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 印欧語本来の名詞変化パラダイムをすっかり失って廃墟と化した英語は別として、印欧語族の言語では名詞が格変化して形を変えるのが普通である。もっともドイツ語も相当廃墟状態で4つの格しか残っていない、しかもその際名詞自体は形をあまり変えずに冠詞に肩代わりさせるというズルイ言語になり下がってしまっているが、本来の印欧語は少なくとも8つの格を区別していた。
 サンスクリットは主格、呼格、対格、具格、与格(または「為格」)、奪格、属格、処格の8格を区別するが、a-語幹の名詞(男性名詞と中性名詞の場合がある) aśva-(「馬」)のパラダイムは以下のようになっている。この文法書では単数主格、双数属・処格、複数主・呼・具・与・奪格の語尾が s になっているが、別の教科書ではこれが h の下に点のついたḥ、いわゆるヴィサルガという音になっている。
          単数        双数               複数
主格  aśvas      aśvau             aśvās                           
呼格  aśva        aśvau             aśvās
対格  aśvam     aśvau             aśvān
具格  aśvena    aśvābhyām    aśvais
与格  aśvāya    aśvābhyām    aśvebhyas
奪格  aśvāt       aśvābhyām    aśvebhyas
属格  aśvasya  aśvayos         aśvānām
処格  aśve        aśvayos         aśveṣu

i-語幹には男性・女性・中性すべての文法性がありうるが、例えばこのグループの男性名詞のkavi-(「詩人」)は次のように語形変化する。
          単数       双数              複数
主格  kaviḥ      kavī               kavayaḥ         
呼格  kave       kavī               kavayaḥ
対格  kavim     kavī               kavīn
具格  kavinā    kavibhyām    kavibhiḥ
与格  kavaye   kavibhyām    kavibhyaḥ
奪格  kaveḥ     kavibhyām    kavibhyaḥ
属格  kaveḥ     kavyoḥ          kavīnām
処格  kavau     kavyoḥ          kaviṣu

a-語幹と違って単数で奪格と属格が溶け合って同じ形になってしまっているが、この手の融合現象は特に双数形で著しい。双数では主・呼・対格と、具・与格、奪・属・処格がそれぞれ同形、つまり形が3つしかないのが基本である。さらに「友人」sakhi-はちょっと特殊な変化をするそうだ。
           単数           双数                複数
主格  sakhā          sakhāyau         sakhāyaḥ
呼格  sakhe         sakhāyau        sakhāyaḥ
対格  sakhāyam   sakhāyau         sakhīn
具格  sakhyā        sakhibhyām     sakhibhiḥ
与格  sakhye        sakhibhyām     sakhibhyaḥ
奪格  sakhyuḥ      sakhibhyām     sakhibhyaḥ
属格  sakhyuḥ      sakhyoḥ           sakhīnām
処格  sakhyau      sakhyoḥ           sakhiṣu           

私が面白いと思うのは「呼格」というやつだ(太字)。廃墟言語の英語やドイツ語くらいしか知らない人はJohn is stupid.のようにJohnがセンテンスの主語になる場合もHi, John!と呼びかける場合もどちらも同形を使って平然としているが、本来の印欧語では「ちょっとそこの人!」と呼びかける場合と「そこの人が私の友人です」と文の主語にする場合とでは「そこの人」の形が違ったのである。前者が呼格、後者が主格である。ラテン語も単数で呼格を区別するから知っている人も多かろう。「友人」amīc-の変化は以下の通り。サンスクリットとは格の順番が違っているが、この、格の順番がいろいろな印欧語の文法書でバラバラである、というのは本当に困る。ちょっと統一してくれないだろうか。
           単数         複数
主格  amīcus      amīcī
属格  amīcī         amīcōrum
与格  amīcō        amīcīs
対格  amīcum     amīcōs
奪格  amīcō        amīcīs
呼格  amīce        amīcī

サンスクリットに比べてラテン語は語形変化が格段に簡単になっているのがわかる。まず双数がないし、格も6つに減っている。かてて加えて単数でも複数でもあちこちで格が融合してしまっている。しかも実は呼格も退化していて普通は主格と同形。この-usで終わる男性名詞だけが形として呼格をもっている例外なのである。その呼格も形としては単数形にしか現れない。それでも「ブルータス、お前もか」という場合、Brutusとは言わないでBruteと語形変化させないと殺されるのだ。させてもカエサルは殺されたが。

