな質問をするのをやめない人がいる。相手がいくら答えてやっても間違いを訂正してやってもモノともせずに同じ内容を延々と繰り返すか、相手のちょっとした言葉尻を捉えてその言葉からまた新たに知ったかぶり・カウンターウンチクを展開しだすのである。私は前者を「壊れたレコード戦法」、後者を「出来損ないのガムテープ戦法」と呼んでいる。後者はいくら剥がしても剥がしても剥がされるたびに今度は全く別の箇所にベタッと張り付いてきて次はどこに粘着されるか予想できないからであるが、レコードにしろガムテープにしろ無理矢理「会話」の形式を保とうとするのだ。張り付かれたほうはいい迷惑だ。こういう知ったかぶり者はひょっとすると「相手がしていることに興味を持ったふりをして見せるのが人間関係の潤滑油」とでも思い込んでいるのかもしれないが、最初から話しかけないほうがよっぽど潤滑油なのではないだろうか。 

 なぜ私がこんなに知ったかぶりの心の機微を知っているかというとズバリ自分も身に覚えがあるからだ。生半可に口を出して無知がバレ、大恥をかいて退散したり、お世辞をいうつもりが逆に相手の気を悪くしてしまったことが数限りなくある。あのレポート発表の時も、わかってもいないニヒリズムの定義をエラそうに読みあげていたら、あの先生から「その定義をもうちょっと詳しく解説してください」とか突っ込まれていたかもしれない。今考えると冷や汗が出る。


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 一応前置が基本ではあるが、ロシア語は形容詞が被修飾名詞の前後どちらにも付くことができる。それで例えば「愛しい友よ」は

милый друг
dear + friend
(my dear friend)


とも、

друг милый
friend + dear

とも言うこともできる。形容詞が後置されたдруг милый(ドゥルーク・ミィリィ)は感情のこもった言い方で、こう言われると本当に親しい、愛しい感じがするそうだ。

 ちょっと文法書を見てみたら形容詞が後置されるのは:1.被修飾名詞が人とか物・事など意味的にあまり実体がなく、主要な意味あい、伝えたい情報は形容詞の方が受け持つ場合、2.文学的・詩的な表現である場合など、とある。つまり後置形容詞はいわゆる「有標」表現なわけだ。
 特に1の説明は、「情報価の高い要素ほど右(後ろ)に来る」というプラーグ学派のcommunicative dynamism、いわゆるテーマ・レーマ理論を踏襲した極めて伝統的なスラブ語学の視点に立っている感じでいかにもロシア語の文法書らしい説明ではないだろうか。

 しかし私はこれをシンタクス的に別解釈することも可能だと思う。形容詞が後置される形は同格、つまり名詞句NPが二つ重なった構造であって、前置構造の場合と違って形容詞が名詞にかかる付加語ではない、という解釈も可能だと。 つまり、上の形容詞が前置されているмилый друг(ミィリィ・ドゥルーク)は

[NP [A {милый} ] [N {друг} ] ]

だが、друг милый(ドゥルーク・ミィリィ)はNP(A + N)ではなく

[NP [NP1 [N {друг} ] ]  [NP2 [A {милый} ]  [N {ZERO} ] ] ]

というダブル名詞句構造というわけ(ここでZEROとあるのは形としては表面に現われて来ない要素である。本チャンの生成文法では別の書き方をしていたような気がするが調べるのが面倒なのでここではこういう表記をしておく)。それが証拠に、というとおかしいが「イワン雷帝」、

Иван грозный
Ivan + terrible

は、英語ではterrible IvanでなくIvan the terribleと定冠詞をつけて同格風に訳す。

 つまり後置形容詞は統語上の位置が単なるNの附加語の地位からグレードアップしてNP1枠から脱獄(?)し、披修飾語NP1と同じ位置まで持ち上がって来るのだから(NP2)、形容詞の意味内容が重みを持って来る、つまり情報価が高くなることの説明もつく。言い換えると、後置形容詞は「情報価が高いから」後置されるのではなくて、むしろ逆に後置されることによって、つまりシンタクス上の位置が変わることによって情報価が高まるのではないだろうか。

 さて文法書などの「同格」(ロシア語でприложение、プリロジェーニエ)の項を見ると同格を、「修飾の特殊な形態。複数の名詞で表され、さらに詳しい情報を提供したり補足したりする」と定義されている。例として