 ラテン語はもちろんサンスクリットでさえもすでにその傾向が見えるが、呼格は主格に吸収されることが多かったので今日びのドイツ語学習者などにはそもそもMein Freund ist blöd (My friend is stupid)と Hey, Freund!とでは「友達」の格が違う、という意識すらない人がいる。が、スラブ諸語などにはいまだに呼格をモロに形として保持している言語があるので油断してはいけない。何を隠そう私の専攻したクロアチア語がそれである。例えば女性の名前「マリア」は呼格が「マリオ」になるので、「ちょっと、マリアさん!」は「ヘイマリオ!」である。男性名詞の「マリオ」は呼格もマリオなので、クロアチア語ではマリアさんとマリオ君を区別して呼びかけることができない。ちょっと不便だが、その代わり(?)o-で終わらない男性名詞は皆しっかり呼格と主格が違うので変化形を頭に叩き込んでおかないと、人に呼びかけることもできない。小学生が教室で「先生!」ということもできないのである。例えばprijatelj(「友人」)という単語は次のように語形変化する。

prijatelj  「友人」
          単数             複数
主格  prijatelj         prijatelji
属格  prijatelja       prijatelja
与格  prijatelju       prijateljima
対格  prijatelja       prijatelje
呼格  prijatelju     prijatelji
処格  prijatelju       prijateljima
具格  prijateljem    prijateljima

格の順番がまたしてもラテン語やサンスクリットと違っているが、それを我慢して比べて見ると単数で主格と呼格が違った形になっているのがわかる。面白いことに単数呼格はなんと別の斜格、処格と同形だ。こういうのはちょっと珍しい。複数では定式どおり主・呼格が同形である。なお、単数属格と複数属格は字で書くと同形だが発音が少し違い、複数のほうは母音を伸ばしてprijatēljāという風に言わないといけない。もう少し見てみよう。

momak 「男の子」
           単数          複数
主格  momak       momci
属格  momka       momaka
与格  momku       momcima
対格  momka       momke
呼格  momče      momci
処格  momku       momcima
具格  momkom    momcima

「友人」の場合と同じく複数属格の最後の-aは長いāである。単数の主格でkだった音が呼格ではčと子音変化しているがこのk→čというのは典型的なスラブ語の音韻交代で、ロシア語にもみられる(下記参照)。同じ音が複数ではc [ts] になっているが、これも教科書どおりのスラブ語的音韻交代である。
 ラテン語では上のamīc-などいわゆる第二活用(o-語幹)の名詞の一部でしか呼格を区別しないから第一活用(a-語幹)か第三活用(子音語幹やらi-語幹やら)をとる女性名詞は主格と呼格が常に同形ということになるが、クロアチア語ではラテン語の第一活用に対応する、-aで終わる女性名詞にも呼格がある。上でも述べたとおりだ。

žena 「女の人」
          単数      複数
主格  žena      žene
属格  žene      žena (複数語尾のaは長母音)
与格  ženi       ženama
対格  ženu      žene
呼格  ženo     žene
処格  ženi       ženama
具格  ženom   ženama

なるほど上の「友人」や「男の子」のようにここでも複数形では主格(対格も)と呼格が同形なんだな、と思うとこれが甘い。女性名詞では複数主格と複数呼格ではアクセントが違うのである。クロアチア語は強勢アクセントのあるシラブルでさらに高低の区別をするが、複数主格のženeでは最初のeが「短母音で上昇音調」、複数呼格ではこれが「短母音で下降音調」である。つまり主格ではžene(ジェネ)を東京方言の「橋」のように、呼格だと「箸」のようなアクセントで発音するのだ。
 実は男性名詞の単数の主格と呼格の間にもアクセントの相違があるものがあって、例えばFranjoという名前の主格はaが「長母音で上昇音調」、呼格は「長母音で下降音調」だ。私の母語日本語東京方言には対応するアクセントパターンがないが、主格は「フラーニョ」の「フラ」を低くいい、「ー」で上げる。呼格は「ラ」の後で下げればいいだけだから、東京人が普通に「フラーニョ」という文字を見て読むように発音すればいい。で、上の「マリオ」も呼格と主格では音調が違うんじゃないかと思うが、ちょっと資料がみつからなかった。
 とにかくクロアチア語というのは余程勉強しておかないとおちおち呼びかけもできないのだ。スロベニア語に至ってはこれに加えて双数というカテゴリーをいまだに保持している。これらに比べればドイツ語の語形変化なんて屁のようなものではないか。

 あと、「語学系」の教師がすぐ「決まった言い方」と言い出す(『34.言語学と語学の違い』『58.語学書は強姦魔』の項参照)ロシア語のБоже мой(ボジェ・モイ、Oh my God!)という言い回し。このБожеはБог(ボーク、「神」)の呼格形である。ロシア語はパラダイムとしての呼格は失ってしまったがそれでもそこここに古い痕跡を残しているのだ。このБог  → Боже (bog → bože)という音韻変化はまさに上のクロアチア語のmomak  →momčeと平行するもの。前者が有声音、後者が無声音という違いがあるだけである。
 
 さらに私の知っている限りではクロアチア語の他にロマニ語が呼格を保持している。以下はトルコで話されているSepečides(セペチデス)というロマのグループの例だが、男性名詞も女性名詞も単数・複数どちらにも呼格がパラダイムとして存在している。(『65.主格と対格は特別扱い』『88.生物と無生物のあいだ』の項も参照)

rom 「夫」
          単数            複数
主格  rom              romá
対格  romes          romen
呼格  róma           romalen
与格  romeske      romenge
奪格  romestar      romendar
具格  romesar       romendžar
処格  romeste       romende
属格  romeskoro   romengoro

単数呼格と複数主格とではアクセントの位置が違うので、誤解のないようにこの二つだけアクセント記号をつけておいた。女性名詞も呼格の区別ははっきりしている。

phen 「妹または姉」
          単数              複数
主格  phen              phenja
対格  phenja           phen(j)en
呼格  phene           phenalen
与格  phenjake       phenjenge
奪格  phenjatar       phenjendar
具格  phenjaar        phenjendžar
処格  phenjate        phenjende
属格  phenjakoro    phenjengoro

ロマニ語も方言によっては使用がまれになってきているものもあるらしいが、まあ呼格がよく残されている言語といっていいだろう。

 さて日本語であるが、以前「日本語のトピックマーカー「は」は文法格に関しては中立である」ということを実感として味わってもらおうと、

私の友人は来ないで下さい。

という文をなるべくこの構造の通りにラテン語に訳してみろ、と言ってみたことがある。英語やドイツ語だと意訳してmy friends may not ... とかMeine Freunde sollten nicht...とか話法の助動詞かなんかを使って「私の友人」を主格の主語にしてしまう危険性があるが、それでは構造の通りではない。なぜなら「来ないで下さい」は命令文だからである。しかも、私の意図としてはここで日本語不変化詞「は」はあくまでトピックマーカーであって主語だろ主格だろを表すものではないことを特に強調しておくことにあったので、Meine Freunde sollen とかMein Freund sollとかやられてはこちらの意図が丸つぶれになってしまう。
 ここでの「私の友人」は呼格である。だから呼格であるかどうかわかっているかどうか、言い換えると「は」は斜格中の斜格である呼格にさえくっ付くことができると理解できたかどうかを確かめるためには呼格を区別する言語に訳させてみるのが一番。ラテン語ならギムナジウムで皆やってきているはずだから「来ないで下さい」は無理でも文頭の「(私の)友人」なら大丈夫だろうと思ったのである。念のため「ドイツのギムナジウムを終えた人に質問します」と前置きまでしておいた。
 ところが意に反してラテン語を履修していたドイツ人が一人もおらず、座が沈黙してしまった。良かれと思って前の晩から一生懸命こういうワザとらしい例文を考えて準備しておいたのに完全に裏目に出た感じ。いわゆる「間が持たない」という状況。漫才師だったら即クビになっているところだ。どうしようと思っていたら、イタリアの人が「ドイツのギムナジウムは出ていませんが、国でラテン語をやりました」と手を挙げた。やれやれありがたいと上の日本語を訳させてみたら(これもまた念のため、「単数形でやってみなさい」と指示した)、開口一番「Amīce…」と呼格で大正解。それさえ聞けばもう「来ないで下さい」なんてどうでもよろしい。さすがラテン語の本場、マカロニウエスタンの国の国民は教養があると感心した。
 後で私が「最近のドイツの若いもんって古典語やらないの?ヨーロッパ人のクセにラテン語できないとか、もうグロテスクじゃん」と外で愚痴ったら「日本語の説明にラテン語を持ち出すほうがよっぽどグロテスクだろ」と逆襲された。さらにこの例文は不自然だと指摘されたので、また一晩考えて

ブルータスさんはイタリアの方ですか?

という例文を、「ブルータスさんというのは第三者でなく、話し相手です」と発話状況を明確に限定した上でラテン語に訳させてみることにしている。しかしまだ上述のようなBruteという形を出してきた者はいない。ドイツ語や英語だとこれが

Brutus, sind Sie Italiener?
Brutus, are you an Italian?

となってしまい、ブルータスが呼格であることがはっきり形に出ない。

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