старик-отец
old man + father
「老父」


とか
мать-старушка
mother + old woman
「老母」


などが上がっているだけで形容詞を使った言い回しは上がっていない。どこにも例としては載っていなかったが私がソ連旅行をした際(『3.噂の真相』の項参照)当時のレニングラートの駅にデカデカと立っていた看板город-герой(「英雄都市」)も同格表現と見ていいだろう。ちなみに上のмать-старушка(マーチ・スタルーシカ)の例を普通に形容詞を付加語的に使った構造で表現すると

старая мать
old + mother

である。
 一方どの文法書も「品詞間の移動」、「形容詞の名詞化」についてかなりページを割いているし、もともと印欧語は形容詞と名詞の移動が相当自由なので、次の例などは「形容詞の名詞化による同格表現」と解釈しても「そんな無茶な」とは言われないだろう(と思う)。

Что ж ты, милая, смотришь искоса?
what + on earth + you + dear + look at + askance
(What on earth do you, my dear, look at askance?)


それと同じく、旧ソ連の国歌の歌詞

Союз нерушимый республик свободных
union(対格) + not to be overthrown + republics(生格) + free

も、

The unoverthrowable Union of the free republics

とあっさり訳すより、同格っぽく

The union, our unoverthrowable union, of the republics, of our free nations

とかなんとかやった方が原文の感じがでると思う。もっともこれらは最初にあげたように単に「文学的な表現」としてあっさり片付けてしまえそうな気もするが。

 それで思い出したが、英語やドイツ語では同格表現でof(ドイツ語でvon)を使うことがある。

The united states of America

は、「アメリカの合衆国」ではなくて「アメリカという合衆国」という意味で、名前つまり詳しい付加情報を付加している同格構造である。もっとも日本語でも

глупый Иван
stupid + Ivan

は、「馬鹿なイワン」だが、形容詞後置の同格的表現

Иван глупый
Ivan the stupid

は、「イワンの馬鹿」とofにあたる「の」を使って表現できる。「太朗の馬鹿野郎」なども「太朗=馬鹿」という図式の同格表現であろう。

 あと、話はそれこそ前後するが、この同格は文法書では「名詞」の項ではなくてシンタクス現象として本のずっと後ろのほうにでてくるのが面白い。
 もう一つ面白いと思ったのは、上の「老父」と「老母」の例で双方の名詞の順序が逆になっているということだ。老父では「年寄り」という名詞が「父」の先に来ているが、「老母」では「母」が先で「年寄り」が後に来ている。つまり名詞句NPの順番はどっちでもいいということだ。こういうところからも同格構造は最終的に一つの名詞句である、つまりあくまで一つのシンタクス上の単位であることがわかる。これがセンテンスやテクストレベルになると、つまり二つの名詞句間になるととそうは行かないからだ。
 代名詞を使わずに名詞句で同一の指示対象を指し示すことがあるが、その場合、2番目の名詞句NP2が意味的に最初の名詞句NP1より包括的でないと、対象指示がうまく機能しないのだ。例えば、

フェリーが座礁した。はたちまち沈んでしまった。

というテクストではNP2の「船」はNP1の「フェリー」より意味が包括的だからこの「船」というのは最初に出てきたフェリーのこと、つまりNP1とNP2はco-referential、指示対象物が同一である。しかしここでNP1とNP2を入れ替えて

が座礁した。フェリーはたちまち沈んでしまった。

というとNP2の意味がNP1より狭くなるため、この二つがco-referentialであるという解釈が難しくなる。船が2隻沈んだ感じになるのである。これを「父」と「老人」に当てはめてみると、

が何十年ぶりに帰ってきた。でも老人には僕がわからなかった。



老人が何十年ぶりに帰ってきた。でもには僕がわからなかった。

になり、後者の例だと帰ってきた老人が父であることがわかりにくい。「父」のほうが指示対象の範囲が狭いからだ。これはレヴィンソンという言語学者が指摘している現象である。

 そういえば、話はそれるが以前ちょっと話に出たwendisch-slawischenという表現(『71.トーマス・マンとポラーブ語』の項参照)。これは名詞でなく形容詞のダブル構造なのでもちろん同格ではないが、この二つの形容詞の意味関係も考えてみると面白い。日本語の訳者はこれを明らかに「ヴェンド人というスラブ民族」と解釈しているが、トーマス・マンは「ヴェンド人、すなわちスラブ人」というつもりだったのではないだろうか。


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